解説

腸内細菌叢の代謝制御によるポリアミン産生技術を用いた機能性食品の開発腸内細菌に欲しいモノを作ってもらうのは難しい

Development of Functional Food to Increase Healthspan that Upregulate Intestinal Polyamine Production by Controlling the Metabolism of Commensal Bacteria: It is Difficult to Produce a Targeted Substance by Controlling the Intestinal Microbiome Metabolism

Mitsuharu Matsumoto

松本 光晴

協同乳業株式会社研究所

Published: 2021-12-01

ポリアミンは,細胞増殖,核酸保護,オートファジー促進等の多岐に渡る機能を有し,健全な細胞活動に不可欠な生理活性物質である.しかし,加齢に伴い生体内合成量は低下する.筆者は,不足する内因性ポリアミンを外因性(食事由来あるいは腸内細菌叢由来)により補うことで老年病の予防・軽減が可能と考えている.事実,複数のモデル生物で外因性ポリアミン供給による寿命延伸が確認され,疫学調査でポリアミン摂取量と死亡率の負の相関,さらにマウスおよびヒト試験で老年病予防効果が報告されている.本稿では,健康寿命延伸に関連するポリアミンの生理機能と腸内細菌叢を利用したポリアミン供給食品の開発と効果について紹介する.

Key words: ポリアミン; 腸内細菌叢; 健康寿命; 動脈硬化; 大腸粘膜

はじめに

腸内細菌叢を形成している各細菌は,常に腸管腔内で相互に影響を与えつつ活発に生命活動を営んでおり,必然的に多数の代謝産物(低分子化合物)を放出している(1)1) M. Matsumoto, R. Kibe, T. Ooga, Y. Aiba, S. Kurihara, E. Sawaki, Y. Koga & Y. Benno: Sci. Rep., 2, 233 (2012)..筆者らのメタボロミクスを用いた無菌マウスと腸内細菌叢定着マウスの比較研究では,腸内細菌叢由来代謝産物が同定できた遊離化合物のみで結腸便中に120種超検出され,それらの一部は腸管組織および血中に移行し,さらに,肝臓代謝や血液脳関門を通過し,全身細胞や脳細胞にまで移行する可能性を示す代謝産物も存在した(2, 3)2) M. Matsumoto, R. Kibe, T. Ooga, Y. Aiba, E. Sawaki, Y. Koga & Y. Benno: Front. Syst. Neurosci., 7, 9 (2013).3) M. Matsumoto, T. Ooga, R. Kibe, Y. Aiba, Y. Koga & Y. Benno: PLoS One, 12, e0169207 (2017)..すなわち,腸内細菌叢由来代謝産物は,健康/疾病と深くかかわっている.メチニコフが腸内腐敗と老化の関係に着目し「ヨーグルト不老長寿説」(4)4) E. Metchnikoff: “The prolongation of life. Optimistic studies”, William Heinemann. 1907.を提唱して100年以上経過しているが,プロバイオティクス投与による哺乳類の寿命伸長効果が国際的査読ジャーナルに報告された例は,筆者が知る限り,2011年のわれわれの報告(5)5) M. Matsumoto, S. Kurihara, R. Kibe, H. Ashida & Y. Benno: PLoS One, 6, e23652 (2011).まで存在しなかった.おそらく,長期間に渡る無数の環境因子による最終の表現型である「寿命」に対して腸内細菌叢からアプローチする行為は無謀と誰もが考えていたのであろう.筆者は,この寿命延伸因子として腸内細菌叢の代謝産物に焦点を当て,多数の代謝産物の中でも健全な細胞活動に不可欠なポリアミンに着目してきた.後述の通り,ポリアミンは健全な細胞活動にかかわる生理活性を複数有しており(6, 7)6) K. Igarashi & K. Kashiwagi: Int. J. Biochem. Cell Biol., 42, 39 (2010).7) A. E. Pegg & R. A. Casero Jr.: Methods Mol. Biol., 720, 3 (2011).,われわれを含めた複数のグループから外因性ポリアミンの供給によるモデル生物の個体レベルでの寿命延伸効果が報告されている(8)8) F. Madeo, T. Eisenberg, F. Pietrocola & G. Kroemer: Science, 359, eaan2788 (2018).

