解説

消化汚泥からバイオガスを生産できる微生物を探索する微生物利用技術で持続可能社会に貢献する

Microbial Production of Biogas from Digested Sludge: Contribution to the Sustainable Society through Microbial Technology

Katsuhiko Fujii

藤井 克彦

工学院大学先進工学部生命化学科

Published: 2021-12-01

未利用バイオマスと聞けば,バイオ燃料の原料としてよく研究されているリグノセルロースや食品廃棄物を思い浮かべる方が多いであろう.しかし,全国津々浦々で常時“生産”され続けている下水汚泥も,エネルギーの確保に悩む日本にとって有望な未利用バイオマスである.最も慣れ親しんでいる下水汚泥の利用法は嫌気消化(いわゆるメタン発酵)であるが,消化後に残る残渣(消化汚泥)の資源化に関心を持つ研究者は少数派であった.本稿では,少数派に属する筆者が取り組んできた内容を中心に,微生物を使って消化汚泥を資源化する研究を紹介する.

Key words: 消化汚泥; 微生物; バイオガス; 加水分解酵素

消化汚泥という名の未利用バイオマス

活性汚泥法は我国を含めた多くの地域で採用されている下水処理技術であるが,処理にともなって大量の余剰汚泥が発生するという特徴がある(1)1) Y. Liu & J. H. Tay: Biotechnol. Adv., 19, 97 (2001)..余剰汚泥の主成分は下水中の有機性汚濁物質を栄養として増殖した活性汚泥微生物の菌体バイオマスであり,これを減容する手段として嫌気消化法を導入する処理場が増えつつある.しかし嫌気消化法では燃料利用できるバイオガス(メタン約60%と二酸化炭素約40%からなる発酵ガス)が得られる一方で,汚泥中の有機物分解率は30%程度であり(2~4)2) L. Appels, J. Baeyens, J. Degrève & R. Dewil: Pror. Energy Combust. Sci., 34, 755 (2008).3) J. A. Radaideh, B. Y. Ammary & K. K. Al-Zboon: Afr. J. Biotechnol., 9, 4578 (2010).4) J. L. Rapport, R. Zhang, R. B. Williams & B. M. Jenkins: Int. J. Environ. Waste Manag., 9, 100 (2012).,反応後にはこれ以上発酵が進まない残渣が大量に発生する.この残渣は消化汚泥と呼ばれている.図1図1■下水汚泥の嫌気消化には余剰汚泥の嫌気消化により消化汚泥が発生するプロセスを図示した.消化汚泥を含む下水汚泥は産業廃棄物の主要なものとなっており,たとえば日本では年間7700万トン,米国では年間6.2億トンの汚泥が排出されている(5, 6)5) A. K. Venkatesan, H. Y. Done & R. U. Halden: Environ. Sci. Pollut. Res. Int., 22, 1577 (2015).6) 環境省:令和2年度事業産業廃棄物排出・処理状況調査報告書平成30年度実績概要版:https://www.env.go.jp/recycle/sangyo_h30.pdf, 2020..乾燥重量に換算すると,日本では240万トン,米国では1256万トンに相当する(7)7) A. Kiselev, A. Magaril, R. Magaril, D. Panepinto, M. Ravina & M. C. Zanetti: Resources, 8, 91 (2019)..一部の汚泥はコンポストやセメントの副原料として利用されているが,昨今の農業の衰退およびセメントの耐久性向上を考慮すると,全国の処理場で持続的に排出される汚泥の資源化法としては限界があると思われる(コラム参照).産廃処分場の受入れ能力が有限であることからも,汚泥の新規な有効利用法を模索する必要があると認識されている.筆者は,消化汚泥を分解する微生物を探索し,その性質を調べ,バイオガス等の再生エネルギーの生産への技術応用を目指して研究してきた.

