プロダクトイノベーション

中高年者の認知機能維持に貢献する河内晩柑果汁飲料の開発地域資源を活用して機能性表示食品を創る

Masahiko Sudo

首藤 正彦

株式会社えひめ飲料

Yoshiko Furukawa

古川 美子

松山大学薬学部

Michiya Igase

伊賀瀬 道也

愛媛大学大学院医学系研究科

Naohiro Fukuda

福田 直大

愛媛県産業技術研究所(現愛媛県経済労働部)

Published: 2022-01-01

みかんは皮をむきやすい小型柑橘類の総称であり,一般的には圧倒的に収穫量の多い温州みかんを指す.温州みかんは日本を代表する果実であるが,柑橘王国といわれる愛媛県においても1975年をピークにその収穫量は減少の一途である.原因は,安価な輸入柑橘/加工品の増加,収益低下や後継者不足,温暖化による生産不安定,消費者の好みの多様化といった要因が重なったことである.そこで,愛媛県でも温州みかんから中晩柑への転換が積極的に推し進められるようになった.中晩柑とは1月から5月ごろに収穫される温州みかん以外の柑橘(甘夏,八朔,伊予柑,ポンカンなど)の総称で,愛媛県において特にこれまで圧倒的な収穫量を誇っていたのは伊予柑である.しかし近年,その消費量も急激に減少するようになり,紅まどんな,甘平,せとかといった食味のよい優良品種が急速に増えてきた.愛媛県は,オリジナル品種(紅まどんな,甘平,媛小春,ひめのか)を育成するなど中晩柑生産品目数は40(2018年)と日本一で,2位の和歌山県(29品目)に大差をつけている.また,中晩柑総生産量も,愛媛県は日本一である(1)1) 愛媛県:柑橘類の統計,https://www.pref.ehime.jp/h35500/kankitsu/toukei.html

柑橘には柑橘特有の機能性成分が含まれ,特に果皮は機能性成分の宝庫とされている.代表的な柑橘類特有の機能性成分としては,①フラボノイドのヘスペリジン(hesperidin),ナリンギン(naringin; NGIN),ナリルチン(narirutin; NRTN),ノビレチン(nobiletin: NBT),②カロテノイドのβ-クリプトキサンチン(β-cryptoxanthin),③クマリン類のオーラプテン(auraptene: AUR),④テルペン類のリモネン(limonene),⑤リモノイド類のリモニン(limonin)などがある.これら成分の作用は解析され,生活習慣病予防(血糖値上昇抑制・血圧上昇抑制・高脂血症改善・骨粗鬆症予防),がん抑制,抗炎症などの作用が報告されている.さらに,この十年ほどの間に,柑橘機能性成分が末梢組織のみならず脳でも作用する可能性が報告されるようになった(2)2) N. Chhikara, R. Kour, S. Jaglan, P. Gupta, Y. Gat & A. Panghal: Food Funct., 9, 1978 (2018).

松山大学薬学部では,柑橘果皮に存在する機能性成分の多くは脂溶性低分子であり脳に移行して直接ニューロンに作用するのではないか,愛媛県産の多種多様な柑橘を検索すれば脳に作用する新たな成分が発見できるのではないかと考え,2008年より生薬学研究室と薬理学研究室が共同で,脳に作用する柑橘成分の探索を開始した.その結果,中晩柑の一つである河内晩柑の果皮に特異的に多く含まれるAUR(図1図1■オーラプテン(7-geranyloxycoumarin)の構造)が脳で抗炎症作用を示すことを見いだし,この知見をもとに愛媛県の産官学が共同でAUR高含有河内晩柑果汁飲料を開発し,中高年者の認知機能の一部である記憶力を維持する機能性表示食品として上市した.本稿では,その経緯・開発過程を紹介する.

