解説

イネの茎伸長による洪水耐性機構の分子メカニズム浮イネの茎伸長

Molecular mechanism of rice stem elongation against a periodic flood

Motoyuki Ashikari

芦苅 基行

名古屋大学・生物機能開発利用研究センター

Keisuke Nagai

永井 啓祐

名古屋大学・生物機能開発利用研究センター

Published: 2021-12-01

体内に通気組織を形成するイネは水田(部分冠水条件)で生育することができるが,体が完全に冠水するような洪水環境では呼吸ができず溺死してしまう.しかし,東南アジアの洪水多発地帯で作付けされる浮イネは,冠水すると茎を伸長させ葉を水面上に抽出することで空気を摂取し,長期の洪水環境でも生育することができる.最近,われわれは浮イネの冠水依存的な茎伸長における一連の分子メカニズムを明らかにした.これまでの知見と併せて浮イネの洪水に対する適応機構を紹介する.

Key words: イネ; 洪水; 節間伸長; 環境適応

はじめに

地球は自転軸が公転軸に対して約23.4度傾いた状態で1年をかけて太陽を中心に公転するため,季節によって気温,日照量,雨量,風量などが変化し,生物の生息環境に様々な影響を与える.生物はこのような季節変動に対して多様な適応戦略を獲得し,変化する環境に対応して生きている.動物や昆虫など移動ができる生物は,生育環境が好ましくない状態に変化したとき,不良環境から逃避することができる.一方,植物は花粉や種子の形態では移動(拡散)はできるものの,一般的に着生した場所で一生を過ごすため,生育場所が過酷な環境に変化しても受け入れなければならない.雨季や乾季と言った言葉があるように降水量は季節変動し,地域によっては水量が劇的に変化する.生物の生存に必須な水も,大量の水はその生存を脅かす環境となり,特に冠水するような洪水環境は,移動できない植物にとって致命的となる.しかし,植物は様々な戦略を獲得し冠水するような多量の水にも適応してきた.本稿では,季節的な環境変動の中でも多雨による洪水に焦点を当て,この洪水環境を生き抜くイネの分子機構について概説する.

イネはもともと湛水条件(水田に水を張った条件)で栽培されるように,部分冠水した状態でも生き抜く術を持っている.例えば,イネは葉,茎(節および節間),根に通気組織を形成し,水面上の葉から摂取した空気を水没部位に輸送することができ,水中においても呼吸や光合成が可能である.また,イネは葉の表面に乳頭状突起と呼ばれる突起物を形成するとともにクチクラと呼ばれるワックス物質を蓄積することで強力な撥水性を生み出す.これによりイネは水中で葉の表面にガスフィルムと呼ばれる空気層を形成し,水との直接的な接触を回避することができる.また,水中に溶存する酸素や二酸化炭素はガスフィルムに放出されるため,ガスフィルムはイネが水中で呼吸や光合成を行うための酸素および二酸化炭素の供給源になっており,冠水時のイネの生存を支える重要な役割を担っている(1~3)1) T. D. Colmer & O. Pedersen: New Phytol., 178, 326 (2008).2) O. Pedersen, S. M. Rich & T. D. Colmer: Plant J., 58, 147 (2009).3) Y. Kurokawa, K. Nagai, P. D. Huan, K. Shimazaki, H. Qu, Y. Mori, Y. Toda, T. Kuroha, N. Hayashi, S. Aiga et al.: New Phytol., 218, 1558 (2018)..さらに,イネの根の外皮周辺にはヒドロキシ脂肪酸などで構成される疎水性のスベリンが沈着し,酸素漏出バリア(Radial Oxygen Loss barrier: ROL barrier)と呼ばれる防護壁を形成することで,根端まで酸素を供給する過程において酸素漏出を抑制している(4, 5)4) J. Armstrong & W. Armstrong: Am. J. Bot., 88, 1359 (2001).5) T. D. Colmer: Plant Cell Environ., 26, 17 (2003)..このようにイネは形態的特徴を組み合わせることで部分冠水するような湛水条件でも生育することができる.しかし,東南アジア,南アジア,南米のアマゾン川流域といった地域では,雨季に降水量が増加し水位が数メートルにもなる洪水環境が数ヶ月にわたって発生する.このような長期間にわたってイネが冠水するような洪水環境ではガスフィルムの消失などが起こるため,これらの機構だけでは長期にわたる洪水に対応することができず,最終的には酸欠になり溺死する.一方,毎年雨季の多雨よって洪水が発生する地域に生息するイネは独特な3つの耐水性機構{(1)Quiescent strategy, (2)Escape strategy, (3)Floating strategy}を獲得し洪水環境に適応している.