図1■下水汚泥の嫌気消化

消化汚泥分解微生物の探索

下水汚泥の分解にかかわる微生物については,余剰汚泥の分解を促進する微生物に多くの研究者の関心が集まっていた.最もよく研究されているものは,やはり嫌気消化槽の加水分解菌群であるが(8)8) W. S. Adney, C. J. Rivard, M. Shiang & M. E. Himmel: Appl. Biochem. Biotechnol., 30, 165 (1991).,それ以外では,高温で稼動する浄化槽から余剰汚泥の発生量を部分的に抑制する好気性細菌が分離されている(9~12)9) Y. K. Kim, J. H. Bae, B. K. Oh & J. W. Choi: Bioresour. Technol., 82, 157 (2002).10) X. Li, H. Ma, Q. Wang, S. Matsumoto, T. Maeda & H. I. Ogawa: Bioresour. Technol., 100, 2475 (2009).11) S. Liu, F. Son, N. Zhu, H. Yuan & J. Cheng: Bioresour. Technol., 101, 9438 (2010).12) S. Liu, N. Zhu, L. Y. Li & H. Yuan: Water Res., 4, 5959 (2011)..しかしいずれの細菌を用いても,反応後は依然として生分解性の低い消化汚泥が残存してしまう.他方,自然環境中に棲息する微生物のうち,従来の方法で分離・培養できる種は1%にも満たないことが知られているが(13)13) R. I. Amann, W. Ludwig & K. H. Schleifer: Microbiol. Rev., 59, 143 (1995).,消化汚泥を土壌に混ぜ込むことで土壌微生物の呼吸活性が促進されることが報告されており(14)14) H. A. Ajwa & M. A. Tabatabai: Biol. Fertil. Soils, 18, 175 (1994).,消化汚泥を分解できる種が存在することを示唆している.難生分解性とはいえ消化汚泥も生物由来の基質であることから,これを分解する未研究の微生物種が存在すると筆者らは仮定し,分解菌の探索を試みた.

実験方法は極めてシンプルであり,採集した農地や森林土壌を滅菌水と混合して微生物源とし,これを消化汚泥乾燥粉末と滅菌水のみが入ったフラスコに添加し培養するのである.すなわち,有機炭素,窒素,リンも含めて生育に必要な成分を消化汚泥から摂取できる微生物だけが培養フラスコ内で生育する条件で培養したのである.実験の結果,6株の糸状菌株を得ることができた(図2a図2■消化汚泥を分解する糸状菌.消化汚泥上で生育する分解菌の様子(a)と分離株の系統解析(b)).これらの微生物では,1カ月の培養で30~60%の汚泥が分解され,培養期間を延ばすと汚泥分解がさらに進んでいくことが確認された.

図2■消化汚泥を分解する糸状菌.消化汚泥上で生育する分解菌の様子(a)と分離株の系統解析(b)

分解菌がどのような属種の微生物なのかという点に興味が持たれたので,系統分類を行った(図2b図2■消化汚泥を分解する糸状菌.消化汚泥上で生育する分解菌の様子(a)と分離株の系統解析(b)).リボソームRNA遺伝子に含まれるITS領域のDNA配列を基に解析したところ,分解菌は6つの属(Umbelopsis, Penicillium, Cunninghamella, Neosartorya, Fusarium,およびChaetomium属)に分類された.いずれも土壌微生物として知られる属であるが,消化汚泥分解能を持つことは報告されておらず,筆者らが最初の報告例となった(15)15) K. Fujii, Y. Kai, S. Matsunobu, H. Sato & A. Mikami: J. Appl. Microbiol., 115, 718 (2013)..また,FernWAとGalleryYA株は各々Umbelopsis属およびChaetomium属の新奇種であることが示唆された.

消化汚泥を分解する酵素

前述のとおり余剰汚泥の実体は活性汚泥を構成する微生物のバイオマスであるが,嫌気消化により細胞質の可溶性成分は発酵基質として分解される.消化汚泥は難分解性の細胞壁を主成分とし,顕微鏡で観察するとヒトの毛髪と思われる繊維断片の混入も確認できる.そこで,細胞壁多糖(セルロース,キチン,キシラン)に対する分解酵素および毛髪(ケラチン)に対する分解酵素の有無を検討したところ,菌株ごとに優劣はあるがいずれの株でもキチナーゼおよびケラチナーゼ活性が認められ,弱いながらキシラナーゼ活性も検出された(図3a図3■汚泥分解菌の酵素活性(a)と酵素添加によるバイオガス生産量の変動(b)).分解菌は消化汚泥の細胞壁や毛髪断片を基質として分解し生育していると考えられる.また,多くの株のキチナーゼとケラチナーゼは50°C以上でも高い活性を維持しており,中温微生物であるにもかかわらず耐熱性を有する分解酵素を持つことが示唆された(15, 16)15) K. Fujii, Y. Kai, S. Matsunobu, H. Sato & A. Mikami: J. Appl. Microbiol., 115, 718 (2013).16) H. Sato, K. Kuribayashi & K. Fujii: N. Biotechnol., 33, 1 (2016).

