解説

大腸菌が産生する発がんリスク因子「コリバクチン」の化学構造の全容解明微量かつ不安定な未知天然物の検出と構造決定

Elucidation of the Complete Chemical Structure of Colibactin, a Carcinogenic Risk Factor Produced by E. coli:Detection and Structure Determination of Trace and Unstable Unknown Natural Products

Yuichiro Hirayama

平山 裕一郎

北海道医療大学薬学部

Kenji Watanabe

渡辺 賢二

静岡県立大学薬学部

Published: 2022-03-01

腸内細菌叢を構築する大腸菌の一部は「コリバクチン」という遺伝毒性物質を生産する生合成遺伝子を有しており,この化合物は大腸がんのリスク因子であることが疑われている.しかしながらコリバクチンは,近年までその不安定性から化学構造が明らかになっていなかった.本研究では,生合成のメカニズムを用いたコリバクチンの簡易な検出方法の開発を行い,そこから見いだしたコリバクチン高生産性の大腸菌を用いて,検出すら困難なコリバクチンの代謝産物を見いだし,その化学構造の解明に成功した.本稿において,各国で進められたコリバクチンの構造解明研究に触れつつ,最新の研究成果について解説する.

Key words: 大腸がん; 大腸菌; コリバクチン; 蛍光プローブ; 単離構造決定

大腸がん

現在,日本で最も多い死因はがんである.一言にがんと言っても多種多様ながんが知られているが,中でも肺がん,胃がん,大腸がんは罹患者数および死者数で上位のがんであることから三大がんとも呼ばれている.特に大腸がんは日本では罹患率が最も高く,死者数も肺がんについで二番目に多いがんであり,三大がんの中で唯一,現在も罹患者数と死亡率が現状維持から増加傾向にあることから,対策が強く求められているがんである(1)1) 国立がん研究センターがん情報サービス:最新がん統計,https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html, 2021..現在においても,一般に進行したがんの治療は困難であるが,最近の医療の進歩からがんの罹患リスクの低減や早期発見による治療は難しいものでは無くなってきている.しかしながら,大腸がんは肺がんにおける喫煙や,胃がんにおけるピロリ菌のように回避や除去が可能な特徴的なリスク因子が見いだされていない.また正確性が十分ではない検出方法である便潜血検査以外での簡便な診断方法がないことから,大腸がんにおいて,罹患リスクの低減や早期発見といった対策をいまだ十分に取ることができていないのが現状である.