大腸管腔を発酵タンクのように利用して,腸内細菌叢に生理活性物質を産生させて生体に供給できれば,経口摂取による一過性の供給とは異なり,継続的でかつ総供給量の増加が見込まれる.しかしながら,複雑な菌種構成と膨大な個体差から,安定的産生のための技術確立(食品開発)は容易ではない.遺伝子解読技術の進歩により,ポリアミン合成酵素保有細菌を抽出することは可能となったが(2000年前後の研究開始当初は無理であったが),それらの細菌が自らの増殖等のために生合成したポリアミンを,都合よく菌体外(環境中)に放出してくれるとは限らない.腸内細菌叢に標的代謝産物を産生させるには,腸内細菌叢の事情を理解する必要がある.

なお,本稿は編集部の意図に則り,極力,引用は総説および成書を用い,原著論文の引用は,その分野で大きな影響を与えた文献のみに留める.

健全な細胞活動に不可欠なポリアミン

ポリアミン(主としてプトレッシン,スペルミジン,スペルミン)はアミノ基を二つ以上含む低分子の塩基性物質であり,原核生物からほ乳類および高等植物に至るまですべての細胞内に普遍的に存在する.ほ乳類細胞内では,オルニチンを前駆体として,律速酵素オルニチンデカルボキシラーゼ(ODC)を介してプトレッシンが合成され,さらにスペルミジン,スペルミンの順で合成される(プトレッシンは含有アミノ基が二つのためジアミンと表記する研究者も存在する).また,逆の流れの分解経路に加え,高濃度時にODCを分解するアンチザイムも備わっており,正常細胞においては細胞内濃度が厳密に調整されている.これは,ポリアミンが細胞活動において重要な生理活性物質であることを裏付けている(6, 7)6) K. Igarashi & K. Kashiwagi: Int. J. Biochem. Cell Biol., 42, 39 (2010).7) A. E. Pegg & R. A. Casero Jr.: Methods Mol. Biol., 720, 3 (2011).

細胞活動において,ポリアミンは,細胞増殖,分化,核酸保護,アポトーシス,オートファジー等に関与している(6, 8, 9)6) K. Igarashi & K. Kashiwagi: Int. J. Biochem. Cell Biol., 42, 39 (2010).8) F. Madeo, T. Eisenberg, F. Pietrocola & G. Kroemer: Science, 359, eaan2788 (2018).9) A. E. Pegg: IUBMB Life, 61, 880 (2009)..その多くが,生体内の酸性分子への反応性の高さに起因すると考えられている.DNAへの結合は,その構造安定性を強化し,さまざまなストレスに対する抗変異原性(メチル化異常の抑制を含む(10)10) K. Soda, Y. Kano, F. Chiba, K. Koizumi & Y. Miyaki: PLoS One, 8, e64357 (2013).)を高める.細胞増殖は,ポリアミンのRNAへの結合がその立体構造を変化させることで翻訳調整がなされる.真核生物における翻訳伸長因子eukaryotic initiation factor-5A(eIF5A)のハイプシン化と称される翻訳後修飾では,スペルミジンが生体に存在する化合物の中で唯一の基質となることから,スペルミジンがeIF5A依存的なタンパク質合成には必須である.これらのように,ポリアミンはセントラルドグマに直接的に関与する,類い稀な重要分子である.さらに,細胞内で生じた老廃物に対しては,ポリアミンはオートファジーを促進し,細胞内環境の恒常性を維持する.以上のように,ポリアミンは健全な細胞活動に必須の分子である.

しかしながら,各臓器・組織中のポリアミン(特にスペルミジン)の生合成能および濃度が加齢に伴い減少する(11)11) J. Jaenne, A. Raina & M. Siimes: Acta Physiol. Scand., 62, 352 (1964)..ヒトにおいても,60~80歳代の血中平均スペルミジン濃度(0.021 nmol/mg付近)は,30~50歳代の平均濃度(0.063 nmol/mg付近)より大幅に低く,一方で,90~100歳超の濃度(0.07 nmol/mg付近)は30~50歳代の平均濃度と同等の値を示す(12)12) S. Pucciarelli, B. Moreschini, D. Micozzi, G. S. De Fronzo, F. M. Carpi, V. Polzonetti, S. Vincenzetti, F. Mignini & V. Napolioni: Rejuvenation Res., 15, 590 (2012)..これは,90~100歳超で血中濃度が上昇するのではなく,高濃度を維持できた個体のみが平均寿命を上回って生存している(低濃度個体は死亡した)ことを示唆している.これらから,筆者は,細胞内ポリアミンの減少が,健全な細胞活動の破綻を導くことで老年病の引き金になると考え,反対に,細胞内ポリアミン濃度を適正に維持できれば健康寿命の延伸が誘導できると考えた.

