農芸化学@High School

藻類を活用した福島の汚染水処理システムを考える

神村 美妃

福島成蹊学園福島成蹊高等学校

根本 佳祐

福島成蹊学園福島成蹊高等学校

Published: 2021-12-01

私たちは,現在,学校近くの茶屋沼にて採集した藻類を活用して,福島第一原発敷地内に保管されていて,さらに現在も毎日,原子炉建屋内から出てくる高濃度の放射性物質を含む汚染水を減らしたいと考えている.乾燥状態のイシクラゲは水を吸収し,その水が蒸発することによって時間とともに元の乾燥状態のイシクラゲに戻っていくことから,イシクラゲが吸収した水を大気中へ放出する条件がわかれば,敷地内に大量にある汚染水をイシクラゲの能力で減らすことができる.その際,汚染水中に含まれる放射性ストロンチウム(Sr),放射性セシウム(Cs)は,イシクラゲに吸収させて回収できると期待できる.そこでイシクラゲにSr・Cs混合溶液を吸収させて,さらに青色LEDを照射して,イシクラゲの有無によるSr・Cs混合水溶液量の減少量の違いを調べた.その結果,イシクラゲによりSr・Cs混合水溶液の減少量が増加することが明らかとなった.

本研究の目的,方法および結果と考察

【背景・動機】

2011年3月11日に起きた東日本大震災にて,福島では原発事故が発生した.10年経った今も,1日に約140 m3もの汚染水が増え続け,敷地内のタンクが満杯になるのは2023年春頃と推測されており,限界までにもう時間がない.また,2021年4月13日には政府により正式に海洋放出による汚染水の処理が決定され,2年後には海洋放出が始まる予定である.

2021年8月19日現在,タンク内にある汚染水について調べてみると374,200 m3のALPS処理水(トリチウム以外の放射性物質が,安全に関する規制基準値を確実に下回るまで,多核種除去設備(ALPS)等で浄化処理した水)と832,900 m3の処理途上水(多核種除去設備等で浄化処理した水のうち,トリチウムを除く核種が告示濃度限度比総和1以上の処理水を指す.告示濃度限度とは,原子炉等規制法に基づく告示に定められた,放射性廃棄物を環境中へ放出する際の基準である.)が保管されており,全体の7割が処理途上水であった(1)1) 東京電力:処理水ポータルサイト,https://www.tepco.co.jp/decommission/progress/watertreatment/index-j.html.処理途上水に含まれるトリチウムを除く主要な核種は,セシウム-137(137Cs),セシウム-134(134Cs),ヨウ素-129(129I),アンチモン-125(125Sb),ルテニウム-106(106Ru),ストロンチウム-90(90Sr),コバルト-60(60Co)である.

10年前に本校の先輩方は,放射線の影響を受けやすいのは微小生物ではないかと考え,微小生物調査を本校近くの茶屋沼にて開始した.その調査で先輩方が着目したのが緑藻のミカヅキモ(Closterium moniliferum),車軸藻のシャジクモ(Chara braunii),ミルフラスコモ(Nitella axilliformis),藍藻のイシクラゲ(Nostoc commune図1図1■イシクラゲ(Nostoc commune)乾燥状態)である.文献から,ミカヅキモが環境中のSrを分離固定することが報告されており(2)2) M. R. Krejci, B. Wasserman, L. Finney, I. Mcnulty, D. Legnini, S. Vogt & D. Joester: J. Struct. Biol., 176, 192 (2011).,先輩方は原発事故で発生した汚染水の処理に藻類が活用できないかと考えて研究を開始し,現在まで代々研究を引き継ぎながら活動している.

図1■イシクラゲ(Nostoc commune)乾燥状態

私たちは,半減期が29年の90Srと半減期が30年の137Csに着目し,藻類を用いてSr2+とCsを回収して,ALPS処理水及び処理途上水の量を藻類の力で減少させたいと考え,図2図2■藻類を活用した汚染水処理システムのような装置を考えている.また,今回は図2図2■藻類を活用した汚染水処理システムの③(第三段階)で実施するイシクラゲによるALPS処理水及び処理途上水の処理を目指した研究について報告する.図2図2■藻類を活用した汚染水処理システムの①,②に関する内容については,以前,本誌にて報告した(3)3) 福島成蹊学園福島成蹊高等学校:化学と生物,55, 719 (2017).

