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宿主免疫からの逃避による新型ウイルスの出現機構宿主免疫とウイルス進化の競争

Atsushi Kawaguchi

川口 敦史

筑波大学医学医療系感染生物学部門

Published: 2022-01-01

新興感染症は,「かつて知られていなかった,新しく認識された感染症で局地的あるいは国際的に公衆衛生上問題となる感染症」とWHOによって定義されている.つまり,突発的に自然界で生み出されたものではなく,新型ウイルスは「新しく認識されたもの」であり,あくまでも他の動物種で維持されていた既存の病原体がヒトに適応し,人間界に侵入したものであると言える.そのため,インフルエンザウイルスやエボラウイルスに代表される新興ウイルス感染症のほとんどは人獣共通感染症であり,自然界での宿主(自然宿主)はヒト以外の動物である.たとえば,SARS-CoV-2の自然宿主はコウモリであり,センザンコウというウロコをもつ哺乳動物を中間宿主として,人類に適応したと推測されている.また,インフルエンザウイルスだと,カモを含む水禽類が自然宿主であることが明らかになっている.自然宿主からウイルスが伝播し,ヒトへの感染能をもつには,ヒトの宿主因子を利用できるようになる変異(適応変異)を獲得することが必須である.一方,パンデミックウイルスへと変容するには,適応変異だけでなく,ヒトの生体防御応答から逃れるための変異(逃避変異)を獲得することも重要である(図1図1■新興ウイルス感染症の出現には適応変異だけでなく生体防御応答からの逃避変異も必要である).

図1■新興ウイルス感染症の出現には適応変異だけでなく生体防御応答からの逃避変異も必要である

ウイルス感染に応答して,体内に侵入してきた病原体を非自己として認識し,さまざまな生体防御応答が活性化される.そのうち,気道上皮細胞特異的な病原体センサーであるMxA(Myxovirus resistance protein 1)を介した炎症応答は,好中球の遊走による感染細胞の貪食排除を誘導し,感染早期の生体防御として重要である.スペイン風邪をはじめとする20世紀に発生した新型インフルエンザでは,ウイルスRNP(Ribonucleoprotein)複合体の主要構成因子であるNP(Nucleoprotein)タンパク質が変異し,それがMxAに対する逃避変異となったことがパンデミックを引き起こした要因のひとつであることが明らかになっている(1)1) S. Lee, A. Ishitsuka, M. Noguchi, M. Hirohama, Y. Fujiyasu, P. P. Petric, M. Schwemmle, P. Staeheli, K. Nagata & A. Kawaguchi: Sci. Immunol., 4, eaau4643 (2019)..また近年,中国を中心に,鳥インフルエンザのヒトへの感染事例が断続的に発生し,その致死率が約30%にも上り,社会的脅威となっている.これらの感染事例は,生鳥との濃厚接触によるものと考えられていたが,多くの感染者において,MxAに機能欠損変異が同定されており,MxAによる“種の壁”を超えることが,パンデミックウイルスの出現に重要であることが見て取れる(2)2) Y. Chen, L. Graf, T. Chen, Q. Liao, T. Bai, P. P. Petric, W. Zhu, L. Yang, J. Dong, J. Lu et al.: Science, 373, 918 (2021).