外因性ポリアミン供給による健康寿命延伸効果

生体内ポリアミン合成(内因性ポリアミン)が減少しても,外因性ポリアミンで補填ができる.2010年前後から,さまざまな器官や組織を標的に疾病予防・軽減に関する外因性ポリアミンの効果を示す報告が急増している(8, 13~15)8) F. Madeo, T. Eisenberg, F. Pietrocola & G. Kroemer: Science, 359, eaan2788 (2018).13) B. Ramos-Molina, M. I. Queipo-Ortuno, A. Lambertos, F. J. Tinahones & R. Penafiel: Front. Nutr., 6, 24 (2019).14) F. Madeo, S. J. Hofer, T. Pendl, M. A. Bauer, T. Eisenberg, D. Carmona-Gutierrez & G. Kroemer: Annu. Rev. Nutr., 40, 135 (2020).15) M. Matsumoto: Biol. Pharm. Bull., 43, 221 (2020)..最もインパクトのある効果として,複数のモデル生物で確認されている寿命延伸効果が挙げられる(16)16) T. Eisenberg, H. Knauer, A. Schauer, S. Buttner, C. Ruckenstuhl, D. Carmona-Gutierrez, J. Ring, S. Schroeder, C. Magnes, L. Antonacci et al.: Nat. Cell Biol., 11, 1305 (2009)..マウスにおいては,独立した複数の研究グループで,経口投与或いは腸内細菌叢由来ポリアミンの供給で寿命延伸効果が報告されている.心臓・血管を含む循環器系の疾病,特に動脈硬化症への予防効果も注目されている.マウス実験で,スペルミジンの経口投与が心筋細胞を健全化し,心臓拡張機能の改善が報告されている(17)17) T. Eisenberg, M. Abdellatif, S. Schroeder, U. Primessnig, S. Stekovic, T. Pendl, A. Harger, J. Schipke, A. Zimmermann, A. Schmidt et al.: Nat. Med., 22, 1428 (2016)..筆者らはBMIが高めの被験者を対象に,腸内ポリアミン濃度を高めるヨーグルト摂取が血管内皮機能を改善することを確認している(18)18) M. Matsumoto, Y. Kitada & Y. Naito: Nutrients, 11, 1188 (2019).(後述).食由来スペルミジン摂取量と心血管系疾患リスクが負の相関性を示す疫学データ(17)17) T. Eisenberg, M. Abdellatif, S. Schroeder, U. Primessnig, S. Stekovic, T. Pendl, A. Harger, J. Schipke, A. Zimmermann, A. Schmidt et al.: Nat. Med., 22, 1428 (2016).も存在する.認知機能への効果も期待されている.スペルミジンの経口投与で,加齢時のショウジョウバエでの記憶力の向上(19)19) V. K. Gupta, L. Scheunemann, T. Eisenberg, S. Mertel, A. Bhukel, T. S. Koemans, J. M. Kramer, K. S. Liu, S. Schroeder, H. G. Stunnenberg et al.: Nat. Neurosci., 16, 1453 (2013).,また最近,高齢マウスで学習記憶力への効果が報告されている(20)20) S. Schroeder, S. J. Hofer, A. Zimmermann, R. Pechlaner, C. Dammbrueck, T. Pendl, G. M. Marcello, V. Pogatschnigg, M. Bergmann, M. Muller et al.: Cell Rep., 35, 108985 (2021)..筆者らも,腸内細菌由来プトレッシン産生の誘導で,高齢マウスの学習記憶力への有効性を確認している(21)21) R. Kibe, S. Kurihara, Y. Sakai, H. Suzuki, T. Ooga, E. Sawaki, K. Muramatsu, A. Nakamura, A. Yamashita, Y. Kitada et al.: Sci. Rep., 4, 4548 (2014)..食由来スペルミジン摂取量と認知症リスクが負の相関性を示す疫学データも存在する(20)20) S. Schroeder, S. J. Hofer, A. Zimmermann, R. Pechlaner, C. Dammbrueck, T. Pendl, G. M. Marcello, V. Pogatschnigg, M. Bergmann, M. Muller et al.: Cell Rep., 35, 108985 (2021)..ポリアミンは母乳中にも含まれ腸管組織の成熟を促すことに加え,成熟動物においては上皮細胞のバリア機能に対し保護的に作用する(22)22) J. H. Gao, L. J. Guo, Z. Y. Huang, J. N. Rao & C. W. Tang: J. Physiol. Pharmacol., 64, 681 (2013)..腸内細菌由来プトレッシンの大腸上皮細胞への作用は後述する(23)23) A. Nakamura, S. Kurihara, D. Takahashi, W. Ohashi, Y. Nakamura, S. Kimura, M. Onuki, A. Kume, Y. Sasazawa, Y. Furusawa et al.: Nat. Commun., 12, 2105 (2021)..長年,ポリアミンはガンの増悪化因子として扱われて来たが,コラムに示した通り,現在,ガンへの作用は論争中である.ただし,ポリアミンの細胞健全性への作用を考慮すると,ポリアミンが健常細胞に対しては予防的に作用している可能性は高い.