図2■藻類を活用した汚染水処理システム

【本研究の目的】

イシクラゲのSrおよびCsを吸収・蓄積する能力(4)4) H. Sasaki, H. Tamaoki, Y. Nakata, K. Sato, Y. Yamaguchi & H. Takenaka: Algal Res., 9, 87 (2016).を用いて,図2図2■藻類を活用した汚染水処理システムの①(第一段階)ならびに②(第二段階)で処理しきれなかった137Cs, 134Cs, 90Srを吸収させ,さらに敷地内に大量にあるALPS処理水及び処理途上水をイシクラゲの作用で蒸気に変え,安全な濃度まで希釈して大気放出にて減少させる技術を考案した.本研究では,イシクラゲにSr・Cs混合水溶液(0.1 mM SrCl2,0.1 mM CsCl)を吸収させ,イシクラゲ添加・無添加条件によるSr・Cs混合水溶液の減少量を検討することとした.

【実験方法および結果と考察】

1. イシクラゲを活用した水の減少の検討

実験方法

(1)容量70 mLのポリプロピレンの容器に,水道水を電子天秤で記録しながら30 g加え,イシクラゲ(乾燥状態)1.0 gを加えるものと加えないものを用意し,自然光,室温にて放置し,毎日総重量を電子天秤で測定した.

(2)容量70 mLのポリプロピレンの容器に,水道水を電子天秤で記録しながら15 g加え,イシクラゲ(乾燥状態)0.50 gを加えるものと加えないものを用意し,赤色LEDと青色LEDをそれぞれ37 cmの距離から24時間連続照射し,毎日総重量を電子天秤で測定した.

結果と考察

実験(1)では,イシクラゲを加えた一部のサンプルにおいて,総重量が前日と比較してわずかながら減少量に差があることが確認された(図3図3■イシクラゲ1.0 gを用いた30 gの水が消失されるまでの日数).

図3■イシクラゲ1.0 gを用いた30 gの水が消失されるまでの日数

前日とのわずかな減少量の差は,イシクラゲの作用によるものだと考え,イシクラゲによって水が大気中に放出され,容器内に目視できる水が減少するとともに総重量が減少したことから,イシクラゲによって大気中に水が放出されたと仮説を立てた.

また,12時間ごとに朝夕に重量を測定した際に,夜間よりも昼間の時間帯の方が,減少量がわずかに多いサンプルが複数個あったので,この現象には,イシクラゲの光合成が関係しているのではと予想した.実験(2)として,水を吸収させたイシクラゲに自然光,赤色LED(640 nm),青色LED(450 nm)を当て,毎日,総重量を測定した.その結果,青色LEDを照射すると最も水が減少することが明らかとなった(図4図4■光の波長の違いによる15 gの水が消失されるまでの日数).

図4■光の波長の違いによる15 gの水が消失されるまでの日数

2.青色LEDを照射したイシクラゲの水の減少量の測定

実験方法

(1)容量70 mLのポリプロピレンの容器に混合溶液(0.10 mM SrCl2, 0.10 mM CsCl)を電子天秤で記録しながら3.0 g加え,イシクラゲ0.10 gを加えるものと加えないものを用意し,容器全体の総重量を電子天秤で測定した.

(2)図5図5■使用した実験装置のような装置に(1)の容器を並べ,青色LED(450 nm)を照射距離10 cm,照射時間を明期:暗期=12時間:12時間で照射した.温度は,15~40°Cで実施.照射中に最高40°Cに達し,照射を止めると15°Cまで低下した.容器全体の総重量を測定後,Sr・Cs混合水溶液(0.1 mM SrCl2, 0.1 mM CsCl)を3.0 g加え,4週間測定した.この検討は8連で実施した.

