解説

ホタル生物発光の人工発光系へのモデル化とヒトの生体内精密計測に向けた挑戦ヒトの1細胞イメージングにむけた挑戦

Precise In Vivo Optical Imaging of the Human Body Based on Artificial Firefly Bioluminescence System:To Challenge Single-Cell Imaging of the Human Body

Atsushi Nakamura

仲村 厚志

電気通信大学大学院情報理工学研究科基盤理工学専攻,脳・医工学研究センター

Shojiro A. Maki

昌次郎

電気通信大学大学院情報理工学研究科基盤理工学専攻,脳・医工学研究センター

Published: 2022-02-01

ホタルといえば,初夏に川辺で光を放って群飛するイメージを日本人は持っているのではないかと拝察する.日本のホタルが清流付近に棲息する理由は,日本のホタル(ゲンジとヘイケ)の幼生期が水棲であり,清流に棲息するカワニナ・タニシなどの淡水系の巻き貝を餌としているからである.またホタル成虫は摂食しなくなり,次の世代へ命を託し一生を終える.ホタルは濁水を好まず清流を飲み,美しく光を放ち無残に散る.この儚く世を全力で生き抜く様が,武士道の精神に通ずるのか,古来より日本人の琴線に触れてきたのであろう.本稿では,ホタルの発光機構が化学反応であること,これを人為制御して,先端生命科学技術へ応用する技術に触れる.

Key words: ホタル生物発光; 近赤外発光; 生体内深部可視化; 1細胞イメージング; ヒトへの応用

緒言

日本人はホタルに水辺を連想するが,水棲のホタルはゲンジ,ヘイケ,に加えクメジマの3種くらいで,世界規模で見れば,ほぼホタルは陸棲(1)1) 東京ゲンジボタル研究所:ホタル百科,丸善株式会社である.この清流で光を放ち,儚く散るホタルの姿から,環境の清浄化を想起するのは,日本人くらいであろう.先述のように,日本で主流のホタル(ゲンジとヘイケ)が清流付近に棲息するのは,幼生期の餌のためである.

科学的とはいえ,このように文字にすると,古来より愛されているホタルのイメージが損なわれる感じもする.文系の先生方からは,情緒がないと叱られそうである.叱られついでに,夕暮れに,命を燃やすが如く儚くかつ眩く光るホタルの光が,どのように作られるのか,化学反応的に紹介する(2)2) 松本正勝:“生物の発光と化学発光”,日本化学会編,共立出版株式会社

ホタル生物発光とは

ホタルの生物発光は,図1図1■ホタル生物発光機構2)のようである.発光基質:D-Luciferin(1)が発光酵素:Luciferase内でAMP化され,カルボキシ基部位が活性化されたD-Luciferin-AMP(2)となる.次いで,カルボニル基の付け根のプロトンが脱離して酸素と反応し,高エネルギー状態のジオキセタン:dioxetane 3となる.これが分解するときのエネルギーも加わって,励起状態のoxy-Luciferin(4)が生成すると考えられる.これが基底状態に失活するときに,相当分のエネルギーを光として放出する.この波長はca. 560 nm(中性)とca. 620 nm(酸性)の2種があり,pHによって異なることが知られている(3)3) V. R. Viviani, D. R. Neves, D. T. Amaral, R. A. Prado, T. Matsuhashi & T. Hirano: Biochemistry, 53, 5208 (2014)..また,このエネルギー変換効率は41%と極めて高いことが知られている(4)4) Y. Ando, K. Niwa, N. Yamada, T. Enomoto, T. Irie, H. Kubota, Y. Ohmiya & H. Akiyama: Nat. Photonics, 2, 44 (2008)..このため,小さいホタルがあれだけ光っていても,熱くなることがないのである.これは冷光といわれている.古来より,「ホタルは身を焦がすような恋をして,その熱のため儚く散るような詩」が多々存在するが,科学的には,エネルギー変換効率が高いため,熱は出ない(熱失活しない)のである.さらに,発光基質は合成的には,非天然型のD-システインから合成する.つまり,右環部(チアゾリン部)のカルボキシ基はD-システインの不斉点を有しており,天然型のL-システインから合成したL-luciferinは,強い阻害活性を示し,極めて低い発光を示す.これは酵素内でAMP化体の一部が立体反転していると考えられ,ビトロの発光系では観測されるものの,10−3, 10−4と桁違いに低下し,実用的には「発光しない」とすべきレベルである.

