セミナー室

食と腸内細菌腸内環境変化がエネルギー代謝調節に及ぼす影響

Junki Miyamoto

宮本 潤基

東京農工大学大学院農学研究院応用生命化学専攻

Published: 2022-01-01

はじめに

我々が生命を維持するために,食事によるエネルギーの獲得は非常に重要であるが,近年の食の欧米化による高脂肪・高炭水化物食の過剰なエネルギー摂取の結果,肥満や糖尿病などに代表される代謝性疾患を引き起こすことが問題となっている.また,我々と共生関係にある腸内細菌が代謝性疾患を含む生体恒常性と密接に関与することが科学的根拠に基づいて明らかにされている.特に,近年では,網羅的な腸内細菌叢の解析から単一菌種の同定,そして代謝性疾患と直接的に関与する腸内細菌種やその代謝物の同定が行われた結果,宿主のエネルギー代謝調節に重要な役割を果たすことが明らかにされ始めている.本稿では,食事と腸内細菌叢の変化が代謝性疾患に及ぼす最新の知見を,筆者の研究成果とともに概説する.

食と腸内細菌の相互作用

ヒトの消化管には,100兆個にも及ぶ膨大の数の細菌で構成された腸内細菌叢が形成され,宿主のエネルギー代謝調節を含む生体恒常性維持に深く関与していることが明らかにされている.2006年に,肥満者と肥満マウスの腸内細菌の構成が健常者や健常マウスと比較して,Firmicutes門とBacteroidetes門の比率が増加していること,また,肥満者への食事療法介入の結果,肥満症状の改善に加え,Firmicutes門とBacteroidetes門の比率も改善されることが明らかにされ,肥満と腸内細菌の変化が密接に関与していることが示唆された(1, 2)1) P. J. Turnbaugh, R. E. Ley, M. A. Mahowald, V. Magrini, E. R. Mardis & J. I. Gordon: Nature, 444, 1027 (2006).2) R. E. Ley, P. J. Turnbaugh, S. Klein & J. I. Gordon: Nature, 444, 1022 (2006)..さらに,遺伝的背景を除いた生活環境のみ(双子の肥満者と痩身者)に着目した腸内細菌叢との関連性を検討した結果,肥満者由来の腸内細菌叢を移植されたマウスは,痩身者由来の腸内細菌叢を移植されたマウスに比べて,肥満の症状を呈することが明らかとなったことから,腸内細菌の構成が宿主の肥満発症に影響を及ぼすことが示された(3)3) V. K. Ridaura, J. J. Faith, F. E. Rey, J. Cheng, A. E. Duncan, A. L. Kau, N. W. Griffin, V. Lombard, B. Henrissat, J. R. Bain et al.: Science, 341, 1241214 (2013)..近年では,宿主の代謝性疾患発症や増悪に寄与する実質的な要因を明らかにするために,腸内細菌叢の網羅的な検討から原因菌の特定やその機能解析を対象に研究が進められている.例えば,腸内細菌の菌体外表面に有する非常にユニークな物質が,宿主側のToll様受容体(Toll like receptors; TLRs)などのパターン認識受容体を介することで,宿主のエネルギー代謝調節に寄与することが明らかとなっている.腸内細菌の鞭毛を構成するタンパク質の一種であるFlagellinはTLR5のリガンドとして知られているが,このTLR5を欠損したマウスは過食を示す結果,肥満やインスリン抵抗性を発症することが示されている(4)4) M. Vijay-Kumar, J. D. Aitken, F. A. Carvalho, T. C. Cullender, S. Mwangi, S. Srinivasan, S. V. Sitaraman, R. Knight, R. E. Ley & A. T. Gewirtz: Science, 328, 228 (2010)..また,このTlr5遺伝子欠損マウスの腸内細菌叢を無菌マウスに移植すると,Tlr5遺伝子欠損マウスと同様に肥満症状を示すことから,TLR5シグナルが腸内細菌叢の構成を制御し,その結果,宿主のエネルギー代謝調節に寄与することが示唆された.また,腸内細菌の細胞壁構成成分の一つであるLPS(Lipopolysaccharide)は宿主のTLR4に認識されるが,腸管上皮細胞特異的にTLR4を欠損することで肥満症状が悪化することも示されており(5)5) P. Lu, C. P. Sodhi, Y. Yamaguchi, H. Jia, T. Prindle Jr., W. B. Fulton, A. Vikram, K. J. Bibby, M. J. Morowitz & D. J. Hackam: Mucosal Immunol., 11, 727 (2018).,従来,自然免疫系において重要となるTLRsなどのパターン認識受容体群が宿主のエネルギー代謝調節にも密接に関与することが示唆された.また,近年では,腸内細菌の一種でVerrucomicrobia門に属するAkkermansia muciniphilaが,代謝性疾患の発症・増悪に関与していることが明らかにされ,注目を集めている(6)6) A. Everard, C. Belzer, L. Geurts, J. P. Ouwerkerk, C. Druart, L. B. Bindels, Y. Guiot, M. Derrien, G. G. Muccioli, N. M. Delzenne et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 9066 (2013)..たとえば,肥満マウスにA. muciniphilaを投与すると,腸管バリア機能の増強とエネルギー代謝の改善作用が示され,その分子機序の一端として,A. muciniphilaの細胞壁外膜タンパク質であるAmuc_1100の宿主のTLR2を介した作用であることも明らかにされている(7)7) H. Plovier, A. Everard, C. Druart, C. Depommier, M. Van Hul, L. Geurts, J. Chilloux, N. Ottman, T. Duparc, L. Lichtenstein et al.: Nat. Med., 23, 107 (2017)..実際に,肥満患者へのA. muciniphila投与によって,体重の減少傾向とインスリン感受性の亢進が観察された(8)8) C. Depommier, A. Everard, C. Druart, H. Plovier, M. Van Hul, S. Vieira-Silva, G. Falony, J. Raes, D. Maiter, N. M. Delzenne et al.: Nat. Med., 25, 1096 (2019)..また,II型糖尿病の治療薬の一つであるメトホルミンの投与が,II型糖尿病患者の症状の改善と相関して,腸内細菌叢の改善,特にA. muciniphilaの増加を促すことも明らかにされており(9)9) H. Wu, E. Esteve, V. Tremaroli, M. T. Khan, R. Caesar, L. Mannerås-Holm, M. Ståhlman, L. M. Olsson, M. Serino, M. Planas-Fèlix et al.: Nat. Med., 23, 850 (2017).,今後,肥満や糖尿病などの代謝性疾患に対するA. muciniphilaのより詳細な関係性の解明が期待される.