コリバクチン

2006年に腸内細菌叢を構成する一部の大腸菌が動物細胞に接触すると,動物細胞のDNA二重鎖が切断され,遺伝子変化による遺伝毒性が生じることが報告され,これらの菌が大腸がんのリスク因子である可能性が指摘された(図1図1■コリバクチン生産菌は大腸がんのリスク因子と考えられている(2~7)2) J. P. Nougayrède, S. Homburg, F. Taieb, M. Boury, E. Brzuszkiewicz, G. Gottschalk, C. Buchrieser, J. Hacker, U. Dobrindt & E. Oswald: Science, 313, 848 (2006).3) G. Cuevas-Ramos, C. R. Petit, I. Marcq, M. Boury, E. Oswald & J. P. Nougayrède: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 11537 (2010).4) P. Engel, M. I. Vizcaino & J. M. Crawford: Appl. Environ. Microbiol., 81, 1502 (2015).5) T. Faïs, J. Delmas, N. Barnich, R. Bonnet & G. Dalmasso: Toxins (Basel), 10, E151 (2018).6) M. Xue, E. Shine, W. Wang, J. M. Crawford & S. B. Herzon: Biochemistry, 57, 6391 (2018).7) M. R. Wilson, Y. Jiang, P. W. Villalta, A. Stornetta, P. D. Boudreau, A. Carra, C. A. Brennan, E. Chun, L. Ngo, L. D. Samson et al.: Science, 363, eaar7785 (2019)..これらの大腸菌は共通してそのゲノム中に54 kbpもの巨大なpks islandと呼ばれる遺伝子群を有していた.この遺伝子を破壊した大腸菌は変異原性を失うことから,遺伝毒性はこのpks islandに依存して生じていることが確認された.このpks islandはpolyketide synthase(PKS)やnonribosomal peptide synthase(NRPS)などの二次代謝産物の生合成遺伝群(clb cluster)で構成されている.したがって,このclb clusterによって生合成されている有機化合物が遺伝毒性の原因物質であると考えられ,この化合物を「コリバクチン」と呼称している.このコリバクチンを生産する大腸菌は日本を含む各国の調査から,健常者が2~3割程度の保菌率に対して,大腸がん患者において6割程度の保菌率であることが報告されている(8~10)8) J. C. Arthur, E. Perez-Chanona, M. Muhlbauer, S. Tomkovich, J. M. Uronis, T. J. Fan, B. J. Campbell, T. Abujamel, B. Dogan, A. B. Rogers et al.: Science, 338, 120 (2012).9) V. Eklöf, A. Löfgren-Burström, C. Zingmark, S. Edin, P. Larsson, P. Karling, O. Alexeyev, J. Rutegård, M. L. Wikberg & R. Palmqvist: Int. J. Cancer, 141, 2528 (2017).10) D. Watanabe, H. Murakami, H. Ohno, K. Tanisawa, K. Konishi, Y. Tsunematsu, M. Sato, N. Miyoshi, K. Wakabayashi, K. Watanabe et al.: Sci Rep., 10, 15221 (2020)..日本においても大腸がん患者の生検サンプルよりコリバクチン生産性の大腸菌が単離されており,大腸がんへのかかわりが強く疑われている(11~13)11) M. Kawanishi, Y. Hisatomi, Y. Oda, C. Shimohara, Y. Tsunematsu, M. Sato, Y. Hirayama, N. Miyoshi, Y. Iwashita, Y. Yoshikawa et al.: J. Toxicol. Sci., 44, 871 (2019).12) Y. Yoshikawa, Y. Tsunematsu, N. Matsuzaki, Y. Hirayama, F. Higashiguchi, M. Sato, Y. Iwashita, N. Miyoshi, M. Mutoh, H. Ishikawa et al.: Jpn. J. Infect. Dis., 73, 437 (2020).13) M. Kawanishi, C. Shimohara, Y. Oda, Y. Hisatomi, Y. Tsunematsu, M. Sato, Y. Hirayama, N. Miyoshi, Y. Iwashita, Y. Yoshikawa et al.: Genes Environ., 42, 12 (2020)..また近年このコリバクチンの構造が解明され,コリバクチンが大腸がんを惹起するメカニズムについても研究が進み始めており,大腸がんリスク因子としてのコリバクチンの重要性はますます大きくなっている(14~16)14) M. Xue, C. Kim, A. R. Healy, K. M. Wernke, Z. Wang, M. C. Frischling, E. E. Shine, W. Wang, S. B. Herzon & J. M. Crawford: Science, 365, eaax2685 (2019).15) Y. Jiang, A. Stornetta, P. W. Villalta, M. R. Wilson, P. D. Boudreau, L. Zha, S. Balbo & E. P. Balskus: J. Am. Chem. Soc., 141, 11489 (2019).16) M. Xue, K. M. Wernke & S. B. Herzon: Biochemistry, 59, 892 (2020).

