解説

植物細胞の酸化シグナルを伝える活性カルボニル種過酸化脂質由来α,β-不飽和カルボニル化合物の作用

Molecules Mediating ROS Signal to Proteins in Plants: Significance of the Lipid Peroxide-derived α,β-Unsaturated Carbonyls

Jun’ichi Mano

真野 純一

山口大学大学研究推進機構総合科学実験センター

Published: 2022-03-01

活性酸素は,植物の受精,結実,発芽から枯死にいたるまでの多様な生理的局面で細胞の運命を方向づけるシグナル物質であるが,植物でのシグナル伝達機構は未解明である.過酸化脂質が分解して生じるα,β-不飽和アルデヒド,ケトン(活性カルボニル種:RCS)は,タンパク質の求電子的修飾により細胞障害作用やシグナル作用を発揮する.RCS消去酵素過剰発現植物を用いた研究から,ストレス刺激によって植物体内で増大するRCSの傷害作用が示され,さらにプログラム細胞死やホルモン応答など広範な活性酸素応答におけるRCSのシグナル作用も明らかになってきた.本稿では,植物におけるRCSの生成・消去機構と生理作用を解説する.

Key words: 活性酸素シグナル; 親電子物質; オキシリピン; 植物ホルモン; 環境応答

はじめに~植物での活性酸素のシグナル作用

活性酸素種(活性酸素)は,酸素分子(O2)が還元または励起されることで生じる4種類の反応性分子種(スーパーオキシドラジカルO2•−,過酸化水素H2O2,ヒドロキシルラジカルHO,一重項酸素1O2)の総称である.前二者はO2の還元により生じ,HOはH2O2の還元的開裂により生じる.細胞内は還元状態にあるため,O2と酸化還元触媒(キノン類や遷移金属イオン,酸化還元酵素)が存在すればこれらの活性酸素は必ず生成するといってよい.また,1O2はO2の励起により生じる活性酸素である.植物の葉は色素を豊富にもち,太陽光を受けてO2を発生するため,光増感作用により1O2が生成しやすい.

活性酸素は有機分子を酸化するポテンシャルをもち,植物の環境ストレス条件下での共通のストレス傷害因子として広く認識されていたが,1990年代以降の研究進展により,活性酸素が細胞の正常な活動に必要なシグナル物質でもあることが分かってきた.たとえば細胞膜上でO2•−を生成する植物型NADPHオキシダーゼ複合体(respiratory burst oxidase homologs: RBOHsという.複数のアイソフォームがある)の欠損株では,特定の刺激に応答した活性酸素生成能が損なわれており,欠損したイソ遺伝子ごとに異なる表現型を示す(1)1) J. M. Chapman, J. K. Muhlemann, S. R. Gayomba & G. K. Muday: Chem. Res. Toxicol., 32, 370 (2019)..また,活性酸素消去酵素(カタラーゼ,アスコルビン酸ペルオキシダーゼなど)を過剰発現させた植物ではストレス防御応答が抑制される(2)2) G. Millar, N. Suzuki, S. Ciftci-Yilmaz & R. Mittler: Plant Cell Environ., 33, 453 (2010)..クロロフィル合成にかかわる酵素の欠損株(flu1)は暗→明遷移によって1O2が生成し光傷害を受ける.flu1の光傷害は別の遺伝子の欠損(executer1)によって生じなくなることから,1O2の直接の傷害作用ではなく,1O2がシグナルとなって引き起こされるプログラム細胞死(PCD)である(3)3) D. Wagner, D. Przybyla, R. Op den Camp, C. Kim, F. Landgraf, K. P. Lee, M. Würsch, C. Laloi, M. Nater, E. Hideg et al.: Science, 306, 1183 (2004)..これらの遺伝学的/逆遺伝学的実験から,植物の受精,発芽,分化,伸長,成熟,老化,防御応答,環境応答など幅広い生理的局面において,活性酸素は遺伝子発現調節,ホルモン応答,細胞周期制御にかかわる,細胞の運命を司る重要なシグナル分子であることが明らかにされている(4)4) C. Waszczak, M. Carmody & J. Kangasjärvi: Annu. Rev. Plant Biol., 69, 209 (2018).