図1■ホタル生物発光機構2)

生体内深部可視化のニーズ

情緒に欠ける冷めた文の一方で,ホタル生物発光は生命科学分野では極めて熱い国際競争の只中にある.日進月歩の生命科学分野においては,「可視化」は重要な位置にある.どんな素晴らしい生理現象の発見でも,生命科学分野の基本は可視化である.その現象が客観的に示されることが必要であり,研究を進めるためには計測できなければならない.近年,理工系では計測・測定・分析の分野の境が曖昧になり,新たに生体計測分野が加わることで,「生体内可視化」というキーワードも加わったように思う.

より精密に,これまで見えなかった生体内の事象を可視化できれば,そこに新たな研究が広がる.一方で可視化できなければ,詳細かつ客観的な研究は難しい.このような生命科学分野にあって,光を使った可視化技術は,原理的に分子1つ,細胞1つを標識・可視化することができるため,近年急速に発展している分野である.この光標識材料で一般的に広く利用されているのは,蛍光標識技術である.数多くの蛍光標識材料が市販され,発光色(波長)も実に豊富である.この技術は,標的(細胞や組織,生体物質)を蛍光材料と結合させ,外部から光を照射することで,蛍光材料は光励起され失活するときに光を放つ.この光を計測することで,生体内の事象を計測することができる.たとえば,モデルのがん細胞にGFPなどの蛍光タンパクを発現するように遺伝子組み換えしておき,これを被験動物体内に移植すれば,がん細胞が生体内で増殖してゆく様を光照射で計測することができる.定期的に,被験抗がん剤を投与して,がんの大きさの経時変化を観測することで,被験抗がん剤の効果を可視化・検証することもできる.

このように,病気の可視化も解剖をすることなく,1個体で継続的に可視化計測することができるので,薬効評価や研究も,個体差が少なく精密にデータ取得ができ,この積み重ねで,臨床医療技術に大きな進歩がもたらされている.

しかし蛍光材料では,外部から光を照射するため,生体内の蛍光物質が多数光ってしまう.このため,標的からの光だけを計測するにはフィルター技術が必要であり,かつ定量性の計測も容易ではない.この点で,発光標識であれば標識した「標的だけ」が光るので,基本的にフィルターは必要ない.自家蛍光が無いためノイズが少なくなり,より高感度な計測が可能になるとされている.

また,生体内深部の場合,蛍光材料は,入射光と反射光が生体内深部を透過することが必要である.一般に生体には「生体の窓(5)5) R. Weissleder: Nat. Biotechnol., 19, 316 (2001).」という光が透過しやすい波長域(650~900 nm程度:近赤外領域)が存在する.最も光を妨害するものは血液である.つまり,この波長域の光で励起し,かつこの波長域で反射光が得られれば良いが,簡単には実現していない.先端技術である2光子励起などの技術で数mmの深部可視化が実現している(6)6) M. Takezaki, R. Kawakami, S. Onishi, Y. Suzuki, J. Kawamata, T. Imamura, S. Hadano, S. Watanabe & Y. Niko: Adv. Funct. Mater., 31, 2010689 (2021)..しかし,マウスの肺でも1 cm程度の深度が必要であり,脳に至っては,血流も多く,深部の光イメージングには不適な臓器であった.しかし,生命科学の技術進歩は急進であり,脳を含む生体内深部の精密可視化は生命科学の先端研究において,常に高いニーズとして挙げられていた.

これらを解決するためには,ノイズが少なく,標的だけが自発光する「発光標識」が適しているのは自明であった.しかし,本研究開始当時は発光標識といえば,天然のホタル生物発光系(ca. 560 nm)か,海ほたる系(ca. 480 nm)が主として実用されていた.これらでは生体内深部を可視化するには,生体の窓領域(5)5) R. Weissleder: Nat. Biotechnol., 19, 316 (2001).に比して,波長が短かすぎる.筆者が動物実験の先生から「光は精密だが,深いところが見えない」とご教示賜ったことは,とても印象的であった.繰り返しになるが,「ホタル生物発光系で,近赤外領域(650 nm<)を実現」できれば,これらの問題は一挙に解決する.