様々な病態と科学的な根拠に基づいて関与することが示唆され始めている腸内細菌は,食事やストレスなどの環境因子によっても劇的にその構成が影響を受けることが明らかとなっている.例えば,ヒトに対する食事介入試験において,動物性食品を5日間,摂取した被験者の腸内細菌叢は,胆汁酸耐性を示す菌種(Alistipes属,Bilophila属やBacteroides属など)が増加した一方で,植物性食品を摂取した被験者の腸内細菌叢には食物繊維を分解する菌種(Roseburia属やEubacterium rectaleなど)の増加が確認された(10)10) L. A. David, C. F. Maurice, R. N. Carmody, D. B. Gootenberg, J. E. Button, B. E. Wolfe, A. V. Ling, A. S. Devlin, Y. Varma, M. A. Fischbach et al.: Nature, 505, 559 (2014)..また,地中海食を中心とした食事を日常的に摂取しているヒトは,腸内細菌の主要な代謝物である短鎖脂肪酸が生体内に高濃度で存在しており,難消化性多糖を分解するPrevotella属やLachnospira属が豊富に存在することが示されている(11)11) F. De Filippis, N. Pellegrini, L. Vannini, I. B. Jeffery, A. La Storia, L. Laghi, D. I. Serrazanetti, R. Di Cagno, I. Ferrocino, C. Lazzi et al.: Gut, 65, 1812 (2016)..一方,コリンやカルニチンなどを豊富に含む動物性食品を中心とした食事を摂取するヒトは,心筋梗塞や脳梗塞を代表とする動脈硬化性疾患の発症率が高いことが知られている.興味深いことに,動物性食品を豊富に摂取するヒトの腸内細菌叢は,Ruminococcus属や連鎖球菌などが増加していることが観察され,腸内細菌由来の代謝物の一つであるTMA(trimethylamine)と,TMAを基質として肝臓で産生される心血管疾患発症の原因物質,TMAO(trimethylamine N-oxide)が高濃度で検出されることが報告されている(12)12) R. A. Koeth, Z. Wang, B. S. Levison, J. A. Buffa, E. Org, B. T. Sheehy, E. B. Britt, X. Fu, Y. Wu, L. Li et al.: Nat. Med., 19, 576 (2013).

