Kagaku to Seibutsu 60(2): 89-94 (2022)
セミナー室
ビタミンB不足の栄養学的意義修正可能な重要な疾患リスク
Published: 2022-02-01
© 2022 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2022 公益社団法人日本農芸化学会
20世紀前半ビタミンが次々と発見され,その欠乏による疾患の予防・治療が大きく進歩したが,現代,健康増進・疾患予防において,ビタミンには新たな役割が期待されるようになってきた.本シリーズは「ビタミン・ミネラルの温故知新」と題されているが,このタイトルは,正にわれわれの申し上げたいことそのものである.なおビタミン全般についての詳細な成書としては,最近出版された事典を参照されたい(1)1) 日本ビタミン学会(編):“ビタミン・バイオファクター総合事典”,朝倉書店,2021..
かつての日本において,ビタミンB1の欠病症である脚気は結核と並び日本の国民病であったが,その原因は不明であった.原因不明のものに対しては,対策が立てられず多くの死者を出したが,海軍軍医であった高木兼寛は海軍の遠洋航海において,洋食を取らせた軍艦では,従来の白米中心を取らせていた艦と比べて,脚気の発生が激減することを示し,鈴木梅太郎は,米ぬかから抗脚気因子(後のビタミンB1)を見いだした.ビタミンB1に限らず,20世紀前半には多数のビタミンが見いだされ,ビタミンD欠乏によるクル病・骨軟化症や,ビタミンC欠乏による壊血病など,それらの欠乏が重大な疾患の原因であることが明らかとなった.原因が明らかとなり,欠乏しているビタミンを補充することができるようになったことにより,脚気を始めとするビタミン欠乏症患者は激減した.
ビタミンの欠乏 | ビタミンの不足 | |
---|---|---|
程度 | 重症 | 欠乏よりも軽度 |
引き起こされる症状 | 各個人に異常が起こる | 集団において疾患リスクの増加が観察される |
例(ビタミンDの場合) | クル病・骨軟化症 | 骨折リスクの増加 |
このため現在では健康増進におけるビタミンの役割が軽視され,少なくとも日本においては,ビタミンと疾患は既に過去の話題のように思われがちであるが,決してそうではなく,以下に示すように,ビタミンには新たな役割が期待されている.
現在の日本人にとって,糖尿病をはじめとする生活習慣病などの慢性疾患は,非常に重要な疾患である.WHOでは非感染性疾患(non-communicable diseases; NCDs)という言葉が用いられている.疾患の中には,ある1つの遺伝子の異常によって発症する単一遺伝子疾患のように,単一の原因によって起こるものがあるが,生活習慣病などの慢性疾患はこれとは異なり,多数の遺伝子が関連し,さらに生活習慣などの環境要因が加わって起こる多因子疾患である.
たとえば動脈硬化を例に挙げると,遺伝子多型など動脈硬化を起こしやすい遺伝的素因に加えて,高血圧・脂質異常症・糖尿病・喫煙など多くの危険(リスク)因子の累積によって進展するが,単因子疾患とは異なり,何らかの要因を持っていれば,必ずその疾患を発症するのではない.血圧や血清LDLコレステロールが基準値を超えた場合,心血管疾患のリスクが高まるが,基準値を超えたら必ず疾患を発症するのではない.これら慢性疾患の診断・予防・治療は,リスクに基づいて行われる.これら疾患の発症において,栄養・運動などの生活習慣改善は大きな意義を持つ.すなわち現代の栄養学においては,疾患リスクを低減させることが重要であり,健康増進・疾患予防におけるビタミンの意義も,このような観点から考える必要がある.
欠乏症回避のための必要量(指標となる欠乏症) | 不足による疾患リスク増加回避のための必要量(指標となる疾患リスク) | |
---|---|---|
ビタミンD | 2.5 µg(骨軟化症)1 | 10~20 µg(骨折リスク)2 |
ビタミンK | 65~75 µg(出血傾向)3 | 250~300 µg(骨折リスク)2 |
ビタミンC | 10 mg(壊血病)4 | 100 mg(心臓血管系の疾病への抗酸化作用)4 |
ビタミンB12 | 2.4 µg(悪性貧血)4 | ?(高Hcy血症による種々の疾患リスク) |
1 健康栄養情報研究会:第六次改定 日本人の栄養所要量,第一出版,1999. 2 骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン作成委員会:「骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2015年版」http://www.josteo.com/ja/guideline/doc/15_1.pdf 3 厚生労働省:「日本人の食事摂取基準(2010年版)」策定検討会報告書,https://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/05/s0529-4.html, 2010. 4 厚生労働省:「日本人の食事摂取基準(2020年版)」策定検討会報告書,https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_08517.html, 2020. |
上に述べたように,ビタミン欠乏(deficiency)により,脚気(ビタミンB1欠乏症)やクル病・骨軟化症(ビタミンD欠乏症)のような特徴的な欠乏症が起こる.現在の日本では,これらはおおむね克服されたものとして,健康増進・疾患リスク低減におけるビタミンの意義が軽視されがちであるが,欠乏よりも軽度の不足(insufficiency)においては,これら欠乏症は起こらないが,種々の疾患への潜在的リスクが増大する(2)2) 田中 清:ビタミン,93, 325 (2019)..
