解説

病原性糸状菌における宿主植物認識病原性糸状菌による宿主植物の認識

Recognition of Host Cues in Fungal Plant Pathogens: Fungal Recognition of Host Plants

Marie Nishimura

西村 麻里江

国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構

Published: 2022-01-01

多くの植物病原性微生物は宿主特異性をもち,決まった植物(宿主植物)に対してのみ感染が成立する.これまでの研究では,侵入してきた病原菌に対して植物が菌の侵入の妨害に成功すれば感染が不成立,失敗すれば感染が成立という植物を主体とした植物ー微生物相互作用のストーリーが描かれていた.これに対して,著者はこのストーリーが始まる前に(擬人法的な表現ではあるが)菌が感染相手の植物を選んでいるのではないかと考えた.では,どのようにして菌が「好ましい」感染相手を認識するのか.人間であれば視覚などで相手を認識できるが,菌の場合はおそらく化学物質か機械刺激で相手を認識しているのではないかと考えた.もしそうであれば,菌の感染を促進する植物由来の化学物質等とそれを認識する菌側の機構(センサー等)の組み合わせがあるはずである.本稿では,植物病原性糸状菌が認識する植物因子と植物因子により誘導される菌の感染機構について解説する.

Key words: 糸状菌; 植物因子; 感染; シグナル伝達; 細胞壁

イネいもち病菌における付着器形成

イネいもち病菌(Pyricularia oryzae)はイネ科植物に深刻な被害をもたらすいもち病の原因となる糸状菌(子嚢菌)である.イネいもち病は日本の稲作でも毎年被害をもたらしているが,世界においてはその被害はコメ生産量の約30%にものぼるといわれている(1)1) L. Nalley, F. Tsiboe, A. Durand-Morat, A. Shew & G. Thoma: PLoS One, 11, e0167295 (2016)..野外環境においてイネいもち病菌の感染には胞子が重要な役割をもつ.イネ表面上で発芽した胞子は発芽菅と呼ばれる菌糸を植物体上で伸長し,その先端に付着器を形成する.菌は付着器から侵入菌糸を伸長して植物体内に感染する.付着器は植物表面上だけではなく,カバーガラスやプラスチック表面上でも形成される.また,スライドガラス上では付着器は形成されないが,植物表層の特定のワックス成分を添加するとスライドガラス上でも付着器が形成されるようになる.これらのことからイネいもち病菌の付着器形成はカバーガラス,プラスチック,ワックス等で共通する物理化学的特性をもった,ある程度の硬さの表面(以後,誘導表面と呼ぶ)で誘導されると考えられている(2, 3)2) Y. H. Lee & R. Dean: FEMS Microbiol. Lett., 115, 71 (1994).3) J. Z. Xiao, T. Watanabe, T. Kamakura, A. Ohshima & I. Yamaguchi: Physiol. Mol. Plant Pathol., 44, 227 (1994)..では,イネいもち病菌において,誘導表面の特性の認識と付着器形成をつなぐものは何だろうか? 真核生物において,外界の環境をシグナルとして細胞内に伝達する仕組み(シグナル伝達経路)の1つとしてヘテロ3両体Gタンパク質を介するものがある.ヘテロ3両体Gタンパク質はα, β, γサブユニットからなる膜タンパク質であり,膜センサーから細胞外のシグナルを受け取るとαサブユニットとβγサブユニットが乖離し,それぞれもしくは両方が細胞内にシグナルを伝達する.ヘテロ3両体Gタンパク質により伝達される細胞外シグナルは生物種により異なるが,パン酵母であればフェロモン,ヒトであれば味や光などである.イネいもち病菌ではヘテロ3両体Gタンパク質βサブユニット(Gβ)欠損株では誘導表面上であっても付着器形成が全く見られないことから(図1図1■カバーガラス上での付着器形成),誘導表面の表面特性の認識シグナルの伝達にヘテロ3両体Gタンパク質シグナルが必須であることが明らかになった(4)4) M. Nishimura, G. Park & J. R. Xu: Mol. Microbiol., 50, 231 (2003).

図1■カバーガラス上での付着器形成

ヘテロ3両体Gタンパク質βサブユニット欠損株では付着器形成欠損する.Nishimura et al., Mol. Microbiol., 2003より図を改変.

植物病原性糸状菌における植物因子の認識

イネいもち病菌の付着器はカバーガラス等,イネではない表面上でも形成される.しかし,以下に述べるような組織化学の手法を用いた顕微鏡観察から,イネいもち病菌がイネとカバーガラスを区別していることが明らかになった.

