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陸上植物の抗ウイルス集団抵抗性感染個体の死が周囲の血縁個体を守る

Shuhei Miyashita

宮下 脩平

東北大学大学院農学研究科植物病理学分野

Derib Alemu Abebe

東北大学大学院農学研究科植物病理学分野

Published: 2022-02-01

読者のみなさんはSARS-CoV-2(新型コロナウイルス)のワクチン接種はお済みだろうか.ワクチン接種により病原体タンパク質に結合する抗体が産生されるようになり,当該病原体に対する免疫を獲得して感染しにくくなる,という知識がこれほど多くの人々に思い出されたことは過去になかっただろう.獲得免疫は脊椎動物だけがもつ機構である.さまざまなパターンの抗体を産生する細胞を作り出しておき,そのうち病原体等のタンパク質に特異的に結合する抗体を産生する細胞を選択的に増殖させる.これにより一度感染した病原体に対して特異的に備えることができる洗練された仕組みである.

さて植物は獲得免疫機構をもたないが,その代替とされる病原体抵抗性機構をもつ.陸上植物のゲノムにはRResistance)遺伝子と総称される数十~数百コピーの遺伝子群が存在する.それらの遺伝子産物であるRタンパク質群はヌクレオチド結合(NB)ドメインとロイシンリッチリピート(LRR)ドメインからなる共通構造をもち,それぞれのRタンパク質が異なる病原体由来タンパク質を直接的あるいは間接的に認識して病原体抵抗性を誘導する(1)1) S. M. Collier & P. Moffett: Trends Plant Sci., 14, 521 (2009).R遺伝子群は遺伝子重複を繰り返してコピー数を増大し,変異により異なる認識特異性を獲得してきた.ゲノムの比較解析からR遺伝子群のコピー数の爆発的な増大は陸上植物において起こったことがわかっており(2)2) Y. Gao, W. Wang, T. Zhang, Z. Gong, H. Zhao & G. Z. Han: Plant Physiol., 177, 82 (2018).,たとえばモデル植物であるシロイヌナズナのゲノムには150コピー程度,イネのゲノムには600コピー程度のR遺伝子群が存在する.このように多数のR遺伝子群が陸上植物における特異的な病原体認識と,続いて起こる抵抗性誘導を担っている.

陸上植物のR遺伝子が誘導する反応の特徴の一つがプログラム細胞死である.Rタンパク質が病原体を認識した場合に,病原体の感染箇所への封じ込めと感染部位のプログラム細胞死が起きる例が数多く報告されており,この反応は過敏感反応(HR: hypersensitive response)と呼ばれる.プログラム細胞死により植物細胞が病原体諸共に死ぬことで植物体内での感染拡大を防ぐ,という説明がされることが多い.しかしウイルスを使った複数の研究においてHR誘導で細胞死した領域の外側にウイルスタンパク質の蓄積が見られること(つまり細胞死していないがウイルスの感染拡大が停止している領域があること)が報告されているほか,プログラム細胞死が起きない変異体植物を使った実験で,細胞死が起きなくてもR遺伝子依存的にウイルスが接種葉に封じ込められて全身に感染拡大しない例が報告されている(3)3) H. Takahashi, A. Kai, M. Yamashita, S. Ando, K. T. Sekine, Y. Kanayama & H. Tomita: Physiol. Mol. Plant Pathol., 79, 40 (2012)..これらの観察から,R遺伝子が誘導するプログラム細胞死は植物個体内でのウイルス感染拡大の停止には直接的に寄与せず,ウイルス感染域において事後的に起きるものと考えることができる.しかしそう考えると何故プログラム細胞死が起きるのかが大きな疑問として残る.

