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最新の研究知見から見たリンパ管の役割リンパ管の役割と解析方法

Yasuhiro Yoshimatsu

吉松 康裕

新潟大学大学院医歯学総合研究科薬理学分野

Published: 2022-03-01

脈管を主に構成する血管とリンパ管はほぼ全身に張り巡らされているため,それぞれの臓器や組織における機能に密接に関わっている.リンパ管の研究は,血管の研究に比べて大きく後れをとっていたが,2000年前後以降次々に特異的なマーカータンパク質(細胞種を特定し判別するための遺伝子産物を指す)が同定されて,近年はさまざまな病態との関係や病態モデルマウスを用いた解析からその役割が明らかになりつつある.今回は,いくつか注目すべきリンパ管の役割に加え,新たに解析の対象として取り組めるようにリンパ管の基礎,リンパ管の解析方法についても紹介する.

・リンパ管の形成過程と構造(1~3)1) 加藤征治:“リンパの科学 (ブルーバックス)”,2013.2) 加藤征治,須網博夫:“新しいリンパ学一微小循環・免疫・腫瘍とリンパ系”,2015.3) 渡部徹郎編:“実験医学「未知なるリンパ」”,2017.

リンパ管内皮細胞の分化は血管の動脈と静脈への分化が起きた後,静脈血管から分岐することで起こる.最初に初期リンパ嚢というリンパ管の大元のようなものができて,ここからリンパ管が伸長し初期のリンパ管ネットワークができあがる.この未熟なネットワークはリモデリング(再構成)と言われる成熟過程を経て,弁のある集合リンパ管へと分化していく.弁を持つ点は静脈と共通している.末梢組織の毛細リンパ管は緩い細胞間接着で細胞間質液を取り込みやすく周囲に平滑筋細胞を欠いているが,集合リンパ管は平滑筋細胞が被覆して漏れない構造をとり自律的な収縮が可能である.リンパ液の流速は遅く弁が逆流を防ぐことで効率よくリンパ液の送達が可能になるため,リンパ管の送液機能は弁に大きく依存している.最終的に血管とリンパ管は静脈角(リンパ液が血液に合流する箇所)以外では完全に分離するが,血小板がリンパ管内皮細胞側に発現するpodoplaninという膜タンパク質を介してリンパ管の退縮を誘導し,血管との分離が完了する.

・リンパ管の機能(1~3)1) 加藤征治:“リンパの科学 (ブルーバックス)”,2013.2) 加藤征治,須網博夫:“新しいリンパ学一微小循環・免疫・腫瘍とリンパ系”,2015.3) 渡部徹郎編:“実験医学「未知なるリンパ」”,2017.

リンパ管の機能は主に,老廃物や余剰な水分の回収,腸管からの脂肪の吸収,免疫細胞の運搬(免疫反応の場)として知られているが,この機能の低下が起こった場合には,リンパ浮腫(異常なむくみ)が起きる.末梢組織にリンパ液が溜まるので,脂肪が沈着しやすくなり肥満傾向を誘発する.また,免疫細胞の動員が悪くなってしまうため,免疫力も低下する.多くの場合,炎症を併発し組織の線維化(線維芽細胞の増殖による)が起きて硬化するため,さらにリンパ液が滞留しやすくなって病態は悪性化しやすい.一方,リンパ管が新しくできること(リンパ管新生)で困るのはがんの転移が起きる場合である.リンパ管・リンパ節を介したリンパ行性転移(血管を介して転移する場合の血行性転移と対比される)はがんの悪性度の指標になっている.

・新たに注目されるリンパ管の機能(4)4) A. González-Loyola & T. V. Petrova: Adv. Drug Deliv. Rev., 69, 63 (2021).