すなわちビタミン欠乏による古典的欠乏症は単因子疾患的であるのに対し,ビタミン不足は多因子疾患のリスクを増大させるものである.たとえばビタミンD欠乏により,クル病・骨軟化症が起こるが,ビタミンD不足は骨折リスクを増大させるが,単因子として必ずしも骨折を起こすのではない.
欠乏においては,各個人に異常が認められるのに対し,不足によるリスク増大は,集団の調査から明らかとなるものであり,欠乏のように,各個人において外見上の異常は伴わないため,その意義が十分認識されにくい.
本稿はビタミンB不足に関するものだが,ビタミン不足に関する研究が最も進んでいるのはビタミンDであるため,脂溶性ビタミンについても最初に簡単に述べておく.
ビタミンDの最も基本的作用は,腸管からのカルシウムとリン吸収促進である.また骨はコラーゲンを中心としたタンパク質の枠組みの上に,リン酸カルシウムが沈着(石灰化)して生成される.このためビタミンD欠乏の結果,石灰化障害,すなわち小児においてはクル病,成人では骨軟化症が起こる.
血液中カルシウム濃度は,生命維持のために必ず一定の範囲内に維持される必要があるが,骨のカルシウムは2つの役割を果たしており,硬い骨として体を支えるだけではなく,血液中カルシウム濃度を維持するためのカルシウム貯蔵庫という意味もある.患者さん向けの本では,血液中カルシウムは手持ちの現金,骨のカルシウムはカルシウム銀行の預金残高という例えがよく使われている.
ビタミンD不足により,腸管からのカルシウム吸収が低下すると,血液中カルシウム濃度維持のため,骨吸収(骨を壊すこと)が亢進し,骨粗鬆症・骨折のリスクとなる.患者さん向けの本では,手持ちの現金が乏しくなると,預金を引き出すという例えが使われる.なお活性型ビタミンDはホルモンであり,ビタミンD受容体(VDR)を介して,種々の遺伝子発現を制御する.VDRは全身に分布しており,ビタミンDはカルシウム・骨代謝調節作用に限らず,全身の組織に多彩な作用を発揮する.最近ビタミンD不足は,骨粗鬆症だけではなく,筋力低下・感染症・一部のがん・自己免疫疾患など,多くの疾患リスクでもあることが明らかとなっている(3)3) K. Tanaka, A. Kuwabara & N. Tsugawa: J. Nutr. Sci. Vitaminol. (Tokyo), 66, 497 (2020)..
以上,ビタミンD不足と疾患リスクの関連について述べたが,脂溶性ビタミンではその他,ビタミンK・ビタミンE不足と疾患リスクについても注目されている.ビタミンKは4つの血液凝固因子のグルタミン酸残基にさらにカルボキシ基を導入する(Gla化)酵素の補酵素であり,これにより血液凝固因子はカルシウムイオン結合能を獲得する.このためビタミンK欠乏により,血液凝固異常が起こるが,ビタミンK依存性にGla化されるタンパク質は血液凝固因子に限らない.骨基質タンパク質であるオステオカルシンはその代表であり,ビタミンK不足は骨折リスクとなる(4)4) A. Kuwabara, K. Uenishi & K. Tanaka: J. Clin. Biochem. Nutr., (2021), in press..また,ビタミンEの基本的作用は細胞膜の多価不飽和脂肪酸を酸化から護り,細胞膜の構造を維持することであり,ビタミンE不足の結果,細胞膜不安定化によって種々の疾患リスクが増大する.
これに対し,水溶性ビタミン不足と疾患リスクについては,これまであまり注目されてこなかったが,その中でも比較的研究が行われているのは,ビタミンB12・葉酸・ビタミンB6不足による高ホモシステイン(Hcy)血症と疾患リスクであり,まずこれについて述べる.