ホタル生物発光系で近赤外発光を実現する

ホタル生物発光系で,近赤外発光を実現すれば良いだけで,生命科学の先端技術が切り拓けるのであれば,こんな簡単な話はない.筆者のみならず誰しもがそう思うであろう.当然,すでに先行研究はなされていた.既に,ホタル生物発光による生体内可視化(in vivo optical imaging)は,生命科学分野においては世界的常法であった.先述のように,ホタル生物発光は,発光酵素と発光基質,ATP, Mg2+イオン,酸素の化学反応で得られる.つまり,当時急成長していたバイオテクノロジーの技術で,「発光酵素の変異体を作成して,近赤外発光を作れば良い」と考えられていた.世界中で変異体が作成され,ホタル生物発光の波長変換技術競争が始まっていた.その中で,赤(ca. 630 nm),橙(580 nm),緑(550 nm)の3色を変異酵素で実現した技術Tripluc®が実用化(7)7) 近江谷克裕,中島芳浩:Synthesiology, 1, 259 (2008).された.またそれ以前には,ホタル発光基質のフェノール水酸基をアミノ基に変換したアミノルシフェリン(6′-Amino-D-luciferin(5): ca. 620 nm)が報告(2)2) 松本正勝:“生物の発光と化学発光”,日本化学会編,共立出版株式会社され(図2図2■アミノルシフェリン),複数社から市販もされていた.

図2■アミノルシフェリン

このTripluc®技術は,ホタル生物発光系で当時は最大幅の変換域を有し,この延長に近赤外発光も可能ではないかと,筆者も当時は考えていた.しかし世界規模の技術開発が進められているにもかかわらず,なかなか長波長系(近赤外発光)は得られなかった.そこで有機合成技術を有する筆者らは,「発光環境を制御する発光酵素変換ではなく,発光体となる発光基質を直接変換することでより大きな変換域が実現でき,さらに近赤外発光も可能になるのではないか」と考えた.早速ホタル生物発光基質の類縁体を各種合成し,最も一般的発光酵素である北米産ホタルの発光酵素(Ppy)に対して構造活性相関データ(8, 9)8) S. A. Maki: ECS Trans., 16, 1 (2009).9) 特開2006-219381「複素環化合物及び発光甲虫ルシフェラーゼ発光系用発光基質」を取得することに成功し,発光波長変換に対して一定の法則の取得(10, 11)10) 特許第5550035号「波長が制御されたルシフェラーゼの発光基質および製造方法」11) M. Kiyama, R. Saito, I. Satoshi, R. Obata, H. Niwa & S. A. Maki: Curr. Top. Med. Chem., 16, 2648 (2016).に成功した(図3図3■化学構造と生物発光制御技術).これにより,発光基質の構造をデザインすることで,可視領域をほぼ網羅する発光域での波長変換技術を手にすることができた(10, 11)10) 特許第5550035号「波長が制御されたルシフェラーゼの発光基質および製造方法」11) M. Kiyama, R. Saito, I. Satoshi, R. Obata, H. Niwa & S. A. Maki: Curr. Top. Med. Chem., 16, 2648 (2016).

図3■化学構造と生物発光制御技術

これら材料の中で,最も長波長で近赤外発光(675 nm)を示すものをAkaLumine(6)の名称で,和光純薬工業株式会社(現:富士フイルム和光純薬株式会社)から市販された(図4図4■ホタル生物発光型長波長発光材料).これにより,「ホタル生物発光系で,近赤外領域(650 nm<)の実現」はできたが,実用性は生命科学の技術では最も重要なポイントである.「論文はチャンピオンデータで書けるが,製品はアベレージデータで優れている必要がある」.AkaLumine(6)は近赤外発光を実現したが,水溶性が0.2 mg/mL程度と実用性は低かった.これには常法である「造塩で解決できる」と考えた.AkaLumine(6)を各種造塩することで,アンモニウム塩などの有機塩よりも塩酸塩や臭化水素塩にすると,大きく水溶性が増すことが確認された.この材料は,塩化しているので,緩衝溶液ではなく,純水に溶解する必要があるものの,水溶性が400 mg/mLと飛躍的に向上したため,塩酸塩はTokeOni(7(12)12) 特許第6011974号「新規ハロゲン化水素塩」として,シグマアルドリッチ合同会社(現:メルクグループ)から市販され,翌年AkaLumine HCl(7)の名称で和光純薬工業株式会社(現:富士フイルム和光純薬株式会社)から市販された(図4図4■ホタル生物発光型長波長発光材料).またNを導入することで,発光波長は維持したまま,構造的に水溶性を向上させたSeMpai(8),(13)13) R. Saito, T. Kuchimaru, S. Higashi, S. W. Lu, M. Kiyama, S. Iwano, R. Obata, T. Hirano, S. Kizaka-Kondoh & S. A. Maki: Bull. Chem. Soc. Jpn., 92, 608 (2019). Beteran(9),も創製(13)13) R. Saito, T. Kuchimaru, S. Higashi, S. W. Lu, M. Kiyama, S. Iwano, R. Obata, T. Hirano, S. Kizaka-Kondoh & S. A. Maki: Bull. Chem. Soc. Jpn., 92, 608 (2019).できた.SeMpai(8(13)13) R. Saito, T. Kuchimaru, S. Higashi, S. W. Lu, M. Kiyama, S. Iwano, R. Obata, T. Hirano, S. Kizaka-Kondoh & S. A. Maki: Bull. Chem. Soc. Jpn., 92, 608 (2019).はシグマアルドリッチ合同会社(現:メルクグループ)から市販されている(図4図4■ホタル生物発光型長波長発光材料).また本系では最長波長となるGeKiaka(14)14) G. Kamiya, N. Kitada, R. Saito-Moriya, R. Obata, S. Iwano, A. Miyawaki, T. Hirano & S. A. Maki: Chem. Lett., 50, 1523 (2021).図3図3■化学構造と生物発光制御技術)も創製され,実用化を進めている.