図1■コリバクチン生産菌は大腸がんのリスク因子と考えられている

このコリバクチンの構造解明は,コリバクチンの生合成遺伝子の存在が報告されてから,多くの研究グループにより試みられていたものの,10年以上もの間達成されていなかった.その原因としてはコリバクチンの生産量が非常に少なく,また不安定であるために,生産菌から見いだすことができず単離・構造決定ができないためであった.そのため,多くの研究者がコリバクチンそのものの単離ではなく,生合成遺伝子の機能解明によるコリバクチンの再構築や,コリバクチンのDNA付加物の詳細な解析を進めることにより,実際にコリバクチンの構造決定が達成されている.この構造決定までに数多くの研究が報告されており,その集合知による構造の解明は非常に興味深いものとなっている.われわれのグループもこのコリバクチンの構造解明研究を進めていたが,生合成解析ではなく実際にコリバクチンを単離するというアプローチで実際にコリバクチンの代謝産物を単離して構造を解明することに成功した(17)17) T. Zhou, Y. Hirayama, Y. Tsunematsu, N. Suzuki, S. Tanaka, N. Uchiyama, Y. Goda, Y. Yoshikawa, Y. Iwashita, M. Sato et al.: J. Am. Chem. Soc., 143, 5526 (2021)..本稿では著者が研究を開始した際の状況からのコリバクチンの構造解明の一連の研究の流れに触れつつ,コリバクチンの単離研究の概要について解説していきたい.

コリバクチンの生合成経路の解明

コリバクチンは検出できないが,生合成遺伝子群(clb cluster)は既知であることから,生合成酵素の機能を解明し,コリバクチンの生合成経路を解明することでその構造を推定する研究が世界中で精力的に進められてきた.相同性検索でclb cluster中の各酵素の機能を推測し,遺伝子破壊や,生合成中間体やその誘導体の単離構造解明,異種発現と化学合成した基質を用いた生合成遺伝子の機能解明研究などにより,一つひとつの生合成酵素の機能が明らかになっていた.結果として著者が研究を始めた2017年には大半の生合成遺伝子の機能は明らかにされていたが,ClbOとClbLの2つの機能がわかっておらず,いまだコリバクチンの構造の全容は明らかになっていなかった(図2図2■2017年時点で判明していたコリバクチンの生合成経路(18~24)18) C. A. Brotherton & E. P. Balskus: J. Am. Chem. Soc., 135, 3359 (2013).19) M. I. Vizcaino, P. Engel, E. Trautman & J. M. Crawford: J. Am. Chem. Soc., 136, 9244 (2014).20) H. B. Bode: Angew. Chem. Int. Ed., 54, 10408 (2015).21) M. I. Vizcaino & J. M. Crawford: Nat. Chem., 7, 411 (2015).22) E. P. Balskus: Nat. Prod. Rep., 32, 1534 (2015).23) A. R. Healy, H. Nikolayevskiy, J. R. Patel, J. M. Crawford & S. B. Herzon: J. Am. Chem. Soc., 138, 15563 (2016).24) Z.-R. R. Li, J. Li, J.-P. P. Gu, J. Y. Lai, B. M. Duggan, W.-P. P. Zhang, Z.-L. L. Li, Y.-X. X. Li, R.-B. B. Tong, Y. Xu et al.: Nat. Chem. Biol., 12, 773 (2016)..なお,この時点で明らかになっている興味深い事実として,コリバクチンはその生合成経路でプロドラッグ戦略を採用していることがわかっていた.すなわちClbNからClbQに連なるPKSやNRPSのアセンブリーラインにより構築された骨格が,さらにClbLによる変換を受けて,非活性型の前駆体(プレコリバクチン)が構築される.その後,ペプチダーゼであるClbPによりN-myristoryl-D-asparagine(myr-Asn)が切断されることで,活性型のコリバクチンへと変換されると考えられていた.したがってclbP遺伝子を破壊したΔclbP株から非活性型でより安定と推定されるプレコリバクチンを探す試みも行われたが,こちらも見いだすことはできていなかった.しかしながら,ΔclbP株やそれをベースにさらに他のclb遺伝子を破壊した株からはPKS-NRPSのアセンブリーラインから外れたmyr-Asnを有するシャント化合物が多数見いだされており,これらの構造はコリバクチンの生合成経路と部分構造の解明に大きく寄与していた.