また,必須アミノ酸の一つであるヒスチジンは食事から摂取する必要のある栄養素であるが,近年の研究で,腸内細菌による代謝を受ける結果,イミダゾールプロピオン酸に変換される.代謝されたイミダゾールプロピオン酸はII型糖尿病患者及びその予備軍において高値を示すことが報告され,実際に,健常マウスへの投与によってインスリン抵抗性の悪化を引き起こすことが示されている(13, 14)13) A. Koh, A. Molinaro, M. Ståhlman, M. T. Khan, C. Schmidt, L. Mannerås-Holm, H. Wu, A. Carreras, H. Jeong, L. E. Olofsson et al.: Cell, 175, 947 (2018).14) A. Koh, L. Mannerås-Holm, N. O. Yunn, P. M. Nilsson, S. H. Ryu, A. Molinaro, R. Perkins, J. G. Smith & F. Bäckhed: Cell Metab., 32, 643 (2020)..さらに,食事由来のヒスチジンの過剰摂取が問題ではなく,糖尿病によって変化したイミダゾールプロピオン酸の代謝酵素を有する腸内細菌種(urdA gene及びhutH gene)が存在していることで,イミダゾールプロピオン酸が増加していることが示されており,肥満や糖尿病に代表される代謝性疾患に対する腸内細菌の重要性が示唆されている(15)15) A. Molinaro, P. Bel Lassen, M. Henricsson, H. Wu, S. Adriouch, E. Belda, R. Chakaroun, T. Nielsen, P.-O. Bergh, C. Rouault et al.; MetaCardis Consortium: Nat. Commun., 11, 5881 (2020).

このように,食事の種類や栄養環境の違いが腸内細菌叢の構成を直接的に制御しており,その結果,宿主のエネルギー代謝調節と密接に関与することが示されている.近年,肥満やII型糖尿病などの臨床現場において注目を集めている食事療法の一つである低炭水化物食などのケトジェニックダイエットもまた,腸内細菌叢の構成に大きく影響を及ぼすことも明らかにされており(16, 17)16) J. Miyamoto, R. Ohue-Kitano, H. Mukouyama, A. Nishida, K. Watanabe, M. Igarashi, J. Irie, G. Tsujimoto, N. Satoh-Asahara, H. Itoh et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 116, 23813 (2019).17) Q. Y. Ang, M. Alexander, J. C. Newman, Y. Tian, J. Cai, V. Upadhyay, J. A. Turnbaugh, E. Verdin, K. D. Hall, R. L. Leibel et al.: Cell, 181, 1263 (2020).,今後,腸内細菌研究による宿主への影響は,摂取した食事の質や種類,様々な環境因子なども踏まえた統合的な理解を為すことが重要である.さらに今日では,食物繊維などの難消化性多糖を基質とした腸内細菌代謝物,短鎖脂肪酸が宿主の生体調節作用に寄与する実質的な分子実体として注目を集めている.

