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ジャガイモの毒ソラニン生合成の鍵となる酵素の発見酸素添加酵素の機能分化が生み出す構造多様性

Ryota Akiyama

秋山 遼太

神戸大学大学院農学研究科

Masaharu Mizutani

水谷 正治

神戸大学大学院農学研究科

Published: 2022-03-01

ジャガイモは世界で四番目の消費量を誇る重要な作物である.しかし,ジャガイモはα-ソラニンと呼ばれる有毒物質を生産することが知られている.イモが光を浴びると皮や芽の付近でα-ソラニンは高濃度に蓄積されるため,管理を誤ったイモを食すると食中毒を引き起こす(1)1) 農林水産省:食品中の天然毒素「ソラニン」や「チャコニン」に関する情報,https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/solanine/.α-ソラニンは分子内に窒素原子を含むステロイド配糖体であるステロイドグリコアルカロイド(SGA)と呼ばれる化合物群の一種である.SGAはジャガイモの他にトマトやナスなどナス属作物でよく見られる二次代謝化合物であり,低減されるべき毒成分として認識されている.SGAはコレステロールを前駆物質として酸化やアミノ基転移,配糖化などを経て生合成され(2)2) S. Sawai, K. Ohyama, S. Yasumoto, H. Seki, T. Sakuma, T. Yamamoto, Y. Takebayashi, M. Kojima, H. Sakakibara, T. Aoki et al.: Plant Cell, 26, 3763 (2014).,これまでに単離同定されたSGA生合成遺伝子をゲノム編集により破壊して有毒α-ソラニンを低減したジャガイモの作出も進められ(3, 4)3) M. Nakayasu, R. Akiyama, H. J. Lee, K. Osakabe, Y. Osakabe, B. Watanabe, Y. Sugimoto, N. Umemoto, K. Saito, T. Muranaka et al.: Plant Physiol. Biochem., 131, 70 (2018).4) S. Yasumoto, N. Umemoto, H. J. Lee, M. Nakayasu, S. Sawai, T. Sakuma, T. Yamamoto, M. Mizutani, K. Saito & T. Muranaka: Plant Biotechnol., 36, 167 (2019).,さらに,ゲノム編集ツールを組み込まないゲノム編集ジャガイモ系統の実用開発も進められている(5, 6)5) 梅基直行,水谷正治,村中俊哉:化学と生物,56, 566 (2018).6) S. Yasumoto, S. Sawai, H. J. Lee, M. Mizutani, K. Saito, N. Umemoto & T. Muranaka: Plant Biotechnol., 37, 205 (2020)..一方,ナス属でみられるSGAの構造は非常に多様であり生理活性も多岐にわたることから,SGAを生合成する能力は長い進化の過程で環境に適応するために,あるいは外敵から身を守るために獲得してきた植物自身の化学戦略であるとも言える.本項では最近明らかになりつつある,SGA生合成の進化に焦点をあてて紹介したい.

SGAはステロイド側鎖に由来する骨格の構造からソラニダンとスピロソランに大別される.ソラニダンの代表的なものがα-ソラニンであり,ソラニダンの生産は栽培種および野生種のジャガイモにほぼ限られる.一方で,スピロソランは幅広いナス科植物でみられ,トマトのα-トマチンやナスのソラソニンなどがよく知られている.近年,このソラニダンとスピロソランの作り分けにかかわる鍵酵素であるDPSがジャガイモから単離同定された(7)7) R. Akiyama, B. Watanabe, M. Nakayasu, H. J. Lee, J. Kato, N. Umemoto, T. Muranaka, K. Saito, Y. Sugimoto & M. Mizutani: Nat. Commun., 12, 1 (2021)..DPSは2-オキソグルタル酸依存性ジオキシゲナーゼ(DOX)ファミリーに属する酸素添加酵素であり,スピロソランからソラニダンへの変換という非常にユニークな反応を触媒する(図1A図1■スピロソランを代謝するDOXが生み出すSGAの構造多様性と遺伝子多重化).一方で,トマトやナスにもDPSオーソログが存在し,それぞれの組換え酵素はDPSと同じ酵素活性を示した.しかし,DPSオーソログはトマトとナス共に全草で発現しておらず,したがってソラニダンを生産しないこととよく一致していた.DPSはジャガイモゲノム上の1番染色体に存在し,高い相同性を示すパラログ遺伝子とクラスターを形成していたが,トマトとナスではDPSオーソログはそれぞれ一遺伝子ずつしか存在しない(図1B図1■スピロソランを代謝するDOXが生み出すSGAの構造多様性と遺伝子多重化).ジャガイモにおいてのみDPS祖先遺伝子のタンデム重複が起こり,高活性かつ高発現型のDPSが進化した結果,ジャガイモはソラニダンを生産するようになったと推定される.実際,クラスター中にはDPSと同じ酵素活性を示すパラログ遺伝子が存在するが,基質であるスピロソラン配糖体に対する活性を比べると,DPSはパラログに比べて1000倍以上高活性になっていた.