図5■使用した実験装置

結果と考察

イシクラゲ有りと無しのサンプルで比較すると,すべてのイシクラゲ有りのサンプルにおいて一日当たりのSr・Cs混合水溶液の減少量は,イシクラゲ無しのサンプルのSr・Cs混合水溶液の減少量より多かった(図6図6■イシクラゲ有り無しの1日当たりの水の減少量(蒸発量含む)n=8).また,4週間後の総減少量は,イシクラゲ無しが50.6 gに対して,イシクラゲ有りは70.7 gであった.この減少量を比較すると,イシクラゲ無しでのSr・Cs混合水溶液の減少量より,イシクラゲ有りでのSr・Cs混合水溶液の減少量は20.1 g多かった.このことから,イシクラゲを加え,青色LEDを照射することでSr・Cs混合水溶液の減少が安定して起こることが明らかとなった.

図6■イシクラゲ有り無しの1日当たりの水の減少量(蒸発量含む)n=8

今回の実験で使用したイシクラゲ0.1 gあたり4週間でSr・Cs混合水溶液が71 g減少したので,イシクラゲ1 gあたり1日で25 gのSr・Cs混合水溶液が減少すると考えられた.したがって,1日で500 m3のタンク内のALPS処理水及び処理途上水を処理しようとすると,20 tのイシクラゲが必要である.2021年8月19日現在,敷地内のタンク内に1,274,279 m3のALPS処理水及び処理途上水が保管(2)2) M. R. Krejci, B. Wasserman, L. Finney, I. Mcnulty, D. Legnini, S. Vogt & D. Joester: J. Struct. Biol., 176, 192 (2011).されており,毎日140 m3の汚染水が発生していることから,1日あたり500 m3の処理が可能だとすれば,毎日増加する汚染水360 m3の汚染水を処理することができ,約10年でALPS処理水及び処理途上水を処理できると試算できた.ただし,問題点として,ALPS処理水及び処理途上水にはトリチウムが含まれるため,トリチウムを含む水蒸気を安全な濃度まで希釈して大気放出したとしても風評被害は間逃れないし,必要となる大量のイシクラゲをどうやって培養するか,処理に使用した放射性物質を含むイシクラゲの処分をどうするのか,汚染水タンクを利用してどのようにして提案している処理装置を作るのかなど,解決すべき問題は山積している.その一方,イシクラゲは放射線にも強い耐性を持つことが知られており(5)5) Fraunhofer RESEARCH NEWS February 2017 II: https://www.fraunhofer.de/en/press/research-news/2017/february/algae-survive-heat--cold-and-cosmic-radiation.html,トリチウムの半減期が12.3年であることから,保管場所が確保できればタンク内のALPS処理水及び処理途上水をイシクラゲに吸収させて,さらにトリチウムを十分減衰させて濃度を低下させることで,安全基準を満たして汚染水を処理する方法を提案できる.

イシクラゲの状態について調べた結果,実験前の濃い黒っぽい色(図7図7■実験前のイシクラゲ(左)と実験28日後のイシクラゲ(右)倍率400倍の写真では濃い緑色)から徐々に薄い茶色に変化した.光学顕微鏡で観察すると,初期段階で観察された球状の細胞が数珠状に繋がっている細胞群が,時間が経つにつれ,バラバラに離れていき,球状の数珠状の細胞がまばらに観察された(図7図7■実験前のイシクラゲ(左)と実験28日後のイシクラゲ(右)倍率400倍).Sr・Cs混合水水溶液が減少する際には,イシクラゲの状態が変化していることを確認できた.

図7■実験前のイシクラゲ(左)と実験28日後のイシクラゲ(右)倍率400倍

イシクラゲにSr・Cs混合水溶液を加えて青色LEDを照射することで,Sr・Cs混合水溶液の減少量が増加することを確認できたが,本研究ではそのメカニズムを解明することはできなかった.しかし,イシクラゲを加えたサンプルの水温(30~32°C)と加えないサンプルとの水温(27~29°C)を比較すると,イシクラゲを加えたサンプルの水温の方が2°Cほど高くなった.この原因については,イシクラゲが青色LEDによる光エネルギーを熱エネルギーに変換しているのではと予想したが,今後の検討が必要である.さらに水の減少量が増加する現象がイシクラゲ特有の現象であることを確かめるために,イシクラゲのように水を吸収でき,色が似ているものとして,黒いスポンジをイシクラゲの代わりに用いて実験を行ったが,黒いスポンジでのSr・Cs混合水溶液の減少量は,イシクラゲによるSr・Cs混合水溶液の減少量を上回ることはなかった.黒いスポンジを用いた場合の水温については,27~35°Cとばらつきが大きかった.このことから水の消失は,イシクラゲ特有の現象であることが示唆された.