では活性酸素シグナルは植物細胞においてどのように受容され,伝達されるのだろうか.シグナル伝達機構解明の鍵は,転写因子の特定とシグナル受容/感知タンパク質の同定である.大腸菌ではOxyRタンパクが,出芽酵母ではYap1タンパクがH2O2を感知する転写制御因子としてよく知られている(5)5) E. A. Viel, A. M. Day & B. A. Morgan: Mol. Cell, 26, 1 (2007)..哺乳動物では典型的な活性酸素センサーとしてKeap1タンパクがある(6)6) A. Higdon, A. R. Diers, J. Y. Oh, A. Landar & V. M. Darley-Usmar: Biochem. J., 442, 453 (2012)..植物には,これらと相同なタンパク質は見いだされておらず,活性酸素がどのような生化学過程を経て植物細胞の応答を引き出すのかは大きな謎である.

本稿で紹介する「活性カルボニル種(RCS)」は,植物の活性酸素シグナルの伝達を担う低分子化合物である.ここでRCSとは,過酸化脂質の分解により生じるα,β-不飽和アルデヒドまたはケトンをいう(7)7) J. Mano: Plant Physiol. Biochem., 59, 90 (2012)..代表的なRCSとして,アクロレイン,4-ヒドロキシノネナール(HNE),マロンジアルデヒド(MDA)などがある(図1図1■活性酸素からのRCSの生成,および活性酸素とRCSによるタンパク質修飾反応の比較).RCSは,C-C二重結合とカルボニル基の共役のためβ炭素の求電子性が高く,アミノ基,イミダゾール基,チオール基と共有結合をつくる.RCSは活性酸素の下流で(過酸化脂質生成を経て)生成し,タンパク質を修飾する化合物であることから,活性酸素シグナルを細胞に伝える二次メッセンジャー分子としての潜在能力を有する(8, 9)8) J. Mano, M. S. Biswas & K. Sugimoto: Plants, 8, 391 (2019).9) M. S. Biswas & J. Mano: Front. Plant Sci, 12, 720867 (2021)..動物細胞の研究では,1970年代からRCSの酸化ストレス傷害因子としての重要性が明らかにされ(10)10) H. Esterbauer, R. Schauer & J. H. Zollner: Free Radic. Biol. Med., 11, 81 (1991).,最近ではシグナル分子としての意義や作用機構解明が進んでいる(11)11) S. Parvez, M. J. C. Long, J. R. Poganik & Y. Aye: Chem. Rev., 118, 8798 (2018)..植物においては,RCSの存在とそのシグナル因子としての意義の解明がこの10年間でかなり進展した.以下に植物のRCSシグナル研究の現状をまとめ,RCSの作用研究から活性酸素シグナル伝達機構解明に向かう道筋を描いてみたい.

図1■活性酸素からのRCSの生成,および活性酸素とRCSによるタンパク質修飾反応の比較

活性酸素による活性カルボニル種の生成

RCSの前駆物質である過酸化脂質は,不飽和脂肪酸への酸素添加反応により生成する.酸素添加はリポキシゲナーゼ(LOX)による反応と,活性酸素による非酵素的反応があり,後者はさらに,ラジカル種(HO)が開始するラジカル連鎖反応と,1O2が付加する反応とに分けられる(8)8) J. Mano, M. S. Biswas & K. Sugimoto: Plants, 8, 391 (2019)..過酸化脂質は酵素により代謝されてジャスモン酸などの生理活性物質となるほか(12)12) K. Matsui: Curr. Opin. Plant Biol., 9, 274 (2006).,非酵素的還元的分解によりカルボニルラジカルとなり,これが周囲の分子から電子を奪ってカルボニル種となる.植物の主要な不飽和脂肪酸の炭素鎖長は16か18であり,二重結合の位置と数,酸素添加の位置と数,過酸化脂質が分解されるときの結合の位置の違いによって,最終的に生成可能なカルボニル種は炭素鎖長1~18,不飽和結合数0~2,酸素添加数0~1(ヒドロキシル基またはオキソ基)のバリエーションがある.このなかにアクロレイン,HNEといった毒性・生理活性の強いRCSが含まれている(7)7) J. Mano: Plant Physiol. Biochem., 59, 90 (2012).

