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苔類の「油体」から探る植物のオルガネラ進化オルガネラ獲得への道程

Takehiko Kanazawa

金澤 建彦

基礎生物学研究所細胞動態研究部門

総合研究大学院大学生命科学研究科

Takashi Ueda

上田 貴志

基礎生物学研究所細胞動態研究部門

総合研究大学院大学生命科学研究科

Published: 2022-01-01

真核生物の細胞内には,複数の脂質二重膜で囲まれたオルガネラ(ミトコンドリアや葉緑体)と一枚の脂質二重膜で囲まれたオルガネラが存在する.前者は,現生のバクテリアの祖先が真核細胞に共生することで生じたと考えられている.一方後者には小胞体やゴルジ体,エンドソーム,リソソーム/液胞などがあり,これらは細胞膜を起源として,真核細胞の進化の過程で独立の区画(内膜系オルガネラ)としてはたらくようになったものだと考えられている.

それぞれの内膜系オルガネラは,機能発現に必要なさまざまなタンパク質や膜脂質の独自のセットを有し,細胞分化や発生,環境応答などにおいて機能している.これらの物質の正しい局在化や輸送は,膜で囲まれた小胞や細管などの輸送中間体を介した物質輸送の仕組みである「膜交通」により実現されている.真核生物には,ほぼすべての種に共通する内膜系オルガネラ(小胞体,ゴルジ体,リソソーム/液胞など)に加え,進化の過程で独自の内膜系オルガネラを発達させた系統が存在する.新しいオルガネラの誕生は,そのオルガネラと既存のオルガネラを結ぶ新しい膜交通経路の開拓をともなったはずである.本稿では,膜交通の観点から,オルガネラ誕生を考える.

オルガネラの新生と膜交通経路の新規開拓の仕組みを説明する仮説として,比較ゲノム解析の結果をもとにオルガネラパラロジー仮説(Organelle Paralogy Hypothesis: OPH)が提唱されている(1)1) A. Schlacht, E. K. Herman, M. J. Klute, M. C. Field & J. B. Dacks: Csh. Perspect. Biol, 6, a016048 (2014)..この仮説では,輸送小胞の形成,輸送小胞の標的オルガネラ膜への繋留,膜同士の融合などの膜交通の素過程の実行因子をコードする遺伝子群が,遺伝子重複と変異の蓄積による機能分化を経て多様化することにより,新たなオルガネラとそのオルガネラを発着する膜交通経路の誕生に至ったとされている.すなわち,単膜系オルガネラ同士は共通の祖先オルガネラから派生したパラロガスな関係にあると解釈されるが,OPHを実験的な証拠をもって支持する研究例はほとんどなかった.

陸上植物と一部の藻類では,細胞質分裂時に「細胞板」と呼ばれるオルガネラが一時的に出現し,細胞板と親細胞膜が融合することで細胞質分裂が完了する.この細胞板は,陸上植物を含む系統で独自に獲得された内膜系オルガネラの一例と言える.細胞板は,娘核の間の分裂面に分泌小胞が輸送され,この分泌小胞同士が融合することにより形成される(2)2) G. Jürgens, M. Park, S. Richter, S. Touihri, C. Krause, F. El Kasmi & U. Mayer: Biochem. Soc. Trans., 43, 73 (2015)..一般に分泌経路は小胞体を起点として,細胞膜や細胞外へ物質を輸送する膜交通経路であるが,細胞板はこの分泌経路の方向を,分裂面方向へと転換することで形成されるのである.

コケ植物は蘚類,苔類,ツノゴケ類の三つのグループからなり,このうち苔類にのみ「油体」と呼ばれるオルガネラが存在する.コケ植物以外の陸上植物にも苔類型の油体は見られないことから,油体は真核生物の一部の系統で新しく獲得されたオルガネラの好例と言える.被子植物の種子に見られる油体(オイルボディ)と名前は同じであるが,限界膜の構造などから,両者は全く起源の異なるオルガネラであることが分かっている.苔類の油体は,シュワン,シュライデンによる細胞説が提唱される以前に記載が見られ(3)3) C. F. Mirbel: Mém. Acad. Roy. Sc. Inst. France, 13, 337 (1835).,その形や色,一細胞中に含まれる数などの特徴が種ごとに異なることから(図1AB図1■「油体」と「細胞板」は,分泌経路を細胞内方向へ切り替えることで形成される),長らく苔類の分類形質の1つとして用いられてきた(4)4) X. L. He, Y. Sun & R. L. Zhu: Crit. Rev. Plant Sci., 32, 293 (2013)..油体にはセスキテルペン化合物やビスビベンジル化合物などの生理活性物質が蓄積されている.その生理的意義は長らく謎であったが,苔類のモデルであるゼニゴケを用いた最近の油体発生を司る転写因子群の解析から,油体が被食者に対する防御にはたらいていることが見いだされた(https://www.nibb.ac.jp/pressroom/news/uploads/20201201/pill_bug_feeding_assay.mp4).

