Kagaku to Seibutsu 60(2): 63-71 (2022)
解説
イタコン酸とその類縁体—医薬品・工業原料としての可能性を探る—付加反応性を示す生体分子の生理活性と産業利用への展望
Itaconic Acid and Its Derivatives: Exploring the Potentialities as Pharmaceutical and Industrial Feedstocks: Bioactivities and Industrial Perspectives of the Biomolecules Having Addition Reactivity
Published: 2022-02-01
微生物を用いて工業的に発酵生産されているイタコン酸は,電子不足な末端炭素–炭素二重結合を持ち付加反応性を示すことから,高分子原料などとして利用されている.近年,哺乳類のマクロファージもイタコン酸を生産しており,抗炎症活性などの生理活性を示すことが明らかとなっている.また,イタコン酸類縁体も微生物により生産されるが,構造多様性に富み抗腫瘍活性などの生理活性を示すことが知られている.これら生理活性の一部にはイタコン酸とその類縁体の付加反応性が関与している.本稿では,イタコン酸とその類縁体について,生理活性を中心に解説するとともに,筆者が行ってきた関連研究と医薬品・工業原料としての利用展望を述べる.
Key words: イタコン酸; 微生物; 生理活性; チオール-エン反応; スクリーニング
© 2022 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2022 公益社団法人日本農芸化学会
生体内では数多の化学反応が起きており,生体機能の維持と調節に密接に関わっている.付加反応性に富む分子は,生体内で標的分子と結合しその分子の活性を変化させることで生理活性を示す.そのような反応性生体分子の一つとして「イタコン酸」がある.イタコン酸は真菌類が生産する炭素数5からなるジカルボン酸でビニリデン基(H2C=C<)を有する特殊な分子構造を持つ(図1図1■イタコン酸とその類縁体の構造).イタコン酸のビニリデン基にある末端炭素–炭素二重結合(末端C=C)は電子不足であり電子求引性を示すためマイケル付加反応のアクセプターとして機能し,チオール(R-SH)から生成したチオラートアニオン(R-S−)が求核的に付加する.同じくチオールがラジカル化したチイルラジカル(R-S·)でも付加反応が起こる.このチオールとアルケンのカップリング反応は「チオール–エン反応」(1)1) C. E. Hoyle & C. N. Bowman: Angew. Chem. Int. Ed., 49, 1540 (2010).と呼ばれ,1905年にPosnerが最初に報告している.チオール–エン反応は高い反応性と選択性を持つことから有機合成化学おいて有用であり,2001年にノーベル賞を受賞したSharplessらが提唱した「クリックケミストリー」(2)2) H. C. Kolb, M. G. Finn & K. B. Sharpless: Angew. Chem. Int. Ed., 40, 2004 (2001).を体現する反応の一つとなっている.イタコン酸は糸状菌Aspergillus terreusを用いて工業的に発酵生産されているが,その付加反応性を利用してビニル重合により合成ラテックスや吸水性ポリマーなど,ジカルボン酸の構造を利用してエステル化反応などによりポリエステル樹脂や洗剤ビルダーなどの幅広い工業製品の原料として利用されている(3, 4)3) M. Okabe, D. Lies, S. Kanamasa & E. Y. Park: Appl. Microbiol. Biotechnol., 84, 597 (2009).4) T. Klement & J. Büchs: Bioresour. Technol., 135, 422 (2013)..このようにイタコン酸は工業原料として優れるので,米国エネルギー省が選定した12種類のバイオベースプラットホーム化合物の一つとなっている.近年,真菌類のみならず哺乳類のマクロファージもイタコン酸を生産することがわかり,イタコン酸の付加反応性と生理活性の関係の一端が明らかとなりつつある(5)5) T. Cordes, A. Michelucci & K. Hiller: Annu. Rev. Nutr., 35, 451 (2015)..