筆者は,発芽酵母の抗酸化防御能を高めるシロイヌナズナ遺伝子としてクローニングされたcDNAのコードするタンパク質のひとつが,RCSのα,β不飽和結合のみを特異的に還元する新奇酵素2-アルケナールレダクターゼ(AER)(反応式は表1表1■植物のカルボニル消去酵素と,その過剰発現/欠損が植物にもたらす影響.総説7, 9)7) J. Mano: Plant Physiol. Biochem., 59, 90 (2012).9) M. S. Biswas & J. Mano: Front. Plant Sci, 12, 720867 (2021).より抜粋参照)であることを2002年に発見した(13, 14)13) J. Mano, Y. Torii, S. Hayashi, K. Takimoto, K. Matsui, K. Nakamura, D. Inzé, E. Babiychuk, S. Kushunir & K. Asada: Plant Cell Physiol., 43, 1445 (2002).14) 真野純一:光合成研究,24, 84 (2014)..当時,植物体内でのRCSの生理作用はほとんど未解明だった.植物組織中のカルボニル種をHPLCで定量すると,植物種や組織にかかわらず最も含量が高いのはホルムアルデヒド,アセトアルデヒド,アセトンであったが,これらのカルボニルより反応性の高いRCS(アクロレイン,クロトンアルデヒド,(E)-2-ペンテナール,HNEなど)も,組織重量1gあたりnmolレベル(組織1 gを1 mLと単純計算するとµMレベル)含まれていた(15, 16)15) J. Mano, K. Tokushige, H. Mizoguchi, H. Fujii & S. Khorobrykh: Plant Biotechnol., 27, 193 (2010).16) L. Yin, J. Mano, S. Wang, W. Tsuji & K. Tanaka: Plant Physiol., 152, 1406 (2010)..植物に活性酸素を増大させるストレス刺激(強光照射,高温,過酸化水素,Al3+イオン)を与えると,これらのRCSや他のカルボニル種の含量が数倍に増大する(後述).

表1■植物のカルボニル消去酵素と,その過剰発現/欠損が植物にもたらす影響.総説7, 9)より抜粋
酵素名反応過剰発現または遺伝子欠損の結果および表現型に相関するカルボニル種
組換え植物表現型(野生株との比較)カルボニル種
2-アルケナールレダクターゼ(AER)R-CH=CH-CHO+NADPH→R-CH2-CH2-CHO+NADPAER過剰発現タバコ葉の強光耐性向上アクロレイン,2-ペンテナール他
根のアルミニウム耐性向上アクロレイン,HNE, HHEなど多種類
孔辺細胞のABA応答減弱アクロレイン,HNE, HHEなど多種類
アルド=ケトレダクターゼ(AKR)R-CHO (またはR-CO-R′)+NADPH→R-CH2OH (またはR-CHOH-R′)+NADPAKR過剰発現タバコ重金属耐性,低温耐性 高温耐性向上MDA(TBARSとして)
アルデヒドデヒドロゲナーゼ(ALDH)R-CHO+NAD→R-COOH+NADHALDH過剰発現タバコ重金属耐性向上MDA(TBARSとして)
ALDH3I1欠損シロイヌナズナ塩耐性低下MDA(TBARSとして)
アルデヒドオキシダーゼ(AO)R-CHO+O2→R-COOH+H2O2(またはO2AO4欠損シロイヌナズナ長角果(種子を覆う「さや」)の老化早期化MDA(TBARSとして)
AO3欠損シロイヌナズナ葉の老化早期化アクロレイン,クロトンアルデヒド,(Z)-3-ヘキセナールなど
グルタチオントランスフェラーゼ(GST)R-CH=CH-CHO+GSH→R-CH(SG)-CH2-CHO(GSTtau19はアクロレインに特異的)GSTtau19過剰発現シロイヌナズナ塩耐性,乾燥耐性向上未解明