図4■ホタル生物発光型長波長発光材料

イメージング対象の大型化

長波長発光材料が実用化されると,「生体内深部可視化ができるのであれば,動物の大型化もできるのではないか」との声が挙がった.深部可視化とはcm単位での肉厚を光が透過できること(15)15) バイオテック2017, 2018アカデミックフォーラム「中大型動物用の光イメージング技術」を示しており,これはすなわち,大型動物のイメージングも可能になることを意味していた.大型動物の臓器がイメージング対象となれば,将来の移植・再生医療での鍵技術となろう.

臓器移植では,臓器を待つ患者さんが時間との闘いになっていること,また待っておられる間の患者さんやそのご家族のストレス(誰かが脳死になることを待つことへの罪悪感)も解決すべき大きな課題である.もし,iPS細胞の技術とブタや羊(ヒトの臓器と同じくらいの大きさ)などの食用家畜を医用転用することで,ヒトの臓器を意図的・計画的に作ることができるようになれば,これらの課題解決に寄与できるかもしれない.たとえば,iPS細胞の技術で免疫に配慮して分化誘導した肝臓の種細胞に発光酵素を発現するように遺伝子組み換えしておき,これを臓器作製用に特化したブタや羊などに移植すれば,発光基質を投与するだけで,当該細胞が生着成長する様を体外から経時的かつ精密に(1細胞の精度で)観測することができるようになろう.これで人為的なヒトの臓器作製の研究ができるようになろう.この技術が実用化できるようになれば,計画的にヒトの臓器が作成できるようになる未来が開かれよう.しかし,この研究はすでに米国では実施されており,すでに論文化(16)16) J. Wu, A. Platero-Luengo, M. Sakurai, A. Sugawara, M. A. Gil, T. Yamauchi, K. Suzuki, Y. S. Bogliotti, C. Cuello, M. Morales Valencia et al.: Cell, 168, 473 (2017).されるほど進んでいる.我が国で先端技術を創製しても,海外で先に利用されるであろう現状は,たいへん悔しい思いである.

近赤外発光材料による生体内深部可視化は,単に,これまで可視化できなかった生体内深部の生体内計測を実現しただけではなく,これまで難しいとされてきた研究や強く願いながら実現できないでいる技術開発を進める切掛けにもなっている.

ヒトへの応用とその意義

光による生体内可視化は,先述通り,原理的に1細胞から標識できるので,現在ヒトの生体計測に用いられているCT, MRIやX線,超音波などの組織可視化に比して桁違いに精密である.たとえば,微小ながん転移が可視化できないため,転移がんの治療が遅れ,後に,転移がんが臨床検査で発見され深刻な状態になってしまう事例が少なくないことは,一般に知られている.「せめて動物実験レベルでも,がん転移のメカニズムが明確に可視化できれば」と願うがん関連の研究者は多いであろう.

このような背景から,「近赤外発光材料の可視化技術が直接ヒトに使えたら良い」と考える方は少なくない.しかし,発光標識材料技術が,ホタル発光酵素あるいはこの変異体の遺伝子導入を必須としていることから,ヒトへの遺伝子組換えができない現状では,生体内深部の精密可視化技術のヒトへの応用は容易ではない.遺伝子組換えは,意図的な導入はできても,除去ができないことが根本的な問題であろう.

