Kagaku to Seibutsu 60(4): 168-175 (2022)
解説
不斉ナザロフ環化反応~最近の進展~シクロペンテノンの不斉合成
Asymmetric Nazarov Cyclization~Recent Developments~: Synthesis of Chiral Cyclopentenones
Published: 2022-04-01
化合物が不斉炭素原子を持つ場合には,鏡像異性体(エナンチオマー)が存在し,鏡像異性体はしばしば互いに異なる生理活性を示すため,各々を分離して分析・使用することが極めて重要になる.一方の鏡像異性体を選択的に合成できれば分離の手間が省けるため,有機化学の視点からは不斉合成反応の開発が重要な課題となり,現在まで進展を遂げてきた.この解説では,シクロペンテノン誘導体の代表的合成法であるナザロフ環化反応について,触媒的不斉合成および不斉転写反応を含む基質制御を利用した不斉制御について最近の例を中心に述べる.また,ナザロフ環化反応を含む電子環状反応に独自の不斉発現メカニズムに関しても解説する.
Key words: 不斉合成(asymmetric synthesis); 電子環状反応(electrocyclization); ナザロフ環化反応(Nazarov cyclization); 炭素–炭素結合形成反応(carbon-carbon bond forming reaction); 不斉転写(chirality transfer)
© 2022 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2022 公益社団法人日本農芸化学会
有機合成化学を研究する者であれば,環状炭素骨格を構築する方法論の開発が極めて重要な課題であるということに疑義を唱えることはないだろう.その理由は,人類の役に立つ物質には環状炭素骨格が遍在していることに他ならない.では,有機合成化学者が集まって,「どのような分子が魅力的か?」ということについて話し合えば,さまざまな官能基を付与できる多様性に富んだ分子と言う研究者は多いだろう.よって,このようなビルディングブロックとして活躍し得る環状炭素骨格を構築できる方法論が高い評価を得て,古くから現在に渡り継続的に利用されてきた.
ナザロフ環化反応は,1941年にIvan Nikolaevich Nazarovらによって報告されたが(1)1) I. N. Nazarov & I. I. Zaretskaya: IZv. Akad. Nauk. SSSR, Otd. Khim., 211 (1941).,現在でも多くの研究者によって活発に研究が行われている.その理由は,ナザロフ環化反応がジビニルケトン1という鎖状基質から,4π電子環状反応を経由して,シクロペンテノン誘導体2を合成できる数少ない方法だからであろう(図1図1■ナザロフ環化反応を用いて全合成された化合物).また,アトムエコノミーの観点からたいへん優れた手法であることも興味深い.シクロペンテノンはカルボニル基と炭素–炭素二重結合が共役した五員環エノンであるので,さまざまな官能基化・骨格変換の糸口とすることが可能であるとともに,シクロペンテノン自身を含む有用な化合物もたくさんある.たとえば,(+)-fusicoauritoneは,フシコカン(fusicoccane)類と呼ばれる5員環-8員環-5員環が縮環したテルペン類であるが,2007年に全合成が達成された(2)2) D. R. Williams, L. A. Robinson, C. R. Nevill & J. P. Reddy: Angew. Chem. Int. Ed., 46, 915 (2007)..また,有望な抗がん剤として期待されている(−)-ロカグラミド(rocaglamide)(3)3) Z. Zhou & M. A. Tius: Angew. Chem. Int. Ed., 54, 6037 (2015).,抗生物質(+)-ロセオフィリン(roseophilin)(4)4) P. E. Harrington & M. A. Tius: Org. Lett., 1, 649 (1999).の全合成は,ナザロフ環化反応により構築したシクロペンテノンのカルボニル基への付加および縮合で構成されている.最近報告されたジテルペン類(−)-オリドニン(oridonin)の全合成は,ナザロフ環化反応の中間体を直接利用した炭素-炭素結合形成反応を経由,環拡大を伴う1,2-転位により中央の六員環を合成している(5)5) L. Kong, F. Su, H. Yu, Z. Jiang, Y. Lu & T. Luo: J. Am. Chem. Soc., 141, 20048 (2019)..上記の天然物の不斉全合成は,ともにナザロフ環化反応を利用して光学活性な炭素五員環骨格を形成している.このように,重要な炭素骨格を作ることができるナザロフ環化反応は,不斉合成への展開が活発に行われてきた.今回の解説では,不斉ナザロフ環化反応における最近の進展を中心に述べる.