食由来腸内細菌代謝物,短鎖脂肪酸と肥満

短鎖脂肪酸は,炭素数が2から6個の脂肪酸の総称であり,主に酢酸,プロピオン酸および酪酸が良く知られている.近年の腸内細菌研究により,これら短鎖脂肪酸が,食物繊維を含む難消化性多糖を基質として腸内細菌の発酵により生じる代謝物であることが明らかとなり,宿主のエネルギー代謝調節を含む生体恒常性維持と密接に関与することが期待されている.一方,短鎖脂肪酸自体での摂取ではその多くが消化管上部で吸収されるため,大腸などの消化管下部で作用させるために,難消化性多糖のイヌリンとプロピオン酸のエステル体(inulin-propionate ester; IPE)が開発され,ヒトに対する作用が報告されている.IPEを健常者や肥満者に摂取させた結果,腸内細菌の作用により消化管下部で効率的に短鎖脂肪酸へ代謝され,IPEの肥満者への投与は摂食調節を担うPYY(peptide YY)とGLP-1(glucagon like peptide-1)の産生を亢進し,食事摂取量と内臓脂肪量の減少に伴い耐糖能の改善が認められた(18)18) E. S. Chambers, A. Viardot, A. Psichas, D. J. Morrison, K. G. Murphy, S. E. Zac-Varghese, K. MacDougall, T. Preston, C. Tedford, G. S. Finlayson et al.: Gut, 64, 1744 (2015)..また,IPEの摂取により,インスリン分泌の亢進に伴うインスリン感受性の亢進,全身性の炎症抑制(炎症性サイトカインの減少)やIPE資化菌であるBacteroides属の増加など腸内環境へも影響を及ぼすことが示唆された(19)19) E. S. Chambers, C. S. Byrne, D. J. Morrison, K. G. Murphy, T. Preston, C. Tedford, I. Garcia-Perez, S. Fountana, J. I. Serrano-Contreras, E. Holmes et al.: Gut, 68, 1430 (2019).

近年の細胞膜上受容体(Gタンパク質共役受容体(G-protein coupled receptors; GPCRs))の発見により,食由来腸内細菌代謝物である短鎖脂肪酸が単なるエネルギー源としてだけなくGPCRsを介したシグナル分子としても機能することが明らかとなった(20)20) I. Kimura, A. Ichimura, R. Ohue-Kitano & M. Igarashi: Physiol. Rev., 100, 171 (2020).表1表1■脂肪酸受容体の局在およびリガンド親和性).特に,短鎖脂肪酸受容体GPR41とGPR43が宿主のエネルギー代謝調節における重要な因子として働くことが報告されている.交感神経節に高発現したGPR41はノルアドレナリン分泌亢進を介した交感神経系の活性化に伴う心拍数や熱産生などのエネルギー消費量の増加が確認された(21)21) I. Kimura, D. Inoue, T. Maeda, T. Hara, A. Ichimura, S. Miyauchi, M. Kobayashi, A. Hirasawa & G. Tsujimoto: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 8030 (2011)..また,白色脂肪組織に高発現するGPR43は,脂肪細胞特異的にGi/oシグナルを介してインスリンシグナルを調節し,糖や脂肪酸の脂肪細胞への取り込みを抑制する結果,脂肪細胞の肥大化を抑制することが報告されている(22)22) I. Kimura, K. Ozawa, D. Inoue, T. Imamura, K. Kimura, T. Maeda, K. Terasawa, D. Kashihara, K. Hirano, T. Tani et al.: Nat. Commun., 4, 1829 (2013).

表1■脂肪酸受容体の局在およびリガンド親和性
組織リガンドGタンパク質
短鎖脂肪酸受容体
GPR41交感神経節プロピオン酸>酪酸>酢酸Gi/o
腸内分泌細胞など
GPR43白色脂肪組織酢酸=プロピオン酸>酪酸Gi/o, Gq
腸内分泌細胞など
⻑鎖脂肪酸受容体
GPR40膵β細胞αリノレン酸やリノール酸など(⻑鎖脂肪酸全般)Gq
腸内分泌細胞など
GPR120白色脂肪組織αリノレン酸やリノール酸など(⻑鎖脂肪酸全般)Gq
腸内分泌細胞など