本研究の意義と展望

東日本大震災にて引き起こされた原発事故から10年が経過するが,現在も1日140 m3の汚染水が発生し,ALPS等で処理をして原発敷地内のタンク内に保管されている.本研究では,すでにSrを藻類に吸収させることができることを示している(3)3) 福島成蹊学園福島成蹊高等学校:化学と生物,55, 719 (2017)..イシクラゲを活用するメリットは,低濃度の放射性物質を生物濃縮機能により効率よく吸収できるのではないかと考えている.その一方,タンク内の汚染水にはALPS等で取り除くことができないトリチウムが大量に含まれている.実用化のレベルに達しているトリチウムの分離技術は,2021年5月時点において確認できない(1)1) 東京電力:処理水ポータルサイト,https://www.tepco.co.jp/decommission/progress/watertreatment/index-j.html.今後,本研究を発展させて,イシクラゲの利用やトリチウムの充分な減衰を経て原発敷地内のタンクに保管されているトリチウムを含む汚染水を減少させることができれば,安全基準を満たして汚染水を処理する新たな方法の開発につながると期待できる.さらに地震等でタンクから汚染水が漏れる恐れがあるが,イシクラゲを使うことで水漏れを防ぐことができる利点があると考えている.

汚染水は2年後に海洋放出されることが政府により決定し,新たな処理方法を提案する時間は少ない.私たちは,将来,世界中のどこかで放射性物質を含む汚染水が大量に発生した際にも活用できる藻類を活用した汚染水処理システムの技術を確立するために,今後もこの藻類を活用した汚染水処理システムの開発を継続する.地元の高校生が,10年前から先輩たちからの思いを引き継いで研究を継続して,原発事故により生じた汚染水の処理の問題,放射性物質の廃棄に関する問題,原発の廃炉の問題,空間放射線量が高く住民が帰宅できない問題,漁業や農業における風評被害の問題について,全国や世界へ発信し続けていることは,これらの問題を過去のものとして風化させないことはもちろん,地元福島の復興を担う次世代の人材の育成にもつながると考えている.被災した地元を,私たちの研究で元気づけたい.

Acknowledgments

本研究の一部は,JSPS科研費18H00347および公益財団法人河川財団の河川基金助成事業2018-5411-002の助成を受けて実施されました.また(株)リバネス教育総合研究所による支援対象研究の認定を受け,本研究を遂行致しました.これらのご援助に対して厚く御礼申し上げます.

Note

本研究は、日本農芸化学会2021年度大会(仙台)における「ジュニア農芸化学会」(発表は新型コロナウイルス感染症対策のためオンライン形式で実施)に応募された研究のうち、本誌編集委員会が優れた研究として選定した6題の発表のうちの一つです。

Reference

1) 東京電力:処理水ポータルサイト,https://www.tepco.co.jp/decommission/progress/watertreatment/index-j.html

2) M. R. Krejci, B. Wasserman, L. Finney, I. Mcnulty, D. Legnini, S. Vogt & D. Joester: J. Struct. Biol., 176, 192 (2011).

3) 福島成蹊学園福島成蹊高等学校:化学と生物,55, 719 (2017).

4) H. Sasaki, H. Tamaoki, Y. Nakata, K. Sato, Y. Yamaguchi & H. Takenaka: Algal Res., 9, 87 (2016).

5) Fraunhofer RESEARCH NEWS February 2017 II: https://www.fraunhofer.de/en/press/research-news/2017/february/algae-survive-heat--cold-and-cosmic-radiation.html