洪水環境に対するイネの適応戦略

(1)東南アジアや南アジアでは,雨季にFlash floodと呼ばれる水位が数十cm~1m程度の比較的浅い洪水が2~3週間続くことがある.Quiescent strategy(静止戦略)とは,このようなFlash floodと呼ばれる比較的短期間(2~3週間)の洪水を克服するイネの洪水耐性戦略である(図1a図1■洪水環境に対するイネの適応戦略).イネの苗がまだ十分育っていない時期にFlash floodが発生すると苗は冠水してしまい,この洪水環境を突破しようと葉の伸長や呼吸に多くのエネルギーを消費する.2, 3週間後,水が引き冠水が解消した時にはエネルギーが枯渇し成長が阻害され枯死する.一方,Submergence1ASub1A)と呼ばれる遺伝子を保持するイネは,冠水時に呼吸などの代謝経路を抑制してエネルギー消費を控え一旦成長を休止し,冠水が解消された時,蓄積したエネルギーを利用し成長活動を再開することができる(6~8)6) K. Xu, X. Xu, T. Fukao, P. Canlas, R. Maghirang-Rodriguez, S. Heuer, A. M. Ismail, J. Bailey-Serres, P. C. Ronald & D. J. Mackill: Nature, 442, 705 (2006).7) J. Bailey-Serres, T. Fukao, P. Ronald, A. Ismail, S. Heuer & D. Mackill: Rice (N. Y.), 3, 138 (2010).8) L. A. Voesenek & J. Bailey-Serres: New Phytol., 206, 57 (2015).図1a図1■洪水環境に対するイネの適応戦略).このようにQuiescent strategyとは成長活動を一旦低下させ,過酷な洪水環境を乗り切る戦略である.Sub1A遺伝子を保持するイネはFlash floodには耐性を示すが,長期の洪水には対応できない.

図1■洪水環境に対するイネの適応戦略

(a) Quiescent strategy: Flash floodと呼ばれる水深が比較的浅く短期間の洪水に対するイネの適応戦略で,成長を休止することで洪水耐性を示す.洪水解消後,成長を再開する.(b) Escape strategy: 水深が深く長期の洪水に対するイネの適応戦略で,茎を伸長させ水面上の空気を摂取することで洪水耐性を示す.(c) Floating strategy: 急激な水深の上昇を伴うような洪水に対するイネの適応戦略で,茎伸長で間に合わない場合に自らを切断して浮遊し,洪水が解消した後に新しく着生した地で生育する.

(2)東南アジアや南アジアには,雨季の多雨によって徐々に水かさが増し,水深が数mにも達する洪水が数ヶ月続く地域もある.Escape strategy(回避戦略)とは,このような長期の洪水に対するイネの適応戦略である.一般的なイネはこのような過酷な洪水環境になると溺死してしまうが,浮イネと呼ばれるイネは,水位の上昇に応じて節間(茎)を伸長し,常に葉先を水中から抽出させる.そして水面上の空気層から酸素や二酸化炭素を摂取し,通気組織を通して空気を全身に運搬することで,数mの水位が数ヶ月続くような過酷な洪水環境でも生存できる(9)9) D. Catling: Rice in deep water: IRRI(1992).図1b図1■洪水環境に対するイネの適応戦略).

(3)Floating strategy(浮遊戦略)とは,洪水による水位の上昇に伴い節間伸長するが,水位の上昇が激しく節間伸長では間に合わないような洪水で発揮されるイネの洪水耐性戦略である.アマゾン川などでは,雨季の降雨量はすさまじく水位の上昇が急激なため,このような地域に適応した野生イネ(Oryza glumaepatula)は自ら節間を切断し,切断したイネの上部をfloatingさせることで洪水を突破する.洪水が解消されると流れ着いたその場で不定根を発達させ土着し,新しい土地で生育する(10)10) M. Akimoto, Y. Shimamoto & H. Morishima: Mol. Ecol., 7, 1371 (1998).図1c図1■洪水環境に対するイネの適応戦略).

