Kagaku to Seibutsu 60(1): 1 (2022)
巻頭言
初夢おいしさの記憶から
Published: 2022-01-01
© 2022 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2022 公益社団法人日本農芸化学会
COVID-19が,様々な場面で行動や人と人の付き合い方に変容をもたらし,私どもの考え方にも様々な変革をもたらせていることに異論がある方は殆どないのではなかろうか.シンポジウムあるいは学会の発表,会議等がオンライン開催となり,足を運ばなくても与えられる情報を収集することは効率的になったように感じるが,一方で懇親会とか発表の合間に偶発的のあった,発想の転換,新たな発想の創出をもたらしてくれるような,人と人の出会いが急激に減っていることも事実である.自分自身の生活を振り返ると,一番の行動変化は週に何度もあった外食の機会が激減し,自宅で家族と楽しむ時間と食事が増えたことであり,食そのものを見つめなおすきっかけとなっている.
「おいしい」という感覚,今日はこれを食べたいという思いはどこから来るのでしょうか? 小学校の運動会で家族と食べた昼食,おばあちゃんの得意の手作り料理,各地で特色を持っているお雑煮談義など,皆さまそれぞれが「おいしさの記憶」を持っていると思います.この記憶には,味,香り,形以外に,様々な情景,表情,言葉も一緒に残っているかもしれません.よく言われることですが,我々の思い・気持ちを言葉で説明しようとしても10%も表現できないのではないでしょうか? プロのエッセイストであってもすべてを表現することは難しいと思います.そういう感覚を数字で表現することができれば,人々の食べたい想いをとらえた食の提供,「おいしさ」と健康を満たす食の提案に結び付けていくことが可能になるのではないでしょうか?
「おいしさ」を紐解くのに,客観的官能評価と味・香り成分の網羅的解析を多変量解析で結び付ける試みが最近食品企業の研究所で行われています.更に一歩先の食の世界では,各人にとってのおいしさという価値の本質の具現化に向け,これまで携わってきた所謂食品科学領域に加えて「おいしさ」の記憶や言葉に表せない行動・感情を数字で表現・評価することを可能とする新たな学問領域との出会いがあるのではないでしょうか.
技術と技術の新たな結合により,気づかぬうちに日常生活の一部は変化し,便利になっています.学問の進歩には素晴らしいものがあり,高度化がどんどん進んでいます.半面,専門領域が細分化されてきているのも事実であります.一人一人の理解力,記憶力が先人に比べて飛躍的に拡大しているわけではないので,一人の成果から大きな変化をもたらすには限度があります.自分になじむ研究領域から離れた領域との結合を期待できるオープンイノベーション,産学官連携の在り方を求め,推進していくことが「おいしさ」の理解に留まらず,様々な領域で大きな進歩をもたらすのではないでしょうか.コミュニケーション,人と人との出会いから偶々もたらされる新たな発想がどんなに重要か,今多くの人がそう感じているときにこそ,産学官連携により新たな価値を人々に届ける,そんなプラットフォームに日本農芸化学会が変容し,育っていくことを願っている今日この頃です.