眼の毛様体から産生される房水はシュレム管という管から排出されて,眼圧の調節を受けるが,このシュレム管がリンパ管と似た性質を持つことが報告された.シュレム管の機能不全は老化と共に構造的に脆弱になるため,房水の排出機能の低下により眼圧が高くなって,視神経障害(緑内障)が発生し失明リスクが上がる.タンパク質のミスフォールディング・凝集やアミロイドβの蓄積が脳神経疾患の原因となっているが,これらの排除・除去にglymphatics(脈管を介さないグリア依存性の排出路)や硬膜リンパ管が重要な役割を果たしていることが示されている.これらの疾患で発生する神経炎症によりリンパ管の透過性が亢進すると(リンパ管の機能低下),さらに凝集や蓄積が亢進しこれらの病態が悪性化する.以上から,アルツハイマー病や脳血管障害に関与していることが示唆されており,緑内障と並んで患者が多い難治疾患であるため大きく注目されている.心臓のリンパ管は心収縮で生まれる余剰の体液を除去する役割がある.リンパ管機能が低下すると,心筋浮腫を引き起こして心機能が低下する.心筋梗塞や心肥大ではリンパ管の機能を高めると,心筋浮腫や炎症が改善され線維化(線維芽細胞が増えて組織が硬化し機能不全になる)などが抑制される.動脈硬化巣におけるリンパ管が機能低下すると,脂質(アポリポタンパク質)の排出や代謝がうまく行かずに動脈硬化が悪性化する.糖尿病患者では炎症や内皮傷害により,脈管の漏出性が高くリモデリングが誘導されやすい.リンパ管で漏出性が高くなると,末梢組織に脂肪がたまりやすくなり,さらに肥満,動脈硬化や浮腫を誘発する.また,高脂血症や糖尿病のモデルマウスでは,集合リンパ管の著しい機能低下が示されている.

・リンパ管の解析

先述したpodoplaninに加えProx1, VEGFR3, LYVE1は組織免疫染色でリンパ管解析時のマーカーとしてよく使われる(表1表1■解析によく使用されるリンパ管および血管のマーカー).特に炎症やがんでは血管の増生やマクロファージの浸潤が起きるので,これらの細胞と区別する際に重要である(図1図1■マウス胎仔皮膚における血管とリンパ管.マウス胎仔皮膚(胎生15.5日)をPECAM1(緑)とLYVE1(赤)に対する抗体を用いて染色したもの).Prox1は核のみの局在を示すので,VE-cadherinやPECAM1との共染色によりリンパ管と同定できる(これら二つはProx1陰性の場合に血管内皮細胞マーカーとして使用できる).LYVE1は一部の血管(肝臓の類洞内皮細胞など)やマクロファージでも発現があることや集合リンパ管では発現が低いことに注意が必要である.基本的に末梢組織では,血管が細くリンパ管はかなり太い(図1図1■マウス胎仔皮膚における血管とリンパ管.マウス胎仔皮膚(胎生15.5日)をPECAM1(緑)とLYVE1(赤)に対する抗体を用いて染色したもの).これは細胞間接着の強さに依存しており,血管は漏れを防ぐのに対してリンパ管は漏れやすい構造をとっている.リンパ液の運搬機能の評価としては,末梢組織に蛍光色素が結合した分子量が高めのdextranなどを造影剤として投与すると,血管には入らずにリンパ管に入るので造影が可能になる.造影剤の運搬が遅いと,機能低下していることが判定できる.本格的にマウスを用いたリンパ管の解析が必要になったら,Prox1-eGFPマウス(図2図2■Prox1-eGFPレポーターマウスにおけるリンパ管像:蛍光で可視化されたリンパ管)の導入をお勧めする.リンパ管がきれいに可視化でき格段に解析が容易になる.

図1■マウス胎仔皮膚における血管とリンパ管.マウス胎仔皮膚(胎生15.5日)をPECAM1(緑)とLYVE1(赤)に対する抗体を用いて染色したもの

リンパ管はPECAM1を弱く発現し,LYVE1はリンパ管の他に管状ではないマクロファージ様の細胞にも発現している.

図2■Prox1-eGFPレポーターマウスにおけるリンパ管像

リンパ管の弁のところはリンパ管同士が接合しているようになっており,細胞密度が高い.

表1■解析によく使用されるリンパ管および血管のマーカー
リンパ管血管
Prox1VE-cadherin/CDH5
VEGFR3/FLT4PECAM1
Podoplanin/PDPN
LYVE1
VEGFR3: vascular endothelial growth factor receptor 3 LYVE1: lymphatic vessel endothelial hyaluronan receptor 1 VE-cadherin: vascular endothelial cadherin *通称名と遺伝子名が異なるものは併記した.

Reference

1) 加藤征治:“リンパの科学 (ブルーバックス)”,2013.

2) 加藤征治,須網博夫:“新しいリンパ学一微小循環・免疫・腫瘍とリンパ系”,2015.

3) 渡部徹郎編:“実験医学「未知なるリンパ」”,2017.

4) A. González-Loyola & T. V. Petrova: Adv. Drug Deliv. Rev., 69, 63 (2021).