図1■オーラプテン(7-geranyloxycoumarin)の構造

愛媛県産柑橘の機能性研究

1. 柑橘成分のin vitroスクリーニング

われわれの研究目的は「脳に作用する柑橘成分」,特に「学習・記憶能の維持に働く柑橘成分」を見つけることであった.神経系では種々のシグナル伝達経路が働いているが,特に核内転写因子cAMP response element binding protein(CREB)は長期記憶の形成に重要な役割を果たす転写因子であることから,われわれは培養ニューロンを用いて,CREBを活性化(リン酸化)する因子をwestern blotting法で検出するという独自の方法で探索することとした.しかしCREBの発現量は低いため,スクリーニングではCREBの上流に多量に存在するシグナル伝達分子extracellular signal-regulated kinase 1/2(ERK1/2; mitogen-activated protein kinaseファミリーに属するセリン/スレオニンキナーゼ)を標的とした(3)3) Y. Furukawa, S. Okuyama, Y. Amakura, S. Watanabe, T. Fukata, M. Nakajima, M. Yoshimura & T. Yoshida: Int. J. Mol. Sci., 13, 1832 (2012)..ニューロンは,Wistarラット(胎生18日齢)の大脳皮質より培養した.培養ニューロンに添加する試料は,粉砕した柑橘果皮に5倍容のエタノールを加え室温で抽出して調製した.スクリーニングでは,培地中に試料を100 µg/mLになるように添加して30分間反応させ,反応後,培養ニューロンからタンパク質抽出液を調製してwestern blotting法に供した.ERK1/2およびCREBをリン酸化するpositive controlの因子として,中枢神経系に最も広汎に存在する神経栄養因子,脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor; BDNF)を用いた.

代表的な愛媛県産柑橘,温州みかん,今津ポンカン,伊予柑,ブラッドオレンジ(タロッコ),ブラッドオレンジ(モロ),マンダリンオレンジ(カラ),河内晩柑,シークワーサー等について解析した結果,①種々の柑橘果皮のエタノール抽出物に活性が認められるが,特に河内晩柑で高いこと(図2図2■柑橘果皮抽出液が培養ニューロンのERK1/2リン酸化に及ぼす影響),②河内晩柑果皮エタノール抽出物をさらに分画すると,酢酸エチル画分やヘキサン画分にも活性が認められることを見いだした.すなわち,柑橘果皮,特に河内晩柑果皮に脳機能に作用し得る脂溶性化合物が存在する可能性が明らかになった.

図2■柑橘果皮抽出液が培養ニューロンのERK1/2リン酸化に及ぼす影響

培養ニューロンを柑橘果皮エタノール抽出液(100 µg/mL)と30分間,BDNF(50 ng/mL)と10分間反応させた.反応後の細胞は溶解してタンパク質抽出液を調製し,電気泳動に供した.その後メンブレンに転写し,ERK1/2あるいはリン酸化ERK1/2(pERK1/2)を認識する抗体と反応させ検出した.ERK2(分子量44kD)とERK1(42kD)は同じ刺激で活性化されるが,神経系において重要な役割を果たしているのはERK2とされるため,解析の対象はERK2リン酸化の度合いとした.(文献3をもとに作図)

河内晩柑果皮に含まれるERK1/2活性化成分を単離するため,ヘキサン画分を用いて各種カラムクロマトグラフィーによる分離精製を繰り返した.その結果単離された化合物についてNMRやMSで構造解析したところ,ERK1/2活性化成分は主にクマリン類のAUR(7-geranyloxycoumarin),フラボノイドのヘプタメトキシフラボン(3,5,6,7,8,3′,4′-heptamethoxyflavone; HMF),NBT(5,6,7,8,3′,4′-hexamethoxyflavone),タンゲレチン(tangeretin; 5,6,7,8,4′-pentamethoxyflavone)であることが示された.これらの成分は,実際にCREBを活性化した(3, 4)3) Y. Furukawa, S. Okuyama, Y. Amakura, S. Watanabe, T. Fukata, M. Nakajima, M. Yoshimura & T. Yoshida: Int. J. Mol. Sci., 13, 1832 (2012).4) Y. Furukawa, S. Watanabe, S. Okuyama & M. Nakajima: J.Int.Mol.Sci., 13, 5338 (2012)..また,AURおよびHMFは未分化な神経系細胞(ラット副腎髄質褐色細胞腫PC12やマウス神経芽腫細胞neuro2a)に作用して突起伸展作用を示すこと(4, 5)4) Y. Furukawa, S. Watanabe, S. Okuyama & M. Nakajima: J.Int.Mol.Sci., 13, 5338 (2012).5) Y. Furukawa, S. Watanabe, S. Okuyama, Y. Amakura, M. Yoshimura, T. Yoshida & M. Nakajima: Biointerface Res. Applied Chem., 2, 432 (2012).,すなわち神経系細胞の分化促進作用をもつことを明らかにした.

