書評

小林牧人,藤沼良典(著)『理系研究者がハッピーな研究生活を送るには』(恒星社厚生閣,2021年)

岡田

東京大学大学院農学生命科学研究科

Published: 2021-12-01

やばい書名である.

まるで車内広告によくある「How-to本」ではないか.「あの『謹厳実直』な小林先生が,あの『お堅い』恒星社厚生閣から,なぜこんな書名の本を?」との疑問が生じたが,それは読むことで氷解した.書名に反して中身は「お堅い」のである.

本書は7章から成り,前半3章は主として学生が対象で,後半4章は研究を生業としている人,あるいは研究者を目指している人へのメッセージである.まず第1章において,「日本の科学教育にたりないものは?」という問題提起がなされる.著者曰く,たりないのは「科学とは何かを教えること」だそうである.それを受けて第2章では,本書のほぼ半分を使って「科学とは何か?」および「科学研究の進め方」について,具体例を示しながら丁寧な説明がされている.さらに親切なことに,共著者の藤沼先生により,「科学を楽しむための思考法」についても解説がなされている.研究者を志す学生諸氏には,正しい実験系の組み方を理解するためにも,じっくりと読むことを奨める.第3章は驚くほど短く,僅か3ページである.しかしそこには「なぜ研究をするのか?」,「研究者は自身の研究にポリシー,フィロソフィーを持つべし」という著者の熱い思いが込められている.こちらも学生諸氏に是非とも読んで貰いたい.

後半では一転して,研究室におけるPrincipal Investigator(以下PI)の心得が述べられている.第4章はHow-to本にありがちな「上手な研究費の獲得法」とかではなく,「良好な対人関係を保つには如何にすべきか?」が主題である.日本人の特性かもしれないが,良好な対人関係を築く術は,家庭での躾によるところが大きく,「不立文字」あるいは「拈華微笑」と言った仏教的な感覚で捉えられがちである.ところが流石,国際基督教大学の先生である.著者は性善説には依らず,人間の「原罪」を前提とした対人関係構築法を,アスリートの精神を支える「スポーツメンタルコーチング」に求め,それを研究室に応用した「ラボメンタルコーチング」なるものを,第5章で紹介している.研究室内外の対人関係に悩むPIには,大いに参考になる方法論であろう.第6章は「大学の職についたら」という題ではあるものの,大学の研究者に限らず,民間企業で働く人にも参考になる,著者からのアドバイスが書かれている.本書のユニークな点は,第7章に「研究者になる前に読んでおくとよい本」が,簡単な内容紹介とともにリスト化されていることである.本書を読み終えた後,さらに研究室運営,研究倫理,安全管理等につき理解を深めたい人には大変役に立つであろう.また,各所には「コラム」があり,様々な「豆知識」が得られる楽しみもある.本書は学生,若手研究者のみならず,経験を積まれたPIにも思いがけない示唆を与えるという点でお薦めしたい.

内容から鑑みて書名は,「理系研究者がハッピーな研究生活を送るには」より「皆がハッピーな生活を送るには」の方が良くはないかとも思うが,もっとやばいか…….