解説

イネの茎伸長による洪水耐性機構の分子メカニズム浮イネの茎伸長

Molecular mechanism of rice stem elongation against a periodic flood

Motoyuki Ashikari

芦苅 基行

名古屋大学・生物機能開発利用研究センター

Keisuke Nagai

永井 啓祐

名古屋大学・生物機能開発利用研究センター

Published: 2021-12-01

体内に通気組織を形成するイネは水田(部分冠水条件)で生育することができるが,体が完全に冠水するような洪水環境では呼吸ができず溺死してしまう.しかし,東南アジアの洪水多発地帯で作付けされる浮イネは,冠水すると茎を伸長させ葉を水面上に抽出することで空気を摂取し,長期の洪水環境でも生育することができる.最近,われわれは浮イネの冠水依存的な茎伸長における一連の分子メカニズムを明らかにした.これまでの知見と併せて浮イネの洪水に対する適応機構を紹介する.

Key words: イネ; 洪水; 節間伸長; 環境適応

はじめに

地球は自転軸が公転軸に対して約23.4度傾いた状態で1年をかけて太陽を中心に公転するため,季節によって気温,日照量,雨量,風量などが変化し,生物の生息環境に様々な影響を与える.生物はこのような季節変動に対して多様な適応戦略を獲得し,変化する環境に対応して生きている.動物や昆虫など移動ができる生物は,生育環境が好ましくない状態に変化したとき,不良環境から逃避することができる.一方,植物は花粉や種子の形態では移動(拡散)はできるものの,一般的に着生した場所で一生を過ごすため,生育場所が過酷な環境に変化しても受け入れなければならない.雨季や乾季と言った言葉があるように降水量は季節変動し,地域によっては水量が劇的に変化する.生物の生存に必須な水も,大量の水はその生存を脅かす環境となり,特に冠水するような洪水環境は,移動できない植物にとって致命的となる.しかし,植物は様々な戦略を獲得し冠水するような多量の水にも適応してきた.本稿では,季節的な環境変動の中でも多雨による洪水に焦点を当て,この洪水環境を生き抜くイネの分子機構について概説する.

イネはもともと湛水条件(水田に水を張った条件)で栽培されるように,部分冠水した状態でも生き抜く術を持っている.例えば,イネは葉,茎(節および節間),根に通気組織を形成し,水面上の葉から摂取した空気を水没部位に輸送することができ,水中においても呼吸や光合成が可能である.また,イネは葉の表面に乳頭状突起と呼ばれる突起物を形成するとともにクチクラと呼ばれるワックス物質を蓄積することで強力な撥水性を生み出す.これによりイネは水中で葉の表面にガスフィルムと呼ばれる空気層を形成し,水との直接的な接触を回避することができる.また,水中に溶存する酸素や二酸化炭素はガスフィルムに放出されるため,ガスフィルムはイネが水中で呼吸や光合成を行うための酸素および二酸化炭素の供給源になっており,冠水時のイネの生存を支える重要な役割を担っている(1~3)1) T. D. Colmer & O. Pedersen: New Phytol., 178, 326 (2008).2) O. Pedersen, S. M. Rich & T. D. Colmer: Plant J., 58, 147 (2009).3) Y. Kurokawa, K. Nagai, P. D. Huan, K. Shimazaki, H. Qu, Y. Mori, Y. Toda, T. Kuroha, N. Hayashi, S. Aiga et al.: New Phytol., 218, 1558 (2018)..さらに,イネの根の外皮周辺にはヒドロキシ脂肪酸などで構成される疎水性のスベリンが沈着し,酸素漏出バリア(Radial Oxygen Loss barrier: ROL barrier)と呼ばれる防護壁を形成することで,根端まで酸素を供給する過程において酸素漏出を抑制している(4, 5)4) J. Armstrong & W. Armstrong: Am. J. Bot., 88, 1359 (2001).5) T. D. Colmer: Plant Cell Environ., 26, 17 (2003)..このようにイネは形態的特徴を組み合わせることで部分冠水するような湛水条件でも生育することができる.しかし,東南アジア,南アジア,南米のアマゾン川流域といった地域では,雨季に降水量が増加し水位が数メートルにもなる洪水環境が数ヶ月にわたって発生する.このような長期間にわたってイネが冠水するような洪水環境ではガスフィルムの消失などが起こるため,これらの機構だけでは長期にわたる洪水に対応することができず,最終的には酸欠になり溺死する.一方,毎年雨季の多雨よって洪水が発生する地域に生息するイネは独特な3つの耐水性機構{(1)Quiescent strategy, (2)Escape strategy, (3)Floating strategy}を獲得し洪水環境に適応している.

洪水環境に対するイネの適応戦略

(1)東南アジアや南アジアでは,雨季にFlash floodと呼ばれる水位が数十cm~1m程度の比較的浅い洪水が2~3週間続くことがある.Quiescent strategy(静止戦略)とは,このようなFlash floodと呼ばれる比較的短期間(2~3週間)の洪水を克服するイネの洪水耐性戦略である(図1a図1■洪水環境に対するイネの適応戦略).イネの苗がまだ十分育っていない時期にFlash floodが発生すると苗は冠水してしまい,この洪水環境を突破しようと葉の伸長や呼吸に多くのエネルギーを消費する.2, 3週間後,水が引き冠水が解消した時にはエネルギーが枯渇し成長が阻害され枯死する.一方,Submergence1ASub1A)と呼ばれる遺伝子を保持するイネは,冠水時に呼吸などの代謝経路を抑制してエネルギー消費を控え一旦成長を休止し,冠水が解消された時,蓄積したエネルギーを利用し成長活動を再開することができる(6~8)6) K. Xu, X. Xu, T. Fukao, P. Canlas, R. Maghirang-Rodriguez, S. Heuer, A. M. Ismail, J. Bailey-Serres, P. C. Ronald & D. J. Mackill: Nature, 442, 705 (2006).7) J. Bailey-Serres, T. Fukao, P. Ronald, A. Ismail, S. Heuer & D. Mackill: Rice (N. Y.), 3, 138 (2010).8) L. A. Voesenek & J. Bailey-Serres: New Phytol., 206, 57 (2015).図1a図1■洪水環境に対するイネの適応戦略).このようにQuiescent strategyとは成長活動を一旦低下させ,過酷な洪水環境を乗り切る戦略である.Sub1A遺伝子を保持するイネはFlash floodには耐性を示すが,長期の洪水には対応できない.

