Kagaku to Seibutsu 60(4): 165-167 (2022)
今日の話題
シアノバクテリアの光合成とは異なる光エネルギー利用機構シアノロドプシンの発見
Published: 2022-04-01
© 2022 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2022 公益社団法人日本農芸化学会
太陽光に由来するエネルギーは,地球上のほとんどすべての生物の生命活動を支えている.それでは,どの生物が,どのような機構で太陽光からエネルギーを受け取り,生態系にそのエネルギーを流しているのだろうか?常識的には,植物やシアノバクテリアなどの生物が,クロロフィルを用いた光合成を行うことで太陽光からエネルギーを受け取っている.特に水圏環境では,シアノバクテリアや植物プランクトンなどの微生物が重要な基礎生産者として知られている.しかしながら,光合成とは全く異なる機構で太陽光からエネルギーを受け取る光受容体“微生物型ロドプシン”が1970年代に原核生物から発見され,微生物による光エネルギーの利用機構はこれまで考えられていた以上に多様であることが明らかになった(1)1) D. Oesterhelt & W. Stoeckenius: Nat. New Biol., 233, 149 (1971)..
最初の微生物型ロドプシンは塩湖に生息する好塩古細菌から見つかり,われわれが視物質として利用する動物型ロドプシンに構造が似ていることから“バクテリオロドプシン”と名付けられた.バクテリオロドプシンは太陽光を受容すると,細胞内から細胞外へプロトン(H+)を輸送する「光駆動型プロトンポンプ」として機能する.微生物は,ロドプシンのイオン輸送によって細胞膜内外に生じたプロトン濃度勾配を使い“生命共通のエネルギー通貨”である「ATP」を合成することで,太陽光を利用可能な化学エネルギーに変換する.微生物型ロドプシン(以下ロドプシン)は,長い間塩湖に棲む微生物のみが持つ光エネルギー利用機構であると考えられていたが,2000年代に行われた海洋を対象としたメタゲノム解析から海洋微生物にも広く分布することが明らかになった(2)2) O. Beja, L. Aravind, E. V. Koonin, M. T. Suzuki, A. Hadd, L. P. Nguyen, S. Jovanovich, C. M. Gates, R. A. Feldman, J. L. Spudich et al.: Science, 289, 1902 (2000)..また,その後の研究で河川,湖沼や温泉などに生息する微生物からも次々にロドプシン遺伝子が見つかり,ロドプシンによる光エネルギー利用機構は多様な環境に生息する幅広い分類群の微生物に分布することが分かってきた(3, 4)3) O. P. Ernst, D. T. Lodowski, M. Elstner, P. Hegemann, L. S. Brown & H. Kandori: Chem. Rev., 114, 126 (2014).4) Y. Sudo & S. Yoshizawa: Photochem. Photobiol., 92, 420 (2016)..一方で,ロドプシンによる光エネルギー利用は光合成を行わない従属栄養生物に特有の機構であると漠然と考えられていた.
しかし近年,シアノバクテリアゲノムを対象にロドプシン遺伝子の有無が大規模に調べられ,シアノバクテリア系統内にもロドプシン遺伝子が広く分布することが明らかにされた(図1図1■シアノバクテリアの進化系統樹,分離環境,細胞の形態,レチナール合成の有無,ロドプシン保有の有無とその種類,ゲノムサイズの情報.)(5)5) M. Hasegawa, T. Hosaka, K. Kojima, Y. Nishimura, Y. Nakajima, T. Kimura-Someya, M. Shirouzu, Y. Sudo & S. Yoshizawa: Sci. Rep-Uk., 10, 16752 (2020)..また,ロドプシン遺伝子の分布は一様ではなく,淡水・陸水環境に生息するシアノバクテリアに偏って分布することも示された.特に興味深いのは,シアノバクテリアが保有するロドプシンのみで構成される未知ロドプシングループの存在が明らかになったことである(図2図2■多様なタイプのロドプシンおよびシアノロドプシンを含む系統樹).これまで,ロドプシンは従属栄養生物に特有の光受容機構であると考えられていたが,シアノバクテリア系統内で進化してきた可能性の高いロドプシンが見つかったのだ.この未知ロドプシングループは,シアノロドプシン(CyR)と命名され,その機能や分光的特徴が詳しく調べられた.CyRを異種発現させた大腸菌の解析から,CyRは光駆動型プロトンポンプとして働くことが明らかにされた.また,精製した組換えCyRの分光解析から,緑色の光(吸収極大550 nm)を受容すること,幅広いpH環境でプロトンを輸送できるなどのタンパク質の性質も明らかとなった.これらの結果は,CyRはクロロフィルが吸収できない波長域を利用すること,海洋環境に比べてpHなどの環境条件が短時間で変動する淡水環境に適応した特徴を持つことを示唆している.さらに,X線結晶構造解析から,CyRの構造がバクテリオロドプシンに類似していることが明らかにされた.このような特徴は,CyRがシアノバクテリアの系統内で光合成機構とともに進化し,大きな構造変化を伴うことなく淡水性シアノバクテリアの細胞内環境に適応してきたことを示すと考えられる.
近年の研究から,これまで光合成のみで光エネルギーを受け取っていると考えられてきたシアノバクテリアに,ロドプシン型の光エネルギー利用機構が広く分布することが明らかにされた.また,CyRはクロロフィルが吸収しない緑色の光を利用することから,CyRを持つシアノバクテリアは光合成とロドプシンの両機構を用いて効率よく光を利用している可能性が考えられる.CyRがシアノバクテリアの細胞内のどこに局在するのか?どのタイミングで発現するのか?などの光合成との詳細な分担機構の解明は今後の課題であるが,光合成系とロドプシン系の光エネルギー利用機構の使い分けの詳細を明らかにすることで,シアノバクテリアの光利用の歴史は「光合成の進化史」ではなく「光合成とロドプシンの共進化史」として刷新されることが期待される.