まず,ナザロフ環化反応の反応機構について解説すると,基質であるジビニルケトン1への酸触媒Aの配位によりペンタジエニルカチオン中間体3が発生し,ウッドワード・ホフマン(Woodward-Hoffmann)則に従い,同旋的な4π電子環状閉環が起きる(図2図2■ナザロフ環化反応の反応機構と不斉合成).その後,4のプロトン脱離・5のプロトン化によって,シクロペンテノン2が生じる.4のプロトン脱離の位置選択性が低い場合にはシクロペンテノンの異性体が副生する.また,最終的には触媒が再生する反応機構が描けるが,現実には酸触媒が生成物のカルボニル基にも配位することが一因となり,反応を触媒的に進めるのは容易ではない.
ナザロフ環化反応によって合成できるのは,基本的には4位および5位に不斉点を有する2-シクロペンテノンであるが,その代表的な戦略を紹介する.ナザロフ環化反応によって4位に不斉点を有する光学活性なシクロペンテノン2aおよび2a′を合成するには,回転選択性(トルク選択性,Torquoselectivity)と呼ばれる電子環状反応に独自の立体選択性について理解する必要がある(6)6) I. Fleming(著),鈴木啓介(訳),千田憲孝(訳):“ペリ環状反応”,化学同人,2002..中間体3aが4π電子環状閉環を起こす際に,二つのオレフィンの同旋的な回転は,時計回り(clockwise)と反時計回り(counterclockwise)の二通りが考えられる.それぞれの旋回方向によって生じる化合物4aと4a′はエナンチオマー(鏡像異性体)の関係にあり,光学活性源が無い場合には時計回りと反時計回りの旋回は均等に起こり,二つのエナンチオマーの等量混合物(ラセミ体)を与える.すなわち,一方の旋回のみを起こすような不斉環境を構築できれば,不斉ナザロフ環化反応によって4位に不斉点を有する光学活性な2-シクロペンテノン2a,もしくは2a′が合成できる.
ナザロフ環化反応によって2-シクロペンテノンの5位に不斉点を構築する場合には,不斉プロトン化が用いられることが多い(7)7) J. B. Metternich, M. Reiterer & E. N. Jacobsen: Adv. Synth. Catal., 362, 4092 (2020)..すなわち,4π電子環状閉環とプロトン脱離後のエノラート中間体5bがプロトン化を受ける際に不斉が発現する形式の反応である.不斉プロトン化による不斉点の構築に関しては,ナザロフ環化反応に独自の概念ではなく,エノラート中間体を経由する不斉反応に係わる内容であるため,本解説では省略する.
ナザロフ環化反応は触媒化およびプロトン脱離の位置選択性を制御することが一般的に困難とされてきたが,2003年ごろFrontierらによって触媒化するための方法論が報告された(8)8) W. He, X. Sun & A. J. Frontier: J. Am. Chem. Soc., 125, 14278 (2003)..すなわち,ジビニルケトン6に電子供与性基(electron-donating group, EDG)や電子求引性基(electron-withdrawing, EWG)を導入することで,(1)ペンタジエニルカチオン中間体7の閉環過程を加速する,(2)中間体8でのプロトン脱離の位置選択性を高める,というシステムである(図3図3■触媒的不斉ナザロフ環化反応).電子供与性基および電子求引性基の導入は,ペンタジエニルカチオン中間体7の分極を誘発し,閉環過程である炭素-炭素結合形成が加速される.また,中間体8では,電子供与性基が結合している炭素上に正電荷が局在化するため,プロトン脱離の位置選択性が制御される.この報告以降,触媒反応が続々と報告されるようになり,触媒的不斉合成の研究も活性化されていった.
最初の触媒的不斉合成は,2007年にRuepingらによってキラルブレンステッド酸触媒を用いて達成された(9)9) M. Rueping, W. Ieawsuwan, A. P. Antonchick & B. J. Nachtsheim: Angew. Chem. Int. Ed., 46, 2097 (2007)..電子供与性の六員環ビニルエーテル構造が付与された基質10に対して,(R)-BINOL誘導体から合成できるリン酸11(2 mol%)をクロロホルム中で作用させると,ナザロフ環化反応が収率良く進行し,シクロペンテノン12が高いジアステレオ選択性およびエナンチオ選択性で生成する.なお,ジアステレオ選択性はプロトン脱離後の中間体のプロトン化によって決まり,シス体の生成が優先する.また,Tiusらは,ケトエノン13を基質として用い,ブレンステッド酸であるチオウレア14によって触媒される,第4級不斉炭素を持つシクロペンテノン15の合成法を提供した(10)10) A. K. Basak, N. Shimada, W. F. Bow, D. A. Vicic & M. A. Tius: J. Am. Chem. Soc., 132, 8266 (2007)..さらに2013年にはRawalらによってクロム–サレン(salen)錯体17を触媒とする不斉ナザロフ環化反応が報告された(11)11) G. E. Huston, Y. E. Türkmen & V. H. Rawal: J. Am. Chem. Soc., 135, 4988 (2013)..これらの触媒的な方法論の開発は極めて有用であったが,触媒反応に適用できる基質の電子的・構造的制約が大きく,合成できるシクロペンテノン誘導体が限定的であった.