活性カルボニル種の二面的性質~細胞損傷作用とシグナル作用

強光ストレスやAl3+ストレスなどの活性酸素を発生させる処理により,葉や根では多種類のカルボニル種が増大するが,AERを過剰発現させた植物ではほとんど増大しないことが分かった(15, 16)15) J. Mano, K. Tokushige, H. Mizoguchi, H. Fujii & S. Khorobrykh: Plant Biotechnol., 27, 193 (2010).16) L. Yin, J. Mano, S. Wang, W. Tsuji & K. Tanaka: Plant Physiol., 152, 1406 (2010)..これらのストレスによる障害(葉の光合成阻害や,根の伸長阻害)は,野生株よりもAER過剰発現株の方が軽微であり,カルボニルレベル増大とストレス処理による組織傷害の程度と間に強い相関が認められた.増大したRCSのなかで,特に傷害作用が強いのはアクロレインだが(17, 18)17) T. Reynolds: Ann. Bot., 41, 637 (1977).18) J. Mano, F. Miyatake, E. Hiraoka & M. Tamoi: Planta, 55, 1233 (2009).,より反応性の低いホルムアルデヒドやその他のカルボニル種も,アクロレインより細胞内レベル増大が大きかったことから,組織傷害は多種類のRCS,カルボニル種の複合的効果と考えられる.また,シクラメンの葉への高温ストレス処理により,リノレン酸の酸化から生じる(E)-2-ヘキセナールやアクロレインといったRCSが増大するが,脂肪酸不飽和化酵素の変異により,不飽和脂肪酸含量が減少した変異株ではこれらのRCSの増大が抑制され,それに伴い葉の傷害も軽減していた.RCSはシクラメンの葉の高温傷害因子と考えられる(19)19) H. Kai, K. Hirashima, O. Masuda, H. Ikegami, T. Winkelmann, T. Nakahara & K. Iba: J. Exp. Bot., 63, 4143 (2012).

植物にはAERの他にRCS消去/カルボニル消去酵素として,アルデヒドデヒドロゲナーゼ(ALDH;アルデヒドをカルボン酸に酸化:電子受容体はNAD),アルデヒドオキシダーゼ(AO;アルデヒドをO2で酸化),アルドケトレダクターゼ(AKR;アルデヒド,ケトンをアルコールに還元,電子供与体はNAD(P)H),グルタチオントランスフェラーゼ(GST; RCSのグルタチオン抱合体を形成)がある(表1表1■植物のカルボニル消去酵素と,その過剰発現/欠損が植物にもたらす影響.総説7, 9)7) J. Mano: Plant Physiol. Biochem., 59, 90 (2012).9) M. S. Biswas & J. Mano: Front. Plant Sci, 12, 720867 (2021).より抜粋)(20)20) J. Mano, S. Kanameda, R. Kuramitsu, N. Matsuura & Y. Yamauchi: Front. Plant Sci, 10, 487 (2019)..これらのRCS/カルボニル消去酵素にはいずれもアイソザイムが複数あり,アイソザイムごとにカルボニル種に対する特異性は異なる.シロイヌナズナには,アクロレインのみまたはアクロレインとHNEのみに基質特異性を示すGSTアイソザイムがある.一方,AKR, AOはさまざまなアルデヒドを基質とし,アイソザイム間で基質特異性が一部共通する.これらのアイソザイムは細胞内局在性や発現制御が異なっており,それぞれに生理的意義があると考えられるが,網羅的な基質特異性解析はまだ行われていない.これらのカルボニル消去酵素を過剰発現した植物は,塩ストレスなど活性酸素が関与されるとされるさまざまなストレス処理に対して耐性を示す(表1表1■植物のカルボニル消去酵素と,その過剰発現/欠損が植物にもたらす影響.総説7, 9)7) J. Mano: Plant Physiol. Biochem., 59, 90 (2012).9) M. S. Biswas & J. Mano: Front. Plant Sci, 12, 720867 (2021).より抜粋).また,カルボニル消去酵素を欠損させた植物は塩ストレスや活性酸素に対する耐性が低下することも報告されている(21, 22)21) S. O. Kotchoni, S. Kuhns, A. Ditzer, H.-H. Kirch & D. Bartels: Plant Cell Environ., 29, 1033 (2003).22) Y. Yamauchi, A. Hasegawa, A. Taninaka, M. Mizutani & Y. Sugimoto: FEBS Lett., 586, 1208 (2011).