これらの効果の内,オーストリア・ドイツのグループが実施した寿命延伸,心臓機能,認知機能への作用機序は,スペルミジンのオートファジー誘導作用に起因するデータが示されている.しかし,特に寿命や老年病(生活習慣病)は,長期に渡る多数の環境ファクターの影響を受けた結末の表現型であることを考慮すると,オートファジーのみではなく,各細胞が補充されたポリアミンにより正常にセントラルドグマを介して,担っている役割を全うした結果と考えられる.特に,老年病の主要因の一つが慢性炎症であることを考慮すると,免疫細胞の動態も重要である.ポリアミンの健康寿命延伸作用にかかわる分子メカニズム解明は,今後の課題である.

外因性ポリアミンの供給源

外因性ポリアミンは,主として食材に含有されているものと腸内細菌叢が産生するものからなる(8, 14, 15)8) F. Madeo, T. Eisenberg, F. Pietrocola & G. Kroemer: Science, 359, eaan2788 (2018).14) F. Madeo, S. J. Hofer, T. Pendl, M. A. Bauer, T. Eisenberg, D. Carmona-Gutierrez & G. Kroemer: Annu. Rev. Nutr., 40, 135 (2020).15) M. Matsumoto: Biol. Pharm. Bull., 43, 221 (2020)..食材由来ポリアミンは,ほぼすべてが小腸で吸収され,さまざまな臓器・組織へ移行することが確認されている.一方,腸内細菌叢由来ポリアミンは,長年,大腸からの吸収が懐疑的であったが,筆者らの安定同位体を用いた研究により血中に移行していることが確認された(23)23) A. Nakamura, S. Kurihara, D. Takahashi, W. Ohashi, Y. Nakamura, S. Kimura, M. Onuki, A. Kume, Y. Sasazawa, Y. Furusawa et al.: Nat. Commun., 12, 2105 (2021)..また,筆者らが回収した約200名の日本人の平均糞便ポリアミン濃度と大腸管腔の内容物量(400 mL(24)24) R. Sender, S. Fuchs & R. Milo: PLoS Biol., 14, e1002533 (2016).)から算出した大腸管腔内に存在する総ポリアミン量の平均は約300 µmolであった(データ蓄積中につき変動の可能性あり).一方,食材ポリアミン濃度(25)25) K. Nishimura, R. Shiina, K. Kashiwagi & K. Igarashi: J. Biochem., 139, 81 (2006).をもとに,高ポリアミン食材(1食分)で得られるポリアミン量を算出した結果,たとえば,納豆(50 g)は50 µmol,ブルーチーズ(50 g)は22 µmol,ブロッコリー(100 g)は61.5 µmolであり,腸内細菌叢由来ポリアミン量は食事成分に勝るとも劣らない外因性ポリアミンの供給源と考えられる.以上より,筆者は,「腸内細菌叢の代謝制御でポリアミン産生を誘導し,継続的かつ多量に生体へ供給できれば細胞健全性が維持され,健康寿命延伸につながる」と仮説を構築し,研究を進めてきた(15)15) M. Matsumoto: Biol. Pharm. Bull., 43, 221 (2020).