2021年のノーベル化学賞は,「不斉有機触媒の開発」に貢献したBenjamin ListとDavid MacMillanの二名に贈られたが,Listは独自に開発したキラルなブレンステッド酸触媒19が不斉ナザロフ環化反応に極めて効果的であり,より広範の基質に適用できることを最近報告した(図4図4■触媒の構造的特徴を活かした触媒的不斉ナザロフ環化反応)(12)12) J. Ouyang, J. L. Kennemur, C. Kanta De, C. Farès & B. List: J. Am. Chem. Soc., 141, 3414 (2019)..触媒19はボウル型の形状を有しており,ボウルの底に相当する部分に強酸性のプロトンが存在し,触媒活性点となる.この不斉空間に基質が格納・活性化されることで,ナザロフ環化反応が高い回転選択性で進行する.また,非常に特徴的なのは,この独特な形状の触媒空間がナザロフ環化反応の効率化にも寄与していることである.通常,ナザロフ環化反応の基質であるジビニルケトンの配座平衡において,カルボニル基とオレフィン部位の配座は,閉環に不活性なs-cis/s-cis配座20′に偏っており,閉環が起きるs-trans/s-trans配座20′の割合は低い.この配座平衡の偏りゆえに,閉環過程が律速段階となり,延いてはナザロフ環化反応の触媒化を困難とさせてきた一因でもある.一方,触媒19を用いるナザロフ環化反応においては,この触媒空間に取り込まれた基質は触媒との立体反発を避けようとするため,s-trans/s-trans配座20を形成せざるを得なくなり,結果的に閉環過程が加速される.そのため,Frontierらが提案した基質の官能基化による閉環過程の加速化が不要となり,より広範の基質に適用できるようになった.
光学活性な基質の有している不斉情報を基にして,新たに生成物に生じる立体化学を制御する方法は古くから親しまれてきた不斉合成法であり,不斉補助基などは光学活性中間体の合成などの目的で実際に利用した研究者も多いと思われる.特に天然物などの全合成では,通常の反応開発研究に比べて,基質の分子サイズが大きかったり,官能基を多数備えているなど,触媒による立体選択性の制御が困難な場合には,基質の立体情報を利用して生成物の立体化学を構築する方針は汎用され,かつ極めて有効である.
不斉ナザロフ環化反応が初めて報告されたのは,筆者らが知る限り1986年のMehtaらによるフシコクシン(Fussicoccin)類の合成研究の論文であるが,これは基質制御に依るものであった(13)13) G. Metha & N. Krishnamurthy: J. Chem. Soc. Chem. Commun., 1319 (1986)..すなわち,(R)-リモネン(limonene)から光学活性な基質23を合成し,ナザロフ環化反応の反応条件を適用することで,基質の有している立体化学によって回転選択性を制御して,光学活性な生成物24を得るという手法である(図5図5■基質制御による不斉ナザロフ環化反応の初期の例).
基質制御の方法に分類される不斉合成法の一つに不斉転写反応がある.不斉転写反応では,基質が有する不斉炭素原子が消失すると同時に,新たな不斉炭素原子を持つ生成物が生じる.当然,光学活性な基質を用いた場合に不斉転写が効率よく起きれば,光学活性な生成物を得ることができる.これまでにも不斉転写による不斉ナザロフ環化反応が報告はあったが,触媒反応は報告が無かった.たとえば,Denmarkらによる光学活性なアリルシラン構造を持つジビニルケトン25は過剰量の塩化鉄(III)によって媒介されるナザロフ環化反応を起こし,25の点不斉が消失するとともに,生成物26に三つの点不斉として転写される(14)14) S. E. Denmark, M. A. Wallace & C. B. Walker Jr.: J. Org. Chem., 55, 5545 (1990)..立体選択性(不斉転写率)はほぼ完璧であり,基質の合成の手間とルイス酸の使用量を考慮しても,初期の研究として興味深い.