さらに近年では,胎児期や乳幼児期などにおける母親の食事や栄養環境もまた,腸内細菌叢の変化を介した母胎連関による子供の成長にまで影響を及ぼす可能性が示唆されている.胎児期や乳児期などの栄養状態が成長に伴う健康に影響を及ぼす概念として,DOHaD(developmental origins of health and disease)仮説が注目されている.母親の腸内細菌叢が胎児の発達と出生後の疾患への感受性に及ぼす可能性に着目し,母胎連関における食由来腸内細菌代謝物,短鎖脂肪酸とその受容体を介したエネルギー代謝調節における影響を評価した.妊娠マウスを有菌環境下あるいは無菌環境下で飼育し,分娩後は成長環境を同一にするために,両群の出生仔を通常環境下で仮親飼育によって成育させた.離乳後,高脂肪食誘導性肥満を誘発した結果,有菌母親マウスから産まれた子供と比較して無菌母親マウスから産まれた子供は劇的な肥満症状を呈した.また,妊娠中の母親が摂取する食事の種類に着目し,有菌環境下で低食物繊維食負荷群と高食物繊維食負荷群で同様の検討を行った結果,高食物繊維食負荷群の子供は,高脂肪食誘導性肥満に対して抵抗性を示した.一方,高繊維食負荷と同時に抗生物質を飲水で投与すると,出生した子供は高脂肪食誘導性肥満が劇的に亢進した.このとき,母親マウスが摂取した食物繊維が腸内細菌の代謝によって産生される短鎖脂肪酸に着目した結果,母親マウスの腸管内で産生された短鎖脂肪酸が,血液を介して子宮内の胎仔にまで移行していることを確認した.さらに,胎児期における短鎖脂肪酸の影響を検討するために,胎児期の交感神経,腸管および膵臓における短鎖脂肪酸受容体GPR41とGPR43の発現解析を行った結果,各短鎖脂肪酸受容体が胎仔期に高発現していることを見出した.母親マウスの子宮内においては,無菌環境が維持されていることから,胎仔期における短鎖脂肪酸の供給源は母親の腸内細菌と食事に依存しているため,胎仔で観察された各短鎖脂肪酸受容体は,母親の血液を介した短鎖脂肪酸を認識していることが示唆された.その結果,胎仔に発現するGPR41やGPR43が短鎖脂肪酸によって活性化され,神経細胞,腸内分泌細胞や膵β細胞の分化を促進する結果,代謝・内分泌系の正常な成熟に寄与し,子供の成長に伴うエネルギー代謝調節に影響を及ぼすことを明らかにした.本研究により,妊娠中の母体の腸内細菌叢由来の短鎖脂肪酸が胎仔の短鎖脂肪酸受容体を介して,出生後の仔の肥満に対する抵抗性に寄与する新たな母胎連関の分子メカニズムを明らかにした(23)23) I. Kimura, J. Miyamoto, R. Ohue-Kitano, K. Watanabe, T. Yamada, M. Onuki, R. Aoki, Y. Isobe, D. Kashihara, D. Inoue et al.: Science, 367, eaaw8429 (2020).図1図1■母胎連関によるエネルギー代謝調節).これらの知見は,妊娠中の母体の腸内環境が,生活習慣病を防ぐための子孫の代謝プログラミング決定に重要であることを示唆しており,母体の腸内環境と子の成長に伴う代謝性疾患発症というDOHaD仮説の新たな連関を提唱するものである.また,母体への食事介入や栄養管理を介した先制医療や予防医学,さらには腸内細菌代謝物や,その生体側の受容体を標的とした新たな代謝性疾患治療薬の開発に寄与する可能性が大いに期待される.これらの結果は,短鎖脂肪酸が示す疾患制御における分子メカニズムの一端として,GPCRsが肥満やII型糖尿病などの代謝性疾患に対する有力な治療標的になることを示唆している.