イタコン酸の歴史は古く,1836年にはBaupによりクエン酸の熱分解物として最初に発見されている(5)5) T. Cordes, A. Michelucci & K. Hiller: Annu. Rev. Nutr., 35, 451 (2015)..さらに,1840年にはCrassoがアコニット酸の熱分解物としてイタコン酸が得られることを報告しており,このときイタコン酸(Itaconic acid)をアコニット酸(Aconitic acid)のアナグラムとして命名している.イタコン酸生産菌として1929年に木下はAspergillus itaconicus, 1939年にCalamらはA. terreusを報告しており,現在の工業的な発酵生産の礎を築いている(3)3) M. Okabe, D. Lies, S. Kanamasa & E. Y. Park: Appl. Microbiol. Biotechnol., 84, 597 (2009)..これらの微生物の他に,これまでにUstilago maydis, Ustilago zeae, Ustilago cynodontis, Ustilago rabenhorstiana, Candida sp., Rhodotorula sp., Pseudozyma antarcticaなど種々のイタコン酸生産菌が自然界から分離されている.
1957年にBentlyらがTCA回路の中間代謝物であるcis-アコニット酸からイタコン酸が生合成されることを提唱したことを皮切りに,現在に至るまでイタコン酸の生合成機構が精力的に研究されている(3)3) M. Okabe, D. Lies, S. Kanamasa & E. Y. Park: Appl. Microbiol. Biotechnol., 84, 597 (2009)..A. terreusでのイタコン酸の生合成機構は次のように考えられている(図2図2■微生物におけるイタコン酸の推定生合成機構)(6)6) N. Wierckx, G. Agrimi, P. S. Lübeck, M. G. Steiger, N. P. Mira & P. J. Punt: Curr. Opin. Biotechnol., 62, 153 (2020)..まず,ミトコンドリアで生成したcis-アコニット酸はMCF(Mitochondrial carrier family)輸送体の一つであるMttAを介して細胞質基質へと輸送される.これはリンゴ酸との対向輸送で行われると考えられている.次に,細胞質基質でイタコン酸生成キー酵素であるcis-アコニット酸デカルボキシラーゼ(CadA)によりcis-アコニット酸が脱炭酸されてイタコン酸が生成した後,MFS(Major facilitator superfamily)輸送体の一つであるMsfAにより細胞外輸送される.一方,U. maydisでは,cis-アコニット酸はMCF輸送体の一つであるMtt1を介してミトコンドリアから細胞質基質へと輸送された後,アコニット酸イソメラーゼ(Adi1)によりcis-アコニット酸がtrans-アコニット酸へと異性化され,さらにtrans-アコニット酸デカルボキシラーゼ(Tad1)により脱炭酸されてイタコン酸が生成した後,MFS輸送体の一つであるItp1により細胞外輸送されると考えられている.
赤線はA. terreus,青線はU. maydisのイタコン酸生合成経路を示す.MttAおよびMtt1, MCF輸送体;CadA, cis-アコニット酸デカルボキシラーゼ;MsfAおよびItp1, MFS輸送体;Adi1, アコニット酸イソメラーゼ;Tad1, trans-アコニット酸デカルボキシラーゼ.
イタコン酸は特にレドックス(酸化還元)反応に関与するグルタチオン(GSH)に結合して細胞内のレドックスバランスを崩すことで細胞毒性を示すと考えられる.しかし,A. terreusやU. maydisは高濃度のイタコン酸を生産できることから,生産菌にはイタコン酸に対する特有の耐性機構が備わっていると考えられる.その機構を明らかにすることで,イタコン酸の細胞内での動態の全容を明らかにできるだろう.