このように,RCSは,活性酸素が膜脂質を酸化し生じる二次的障害因子であるといえる.さらに,活性酸素が細胞傷害作用とシグナル作用という生理的両面性をもつのと同様,RCSも傷害因子としてだけでなくシグナル因子としてのはたらきをもつ.植物にアクロレイン,メチルビニルケトン(MVK),(E)-2-ヘキセナールなどのRCSを曝露したり注入したりすると,RCSの分子種に応じて異なるストレス防御遺伝子群が発現誘導される(23~25)23) E. Alméras, S. Stolz, S. Vollenweider, P. Reymond, L. Mène-Saffrané & E. E. Farmer: Plant J., 34, 205 (2003).24) K. Kishimoto, K. Matsui, R. Ozawa & J. Takabayashi: Plant Cell Physiol., 47, 1093 (2005).25) Y. Yamauchi, M. Kunishima, M. Mizutani & Y. Sugimoto: Sci. Rep., 5, 8030 (2015)..生体外からRCSを与えたこれらの実験から,RCSのシグナル分子としてのポテンシャルは明らかである.発現制御に関与する転写因子TGA1(26)26) E. E. Farmer & M. J. Mueller: Annu. Rev. Plant Biol., 64, 429 (2013).,HSF1(25)25) Y. Yamauchi, M. Kunishima, M. Mizutani & Y. Sugimoto: Sci. Rep., 5, 8030 (2015).とRCSとの直接的な作用は示されておらず,RCSシグナル受容機構は未解明である.

では生体外からRCSを加えるのではなく,ストレス刺激によって生体内でRCSが生じた場合もシグナルとなるのだろうか?最初にこれが検証されたのはPCD開始への関与である(27)27) M. S. Biswas & J. Mano: Plant Physiol., 168, 885 (2015)..PCDは多細胞生物が発生段階やストレス下で一部の細胞を選択的に死なせるしくみであり,活性酸素は植物PCD開始因子のひとつである.タバコBright Yellow-2(BY-2)培養細胞にH2O2を加えると,PCDの典型症状である核DNAの断片化が生じる.このPCD症状が現れる前にHNEを初めとするRCSが増大する.また,カルボニル消去能をもつ化合物(カルノシン(=β-Ala-His),またはヒドララジン)を共存させておくと,H2O2刺激によってもRCSが増大せず,PCDが開始しないことがわかった(27)27) M. S. Biswas & J. Mano: Plant Physiol., 168, 885 (2015)..カルノシン,ヒドララジンは活性酸素消去能を有するとされているが,この実験条件ではBY-2細胞の活性酸素レベルや過酸化脂質レベルは低下していなかった.すなわちこれらの化合物はRCSレベル増大を抑制することでPCDの開始を止めたのである.これは,細胞内で生成したRCSがPCDを開始させるシグナルとして作用したことを示す.BY-2細胞のH2O2によるPCD開始には,カスパーゼ1様プロテアーゼ(C1LP)およびカスパーゼ3様プロテアーゼ(C3LP)の活性化がかかわる.BY-2細胞にH2O2を与えると,これらのプロテアーゼが10分以内に活性化され,その後数時間でPCD症状が進行する.BY-2細胞から抽出したタンパク質混液にRCSを加えるとC1LP活性,C3LP活性が増大したが,H2O2はこれらのプロテアーゼを活性化しなかった.つまり,H2O2刺激を受けた細胞内でRCSが生じ,それがこれらのプロテアーゼを活性化することで,PCDが開始されたのである(28)28) M. S. Biswas & J. Mano: Plant Cell Physiol., 57, 1432 (2016).