図2■2017年時点で判明していたコリバクチンの生合成経路

このように各国でコリバクチンの研究が進められている一方で,日本においてコリバクチンについての研究は近年までほとんど行われていなかった.このような背景の中で,われわれのグループではコリバクチン生産菌の日本人での分布や大腸がんへの影響の調査と,その化学構造の解明を目標としてコリバクチンの研究を開始していた.しかしながらコリバクチンの構造解明については,直接的なコリバクチンの単離や,生合成機能解明での化学構造の解明は他の研究者に先駆けたアプローチが困難であると考えられた.そこで視点を変えて,まずコリバクチンの構造が不明でも使用できる生合成機構などを応用した実用的なコリバクチン生産菌の検出方法を確立することを試みた.これはコリバクチンが実際に大腸がんのリスク因子として確立した時に,非常に重要になることが期待された.

コリバクチン生産菌の簡易検出方法の確立

1. Loop-Mediated Isothermal Amplification(LAMP)法(25)を用いたclb遺伝子の検出(未発表)

近年のCOVID-19の流行によりPCR法を用いた遺伝子検査は大きく一般に認知され,身近な検査となってきた.PCR法は目的の遺伝子の前後の配列を持つプライマーを用いてその遺伝子を特異的に増幅して検出し,その増幅の有無から遺伝子の有無を判別する方法である.コリバクチン生産菌の特定にはこのPCR法を用いたclb遺伝子の検出が用いられていた.しかしPCR法は高価な試薬と専用の装置を用いた厳密な温度制御を必要とする反応であるため,どこでも気軽に行えるような方法ではない.このPCRに類似した遺伝子増幅方法のひとつにLAMP法がある.LAMP法はただ一定温度でインキュベーションするのみで目的遺伝子を目視で濁度が確認できる濃度まで増幅して検出することが可能である.そこでこのLAMP法でclb遺伝子の検出を試みた.複数のclb遺伝子を対象にさまざまなLAMP用のプライマーを設計し条件を検討した結果,65 °Cで30分処理するのみで十分にclb遺伝子の検出が可能なプライマーセットを見いだした(図3図3■LAMP法でのclb遺伝子の検出).さらにhydroxynaphthol blueの添加により,陽性では紫色から青色への変化が起こり,さらに目視での陽性判別を容易にすることができた(26)26) M. Goto, E. Honda, A. Ogura, A. Nomoto & K.-I. Hanaki: Biotechniques, 46, 167 (2009)..実際に本手法を用いておよそ2時間程度で66サンプルのclb遺伝子の有無を同時に判別することができた.本手法は操作と判定の面で非常に簡便ではあったが,試薬コストが高い点と感度が高いことに由来する多少の偽陽性が見られることから,さらなる検出方法の検討を行った.

図3■LAMP法でのclb遺伝子の検出

2. ClbP probeを用いた蛍光法によるコリバクチン生産菌の検出

PCR法やLAMP法は遺伝子の有無を判別しており,実際に生合成遺伝子が発現し,機能しているかを確認することはできない.そこでコリバクチンの生合成を担う酵素の活性に着目し,その活性を検出できれば,より直接的にコリバクチン生産菌を検出できると考えた.コリバクチンの生合成において最終段階を担う酵素であるClbPに着目し,本酵素により切断される基質であるmyr-Asnに蛍光基を導入した蛍光プローブClbP probeを設計し合成した(図4図4■ClbP probeを用いたコリバクチン生産菌の検出).本プローブで導入した7-amino-4-methylcoumarinは蛍光を発する化合物であるが,myr-Asnと結合した分子プローブの状態ではこの蛍光を発しない.このプローブを混ぜて培養を行うことで,ClbPを発現させているコリバクチン生産菌特異的にmyr-Asnが切断され,蛍光を検出できることが確認できた.そこで濃度や培養条件などを検討したところ,ClbP probeを96穴プレートで少量の大腸菌と混ぜて一晩以上培養した後に,蛍光プレートリーダーで蛍光を測定することで,clbクラスターを持つ大腸菌を判別することができた.実際に大腸がん組織から分離したおよそ200株の大腸菌(PCR法にてclbクラスターの有無を判別済み)に対して,ClbP probeを用いて判別を試みたところ,clbクラスターを持つ大腸菌と持たない大腸菌の間で明確な蛍光強度の差を見いだすことができ,一株も間違えることなくコリバクチン生産菌を特定することができた(27)27) Y. Hirayama, Y. Tsunematsu, Y. Yoshikawa, R. Tamafune, N. Matsuzaki, Y. Iwashita, I. Ohnishi, F. Tanioka, M. Sato, N. Miyoshi et al.: Org. Lett., 21, 4490 (2019)..本手法は,高額な機器や複雑な操作を必要とすることなくコリバクチン生産菌を検出可能な方法として今後の展開が期待されている.