2011年にStrelkoらによりリポ多糖(LPS)やインターフェロンγで活性化されたマウスマクロファージではイタコン酸生産が促進されることが報告された.さらに2013年にはMichelucciによりこれが免疫応答遺伝子Irg1(別名Acod1)の発現誘導を介して起こること,そして,Irg1はイタコン酸生成キー酵素であるcis-アコニット酸デカルボキシラーゼをコードしており,本酵素がマクロファージでの免疫応答の一つとしてイタコン酸の生成を担っていることが明らかにされた(5)5) T. Cordes, A. Michelucci & K. Hiller: Annu. Rev. Nutr., 35, 451 (2015)..では,なぜ活性化されたマクロファージがイタコン酸を生産するのであろうか?その理由は次のように説明できる.付加反応性と関係しないが,イタコン酸は病原性微生物Salmonella entericaやMycobacterium tuberculosisに対して抗菌活性を示す(5)5) T. Cordes, A. Michelucci & K. Hiller: Annu. Rev. Nutr., 35, 451 (2015)..イタコン酸はイソクエン酸の基質アナログとして作用し,グリオキシル酸回路の初発酵素であるイソクエン酸リアーゼ(Icl)の活性を阻害する(図3図3■マクロファージにおけるイタコン酸の抗菌・抗炎症作用機構).食作用によりマクロファージのファゴソームに取り込まれた微生物は,マクロファージの生産するイタコン酸によりグリオキシル酸回路が遮断されエネルギー合成不能となり増殖できなくなる.つまり,マクロファージは自身に取り込んだ微生物に「とどめを刺す」ためにイタコン酸を生産していると考えられている.イタコン酸はメチルクエン酸回路のメチルイソクエン酸リアーゼ(Mcl)やシトラマル酸回路のプロピオニル-CoAカルボキシラーゼ(Pcc)の活性も同様に阻害し抗菌活性を示す.一方,Pseudomonas aeruginosaなどの病原性微生物のなかにはマクロファージが生産するイタコン酸を分解してその抗菌作用から回避する機構を有するものもいる.
各因子の示す活性化と不活性化の作用をそれぞれ赤線と青線で表す.IRG1, cis-アコニット酸デカルボキシラーゼ;KEAP1, Kelch様ECH結合タンパク質1; NRF2,核因子赤血球系2関連因子2; HO-1,ヘムオキシゲナーゼ1; GSH,グルタチオン;ALDOA,フルクトース-1,6-ビスリン酸アルドラーゼ;GAPDH,グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ;LDHA,乳酸デヒドロゲナーゼ;SDH,コハク酸デヒドロゲナーゼ;ATF3,ストレス応答転写因子;IκBζ,核タンパク質;HIF-1α,低酸素誘導因子;ROS,活性酸素種;IL-1β,インターロイキン1β; IL-6,インターロイキン6; Icl,イソクエン酸リアーゼ;Mcl,メチルイソクエン酸リアーゼ;Pcc,プロピオニル-CoAカルボキシラーゼ.
一方,活性化されたマクロファージがイタコン酸を生産する理由は他にもある.生体内ではチオール–エン反応によりイタコン酸は種々のタンパク質のシステイン残基のチオール基と結合する.チオール基は求核性のチオラートアニオンとなり付加反応が起こるが,特に酵素の活性中心付近のシステイン残基のチオール基のpKa(酸解離定数)は3~4程度と低くチオラートアニオンになりやすいため反応しやすい(7)7) E. D. Merkley, T. O. Metz, R. D. Smith, J. W. Baynes & N. Frizzell: Mass Spectrom. Rev., 33, 98 (2014)..活性化したマウスマクロファージでは1,926種ものタンパク質がイタコン酸と結合性を示すことが報告されている(8)8) J. Lin, J. Ren, D. S. Gao, Y. Dai & L. Yu: Front Chem., 9, 669308 (2021)..