1. 感染時特異的な細胞壁多糖分布の再構成

糸状菌(子嚢菌,担子菌)において,キチンやβ-1,3-グルカンは細胞壁の必須構成多糖であり,菌体のコア構造を形成している.これに対して,植物はキチンやβ-1,3-グルカンの分解酵素をもち,これらの酵素により体内に侵入してきた糸状菌を直接攻撃する.さらに植物には,植物にはない病原菌由来の非自己物質(たとえば,細胞壁キチンの分解産物など)を異物として認識する自然免疫(PTI: pattern-triggered immunity)が備わっており,病原菌の侵入に対して抗菌物質・酵素などの生産を誘導して妨害する.イネいもち病菌は,付着器からイネ体内に侵入するが,侵入菌糸を無事に形成するためには上記のような植物の防御システムから身を守る必要がある.イネいもち病菌侵入菌糸の細胞壁を構成する多糖の分布を組織化学等の手法を用いて観察しところ,カバーガラス上で発芽したイネいもち病菌では細胞壁のキチンとβ-1,3-グルカンがはっきりと検出できるが図2A図2■イネいもち病菌細胞壁の構成多糖の分布),侵入菌糸ではα-1,3-グルカンが顕著に検出されるもののキチンとβ-1,3-グルカンが検出されなくなっていた.ところが,侵入菌糸をα-1,3-グルカン分解酵素で処理すると,キチンとβ-1,3-グルカンが再び検出されるようになった(図2B図2■イネいもち病菌細胞壁の構成多糖の分布).さらに侵入菌糸の細胞壁中のβ-1,3-グルカンとα-1,3-グルカンの位置関係を免疫電顕法で解析したところ,α-1,3-グルカンがβ-1,3-グルカンに比べ,細胞壁のより外側に位置することが確認された.また,α-1,3-グルカン合成遺伝子が破壊されたイネいもち病菌では付着器からの侵入菌糸の形成に失敗した.これらの結果は,植物感染時に特異的にα-1,3-グルカンが細胞壁表面に蓄積して細胞壁のキチンとβ-1,3-グルカンを覆い隠すということ,イネへの最初の侵入にはα-1,3-グルカンが必要であるということを示す(5)5) T. Fujikawa, Y. Kuga, S. Yano, A. Yoshimi, T. Tachiki, K. Abe & M. Nishimura: Mol. Microbiol., 73, 553 (2009)..さらに,感染時特異的に細胞壁表層にα-1,3-グルカンが蓄積しキチンを覆い隠すという現象はイネの重要病害である子嚢菌類のゴマ葉枯病菌(Bipolaris oryzae)および担子菌類の紋枯病菌(Rhizoctonia solani AG1-1A)でも観察され,分類学上の門を越えて共通した機構であることが分かった(図3図3■イネゴマ葉枯病菌,イネ紋枯技病菌における細胞壁多糖の分布(6)6) T. Fujikawa, A. Sakaguchi, Y. Nishizawa, Y. Kouzai, E. Minami, S. Yano, H. Koga, T. Meshi & M. Nishimura: PLoS Pathog., 8, e1002882 (2012).

図2■イネいもち病菌細胞壁の構成多糖の分布

(A)カバーガラス上,(B)イネ細胞内イネの細微内では菌糸細胞壁の表面をα-1,3-グルカンが覆う.Fujikawa et al., Mol. Microbiol., 2009より図を改変.

図3■イネゴマ葉枯病菌,イネ紋枯技病菌における細胞壁多糖の分布

Fujikawa et al., Plos Pathogen, 2012より図を改変.

イネをはじめとした多くの植物ゲノム中に,α-1,3-グルカン分解酵素遺伝子は見つかっていない.そこで,バクテリア由来のα-1,3-グルカン分解酵素遺伝子をイネに導入し,イネいもち病菌,ゴマ葉枯病菌,門枯病菌を接種したところ,感染が抑制されることが確認された.以上の知見を総合し,さまざまなイネ病原性糸状菌がイネにとって難分解性のα-1,3-グルカンで鎧のように細胞壁表層を覆うことにより,植物の細胞壁分解酵素から菌体を保護するとともに植物の事前免疫(PTI)を回避して植物体内に忍び込むと考えられた(5, 6)5) T. Fujikawa, Y. Kuga, S. Yano, A. Yoshimi, T. Tachiki, K. Abe & M. Nishimura: Mol. Microbiol., 73, 553 (2009).6) T. Fujikawa, A. Sakaguchi, Y. Nishizawa, Y. Kouzai, E. Minami, S. Yano, H. Koga, T. Meshi & M. Nishimura: PLoS Pathog., 8, e1002882 (2012).