浮イネの節間伸長に関する生理機構

ここまでイネのさまざまな洪水耐性機構の概略を紹介したが,ここからは(2)のEscape strategyについて生理機構,遺伝機構,分子機構を概説する.浮イネと呼ばれるイネは深水依存的な節間伸長を行い,葉先を常に水面上に抽出することで呼吸を確保する.その生理機構については,ミシガン州立大学のKende博士らのグループによって長く研究が進められてきた.Kende博士らは,浮イネが冠水するとイネの体内に植物ホルモンのエチレンとジベレリン(GA)が蓄積すること,続いてアブシジン酸(ABA)が低下することをみいだした.また,浮イネの節間にエチレンやGAを投与すると浮イネの節間の伸長が誘導されること,ABAを投与すると節間伸長が抑制されることを明らかにした.さらにエチレンの投与と低酸素状態で節間伸長が一層誘導されることから,冠水によるエチレンの蓄積やGAの生産,ABAの低下そして低酸素状態が浮イネの節間伸長のトリガーになっていることを報告している(11~14)11) I. Raskin & H. Kende: Planta, 160, 66 (1984).12) I. Raskin & H. Kende: Plant Physiol., 76, 947 (1984).13) S. Hoffmann-Benning & H. Kende: Plant Physiol., 99, 1156 (1992).14) H. Kende, E. Knaap & H. T. Cho: Plant Physiol., 118, 1105 (1998)..一方,一般的なイネを冠水させると,浮イネと同様にエチレンの蓄積が起こることから,冠水によって蓄積するエチレンは浮イネ特異的なものではなく,エチレンを利用して節間伸長を誘導できるかどうかの差が浮イネと一般的なイネの深水依存的な節間伸長の違いを生み出していると推測された(15)15) Y. Hattori, K. Nagai, S. Furukawa, X. Song, R. Kawano, H. Sakakibara, J. Wu, T. Matsumoto, A. Yoshimura, H. Kitano et al.: Nature, 460, 1026 (2009).

浮イネの節間伸長に関する遺伝機構

浮イネの深水依存的な節間伸長はどのような遺伝子によって制御されているのだろうか? これまで浮イネの節間伸長に関する多くの遺伝解析が行われ,2つの重複した遺伝子(16)16) K. Ramiah & K. Ramaswami: Indian J. Agric. Sci., 11, 1 (1940).,部分的な優性遺伝子(17)17) K. Hamamura & T. Kupkanchankul: Jpn. J. Breed., 29, 211 (1979).,1つの優性遺伝子(18)18) R. S. Tripathi & M. J. Balakrishna: Euphytica, 34, 875 (1985).,不完全優性遺伝子(19)19) H. Suge: Jpn. J. Genet., 62, 69 (1987).,1つの劣性遺伝子(20)20) M. Eiguchi, H. Y. Hirano, Y. Sano & H. Morishima: Jpn. J. Breed., 43, 135 (1993).など,深水依存的な節間伸長を制御する遺伝子に関して複数の異なる報告がある.このような中,東京大学の根本博士らのグループは,‘Goai’と呼ばれる浮イネ品種と一般的なイネ(非浮イネ)品種‘Patnai23’との交雑F2集団を用いて,伸長最低節間(LEI:Lowest Elongated Internode(図2図2■伸長最低節間の模式図))をもとに量的形質遺伝子座解析(Quantitative Traits Locus解析:QTL解析)を行い,第3染色体と第12染色体に座乗するLEIを制御する2つのQTLをみいだした(21)21) K. Nemoto, Y. Ukai, D. Q. Tang, Y. Kasai & M. Morita: Theor. Appl. Genet., 109, 42 (2004)..LEIはどの節間から伸長を開始したかを表すことから,節間伸長を開始するタイミングの指標であり,LEIが小さいほど早い葉齢で伸長したことを意味する.そのためイネの第3染色体と第12染色体に座乗するLEIを制御する2つのQTLは栄養成長期のより早い葉齢において節間伸長を誘導することができるQTLと言える.

図2■伸長最低節間の模式図

(a)節間伸長しない植物.(b) 6葉齢から節間伸長を開始する植物.この場合,6葉齢になった時に,第6節間が伸長をしているのでLEIは6となる.(c) 3葉齢から節間伸長を開始する植物.この場合,3葉齢になった時に節間伸長を開始し,その後,葉齢が上がるごとに各節間が伸長をする.伸長中の節間の赤色部分は介在分裂組織を示す.介在分裂組織の分裂活性がなくなった節間では節間伸長を停止する.出葉速度は品種間で大きな差がなく,節間伸長とは相関がないため,低LEIは節間伸長の開始時期が早いことを意味する27, 28)27) 菅原友太,堀川哲夫:宇都宮大農研報告,8, 15 (1971).28) J. Inouye, T. Kyuragi & V. T. Xuan: Jpn. J. Trop. Agr., 22, 67 (1978)..図はNagai et al. (2020)32)32) K. Nagai, Y. Mori, S. Ishikawa, T. Furuta, R. Gamuyao, Y. Niimi, T. Hobo, M. Fukuda, M. Kojima, Y. Takebayashi et al.: Nature, 584, 109 (2020).より改変.

