農芸化学@High School

殺虫活性を示す微生物のスクリーニングとその利用法の提案

高橋 真衣

私立済美高等学校

Published: 2021-11-01

マラリアはハマダラカが媒介するマラリア原虫が引き起こす寄生虫病で,年間死者数は40万人に上る.私はマラリアの撲滅に貢献したいと考え,原虫を媒介するハマダラカの制御(ベクターコントロール)に利用可能な「殺虫活性を示す微生物」に着目した.本研究では,身の回りから細菌を採取して,蚊の幼虫を用いた殺虫活性評価試験の結果をもとにスクリーニングし,活性が認められた菌株の種を同定した.その結果,殺ボウフラ活性を示す細菌としてBacillus cereus, B. megaterium, Pseudomonas fluorescensおよびP. chlororaphisの4菌株を単離することができた.

本研究の目的・方法および結果

【目的】

世界で最も人を死に至らしめている生物は蚊である(1)1) B. Duarte & A. C. Vivarini: “Just a little bite? Meet the most dangerous of animals.Medicina, p. 65 (2021). DOI: 10.22533/at.ed.0522102029.WHOはGlobal technical strategy for malariaで2030年までに世界のマラリア発生率と死亡率を少なくとも90%削減するという目標を設定している(2)2) WHO: “Global technical strategy for malaria 2016-2030 Overview” (2015)..The World Malaria report 2020によると,2019年には2億2900万人がマラリアに感染し,40万9000人が死亡している(3)3) WHO: “World malaria report 2019,” (2019)..マラリアはマラリア原虫の媒介昆虫であるハマダラカによって感染する熱帯性の寄生虫病である.貧困や食糧問題,雇用問題,そして新型コロナウイルスによる医療崩壊が負の連鎖となって多くの犠牲を生んでいる.私はこの負の連鎖を断ち切る必要があると思い,マラリアの撲滅に貢献したいと考えた.SDGsの第3目標は「すべての人に健康と福祉を」と設定されている.このように決して他人ごとではないマラリアに私たちは真正面から向き合っていかなければならない.現在マラリアに対するベクターコントロールの一環としてピレスロイド系薬剤などが練りこまれた蚊帳であるInsecticide-treated netが提供されつつあるが(4)4) G. G. Yang, D. Kim, A. Pham & C. J. Paul: Int. J. Environ. Res. Public Health, 15, 546 (2018).,マラリア伝播地域の全家庭に普及するにはほど遠い.また,ピレスロイド耐性をもった蚊の増加により,高価で環境に負荷を与える化学農薬を使わなければならない場合もある(5)5) 認定NPO法人Malaria No More Japan: “2019 年世界マラリア報告書概要,”(2020).

Integrated Pest Management(IPM,総合的病害虫管理)とは物理的・化学的・生物的・環境的防除をうまく組み合わせて効果的に病害虫を管理することである.さまざまな防除法を組み合わせることで,ターゲットである病害虫が一部の農薬に対して抵抗性を獲得することを阻止するだけでなく,化学農薬の使用量を減らすことで環境負荷が低減され,残留農薬による生態系への影響を小さくすることが期待できる.化学農薬は適切に使用しなければ生態系に対するリスクが大きい一方,生物農薬は環境への安全性,標的生物の特異性,有効性,生分解性,IPMへの適合性の観点において高い評価を受けている(6)6) S. Kumar & A. Singh: J. Fertil. Pestic., 6, e129 (2015)..そのような特徴がある生物農薬のうち,私は安価で残留性の低い微生物農薬を用いたベクターコントロールに着目した.

殺虫活性を示す細菌に関する先行研究としてBacillus thuringiensis(Bt)がカイコの卒倒病菌として発見され,作物にも応用されている(7)7) 飯塚敏彦:日本蚕糸学雑誌,66, 311 (1997)..現在,化学農薬の他に,生物農薬の使用が検討されているが,依然として化学農薬への依存度が高く(8)8) B. Manachini: Encyclopedia of Environmental Management, (2013),将来生物農薬の利用を推し進めるためには,Bt以外の新しい殺虫活性を示す細菌を探索する必要がある.そこで本研究では,蚊に対する殺虫活性を示す細菌を自然界から見いだすことを目的とした.

【方法】

本研究では自然界から微生物を採取し,蚊の幼虫を用いた殺虫活性評価試験の結果をもとに,殺虫性微生物をスクリーニングし,DNA配列を分析することにより種を同定した.

2020年2月から3月にかけて愛媛県松山市ならびに愛南町の9カ所(地下水,土壌(土I-A,土I-B,土II),田,水たまり,川,麦麹,米麴)からサンプルを採取して,多くの菌種の発育が認められることで知られているSoybean Casein Digest(SCD)寒天培地(ニッスイ)に塗布し,25°C,1日間静置培養を行って,コロニーを形成させた(図1図1■採取場所と形成したコロニー).