図1■洪水環境に対するイネの適応戦略

(a) Quiescent strategy: Flash floodと呼ばれる水深が比較的浅く短期間の洪水に対するイネの適応戦略で,成長を休止することで洪水耐性を示す.洪水解消後,成長を再開する.(b) Escape strategy: 水深が深く長期の洪水に対するイネの適応戦略で,茎を伸長させ水面上の空気を摂取することで洪水耐性を示す.(c) Floating strategy: 急激な水深の上昇を伴うような洪水に対するイネの適応戦略で,茎伸長で間に合わない場合に自らを切断して浮遊し,洪水が解消した後に新しく着生した地で生育する.

(2)東南アジアや南アジアには,雨季の多雨によって徐々に水かさが増し,水深が数mにも達する洪水が数ヶ月続く地域もある.Escape strategy(回避戦略)とは,このような長期の洪水に対するイネの適応戦略である.一般的なイネはこのような過酷な洪水環境になると溺死してしまうが,浮イネと呼ばれるイネは,水位の上昇に応じて節間(茎)を伸長し,常に葉先を水中から抽出させる.そして水面上の空気層から酸素や二酸化炭素を摂取し,通気組織を通して空気を全身に運搬することで,数mの水位が数ヶ月続くような過酷な洪水環境でも生存できる(9)9) D. Catling: Rice in deep water: IRRI(1992).図1b図1■洪水環境に対するイネの適応戦略).

(3)Floating strategy(浮遊戦略)とは,洪水による水位の上昇に伴い節間伸長するが,水位の上昇が激しく節間伸長では間に合わないような洪水で発揮されるイネの洪水耐性戦略である.アマゾン川などでは,雨季の降雨量はすさまじく水位の上昇が急激なため,このような地域に適応した野生イネ(Oryza glumaepatula)は自ら節間を切断し,切断したイネの上部をfloatingさせることで洪水を突破する.洪水が解消されると流れ着いたその場で不定根を発達させ土着し,新しい土地で生育する(10)10) M. Akimoto, Y. Shimamoto & H. Morishima: Mol. Ecol., 7, 1371 (1998).図1c図1■洪水環境に対するイネの適応戦略).

浮イネの節間伸長に関する生理機構

ここまでイネのさまざまな洪水耐性機構の概略を紹介したが,ここからは(2)のEscape strategyについて生理機構,遺伝機構,分子機構を概説する.浮イネと呼ばれるイネは深水依存的な節間伸長を行い,葉先を常に水面上に抽出することで呼吸を確保する.その生理機構については,ミシガン州立大学のKende博士らのグループによって長く研究が進められてきた.Kende博士らは,浮イネが冠水するとイネの体内に植物ホルモンのエチレンとジベレリン(GA)が蓄積すること,続いてアブシジン酸(ABA)が低下することをみいだした.また,浮イネの節間にエチレンやGAを投与すると浮イネの節間の伸長が誘導されること,ABAを投与すると節間伸長が抑制されることを明らかにした.さらにエチレンの投与と低酸素状態で節間伸長が一層誘導されることから,冠水によるエチレンの蓄積やGAの生産,ABAの低下そして低酸素状態が浮イネの節間伸長のトリガーになっていることを報告している(11~14)11) I. Raskin & H. Kende: Planta, 160, 66 (1984).12) I. Raskin & H. Kende: Plant Physiol., 76, 947 (1984).13) S. Hoffmann-Benning & H. Kende: Plant Physiol., 99, 1156 (1992).14) H. Kende, E. Knaap & H. T. Cho: Plant Physiol., 118, 1105 (1998)..一方,一般的なイネを冠水させると,浮イネと同様にエチレンの蓄積が起こることから,冠水によって蓄積するエチレンは浮イネ特異的なものではなく,エチレンを利用して節間伸長を誘導できるかどうかの差が浮イネと一般的なイネの深水依存的な節間伸長の違いを生み出していると推測された(15)15) Y. Hattori, K. Nagai, S. Furukawa, X. Song, R. Kawano, H. Sakakibara, J. Wu, T. Matsumoto, A. Yoshimura, H. Kitano et al.: Nature, 460, 1026 (2009).

浮イネの節間伸長に関する遺伝機構

浮イネの深水依存的な節間伸長はどのような遺伝子によって制御されているのだろうか? これまで浮イネの節間伸長に関する多くの遺伝解析が行われ,2つの重複した遺伝子(16)16) K. Ramiah & K. Ramaswami: Indian J. Agric. Sci., 11, 1 (1940).,部分的な優性遺伝子(17)17) K. Hamamura & T. Kupkanchankul: Jpn. J. Breed., 29, 211 (1979).,1つの優性遺伝子(18)18) R. S. Tripathi & M. J. Balakrishna: Euphytica, 34, 875 (1985).,不完全優性遺伝子(19)19) H. Suge: Jpn. J. Genet., 62, 69 (1987).,1つの劣性遺伝子(20)20) M. Eiguchi, H. Y. Hirano, Y. Sano & H. Morishima: Jpn. J. Breed., 43, 135 (1993).など,深水依存的な節間伸長を制御する遺伝子に関して複数の異なる報告がある.このような中,東京大学の根本博士らのグループは,‘Goai’と呼ばれる浮イネ品種と一般的なイネ(非浮イネ)品種‘Patnai23’との交雑F2集団を用いて,伸長最低節間(LEI:Lowest Elongated Internode(図2図2■伸長最低節間の模式図))をもとに量的形質遺伝子座解析(Quantitative Traits Locus解析:QTL解析)を行い,第3染色体と第12染色体に座乗するLEIを制御する2つのQTLをみいだした(21)21) K. Nemoto, Y. Ukai, D. Q. Tang, Y. Kasai & M. Morita: Theor. Appl. Genet., 109, 42 (2004)..LEIはどの節間から伸長を開始したかを表すことから,節間伸長を開始するタイミングの指標であり,LEIが小さいほど早い葉齢で伸長したことを意味する.そのためイネの第3染色体と第12染色体に座乗するLEIを制御する2つのQTLは栄養成長期のより早い葉齢において節間伸長を誘導することができるQTLと言える.