図4■ClbP probeを用いたコリバクチン生産菌の検出

コリバクチン高生産株E. coli-50の発見

天然物化学の分野における経験則として,同一属種の微生物においても,各菌株において二次代謝産物の生産量は大きく異なる場合が多い.コリバクチンが大腸がんを誘導していると考えた時に,実際の大腸がん患者には特に毒性の高い,すなわちコリバクチンの生産量が多い大腸菌が存在するのではないかと推定された.そこで大腸がん患者由来の生検組織や糞便より,従来のPCR法に加え,前述したLAMP法やClb probeでのアッセイを用い,500株を超えるコリバクチン生産菌を特定した.獲得したコリバクチン生産菌のコリバクチン生産量を見積もるために,コリバクチンと対となって生産されるmyr-Asnの菌株ごとの生産量をLC-MSを用いて調べた.予想通り菌株ごとに生産量は大きく異なり,文献で報告されているコリバクチン生産菌であるNissle 1917よりも20倍以上myr-Asnを高生産する大腸菌株E. coli-50を発見した.実際にE. coli-50をHeLa細胞に対する遺伝毒性試験に処したところ,コリバクチンの遺伝毒性に由来する細胞肥大化をNissle 1917やJCM5491などの他のmyr-Asn低生産株より高頻度で引き起こすことが確認され,確かに本株のコリバクチンの生産量が高いことが示唆された.

さらに,myr-Asnの生産量を指標にして培地の組成や振盪,温度などの培養条件の検討を行った.結果,純水を用いたM9培地で静置中30 °Cで培養するという条件でさらにmyr-Asnの生産量が大幅に増加することを見いだした.これをコリバクチン高生産条件として以降の培養で用いることとした.

コリバクチンの探索

E. coli-50をコリバクチン高生産条件下で培養し,コリバクチンの検出と単離を試みた.E. coli-50とclbP遺伝子を破壊したコリバクチン非生産性のE. coli-50ΔclbPをそれぞれ培養し,菌体ごと培養液を抽出しLC-MSで生産産物の分析を行った.これまでの知見通り,目視で判別できる生成物の違いはmyr-Asn以外に見いだせなかった.そこでThermo社のCompound discovererを用いて網羅的な含有成分の比較を行い,再現性のある微細な生産物の差を探索した.結果,非常に微量であるが,mry-Asn以外に分子式C37H40N8O8S2(質量788)の化合物が野生株では見られるものの,遺伝子破壊株では必ず消失していることを見いだした.以降,この化合物を788と呼称する.788はコリバクチン非生産菌では検出されないが,E.coli-50以外のコリバクチン生産菌からも確認された.またコリバクチンの生合成に直接関与するいずれの遺伝子破壊株からも全く検出されなかった.788のMSMSのフラグメントピークを確認すると,既知の推定コリバクチン部分構造とよく一致するフラグメントが観測された.加えて,安定同位体ラベルされたアミノ酸の取り込み実験における788の質量変化は,コリバクチンの推定生合成経路とよく一致する結果が得られた.なお,コリバクチン生産菌の培養液に二重鎖DNAを加えて培養すると,二重鎖DNA間でコリバクチンが架橋を形成したクロスリンク体を検出できる(28)28) N. Bossuet-Greif, J. Vignard, F. Taieb, G. Mirey, D. Dubois, C. Petit, E. Oswald & J. P. Nougayrède: MBio, 9, e02393 (2018)..しかし,788を含むフラクションを二重鎖DNAと反応させてみたところ,このクロスリンク活性は見られなかった.これらの知見から788をコリバクチンが培養液中で反応し安定化したコリバクチン由来化合物と推定し,その構造を明らかにするために単離を試みた.