われわれのグループもバングラデシュ由来の浮イネ品種‘C9285(Dowai38/9)’と台湾由来の一般的なイネ品種‘Taichung 65(T65)’のF2集団を用いて深水環境下における総節間長(TIL:Total Internode Length)とLEIを指標にQTL解析を行なった.その結果,TILを制御するQTLとしてqTIL1C9285qTIL12C9285をそれぞれ第1染色体と第12染色体に検出し,LEIを制御するQTLとしてqLEI3C9285qLEI12C9285をそれぞれ第3染色体と第12染色体にみいだした(22)22) Y. Hattori, K. Miura, K. Asano, E. Yamamoto, H. Mori, H. Kitano, M. Matsuoka & M. Ashikari: Breed. Sci., 57, 305 (2007).図3a図3■浮イネの節間伸長を制御する量的遺伝子座).

図3■浮イネの節間伸長を制御する量的遺伝子座

(a)浮イネ品種C9285と一般的なイネ品種T65の雑種集団を利用したQTL解析によって検出されたTIL及びLEIの座乗位置22)22) Y. Hattori, K. Miura, K. Asano, E. Yamamoto, H. Mori, H. Kitano, M. Matsuoka & M. Ashikari: Breed. Sci., 57, 305 (2007)..(b)浮イネ品種Bhaduaと一般的なイネ品種T65の雑種集団を利用したQTL解析によって検出されたRIE及びLEIの座乗位置23)23) R. Kawano, K. Doi, H. Yasui, T. Mochizuki & A. Yoshimura: Breed. Sci., 58, 47 (2008)..(c)浮イネC9285で検出された4つのQTL領域をT65と置換したQTLピラミディング系統NIL1+3+12は深水で節間伸長を示す.

また,九州大学の吉村博士らのグループは,バングラデシュの浮イネ品種‘Bhadua’と台湾の一般的なイネ品種‘T65’の雑種集団(F2をおよびBC3F2)を用いてQTL解析を行い,LEIを制御するQTLとしてqLEI3BhaduaqLEI12Bhaduaをそれぞれ第3染色体と第12染色体に検出しており,1日に何cm伸長したかを示す節間伸長率(RIE:Rate of Internode Elongation)を説明するQTLとしてqRIE1BhaduaqRIE12Bhaduaをそれぞれ第1染色体と第12染色体にみいだした(23)23) R. Kawano, K. Doi, H. Yasui, T. Mochizuki & A. Yoshimura: Breed. Sci., 58, 47 (2008).図3b図3■浮イネの節間伸長を制御する量的遺伝子座).

以上の様に3つのグループによって独自の解析集団を用いたQTL解析が行われたが,検出された領域はほぼ同一であることから,検出されたQTLの信頼度は高く,これらは浮イネが保持する普遍的かつ主要なQTLであると考えられた.また,これらの解析から,浮イネの節間伸長には2つの異なる制御があることがうかがえる.すなわち,節間の長さを制御するQTLと節間伸長のタイミングを制御するQTLである.節間の長さを制御するQTLはTILやRIEで見出されたQTLであり,第1染色体と第12染色体のQTLがこれに相当する.一方,節間伸長のタイミングの指標であるLEIは第3染色体と第12染色体のQTLによって制御されていることがわかる.検出された第12染色体領域には節間の長さを制御するQTLと節間伸長のタイミングを制御する2つのQTLが近傍に座乗していることを意味し(図3a, b図3■浮イネの節間伸長を制御する量的遺伝子座),浮イネは少なくとも4つの主要なQTLによって深水依存的な節間伸長を制御していることが示唆された.

遺伝解析によって明らかになった主要なQTLの存在を立証するために,われわれは浮イネC9285にT65を戻し交雑することで,一般的なイネT65の遺伝背景に浮イネC9285のそれぞれのQTL領域を導入した準同質遺伝子系統(NIL)を作出するとともに,4つのQTLを保持した遺伝子座集積系統(ピラミディングライン)NIL1+3+12を作出した.NIL1+3+12は深水環境下において節間伸長を示したことから,この4つのQTLが深水依存的な節間伸長を制御する主要な遺伝子座であることが明らかになった(15)15) Y. Hattori, K. Nagai, S. Furukawa, X. Song, R. Kawano, H. Sakakibara, J. Wu, T. Matsumoto, A. Yoshimura, H. Kitano et al.: Nature, 460, 1026 (2009).図3c図3■浮イネの節間伸長を制御する量的遺伝子座).