図2■伸長最低節間の模式図

(a)節間伸長しない植物.(b) 6葉齢から節間伸長を開始する植物.この場合,6葉齢になった時に,第6節間が伸長をしているのでLEIは6となる.(c) 3葉齢から節間伸長を開始する植物.この場合,3葉齢になった時に節間伸長を開始し,その後,葉齢が上がるごとに各節間が伸長をする.伸長中の節間の赤色部分は介在分裂組織を示す.介在分裂組織の分裂活性がなくなった節間では節間伸長を停止する.出葉速度は品種間で大きな差がなく,節間伸長とは相関がないため,低LEIは節間伸長の開始時期が早いことを意味する27, 28)27) 菅原友太,堀川哲夫:宇都宮大農研報告,8, 15 (1971).28) J. Inouye, T. Kyuragi & V. T. Xuan: Jpn. J. Trop. Agr., 22, 67 (1978)..図はNagai et al. (2020)32)32) K. Nagai, Y. Mori, S. Ishikawa, T. Furuta, R. Gamuyao, Y. Niimi, T. Hobo, M. Fukuda, M. Kojima, Y. Takebayashi et al.: Nature, 584, 109 (2020).より改変.

われわれのグループもバングラデシュ由来の浮イネ品種‘C9285(Dowai38/9)’と台湾由来の一般的なイネ品種‘Taichung 65(T65)’のF2集団を用いて深水環境下における総節間長(TIL:Total Internode Length)とLEIを指標にQTL解析を行なった.その結果,TILを制御するQTLとしてqTIL1C9285qTIL12C9285をそれぞれ第1染色体と第12染色体に検出し,LEIを制御するQTLとしてqLEI3C9285qLEI12C9285をそれぞれ第3染色体と第12染色体にみいだした(22)22) Y. Hattori, K. Miura, K. Asano, E. Yamamoto, H. Mori, H. Kitano, M. Matsuoka & M. Ashikari: Breed. Sci., 57, 305 (2007).図3a図3■浮イネの節間伸長を制御する量的遺伝子座).

図3■浮イネの節間伸長を制御する量的遺伝子座

(a)浮イネ品種C9285と一般的なイネ品種T65の雑種集団を利用したQTL解析によって検出されたTIL及びLEIの座乗位置22)22) Y. Hattori, K. Miura, K. Asano, E. Yamamoto, H. Mori, H. Kitano, M. Matsuoka & M. Ashikari: Breed. Sci., 57, 305 (2007)..(b)浮イネ品種Bhaduaと一般的なイネ品種T65の雑種集団を利用したQTL解析によって検出されたRIE及びLEIの座乗位置23)23) R. Kawano, K. Doi, H. Yasui, T. Mochizuki & A. Yoshimura: Breed. Sci., 58, 47 (2008)..(c)浮イネC9285で検出された4つのQTL領域をT65と置換したQTLピラミディング系統NIL1+3+12は深水で節間伸長を示す.

また,九州大学の吉村博士らのグループは,バングラデシュの浮イネ品種‘Bhadua’と台湾の一般的なイネ品種‘T65’の雑種集団(F2をおよびBC3F2)を用いてQTL解析を行い,LEIを制御するQTLとしてqLEI3BhaduaqLEI12Bhaduaをそれぞれ第3染色体と第12染色体に検出しており,1日に何cm伸長したかを示す節間伸長率(RIE:Rate of Internode Elongation)を説明するQTLとしてqRIE1BhaduaqRIE12Bhaduaをそれぞれ第1染色体と第12染色体にみいだした(23)23) R. Kawano, K. Doi, H. Yasui, T. Mochizuki & A. Yoshimura: Breed. Sci., 58, 47 (2008).図3b図3■浮イネの節間伸長を制御する量的遺伝子座).

以上の様に3つのグループによって独自の解析集団を用いたQTL解析が行われたが,検出された領域はほぼ同一であることから,検出されたQTLの信頼度は高く,これらは浮イネが保持する普遍的かつ主要なQTLであると考えられた.また,これらの解析から,浮イネの節間伸長には2つの異なる制御があることがうかがえる.すなわち,節間の長さを制御するQTLと節間伸長のタイミングを制御するQTLである.節間の長さを制御するQTLはTILやRIEで見出されたQTLであり,第1染色体と第12染色体のQTLがこれに相当する.一方,節間伸長のタイミングの指標であるLEIは第3染色体と第12染色体のQTLによって制御されていることがわかる.検出された第12染色体領域には節間の長さを制御するQTLと節間伸長のタイミングを制御する2つのQTLが近傍に座乗していることを意味し(図3a, b図3■浮イネの節間伸長を制御する量的遺伝子座),浮イネは少なくとも4つの主要なQTLによって深水依存的な節間伸長を制御していることが示唆された.

遺伝解析によって明らかになった主要なQTLの存在を立証するために,われわれは浮イネC9285にT65を戻し交雑することで,一般的なイネT65の遺伝背景に浮イネC9285のそれぞれのQTL領域を導入した準同質遺伝子系統(NIL)を作出するとともに,4つのQTLを保持した遺伝子座集積系統(ピラミディングライン)NIL1+3+12を作出した.NIL1+3+12は深水環境下において節間伸長を示したことから,この4つのQTLが深水依存的な節間伸長を制御する主要な遺伝子座であることが明らかになった(15)15) Y. Hattori, K. Nagai, S. Furukawa, X. Song, R. Kawano, H. Sakakibara, J. Wu, T. Matsumoto, A. Yoshimura, H. Kitano et al.: Nature, 460, 1026 (2009).図3c図3■浮イネの節間伸長を制御する量的遺伝子座).

浮イネの節間伸長に関する分子機構

検出された4つのQTL(qTIL1C9285qLEI3C9285qTIL12C9285qLEI12C9285)(図3a図3■浮イネの節間伸長を制御する量的遺伝子座)に関して,それぞれの分子実体を明らかにするためにわれわれは原因遺伝子の同定を進めた.