植物体での典型的なPCDの一つに,緑色組織の老化がある.実験的には,切除した組織を暗所に置いたりUV-Cを照射し,クロロフィル分解の促進や老化マーカー遺伝子の発現誘導を指標に老化を判定する.シロイヌナズナのアルデヒドオキシダーゼ4(AO4)は長角果(種子を覆う「さや」)に特異的に発現するアイソザイムである.長角果の暗処理やUV-C処理により,アクロレインやマロンジアルデヒド(MDA)含量が増大するが,AO4欠損株ではこれらの増大が野生株より大きく,老化が促進されていた.また長角果にアルデヒドを与えると,老化マーカー遺伝子の発現誘導が認められた(29)29) S. Srivastava, C. Brychkova, D. Yarmolinsky, A. Soltabayeva, T. Samani & M. Sagi: Plant Physiol., 173, 1977 (2017)..一方,葉で発現するアルデヒドオキシダーゼ3(AO3)の欠損株では,葉の老化処理に伴うアルデヒド増大が大きく,老化が早まることも最近報告された(30)30) Z. Nurbekova, S. Srivastava, D. Standing, A. Kurmanbayeva, A. Bekturova, A. Soltabayeva, D. Oshanova, V. Turečková, M. Strnad, M. S. Biswas et al.: Plant J., 108, 1439 (2021)..このように植物組織の老化プログラムにはアルデヒドが関与する.AOはRCSのみならず多種類のアルデヒドを酸化する広い基質特異性を有し,実際,欠損株と野生株では多種類のアルデヒドに含量の違いがある.どのアルデヒドが老化促進にもっとも重要かは,さらなる解析が必要である.

RCSは,PCDだけでなく,植物のホルモン応答シグナル伝達にも関与する.たとえば気孔閉口にかかわるホルモンであるアブシシン酸(ABA)のシグナルである.植物は乾燥ストレスに曝されるとABAを合成し,これが葉の表皮の孔辺細胞で受容され,気孔閉口応答が起こり蒸散が抑制されることで植物体からの水分損失を防ぐ.孔辺細胞でのABAシグナル伝達経路には活性酸素が関与することが以前から知られていた.葉の表皮にABAを与えると,さまざまなRCSが増大する.また,表皮にRCSを与えると気孔閉口が誘導される.さらにAER過剰発現タバコの葉の表皮はABAによる気孔閉口誘導が抑制されていた.このように,RCSはABAシグナル伝達に関与する(31)31) M. M. Islam, W. Ye, D. Matsushima, S. Munemasa, E. Okuma, Y. Nakamura, M. S. Biswas, J. Mano & Y. Murata: Plant Cell Physiol., 57, 2552 (2016)..ジャスモン酸メチル(MeJA)による気孔閉口誘導へのRCSの関与も同様の実験で示された(32)32) M. M. Islam, W. Ye, F. Akter, M. S. Rhaman, D. Matsushima, S. Munemasa, E. Okuma, Y. Nakamura, M. S. Biswas, J. Mano et al.: Plant Cell Physiol., 61, 1788 (2020)..ABAによる気孔閉口シグナル伝達経路のなかで,RCSの作用点はカルシウムチャネルの活性化よりも上流の過程にある(33)33) M. M. Islam, W. Ye, D. Matsushima, M. S. Rhaman, S. Munemasa, E. Okuma, Y. Nakamura, M. S. Biswas, J. Mano & Y. Murata: Plant Cell Physiol., 60, 1146 (2019).が,RCSシグナル受容タンパク質はまだ特定されていない.