植物由来の化合物による植物免疫(PTI)回避機構の発動

1. イネいもち病菌の認識する植物由来の化合物

イネ病原性糸状菌ではα-1,3-グルカンによる細胞壁保護が植物感染時に特異的に起きたことから,植物由来の因子の認識がα-1,3-グルカンの蓄積誘導に関与していると考えられた.イネいもち病菌では,スライドガラスは付着器の誘導表面ではないが,クチクラワックスの構成成分の1つである1,16-hexadecanediol(以下,クチクラワックス)を添加すると,付着器形成を誘導する.そこで,イネ病原性糸状菌におけるクチクラワックス添加によるα-1,3-グルカンの細胞壁表面への蓄積誘導を確認した.カバーガラス上では図3図3■イネゴマ葉枯病菌,イネ紋枯技病菌における細胞壁多糖の分布に示したようにイネいもち病菌,イネゴマ葉枯病菌,イネ紋枯病菌のいずれの菌においてもα-1,3-グルカンの細胞壁表層への蓄積が検出できない.しかし,イネいもち病菌ではクチクラワックスの添加によりα-1,3-グルカンの蓄積が検出された(図4図4■イネイモチ病菌における,クチクラワックスによるα-1,3-グルカン蓄積の誘導).さまざまなシグナル伝達経路にかかわる遺伝子を欠損もしくは変異させたイネいもち病菌の菌株を用いた解析から,付着器形成に誘導にかかわるヘテロ3両体Gタンパク質シグナルはα-1,3-グルカンの蓄積には関与せず,CWI(Cell Wall Integrity)MAPキナーゼ(MAPK)に属するMps1 MAPK経路がクチクラワックスの添加により活性化し,1,3-グルカンの蓄積を誘導することが見いだされた(5)5) T. Fujikawa, Y. Kuga, S. Yano, A. Yoshimi, T. Tachiki, K. Abe & M. Nishimura: Mol. Microbiol., 73, 553 (2009).. CWI MAPKは酵母や糸状菌などの真核微生物において細胞壁の異常を感知すると活性化し,細胞壁の修復などを促す役割をもつ(7)7) A. Yoshimi, K. Miyazawa & K. Abe: Biosci. Biotechnol. Biochem., 80, 1700 (2016)..これらの結果から,イネいもち病菌はクチクラワックスをもったものを認識すると感染の準備をする,すなわち植物由来の化合物で宿主植物かどうかを見分けているのではないかと推測した.

図4■イネイモチ病菌における,クチクラワックスによるα-1,3-グルカン蓄積の誘導

Fujikawa et al., Mol. Microbiol., 2009より図を改変.

2. 多犯性植物炭疽病菌(Colletotrichum fioriniae)の認識する植物由来の化合物

さらに,さまざまな双子葉植物に感染できる多犯性の植物炭疽病菌(C. fioriniae)を用いて,α-1,3-グルカン蓄積誘導活性をもつ植物因子の探索を行った.イネ科植物にしか感染しないイネいもち病菌と異なり,宿主範囲が広い多犯性炭疽病菌では植物が共通してもつ因子を認識している可能性が高い.C. fioriniaeもイネいもち病菌同様,カバーガラス上で付着器を形成するが,α-1,3-グルカンの蓄積はみられない.カバーガラス上でのα-1,3-グルカンの蓄積を指標に,宿主植物の1つであるニンジンからC. fioriniaeに対して誘導活性をもつ化合物を単離したところ,植物が広くもっているカロテノイドであるルテインが強い誘導活性を示すことを見いだした.しかし,ルテインに近い化学構造をもつβ-カロテンや,イネいもち病菌に対してα-1,3-グルカン蓄積誘導活性を示すクチクラワックスに対してはC. fioriniaeでのα-1,3-グルカン蓄積誘導は見られなかった(図5図5■ルテインによる多犯性植物炭疽病菌でのα-1,3-グルカン表層蓄積誘導).つまり,病原性糸状菌には植物由来の特定の化合物の化学構造を認識するメカニズムがあり,菌がこの化合物を認識するとα-1,3-グルカンが表層に蓄積され,植物への感染準備を行うことが強く示唆された(8)8) J. Otaka, S. Seo & M. Nishimura: Molecules, 21, 980 (2016).

図5■ルテインによる多犯性植物炭疽病菌でのα-1,3-グルカン表層蓄積誘導

Otaka et al., Molecules, 2016より図を改変.

おわりに

植物病原性糸状菌をモデルに用いた研究により,これらの菌が自身の置かれている環境の認識により,ダイナミックに菌の構造を変化させていることが明らかになった.植物—微生物相互作用研究では植物側の立場からストーリーが展開されてきたが,それ以前に,病原菌が「宿主植物を見分けて」,植物の免疫攻撃に備える準備するという段階が感染の成功に重要であるということが菌側に立った研究から見えてきたのではないだろうか.

Reference

1) L. Nalley, F. Tsiboe, A. Durand-Morat, A. Shew & G. Thoma: PLoS One, 11, e0167295 (2016).

2) Y. H. Lee & R. Dean: FEMS Microbiol. Lett., 115, 71 (1994).

3) J. Z. Xiao, T. Watanabe, T. Kamakura, A. Ohshima & I. Yamaguchi: Physiol. Mol. Plant Pathol., 44, 227 (1994).

4) M. Nishimura, G. Park & J. R. Xu: Mol. Microbiol., 50, 231 (2003).

5) T. Fujikawa, Y. Kuga, S. Yano, A. Yoshimi, T. Tachiki, K. Abe & M. Nishimura: Mol. Microbiol., 73, 553 (2009).

6) T. Fujikawa, A. Sakaguchi, Y. Nishizawa, Y. Kouzai, E. Minami, S. Yano, H. Koga, T. Meshi & M. Nishimura: PLoS Pathog., 8, e1002882 (2012).

7) A. Yoshimi, K. Miyazawa & K. Abe: Biosci. Biotechnol. Biochem., 80, 1700 (2016).

8) J. Otaka, S. Seo & M. Nishimura: Molecules, 21, 980 (2016).