図3■汚泥分解菌の酵素活性(a)と酵素添加によるバイオガス生産量の変動(b)

分解酵素を用いたバイオガス生産

筆者らは汚泥分解酵素を用いることで,従来の嫌気消化の効率を改善できないかと着想し,これ以上発酵が進まない消化汚泥からさらにバイオガス(メタンおよび水素)を追加生産できないかを検討した.近隣下水処理場の嫌気消化槽から入手した消化液をバイオガス発酵菌叢のシードカルチャーとし,これに分解菌の培養上清を酵素液として加えることで消化汚泥の分解が進み,バイオガスの生産量が増加するかを試験した(16)16) H. Sato, K. Kuribayashi & K. Fujii: N. Biotechnol., 33, 1 (2016)..実験の結果,分解酵素を加えることでメタン生産量が増加する傾向が確認され,酸性pH下では水素生産量が増加することも確認された(図3b図3■汚泥分解菌の酵素活性(a)と酵素添加によるバイオガス生産量の変動(b)).分解酵素を加えることで消化汚泥の細胞壁多糖やタンパク質が加水分解され,それが酸生成菌群の基質となって有機酸等が生産され,バイオガス生産量の増加につながったと考えられる.しかし,1 gの基質あたりのバイオガス生産量は,グルコースや余剰汚泥を基質とした場合と比較すると極めて少なく,分解酵素の産業利用を目指すにはさらなる反応条件の検討が必要であると認識された.また,嫌気消化が無酸素下で進むのに対して,分解菌は好気性の糸状菌であることから,両者を同一反応槽で混合培養することはできず,分解酵素を生産する好気槽とバイオガス生産の嫌気槽を別個に準備しなければならない.このように,汚泥処理技術として利用するためには大きな課題が残されていた.

汚泥分解・バイオガス生産菌叢の開発

そこで,消化汚泥分解能とバイオガス生産能の両方を兼ね備えた嫌気菌叢を新たに探索することとした(17)17) A. Kon, S. Omata, Y. Hayakawa, N. Aburai & K. Fujii: Environ. Technol., 1 (2021) doi: 10.1080/09593330.2021.1880489..公園や緑地の土壌,河川の底泥,そして草食動物の新鮮糞と広範に試料を採集し,微生物源とした.これらを消化汚泥粉末と水を入れたバイアル瓶に接種し,窒素充填して1カ月間嫌気培養した.この場合も,消化汚泥を分解して栄養基質にできる微生物だけが生育できる条件であり,培養終了時にバイアル瓶内の気相をガスクロマトグラフで分析することで,バイオガス生産能を持つ菌叢かどうかを検討した.実験の結果,川底の泥と河川敷の土壌からメタン生産能の高い菌叢(the digested sludge-assimilating and biogas-yielding soil microflora,以下DABYS)を,ヒツジ,ヤギ,ウサギの新鮮糞から水素生産能の高い菌叢(the digested sludge-assimilating and biogas-yielding enteric microflora, DABYE)を得ることができた.メタン生産菌叢DABYSは1 gの消化汚泥から14~21 mLのメタンを,水素生産菌叢DABYEは2.5~4.1 mLの水素を生産しており(図4a図4■DABYSとDABYEのバイオガス生産量(a)と酵素活性(b)),前述の好気性汚泥分解菌の酵素と消化菌を併用したバイオガス発酵試験(図3b図3■汚泥分解菌の酵素活性(a)と酵素添加によるバイオガス生産量の変動(b))と比較すると,メタン生産量は約5倍,水素生産量は約10倍とバイオガス生産能も高い.また,どのような酵素によって消化汚泥を分解しているのかを検討したところ,DABYSおよびDABYEともにキチナーゼ,セルラーゼ,プロテアーゼ活性が検出された(図4b図4■DABYSとDABYEのバイオガス生産量(a)と酵素活性(b)).汚泥分解糸状菌と同様に,これら嫌気菌叢も,汚泥微生物の細胞壁に存在する多糖やタンパク質を加水分解し,生じた低分子糖やアミノ酸から有機酸が生成され,バイオガスへと変換されていると考えられる.