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オートファジーからひも解く植物葉面微生物の生存戦略植物のライフサイクルに伴う棲息環境の変化へ適応するために

Kosuke Shiraishi

白石 晃將

京都大学大学院農学研究科

Yasuyoshi Sakai

阪井 康能

京都大学大学院農学研究科

Published: 2022-01-01

オートファジーは酵母からヒトまで保存された細胞内の主要な分解経路である.分解対象は,オートファゴソームと呼ばれる脂質二重膜に包まれ,液胞・リソソームへと輸送され分解を受ける.オートファジーには,細胞質成分を非特異的に分解する経路に加え,不要なタンパク質や有害な凝集体,傷ついた細胞内小器官を特異的に分解する選択的オートファジーも知られており,細胞の恒常性維持に働く.これまでに,40を超える関連因子が同定され,その分子機構と多彩な生理機能が明らかになりつつある.本稿では,オートファジーが,自然界で棲息する微生物の環境応答戦略の一端を担うという新しい知見を紹介する.

植物葉面にはメタンやメタノールなどのC1化合物が普遍的に存在し,単位面積(cm2)当たり106–107もの微生物が棲息する.近年,葉面C1微生物の中に,植物への共生効果を持つ細菌が同定され,葉面微生物動態が脚光を浴びている.筆者らは,自然界を模倣する実験系としてシロイヌナズナ葉面にメタノール資化性酵母(C1酵母)Candida boidinii細胞を接種し,直接葉面における環境応答を調べることにより,葉面における微生物動態を解析している.概日周期を模して光を照射する人工気象器内で植物を栽培したところ,接種したC1酵母がその葉面で増殖し,日周期に応じて葉面のメタノール濃度が変動することを見いだした(1)1) K. Kawaguchi, H. Yurimoto, M. Oku & Y. Sakai: PLoS One, 6, e25257 (2011)..筆者らは,さまざまな環境変化に対し細胞の恒常性維持に寄与するオートファジーは,葉面微生物の生存戦略機構として重要なのではないかと考え,Atg1, Atg8およびAtg30をコードする遺伝子破壊株の葉面増殖を追跡した.

Atg1は,他のAtg因子群と複合体を形成し,PAS(pre-autophagosomal structure)の構築を促す.Atg8は,ユビキチンの結合反応と類似した反応を経て,リン脂質であるホスファチジルエタノールアミンに共有結合しPASに局在化する.両因子は,PASを起点に開始されるオートファゴソーム膜の形成に必須な分子であり,それらの遺伝子破壊株はオートファジー能が欠損する.一方Atg30は,ペルオキシソームの特異的分解経路(ペキソファジー)のみで働くレセプター分子であり,自身のリン酸化の有無によりペキソファジーを制御する.

各種解析の結果,ATG1, ATG8, ATG30いずれの遺伝子破壊株も葉面増殖が認められなかった.また,葉面のメタノール濃度は暗期に高く明期は低いこと,その日周変動に合わせ,本酵母はペルオキシソームを暗期に合成し,明期に分解することもわかった.これらは,限られた栄養しか存在しない植物葉面で本酵母が,オートファジー機構を駆使し,ペルオキシソームに蓄積したタンパク質を効率的に再利用することが生存に必須であることを示唆している(1, 2)1) K. Kawaguchi, H. Yurimoto, M. Oku & Y. Sakai: PLoS One, 6, e25257 (2011).2) 奥 公秀,田村直輝,阪井康能:化学と生物,52,825 (2014)..葉面微生物にとってのペキソファジーの重要性は,植物感染性糸状菌Colletotrichum orbiculareにおいても明らかになっており,ペキソファジーにて機能するAtg26を欠損させると,宿主植物への感染効率が著しく低下する(3)3) M. Asakura, S. Ninomiya, M. Sugimoto, M. Oku, S. Yamashita, T. Okuno, Y. Sakai & Y. Takano: Plant Cell, 21, 1291 (2009).

