バイオサイエンススコープ

ゲノム編集食品の取り扱いに関するルールゲノム編集食品の取り扱い

Nozomu Koizumi

小泉

大阪府立大学生命環境科学研究科

Masahito Shikata

四方 雅仁

農研機構本部広報部

Published: 2022-03-01

はじめに

2020年のノーベル化学賞はCRISPR/Cas9を用いたゲノム編集技術の開発者に授与された.CRISPR/Cas9の論文発表は2012年だが,この10年の間にゲノム編集技術はさまざまな生命科学の基礎研究や動植物の品種改良に大きな変化をもたらしている.ゲノム編集による「GABA高蓄積トマト(シシリアンルージュハイギャバ)」が2021年9月に,「可食部増量マダイ(22世紀鯛)」が10月に,「高成長トラフグ(22世紀ふぐ)」が11月に上市され,2021年は日本のゲノム編集食品の実用化に関する記念すべき年となった.ゲノム編集食品の上市に至る取り扱いルールについて解説することが,本稿の目的である.

ゲノム編集技術

ゲノム編集技術は狙ったDNA配列を切断し変異を起こす技術である.CRISPR/Cas9以前にも1996年に登場したzinc-finger nuclease(ZFN),2010年に登場したTranscription activator-like effector nuclease(TALEN)というゲノム編集ツールがある(1)1) 山本 卓:ゲノム編集の歴史と基礎,https://www.kanto.co.jp/dcms_media/other/CT_251_01.pdf, 2019..CRISPR/Cas9はこの2つのツールよりも扱いやすさの点で格段に優れており,ゲノム編集技術の普及に大きく貢献した.ZFNやTALENではタンパク質,CRISPR/Cas9ではガイドRNAと呼ばれるRNAが,特定のDNA配列を認識する.DNAを認識した後,その部位がそれぞれのゲノム編集ツールに含まれる人工ヌクレアーゼによって切断される.その後は,細胞が持つ二本鎖切断の修復機構(非相同末端結合あるいは相同組換え)により修復が起こり,その際に変異導入や相同組換えが起こる.

ゲノム編集の分類

ゲノム編集の結果は3タイプに大別される(図1図1■ゲノム編集の3つのタイプ(SDN: Site Directed Nuclease)).1つ目は実用化されている,あるいは実用化に近いもののほとんどが相当し,狙った部位を人工ヌクレアーゼで切断した後に,非相同末端結合によりDNAの修復を起こそうとするものである.この場合,1~数塩基の欠失や挿入といった修復ミス,場合によっては大きな断片の欠失が起こる.こうした変異は自然突然変異や従来の突然変異処理でも起こり得る.2つ目のタイプとして,切断後の相同組換えを利用して,外来のDNA配列を切断箇所に挿入することも試みられている.元のDNA配列とほぼ同じだが一部に変異が入った比較的短いDNA断片(ドナーDNA)を利用するもので,1~数塩基のDNAの欠失,置換,挿入などを起こすことができる.1つ目のタイプと比べて狙った変異を導入出来る点が異なる.3つ目はドナーDNAに遺伝子全長のような大きなDNA断片を利用する場合で,狙った部位に遺伝子などを挿入することができる.

図1■ゲノム編集の3つのタイプ(SDN: Site Directed Nuclease)

この分類は取り扱いルールを議論する前の,遺伝子組換えに該当するか否かのポイントとなる.3つ目は外来のDNA配列が挿入されているので,遺伝子組換え生物に該当し従来の遺伝子組換えの規制対象となる.1つ目は外来のDNAが導入されておらず,遺伝子組換えの規制対象外と整理された(他の部位に遺伝子が挿入されていれば当然規制対象となる).2つ目のタイプは,環境影響の規制(環境省管轄)と食品衛生の規制(厚生労働省管轄)で考え方が異なってくる.環境省はDNA断片が組込まれればカルタヘナ法(後述)での遺伝子組換え生物の定義に当てはまるため,規制対象とされた.一方,厚生労働省では生じる変異が自然突然変異や従来育種でも起こり得るものであれば,差異はないとして食品衛生上の観点からは遺伝子組換え食品の規制対象外とするとされた.