腸内細菌由来ポリアミンの大腸上皮粘膜健全化作用

腸内細菌叢由来ポリアミンの機能を精度高く検証する目的で,ヒトの大腸管腔内で最も濃度が高いプトレッシンを放出する野生型大腸菌(PUT産生菌)とプトレッシン合成酵素遺伝子を破壊した大腸菌(非産生菌)をそれぞれ無菌マウスへ単独定着させたノトバイオートマウスを作製し,大腸上皮粘膜への影響を調べた(23)23) A. Nakamura, S. Kurihara, D. Takahashi, W. Ohashi, Y. Nakamura, S. Kimura, M. Onuki, A. Kume, Y. Sasazawa, Y. Furusawa et al.: Nat. Commun., 12, 2105 (2021)..その結果,PUT産生菌定着マウスでは,大腸上皮細胞の増殖促進および大腸粘膜固有層の抗炎症型マクロファージの分化が誘導された(図1図1■プトレッシン産生菌あるいは非産生菌(遺伝子破壊)単独定着ノトバイオートマウスの大腸上皮粘膜の比較).また,安定同位体ラベル化解析で,腸内管腔中の遊離プトレッシンがこれらの細胞内に取り込まれ,スペルミジンへ変換されることが証明された.さらに,大腸上皮細胞の増殖促進および抗炎症性マクロファージの分化誘導は,スペルミン合成阻害剤あるいはハイプシン阻害剤で抑制されること等から,細胞内で変換されたスペルミジンがeIF5Aのハイプシン化を介して作用していることが認められた.以上より,腸内細菌叢の代謝産物であるプトレッシンは,生体に移行し細胞内でスペルミジンへと変換され,スペルミジンのeIF5Aを介した作用により大腸粘膜層の健全化に寄与することが認められた.これは腸内細菌叢と宿主の両者が関与する共役的な代謝(symbiotic metabolism)による生理活性物質産生という新しい概念の提示でもある(図2図2■腸内細菌叢と宿主のポリアミンの共役的な代謝(symbiotic metabolism)).

図1■プトレッシン産生菌あるいは非産生菌(遺伝子破壊)単独定着ノトバイオートマウスの大腸上皮粘膜の比較

図2■腸内細菌叢と宿主のポリアミンの共役的な代謝(symbiotic metabolism)

大腸管腔内では,腸内細菌叢がアルギニン等の前駆体から腸内ハイブリッド・プトレッシン生合成機構等を介してプトレッシンを生合成し,大腸管腔内に放出する.放出されたプトレッシンは宿主生体内に吸収され,細胞内でスペルミジンに変換され生理活性を発揮する.

安定的かつ高濃度に腸内ポリアミン濃度を高める技術の創出

腸内細菌叢の代謝変化を誘導するためには,菌叢変化や代謝産物刺激が必要と考え,耐酸性が強く,腸管内で増殖できるビフィズス菌(Bifidobacterium animalis subsp. lactis LKM512)を選出し,複数の小規模ヒト摂取試験で糞便ポリアミン濃度の上昇を確認した(15)15) M. Matsumoto: Biol. Pharm. Bull., 43, 221 (2020)..しかしながら,個体差が大きく,便中ポリアミン濃度が上昇しない被験者が存在した.より安定的なポリアミン産生を目指して,腸内細菌分離株の糞便培養でポリアミン産生菌のスクリーニングを試みたが,再現性があるデータは得られなかった.そこで発想を転換し,腸内常在菌のポリアミン産生を誘導する物質の探索に切り替えた.食事成分の糞便メタボロームへの影響を考慮し,統一食を摂取した被験者の糞便メタボロームを解析し,ポリアミン増強物質をスクリーニングした(統一食摂取した糞便を解析する意義等は,別の解説記事(26)26) 松本光晴:生物工学,92, 516–518 (2014)を参照頂きたい).その結果,アルギニン(Arg)に強い作用を見いだし,その効果は,ビフィズス菌(LKM512株)と併用することで向上した(21)21) R. Kibe, S. Kurihara, Y. Sakai, H. Suzuki, T. Ooga, E. Sawaki, K. Muramatsu, A. Nakamura, A. Yamashita, Y. Kitada et al.: Sci. Rep., 4, 4548 (2014)..次に,14カ月齢ICRマウス(日本人平均寿命換算で50歳程度に相当)にArgとビフィズス菌の併用経口投与(3回/週)を行った結果,寿命延伸を認めた.同時に,モリス水迷路試験にて,Argとビフィズス菌の併用投与群の学習記憶力が対照群より高いことを確認した(21)21) R. Kibe, S. Kurihara, Y. Sakai, H. Suzuki, T. Ooga, E. Sawaki, K. Muramatsu, A. Nakamura, A. Yamashita, Y. Kitada et al.: Sci. Rep., 4, 4548 (2014).