マクロファージにおいてイタコン酸は次の複数の機構により抗炎症活性を示すと考えられている(図3図3■マクロファージにおけるイタコン酸の抗菌・抗炎症作用機構)(5, 8, 9)5) T. Cordes, A. Michelucci & K. Hiller: Annu. Rev. Nutr., 35, 451 (2015).8) J. Lin, J. Ren, D. S. Gao, Y. Dai & L. Yu: Front Chem., 9, 669308 (2021).9) R. Li, P. Zhang, Y. Wang & K. Tao: Oxid. Med. Cell. Longev., 2020, 5404780 (2020)..チオール–エン反応によりイタコン酸がレドックスセンサータンパク質であるKelch様ECH結合タンパク質1(KEAP1)に結合するとKEAP1は活性を消失し,KEAP1により活性が抑制されている核因子赤血球系2関連因子2(NRF2)が活性化する.その結果,活性化したNRF2により炎症性サイトカインであるインターロイキン1β(IL-1β)とインターロイキン6(IL-6)のLPSによる発現誘導が阻害されて炎症が抑制される.これとは別に,NRF2が活性化するとヘムオキシゲナーゼ1(HO-1)やGSHの生産が促進されて活性酸素種(ROS)の生成が低減し,低酸素誘導因子(HIF-1α)により誘導されるIL-1βの生産が抑えられることでも炎症が抑制される.同じくチオール–エン反応によりイタコン酸がフルクトース-1,6-ビスリン酸アルドラーゼ(ALDOA),グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH),乳酸デヒドロゲナーゼ(LDHA)などの解糖系酵素に結合すると,これら酵素は活性を消失し,マクロファージの活性化に必要なエネルギー産生が阻害されて炎症が抑制される.また,付加反応性と関係しないが,イタコン酸がコハク酸の基質アナログとして作用し,TCA回路で機能するコハク酸デヒドロゲナーゼ(SDH)の活性が阻害されると,ROSが低減して炎症が抑制される.さらに,何らかの機構によりイタコン酸がストレス応答転写因子(ATF3)の発現を促進すると,ATF3によりIL-6の生産を促進する核タンパク質(IκBζ)の転写が阻害されて炎症が抑制される.イタコン酸は水溶性であり細胞膜透過性は低い.そこで,細胞透過性を高めたイタコン酸オクチルなどのイタコン酸エステルを抗炎症剤として利用するための研究が現在進められている.
また,骨粗鬆症を発症しやすいエストロゲン欠乏マウスでは体内のイタコン酸濃度が低く,破骨細胞形成が誘導されることから,イタコン酸には骨粗鬆症予防作用があると考えられている(8)8) J. Lin, J. Ren, D. S. Gao, Y. Dai & L. Yu: Front Chem., 9, 669308 (2021)..破骨細胞形成時の骨髄由来マクロファージにイタコン酸オクチルを作用させると,NRF2とユビキチンとの結合が阻害されてE3ユビキチンリガーゼによるNRF2の分解が抑えられ破骨細胞形成が抑制されることがわかっている.その他,イタコン酸には乾癬,多発性硬化症,全身性エリテマトーデス,関節リウマチ,乳児発症性STING関連血管炎などNRF2が関与するとされる自己免疫疾患を緩和する作用もあると考えられている(8)8) J. Lin, J. Ren, D. S. Gao, Y. Dai & L. Yu: Front Chem., 9, 669308 (2021)..
筆者はイタコン酸の分子骨格を持つものを「イタコン酸類縁体」と呼んでいる.イタコン酸類縁体は真菌類や地衣類が生産しており,配糖体の構造を持つものも含めるとこれまでに70種類以上見つかっている(10)10) M. Sano, T. Tanaka, H. Ohara & Y. Aso: Appl. Microbiol. Biotechnol., 104, 9041 (2020)..分子構造に基づきイタコン酸類縁体はアルキルイタコン酸とα-メチレン-γ-ブチロラクトンの二つのタイプに大別できる(図1図1■イタコン酸とその類縁体の構造).アルキルイタコン酸とα-メチレン-γ-ブチロラクトンの多くは,それぞれ真菌類と地衣類により生産されることから,イタコン酸類縁体のタイプと生産菌の種類には関係性が見られる.