遺伝子組換え食品の規制

ゲノム編集食品の取り扱いルールを述べる前に遺伝子組換え食品の規制について整理しておく.遺伝子組換え生物を食品として利用するためには,原則として,その生物の環境(生物多様性)への影響に関する法律「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律(通称:カルタヘナ法)」,食品としての安全性(健康影響)に関する法律「食品衛生法」および飼料の安全性に関する法律「飼料の安全性の確保および品質の改善に関する法律(通称:飼料安全法)」の3つの法律のもとで規制措置が講じられる.遺伝子組換え農作物を上市する場合,上記法律のもとで安全性審査が行われる.遺伝子を導入することによる形質変化の詳細や生態系への影響の検討,食品の場合は成分の変化など,さまざまな角度から学識経験者の意見を聴取し審査される.これらの審査を経て,各主務大臣の承認が得られた食品のみが市場に出回るルールとなっている.安全性審査を経た遺伝子組換え農作物は20年以上前から国内で流通しており,最近では年間約1800万トン程度が輸入されていると推定され,飼料や植物油などに利用されている.遺伝子組換え食品の一部には表示義務があり消費者庁が管轄している.

ゲノム編集食品の取り扱いルール作りの経緯

ゲノム編集で得られた生物あるいはそれに由来する食品の取り扱いについては少なくとも2007年には欧州で議論が始まっていた.当時は遺伝子組換え生物の規制において位置付けがあいまいな他の技術も含めて,「新しい植物育種技術(New Plant Breeding Techniques)」とされ,その取り扱いについて欧州委員会が220ページに及ぶ報告書を出している(2)2) M. Lusser, C. Parisi, C. Rodriguez & D. Plan: New plant breeding techniques. State-of-the-art and prospects for commercial development. https://publications.jrc.ec.europa.eu/repository/handle/JRC63971, 2011..ゲノム編集についてはTALENもCRISPR/Cas9も開発されておらず記述はZFNに限られる.国内では新しい植物育種技術(NPBT)に関する平易な書籍として「新しい植物育種技術を理解しよう-NBT(new plant breeding techniques)-」が2013年に出版され,議論の基礎資料となった(3)3) 大澤 良,江面 浩編著:“新しい植物育種技術を理解しよう-NBT(new plant breeding techniques)-”国際文献社,2013..2014年に日本学術会議が「植物における新育種技術(NPBT: New Plant Breeding Techniques)の現状と課題」という報告書(4)4) 日本学術会議:植物における新育種技術(NPBT: New Plant Breeding Techniques)の現状と課題,https://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-22-h140826.pdf, 2014.をまとめているが対象は植物で,技術はゲノム編集に限らない.行政の動きとしては,農林水産省が2013年から2年かけて研究会を7回開催し,2015年に報告書「ゲノム編集技術等の新たな育種技術(NPBT)を用いた農作物の開発・実用化に向けて」(5)5) 新たな育種技術研究会:ゲノム編集技術等の新たな育種技術(NPBT)を用いた農作物の開発・実用化に向けて,https://www.affrc.maff.go.jp/docs/commitee/nbt/pdf/siryo3.pdf, 2015.をまとめている.タイトル通り,ゲノム編集の色合いが濃くなっているが,やはり対象は農作物である.その後,CRISPR/Cas9の登場により実用化への道が加速したことから2018年から規制方針の検討が加速化する.環境省がカルタヘナ法,厚生労働省が食品衛生法での扱いを数回における検討会で議論し,2019年2月に環境省から,3月に厚生労働省からそれぞれ取り扱い方針が出された.ゲノム編集技術を利用した生物・食品のうち,遺伝子組換えに該当しないものはそれぞれの法律の規制対象外となるが,知見の蓄積や状況の把握のために,開発者等に情報提供を求めるというものである.なお,これらの議事録は各省庁のウェブサイトから誰でも閲覧できる(6, 7)6) 環境省:遺伝子組換え生物等専門委員会,https://www.env.go.jp/council/12nature/yoshi12-07.html, 2018.7) 厚生労働省:薬事・食品衛生審議会(食品衛生分科会新開発食品調査部会遺伝子組換え食品等調査会),https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/shingi-yakuji_148834.html, 2013..この方針をもとに,一般市民へのリスクコミュニケーション(説明会)やパブリックコメント等を経て,各省庁から上市する場合の具体的な手続き方法が通知された(2019年9月厚生労働省・食品,消費者庁・表示,10月農林水産省・生物多様性影響,2020年2月農林水産省・飼料).魚類についてはさらに2021年に5回議論が重ねられ,農作物と比べて留意すべき事項がまとめられた.