1. qTIL1C9285の同定

ゲノムワイド関連解析(GWAS: Genome Wide Association Study)とポジショナルクローニングのコンビネーションによって,第1染色体に座乗する節間の長さを制御するQTL(qTIL1C9285)の原因遺伝子として,植物の茎葉伸長を促進する植物ホルモンであるジベレリン(GA)の生合成酵素遺伝子の一つであるGA20酸化酵素2(gibberellin 20 oxidase 2: GA20ox2)を同定した(24)24) T. Kuroha, K. Nagai, R. Gamuyao, D. Wang, T. Furuta, M. Nakamori, T. Kataoka, K. Adachi, M. Minami, Y. Mori et al.: Science, 361, 181 (2018).GA20ox遺伝子はイネゲノム中に少なくとも4つ存在しており,これらの遺伝子がコードするタンパク質はGA生合成経路においてGA53からGA20へのステップ(早期13位水酸化経路)とGA12からGA9へのステップ(早期13位非水酸化経路)を触媒することが知られている(図4図4■ジベレリン生合成経路).この酵素反応の後,GA20とGA9はGA3ox(gibberellin 3 oxidase)によってそれぞれ活性型のGA1とGA4へ変換される.それでは浮イネは深水環境下においてどのようにしてGA20ox2を介した節間伸長を誘導しているのであろうか.一般的なイネと浮イネのGA20ox2遺伝子のプロモーター領域には多型が存在しており,これにより冠水時に浮イネではGA20ox2遺伝子の発現が誘導されると考えられた.また,エチレンを投与しても浮イネ特異的にGA20ox2遺伝子の発現が誘導されることをみいだした.冠水したイネはエチレンを体内に蓄積することから,われわれは浮イネではエチレンからジベレリンへ情報が伝達されているのではないかと考えた.そこでこの仮説を検証するために,エチレン情報伝達因子として機能する転写因子OsEIL1(OsEIN3 LIKE protein)に着目したトランジェントアッセイやαスクリーニング実験を行ったところ,OsEIL1はGA20ox2遺伝子のプロモーターに直接結合しGA20ox2の発現誘導をすることが明らかになった.以上の結果は,浮イネでは冠水時にエチレンが蓄積し,その後OsEIL1を介したエチレン情報がGA生合成へ伝達されるといった,植物ホルモン間の分子シグナルリレーが存在することを示唆した(図6図6■節間伸長を制御するQTLによるEscape strategyの分子機構モデル).また,浮イネ(C9285)と一般的なイネ(T65)のGA20ox2には2カ所のアミノ酸変異が存在しているため,われわれはこの違いについても着目した.T65のGA20ox2では,100番目と240番目のアミノ酸がE(グルタミン酸)とQ(グルタミン)であるのに対し(EQ型),浮イネのGA20ox2ではG(グリシン)とR(アルギニン)であった(GR型).この2つのアミノ酸の変異がGA20ox2の酵素活性に違いを生み出しているのではないかと考え酵素活性を調査した.まず,浮イネが保持するGR型のGA20ox2タンパク質は,早期13位水酸化経路より早期13位非水酸化経路の方をより触媒し,GA12からGA9へ触媒する活性が一般的なイネが保持するEQ型に比べ約270倍も高いことが明らかになった.この結果は,一般的なイネが保持するEQ型のGA20ox2に比べ,浮イネが保持するGR型のGA20ox2は活性型のGA4を生産することを示唆した(図4図4■ジベレリン生合成経路).実際,一般的なイネと浮イネを深水処理して,活性型GA含量を測定したところ,浮イネは一般的なイネに比べてGA4を多く生合成していた.続いて,活性型GAであるGA1とGA4の分子種の違いが節間伸長に与える効果について検証した.浮イネに活性型のGA1とGA4を外部投与したところ,GA1は僅かしか節間伸長を誘導しなかったのに対して,GA4を投与すると劇的に節間伸長が誘導され,その差は約10倍であった.以上の結果を統合することでわれわれは,第1染色体のQTLによる浮イネの冠水依存的な節間伸長において以下の2つのモデルを考えた(図6図6■節間伸長を制御するQTLによるEscape strategyの分子機構モデル).

図4■ジベレリン生合成経路

ジベレリン生合成経路の模式図.黄色丸は各反応を触媒する酵素を示す.浮イネの総節間長を制御する第1染色体QTLの原因遺伝子は,イネに4つ存在するGA20oxの一つのGA20ox2であった.この酵素は活性型GAの前駆体GA12からGA9とGA53からGA20までの反応を触媒する.一般的なイネと浮イネのGA20ox2のアミノ酸配列を比較すると,100番目と240番目のアミノ酸が一般的なイネではE(グルタミン酸)とQ(グルタミン)であるのに対し(EQ型),浮イネではG(グリシン)とR(アルギニン)になっていた(GR型).GR型はEQ型に比べて高い酵素活性を有している.

図5■ACE1およびDEC1による節間伸長の拮抗的制御機構

(a)浮イネにおけるACE1とDEC1による節間伸長の制御機構.浮イネは栄養成長期の早い段階からACE1の発現の上昇とDEC1の発現の低下が起こるために節間伸長が誘導される.(b)一般的なイネにおけるACE1DEC1による節間伸長の制御機構.一般的なイネは機能的なACE1を保持しておらず,また栄養成長期にはDEC1が高発現しているため節間伸長が誘導されない.しかし,生殖成長期に移行するとACE1のホモログの一つであるACE1-LIKE1ACL1)の発現の上昇とDEC1の発現の低下が起こるために節間伸長が誘導される.

図6■節間伸長を制御するQTLによるEscape strategyの分子機構モデル

浮イネでは深水条件下で蓄積したエチレンによってエチレンシグナル伝達因子のOsEIL1が安定化する.OsEIL1はジベレリン生合成遺伝子であるGA20ox2のプロモーターに結合することで遺伝子発現を上昇させる(エチレン-ジベレリン分子シグナルリレー).浮イネは高酵素活性型のGA20ox2を保持しているため活性型ジベレリンの生合成量が増加するが,活性型のGA4がGA1に比べて高蓄積する.エチレンからジベレリン生合成の一連のメカニズムはqTIL1C9285によるものである24)24) T. Kuroha, K. Nagai, R. Gamuyao, D. Wang, T. Furuta, M. Nakamori, T. Kataoka, K. Adachi, M. Minami, Y. Mori et al.: Science, 361, 181 (2018)..その後,蓄積したジベレリンはACE1の発現を上昇させるとともに,ACE1とは独立した経路を活性化させ,この両者が揃うことで節間伸長が開始される.この反応はqLEI3C9825によるものである32)32) K. Nagai, Y. Mori, S. Ishikawa, T. Furuta, R. Gamuyao, Y. Niimi, T. Hobo, M. Fukuda, M. Kojima, Y. Takebayashi et al.: Nature, 584, 109 (2020)..また,浮イネではジベレリンが節間伸長抑制因子であるDEC1の発現を減少させ,結果的にDEC1の抑制能が減少することで節間伸長が開始される.この反応はqLEI12C9285によるものである32)32) K. Nagai, Y. Mori, S. Ishikawa, T. Furuta, R. Gamuyao, Y. Niimi, T. Hobo, M. Fukuda, M. Kojima, Y. Takebayashi et al.: Nature, 584, 109 (2020)..一方でOsEIL1はqTIL12C9285の原因遺伝子であるSNORKEL1およびSNORKEL2のプロモーター領域に結合して発現量を上昇させる.これによって伸長を開始した節間は伸長をさらに加速させるものと考えられる15)15) Y. Hattori, K. Nagai, S. Furukawa, X. Song, R. Kawano, H. Sakakibara, J. Wu, T. Matsumoto, A. Yoshimura, H. Kitano et al.: Nature, 460, 1026 (2009)..われわれは2007年に浮イネの節間伸長を制御するQTLを検出して以来,これらの原因遺伝子の同定および機能解析を行うことで浮イネのEscape strategyの分子機構の一端を明らかにした.