図1■採取場所と形成したコロニー

数多く認められたコロニーの色や形状を観察して,それらが互いに異なるものをそれぞれ別種の細菌由来のコロニーと判断して菌株を選別し,白金耳で釣菌して単離した.そして,それぞれの菌株を新たにSCD液体培地5 mLに植菌し,25°C,24時間振とう培養した.その後,培養液を終濃度20%(v/v)グリセロールと混和し,ストック液を作成した.次に,殺虫活性を示す菌株をスクリーニングするために,各菌株ストック液を植菌したSCD液体培地を25°C,24時間振とう培養することにより調製した菌株培養液5 mLに直接アカイエカ(Culex pipiens)3齢幼虫5匹(2月採集分)または4匹(3月採集分)を投入し,経時的に死亡した個体数を記録して殺ボウフラ活性を評価した.なお,本研究では安全性の観点からマラリアの媒介昆虫であるハマダラカではなく,購入ができ飼育も簡便なアカイエカを用いることにし,同じ蚊であることからハマダラカへの殺虫効果も期待できると考えた.

通常蚊の幼虫であるボウフラは,水面あたりに浮遊し,尾部を水面上にだして呼吸している(図2A図2■殺ボウフラ活性評価,矢印部分).そして,刺激を与えると下にもぐる様子が観察される,一方,活性評価時に刺激を与えても動きが認められない個体や底に沈み浮き上がってこない個体は死亡個体とみなした(図2B図2■殺ボウフラ活性評価,矢印部分).

図2■殺ボウフラ活性評価

さらに,スクリーニングによって選抜した殺虫活性を示す菌株の種を同定するために,スクリーニング用のサンプルを培養したときと同様の条件で調製した培養液1100 µLから遠心分離により菌体を回収して500 µLのTE bufferに懸濁した後,10% SDS 30 µLと20 µg/mL Proteinase K 3 µLを加えて37°Cで溶菌した.次にフェノール/クロロホルム抽出,エタノール沈殿をしたのちtotal DNAを回収した.そのDNAを鋳型として16S rRNA遺伝子(細菌に共通な塩基配列)領域をPCRにより増幅した.27F, 1492Rのユニバーサルプライマーを用いたPCRにより,各菌株において約1470 bpの増幅産物を得た.アガロースゲル電気泳動後に目的DNAを含むゲル片を切り出して精製し,DNA抽出を行った後,DNAシークエンサーにより塩基配列を解析した.DNAシークエンス解析はEurofins genomicsに依頼し,BlastN(https://blast.ncbi.nlm.nih.gov/Blast.cgi?PAGE_TYPE=BlastSearch)を用いて相同性の高い塩基配列をもつ細菌種を検索した.

【結果と考察】

9カ所から合計24菌株を採取することができ,殺虫活性試験を実施した.表1表1■殺虫活性評価試験結果では殺ボウフラ活性を示した菌株についてボウフラの死亡数(匹)/試験に用いたボウフラ数(匹)を表している.殺虫活性試験の結果,コロニーの形状から目視で選別した24菌株のうち24時間でも殺ボウフラ活性を示さない菌株は20株であり,4菌株が24時間以内に殺ボウフラ活性を示し,なかには土IIから単離した菌株のように7時間以内に効果が認められるものもあった(表1表1■殺虫活性評価試験結果).

表1■殺虫活性評価試験結果
「土I-A」と「土I-B」は松山市の同一の土壌から単離したものを示す.「培地のみ」は未植菌のSCD液体培地を示す.

16S rRNA遺伝子の解析から,殺虫活性を示した菌株をBacillus cereus(土I-Aより単離),B. megaterium(土I-B),Pseudomonas chlororaphis(土II)ならびにP. fluorescens(田)と同定できた.グラム陽性細菌であるB. cereusおよびB. megateriumはゴキブリやカメムシに対する殺虫活性を示すことが知られている(9, 10)9) H. Nishiwaki, K. Ito, K. Otsuki, H. Yamamoto, K. Komai & K. Matsuda: Eur. J. Biochem., 271, 601 (2004).10) H. M. Aksoy, C. Tuncer, I. Saruhan, I. Erper, M. Öztürk & I. Akca: Akademik Ziraat Dergisi, 7, 21 (2018).B. cereusが生産する殺アカイエカ成分としてsurface layer proteinが報告されている(11)11) C. Mani, J. Selvakumari, Y. Han, Y. Jo, K. Thirugnanasambantham, S. Sundarapandian & S. Poopathi: Appl. Biochem. Biotechnol., 184, 1094 (2018)..しかし,私が調べた限りB. megateriumが生産する殺アカイエカ成分の報告はない.一方,P. chlororaphisは真菌Fusarium oxysporum f. sp. radicis-lycopersiciによって引き起こされるトマトの根腐れを防除することやコウチュウ目昆虫に対して殺虫活性を示すことが報告されている(12, 13)12) T. F. Chin-A-Woeng, G. V. Bloemberg, I. H. Mulders, L. C. Dekkers & B. J. Lugtenberg: Mol. Plant Microbe Interact., 13, 1340 (2000).13) 染谷信孝,竹内香純,諸星知広:化学と生物,57, 541 (2019)..また,P. fluorescensはその代謝物を使用して開発された液体製剤に,蚊の幼虫に殺虫活性があることが報告されている(14)14) V. Padmanabhan, G. Prabakaran, K. P. Paily & K. Balaraman: Indian J. Med. Res., 121, 116 (2004)..したがって,B. megateriumおよびP. chlororaphisのアカイエカに対する殺虫活性は世界初の報告となる.