図1■スピロソランを代謝するDOXが生み出すSGAの構造多様性と遺伝子多重化

スピロソランの代謝はトマトにおいても見られる反応である.トマトは苦味の原因となるα-トマチンを生産するが,われわれがその苦味を感じることはほとんどない.それは,トマト果実中のα-トマチンは登熟に伴って無味無毒なエスクレオシドAへと代謝変換されるためである(8)8) Y. Iijima, B. Watanabe, R. Sasaki, M. Takenaka, H. Ono, N. Sakurai, N. Umemoto, H. Suzuki, D. Shibata & K. Aoki: Phytochemistry, 95, 145 (2013)..この代謝変換の初発反応であるα-トマチンの23位水酸化反応もまた,DOXスーパーファミリーの23DOXが触媒する(9)9) M. Nakayasu, R. Akiyama, M. Kobayashi, H. J. Lee, T. Kawasaki, B. Watanabe, S. Urakawa, J. Kato, Y. Sugimoto, Y. Iijima et al.: Plant Cell Physiol., 61, 21 (2020).図1A図1■スピロソランを代謝するDOXが生み出すSGAの構造多様性と遺伝子多重化).DOXファミリーの分子系統解析に基づく分類により23DOXはDOXC20クレードに分類され,前述のDPSも同じくDOXC20に分類される.つまり,トマトの23DOXとジャガイモのDPSは共通の祖先遺伝子から進化してきたことが示唆された.興味深いことに,トマトゲノム上において23DOXに高い相同性を示す遺伝子がタンデム多重化しており(図1B図1■スピロソランを代謝するDOXが生み出すSGAの構造多様性と遺伝子多重化),野生種トマトではこれらDOX遺伝子が機能して多様なSGAの生合成に関与していることが明らかとなっている(図1A図1■スピロソランを代謝するDOXが生み出すSGAの構造多様性と遺伝子多重化,未発表データ).

さらに近年,トマト果実におけるα-トマチン無毒化代謝におけるもう一つの酸化反応であるC-27位水酸化を担う遺伝子としてDOXファミリー遺伝子であるE8/27DOXが同定された(10)10) R. Akiyama, M. Nakayasu, N. Umemoto, J. Kato, M. Kobayashi, H. J. Lee, Y. Sugimoto, Y. Iijima, K. Saito, T. Muranaka et al.: Plant Cell Physiol., 62, 775 (2021).図1A図1■スピロソランを代謝するDOXが生み出すSGAの構造多様性と遺伝子多重化).E8/27DOX遺伝子は古くからトマト果実の登熟に伴うエチレンに応答して発現が増大する遺伝子として知られていたが,その機能は不明なままであった.E8/27DOXはDOXC31クレードに分類されることから,DPS23DOXと異なった進化的起源を有していると考えられる.トマトゲノムの偽遺伝子を含む239のDOXの中で39遺伝子がDOXC31に分類されるが,その中のE8/Sl27DOXを含む16遺伝子が9番染色体上でタンデムに存在している.このようなE8/27DOXホモログの非常に高度なタンデムクラスターは他のナス科植物のゲノムにおいても観察される.これらの重複した遺伝子の機能を解析することで,E8/Sl27DOXの進化的起源,あるいは,まだ明らかとなっていないSGA生合成酵素を明らかにできるかもしれない.

これらの研究によって,ナス属作物が生産するSGAの構造多様性にはDOXの機能分化が深くかかわっていることが明らかにされた.また,こうしたDOX遺伝子が高度に多重化している点は興味深い.最近では遺伝子のタンデムリピートが植物代謝産物の多様化や進化に重要な役割を果たしている例がいくつも示されている.遺伝子の重複は植物が環境に適応しようとし,新たな代謝経路を生み出そうと試行錯誤した痕跡と言えるかもしれない.さらに,われわれにとってこうした遺伝子重複領域は新たな生合成酵素探索のよいターゲットとなるかもしれない.

Reference

1) 農林水産省:食品中の天然毒素「ソラニン」や「チャコニン」に関する情報,https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/solanine/

2) S. Sawai, K. Ohyama, S. Yasumoto, H. Seki, T. Sakuma, T. Yamamoto, Y. Takebayashi, M. Kojima, H. Sakakibara, T. Aoki et al.: Plant Cell, 26, 3763 (2014).

3) M. Nakayasu, R. Akiyama, H. J. Lee, K. Osakabe, Y. Osakabe, B. Watanabe, Y. Sugimoto, N. Umemoto, K. Saito, T. Muranaka et al.: Plant Physiol. Biochem., 131, 70 (2018).

4) S. Yasumoto, N. Umemoto, H. J. Lee, M. Nakayasu, S. Sawai, T. Sakuma, T. Yamamoto, M. Mizutani, K. Saito & T. Muranaka: Plant Biotechnol., 36, 167 (2019).

5) 梅基直行,水谷正治,村中俊哉:化学と生物,56, 566 (2018).

6) S. Yasumoto, S. Sawai, H. J. Lee, M. Mizutani, K. Saito, N. Umemoto & T. Muranaka: Plant Biotechnol., 37, 205 (2020).

7) R. Akiyama, B. Watanabe, M. Nakayasu, H. J. Lee, J. Kato, N. Umemoto, T. Muranaka, K. Saito, Y. Sugimoto & M. Mizutani: Nat. Commun., 12, 1 (2021).

8) Y. Iijima, B. Watanabe, R. Sasaki, M. Takenaka, H. Ono, N. Sakurai, N. Umemoto, H. Suzuki, D. Shibata & K. Aoki: Phytochemistry, 95, 145 (2013).

9) M. Nakayasu, R. Akiyama, M. Kobayashi, H. J. Lee, T. Kawasaki, B. Watanabe, S. Urakawa, J. Kato, Y. Sugimoto, Y. Iijima et al.: Plant Cell Physiol., 61, 21 (2020).

10) R. Akiyama, M. Nakayasu, N. Umemoto, J. Kato, M. Kobayashi, H. J. Lee, Y. Sugimoto, Y. Iijima, K. Saito, T. Muranaka et al.: Plant Cell Physiol., 62, 775 (2021).