ビタミンB12・葉酸はDNA合成に不可欠であり,このためこれらビタミンが欠乏すると,骨髄内で赤芽球(赤血球の元になる細胞)におけるDNA合成障害のため,細胞分裂ができず,巨赤芽球性貧血が起こる.ビタミンB12は,メチオニンシンターゼ,およびメチルマロニルCoAムターゼの補酵素として作用しており,その欠乏症として,貧血以外に亜急性連合性脊髄変性症(subacute combined degeneration of spinal cord; SCDC)のような神経疾患も起こる.
Hcyはメチオニン代謝の中間産物であり,ビタミンB12・葉酸依存性にメチオニンに,あるいはビタミンB6依存性にシステインに代謝される.したがってこれらビタミンの不足により高Hcy血症が起こり,高Hcy血症は,脂質異常症とは独立した動脈硬化の危険因子である(5, 6)5) M. E. Temple, A. B. Luzier & D. J. Kazierad: Ann. Pharmacother., 34, 57 (2000).6) J. Selhub: Food Nutr. Bull., 29(Suppl), S116 (2008)..臨床研究は,大きく介入研究と観察研究に分けられる.観察研究においてはおおむね,高Hcy血症が心血管疾患や脳血管障害リスクであることが示されているが,これらビタミンによる介入研究においては,心血管疾患や脳血管障害抑制に関しては有効でなかったとの報告が多い.ただし,ネガティブな結果に終わった介入研究の多くは,心筋梗塞を起こした患者や過去に脳血管障害を起こした患者などの既に動脈硬化が進展していると考えられる患者を対象者としている場合がほとんどである.本来,ビタミン介入による疾患リスク低減を目指すのは,低~中リスクの対象者であり,このような既に症状が進行した症例はビタミンの介入試験の対象者として,明らかに不適切な対象者と考えられ,著者らは高Hcy血症と動脈硬化性疾患の関連については,良質の観察研究の結果を重視すべきと考えている(7)7) 田中 清,青 未空,桒原晶子:ビタミン,92, 73 (2018)..
さらに近年,高Hcy血症は骨粗鬆症性骨折のリスクでもあることが報告されている.上記のように,骨はコラーゲンを中心としたタンパク質の枠組みの上にカルシウムが沈着して生成され,骨粗鬆症に関しては従来,骨量(カルシウム量)を中心に診断されてきたが,最近,骨量だけではなく骨質も重視されており,コラーゲン同士をつなぎ止める分子間架橋は,この骨質に大きく影響する.ホモシステインは,このコラーゲン架橋の形成にかかわるリジルオキシダーゼの作用を遺伝子およびタンパク質レベルで多段階に阻害することが知られており,高Hcy血症は結果として,骨折リスクの増加につながる(8, 9)8) 骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン作成委員会編:“骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2015 年版,ライフサイエンス出版”,2015.9) J. P. van Wijngaarden, E. L. Doets, A. Szczecińska, O. W. Souverein, M. E. Duffy, C. Dullemeijer, A. E. Cavelaars, B. Pietruszka, P. Van’t Veer, A. Brzozowska et al.: J. Nutr. Metab., 2013, 486186 (2013)..
脚気は,神経障害を主体とする乾性脚気(dry beriberi)と,心不全が主となる湿性脚気(wet beriberi)に分けられるが,いずれの病型を呈するのかの規定因子は明らかではない.ビタミンB1はチアミン2リン酸(TPP)として,ピルビン酸をアセチルCoAに代謝するピルビン酸デヒドロゲナーゼなど,デヒドロゲナーゼやトランスケトラーゼの補酵素として作用する.多くのエネルギー代謝に不可欠な酵素反応の補酵素であり,ビタミンB1の必要量は,日本人の食事摂取基準においてエネルギー摂取量あたりで定められる.心筋は非常にエネルギー代謝のさかんな臓器であり,当然ビタミンB1の必要量も大きいため,ビタミンB1欠乏によって心不全(湿性脚気)が起こるものと考えられる.
そこでわれわれは,脚気をきたすほどのビタミンB1欠乏ではなく,ビタミンB1不足であっても,心不全のリスクとなるのではないかと考えた.しかし,ビタミンB1の欠乏と不足は世界的に見ても明確には区別できておらず,ビタミンB1不足によっても心不全リスクが増加するかどうかについての報告は,われわれの検索の限りでは見いだせなかった.そこで,最近平均84歳の施設入居高齢者を対象に調査を行った.ナトリウム利尿ペプチドは,心不全により心臓の壁が伸展されると,心臓から分泌され,水・ナトリウム利尿効果を発揮する.その1種である脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)の血漿中濃度は,心不全患者において高値となり,心不全の鋭敏な指標として臨床において使用されている.