ゲノム編集食品の取り扱いルール

前述のように遺伝子組換え食品の流通・消費にはカルタヘナ法に基づく環境への影響,食品衛生法に基づく食品としての安全性について審査が求められ,表示制度もある.一方,前述の分類に基づき遺伝子組換え生物に該当しないと整理されたゲノム編集食品については,法律による規制の対象外となった.

しかし,開発したゲノム編集食品をすぐに流通・販売することは違法ではないものの所轄省庁との事前相談を経た届出(食品・飼料としての安全性)あるいは情報提供(環境への影響)の協力が求められる.ゲノム編集食品はカルタヘナ法や食品衛生法の対象とならないことから法的な規制はできない.そもそも同様の変異が従来の育種でも生じることから虚偽の申告をしても見分ける方法が無い.つまり取り締まることができないため,事前相談に基づく届出や情報提供は義務ではない.しかし,届出を行わずに流通・販売した場合,当該開発者等を公表する場合があるとされ,届出の実効性が確保されるよう留意されている.従来育種と同等のものに届出や情報提供が求められた根拠としては新しい技術であること,消費者への配慮などが挙げられる.

ゲノム編集食品を上市する場合の厚生労働省への届出では,どのような遺伝子の改変を行ったか,外来遺伝子がないことをどのように確認したか,改変によって新たなアレルゲンや毒性物質が生じないか,標的以外の部位の改変(オフターゲット,後述)の有無などの情報が求められる.届出の前に厚生労働省と事前相談を行い,当該食品が届出でよいのか,安全性審査の対象となるかの確認が行われる(図2図2■ゲノム食品の取り扱いの流れ(厚生労働省資料に基づく)).届出された情報は厚生労働省のウェブサイトで公表される(8)8) 厚生労働省:ゲノム編集技術応用食品および添加物の食品衛生上の取扱要領に基づき届出された食品および添加物一覧,https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/bio/genomed/newpage_00010.html, 2020..前述の「GABA高蓄積トマト」,「可食部増量マダイ」,「高成長トラフグ」は2021年11月現在,すでに掲載されている.輸入品についても同様の手続きが求められる.事前相談,届出を行わずに流通・販売した場合,当該開発者等を公表する場合があるとされ,届出を行わないことの抑止力になると考えられる.飼料として利用する場合は農林水産省へ同様の届出が必要である.また,生物多様性影響が生じる可能性の考察等について,農林水産省へ情報提供を行う必要がある.こちらも事前相談を行い,遺伝子組換え生物等に該当しないこと等について確認を受ける.事前相談や情報提供では,改変の内容,環境影響への可能性,オフターゲットの有無とある場合はその内容についての考察等が求められる.この情報は農林水産省のウェブサイトで公表されている(9)9) 農林水産省:ゲノム編集技術の利用により得られた生物の情報提供の手続,https://www.maff.go.jp/j/syouan/nouan/carta/tetuduki/nbt_tetuzuki.html, 2019.

図2■ゲノム食品の取り扱いの流れ(厚生労働省資料に基づく)

緑色は届出のみ,水色は遺伝子組換え食品として安全性審査を受ける場合を示す.