図1■母胎連関によるエネルギー代謝調節

食事脂質由来腸内細菌代謝物と肥満

食事中の脂肪酸組成の違いも腸内細菌叢の構成に大きく寄与し,その結果,肥満やインスリン抵抗性の惹起に関与することも明らかにされている.多価不飽和脂肪酸の豊富な魚油を摂取させたマウスにおいては,Akkermansia属,Lactobacillus属やBifidobacterium属などが増加したが,飽和脂肪酸の豊富なラードを摂取させたマウスにおいては,Bilophila属やBacteroides属の増加と,それに伴う血中エンドトキシン濃度の上昇,そして脂肪組織炎症やインスリン抵抗性が観察された(24)24) R. Caesar, V. Tremaroli, P. Kovatcheva-Datchary, P. D. Cani & F. Bäckhed: Cell Metab., 22, 658 (2015)..このような多価不飽和脂肪酸と腸内細菌叢の相互作用が宿主の脂肪酸受容体を介したエネルギー代謝調節に及ぼす影響も明らかにされている.通常食摂取マウスと高脂肪食摂取マウスにおける腸内細菌叢の解析と,多価不飽和脂肪酸およびその腸内細菌代謝物群の定量解析を行った結果,高脂肪食摂取マウスの盲腸内において,Lactobacillus属の顕著な減少を確認し,また,高脂肪食に豊富なリノール酸は増加する一方,リノール酸由来腸内細菌初期代謝物であるHYA(10-hydroxy-cis-12-octadecenoic acid)を含めた複数種の腸内細菌代謝物の劇的な減少を確認した.また,リノール酸を高脂肪食に補充したマウスでは,アラキドン酸カスケードを介した脂肪組織炎症が亢進したのに対し,HYAを高脂肪食に補充したマウスでは,高脂肪食誘導性肥満の症状を改善した.さらに,健常マウスへのHYA投与は,インクレチンであるGLP-1の分泌亢進による耐糖能改善作用が観察されたのに対し,HYAを認識する長鎖脂肪酸受容体(GPR40およびGPR120)の遺伝子欠損マウスでは,これらの代謝機能改善効果が消失したことから,HYA投与によるGLP-1分泌亢進にはGPR40及びGPR120が関与していることが示された.さらに,ヒト由来腸内細菌の一種でHYAの産生能を有するLactobacillus属を定着させたノトバイオートマウスにおいても,盲腸内におけるHYA産生量の増加に伴い,高脂肪食誘導性肥満に対する改善作用が観察された.これらの結果は,腸内細菌が食事中に含まれるリノール酸の代謝を制御することで,高脂肪食により誘導される宿主の肥満抵抗性に関与することを示唆している.今後,腸内環境を制御する食習慣や,腸内細菌代謝物による代謝性疾患に対する新たな治療法への応用が期待される(25)25) J. Miyamoto, M. Igarashi, K. Watanabe, S. I. Karaki, H. Mukouyama, S. Kishino, X. Li, A. Ichimura, J. Irie, Y. Sugimoto et al.: Nat. Commun., 10, 4007 (2019).図2図2■多価不飽和脂肪酸とエネルギー代謝調節).

図2■多価不飽和脂肪酸とエネルギー代謝調節

まとめ

腸内細菌叢が,腸内細菌の有する菌体成分やその代謝物を介して宿主の生体恒常性維持に密接に関与することが明らかとなり,腸内細菌叢やその代謝物に大きく影響を及ぼす「食」の重要性が再認識されつつある.さらに近年では,中鎖脂肪酸・低炭水化物食のようなケトジェニックダイエットがエネルギー代謝調節を促す食事として注目を集めている.食事は,我々が生命を維持するために重要なエネルギー源としてだけでなく,腸内細菌が宿主にとって有益な代謝を行うための食事の質と腸内環境を維持することも重要である.これら腸内細菌代謝物が宿主の生体恒常性を維持するために重要な因子であることからも,腸内環境の網羅的な解析が,我々の健康増進を手助けする新規な治療法の開発に繋がると期待される.

Reference

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