この調査の対象者におけるビタミンB1濃度は,重症のビタミンB1欠乏のレベルではなかったが,血漿BNP濃度は全血中ビタミンB1濃度と有意な負の相関を示し,重回帰分析において種々の因子にて補正したが,全血中ビタミンB1濃度低値は,年齢・性別・体格・腎機能とは独立した心不全の危険因子であった.すなわち,脚気を引き起こすほどのビタミンB1欠乏でなくても,それよりも軽度のビタミン不足の段階であっても,心不全リスクを増加させることが示唆された(10, 11)10) M. Ao, K. Yamamoto, J. Ohta, Y. Abe, N. Niki, S. Inoue, S. Tanaka, A. Kuwabara, T. Miyawaki & K. Tanaka: J. Clin. Biochem. Nutr., 64, 239 (2019).11) K. Tanaka, M. Ao & A. Kuwabara: J. Clin. Biochem. Nutr., 67, 19 (2020)..
近年高齢化社会となり,高齢者心不全の患者数が急増し,大きな社会問題になっている.パンデミックという言葉は,最近COVID-19感染症に対して用いられているように,本来世界的大流行を示す感染症に対して使われる用語だが,心不全の専門家の間では,心不全患者急増への警鐘を鳴らす意味で,心不全パンデミックと言われるようになっている.本研究の結果より,ビタミンB1不足は,高齢者心不全の修正可能なリスク因子である可能性が考えられる.もし高齢者のビタミンB1栄養状態改善により,高齢者心不全のリスクを低下させられるのであれば,大きな臨床的・社会的意義を持ち得る可能性があり,現在さらに研究を進めている.
目的 | 指標 | |
---|---|---|
摂取不足の回避 | 推定平均必要量(EAR) | |
推奨量(RDA) | ||
目安量(AI) | ||
過剰摂取による健康障害の回避 | 耐容上限量(UL) | |
生活習慣病の予防 | 発症予防 | 目標量(DG) |
重症化予防 | 重症化予防のための量 |
現代の日本において,重症のビタミン欠乏者数はそれほど多くなくても,ビタミン不足者数は非常に多い.ビタミンDに関しては,欠乏/不足者の割合は年齢を問わず,成人男性の約70%,成人女性の約90%であったと報告されている(12)12) N. Yoshimura, S. Muraki, H. Oka, M. Morita, H. Yamada, S. Tanaka, H. Kawaguchi, K. Nakamura & T. Akune: Osteoporos. Int., 24, 2775 (2013)..ビタミンBに関しては,まだ不足の概念が普及しているとは言えない段階であり,詳細なデータはないが,おそらく非常に頻度が高いものと考えられる.
重症の欠乏予防のためのビタミンの必要量に比べると,不足による疾患リスク回避のための必要量ははるかに大きい.ビタミンDの重度の欠乏症である石灰化障害防止のために必要な量は成人で2.5 µg/日とされているのに対し,骨粗鬆症の予防と治療ガイドラインにおいて,ビタミンDの不足でも引き起こされる骨折の予防に必要な量は10~20 µg/日とされている(8)8) 骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン作成委員会編:“骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2015 年版,ライフサイエンス出版”,2015..またビタミンCはコラーゲン合成に必須であり,ビタミンC欠乏の結果,血管のコラーゲン合成障害による,血管脆弱性・出血傾向をきたし,これを壊血病という.さらに,ビタミンCは強力な抗酸化ビタミンであり,ビタミンEと協同して,生体内の重要な分子を酸化変性から護るはたらきがある.壊血病予防ための必要量は約10 mg/日なのに対し,心臓血管系の疾病に対する有効な抗酸化作用のための必要量は100 mg/日(日本人の食事摂取基準の推奨量)とされている(13)13) 厚生労働省:「日本人の食事摂取基準(2020年版)」策定検討会報告書,https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_08517.html, 2020..
日本人の食事摂取基準は,厚生労働省から5年ごとに発表され,エネルギーや栄養素の摂取量についての指針を示すものであり,2020年版が現行のものである(13)13) 厚生労働省:「日本人の食事摂取基準(2020年版)」策定検討会報告書,https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_08517.html, 2020..栄養素の欠乏/不足回避のための指標として推定平均必要量(EAR)・推奨量(RDA)・目安量(AI),過剰摂取による健康障害回避のための量として耐容上限量(UL),生活習慣病の発症予防のための量として目標量(DG)が定められ,2020年版において生活習慣病の重症化予防のための量が追加された.