不斉転写反応による触媒的な不斉ナザロフ環化反応の例として,われわれはエノール炭酸エステル27に対して触媒量のルイス酸を作用させると,脱炭酸反応を起点としたナザロフ環化反応が起きることを報告した(15)15) K. Komatsuki, Y. Sadamitsu, K. Sekine, K. Saito & T. Yamada: Angew. Chem. Int. Ed., 56, 11594 (2017)..提唱反応機構としては,ルイス酸による炭酸エステルのカルボニル基の活性化に基づく脱炭酸が起こり,ペンタジエニルカチオン中間体28を生成,4π電子環状閉環が進行し,生成物29に至る(図6図6■脱炭酸型ナザロフ環化反応と不斉転写).特徴的な点として,反応が触媒量のルイス酸で進行すること,側鎖オレフィンの幾何配置が生成物の4,5-位の相対立体配置に反映される立体特異的反応であるという点が挙げられる.
仮に炭酸エステル27の2位が光学活性な基質を用いて反応を行った場合,一見すると提唱している脱炭酸型ナザロフ環化反応ではカチオン性中間体28を経由するため,基質の不斉情報は損失し,エナンチオ選択性は大きく低下するだろうと予想される.一方で,カチオン性中間体28を経由するが,基質27の2位の不斉情報が失われる前に閉環が済んでいれば,その不斉情報は生成物29の4,5位の立体情報として反映されるはずである.そこで,光学的に純粋な基質27を用いて,触媒量のB(C6F5)3との反応を行ったところ,対応するシクロペンテノン29が良好な収率,82->99% ct(chirality transfer,不斉転写率)で生じた(16)16) K. Komatsuki, A. Kozuma, K. Saito & T. Yamada: Org. Lett., 21, 6628 (2019)..すなわち,中間体28はラセミ化よりも速く閉環反応を起こし,不斉転写したものと考察された.立体選択性の発現機構について明らかにするため,絶対立体配置が既知の炭酸エステル30を用いて反応を行った後,その生成物31を単離し,単結晶X線構造解析によって絶対立体配置を決定した.その結果,S体の基質(S)-30から脱炭酸後に同旋的閉環を経て,(4S,5S)-31が得られていることから,中間体32が基質由来の立体構造を反映して,より少ない旋回量(回転量)で結合が形成できる時計回り(clockwise)の旋回を選択的に起こし,光学活性な生成物を生じたものと結論付けた(中間体32に記述されている二つの軌道を旋回させて結合を作る際,各々の軌道の黒いローブと黒いローブをくっつける方が,白いローブと白いローブをくっつける場合と比べて,より少ない旋回で済む).
上記のルイス酸触媒を用いる脱炭酸型ナザロフ環化反応は,幅広い基質一般性を示し,高い光学純度の多置換シクロペンテノンを収率良く合成できる特長を有していた.しかしながら,電子供与性基を有する基質の場合には,不斉転写率が大きく低下する問題があった.この原因として,電子供与性基によるカチオン性中間体28の安定化が挙げられ,その中間体の発生はルイス酸の添加が引き金になっていると考えた.そこで,ルイス酸を添加せずに反応を行うことで,不斉転写率が向上すると期待した.光学活性な基質32のt-ブチルベンゼン溶液を昇温したところ,80 oCで脱炭酸型ナザロフ環化反応が起き,不斉転写率は81% ctまで向上した(ルイス酸B(C6F5)3を用いる反応条件では,21% ct)(17)17) A. Kozuma, K. Komatsuki, K. Saito & T. Yamada: Chem. Lett., 49, 60 (2020)..また,広範の電子供与性置換基を有する基質(たとえば,33aや33b)についても,ルイス酸条件に比べて,熱的条件では不斉転写率の向上が見られた.
上記では酸性条件下でのナザロフ環化反応について解説してきたが,光照射によって誘起されるナザロフ環化反応も知られている(photo-Nazarov cyclization).ウッドワード・ホフマン則に従えば,酸触媒を用いるナザロフ環化反応は熱的反応に分類される4π電子環状反応であるため,閉環は同旋的に起きると述べた.対照的に,光ナザロフ環化反応では閉環過程が逆旋的になる(図7図7■光ナザロフ環化反応とFamesinの全合成)(6)6) I. Fleming(著),鈴木啓介(訳),千田憲孝(訳):“ペリ環状反応”,化学同人,2002..すなわち,熱反応と光反応での閉環過程における旋回方向の違いは立体化学に反映されるため,合成ターゲットの立体化学を考慮して反応条件を選択することで,所望の炭素骨格を構築することも可能となる.たとえば,基質35の熱的ナザロフ環化反応では同旋的閉環によりR1とR2がanti(trans)の関係となる中間体36を形成するが,光照射条件では逆旋的閉環によってsyn(cis)の中間体37を生じる.