「ではもし,ヒトが元来保有する生体内物質と反応して近赤外発光を生じる材料があれば,これらの問題の根本的な解決になるのではないか?」と思われた読者の方もおられるのではないだろうか.筆者らは,この可能性を求めて既に研究を開始している(17)17) 特願2020-148548「発光システム及びシトクロムP450の定量方法」

非遺伝子組換マウスの肝臓発光の発見とその意味

この研究の途上で,筆者らは「遺伝子組換えをしていないマウス/ラットの肝臓が光る」ことに気づいた.より正確には,この材料を動物実験で利用可能かどうかの試用をしていただいていた複数の動物実験の先生方から同じ質問が寄せられた.この現象はマウス/ラットの生体内物質と人工物質(AkaLumine, TokeOni)が反応して発光現象を呈することを示している.つまり,「哺乳類であるマウス/ラットが本来持つ物質と人工合成した化合物が生体内で反応して計測されるほど強く発光している」ことになる.これが何かの間違いでなければ,「哺乳類の生体内物質に反応して人工物が発光する」前例の無い現象となろう.哺乳類であるマウス/ラットの生体内物質であれば,ヒトでも類似の物質を持っている可能性が高い.また生体内物質であれば,もう遺伝子組換えを必要とせずに,生体内発光を実現することができる可能性が高い.これが技術として確立できればヒトで生体内深部可視化が光でできるようになろう.1細胞イメージングがヒトでできるようになる可能性すら現実的になる.この発見はたいへん意味深い.

精密発光計測の応用技術開発の最前線

このように,筆者らは,マウス生体内物質と反応して発光する人工物質(AkaLumine, TokeOni)を手にしており,これの詳細を解明して発展させることで,将来的にヒトでの生体内深部の精密可視化ができるようになると考えている.さらにAkaLumine-AkaLucを利用したAKaBLIの系では,マウスの肺にある1つのがん細胞を可視化することや,霊長類であるマーモセットの脳深部(線条体)の可視化にも成功(18)18) S. Iwano, M. Sugiyama, H. Hama, A. Watakabe, N. Hasegawa, T. Kuchimaru, K. Z. Tanaka, M. Takahashi, Y. Ishida, J. Hata et al.: Science, 359, 935 (2018).している.技術を磨くことで,マウスの生体内物質との発光系でも1細胞イメージングが再現できるのではないかと考えている.つまり,マウスの生体内物質と相同性の高いヒトの物質に対して,人工物質(AkaLumine, TokeOni)をフィットさせるように各種類縁体を合成すれば良いと考えている.

現在,筆者らはマウス生体内物質についてさまざまな検討を行っており,これまでに,薬理学的解析から,肝臓の発光には薬物代謝酵素であるシトクロムP450(CYP)が関与していることを明らかにしている.CYPは薬物代謝や解毒,ホルモンの生合成にかかわる酸化酵素である.さらに培養細胞株を用いた解析により,マウスおよびラットだけでなく,ヒト肝臓由来の細胞においても発光を検出することに成功している.このことは,ヒト生体内深部の可視化実現に向け,可能性を大いに高める結果と考えている.さらに,肝疾患マウスを作製して肝臓発光を計測したところ,「薬物による慢性肝疾患」,および「非アルコール性脂肪性肝疾患」において,それぞれ発光の減少,および増大が見られた.これらの知見は,将来的に筆者らの肝臓発光システムが,全く新しい疾患検出法となり得る可能性があると考え,さらに検討を重ねている.CYPは肝臓だけでなく,他の臓器にも存在することから,臓器ごとの発光検出も視野に入れた類縁体の合成を目指している.CYPはさまざまな生物種において存在する分子であるため,他の生物としてハエおよびダンゴムシで発光を検討したところ,マウスと同程度の発光が検出され,しかもそれらはCYP阻害剤により減弱された.CYPの関与する発光システムが,脊椎動物,および無脊椎動物と広範囲に見られる可能性を秘めている.このような,これまでにない全く新しい機構による発光システムは,非常に広範囲な応用が想定され,それぞれに応じた新規類縁体の開発に取り組んでいきたいと考えている.