2. 河内晩柑果皮成分の分析

河内晩柑果皮に含まれる成分を解析するため,河内晩柑果皮の含水エタノール抽出物について各種カラムクロマトグラフィーによる分離精製を繰り返し,単離した化合物をNMR, MSなどで解析した.その結果,河内晩柑果皮抽出物に15種の化合物(AUR, bergamottin, HMF, NBT, limonin, marmin, NGIN, NRTN, (E)-isoconiferin, 6′,7′-dihydroxybergamottin, syringin, (E)-coniferin, NGIN-4′-O-β-glucoside, NRTN-4′-O-β-glucoside, 4′-dihydrophaseic acid β-glucopyranose ester)が存在することを明らかにした(6)6) Y. Amakura, M. Yoshimura, K. Ouchi, S. Okuyama, Y. Furukawa & T. Yoshida: Biosci. Biotechnol. Biochem., 77, 1977 (2013).

3. 愛媛県産柑橘果皮成分の分析

河内晩柑果皮に存在するフラバノンとその配糖体およびポリメトキシフラボンなどのフラボノイド類,クマリン類などを中心に,愛媛県産柑橘類果皮中の成分含量を調べた.解析に供した柑橘は黄金柑,温州みかん,ポンカン,甘平,紅まどんな,はれひめ,まりひめ,せとか,はるか,はるみ,清見,伊予柑,ブラッドオレンジ(タロッコ),ブラッドオレンジ(モロ),マンダリンオレンジ(カラ),不知火,八朔,甘夏,安政柑,文旦,グレープフルーツ,河内晩柑,レモン,シークワーサー,仏手柑の25種である.それぞれのエタノール抽出液を調製して逆相HPLCに供し,含量をHPLCのピーク面積に基づき算出した.その結果,AURは文旦類(安政柑,文旦)等一部の限られた柑橘にのみ存在すること,河内晩柑果皮のAUR含量は,これまで高含量とされていたグレープフルーツや八朔に比べて特徴的に高いことを明らかにした(7)7) 天倉吉章,好村守生,奥山 聡,古川美子:Foods Food Ing. J. Jpn., 218, 28 (2013)..また,HMF含量が高いのも特徴であった(図3図3■柑橘果皮中のオーラプテン(AUR)及びヘプタメトキシフラボン(HMF)含有率).さらに,河内晩柑果皮にはフラボノイド配糖体NGINが多く含まれており,これは文旦類に共通する特徴であった.

図3■柑橘果皮中のオーラプテン(AUR)及びヘプタメトキシフラボン(HMF)含有率

AURは,HMFはで表す.

4. 河内晩柑果皮における機能性成分の分布

柑橘果皮は,フラベド(油胞を含む,外果皮の一番外側の黄色の部分)とアルベド(外果皮においてフラベド直下の白く柔らかい部分)からなる.そこで,新鮮な果実からフラベドとアルベドを切削し,真空定温乾燥してHPLCで解析した.その結果,脂溶性のAURとHMFはフラベドに,親水性のNGIN, NRTNはフラベドとアルベドに存在することが確認された(8)8) S. Okuyama, K. Yamamoto, H. Mori, N. Toyoda, M. Yoshimura, Y. Amakura, T. Yoshida, K. Sugawara, M. Sudo, M. Nakajima & Y. Furukawa: Evid. Based Complement. Altern. Med., 2014, doi:10.1155/2014/408503