Argとビフィズス菌によるポリアミン産生誘導メカニズムの解明を目指し,安定同位体Argを用いたラベル化解析の結果,プトレッシン産生は,複数の腸内細菌を介して産生されていることが判明した(27)27) A. Nakamura, T. Ooga & M. Matsumoto: Gut Microbes, 10, 159 (2019)..そこで,ヒト腸内主要細菌グループから選出した14菌種をArg含有培地で混合培養した結果,プトレッシン濃度が単独培養平均の約40倍になることを見いだした.その中で,Escherichia coliEnterococcus faecalisの組合せが最高濃度を示し,これはビフィズス菌LKM512の添加で増強された.この現象を,詳細に解析し文献情報を統合し,「腸内ハイブリッド・プトレッシン生合成機構」を発見した(図3図3■腸内ハイブリッド・プトレッシン生合成機構(28)28) Y. Kitada, K. Muramatsu, H. Toju, R. Kibe, Y. Benno, S. Kurihara & M. Matsumoto: Sci. Adv., 4, eaat0062 (2018)..すなわち,ビフィズス菌が産生する酸をトリガーとして,E. coli等が保有するArgを利用した耐酸性機構(副産物としてアグマチンを菌体外に放出)と,E. faecalisが保有するアグマチンを利用したATP産生機構により,副産物としてプトレッシンが環境中に放出されるという,異菌種間の独立した生存戦略に基づく代謝経路が組み合わさった経路である.これは,過去に無い3菌種の代謝経路が組み合わさった生理活性物質の生合成機構で,かつ,それが遺伝子レベルで解明されている点で極めて先進的な知見である.

図3■腸内ハイブリッド・プトレッシン生合成機構

①ビフィズス菌等の酸生成細菌由来の酢酸・乳酸等で,腸内環境が酸性化する(pH低下).これが本機構のトリガーとなる.
②酸性環境で生き残るためアルギニンを利用する耐酸性機構を保有する腸内常在菌(E. coli等)は,この機構を作動させ菌体内pHを中性に保つ.その際,環境中のアルギニンを取り込み,アグマチンを菌体外に放出する.
Enterococcus faecalis(ヒト腸内常在菌)は,アグマチンを吸収してエネルギー産生機構を作動させ,ATPを産生する.④その際,アグマチンを取り込み,副産物としてプトレッシンが菌体外に放出され,腸管内プトレッシン濃度が上昇する.