オフターゲット

ゲノム編集技術は狙ったゲノム配列を切断し,変異を導入する特異性は非常に高いが,想定外の箇所に変異が入る可能性を完全には否定できない.想定していない箇所の変異はオフターゲット変異と呼ばれる.もっとも,従来の育種では複数の箇所にランダムに入った変異から求める性質の原因となる変異を選抜して利用する.つまり求める性質の原因となる変異以外にも変異が入ることは一般的である.また,従来育種の過程と同じく不都合なオフターゲット変異は交配を経て除去することができる.したがって,ゲノム編集でおこるオフターゲット変異を育種の場面では特別視する必要は無い.医療にゲノム編集が適用される場合のオフターゲットの深刻性と混同されることがあり注意が必要である.それでも届出や情報提供ではオフターゲット変異についての情報が求められる.

表示

表示は消費者庁の管轄である.外来遺伝子等が残存しないもの(安全性審査が不要となったもの)は現段階では食品表示基準の表示の対象外となった.一方で,届出と同じくゲノム編集食品かどうかを知りたいという消費者の声も考慮され,事業者による任意の表示は推奨されている.実際,消費者の知る権利を理由に表示を求める声は大きい.そうした声に答える形で前述のGABA高蓄積トマト,可食部増量マダイにはゲノム編集で作られた旨の表示がされ,高成長トラフグも表示がされる予定である(2021年11月現在).結果的に消費者の信頼を得ることにつながると期待される.消費者庁としては,今後,表示の義務付けも視野に入れつつ,必要に応じて取扱いの見直しを検討していくとしている.

まとめと今後の展望

本稿で述べたゲノム編集食品の取り扱いルールは多くの議論を経て2019年の9月,10月に決定している.くしくもゲノム編集トマト,マダイの上市の丁度2年前である.ルール作りの議論は,研究者,行政だけでなく,消費者団体も交えて行われた.一般市民に向けた意見交換会も2019年に全国5ヶ所の都市部で開催された.取り扱い方針が出される前や具体的な手続きを公表する前にはパブリックコメントが募集され,合計1,000件以上の意見が出された.議論が性急というマスコミ報道も一部みられたが,議論はゲノム編集技術の利用が広がる前から始まっており,そうした論調には疑問も持たれる.(自然)科学の観点からは取り扱いルールの合理性に疑問を持つ人もいるだろう.従来育種の産物と同じであれば届出や情報提供を求める必要は無いという考え方もある.一方で,義務で無いことに対する批判もある.従来育種の産物との違いを検出できないので義務化はできないというロジックが伝わらない.今後はこのルールを上手く運用していくことで健全なゲノム編集食品の利用が望まれる.

Reference

1) 山本 卓:ゲノム編集の歴史と基礎,https://www.kanto.co.jp/dcms_media/other/CT_251_01.pdf, 2019.

2) M. Lusser, C. Parisi, C. Rodriguez & D. Plan: New plant breeding techniques. State-of-the-art and prospects for commercial development. https://publications.jrc.ec.europa.eu/repository/handle/JRC63971, 2011.

3) 大澤 良,江面 浩編著:“新しい植物育種技術を理解しよう-NBT(new plant breeding techniques)-”国際文献社,2013.

4) 日本学術会議:植物における新育種技術(NPBT: New Plant Breeding Techniques)の現状と課題,https://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-22-h140826.pdf, 2014.

5) 新たな育種技術研究会:ゲノム編集技術等の新たな育種技術(NPBT)を用いた農作物の開発・実用化に向けて,https://www.affrc.maff.go.jp/docs/commitee/nbt/pdf/siryo3.pdf, 2015.

6) 環境省:遺伝子組換え生物等専門委員会,https://www.env.go.jp/council/12nature/yoshi12-07.html, 2018.

7) 厚生労働省:薬事・食品衛生審議会(食品衛生分科会新開発食品調査部会遺伝子組換え食品等調査会),https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/shingi-yakuji_148834.html, 2013.

8) 厚生労働省:ゲノム編集技術応用食品および添加物の食品衛生上の取扱要領に基づき届出された食品および添加物一覧,https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/bio/genomed/newpage_00010.html, 2020.

9) 農林水産省:ゲノム編集技術の利用により得られた生物の情報提供の手続,https://www.maff.go.jp/j/syouan/nouan/carta/tetuduki/nbt_tetuzuki.html, 2019.