5. AURの脳における作用

ERK2/CREBが活性化されるとBDNFやグリア細胞由来神経栄養因子(glial cell line-derived neurotrophic factor; GDNF)といった神経栄養因子の発現が促進されることが知られている.実際in vitroで解析したところ,AURは神経膠腫(グリオーマ)C6細胞においてERK2/CREB活性化を介してGDNFの発現を促進し(9)9) Y. Furukawa, R. Hara, M. Nakaya, S. Okuyama, A. Sawamoto & M. Nakajima: Int. J. Mol. Sci., 21, 253 (2020).doi:10.3390/ ijms21010253,neuro2aにおいてERK2/CREB活性化を介してBDNFの発現を弱いながら促進する(10)10) Y. Furukawa, Y. Washimi, R. Hara, M. Yamaoka, S. Okuyama, A. Sawamoto & M. Nakajima: Molecules, 25, 117 (2020).doi:10.3390/molecules 25051117ことを認めた.すなわち,AURは,神経栄養因子産生を介して間接的に脳保護効果を現わす可能性が示唆された.

一方AURは,末梢組織に作用して抗炎症作用を示すことが知られていた.脳における作用についてはほとんど研究されていなかったことから,AURを種々の病態モデルマウスに投与し,脳においても抗炎症作用を示すかどうかを検討した.近年,体内で長期間くすぶり続ける「慢性炎症」が,認知症等多くの疾患において共通する基盤病態であることが明らかにされているからである.脳に炎症が引き起こされた病態モデルマウスとして,全身性炎症モデルマウス(8)8) S. Okuyama, K. Yamamoto, H. Mori, N. Toyoda, M. Yoshimura, Y. Amakura, T. Yoshida, K. Sugawara, M. Sudo, M. Nakajima & Y. Furukawa: Evid. Based Complement. Altern. Med., 2014, doi:10.1155/2014/408503,一過性脳虚血モデルマウス(11, 12)11) S. Okuyama, S. Minami, N. Shimada, M. Makihata, M. Nakajima & Y. Furukawa: Eur. J. Pharmacol., 699, 118 (2013).12) S. Okuyama, M. Morita, M. Kaji, Y. Amakura, M. Yoshimura, K. Shimamoto, Y. Ookido, M. Nakajima & Y. Furukawa: Molecules, 20, 20230 (2015).,パーキンソン病様モデルマウス(13)13) S. Okuyama, T. Semba, N. Toyoda, F. Epifano, S. Genovese, S. Fiorito, V. A. Taddeo, A. Sawamoto, M. Nakajima & Y. Furukawa: Int. J. Mol. Sci., 17, 1716 (2016).doi:10.3390/ijms17101716を用いた.全身性炎症モデルマウスは,炎症誘発物質であるリポ多糖(lipopolysaccharide; LPS)を腹腔内に単回投与(1 mg/kg)して作製した.LPSを投与されたマウスでは,脳を含む全身で炎症が引き起こされることが知られている.一過性脳虚血モデルマウスは,両側頸動脈を12分間一時的に遮断した後に再灌流させる手術を施すことにより作製した.脳虚血/虚血後再灌流は炎症や酸化ストレスを誘発し,その結果,遅発性のニューロン死が引き起こされ,特に海馬(記憶や学習を司る脳部位)のニューロンに大きな影響を及ぼすことが知られている.パーキンソン病様モデルマウスは,LPSを黒質(大脳基底核の一部)に投与することにより作製した.いずれの病態モデルマウスの場合でも,脳内において,脳における免疫担当細胞ミクログリアが活性化(肥大および増殖)して細胞傷害的に働く.そこで,AUR投与がこれらの現象を抑制するかどうかを解析した.