  • (1) エチレンからジベレリンへの植物ホルモン間の分子シグナルリレー
    • エチレンのシグナル伝達因子であるOsEIL1はエチレン非存在下で分解されるが,エチレン存在下では安定化することで下流遺伝子の発現を制御していることが報告されている25)25) C. Yang, B. Ma, S. J. He, Q. Xiong, K. X. Duan, C. C. Yin, H. Chen, X. Lu, S. Y. Chen & J. S. Zhang: Plant Physiol., 169, 148 (2015)..このことから,冠水によってイネ体内にエチレンが蓄積し,安定化したOsEIL1がGA20ox2プロモーターに直接結合することで,浮イネ特異的にGA20ox2遺伝子の発現を上昇させるといった,エチレンによるジベレリン生合成量の調節機構が考えられる.
  • (2) 高活性型GA20ox2による活性型GA4の蓄積
    • 浮イネのGA20ox2(GR型)は一般的なイネ(Oryza sativa ssp. japonica)のGA20ox2(EQ型)に比べGA12からGA9への触媒活性が強くGA4を多く蓄積することができる(図4図4■ジベレリン生合成経路).さらにGA4はGA1に比べ節間伸長の誘導能力が高い.

以上の様に,浮イネは冠水によるGA20ox2の発現誘導と高いGA触媒活性能の2つを組み合わせることにより深水において顕著な節間伸長が誘導できると考えられる(24)24) T. Kuroha, K. Nagai, R. Gamuyao, D. Wang, T. Furuta, M. Nakamori, T. Kataoka, K. Adachi, M. Minami, Y. Mori et al.: Science, 361, 181 (2018).図6図6■節間伸長を制御するQTLによるEscape strategyの分子機構モデル).

2. LEIの概念の構築とqLEI3C9285の同定

イネ科作物の節間は農業上重要な形質の一つであるため,1960年ごろから節間の長さや強度などに関する研究が盛んに行われてきた.その中で,北陸農業試験場の末次博士は一般的な水稲の節間伸長の開始時期について注目し,節間構造の変化から節間伸長の開始時期を第1次節間伸長開始期(栄養成長期における節間の極めて短い伸長が開始される時期)と第2次節間伸長開始期(生殖成長期において顕著な伸長が開始される時期)に分類し,品種によって第2次節間伸長開始期が異なることを報告している(26)26) 末次勲:日作紀,37, 489 (1968)..これは節間伸長の開始を一般的な水稲の成長相の転換と関連づけた最初の研究であったが,その後,浮イネにおける節間伸長開始期の重要性の発見につながっていくこととなる.浮イネは深水環境下で節間伸長を誘導し,ときには1日で20 cm以上も伸びる驚異的な伸長能力を持っている.しかし,このような浮イネであっても節間伸長を開始できる齢(葉齢)に達していなければ伸長できずに溺死してしまうため,早い葉齢からの節間伸長開始能力の獲得は浮イネが洪水環境を生き抜くための重要な機能であると言える.このことはまさに,末次博士の提唱した第2次節間伸長を浮イネが栄養成長期の早い段階で開始することが重要であるということを意味している.宇都宮大学の菅原博士や堀川博士,九州大学の井之上博士はこのことに注目し,浮イネにおいてLEIが低位であるほど,つまり第2次節間伸長開始時期が早いほど,深水環境下における節間長が長くなることを発見した(27~29)27) 菅原友太,堀川哲夫:宇都宮大農研報告,8, 15 (1971).29) J. Inouye: Jpn. J. Trop. Agr., 27, 181 (1983)..これらのことから井之上博士は,LEI(伸長最低節間)が浮イネの節間伸長性を象徴する表現型であると提唱した(29)29) J. Inouye: Jpn. J. Trop. Agr., 27, 181 (1983)..その後,一般的なイネと浮イネに茎葉伸長を促進する植物ホルモンであるGAを処理することによって,GAとLEIの関係が調査された(30)30) J. Inouye & J. H. Kim: Jpn. J. Trop. Agr., 29, 195 (1985)..その結果,浮イネにおいてGAを処理すると顕著にLEIが低下,つまり早期節間伸長が誘導されることが明らかとなり,このことは節間におけるGA量の増加だけではなく,GAに対する高い感受性が早期節間伸長の開始に必須であることを強く示唆した.しかしその後,分子生物学的な手法の発達によって浮イネの節間の長さを制御する分子機構が次々と明らかにされていく中で,GA感受性による節間伸長の開始制御にかかわる研究は行われなくなっていた.われわれが再びGAとLEIに注目する転機となった出来事は,先述した浮イネの総節間長を制御する第1染色体QTL(qTIL1C9285)の原因遺伝子がGA生合成酵素遺伝子のGA20ox2であることの発見であった.この事実と,第3染色体および第12染色体のQTLがLEIを制御するものとして検出されたこと,さらにGAがLEIの低下を誘導することを報告した過去の知見を統合することで,『LEIを制御する第3染色体および第12染色体のQTLの原因遺伝子は,深水時に浮イネにおいて増加したGAに対する感受性を向上させることで早期節間伸長を誘導する因子である』とする仮説が考えられた.この仮説を検証するために,われわれはまず一般的なイネ品種T65と日本晴および浮イネ品種C9285とBhaduaにGAを投与し,GAによる節間伸長誘導性を調査した.その結果へ,一般的なイネは栄養成長期に高濃度のGAを投与しても節間伸長を示さなかったのに対し,浮イネはGA濃度依存的に節間伸長を誘導することをみいだした.この結果は,一般的なイネと浮イネではGAに対する感受性が異なるとする過去の知見と一致した(30, 31)30) J. Inouye & J. H. Kim: Jpn. J. Trop. Agr., 29, 195 (1985).31) K. Nagai, Y. Kondo, T. Kitaoka, T. Noda, T. Kuroha, R. A. Shim, H. Yasui, A. Yoshimura & M. Ashikari: AOB Plant, 6, 1 (2014)..そこで浮イネ品種Bhaduaと一般的なイネ品種T65の組換え自殖系統(F9集団)を用いて,GA依存的な節間伸長を制御する遺伝的領域の検出を目的としたQTL解析を行った.その結果,検出した5つのQTLのうち第3染色体と第12染色体のQTLは,深水時に検出されたLEIを制御するQTLの領域と重複することが明らかとなった.さらにT65遺伝的背景に浮イネの第3染色体または第12染色体のQTL領域を導入したNIL3とNIL12はGA投与によって節間伸長を誘導し,これらを集積したピラミディング系統NIL3+12ではGAに対して相加的な節間伸長が誘導された(31, 32)31) K. Nagai, Y. Kondo, T. Kitaoka, T. Noda, T. Kuroha, R. A. Shim, H. Yasui, A. Yoshimura & M. Ashikari: AOB Plant, 6, 1 (2014).32) K. Nagai, Y. Mori, S. Ishikawa, T. Furuta, R. Gamuyao, Y. Niimi, T. Hobo, M. Fukuda, M. Kojima, Y. Takebayashi et al.: Nature, 584, 109 (2020)..以上の結果から,深水時に増加したGAに対して第3染色体と第12染色体のQTLの原因遺伝子が感受性を向上させることで早期節間伸長を促進する(LEIを低下させる)とした仮説に疑いの余地がなくなった.

