Kagaku to Seibutsu 60(1): 44-48 (2022)
農芸化学@High School
地域資源由来のナノファイバーとデジタルモールド技術によるマイクロ流体デバイスの設計と細胞接着制御
Published: 2022-01-01
各種ナノファイバー(NF)や細胞外マトリクス(ECM)をプラスチックシャーレにコートしたところ,β-キチンNFのみでは細胞接着性が認められなかったが,ECMにより接着性が回復した.機能性食品を評価する臓器チップの製造を念頭に,3D CADと3Dプリンタによりマイクロ流路の樹脂型(モールド)を成形し,ポリジメチルシロキサン(PDMS)樹脂を流し込んでマイクロ流路の上部を試作した(デジタルモールド技術).マイクロ流路上部を上記シャーレに圧着してマイクロ流路を成形し,細胞を灌流培養したところ,上記のECM/NF塗布シャーレで得られた細胞接着試験結果に合致した細胞接着性が,マイクロ流路内のECM/NF重層部分でも確認できた.
© 2022 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2022 公益社団法人日本農芸化学会
流れがなく拡散培養系である二次元細胞培養は,必ずしもミクロ流体系である生体内の環境を模倣しているとは言いがたく,より生体内に近い環境での細胞評価試験系が望まれてきた.マウスをはじめとした動物実験は医薬品開発だけでなく化粧品,食品開発などの過程で利用されているが,近年,EUにおける「動物実験代替法」や化粧品分野での規制を受けて諸外国で動物実験が禁止されつつある(1)1) 宮崎博之,吉山友二:日薬理誌,151, 48 (2018)..また,薬剤評価においては実験動物とヒトとで薬効が異なる場合があり,薬剤がヒトに効能があるか否か正確には予測できない.その結果,多くの新薬候補が臨床試験で薬効なしと判定され,研究開発費の莫大な損失となってきた.これらの問題点を解決するために,二次元培養や動物実験と,ヒト生体内の中間的なモデルとして,Organs-on-a-Chip(臓器チップ)が考案された(1)1) 宮崎博之,吉山友二:日薬理誌,151, 48 (2018)..臓器チップは,マイクロ流路を有するUSBフラッシュメモリサイズのポリマー製チップ上でヒト由来細胞を用いて人体内の臓器機能を正確に再現することを目指している(図1図1■Organs-on-a-Chipの製造概念図(左)と実際のマイクロ流路の構築(右))(2, 3)2) 研究開発の俯瞰報告書:3.2創薬基盤技術,医薬品3.2.2生体再現技術I(臓器チップ),ライフサイエンス・臨床医学分野,2017.3) K. Ronaldson-Bouchard & G. Vunjak-Novakovic: Cell Stem Cell, 22, 311 (2018)..また,新型コロナウイルス阻害剤の評価にも利用され(4)4) J. Theobald, A. Ghanem, P. Wallisch, A. A. Banaeiyan, M. A. Andrade-Navarro, K. Taškova, M. Haltmeier, A. Kurtz, H. Becker, S. Reuter et al.: ACS Biomater. Sci. Eng., 4, 78 (2018). doi: org/10.1021/acsbiomaterials.7b00417,ウイルス感染評価系としても注目されている(5, 6)5) H. Tang, Y. Abouleila, L. Si, A. M. Ortega-Prieto, C. L. Mummery, D. E. Ingber & A. Mashaghi: Trends Microbiol., 28, 934 (2020).6) L. Si et al.: bioRxiv, (2020). doi: org/10.1101/2020.04.13.039917.
左:ナノファイバーとECMを使用した細胞接着制御デバイスの製造工程のフロー(概念図)右:PDMS樹脂をシャーレに圧着して構築したマイクロ流路と潅流培養システム *細胞外マトリクス(ECM):細胞が足場とするフィブロネクチンやコラーゲン,ラミニン,プロテオグライカンなどの生体高分子
動物実験の代替法を模索する世界的な潮流から,機能性食品の評価もいずれ臓器チップで行われる可能性が指摘されている.食品は経口摂取により小腸で吸収されるので,市販の小腸マイクロ流体チップがこの分野に適応できる(7)7) M. J. Workman, J. P. Gleeson, E. J. Troisi, H. Q. Estrada, S. J. Kerns, C. D. Hinojosa, G. A. Hamilton, S. R. Targan, C. N. Svendsen & R. J. Barrett: Cell. Mol. Gastroenterol. Hepatol., 5, 669 (2018). doi: org/10.1016/j.jcmgh.2017.12.008.一方で市販のチップは,肺や腸,肝臓などの複雑な臓器モデルを作製できるが(8)8) M. Kasendra, A. Tovaglieri, A. Sontheimer-Phelps, S. Jalili-Firoozinezhad, A. Bein, A. Chalkiadaki, W. Scholl, C. Zhang, H. Rickner, C. A. Richmond et al.: Sci. Rep., 8, 2871 (2018). doi: org/10.1038/s41598-018-21201-7,粘性のあるゲルや凝集塊でマイクロ流路が目詰まりする可能性がある.したがって,自在にチップの流路を成形加工する必要がある.戸谷指導教員らは三陸地域資源のイカの中骨からβ-キチンNFを製造する方法を確立し(9, 10)9) 特許第6497740号:「β-キチンナノファイバーおよびその製造方法」,戸谷一英ら他11名10) S. Suenaga, N. Nikaido, K. Totani, K. Kawasaki, Y. Ito, K. Yamashita & M. Osada: Int. J. Biol. Macromol., 91, 987 (2016).,スキンケア化粧品として商品化している(11, 12)11) 戸谷一英,長田光正:キチン・キトサンの最新科学技術—機能性ファイバーと先端医療材料—第5章イカ中骨由来β-キチンナノファイバーの製造と物性,技報堂出版,2016.12) S. Suenaga, K. Totani, Y. Nomura, K. Yamashita, I. Shimada, H. Fukunaga, N. Takahashi & M. Osada: Int. J. Biol. Macromol., 102, 358 (2017)..われわれは,抗ウイルス活性や免疫賦活活性を有する機能性食品の評価を臓器チップ上で行うことを念頭に,地域資源とデジタルモールド技術を活用して「機能性食品評価の臓器チッププラットフォーム」を構築することを考えた.
