巻頭言

学生も社会人も,迷ったら博士課程に!

Wataru Hashimoto

橋本

京都大学

Published: 2021-12-01

今年度より,日本農芸化学会出版担当理事を仰せつかりました.そのご縁で,巻頭言の執筆のご依頼を頂戴しました.何事にも経験が乏しく話題豊富ではありませんが,折角の機会ですので承ることにいたしました.本稿では,進路に迷っている学生や企業研究者に向けた博士課程入学について触れたいと存じます.

我が国の研究力の低下が懸念されています.2021年8月10日に文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)より公表された「科学技術指標2021」(DOI: https://doi.org/10.15108/rm311)によると,インパクトのある研究論文数(指標:Top10%補正論文数)は,1997–1999年では日本は世界第4位でしたが,2017–2019年では世界第10位です.その要因はさまざまですが,博士課程入学者の減少も密接に関係していると考えられます.「科学技術指標2021」には,「研究開発費」,「研究開発人材」,「高等教育と科学技術人材」,「研究開発のアウトプット」,「科学技術とイノベーション」の観点から国内外の科学技術活動の状況が纏められています.詳細は本指標をご参照願いますが,ここでは主に「高等教育と科学技術人材」の博士課程における現状をフォーカスします.

大学院博士課程入学者は2003年度を境に減少傾向であり,修士課程修了者の進学率が1981年度では18.7%ですが2020年度では9.4%に減少しています.一方,社会人入学者の比率は2020年度では全体の43.2%であり,これは日本特有の論文博士の制度による学位取得者の減少と関連していると指摘されています.いずれにしても,いかに修士課程修了者の進学が少ないかがよくわかります.人口100万人あたりの博士号取得者数(2018年頃)で,主要国間で比較すると,日本は120人,最多の英国では375人,米国,ドイツ,韓国では300人前後です.約20年前からの経時的変化を見ると,韓国,中国,米国,英国では2倍以上に増加しているのに対し,日本は2006年度を境に減少傾向にあります.

文部科学省の公表資料「修士課程・博士課程の関係について」(2010年)によると,日米の大学院教育が比較されています.特に興味深い点として,米国(理工系)では修士課程修了者は民間企業の研究補助職・その他しか就職できず,博士課程修了者が研究・開発職や研究機関に職を得ています.実際に,「科学技術指標2021」で産業別に研究者に占める博士号取得者の割合が比較されており,米国では化学工業や医薬品工業(25%前後)を筆頭に多くの産業で博士号取得者が多いのに対し(10%以上),日本では17.9%の医薬品製造業を除いて多くの産業で5%未満です.今後,グローバルに展開しなければならない企業では対等に世界と渡り合える人材として博士号取得者の採用や社会人博士課程編入制度の活用が進むと期待されます.

このような背景の下,我が国では博士課程の学生を支援すべく,今年度より二つの事業(「科学技術イノベーション創出に向けた大学フェローシップ創設事業」と「次世代研究者挑戦的研究プログラム」)が始まりました.すべての学生を対象にしているわけではありませんが,一般的に給付型の生活費と研究費が支援されます.

本稿が出版される頃は,修士課程1回生を中心とする学生が博士課程進学か就職かで進路の選択に悩んだり,博士学位の取得を希望する企業研究員が博士課程社会人特別選抜に出願するかどうか迷ったりする時期かと存じます.タイトルの「迷ったら博士課程に!」は,筆者が学生時代によくいわれていたフレーズです.研究に没頭できる博士課程に入学してみては如何ですか?