たとえば一過性脳虚血モデルマウスの場合,手術5日前から手術3日後までの8日間AURを連続皮下投与(25 mg/kg/日)すると,①手術によって,海馬において顕著に引き起こされるミクログリア活性化が有意に抑制され,②ミクログリアとともに脳内炎症時に細胞傷害的に働くアストロサイトの異常活性化も有意に抑制された(12)12) S. Okuyama, M. Morita, M. Kaji, Y. Amakura, M. Yoshimura, K. Shimamoto, Y. Ookido, M. Nakajima & Y. Furukawa: Molecules, 20, 20230 (2015)..手術後から8日間AURを連続皮下投与(25 mg/kg/日)した場合にはニューロン死が有意に抑制され(11)11) S. Okuyama, S. Minami, N. Shimada, M. Makihata, M. Nakajima & Y. Furukawa: Eur. J. Pharmacol., 699, 118 (2013).,これらの結果から,AURは末梢組織のみならず脳においても抗炎症作用を示すことが明らかになった.

末梢投与されたAURが末梢組織で抗炎症作用を発揮し,血中の免疫担当細胞やサイトカインの脳への影響を抑制している可能性はあるものの,腹腔内投与したAURのほとんどが代謝されずにそのまま脳組織に移行するという知見が得られた(12)12) S. Okuyama, M. Morita, M. Kaji, Y. Amakura, M. Yoshimura, K. Shimamoto, Y. Ookido, M. Nakajima & Y. Furukawa: Molecules, 20, 20230 (2015).ことから,少なくとも一部のAURは直接に脳内で作用していると考えられる.

6. 河内晩柑果皮の機能性

河内晩柑果皮のAUR含量が高いことから,AURの機能は河内晩柑果皮を投与した場合にも認められるのではないかと考えられた.そこで次に,インライン搾汁機から排出される河内晩柑外果皮を乾燥させて粉末とし,種々の病態モデルマウス,すなわち全身性炎症モデルマウス(8)8) S. Okuyama, K. Yamamoto, H. Mori, N. Toyoda, M. Yoshimura, Y. Amakura, T. Yoshida, K. Sugawara, M. Sudo, M. Nakajima & Y. Furukawa: Evid. Based Complement. Altern. Med., 2014, doi:10.1155/2014/408503,一過性脳虚血モデルマウス(14)14) S. Okuyama, K. Yamamoto, H. Mori, A. Sawamoto, Y. Amakura, M. Yoshimura, A. Tamanaha, Y. Ohkubo, K. Sugawara, M. Sudo, M. Nakajima & Y. Furukawa: Biosci. Biotechnol. Biochem., 82, 1216 (2018).,streptozotocin誘発性糖尿病モデルマウス(15)15) S. Okuyama, W. Shinoka, K. Nakamura, M. Kotani, A. Sawamoto, K. Sugawara, M. Sudo, M. Nakajima & Y. Furukawa: Biosci. Biotechnol. Biochem., 82, 1384 (2018).,II型糖尿病モデルdb/dbマウス(15)15) S. Okuyama, W. Shinoka, K. Nakamura, M. Kotani, A. Sawamoto, K. Sugawara, M. Sudo, M. Nakajima & Y. Furukawa: Biosci. Biotechnol. Biochem., 82, 1384 (2018).,老化促進SAMマウスprone 8(16)16) S. Okuyama, Y. Kotani, K. Yamamoto, A. Sawamoto, K. Sugawara, M. Sudo, Y. Ohkubo, A. Tamanaha, M. Nakajima & Y. Furukawa: Biosci. Biotechnol. Biochem., 82, 869 (2018).,パーキンソン病様モデルマウス(17)17) S. Okuyama, T. Kanzaki, Y. Kotani, M. Katoh, A. Sawamoto, M. Nakajima & Y. Furukawa: J. Nutr. Sci. Vitaminol. (Tokyo), 65, 205 (2019).に経口投与し,解析した.その結果,いずれの病態モデルマウスにおいても海馬におけるミクログリアの異常活性化の抑制,ニューロン死の抑制など,顕著な効果が認められた.