機能性食品の評価を臓器チップ上で行うことを念頭に,本研究では,β-キチンNFやECMをコートしたプラスチックシャーレ(ディッシュ)とデジタルモールド技術により,3Dプリンタを用いて試作したマイクロ流路を組み合わせて,新たな細胞接着制御系の開発を目指す.
β-キチンNFは地域資源のイカ中骨から調製した.その他のNFはスギノマシン社製「BiNFi-s」を使用した.
各種NF(β-キチン,α-キチン,キトサン,セルロース,CMC(カルボキシメチルセルロース))をマイクロスプレーガンにより細胞培養用ポリスチレンディッシュ(AGCテクノグラス,IWAKI製35 mm dish)へ均一にスプレーコートした.必要に応じて市販のECM(アテロコラーゲン(ニッピ製),ヒトフィブロネクチン(富士フィルム和光))を推奨法にしたがって重層した.
塗布シャーレは使用直前にUV照射処理15 minを行い殺菌した.D-MEM(Dulblecco’s Modefied Eagle Medium)2 mLおよびHeLa細胞懸濁液200 µLを播種し,CO2インキュベータ内で37°C,3日間から4日間培養した.細胞の様子は位相差顕微鏡(総合倍率20倍)で観察した.培養後に培地をピペットで回収し,遠心分離で沈殿した細胞を「浮遊細胞」,シャーレをリン酸緩衝生理食塩水(PBS)でリンス後にトリプシン処理して剥がした細胞を「接着細胞」とした.細胞数は,細胞をトリパンブルーおよび蛍光(AO-PI)染色し,蛍光明視野全自動セルカウンターLUNA-FL(Logos Biosystems社)により計測した.
マイクロ流路の鋳型として高価で手間のかかる金型の代わりに,デジタルモールド技術で成形した樹脂型を用いた.すなわち,3D CAD(Fusion 360)でマイクロ流路の体積を何通りかに変えたモールド(樹脂型)を設計し,光硬化性のポリジェット3Dプリンタ(Stratasys社製)で樹脂型を試作した.この樹脂型にPDMS樹脂を流し込み,PDMSが硬化したら剥がして細胞培養用35 mmポリスチレンディッシュに圧着しマイクロ流路を形成させた.バブルトラップも試作した.図1図1■Organs-on-a-Chipの製造概念図(左)と実際のマイクロ流路の構築(右)のように,培養液(リザーバ)→専用マイクロチューブポンプ(アイカムス・ラボ社製)→バブルトラップ(試作)→三方活栓→マイクロ流路(試作)→廃液チップの順につないで流体回路を構築した.CO2インキュベータ内でHeLa細胞などを灌流培養し,接着増殖した細胞を位相差顕微鏡で観察した.
β-キチンNFは剪断応力により粘性が低下し液状化するチキソトロピー性を有しており,プラスチック器材へのスプレーコートが可能であった.各種NFをスプレーコートしたシャーレを使用して,HeLa細胞において,キチンNFのみが細胞接着性が極めて低いことを明らかにした(図2A図2■各種NFとECMによるシャーレの細胞接着性回復試験).これによりβ-キチンNFでマイクロ流体デバイスをコートすることで,マイクロ流路における細胞の目つまりを防止できると予測した(13,14)13) 特願2020-034215:「細胞非接着性材料および細胞接着制御性材料」,戸谷一英ら他5名14) 千田洸弥,山火瑞生,千葉泉,二階堂望,小此木孝仁,山下和彦,戸谷一英:応用糖質科学,11, 34 B-06 (2021)..
ECMとしてコラーゲンをβ-キチンNF塗布シャーレに重層したところ,細胞の接着性が回復した(図2B図2■各種NFとECMによるシャーレの細胞接着性回復試験)(14)14) 千田洸弥,山火瑞生,千葉泉,二階堂望,小此木孝仁,山下和彦,戸谷一英:応用糖質科学,11, 34 B-06 (2021)..
デジタルモールド技術によりマイクロ流路を成形し,図1図1■Organs-on-a-Chipの製造概念図(左)と実際のマイクロ流路の構築(右)(右側)のように流体回路を構築した.これをCO2インキュベータ内でHeLa細胞を潅流培養し,位相差顕微鏡観察した(図3図3■マイクロ流体デバイス上での細胞接着試験).無塗布シャーレ(A)と同様に無塗布マイクロ流路(B)では細胞が敷石状に接着し増殖した.一方で,β-キチンNF塗布マイクロ流路(C)では細胞は接着せず流れ去った.ECMのコラーゲン(D),フィブロネクチン(E)により細胞接着性が回復し,試作したマイクロ流路内でECM/NF塗布シャーレに合致した細胞接着性が確認できた(14)14) 千田洸弥,山火瑞生,千葉泉,二階堂望,小此木孝仁,山下和彦,戸谷一英:応用糖質科学,11, 34 B-06 (2021)..