アルキルイタコン酸にはブチル~オクチルイタコン酸などがあり,化合物名としてはセリポル酸やテンシュ酸などがある(図4図4■セリポル酸B,テンシュ酸C,プロトリケステリン酸,スポロスリオリド,エピエチソリドの構造).13C標識炭素源を用いた代謝物解析より,アシル-CoAとオキサロ酢酸から生成したアルキルクエン酸がアルキルアコニット酸に変換された後,脱炭酸されることでアルキルイタコン酸が生合成されると推定されている(図5図5■イタコン酸類縁体の推定生合成経路).この生合成機構が未知なアルキルクエン酸回路を介していることは興味深い.α-メチレン-γ-ブチロラクトンは一環式と二環式の構造のものに分類できるが,この環構造はアルキルイタコン酸が分子内環化することで生成すると考えられている.詳細は不明だが,アルキルイタコン酸がヒドロキシラーゼにより水酸化されて生成したヒドロキシ基が分子内のカルボキシ基と脱水縮合して環化すると考えられている.一環式のものにはプロトリケステリン酸など,二環式のものにはスポロスリオリドやエピエチソリドなどがある.イタコン酸類縁体はさらにカルボキシ基のエステル化,アルキル鎖に不飽和結合,ヒドロキシ基,カルボニル基,エポキシ基などの導入,糖付加(配糖化)などの修飾反応を受ける場合があり構造多様性に富んでいる.
イタコン酸類縁体も抗菌活性,抗酸化活性,抗炎症活性,抗腫瘍活性,植物生長調節活性などの多様な生理活性を示す(10)10) M. Sano, T. Tanaka, H. Ohara & Y. Aso: Appl. Microbiol. Biotechnol., 104, 9041 (2020)..それら生理活性の一部には付加反応性が関与していると考えられるが作用機序の多くは不明であり,また,発酵生産技術が確立されたイタコン酸類縁体はなく,イタコン酸類縁体の医薬品・工業原料としての利用に向けての課題となっている.
イタコン酸類縁体の抗菌スペクトルは多様である.例えば,ブチルイタコン酸とヘキシルイタコン酸はAcinetobacter sp.に対して,テンシュ酸CはBacillus subtilisに対して,Parmelia reticulataの生産するプロトリケステリン酸はRhizoctonia solaniとPythium debaryanumに対して抗菌活性を示す.
白色腐朽菌Ceriporiopsis subvermisporaはフェントン反応によりヒドロキシラジカル(·OH)を生成しリグニンの分解に利用する.本菌はアルキルイタコン酸であるセリポル酸Bを生産してROSの一つである·OHから自身を防御している.セリポル酸Bの末端C=Cが·OHにより酸化されることでセリポル酸Bは抗酸化活性を示すと考えられている.
ヒト細胞内で癌抑制タンパク質(p53)がヒト二重微小染色体2タンパク質(HDM2)によりユビキチン化されると,プロテアソームで分解を受けて細胞の癌化が進行する.ヘキシルイタコン酸はp53-HDM2複合体形成を阻害することで抗腫瘍活性を示す.イタコン酸は複合体形成を阻害しないことから,ヘキシル基がこの阻害に関与していると考えられている.また,プロトリケステリン酸はプロテアーゼであるカスパーゼ3, 8, 9を活性化しアポトーシスを誘導することでヒト腫瘍細胞の増殖を阻害する.
種々のアルキルイタコン酸エステルは活性化したヒトおよびマウスマクロファージに対して抗炎症活性を示す.また,ヘキシルイタコン酸は20 ppmの濃度でイネやレタスに対して生長促進活性を強く示すが,スポロスリオリドやエピエチソリドはコショウソウやムラサキウマゴヤシに対して生長阻害活性を示す.その他,ヘキシルイタコン酸はアルツハイマー病の治療に有効なアセチルコリンエステラーゼ阻害活性,プロトリケステリン酸はヒト免疫不全ウイルス(HIV)の逆転写酵素阻害活性を示すなどイタコン酸類縁体の生理活性は多岐にわたる.