日本人の食事摂取基準における水溶性ビタミンの欠乏/不足回避のための指標策定根拠は,表4表4■日本人の食事摂取基準(2020年版)におけるビタミンB必要量の策定根拠に示すようにさまざまである.ビタミンB1・ビタミンB2は,飽和すると尿中に排泄されることに基づいて定められ,ナイアシン・ビタミンB6・葉酸・ビタミンB12は欠乏症予防が根拠であり,パントテン酸・ビオチンは健康人の摂取の中央値により定められている.水溶液ビタミンのうち例外としてビタミンCは,上に述べたうちの心臓血管系の疾病に対する有効な抗酸化作用を指標に策定されているが,他の8つのビタミンBに関しては,不足による疾患リスク低減に基づいて定められたものはない.上に述べたように,不足回避に必要な摂取量は,欠乏防止のための量を大幅に上回るので,疾患リスク低減を考慮したビタミンBの必要量を検討することは,今後の重要な検討課題である.
ビタミン | 指標 | 策定根拠:欠乏症回避 | 策定根拠:不足を考慮 | 策定根拠:その他 |
---|---|---|---|---|
ビタミンB1 | EAR RDA | 不足による疾患リスク増加を考慮して策定されたビタミンBはない | 尿中排泄量に基づく体内飽和量 | |
ビタミンB2 | 尿中排泄量に基づく体内飽和量 | |||
ナイアシン | ペラグラ発症予防 | |||
ビタミンB6 | 神経障害の発症予防 | |||
ビタミンB12 | 悪性貧血の発症予防 | |||
葉酸 | 巨赤芽球性貧血の発症予防 | |||
パントテン酸 | AI | 健康人の摂取量の中央値 | ||
ビオチン | 健康人の摂取量の中央値 |
高齢化社会においては,ビタミン不足の重要性は一層高まるものと考えられる.食事から摂取した栄養素が,生体において有効に作用するためには,消化管で吸収されなければならず,消化管機能が低下すると,当然吸収が障害される.ビタミンB12は,その最も重要な例である.ビタミンB12の吸収には,胃が必須である.食品中ビタミンB12は胃酸により遊離し,胃の壁細胞から分泌された内因子と結合し,内因子-ビタミンB12複合体が,回腸末端の特異的吸収部位から吸収される.このため胃がんにより,胃の全摘手術後には,ビタミンB12欠乏/不足は必発であるが,手術を受けていなくても,高齢者では非常に高頻度に萎縮性胃炎が見られ,胃酸分泌が低下しており,食品由来のビタミンB12吸収が障害されている.このような例では,結晶型ビタミンB12は吸収されるにもかかわらず,食品由来のビタミンB12吸収は低下しており,food cobalamin malabsorptionと呼ばれる(14)14) 渡辺文雄:ビタミン,83, 369 (2009)..
最初に述べたように,わが国では重症のビタミン欠乏症はおおむね克服されたと考えられているが,欠乏より軽度の不足であっても,種々の慢性疾患のリスクとなり,さらに最近では,ビタミン不足は免疫能低下,感染症のリスクでもあることが注目されている.多くのビタミンにおいて不足者の割合は高いと考えられ,不足回避に必要な摂取量は,欠乏防止のための量よりはるかに大きい.残念ながら我が国において,ビタミンB不足と疾患リスクに関して,ヒトを対象とした研究は極めて乏しく,今後さらなる研究が必要である.
Reference
1) 日本ビタミン学会(編):“ビタミン・バイオファクター総合事典”,朝倉書店,2021.
3) K. Tanaka, A. Kuwabara & N. Tsugawa: J. Nutr. Sci. Vitaminol. (Tokyo), 66, 497 (2020).
4) A. Kuwabara, K. Uenishi & K. Tanaka: J. Clin. Biochem. Nutr., (2021), in press.
5) M. E. Temple, A. B. Luzier & D. J. Kazierad: Ann. Pharmacother., 34, 57 (2000).
6) J. Selhub: Food Nutr. Bull., 29(Suppl), S116 (2008).
7) 田中 清,青 未空,桒原晶子:ビタミン,92, 73 (2018).
8) 骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン作成委員会編:“骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2015 年版,ライフサイエンス出版”,2015.
11) K. Tanaka, M. Ao & A. Kuwabara: J. Clin. Biochem. Nutr., 67, 19 (2020).
13) 厚生労働省:「日本人の食事摂取基準(2020年版)」策定検討会報告書,https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_08517.html, 2020.