ent-カウレン類(ent-kaurenoids)は,特徴的な炭素骨格と興味深い生理活性から合成化学者を魅了してきた多環性ジテルペノイドである.その中でもacafamane型の誘導体は高度に歪んだsyn-syn-syn縮環のヒドロフルオレノール骨格の構築が障害となり,合成研究が滞っていた.Gaoらは,以前より光ナザロフ環化反応による天然物合成を展開しており,基質制御による不斉光ナザロフ環化反応を鍵反応としてacafamane型の天然物であるfamesinの不斉合成を達成した(18)18) Y. Que, H. Shao, H. He & S. Gao: Angew. Chem. Int. Ed., 59, 7444 (2020)..予備検討として,二つの環状オレフィンを持つジビニルケトン38を基質としたナザロフ環化反応を酸性条件(熱反応)と光反応で実施し,その際の生成物の立体化学について調べた.その結果,熱反応では10位の水酸基に対してsyn(9)-anti(5)-syn(6)の立体配置を有する生成物39が生じたが,光反応では標的とするacafamane型に対応したsyn(9)-syn(5)-syn(6)の生成物40を高ジアステレオ選択的に得た*1*1 光照射条件での逆旋的閉環を経由して40に至る反応機構を提唱しているが,光照射による38のアルケン部位の異性化の後,同旋的に閉環し,40を与える反応機構も他者の報告では提唱されている(たとえば,W. L. Ashley, E. L. Timpy, & T. C. Coombs: J. Org. Chem., 83, 2516(2018)など).どちらの場合にも,生成物の立体化学は同じになる..この知見を基に,適切な官能基を配した光学活性な基質41で反応を行ったところ,対応する42が良好な収率で生成した.この立体選択性については,以下のように解釈できる.基質41の二つのシクロヘキセノン構造に各々配してあるラクトン部位とアリルシリルエーテル部位は紙面から上に立っており,かつ両者は立体的に大きな置換基である.それゆえ,両者が遠ざかるように回転選択的な逆旋的閉環が起こり,42を与えたと考えられる.本反応はフローマイクロリアクターを用いて行っており,グラムスケールで42を合成した.この42から数工程を経て,標的とするfamesinの全合成が成し遂げられた.光照射条件でのナザロフ環化反応は,熱反応に比べてはるかに報告例は少ないが,中性条件で行えるという利点があるため,今後天然物合成等により活発に利用されるものと期待される.
今回は,不斉ナザロフ環化反応の最近の事例について,回転選択性を触媒で制御する方法および基質で制御する方法に大別して解説した.反応開発の観点からは触媒的不斉合成法の開発に注目が集まる傾向にあるが,天然物などのより複雑なターゲットの合成を指向している研究者には,基質で制御する不斉転写反応の方が信頼を置ける場合もあろう.特にナザロフ環化反応は,五員環炭素骨格を合成できる優れた手法の一つであるため,多くの有機合成化学者の需要を満たすような,より一般性に優れた方法論の開発に今後も期待したい.
Reference
1) I. N. Nazarov & I. I. Zaretskaya: IZv. Akad. Nauk. SSSR, Otd. Khim., 211 (1941).
3) Z. Zhou & M. A. Tius: Angew. Chem. Int. Ed., 54, 6037 (2015).
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6) I. Fleming(著),鈴木啓介(訳),千田憲孝(訳):“ペリ環状反応”,化学同人,2002.
7) J. B. Metternich, M. Reiterer & E. N. Jacobsen: Adv. Synth. Catal., 362, 4092 (2020).
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17) A. Kozuma, K. Komatsuki, K. Saito & T. Yamada: Chem. Lett., 49, 60 (2020).
18) Y. Que, H. Shao, H. He & S. Gao: Angew. Chem. Int. Ed., 59, 7444 (2020).
*1 *1 光照射条件での逆旋的閉環を経由して40に至る反応機構を提唱しているが,光照射による38のアルケン部位の異性化の後,同旋的に閉環し,40を与える反応機構も他者の報告では提唱されている(たとえば,W. L. Ashley, E. L. Timpy, & T. C. Coombs: J. Org. Chem., 83, 2516(2018)など).どちらの場合にも,生成物の立体化学は同じになる.