そこで,GA依存的な節間伸長を指標に第3染色体のQTL(qLEI3C9285)の原因遺伝子の同定をポジショナルクローニング法によって進めた結果,108アミノ酸からなる小さなタンパク質をコードしていることをみいだし,ACCELERATOR OF INTERNODE ELONGATION1ACE1)と命名した.浮イネと一般的なイネのACE1はコード配列内の上流側に1bpのindelが生じていたため異なるタンパク質をコードしていることが予想された.一般的なイネのACE1を導入した形質転換イネにGAを加えても節間伸長の誘導は見られなかったが,浮イネ型のACE1を導入したイネにGAを投与すると節間伸長を誘導したことから,浮イネ型のACE1が機能型でありT65のACE1は機能喪失していることが明らかになった.イネの節間伸長は,節間に存在する介在分裂組織と呼ばれる組織における細胞分裂とその後の細胞伸長によって起こる.浮イネACE1過剰発現体は通常の生育環境において介在分裂組織における分裂活性の上昇は起きなかったが,この植物にGAを処理すると介在分裂組織での細胞分裂が活発になった.浮イネは深水環境およびGA処理によってACE1の発現を誘導することから,現時点ではACE1の詳細な機能は不明であるが,浮イネでは深水環境においてGA量が増加することでACE1が発現し,これにより介在分裂組織におけるGA感受性が向上することで細胞分裂が活性化され,最終的に節間伸長が誘導されるものと考えられる(図5図5■ACE1およびDEC1による節間伸長の拮抗的制御機構).しかし,ACE1を過剰発現させるだけでは節間伸長しないことから,浮イネの節間伸長の開始にはACE1の機能と,これとは独立したGAシグナルの両方が揃う必要がある(図6図6■節間伸長を制御するQTLによるEscape strategyの分子機構モデル(32)32) K. Nagai, Y. Mori, S. Ishikawa, T. Furuta, R. Gamuyao, Y. Niimi, T. Hobo, M. Fukuda, M. Kojima, Y. Takebayashi et al.: Nature, 584, 109 (2020).

3. qLEI12C9285の同定

第3染色体に座乗するQTLと同様に,第12染色体に座乗するGA依存的な節間伸長を制御するQTL(qLEI12C9285)の原因遺伝子をポジショナルクローニングによって同定し,DECELERATOR OF INTERNODE ELONGATION1DEC1)と命名した.DEC1はC2H2 zinc fingerタイプの転写因子をコードしていた.DEC1遺伝子を過剰発現すると節間伸長が抑制され,逆にdec1変異体では節間伸長が促進されたことから,DEC1は本来,節間伸長を抑制する機能を保持していることが明らかになった(32)32) K. Nagai, Y. Mori, S. Ishikawa, T. Furuta, R. Gamuyao, Y. Niimi, T. Hobo, M. Fukuda, M. Kojima, Y. Takebayashi et al.: Nature, 584, 109 (2020).DEC1遺伝子は介在分裂組織付近で発現しており,dec1変異体では介在分裂組織における細胞分裂が活性化していた.また,浮イネではGA投与や深水条件でDEC1の発現が低下することから,DEC1の発現低下が節間伸長における細胞分裂の抑制の解除につながり,節間伸長が誘導されるものと考えられる.第3染色体上の節間伸長を促進する遺伝子ACE1は節間伸長に対してアクセルの様に働く一方,第12染色体に座乗する節間伸長を抑制する遺伝子DEC1はブレーキの様に機能し,茎伸長に対して逆の作用を示す2つの因子のバランスによって節間伸長が制御されることが明らかなった(32)32) K. Nagai, Y. Mori, S. Ishikawa, T. Furuta, R. Gamuyao, Y. Niimi, T. Hobo, M. Fukuda, M. Kojima, Y. Takebayashi et al.: Nature, 584, 109 (2020).図5a図5■ACE1およびDEC1による節間伸長の拮抗的制御機構).