コリバクチン由来化合物788の単離と構造決定

単離条件を検討した結果,200 Lの大スケールで培養し,短時間で精製することで0.3 mgの788を単離することができた.そこで800 MHzのクライオプローブを用いたNMRで長時間測定を試みたが,1H NMRにおいては類似したシグナルが大量に重なったようなブロードしたピークが観測され,13C NMRでは溶媒以外の一切のシグナルが観測されず,構造解明には至らなかった.測定後のNMRチューブ中の試料をLCMSで分析したところ,溶媒である重メタノールによるメタノリシスで2つに分割されたと推定される分子式C20H19D3N4O5SとC19H21D3N4O5Sの2種類の化合物へと分解していることが確認された.このことから788が想定より不安定であることがわかったが,この2つの分解物が788よりも安定で解析が容易であると推定された.そこで,改めて抽出液から抽出の際に用いたメタノールによるメタノリシスで788が分解された2つの分子式C20H22N4O5S(430)とC19H24N4O5S(420)の化合物を探索した.これらの化合物も含有量は少なく単離は難航したものの,200 Lの培養液からそれぞれを0.3 mgと0.2 mg単離することに成功した.NMRにて構造解析した結果,これまでに報告されているコリバクチン生合成中間体には見られないユニークなシクロブタン骨格を含む,2つの類似した化学構造を明らかにすることができた(図6図6■単離したコリバクチン由来化合物と,その推定生成経路).なお,430420は共にシクロブタンの立体配置に由来する2つの異性体の混合物であった.

430420から788の構造を推定すると,α-ジケトン構造部分でのメタノリシスにより生成したと考えられる.そこで実際にこのα-ジケトン構造を抽出後に1,2-diaminobenzeneにより保護した860に変換し,単離を試みた.結果400 Lの培養からそれぞれシクロブタンの立体配置に由来する2つの異性体を含む860A 1.2 mgと単一の異性体である860B 0.6 mgと860C 0.6 mgを単離することができた.それぞれをNMRで解析し,推定したとおりの788の構造を確認することができた.

コリバクチンの構造

これらの化合物の単離と構造解析を行っている間に,海外の2つのグループからほぼ同時にコリバクチンの化学構造(分子式C37H38N8O7S2,質量770)が報告された(14,15)14) M. Xue, C. Kim, A. R. Healy, K. M. Wernke, Z. Wang, M. C. Frischling, E. E. Shine, W. Wang, S. B. Herzon & J. M. Crawford: Science, 365, eaax2685 (2019).15) Y. Jiang, A. Stornetta, P. W. Villalta, M. R. Wilson, P. D. Boudreau, L. Zha, S. Balbo & E. P. Balskus: J. Am. Chem. Soc., 141, 11489 (2019)..彼らは最後の機能未知酵素であったClbLの機能解明や,安定同位体標識されたアミノ酸の取り込み実験での質量変化などから,全く同じコリバクチンの構造を報告している.図5図5■コリバクチンの生合成経路に解明されたコリバクチンの全生合成経路を示す.機能未知であったClbLは興味深いことにClbOまでのアセンブリーラインで構築された骨格に対し,アセンブリーラインの中間体であるClbIの基質に相当する部位をアミド縮合させる酵素であることを報告している.結果として,両端にmyr-Asnを有する対称性の高いプレコリバクチンが構築される.そこから2分子のmyr-AsnがClbPで除去されてコリバクチンの構造が構築される.われわれが見いだした788は,この報告されたコリバクチンに対し,水分子の付加と分子内でのヒドロキシ基の巻き込みにより変換されていると推定された(図6図6■単離したコリバクチン由来化合物と,その推定生成経路).さらに430420788のαジケトン構造のメタノリシスにより生じたと考えられる.このようにわれわれの見いだしたコリバクチン代謝化合物は,報告されたコリバクチンの構造を矛盾なく説明できるものであった.すなわち単離された化合物のスペクトルデータからも,コリバクチンの構造を改めて確認することができた.