7. 河内晩柑果汁の機能性

さらにわれわれは,果皮中AUR含量が高い河内晩柑では,搾汁過程でAURが果皮から果汁に移行することを確認した(8)8) S. Okuyama, K. Yamamoto, H. Mori, N. Toyoda, M. Yoshimura, Y. Amakura, T. Yoshida, K. Sugawara, M. Sudo, M. Nakajima & Y. Furukawa: Evid. Based Complement. Altern. Med., 2014, doi:10.1155/2014/408503.そこで,河内晩柑果汁を凍結乾燥して粉末とし,全身性炎症モデルマウスに投与した.その結果,海馬におけるミクログリアの異常活性化を抑制する等の効果を認めた(8)8) S. Okuyama, K. Yamamoto, H. Mori, N. Toyoda, M. Yoshimura, Y. Amakura, T. Yoshida, K. Sugawara, M. Sudo, M. Nakajima & Y. Furukawa: Evid. Based Complement. Altern. Med., 2014, doi:10.1155/2014/408503.すなわち,搾汁時に果皮から果汁に移行したAURが,脳内で抗炎症作用を示すことを明らかにした.

AUR高含有河内晩柑果汁飲料の開発

認知症には根本的な治療法がなく,その予防には日々の食事が重要であると疫学調査からも示されている.AURを含有する河内晩柑果皮あるいは果汁を摂取し脳内炎症作用を抑制すれば,認知症の予防・進行抑制が期待できるのではないか.特に果汁なら毎日の食生活に取り入れ易いのではないか.マウスを用いた実験結果から概算したところ,河内晩柑果汁に含まれるAURでヒトにその効果を期待するには,1日あたり500 mL程度の果汁が必要と試算された.中高年者が無理なく飲めるには,飲みきりサイズの小容量(125 mL)が好ましい.そこで愛媛県の産官学が共同し,「2014~2016年度愛媛県戦略的試験研究プロジェクト」として,中高年者の認知機能の維持が1日1パック(125 mL)の摂取で可能となるようなAUR高含有河内晩柑果汁飲料の開発を目指すこととなった.

1. 製造方法の開発

まず,愛媛県農林水産研究所みかん研究所において「AUR等の機能性成分を高める栽培貯蔵技術」を検討した.しかし残念ながら,これらの技術により高められる果汁中のAUR量はせいぜい1.5倍程度で,カロリー過多とならない125 mLパックに1日に必要なAUR量を含有させるという商品設計には程遠いものであった.次に,愛媛県産業技術研究所食品産業技術センターにおいて「最適な搾汁/加工技術」を検討した.河内晩柑の一般的搾汁法は,インライン搾汁法(John Bean Technologies; JBT)とベルト搾汁法である.これらの方法で調製された果汁中のAUR含量を調べた結果(表1表1■オーラプテン濃度に及ぼす搾汁法の影響)から,AUR濃度はベルト搾汁法の方が高いが,搾汁効率はインライン搾汁法の方が優れていることが明らかになり,搾汁効率と果汁の汎用性を考慮してインライン搾汁した果汁を用いることとした.しかし,果汁をそのまま用いたのでは,認知機能維持が期待できるAUR濃度を達成できないことが明らかになった.

表1■オーラプテン濃度に及ぼす搾汁法の影響
搾汁方法インライン搾汁ベルト搾汁
AUR濃度濃度27 mg/L50 mg/L
搾汁率54%35%

以上の結果から,「AUR高含有河内晩柑果汁を効率的に作製するには果汁に搾汁後に残る果皮を添加してはどうか」とのアイディアが生まれた.そこで,愛媛県産業技術研究所食品産業技術センターおよび株式会社えひめ飲料において「河内晩柑果皮の最適な処理技術」の検討を行うこととなった.まず,河内晩柑の問題点,すなわち,①果皮が硬く,細かく砕くのが難しい,②果皮が粗いままだと舌触りが悪い,という点は,官能試験を繰り返しながら検討した結果,コミトロールを用いて微細化処理を行うことで解決できた.最終的に製造した果皮ペーストは,非常に細かくなめらかなものとなった.もう一つの河内晩柑果皮の問題点,すなわち,③NGIN等の苦味物質が多く含まれ,そのまま添加した場合は苦くて美味しくないという点は,脱苦味処理として効率の良い熱水処理および水晒しを行うといった技術で克服できた.これら微細化処理・脱苦味処理といった既存の方法を適切に組み合わせることで,河内晩柑果皮添加のために最適な技術を確立することができた.このように官能検査と並行して試行錯誤を重ねることで,最終的に飲みやすくマイルドな果汁100%の果汁飲料を創出でき,特許出願した(特願2017-155814).ヒト介入臨床試験に必要な試験飲料は,ホモジナイザーによる均質化処理,脱気,濾過,除塵,殺菌,冷却を行った後,125 mLの白無地紙容器に無菌充填して作製した.本試験飲料は1パックあたり6 mgのAURを含有する.このようにして,河内晩柑特有の爽やかで心地よい苦味を有し,従来の河内晩柑とは一味違う味わいを楽しむことができる試験飲料が完成した.対照飲料としては,0.1 mgのAURを含む果汁飲料を作製した.