さて,これら実験により,浮イネの節間伸長制御機構の一端が明らかになったが,一般的なイネの節間伸長においても理解が進んだ.一般的なイネは栄養成長期に節間伸長を誘導しないものの,生殖成長期になると節間伸長が誘導されるが,この時の節間伸長に関してもACE1ホモログとDEC1によって制御されていることが明らかになった(32)32) K. Nagai, Y. Mori, S. Ishikawa, T. Furuta, R. Gamuyao, Y. Niimi, T. Hobo, M. Fukuda, M. Kojima, Y. Takebayashi et al.: Nature, 584, 109 (2020)..イネにはACE1に類似した配列をもつACE1 LIKEACL)が5つ存在する.少なくともACE1と最も相同性の高いACL1を過剰発現しGAを投与すると節間伸長を誘導することから,ACL1ACE1と同様に節間伸長の促進機能を保持すると考えられる.一般的なイネでは,ACE1は機能喪失しているが,ACL1が機能を保持しており,この遺伝子が生殖成長期になると発現誘導される.また一般的なイネにおいても節間伸長を負に制御するDEC1遺伝子が機能している.栄養成長期ではDEC1遺伝子が発現し節間伸長を抑制しているが,生殖成長期に移行するとDEC1遺伝子の発現低下が起こる.すなわち,一般的なイネの生殖成長期の節間伸長もACL1DEC1によって制御されていることが明らかになった(図5b図5■ACE1およびDEC1による節間伸長の拮抗的制御機構).またイネACE1をムギ類のモデル植物であるミナトカモジグサやオオムギで過剰発現すると節間伸長が見られることや,オオムギでイネDEC1を過剰発現すると節間伸長が抑制されることから,節間伸長に対するACE1DEC1のantagonistic制御はイネ科共通のメカニズムであることが推測された(32)32) K. Nagai, Y. Mori, S. Ishikawa, T. Furuta, R. Gamuyao, Y. Niimi, T. Hobo, M. Fukuda, M. Kojima, Y. Takebayashi et al.: Nature, 584, 109 (2020).

4. qTIL12C9285の同定

一般的なイネT65と浮イネ(C9285)を用いたポジショナルクローニングにより,第12染色体に座乗するTILを制御するQTL(qTIL12C9285)の同定を進めたこところ,エチレン応答性の転写因子ERFファミリーに属する2つの遺伝子,SNORKEL1SNORKEL2を同定した(15)15) Y. Hattori, K. Nagai, S. Furukawa, X. Song, R. Kawano, H. Sakakibara, J. Wu, T. Matsumoto, A. Yoshimura, H. Kitano et al.: Nature, 460, 1026 (2009).SNORKEL1/2遺伝子は,ERF(Ethylene Responsive Factor)型転写因子をコードしており,深水もしくはエチレンによって発現が誘導され,節間伸長を促進する.実際,エチレン情報伝達因子のOsEIL1(EIN3-LIKE 1)がSNORKEL1/2プロモーターに結合した(15)15) Y. Hattori, K. Nagai, S. Furukawa, X. Song, R. Kawano, H. Sakakibara, J. Wu, T. Matsumoto, A. Yoshimura, H. Kitano et al.: Nature, 460, 1026 (2009)..浮イネは深水により蓄積したエチレンによって安定化したOsEIL1タンパク質によりSNORKEL1/2の発現を誘導させることで,下流遺伝子の発現を介して節間伸長を誘導していると考えられる(図6図6■節間伸長を制御するQTLによるEscape strategyの分子機構モデル).一般的なイネではSNORKEL1/2遺伝子を含むゲノム領域は欠損しており,冠水時に節間伸長を促進する機能を保持していない.SNORKEL1/2は,ERFファミリーの中でも先述のFlash floodと呼ばれる短期洪水耐性に関与するSub1Aと同じERFサブグループに属する(33)33) M. A. Reynoso, K. Kajala, M. Bajic, D. A. West, G. Pauluzzi, A. I. Yao, K. Hatch, K. Zumstein, M. Woodhouse, N. Rodriguez-Medina et al.: Science, 365, 1291 (2019)..興味深いことにSub1Aは伸長抑制効果を保持している一方,SNORKEL1/2は節間伸長を促進する.今後Sub1ASNORKEL1/2の情報伝達機構の詳細が明らかになれば,互いによく似た転写因子が異なる洪水適応においてどのように機能しているかを分子進化学的に説明することができるかもしれない.

Escape strategyの分子モデル

これまでの,浮イネの冠水依存的な節間伸長に関する生理学的研究,遺伝学的研究そして分子生物学的な研究から,分子モデルを提唱することができる(図6図6■節間伸長を制御するQTLによるEscape strategyの分子機構モデル).浮イネが冠水すると体内にエチレンが蓄積し,エチレン情報伝達因子のEIL1が安定化する.EIL1は,GA生合成遺伝子GA20ox2遺伝子のプロモーターに結合し遺伝子発現を誘導する.浮イネのGA20ox2酵素は一般的なイネが保持するGA20ox2に比べ酵素活性が高く,GA早期13位非水酸化経路を主に触媒し,活性型GAであるGA4を生合成する(本来一般的なイネは栄養成長期にGA1を活性型GAとして使用している).GA4はGA1に比べ約10倍の節間伸長誘導能を保持している.すなわち,浮イネは冠水によって高活性のGA生合成酵素をコードする遺伝子を発現誘導し,節間伸長に対して高活性のGA分子種(GA4)を作りだすことで節間伸長を促進している.また冠水もしくはGAの蓄積により,ACE1遺伝子(第3染色体のLEIを制御するQTL)が介在分裂組織付近で発現し,細胞分裂を活性化することで,高活性型のGA4とともに節間伸長を誘導する.また,節間伸長を抑制するDEC1も介在分裂組織付近で発現するが,浮イネにおいて冠水下で遺伝子発現が低下することで節間伸長が誘導される.さらに冠水によってSNORKEL1/2も発現することで,ACE1の上昇およびDEC1の減少によって節間の伸長開始シグナルがONになった節間において伸長が促進される(図6図6■節間伸長を制御するQTLによるEscape strategyの分子機構モデル).以上の様にQTL解析で検出した4つのQTLが1連のシグナルネットワークを形成することで節間伸長を制御していると考えられる.