植物葉面においてC. boidiniiは,メタノール誘導性遺伝子発現を制御することで,利用可能なメタノールの濃度変化に対応する.では,C1酵母はメタノール濃度の変動をどのように感知し,そのシグナルを細胞内に伝え,ペキソファジーを制御しているのか? この疑問に答えるべく,筆者らは,細胞表層ストレスのセンサーとして報告されているWscファミリータンパク質Wsc1/Wsc3に着目した.C1酵母Komagataella phaffiiを用いその機能解析を行ったところ,主にWsc1が低濃度(0–0.05%),Wsc3が高濃度(0.05–2%)のメタノールを感知し,シグナル伝達因子であるRom2を介してメタノール誘導性遺伝子発現制御にかかわることを見いだした(4)4) S. Ohsawa, H. Yurimoto & Y. Sakai: Mol. Microbiol., 104, 349 (2017)..続いて,葉面でのメタノール利用を想定し,Wsc1のペルオキシソーム動態制御における機能を調べたところ,WSC1破壊株では,野生株に先行してペキソファジーが誘導されていることがわかった.さらに解析を進めると,Wsc1からのシグナルは,Rom2を経て,MAPK経路の主要因子であるMpk1やその下流の転写因子Rlm1へと伝わり,Rlm1により活性化される2種のフォスファターゼPtp2AとMsg5を介して,最終的にAtg30のリン酸化を抑制することで,ペキソファジーを負に制御していることが明らかとなった(5)5) S. Ohsawa, K. Inoue, T. Isoda, M. Oku, H. Yurimoto & Y. Sakai: J. Cell Sci., 134, jcs254714 (2021).

生存戦略機構としてのオートファジーの重要性は,葉面微生物の窒素源利用に関する研究からも得られている.細胞増殖と遺伝子発現の追跡から,若い葉面では硝酸が,老化した葉面ではメチルアミンがC1酵母の主要な窒素源であることがわかった(6)6) K. Shiraishi, M. Oku, K. Kawaguchi, D. Uchida, H. Yurimoto & Y. Sakai: Sci. Rep., 5, 9719 (2015)..このような宿主植物のライフステージに伴う窒素源の変化に着目し,Ynr1の細胞内局在を調べると,若い葉面では細胞質に,老化した葉面では細胞質内の何らかのコンパートメントに局在化していた.この現象をin vitroにて解析したところ,硝酸からメチルアミンへの窒素源変化後Ynr1は,酵素活性の低下,細胞内局在の変化に続き,液胞での分解が起こることがわかった.さらに,選択的オートファジー不能株であるatg11Δ株においてYnr1の分解が著しく抑制されること,Cvt(Cytoplasm-to-vacuole targeting)複合体の基質であるアミノペプチダーゼ1(Ape1)とYnr1が共局在することから,Ynr1が恒常的な生合成経路であるCvt経路依存的に液胞へと輸送され分解されることがわかった(6, 7)6) K. Shiraishi, M. Oku, K. Kawaguchi, D. Uchida, H. Yurimoto & Y. Sakai: Sci. Rep., 5, 9719 (2015).7) K. Shiraishi, M. Oku, D. Uchida, H. Yurimoto & Y. Sakai: FEMS Yeast Res., 15, fov084 (2015)..葉上においてもYnr1とApe1の共局在が観察されたことから,宿主植物のライフステージに応じて,植物葉面の栄養環境が変化し,それにC1酵母が適応していると考えている.

今回紹介した知見は,自然界における選択的オートファジーの制御機構と生理的意義を示す点で重要である.特に,酵母におけるオートファジー欠損株は,実験室内で用いる通常の培地ではほとんどその生育に影響がない中で,オートファジーおよびペキソファジー不能株で葉面増殖に顕著な差が見られた.また,オートファジーの多様な経路の中で,ほとんど明確にはなっていなかったペキソファジーの生理機能について知見を提供出来たことは意義深い.加えて,恒常的な生合成経路として知られるCvt経路の分解経路としての新しい役割を示した点は重視すべき知見である.今後も,自然界を重要なキーワードの一つとして,オートファジーの新たな生理機能の解明に取り組んでいきたい.

Reference

1) K. Kawaguchi, H. Yurimoto, M. Oku & Y. Sakai: PLoS One, 6, e25257 (2011).

2) 奥 公秀,田村直輝,阪井康能:化学と生物,52,825 (2014).

3) M. Asakura, S. Ninomiya, M. Sugimoto, M. Oku, S. Yamashita, T. Okuno, Y. Sakai & Y. Takano: Plant Cell, 21, 1291 (2009).

4) S. Ohsawa, H. Yurimoto & Y. Sakai: Mol. Microbiol., 104, 349 (2017).

5) S. Ohsawa, K. Inoue, T. Isoda, M. Oku, H. Yurimoto & Y. Sakai: J. Cell Sci., 134, jcs254714 (2021).

6) K. Shiraishi, M. Oku, K. Kawaguchi, D. Uchida, H. Yurimoto & Y. Sakai: Sci. Rep., 5, 9719 (2015).

7) K. Shiraishi, M. Oku, D. Uchida, H. Yurimoto & Y. Sakai: FEMS Yeast Res., 15, fov084 (2015).