2. 安全性・安定性の確認

製造法の開発と平行して,愛媛県立衛生環境研究所においてAUR高含有河内晩柑果汁飲料の残留農薬の測定および薬物相互作用の解析を行った.農薬は168品目について調べたが,河内晩柑果皮に残留する農薬のないことが明らかになった.薬物相互作用は,薬物代謝酵素CYP3A4の活性阻害作用を解析することで検討した.CYP3A4は薬物代謝酵素の中で最も多くの薬物の代謝にかかわっており,グレープフルーツジュースは小腸においてCYP3A4を阻害することが知られているからである.検討した結果,AUR高含有河内晩柑果汁飲料の相互作用は甘夏・伊予柑・日向夏の果汁と同程度であり,グレープフルーツ果汁よりも低いことが明らかになった.

本飲料の安全性は,受託研究機関において,①マウスを用いた単回投与毒性試験と②28日間反復投与毒性試験,③細菌を用いた復帰突然変異試験を行うことで確認した.

本飲料中の機能性成分AURの安定性は,愛媛県産業技術研究所食品産業技術センターにおいて5°Cまたは25°Cで6カ月保管してもAURの減少がほぼないことから確認できた.

AUR高含有河内晩柑果汁飲料の有効性の確認

1. 病態モデル動物を用いた有効性の確認

本試験飲料の有効性は,松山大学薬学部において一過性脳虚血モデルマウスを用いて解析した(18)18) S. Okuyama, M. Katoh, T. Kanzaki, Y. Kotani, Y. Amakura, M. Yoshimura, N. Fukuda, T. Tamai, A. Sawamoto, M. Nakajima & Y. Furukawa: J. Nutr. Sci. Vitaminol. (Tokyo), 65, 66 (2019)..経口投与に供する試料は,本飲料の凍結乾燥粉末を水に懸濁し調製した.経口投与は,脳虚血手術5日前から手術3日後までの8日間,1日1回,胃ゾンデを用いて経口投与した(2.5 g/kg体重/日).対照群(偽手術群および虚血手術群)には水を投与した.実験期間終了後直ちに脳を摘出して脳切片を作製し,組織染色に供した結果,虚血手術により顕著に誘発されるミクログリア(***p<0.001)およびアストロサイト(**p<0.01))の過剰反応が本飲料投与により(手術群+果汁)有意に(###p<0.001)抑制され,虚血手術により顕著に(***p<0.001)誘発されるニューロン死が,本飲料投与により有意に(###p<0.001)抑制されることが明らかになった(図4図4■オーラプテン高含有河内晩柑果汁飲料摂取が一過性全脳虚血モデルマウス海馬のニューロン・ミクログリア・アストロサイトに及ぼす影響).このことより,本飲料は期待通り脳における炎症反応を抑制し,脳保護効果を示すことが明らかになった.