Escape strategyに関する遺伝子の起源

一般的なイネも浮イネも共に栽培イネ(Oryza sativa)であり,アジアの野生イネ(Oryza rufipogon)から栽培化された.それでは,野生イネからどのような選抜によって浮イネが誕生したのであろうか? まず,アジア各国から収集した様々な浮イネ性を持つイネ68品種について,GA20ox2の遺伝子配列を比較した結果,高い浮イネ性を持つイネに共通して17の多型から成る変異(ハプロタイプ)がプロモーターおよびイントロン領域にみいだされ,GA20ox2/SD1アリル(GA20ox2 DW /SD1DW)と命名した(GA20ox2はイネ緑の革命に利用されたIR8の半矮性形質の原因遺伝子sd1である.IR8ではGA20ox2の第1エキソンと第2エキソンにまたがる383bpが欠損し機能喪失している).続いて,アジア各地で栽培されている149のイネ品種についてSNORKEL1/2GA20ox2 DW /SD1DWの有無を調査したところ,SNORKEL1/2GA20ox2 DW /SD1DWは浮イネでのみ存在していた.特にGA20ox2 DW /SD1DWは,強い浮イネ性(洪水時の節間伸長性が大きい)をもつバングラデシュの浮イネ品種からのみみいだされた.続いて,SNORKEL1/2GA20ox2 DW /SD1DWの起源を探るために,栽培イネの祖先とされる野生イネ(Oryza rufipogon)の遺伝子配列を調査した結果,SNORKEL1/2は大多数の野生イネにおいて存在していたが,GA20ox2 DW /SD1DWはバングラデシュを含めた6カ国の野生イネの一部においてのみ検出された.これらの結果から,浮イネの深水依存的な節間伸長制御に寄与しているGA20ox2 DW /SD1DWはバングラデシュ周辺に生息していた野生イネの祖先集団に既に存在していた古い変異(standing variation)に由来することが明らかになった.続いて,ACE1遺伝子とDEC1遺伝子についてもその起源を探るため,28種類の野生種と1,175種類の栽培種のACE1遺伝子とDEC1遺伝子の配列を比較した.その結果,浮イネがもつ節間伸長を促進するACE1遺伝子アリル(ACE1 DWと命名)と発現低下型(深水によって発現低下が起こる)のDEC1遺伝子アリル(DEC1 DWと命名)についても野生イネで見つかり,浮イネのACE1 DWDEC1 DWはstanding variationに由来することが明らかになった.イネの野生種のOryza rufipogonの中には,冠水によって節間伸長する浮イネ性を保持する系統が存在することから(22)22) Y. Hattori, K. Miura, K. Asano, E. Yamamoto, H. Mori, H. Kitano, M. Matsuoka & M. Ashikari: Breed. Sci., 57, 305 (2007).,栽培イネ(Oryza sativa)の祖先種Oryza rufipogonはもともと冠水依存的な節間伸長に必須な遺伝子群(浮イネ性遺伝子群)を保持していたと推測される.そして,洪水多発地帯でのイネ栽培化には,もともと洪水耐性だった野生種が保持する浮イネ性の遺伝子群がそのまま選抜され,浮イネ品種が誕生したと考えられる.一方,定期的な洪水が発生しない地域では,浮イネ性遺伝子群を保持すると茎伸長が起こりやすく,倒伏性が増加する(浮イネ性遺伝子を保持すると浅水条件下でも多少節間伸長を誘導し,倒伏しやすくなる)(15)15) Y. Hattori, K. Nagai, S. Furukawa, X. Song, R. Kawano, H. Sakakibara, J. Wu, T. Matsumoto, A. Yoshimura, H. Kitano et al.: Nature, 460, 1026 (2009).ため,一般的な水田環境において栽培管理するには不要形質として選抜の対象にならず,これらの遺伝子を保持しない選抜が行われたと考えられる.実際,調査した栽培系統のインディカ品種(Oryza sativa ssp. indica)では約58%の系統が非機能型のACE1遺伝子を保持しており,栽培系統のジャポニカ品種(Oryza sativa ssp. japonica)では調査した563系統は全て非機能型のACE1を保持していた.調査したジャポニカに機能型のACE1遺伝子を保持した系統が全く存在しないという結果は,ジャポニカ誕生の早い時期に非機能型のACE1遺伝子が選抜されたか,非機能型のACE1を保持した野生イネからジャポニカが誕生したことが示唆される.さらに,ジャポニカ品種は低活性型のGA 20ox2(EQ型)を保持していることも明らかになっており(34)34) K. Asano, M. Yamasaki, S. Takuno, K. Miura, S. Katagiri, T. Ito, K. Doi, J. Wu, K. Ebana, T. Matsumoto et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 11034 (2011).,ジャポニカは節間伸長による倒伏を防ぐために強い選抜が行われたことが考えられる.

さらに,南米のアマゾン川流域のイネ野生種Oryza glumaepatulaOryza grandiglumisにも浮イネ性があり,また西アフリカの栽培品種Oryza glaberrimaにも浮イネ性を保持するものがあることから(10, 35, 36)10) M. Akimoto, Y. Shimamoto & H. Morishima: Mol. Ecol., 7, 1371 (1998).35) T. Okishio, D. Sasayama, T. Hirano, M. Akimoto, K. Itoh & T. Azuma: Planta, 240, 459 (2014).36) T. Mochizuki, K. Ryu & J. Inouye: Plant Prod. Sci., 1, 134 (1997).,アジアの栽培イネの祖先野生種(Oryza rufipogon)だけでなく,もともとイネ野生種は広く浮イネ性を保持していたと考えられる.

おわりに

浮イネは深水依存的な節間伸長能を保持することで,長期にわたる洪水環境を突破する能力を保持している.これまでの研究によって,深水依存的な節間伸長を説明する4つの主要QTLが明らかになり,その分子機構の一端が明らかになった.実際,これら4つのQTLを一般的なイネに導入した遺伝子座集積系統(ピラミディングライン)NIL1+3+12は冠水依存的な節間伸長を示す.

しかしながら,NIL1+3+12の節間伸長スピードはオリジナルの浮イネに比べて極めて遅い.この事実は,浮イネの圧倒的な節間伸長にかかわる未同定の因子がゲノム上にまだ存在することを意味している.今後,浮イネの節間伸長にかかわる未解明の因子を同定し,その全容を明らかにしたい.今回,浮イネが保持する深水依存的な節間伸長性を研究することで,一般的なイネの節間伸長制御を明らかにするとともに,イネ科作物の節間伸長の共通性を見いだすことができた.本研究は,ある種の特殊性を研究することが普遍性の解明につながることを学ぶ良い機会であった.

またイネは,人類のおよそ半数において主食とされる作物であり,主要作物としては唯一の半水生植物と言われている.その中でさらに過酷な洪水耐性を保持する浮イネは,毎年雨季に定期的に洪水が発生するアジアや西アフリカの人々の食生活を支えている.一方で地球上では20世紀後半から温暖化が進んでおり,今後洪水の多発と乾燥化の二極化が予想されている(37)37) Y. Hirabayashi, R. Mahendran, S. Koirala, L. Konoshima, D. Yamazaki, S. Watanabe, H. Kim & S. Kanae: Nat. Clim. Chang., 3, 816 (2013)..浮イネの節間伸長を担う遺伝子を明らかにすることはマーカー選抜育種やゲノム編集技術を利用した分子育種を可能にし,様々な程度の洪水にも対応できるイネ品種を育種する上でも重要な情報を提供するものとなるだろう.

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