最近われわれは,キュウリモザイクウイルスとその外被タンパク質の認識・HR誘導に寄与するR遺伝子について解析した.その結果,R遺伝子による抵抗性誘導時には細胞間移行後に新しい細胞に感染するウイルスゲノム数の平均値(MOI: multiplicity of infection)の低下が細胞死誘導に先立って起こることを独自の実験系(4)4) S. Miyashita & H. Kishino: J. Virol., 84, 1828 (2010).により明らかにできた.この観察はウイルス感染拡大の抑制とプログラム細胞死が切り分け可能であることを支持する.また研究の過程で外被タンパク質に1アミノ酸置換(T45M)をもつ変異型ウイルスが進化により出現した.このT45M変異体の感染時にはR遺伝子によるMOIの低下が不十分となり,結果としてウイルスが全身感染したのちにプログラム細胞死が起こって植物体全体が壊死するSHR(Systemic HR)になることがわかった(図1A図1■R遺伝子によるHR/SHR誘導とSHR誘導形質の進化シミュレーション).R遺伝子によるSHRはこれまでにも報告があり「抵抗性の失敗」とされてきた.たしかにSHRが起きた個体は花も実もつけずに死んでしまうので,いかにも失敗に見える.しかし陸上植物のように親個体の近傍に子孫を残す生物では局地的な血縁集団が形成されるため,感染個体のSHR誘導は周囲の血縁個体への感染源を消滅させてウイルスから守ることになり,結果として淘汰されずにむしろ選択される可能性があると考えた.そこで空間構造を想定した数理モデルを作成してシミュレーションを行い,ウイルス存在下でSHRを誘導する形質と誘導しない形質のどちらが選択されるか,条件を変えて検討した.その結果,繁殖の局地性が高い場合にはSHRを誘導する形質が選択されうることを示すことができた(図1B図1■R遺伝子によるHR/SHR誘導とSHR誘導形質の進化シミュレーション).この考えに基づくと,SHRあるいはHR誘導において事後的に起こるプログラム細胞死は,個体レベルではなく集団レベルの抵抗性に寄与すると理解することができる.自殺型の集団抵抗性についてはFukuyoら(5)5) M. Fukuyo, A. Sasaki & I. Kobayashi: Sci. Rep., 2, 1 (2012).による細菌とファージをモデルとした先駆的な理論・実証研究がある.今回のわれわれの研究は植物の主要な病原体抵抗性機構の一つであるR遺伝子を介した抵抗性機構にそのアイデアを拡張しうることを提案するものである(6)6) D. A. Abebe, S. van Bentum, M. Suzuki, S. Ando, H. Takahashi & S. Miyashita: Commun. Biol., 4, 947 (2021).

図1■R遺伝子によるHR/SHR誘導とSHR誘導形質の進化シミュレーション

長期的な視点でR遺伝子の進化を考えると,遺伝子重複で生じたR遺伝子が変異を獲得して新たに特定のウイルスを認識できるようになった場合,当初は認識強度が低く,したがって抵抗性誘導強度も低くてSHR誘導は不可避であると考えられる.しかし上述のようにSHRによる集団抵抗性が機能することで当該R遺伝子は淘汰されずに残り,さらなる変異の獲得により認識強度を改善してより強い抵抗性誘導が可能なR遺伝子へと適応しうるものと想像される.一方短期的にはT45M変異体のようにSHRを誘導する変異型ウイルスは自然界においても頻繁に生じると想像されることから,SHRによる集団抵抗性は自然界の植物にとって長期的・短期的に不可欠であると考えられる.一方,農業現場においてSHRは収量や商品価値の大幅な低下をもたらすため全面的には歓迎できない.そのため農学的には,病原体の感染拡大抑制と事後的な細胞死,言い方を変えれば個体レベルと集団レベルの抵抗性を切り分けて理解することが今後必要と考えられる.

Reference

1) S. M. Collier & P. Moffett: Trends Plant Sci., 14, 521 (2009).

2) Y. Gao, W. Wang, T. Zhang, Z. Gong, H. Zhao & G. Z. Han: Plant Physiol., 177, 82 (2018).

3) H. Takahashi, A. Kai, M. Yamashita, S. Ando, K. T. Sekine, Y. Kanayama & H. Tomita: Physiol. Mol. Plant Pathol., 79, 40 (2012).

4) S. Miyashita & H. Kishino: J. Virol., 84, 1828 (2010).

5) M. Fukuyo, A. Sasaki & I. Kobayashi: Sci. Rep., 2, 1 (2012).

6) D. A. Abebe, S. van Bentum, M. Suzuki, S. Ando, H. Takahashi & S. Miyashita: Commun. Biol., 4, 947 (2021).