本研究では殺ボウフラ活性を示す4種類の細菌を土壌および田から単離できた.これらの菌株が生産する殺ボウフラ活性成分をさらに詳しく調べることにより,ベクターコントロールに活用できる正確なデータが得られるだろう.現在世界中でハマダラカを代表とする蚊がマラリアを媒介することで多くの感染者や死者を出している.本研究では安全性の観点からアカイエカを用いて殺虫活性を評価した.したがってハマダラカに殺虫活性を示すとは言い切れないが,同じ昆虫綱双翅目カ科に属する生物(ハマダラカはハマダラカ属,アカイエカはイエカ属)に活性が見られたことの意義は大きいだろう.

本研究の意義と展望

本研究では,土壌(土I・II)や田から単離された4菌株に殺ボウフラ活性があることを確認した.今後,活性成分の同定や他の生物に対する活性評価,環境アセスメントを行うことで,より環境に配慮した生物農薬を開発できる可能性がある.課題として挙げられるのは,生物農薬として実用化する際に,ハマダラカの幼虫のみを選択的に駆除し,生態系への影響が少ない農薬にすることができるかどうかである.ハマダラカの幼虫はマラリア原虫のベクターであるが,ほかの種のボウフラの中には,水を浄化したり,魚の餌になったりすることで生態系に大きく貢献しているものもあるであろう.ハマダラカのみに着目して生物農薬をはじめとする農薬を開発することは困難であろう.そして農薬により駆除される昆虫種に十分配慮することが必要である.その地域の食事情や文化を深く調査して知り,生態系が大きく崩れないようにしなければならない.マラリアの被害に苦しむ現地から発信される情報を受け取った個人ないし団体が協力しながら解決策を生み出すべきだと考える.私はCOVID-19のパンデミック前にタイでの現地調査を考えていた.現在もマラリア伝播地域でのフィールドワークができない状況が続くが,タイなどから発信される情報の種類や量が増加すれば,関心をもつ人々が増え,よりIPMを重視し,地域に密着した蚊の防除について活発な議論が交わされることが期待できるだろう.

Acknowledgments

本研究を行うにあたり,ご指導いただきました愛媛大学大学院農学研究科西脇寿先生に感謝申し上げます.この研究はJST人材育成事業グローバルサイエンスキャンパスのサポートによって実施しました.

Note

本研究は、日本農芸化学会2021年度大会(仙台)における「ジュニア農芸化学会」(発表は新型コロナウイルス感染症対策のためオンライン形式で実施)に応募された研究のうち、本誌編集委員会が優れた研究として選定した6題の発表のうちの一つです。

Reference

1) B. Duarte & A. C. Vivarini: “Just a little bite? Meet the most dangerous of animals.Medicina, p. 65 (2021). DOI: 10.22533/at.ed.0522102029

2) WHO: “Global technical strategy for malaria 2016-2030 Overview” (2015).

3) WHO: “World malaria report 2019,” (2019).

4) G. G. Yang, D. Kim, A. Pham & C. J. Paul: Int. J. Environ. Res. Public Health, 15, 546 (2018).

5) 認定NPO法人Malaria No More Japan: “2019 年世界マラリア報告書概要,”(2020).

6) S. Kumar & A. Singh: J. Fertil. Pestic., 6, e129 (2015).

7) 飯塚敏彦:日本蚕糸学雑誌,66, 311 (1997).

8) B. Manachini: Encyclopedia of Environmental Management, (2013)

9) H. Nishiwaki, K. Ito, K. Otsuki, H. Yamamoto, K. Komai & K. Matsuda: Eur. J. Biochem., 271, 601 (2004).

10) H. M. Aksoy, C. Tuncer, I. Saruhan, I. Erper, M. Öztürk & I. Akca: Akademik Ziraat Dergisi, 7, 21 (2018).

11) C. Mani, J. Selvakumari, Y. Han, Y. Jo, K. Thirugnanasambantham, S. Sundarapandian & S. Poopathi: Appl. Biochem. Biotechnol., 184, 1094 (2018).

12) T. F. Chin-A-Woeng, G. V. Bloemberg, I. H. Mulders, L. C. Dekkers & B. J. Lugtenberg: Mol. Plant Microbe Interact., 13, 1340 (2000).

13) 染谷信孝,竹内香純,諸星知広:化学と生物,57, 541 (2019).

14) V. Padmanabhan, G. Prabakaran, K. P. Paily & K. Balaraman: Indian J. Med. Res., 121, 116 (2004).