正常な免疫機能をもつ感染者では,ウイルスは増殖しにくく,また適切に排除されるため,変異株は出現しにくいものである.そのため,上記のように宿主遺伝子の変異により,生体防御能が低下している感染者でウイルスが増殖することが,本質的に変異株の出現に繋がっていると考えられており,宿主免疫機能とそこからの逃避変異は,ウイルス進化の方向決定に非常に重要だと推測される.新型コロナウイルスのパンデミック発生以降,さまざまな変異株が継続的に出現しており,その流行リスクに応じて,懸念される変異株(VOCs; Variants of Concern)として分類されたウイルス株が多数報告されている.抗原性変異を重ね,伝播能を強化しつつあるVOCsの出現・流行を抑えることは,withコロナ時代に向けた感染制御において必須課題である.現在,新型コロナワクチンの接種が世界中で進められているが,ワクチン接種をしたにもかかわらず感染してしまうブレイクスルー感染が続発している.これは,免疫の持続期間や有効性の個人差だけでなく,ワクチン接種によって得られる抗体の種類によるものである.抗体は,抗原を認識する可変領域と,それ以外の定常領域からなる.定常領域は,5種類のアイソタイプ(IgM, IgD, IgG, IgA, IgE)に分類され,SARS-CoV-2やインフルエンザウイルスに対する感染免疫として機能するのはIgAとIgGである.IgAは粘膜部位に多く存在するアイソタイプであるのに対し,IgGは血液中に産生され,ほとんどの組織に存在する主要なアイソタイプである.そのため,気道粘膜組織を主要な感染標的とするインフルエンザウイルスやSARS-CoV-2では,感染防御が可能なのはIgAであり,IgGは感染後の重症化を抑制するのに必要である.

インフルエンザワクチンを含め,一般的な不活化ワクチンは皮下もしくは筋肉注射で接種されるため,誘導されるアイソタイプは血中IgGであり,初感染を防ぐことができない.そのため,発生動向調査(サーベイランス)が不足している中で,ニワトリに不活化ワクチンを接種している国々では,鳥インフルエンザ感染が常在化することで,ワクチンへの耐性変異を獲得したウイルス変異株が出現拡大していることが課題となっている.つまり,ワクチン接種によって,自然界のウイルス進化を促している状況と言える.一方,詳細は不明であるが,新型コロナウイルスmRNAワクチンも筋肉注射であるにもかかわらず,IgA抗体を誘導できることが報告された(3, 4)3) Sheikh-Mohamed S, Isho B, Chao GYC, Zuo M, Nahass GR, Salomon-Shulman RE, Blacker G, Fazel-Zarandi M, Rathod B, Colwill K, et al.: medRxiv, 2021.08.01.21261297 (2021).4) T. J. Ketas, D. Chaturbhuj, V. M. C. Portillo, E. Francomano, E. Golden, S. Chandrasekhar, G. Debnath, R. Diaz-Tapia, A. Yasmeen, K. D. Kramer et al.: Pathog. Immun., 6, 116 (2021)..しかし,新型コロナ感染回復者でみられるIgA量よりも少なく,どれだけ機能的で持続する抗体応答かは不明であり,メカニズムを理解し,より強いIgA誘導を可能にするワクチン設計が今後の課題である.また,ワクチン接種が普及しても,適切なサーベイランスと感染者の隔離は,ウイルスの進化を抑制し,持続可能なwithコロナを実現するためにわれわれができる重要なアクションだと考えられる.

Reference

1) S. Lee, A. Ishitsuka, M. Noguchi, M. Hirohama, Y. Fujiyasu, P. P. Petric, M. Schwemmle, P. Staeheli, K. Nagata & A. Kawaguchi: Sci. Immunol., 4, eaau4643 (2019).

2) Y. Chen, L. Graf, T. Chen, Q. Liao, T. Bai, P. P. Petric, W. Zhu, L. Yang, J. Dong, J. Lu et al.: Science, 373, 918 (2021).

3) Sheikh-Mohamed S, Isho B, Chao GYC, Zuo M, Nahass GR, Salomon-Shulman RE, Blacker G, Fazel-Zarandi M, Rathod B, Colwill K, et al.: medRxiv, 2021.08.01.21261297 (2021).

4) T. J. Ketas, D. Chaturbhuj, V. M. C. Portillo, E. Francomano, E. Golden, S. Chandrasekhar, G. Debnath, R. Diaz-Tapia, A. Yasmeen, K. D. Kramer et al.: Pathog. Immun., 6, 116 (2021).