図5■コリバクチンの生合成経路

図6■単離したコリバクチン由来化合物と,その推定生成経路

まとめ

本研究でわれわれは初めてコリバクチン生産性大腸菌の野生株からコリバクチン自体に由来する化合物を単離し,その化学構造の解明に成功した.このように容易に溶媒や生体分子などのさまざまな求核性の物質が付加できる構造を有しており,これらがコリバクチンのDNAの架橋付加反応に寄与していると推定される.また,このように多数のジアステレオマーやその異性体を含む化合物へと分解する性質があることが,コリバクチンをこれまで検出できなかった要因であると考えられる.本研究で開発したClbPプローブでの簡易検出法と合わせて,代謝産物の構造解明は今後の大腸がんリスク因子としてのコリバクチン研究を大きく加速させる成果と考えている.今後,大腸がんリスク因子としてコリバクチンの応用から,大腸がんのリスク低減へとつながることが期待される.

本研究は物質科学としての理解が化学のみならず医学に対してもインパクトを与えるものとなったと考えられる.最近はMSデータのみの論文もよく見かけるが,NMRを駆使しての精密構造解析の「単離構造決定」が最先端科学であることを改めて示した研究成果と言える.それとは別に,構造解析の研究テーマ自体が,がん治療にまで影響を与えたことになり,これは医学へと直結する.化学構造の解析データそのものは小さいことでもゲノム情報に対する知見に化学的なプラスアルファがあれば,合理的な理解から導き出される革新的な治療への道が拓かれると感じている.

Reference

1) 国立がん研究センターがん情報サービス:最新がん統計,https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html, 2021.

2) J. P. Nougayrède, S. Homburg, F. Taieb, M. Boury, E. Brzuszkiewicz, G. Gottschalk, C. Buchrieser, J. Hacker, U. Dobrindt & E. Oswald: Science, 313, 848 (2006).

3) G. Cuevas-Ramos, C. R. Petit, I. Marcq, M. Boury, E. Oswald & J. P. Nougayrède: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 11537 (2010).

4) P. Engel, M. I. Vizcaino & J. M. Crawford: Appl. Environ. Microbiol., 81, 1502 (2015).

5) T. Faïs, J. Delmas, N. Barnich, R. Bonnet & G. Dalmasso: Toxins (Basel), 10, E151 (2018).

6) M. Xue, E. Shine, W. Wang, J. M. Crawford & S. B. Herzon: Biochemistry, 57, 6391 (2018).

7) M. R. Wilson, Y. Jiang, P. W. Villalta, A. Stornetta, P. D. Boudreau, A. Carra, C. A. Brennan, E. Chun, L. Ngo, L. D. Samson et al.: Science, 363, eaar7785 (2019).

8) J. C. Arthur, E. Perez-Chanona, M. Muhlbauer, S. Tomkovich, J. M. Uronis, T. J. Fan, B. J. Campbell, T. Abujamel, B. Dogan, A. B. Rogers et al.: Science, 338, 120 (2012).

9) V. Eklöf, A. Löfgren-Burström, C. Zingmark, S. Edin, P. Larsson, P. Karling, O. Alexeyev, J. Rutegård, M. L. Wikberg & R. Palmqvist: Int. J. Cancer, 141, 2528 (2017).