図4■オーラプテン高含有河内晩柑果汁飲料摂取が一過性全脳虚血モデルマウス海馬のニューロン・ミクログリア・アストロサイトに及ぼす影響

(A)ニューロンは,Nissl染色法により染色し計測した(CA2領域).(B)ミクログリアはIBA1に対する特異抗体で,(C)アストロサイトはGFAPに対する特異抗体で,それぞれ染色し染色密度を計測した(海馬放線層・網状分子層).結果は12~18切片の平均値±SEM.有意差 (偽手術群対手術群***p<0.001, ** p<0.01; 果汁を摂取した手術群対手術群###p<0.001).(文献18をもとに作図)

2. ヒト介入臨床試験

ヒト介入臨床試験は,愛媛大学医学部附属病院抗加齢・予防医療センターにおいて実施した.被験者は抗加齢ドッグ受診者で明らかな認知症がない82名(男性27名/女性55名,平均年齢71±9歳)を対象として実施した.無作為に試験飲料群と対照飲料群の2群に分け,6カ月にわたり1日1回飲んでいただき,二重盲検法により行った.飲用期間の前後で,軽度認知障害スクリーニングテスト(MCI screen)で使われる「10単語想起テスト」で認知機能検査を実施した.「認知機能スコア」は答えられた数とし,10単語想起テストを3回繰り返すため満点は30点である.表2表2■オーラプテン高含有河内晩柑果汁飲料摂取が10単語想起テストスコアとその変化率に及ぼす影響(文献19より改変)に認知機能スコアとスコア変化率を示すが,認知機能スコア変化率は,試験飲料摂取群はプラス6.3,対照飲料摂取群はマイナス2.4となり,両者の間に有意な差(*p<0.05)が認められた.このことから,本飲料摂取により認知機能スコア低下が抑制されることが明らかになった(19)19) M. Igase, Y. Okada, M. Ochi, K. Igase, H. Ochi, S. Okuyama, Y. Furukawa & Y. Ohyagi: J. Prev. Alzheimers Dis., 3, (2017). doi:org/10.14283/jpad.2017.47

表2■オーラプテン高含有河内晩柑果汁飲料摂取が10単語想起テストスコアとその変化率に及ぼす影響(文献19より改変)
飲用前飲用後変化率(%)
試験飲料(n=41)19.2±4.219.9±3.86.3±3.0*
対照飲料(n=41)19.5±3.418.9±3.4−2.4±2.3
有意差(*p<0.05)

以上の知見をもとに,AUR高含有河内晩柑果汁飲料が認知機能の維持に有効であるとして2018年5月に機能性表示食品の消費者庁届出を行った.同年9月に届出が受理された(消費者庁届出番号D100)後,同年12月に「POMアシタノカラダ河内晩柑ジュース」として販売を開始した.

おわりに

高齢者の自立を妨げる大きな要因が認知機能の衰えであり,認知症の発症予防は重要な社会課題である.認知症の根本的治療法がない現状において,本飲料は毎日の食生活に中高年者の認知機能(記憶力)維持を取り入れることを可能とするものである.認知機能を維持するサプリメントは種々開発され販売されているが果汁飲料の開発はこれまでになく,本飲料は,最終製品で臨床試験を行ったサプリメント形状ではない唯一の「認知機能を維持する食品」である(2021年1月末現在).また,全国で初めてAURが機能性表示食品の機能性関与成分として認められた商品であること,大学の基礎研究の結果から見いだされた商品であることも特徴といえる.果汁を搾った後の残渣は機能性成分の宝庫であるにもかかわらず,これまで廃棄されていることが多い.AUR高含有食品素材として河内晩柑残渣を利活用する技術を開発したことは,未利用資源のさらなる有効活用に寄与するとともに河内晩柑そのものの付加価値向上につながるものである.

Acknowledgments

果汁飲料の開発に携わってくださいました愛媛県(産業技術研究所食品産業技術センター/農林水産研究所みかん研究所/衛生環境研究所),公益財団法人えひめ産業振興財団,株式会社えひめ飲料,松山大学薬学部(薬理学研究室/生薬学研究室),愛媛大学(医学部附属病院抗加齢・予防医療センター/農学部)の多くの共同研究者の方々に深く感謝いたします.また,本賞にご推薦いただきました徳島大学生物資源産業学部櫻谷英治先生,選考委員の先生方に深謝いたします.

Reference

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