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透明にすることで“見える”食品の内部構造グルテンの3次元構造の解明に成功

Takenobu Ogawa

小川 剛伸

京都大学大学院農学研究科

Published: 2022-03-01

実際に直接見てみたい!…ということは,非常に多くの分野の研究者の切なる願いではないだろうか.“百聞は一見に如かず”とはよく言ったものである.私たちのまわりの多くの物体は不透明であり,その内部を立体的に見る場合,内部の物質に密度差があるとX線CT等が威力を発揮する.しかし,必ずしもすべての物体に適用できず,たとえば,多くの生体試料では,ミクロトーム等を用いて試料を表面から連続して物理的に切断(物理的セクショニング)し,得られた薄層切片を2次元画像として計測した後に,パソコンのソフトウェアを用いて3次元に再構成する手法がとられている(図1(A)図1■3次元構造の計測法).この手法は,切断時に微小な構造が破壊や変形を受ける可能性が高い.また,大きな試料を詳細に計測しようとすると,数百枚以上の薄層切片が必要となるが,多量の薄層切片をミスなくミクロトームで切断するには,極めて洗練された高い技術と集中力を要する.そのような中で考案されたのが,試料の透明化と蛍光観察を組み合わせる手法である(以降,“透明蛍光化法”と表記する).もし不透明な試料を透明にすることができたなら,光は試料内部に入ることができる.もちろんそのままでは,光(励起光)は試料を通り抜けてしまうが,内部の見たいものを蛍光標識し,励起されることで発せられる蛍光を観察すれば,試料内部であっても見ることができる.あとは励起光を当てる位置を移動(光学的セクショニング)し,蛍光による構造の情報と位置情報とを合わせることで,内部の構造を立体的に観察することが可能となる(図1(B)図1■3次元構造の計測法).この光学的セクショニングは,励起光を当てる位置を動かせばよいので,物理的セクショニングに比べて,非常に速く画像を計測することができ,かつ微小な構造が破壊や変形を受けることもない.

図1■3次元構造の計測法

(A)物理的セクショニングでは,1枚ずつ試料を切断して画像を計測するため,微小な構造が破壊されるだけでなく,熟練した技術と時間を要する.(B)光学的セクショニングでは,透明にした試料に当てる光を移動すればよいので,微小な構造を破壊することなく,連続的に画像を瞬時に取得できる.

この透明蛍光化法では,“いかに試料を透明にするか?”が鍵であり,100年以上前から試料の透明化に向けた試行錯誤が繰り返されてきた.ベンジルアルコールと安息香酸ベンジルの混合物などは,透明化の黎明期に開発された代表的な透明化試薬であるが,有機溶媒ベースであり,構造を標識する蛍光(蛍光タンパク質等)の褪色が大きな課題であった.そのような中で,尿素,グリセロール,界面活性剤を組み合わせた水溶液ベースのScaleは,褪色の課題をはじめて克服した脳の透明化試薬として2011年に発表された(1)1) H. Hama, H. Kurokawa, H. Kawano, R. Ando, T. Shimogori, H. Noda, K. Fukami, A. Sakaue-Sawano & A. Miyawaki: Nat. Neurosci., 14, 1481 (2011)..これを皮切りに,Scaleの3つの試薬を再検討したCUBIC(2)2) E. A. Susaki, K. Tainaka, D. Perrin, F. Kishino, T. Tawara, T. M. Watanabe, C. Yokoyama, H. Onoe, M. Eguchi, S. Yamaguchi et al.: Cell, 157, 726 (2014).や,高濃度のフルクトース溶液を用いたSeeDB(3)3) M. T. Ke, S. Fujimoto & T. Imai: Nat. Neurosci., 16, 1154 (2013).などが相次いで開発された.さらに,界面活性剤のスクリーニングにより,植物を透明にできるClearSee(4)4) D. Kurihara, Y. Mizuta, Y. Sato & T. Higashiyama: Development, 142, 4168 (2015).なども開発されている.

ではなぜ透明になるのであろうか? 一般的には,光を散乱する物質の除去,ならびに試料中の水分の高屈折率溶液への置換(試料全体の屈折率の統一)という戦略がとられている.これにより,光は物質内部で屈折することなく,まっすぐ通過することができるため,透明に見える.これまでに開発された透明化試薬は,脳等の生体組織や植物の葉などを対象としたものであり,それぞれ脂質やクロロフィルを界面活性剤で除去し,尿素やフルクトースなどの高屈折率溶液を試料中に浸透させている(グリセロールは生体組織の安定化に寄与していると考えられている).特に,このような生体組織は,大部分が水である(脳は80%が水,14%が脂質,植物は80~90%が水,1~2%がクロロフィル)ことも透明化を容易にした.