また,組織の伸長にかかわるホルモンであるオーキシンのシグナルへの関与も明らかになった.私たちは,シロイヌナズナの実生に対するカルボニル消去剤の影響を調べる過程で,カルノシンが側根形成を阻害することを偶然見いだした.側根は主としてオーキシンのホルモン作用により促進される.根に側根形成を促進する濃度のオーキシンを与えると,側根形成より早い段階で,アクロレインなどのRCSの増大が見られた.また,RCSを根に与えるとオーキシンを与えなくてもオーキシン応答遺伝子群が活性化し,側根形成が促進された.シグナル伝達変異体などの解析の結果,オーキシンシグナル伝達経路のなかでRCSが関与する段階は,TIR1-オーキシン-Aux/IAA(オーキシン受容体複合体)の形成からレプレッサーAux/IAAの分解までの間にあることがわかってきた(34)34) M. S. Biswas, H. Fukaki, I. C. Mori, K. Nakahara & J. Mano: Plant J., 100, 536 (2019)..このように,RCSは形態形成シグナル伝達にもかかわっている.

おわりに~RCSシグナル研究の展望

以上のようにRCSは,植物の活性酸素が引き金となる応答(ストレス障害,PCD,ホルモン応答)において,活性酸素とシグナル受容タンパク質の仲立ちをする「missing link」のひとつといえる.植物には活性酸素が関与する生理応答がまだ他にもあり,それらの多くにRCSが関与すると期待できる.RCS作用機構の理解には,RCS標的タンパク質を同定し,修飾部位を特定し,そのタンパク質の機能に対するRCS修飾の効果を解析する必要がある.また,活性酸素と同様にシグナル作用と傷害作用をもつRCSは,細胞内での濃度が厳密に制御されているはずである.表1表1■植物のカルボニル消去酵素と,その過剰発現/欠損が植物にもたらす影響.総説7, 9)7) J. Mano: Plant Physiol. Biochem., 59, 90 (2012).9) M. S. Biswas & J. Mano: Front. Plant Sci, 12, 720867 (2021).より抜粋でまとめたRCS消去酵素には基質特異性が異なる多種類のアイソザイムが存在する(20)20) J. Mano, S. Kanameda, R. Kuramitsu, N. Matsuura & Y. Yamauchi: Front. Plant Sci, 10, 487 (2019)..これらが細胞内の各コンパートメントで,何種類もあるRCSそれぞれの濃度を制御し,必要なRCSを存在させ不要なものを消去する調節にかかわっていると考えられ,今後RCS調節機構の詳細な解析が必要である.こうしたRCSの生化学の展開・深化によって,植物細胞のさまざまなシグナル感知・シグナル変換機構の姿が,より明確に描き出されるようになるだろう.

本稿では活性酸素シグナルにおけるRCSの作用に焦点を当てたが,反応性分子種と呼ばれる寿命の短い分子にはこれらの他に活性窒素種(reactive nitrogen species(RNS),一酸化窒素(NO)など),活性硫黄種(reactive sulfur species(RSS),硫化水素やグルタチオンパースルフィドなど)がある.これらの反応性分子種も植物細胞で生成し,シグナル分子として働いている.NOはチオール基を求電子的に修飾する点でRCSと似ており,RCSシグナルとRNSシグナルは競合する可能性がある.また,硫化水素はカルボニルとの反応性が高く,RSSがRCSシグナルを抑制したり,逆にRCSがRSSシグナルを抑制したりしている可能性がある.こうした反応性分子種のネットワーク論理の理解も,細胞のレドックス制御・レドックス応答機構を解明していく上で重要な鍵のひとつであると考える.

Reference

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