展望

このように,古来人類が見たホタルの儚い光は,ヒトでの1細胞イメージングを可能とするSF小説のような技術となろうとしている.この技術により,「がん転移」の可視化が可能となるかもしれない.そうなれば,「がん転移」を制御する技術を人類は手にできるようになる可能性は高い.全人類的課題といっても過言では無い「がん転移」による「がん死の回避」が可能となるかもしれない.さらに,ヒトの臓器を専用の家畜に作らせる技術が確立できれば,臓器移植を待ちきれずにおとす命を防げるかもしれない.また免疫に配慮した移植(自分の細胞を分化させた臓器)ができるため,患者さんの予後の負担軽減にも寄与すると考えられる.副産物としては,家畜だけでは無い,高い付加価値としての養豚・養羊産業が先見される.これらの技術は,人類が長らく熱望しながら,いまだに果たせずにいる技術と考えられる.深部可視化が直ちにこれらをすべて解決するとは思えないが,解決する技術を作る端緒となる可能性を十分秘めていると思う.異分野融合が叫ばれ久しいが,今一度,低分子が寄与する生命科学技術で,人類の夢を実現したいと強く願う.

Acknowledgments

この研究は,理化学研究所脳科学総合研究センター 宮脇敦史先生と岩野智先生,東京工業大学 近藤科江先生,自治医科大学 口丸高弘先生に,多大なご指導をいただきましたこと,深く御礼申し上げます.

標識材料技術の技術開発では,電気通信大学 脳・医工学研究センター 丹羽治樹先生,北田昇雄先生,東京薬科大学 森屋亮平先生,電気通信大学大学院情報理工学研究科基盤理工学専攻 平野誉先生,産業技術総合研究所 近江谷克裕先生のご指導も頂戴しております.材料合成では,慶應義塾大学理工学部 西山繁先生,小畠りか先生のご指導とご助力を頂戴しました.長波長発光標識材料の工業製造は,黒金化成株式会社に実現していただきましたこと,御礼申し上げます.

Reference

1) 東京ゲンジボタル研究所:ホタル百科,丸善株式会社

2) 松本正勝:“生物の発光と化学発光”,日本化学会編,共立出版株式会社

3) V. R. Viviani, D. R. Neves, D. T. Amaral, R. A. Prado, T. Matsuhashi & T. Hirano: Biochemistry, 53, 5208 (2014).

4) Y. Ando, K. Niwa, N. Yamada, T. Enomoto, T. Irie, H. Kubota, Y. Ohmiya & H. Akiyama: Nat. Photonics, 2, 44 (2008).

5) R. Weissleder: Nat. Biotechnol., 19, 316 (2001).

6) M. Takezaki, R. Kawakami, S. Onishi, Y. Suzuki, J. Kawamata, T. Imamura, S. Hadano, S. Watanabe & Y. Niko: Adv. Funct. Mater., 31, 2010689 (2021).

7) 近江谷克裕,中島芳浩:Synthesiology, 1, 259 (2008).

8) S. A. Maki: ECS Trans., 16, 1 (2009).

9) 特開2006-219381「複素環化合物及び発光甲虫ルシフェラーゼ発光系用発光基質」

10) 特許第5550035号「波長が制御されたルシフェラーゼの発光基質および製造方法」

11) M. Kiyama, R. Saito, I. Satoshi, R. Obata, H. Niwa & S. A. Maki: Curr. Top. Med. Chem., 16, 2648 (2016).

12) 特許第6011974号「新規ハロゲン化水素塩」

13) R. Saito, T. Kuchimaru, S. Higashi, S. W. Lu, M. Kiyama, S. Iwano, R. Obata, T. Hirano, S. Kizaka-Kondoh & S. A. Maki: Bull. Chem. Soc. Jpn., 92, 608 (2019).

14) G. Kamiya, N. Kitada, R. Saito-Moriya, R. Obata, S. Iwano, A. Miyawaki, T. Hirano & S. A. Maki: Chem. Lett., 50, 1523 (2021).

15) バイオテック2017, 2018アカデミックフォーラム「中大型動物用の光イメージング技術」

16) J. Wu, A. Platero-Luengo, M. Sakurai, A. Sugawara, M. A. Gil, T. Yamauchi, K. Suzuki, Y. S. Bogliotti, C. Cuello, M. Morales Valencia et al.: Cell, 168, 473 (2017).

17) 特願2020-148548「発光システム及びシトクロムP450の定量方法」

18) S. Iwano, M. Sugiyama, H. Hama, A. Watakabe, N. Hasegawa, T. Kuchimaru, K. Z. Tanaka, M. Takahashi, Y. Ishida, J. Hata et al.: Science, 359, 935 (2018).