一般に,イタコン酸やその類縁体(この節ではまとめて「イタコン酸類縁体」と表記する)の生産菌の自然界からの分離は,分離源から有機酸や生理活性物質などの生産菌を得た後,構造解析により生産する化合物がイタコン酸類縁体であることを確かめることで行う.しかし,この方法ではイタコン酸類縁体生産菌以外も分離されるため非効率である.そこで,筆者はイタコン酸類縁体生産菌を直接分離するための手法の開発に取り組んだ.その結果,イタコン酸類縁体の付加反応性に着目し,チオール–エン反応と溝呂木–ヘック反応の二つの有機合成反応を利用するアイデアに辿り着いた.ここで「溝呂木–ヘック反応」(11)11) J. P. Knowles & A. Whiting: Org. Biomol. Chem., 5, 31 (2007).は,ハロゲン化アルキルと末端C=C含有化合物のカップリング反応であり,1971年と1972年に溝呂木らとHeckら(Heckはこの業績により2010年にノーベル賞を受賞)がそれぞれ報告している.この反応はチオール–エン反応と同じく,高い反応性と選択性を示す.これら有機合成反応を一,二段階目の分離操作にそれぞれ利用してイタコン酸類縁体生産菌を効率的に分離できるようにした.具体的には次の操作を行う(図6図6■イタコン酸類縁体生産菌の選択的分離技術「DISCOVER」).まず,一段階目の分離操作では,抗菌剤であるα-チオグリセロールとラジカル開始剤であるVA-044を添加した寒天培地(分離用寒天培地)に分離源である土壌を塗布し培養する.分離用寒天培地上では,チオール–エン反応により生産菌が生産したイタコン酸類縁体がα-チオグリセロールに結合する.このとき,α-チオグリセロールのチオール基はVA-044によりチイルラジカルとなりイタコン酸と結合する.これにより,生産菌周囲のα-チオグリセロールの抗菌活性が低下し生産菌は他の微生物と比べて優先的にコロニーを形成できる.次に,二段階目の分離操作では,一段階目で得た分離株を液体培地で培養して培養液中にイタコン酸類縁体を生産させた後,その培養液上清にヨードベンゼンとパラジウム触媒を添加して溝呂木–ヘック反応を行う.これにより,培養液中に生産したイタコン酸類縁体をフェニル基でラベル化する.反応の進行は,反応により副生するヨウ化物イオンをヨウ素デンプン反応により呈色して検出することで確認する(12, 13)12) M. Sano, T. Chin, T. Takahashi, H. Ohara & Y. Aso: J. Planar Chromatogr. Mod. TLC, 28, 12 (2015).13) M. Sano, H. Kuroda, H. Ohara, H. Ando, K. Matsumoto & Y. Aso: Heliyon, 5, e02048 (2019)..呈色を示した分離株を生産菌として選抜し,構造解析によりイタコン酸類縁体を生産することを確かめる.筆者はこの分離法をDISCOVER(direct screening method based on coupling reactions for vinyl compound producers,カップリング反応に基づくビニル化合物生産菌の直接分離法)と名付けた(14)14) Y. Aso, M. Sano, H. Kuroda, H. Ohara, H. Ando & K. Matsumoto: Sci. Rep., 9, 16007 (2019)..DISCOVERは微生物のスクリーニングに上述の有機合成反応を利用した最初の試みである.一段階目の分離操作は,分離源を分離用寒天培地に塗布し培養するだけで生産菌を高確率で得られるため簡便性に優れる.また,二段階目の分離操作は,イタコン酸では検出限界濃度が17 mg/Lと高感度であること,検出時間が1時間半と迅速であること,反応に必要な培養液量が10 µLと少量であることなど,ハイスループットスクリーニングに適している.