10) D. Watanabe, H. Murakami, H. Ohno, K. Tanisawa, K. Konishi, Y. Tsunematsu, M. Sato, N. Miyoshi, K. Wakabayashi, K. Watanabe et al.: Sci Rep., 10, 15221 (2020).

11) M. Kawanishi, Y. Hisatomi, Y. Oda, C. Shimohara, Y. Tsunematsu, M. Sato, Y. Hirayama, N. Miyoshi, Y. Iwashita, Y. Yoshikawa et al.: J. Toxicol. Sci., 44, 871 (2019).

12) Y. Yoshikawa, Y. Tsunematsu, N. Matsuzaki, Y. Hirayama, F. Higashiguchi, M. Sato, Y. Iwashita, N. Miyoshi, M. Mutoh, H. Ishikawa et al.: Jpn. J. Infect. Dis., 73, 437 (2020).

13) M. Kawanishi, C. Shimohara, Y. Oda, Y. Hisatomi, Y. Tsunematsu, M. Sato, Y. Hirayama, N. Miyoshi, Y. Iwashita, Y. Yoshikawa et al.: Genes Environ., 42, 12 (2020).

14) M. Xue, C. Kim, A. R. Healy, K. M. Wernke, Z. Wang, M. C. Frischling, E. E. Shine, W. Wang, S. B. Herzon & J. M. Crawford: Science, 365, eaax2685 (2019).

15) Y. Jiang, A. Stornetta, P. W. Villalta, M. R. Wilson, P. D. Boudreau, L. Zha, S. Balbo & E. P. Balskus: J. Am. Chem. Soc., 141, 11489 (2019).

16) M. Xue, K. M. Wernke & S. B. Herzon: Biochemistry, 59, 892 (2020).

17) T. Zhou, Y. Hirayama, Y. Tsunematsu, N. Suzuki, S. Tanaka, N. Uchiyama, Y. Goda, Y. Yoshikawa, Y. Iwashita, M. Sato et al.: J. Am. Chem. Soc., 143, 5526 (2021).

18) C. A. Brotherton & E. P. Balskus: J. Am. Chem. Soc., 135, 3359 (2013).

19) M. I. Vizcaino, P. Engel, E. Trautman & J. M. Crawford: J. Am. Chem. Soc., 136, 9244 (2014).

20) H. B. Bode: Angew. Chem. Int. Ed., 54, 10408 (2015).

21) M. I. Vizcaino & J. M. Crawford: Nat. Chem., 7, 411 (2015).

22) E. P. Balskus: Nat. Prod. Rep., 32, 1534 (2015).

23) A. R. Healy, H. Nikolayevskiy, J. R. Patel, J. M. Crawford & S. B. Herzon: J. Am. Chem. Soc., 138, 15563 (2016).

24) Z.-R. R. Li, J. Li, J.-P. P. Gu, J. Y. Lai, B. M. Duggan, W.-P. P. Zhang, Z.-L. L. Li, Y.-X. X. Li, R.-B. B. Tong, Y. Xu et al.: Nat. Chem. Biol., 12, 773 (2016).

25) T. Notomi, H. Okayama, H. Masubuchi, T. Yonekawa, K. Watanabe, N. Amino & T. Hase: Nucleic Acids Res., 28, e63 (2000).

26) M. Goto, E. Honda, A. Ogura, A. Nomoto & K.-I. Hanaki: Biotechniques, 46, 167 (2009).

27) Y. Hirayama, Y. Tsunematsu, Y. Yoshikawa, R. Tamafune, N. Matsuzaki, Y. Iwashita, I. Ohnishi, F. Tanioka, M. Sato, N. Miyoshi et al.: Org. Lett., 21, 4490 (2019).

28) N. Bossuet-Greif, J. Vignard, F. Taieb, G. Mirey, D. Dubois, C. Petit, E. Oswald & J. P. Nougayrède: MBio, 9, e02393 (2018).