浮イネの節間伸長に関する分子機構

検出された4つのQTL(qTIL1C9285qLEI3C9285qTIL12C9285qLEI12C9285)(図3a図3■浮イネの節間伸長を制御する量的遺伝子座)に関して,それぞれの分子実体を明らかにするためにわれわれは原因遺伝子の同定を進めた.

1. qTIL1C9285の同定

ゲノムワイド関連解析(GWAS: Genome Wide Association Study)とポジショナルクローニングのコンビネーションによって,第1染色体に座乗する節間の長さを制御するQTL(qTIL1C9285)の原因遺伝子として,植物の茎葉伸長を促進する植物ホルモンであるジベレリン(GA)の生合成酵素遺伝子の一つであるGA20酸化酵素2(gibberellin 20 oxidase 2: GA20ox2)を同定した(24)24) T. Kuroha, K. Nagai, R. Gamuyao, D. Wang, T. Furuta, M. Nakamori, T. Kataoka, K. Adachi, M. Minami, Y. Mori et al.: Science, 361, 181 (2018).GA20ox遺伝子はイネゲノム中に少なくとも4つ存在しており,これらの遺伝子がコードするタンパク質はGA生合成経路においてGA53からGA20へのステップ(早期13位水酸化経路)とGA12からGA9へのステップ(早期13位非水酸化経路)を触媒することが知られている(図4図4■ジベレリン生合成経路).この酵素反応の後,GA20とGA9はGA3ox(gibberellin 3 oxidase)によってそれぞれ活性型のGA1とGA4へ変換される.それでは浮イネは深水環境下においてどのようにしてGA20ox2を介した節間伸長を誘導しているのであろうか.一般的なイネと浮イネのGA20ox2遺伝子のプロモーター領域には多型が存在しており,これにより冠水時に浮イネではGA20ox2遺伝子の発現が誘導されると考えられた.また,エチレンを投与しても浮イネ特異的にGA20ox2遺伝子の発現が誘導されることをみいだした.冠水したイネはエチレンを体内に蓄積することから,われわれは浮イネではエチレンからジベレリンへ情報が伝達されているのではないかと考えた.そこでこの仮説を検証するために,エチレン情報伝達因子として機能する転写因子OsEIL1(OsEIN3 LIKE protein)に着目したトランジェントアッセイやαスクリーニング実験を行ったところ,OsEIL1はGA20ox2遺伝子のプロモーターに直接結合しGA20ox2の発現誘導をすることが明らかになった.以上の結果は,浮イネでは冠水時にエチレンが蓄積し,その後OsEIL1を介したエチレン情報がGA生合成へ伝達されるといった,植物ホルモン間の分子シグナルリレーが存在することを示唆した(図6図6■節間伸長を制御するQTLによるEscape strategyの分子機構モデル).また,浮イネ(C9285)と一般的なイネ(T65)のGA20ox2には2カ所のアミノ酸変異が存在しているため,われわれはこの違いについても着目した.T65のGA20ox2では,100番目と240番目のアミノ酸がE(グルタミン酸)とQ(グルタミン)であるのに対し(EQ型),浮イネのGA20ox2ではG(グリシン)とR(アルギニン)であった(GR型).この2つのアミノ酸の変異がGA20ox2の酵素活性に違いを生み出しているのではないかと考え酵素活性を調査した.まず,浮イネが保持するGR型のGA20ox2タンパク質は,早期13位水酸化経路より早期13位非水酸化経路の方をより触媒し,GA12からGA9へ触媒する活性が一般的なイネが保持するEQ型に比べ約270倍も高いことが明らかになった.この結果は,一般的なイネが保持するEQ型のGA20ox2に比べ,浮イネが保持するGR型のGA20ox2は活性型のGA4を生産することを示唆した(図4図4■ジベレリン生合成経路).実際,一般的なイネと浮イネを深水処理して,活性型GA含量を測定したところ,浮イネは一般的なイネに比べてGA4を多く生合成していた.続いて,活性型GAであるGA1とGA4の分子種の違いが節間伸長に与える効果について検証した.浮イネに活性型のGA1とGA4を外部投与したところ,GA1は僅かしか節間伸長を誘導しなかったのに対して,GA4を投与すると劇的に節間伸長が誘導され,その差は約10倍であった.以上の結果を統合することでわれわれは,第1染色体のQTLによる浮イネの冠水依存的な節間伸長において以下の2つのモデルを考えた(図6図6■節間伸長を制御するQTLによるEscape strategyの分子機構モデル).