血管内皮機能をターゲットとしたヒト臨床試験

筆者は,外因性ポリアミン供給は,そのオートファジー促進作用に加え,血管内皮細胞への免疫細胞の接着分子(LFA-1)発現抑制作用および炎症性サイトカイン分泌抑制作用等から,動脈硬化予防に有用と考えている(図4図4■ポリアミンの動脈硬化予防機構(筆者仮説)(29)29) 松本光晴:“腸内微生物叢最前線 —健康・疾病の制御システムを理解する—”,診断と治療社,2021, p.116–120..そこで,BMIが高めの健常成人(平均年齢45歳)を対象に,糞便ポリアミン濃度上昇が認められる量のArgとビフィズス菌LKM512を含有したヨーグルト(Arg+Bif YG)を作製し,血管内皮機能を標的とした12週間の無作為化二重盲検並行群間比較試験を実施した(18)18) M. Matsumoto, Y. Kitada & Y. Naito: Nutrients, 11, 1188 (2019)..その結果,Arg+Bif YG群ではプラセボ群と比較して,血管内皮機能(反応性充血指数)の改善が認められ,動脈硬化症予防への有効性が示された.また,これを裏付けるように,収縮期血圧および血小板数の改善が認められた.さらに,期待通り,Arg+Bif YG群ではプラセボ群と比較し,糞便中プトレッシン濃度が有意に高く,同時に血清スペルミジンが有意に高濃度であった(図5図5■アルギニンとビフィズス菌(LKM512株)併用摂取(ヨーグルトに含有)による糞便および血漿中ポリアミン濃度と血管内皮機能への効果).これらの結果は,Arg+Bif YGの摂取により腸内でプトレッシンが生合成され生体に吸収され,生体内でプトレッシンより変換されたスペルミジンの作用により血管内皮機能が改善したことを示唆している.これは,上述した腸内細菌叢と宿主による共役的な代謝(symbiotic metabolism)を介したスペルミジン産生により,ヒトでも保健効果が得られた重要な知見である.われわれが知る限り,動脈硬化症予防食品として血中脂質等の改善を示した食品素材やプロバイオティクスは複数存在するが,病態と直接的に関連している血管内皮機能に有効性を示した報告は存在しない.したがって,新しいタイプの動脈硬化症予防食品が完成したといえる.

図4■ポリアミンの動脈硬化予防機構(筆者仮説)

血管内ポリアミン(特にスペルミジン)は4つの生理機能により動脈硬化の進行を抑制する.炎症初期,血管内皮細胞の接着因子ICAMのリガンドである単球のLFA-1の発現抑制による結合阻害およびマクロファージの炎症性サイトカイン分泌抑制の2つの作用による抗炎症効果.この作用により泡沫細胞の増加,平滑筋細胞の遊走が阻害され,プラーク形成が抑制される.プラーク形成後も,血小板凝集阻害作用により血栓形成が抑制される.オートファジー促進作用は,血管内皮細胞および平滑筋細胞の健全化を維持し,前者においては血管内皮障害を抑制し,動脈硬化のトリガーであるLDLCの内膜への侵入を阻害,後者は細胞死や細胞老化を抑制し,炎症細胞の血管壁への集積による動脈硬化の悪化を抑制する.LDLC: Low density lipoprotein cholesterol; LFA-1: Lymphocyte function-associated antigen 1; ICAM: Intercellular adhesion molecule

図5■アルギニンとビフィズス菌(LKM512株)併用摂取(ヨーグルトに含有)による糞便および血漿中ポリアミン濃度と血管内皮機能への効果

おわりに

今後,腸内細菌叢の代謝産物の研究が進むにつれて,腸内細菌叢を利用した有用物質の産生を試みる研究は増えるであろう.この研究は,個体差の大きいヒト腸内細菌叢に標的代謝産物(生理活性物質)を産生させ,その血中移行を確認し,期待通りの保健効果を得ることに成功した世界初の知見であることから,類似研究の参考になれば幸いである.その際,大半の腸内細菌の研究者が気にしていない重要なポイントがあると考える.腸内細菌は菌体内で自らの生命活動のために生合成した物質を,おいそれと菌体外に放出することはほとんどないと考えることである.実際に,ポリアミン合成遺伝子を持っている細菌の大半は,単独培養で培地中の初発濃度を超えるポリアミン濃度になることはなかった.したがって,物質Aの生合成遺伝子の保有菌が,生合成した物質Aを環境中(菌体外)に放出すると安易に考えて研究を進めると失敗するリスクがあり,反対に,放出される物質は生命活動の副産物(ゴミ)と考える方が道理にかなっている.本稿で紹介した腸内ハイブリッド・プトレッシン生合成機構は,この考え方に到達した時に見いだすことができた.

Acknowledgments

本研究成果の一部は,生物系特定産業技術研究支援センター・イノベーション創出基礎的研究推進事業の支援を受けて得られたものである.

Reference

1) M. Matsumoto, R. Kibe, T. Ooga, Y. Aiba, S. Kurihara, E. Sawaki, Y. Koga & Y. Benno: Sci. Rep., 2, 233 (2012).

2) M. Matsumoto, R. Kibe, T. Ooga, Y. Aiba, E. Sawaki, Y. Koga & Y. Benno: Front. Syst. Neurosci., 7, 9 (2013).

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