DISCOVERを用いて各地の土壌からイタコン酸類縁体生産菌の分離を試みたところ,2種類のイタコン酸類縁体を同時に生産するAspergillus niger S17-5を得た.構造解析の結果,それらは9-ヒドロキシヘキシルイタコン酸(9-HHIA)と10-ヒドロキシヘキシルイタコン酸(10-HHIA)であることがわかった(13)13) M. Sano, H. Kuroda, H. Ohara, H. Ando, K. Matsumoto & Y. Aso: Heliyon, 5, e02048 (2019)..本株をグルコース無機塩液体培地にてフラスコ培養したところ,培養25日後に9-HHIAと10-HHIAをそれぞれ0.35 g/Lと1.01 g/L生産した.一方,培地に100 mMオクタン酸を添加し培養したところ,生産性が約1.3倍増加したことから,オクタン酸が両化合物の前駆物質であることが示唆された.すなわち,アルキルクエン酸回路を介してオクタノイル-CoAとオキサロ酢酸からヘキシルクエン酸が生成しヘキシルアコニット酸となった後,脱炭酸と水酸化の酵素反応を受けて9-HHIAと10-HHIAが生合成されると推定した(図7図7■イタコン酸類縁体9-HHIAと10-HHIAに関する筆者の研究)(15)15) Y. Aso, Y. Nomura, M. Sano, R. Sato, T. Tanaka, H. Ohara, K. Matsumoto & K. Wada: J. Appl. Microbiol., 130, 1972 (2021)..本株をDO-statにてジャー培養したところ,培養10日後に9-HHIAと10-HHIAをそれぞれ0.48 g/Lと1.54 g/L生産した.これはイタコン酸を除くイタコン酸類縁体をジャー培養により発酵生産した最初の例である.また,9-HHIAと10-HHIAの生理活性を評価した結果,両化合物は抗菌活性と抗炎症活性は示さないが,9-HHIAはヒト子宮頚癌細胞(HeLa)とヒト胎児肺線維芽細胞(MRC-5)の両方に対して,10-HHIAはMRC-5に対して細胞毒性を示した(16)16) M. Sano, R. Yada, Y. Nomura, T. Kusukawa, H. Ando, K. Matsumoto, K. Wada, T. Tanaka, H. Ohara & Y. Aso: Microorganisms, 8, 648 (2020)..両化合物と比べてイタコン酸の細胞毒性は低かったことから,ヒドロキシヘキシル基が細胞毒性に関与している可能性が示唆された.
イタコン酸類縁体を工業原料として利用するための道筋を拓くべく,10-HHIAの高分子原料としての機能を評価した.培養液から得た10-HHIAとイタコン酸の仕込み比を変えながら水中でフリーラジカル重合により共重合させた(図7図7■イタコン酸類縁体9-HHIAと10-HHIAに関する筆者の研究)(17)17) Y. Aso, M. Sano, R. Yada, T. Tanaka, T. Aoki, H. Ohara, T. Kusukawa, K. Matsumoto & K. Wada: Materials (Basel), 13, 2707 (2020)..NMR解析により,得られた重合物がポリ(イタコン酸-co-10-HHIA)であることを確認した.これはイタコン酸を除く微生物由来のイタコン酸類縁体からポリマーを合成した最初の例である.10-HHIAを単独重合した場合の重合度はイタコン酸を単独重合した場合のそれよりも低くなったことから,10-HHIAのヒドロキシヘキシル基が重合反応を阻害していることが考えられた.次に,合成したポリマーの熱分解挙動を熱重量分析により調べたところ,ポリイタコン酸では加熱によりポリマー側鎖のカルボキシ基間で脱水反応が起こるが,10-HHIAユニットの割合が高いポリマーではその反応が抑制されることがわかった.その理由として,10-HHIAユニットのヒドロキシヘキシル基の立体障害により脱水反応が阻害されることが考えられた.イタコン酸類縁体含有ポリマーに特有の化学的・物理的・機械的特性が得られれば既存ポリマーとの差別化を図ることができる.ポリマー以外にもイタコン酸類縁体を利用した新たな材料を開発することで,イタコン酸類縁体の工業原料としての可能性を広げることができると期待される.