一方,食品の場合,光を散乱する澱粉やタンパク質が大部分を占めていることが多く(たとえば市販の麺は,75%が澱粉,12%がタンパク質,12%が水,脂質が1%),これらの成分は内部の構造を形成する主体であり,除去するわけにはいかない.そのため,既存の透明化の戦略を適用できなかった(既存の透明化試薬を用いても,麺等をある程度は透明にできるが,十分な透明度が得られないか,内部の構造が破壊されてしまうという課題があった).そのような中で筆者らは,これらの成分に対して,新たな物質(サリチル酸ナトリウム)が光の散乱を劇的に低減できることを見いだした.これにより,成分を除去することなく,内部構造を保持したまま透明化を図る新たな戦略を構築し,麺等の食品を透明にできる試薬“SoROCS(Sodium salicylate-based Reagent Optically Clears Starchy-products)”を開発した(5)5) T. Ogawa & Y. Matsumura: Nat. Commun., 12, 1708 (2021).

筆者らは,SoROCSを用い,例として麺の透明化を実施した(図2(A, B)図2■麺の透明化によるグルテンの3次元構造の計測).グルテンは,人類が史上初めて自然界から単離したモニュメント的なタンパク質の一つであるが,結晶性と溶解性が低く,その3次元構造は単離されてから300年以上不明であった.そのような中で,SoROCSを用いた透明蛍光化法により,グルテンの詳細な3次元構造を初めて明らかにした(図2(C)図2■麺の透明化によるグルテンの3次元構造の計測).グルテンは,麺などのコシ(食感)やパンの膨らみを生み出す“もと”であるため,グルテンの3次元構造を詳細に検討することで,これまで十分にわかっていない麺やパンの品質を決定する機構の解明につながると考えられる.また,特に欧米などでは過去10年間でグルテン不耐症患者が増えるにつれて,グルテンを含まない製品が精力的に開発されているが,それらはグルテン含有製品と比較して品質が劣る.今回のグルテンの3次元構造の解明により,グルテンの構造をより高精度で模倣することが可能となるため,高品質なグルテンフリー製品の開発にもつながるだろう.

図2■麺の透明化によるグルテンの3次元構造の計測

麺をSoROCSに浸漬する(A)と,3日間後には透明になる(B).透明にした麺内部におけるグルテンの3次元構造(C).AとBの格子は1 mmであり,Cのスケールバーは100 µmである.

食品の三大栄養素は,糖質(主に澱粉などの炭水化物),タンパク質,脂質であり,多くの食品がこれらを主成分とするため,これら3者の透明化を図ることで,非常に多くの主要食品を網羅することができる.SoROCSは,糖質(主に澱粉)を唯一透明にすることができる試薬である.また,タンパク質の透明化は,既存の透明化試薬でも対応できるが,より高濃度でタンパク質を含む食品試料にはSoROCSが有効である.脂質は,既存の透明化試薬で除去することができる.つまり,SoROCSを基軸として,既存の試薬を組み合わせて使用することで,理論上,多種多様な食品の透明化を達成できると考えられる.本稿では,麺の透明化を例に紹介したが,今後,多様な食品の内部構造を明らかにすることで,工業的な製造における食品の合理的な高品質化を実現したい.

Acknowledgments

本研究を実施するにあたりご指導を賜りました京都大学生存圏研究所特任教授 松村康生先生,同大学大学院農学研究科教授 谷史人先生に感謝申し上げます.

Reference

1) H. Hama, H. Kurokawa, H. Kawano, R. Ando, T. Shimogori, H. Noda, K. Fukami, A. Sakaue-Sawano & A. Miyawaki: Nat. Neurosci., 14, 1481 (2011).

2) E. A. Susaki, K. Tainaka, D. Perrin, F. Kishino, T. Tawara, T. M. Watanabe, C. Yokoyama, H. Onoe, M. Eguchi, S. Yamaguchi et al.: Cell, 157, 726 (2014).

3) M. T. Ke, S. Fujimoto & T. Imai: Nat. Neurosci., 16, 1154 (2013).

4) D. Kurihara, Y. Mizuta, Y. Sato & T. Higashiyama: Development, 142, 4168 (2015).

5) T. Ogawa & Y. Matsumura: Nat. Commun., 12, 1708 (2021).