図1■「油体」と「細胞板」は,分泌経路を細胞内方向へ切り替えることで形成される

(A)オオホウキゴケの油体.各細胞に4–6個存在し,球形から楕円体の形状を示す.(B)ゼニゴケの油体.葉状体に点在する油体細胞内に1個ずつ形成される.油体膜のMpSYP12BをmCitrine(緑)でラベルし,葉緑体の自家蛍光を青色で示した.(C, D)油体(C)および細胞板(D)は,細胞外方向の分泌経路を細胞内方向へ転換することで形成される.細胞板形成にはエンドサイトーシス経路の関与も明らかにされている.

この油体の起源について100年以上前から多くの説が提唱されてきたが,いずれも決定的とは言いがたかった.筆者らの研究グループは,ゼニゴケにおいて膜融合の実行因子を網羅的に解析することにより,油体が分泌小胞が細胞内で融合することにより形成されることを見いだした(5)5) T. Kanazawa, H. Morinaka, K. Ebine, T. L. Shimada, S. Ishida, N. Minamino, K. Yamaguchi, S. Shigenobu, T. Kohchi, A. Nakano et al.: Nat. Commun., 11, 6152 (2020)..さらに,油体を含む油体細胞の分泌経路の方向が,細胞膜・細胞外方向(細胞を大きくする時期)と油体方向(油体を大きくする時期)との間で周期的に切り替わっていることも示唆された.この結果をもとに,この分泌経路の周期的な切り替えを,細胞周期になぞらえて「油体周期」と呼ぶことが提唱されている.

種子植物のモデルであるシロイヌナズナでは,膜融合の実行因子であるKNOLLE/SYP111が細胞板形成時に特異的にはたらくことが知られている.そのゼニゴケのオルソログであるMpSYP12Aは,やはり細胞板形成で機能していることが示されている(5)5) T. Kanazawa, H. Morinaka, K. Ebine, T. L. Shimada, S. Ishida, N. Minamino, K. Yamaguchi, S. Shigenobu, T. Kohchi, A. Nakano et al.: Nat. Commun., 11, 6152 (2020)..驚いたことに,ゼニゴケの油体膜上にはMpSYP12AのパラログであるMpSYP12Bが局在していた(図1B図1■「油体」と「細胞板」は,分泌経路を細胞内方向へ切り替えることで形成される).このことは,細胞板と苔類の油体という機能の全く異なるオルガネラが,「分泌経路の細胞内への方向転換」という共通の仕組みにより形成されることを示している(図1CD図1■「油体」と「細胞板」は,分泌経路を細胞内方向へ切り替えることで形成される).この結果は先に述べたOPHを強く支持するものであり,進化の過程におけるオルガネラ獲得の仕組みを実証的に示すものである.また,上述の通り苔類の油体にはさまざまな生理活性物質が蓄積されており,その中には抗菌作用や抗ガン活性をもつもの,抗インフルエンザウイルス活性をもつものも含まれている(6)6) Y. Asakawa, A. Ludwiczuk & F. Nagashima: Phytochemistry, 91, 52 (2013)..油体の形成機構や特化代謝機構の知見を活用することにより,それらの有用化合物の効率的な産生に向けた応用が期待される.

Reference

1) A. Schlacht, E. K. Herman, M. J. Klute, M. C. Field & J. B. Dacks: Csh. Perspect. Biol, 6, a016048 (2014).

2) G. Jürgens, M. Park, S. Richter, S. Touihri, C. Krause, F. El Kasmi & U. Mayer: Biochem. Soc. Trans., 43, 73 (2015).

3) C. F. Mirbel: Mém. Acad. Roy. Sc. Inst. France, 13, 337 (1835).

4) X. L. He, Y. Sun & R. L. Zhu: Crit. Rev. Plant Sci., 32, 293 (2013).

5) T. Kanazawa, H. Morinaka, K. Ebine, T. L. Shimada, S. Ishida, N. Minamino, K. Yamaguchi, S. Shigenobu, T. Kohchi, A. Nakano et al.: Nat. Commun., 11, 6152 (2020).

6) Y. Asakawa, A. Ludwiczuk & F. Nagashima: Phytochemistry, 91, 52 (2013).