今後,イタコン酸の生理機能の全容が明らかとなり,創薬リード化合物としての利用が加速すると考えられる.また,2012年でのイタコン酸生産量は世界全体で年間約4万t,生産コストは1.5~2.5 USドル/kgとされているが,今後,年率3~5%の需要増が見込まれており,世界的なイタコン酸の供給能力増強と生産コスト低減に向けた取り組みが求められている(4, 18)4) T. Klement & J. Büchs: Bioresour. Technol., 135, 422 (2013).18) J. C. De Carvalho, A. I. Magalhaes & C. R. Soccol: Chim. Oggi-Chem. Today, 36, 56 (2018)..工業生産に用いられているA. terreusのイタコン酸生産性は培養条件や菌糸形態の影響を受けやすく培養制御の難易度は高い.これに対して,Ustilaginaceae科のイタコン酸生産菌は単細胞性で培養制御が容易であるという利点から,A. terreusに代わるイタコン酸生産菌として注目されている(6, 19)6) N. Wierckx, G. Agrimi, P. S. Lübeck, M. G. Steiger, N. P. Mira & P. J. Punt: Curr. Opin. Biotechnol., 62, 153 (2020).19) L. Regestein, T. Klement, P. Grande, D. Kreyenschulte, B. Heyman, T. Maßmann, A. Eggert, R. Sengpiel, Y. Wang, N. Wierckx et al.: Biotechnol. Biofuels, 11, 279 (2018)..ゲノム編集によりU. maydisのイタコン酸生産性を250 g/L程度まで高めることにも成功しており,本菌を用いることでイタコン酸の供給能力増強と生産コスト低減が可能になると期待される.
イタコン酸類縁体は構造多様性に富んでおり,これが多様な生理活性をもたらしていると考えられる.従って,イタコン酸類縁体を利用することでイタコン酸では得られないユニークな薬理活性を有した医薬品の開発が可能になるだろう.また,イタコン酸類縁体もイタコン酸と同じく付加反応性を示すので,特に高分子原料としての利用が期待される.例えば,アルキルイタコン酸は,前述の10-HHIAのようにビニル重合によりアルキル鎖を側鎖に持つグラフトポリマーや両親媒性化合物として乳化剤などの原料として利用できると考えられる.また,α-メチレン-γ-ブチロラクトンは,開環重合できるので高分子量ポリエステル樹脂などの原料として利用できると考えられる.一方,イタコン酸類縁体の発酵生産に関する研究は筆者の例を除き報告されていない.工業生産を見据えた場合,イタコン酸と同レベルの発酵生産性を達成できる生産株の取得が重要となる.そのために,イタコン酸類縁体について生産菌の分離と体系化,生合成機構の解明と発酵生産技術の構築,医薬品・工業原料として機能評価など包括的な研究を行う必要がある.もし,工業生産に適する生産株が得られればイタコン酸の生産設備を利用することで工業生産化を早めることができると考えられる.
有機合成化学で利用されるチオール–エン反応が生体内で普遍的に起き,それにより生体機能が維持・調節されていることは,化学反応が生命現象の根幹を担っていることを体現している.システイン残基を持つ多くのタンパク質がイタコン酸結合の標的に成り得ることから,イタコン酸との結合性がタンパク質の分子進化に大きく関与してきた可能性がある.また,内部C=Cを持つフマル酸などもイタコン酸と同様にチオール–エン反応によりタンパク質と結合することが知られている(7)7) E. D. Merkley, T. O. Metz, R. D. Smith, J. W. Baynes & N. Frizzell: Mass Spectrom. Rev., 33, 98 (2014)..よって,生体内ではチオール–エン反応を介したタンパク質の不活性化が広範に行われているが,生物がこれら付加反応性を示す生体分子をどのように使い分けているのかについても興味が持たれる.イタコン酸とその類縁体の機能解明を通じて,生命現象の一端が解き明かされるかもしれない.
Acknowledgments
本稿で紹介した著者の研究は,科学研究費補助金(グラント番号18J13414, 19K05767)の助成を受けて実施されました.この場を借りて,深く御礼申し上げます.
Reference
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