解説

土壌病害防除のための微生物叢改変技術土壌病害に強い微生物叢をつくる

Manipulation of Microbiota to Control Soil-borne Diseases: Buildup of Microbiota-mediated Soil Suppressiveness Toward Soil-borne Diseases

Tomoki Nishioka

西岡 友樹

産業技術総合研究所生物プロセス研究部門

Masafumi Shimizu

清水 将文

岐阜大学応用生物科学部

Published: 2022-04-01

植物病害による農業損失を防止しつつ,化学農薬によるヒトや環境への負の影響を低減することは,持続可能な食料システムを構築する上で重要な課題となっている.現在,世界では,化学農薬の補完・代替技術として,微生物叢の改変による病害防除法の研究が精力的に進められている.本稿では,土壌病害の防除を目的とした微生物叢改変技術に関する研究の動向と知見を,筆者らの研究を交えながら紹介する.

Key words: 土壌病害防除; 微生物叢改変; 拮抗微生物;

宿主の健全性と微生物叢の関係性

動物や植物には多種多様な微生物が数多く共生しており,独特のコミュニティー(微生物叢)を形成している.植物では,葉や根の表面および内部の微生物叢が植物の健康状態や生育に強い影響を及ぼしていることが明らかになってきた(1, 2)1) M. Morelli, O. Bahar, K. K. Papadopoulou, D. L. Hopkins & A. Obradović: Front. Plant Sci., 11, 1312 (2020).2) C. Yin, J. M. Casa Vargas, D. C. Schlatter, C. H. Hagerty, S. H. Hulbert & T. C. Paulitz: Microbiome, 9, 86 (2021)..また,植物は地面に根を張って生活しているため,生育場所の土壌微生物叢も植物の生育に間接的に影響を及ぼす(3)3) U. De Corato: Chem. Biol. Technol. Agric., 7, 17 (2020)..そこで近年では,植物共生微生物叢や土壌微生物叢を人為的に改変・制御することで,農作物の生産性を向上させようとする研究が世界中で行われている.たとえば,アメリカ植物病理学会は,2015年に“Phytobiome initiative”を立ち上げ,植物と植物を取り巻く微生物叢との相互作用などに関する基礎研究を加速させるとともに,研究成果を農業生産に応用・展開する取り組みを産業界と協力して精力的に進めている.この計画には現在,米国だけでなく,仏国や英国といった欧州諸国も参画しており,世界規模で活発に研究が展開されている.

土壌病害と根圏・土壌微生物叢

農作物を育てる上で避けては通れない問題が植物病原体による被害である.病害による潜在的な世界の収量損失は最大16%にも達すると試算されている(4)4) A. Ficke, C. Cowger, G. Bergstrom & G. Brodal: Plant Dis., 102, 696 (2018)..とりわけ,全身的な萎れや根腐れ等の重篤な症状を引き起こす土壌伝染性の病原菌による病気(土壌病害と呼ぶ)(図1図1■農作物に発生する土壌病害の例)は,その多くが化学農薬でも防ぐことができないため,非常に大きな問題となっている.

図1■農作物に発生する土壌病害の例

土壌病害の多くが作物に激しい萎れや根腐れを引き起こし,最終的には枯死させてしまう.有効な農薬が開発されていない病害も多いため,農作物を栽培する際には土壌病害を発生させないことが肝心である.

土壌病原菌の主たる生活の場は土壌であるので,その活動や生存は他の土壌微生物の影響を強く受ける.肥沃な土壌には,1 gあたり数億~数十億もの細菌や真菌(カビ)が生息している.さらに,土壌病原菌の感染の場である植物の根の近傍(根圏土壌)には,周囲の土壌よりも数百~数千倍も高い密度で微生物が棲みついており,限られた栄養源や生息場所をめぐって激しい争いを連綿と繰り広げている.通常は,そういった微生物間の相互作用によりもたらされる微生物的緩衝力によって土壌病原菌の菌量や活動が著しく高まることはなく,土壌病害は発生しない.この微生物的緩衝力には,土壌微生物叢の多様性やバランスが重要であることが明らかになっている(5~7)5) J. D. Van Elsas, M. Chiurazzi, C. A. Mallon, D. Elhottova, V. Krištůfek & J. F. Salles: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 1159 (2012).6) J.-Y. Cha, S. Han, H.-J. Hong, H. Cho, D. Kim, Y. Kwon, S.-K. Kwon, M. Crüsemann, Y. Bok Lee, J. F. Kim et al.: ISME J., 10, 119 (2016).7) A. Ambrosini, R. de Souza & L. M. P. Passaglia: Plant Soil, 400, 193 (2016)..土壌病害の多くは宿主となる作物を連作すると多発するが,これは連作による土壌微生物叢の多様性の低下やバランスの崩壊に起因するものと考えられている(8, 9)8) L. Chen, X. Yang, W. Raza, J. Li, Y. Liu, M. Qiu, F. Zhang & Q. Shen: Appl. Microbiol. Biotechnol., 89, 1653 (2011).9) W. Xiong, Q. Zhao, J. Zhao, W. Xun, R. Li, R. Zhang, H. Wu & Q. Shen: Microb. Ecol., 70, 209 (2015)..また,殺菌剤や化学肥料の施用によっても土壌微生物叢が乱れ,土壌病害の発生が助長されることがある(10, 11)10) E. R. Lapsansky, A. M. Milroy, M. J. Andales & J. M. Vivanco: Curr. Opin. Biotechnol., 38, 137 (2016).11) X. Deng, N. Zhang, Z. Shen, C. Zhu, H. Liu, Z. Xu, R. Li, Q. Shen & J. F. Salles: NPJ Biofilms Microbiomes, 7, 33 (2021)..このようなことから,土壌病害を予防するために,土壌の微生物的緩衝力を健全な状態に維持する,あるいは向上させることが重要と考えられる.

自然界に存在する発病抑止土壌という理想的な土壌

微生物的緩衝力が強く,土壌病害が発生しにくい理想的な土壌とは一体どのようなものだろうか? その好例として,多くの研究者が古くから研究しているのが“発病抑止土壌”と呼ばれる土壌である.発病抑止土壌とは,農薬散布や有機物施用といった特別な病害対策をしていないにもかかわらず,発病好適条件下でも土壌病害が発生しない,または非常に発生が少ない特異な土壌のことである.1892年にワタ萎凋病に対する発病抑止土壌が米国で初めて報告されて以来,コムギ立枯病やナス科野菜青枯病,アブラナ科野菜根こぶ病などさまざまな土壌病害に対する発病抑止土壌が世界各地で発見されている(12)12) R. G. Expósito, I. de Bruijn, J. Postma & J. M. Raaijmakers: Front. Microbiol., 8, 2529 (2017).

発病抑止土壌のもつ病害抑止性は,多くの場合,土壌微生物に起因することが昔からわかっていたが,その詳細な仕組みはほとんど解明されていなかった.しかし,近年登場した次世代シーケンサーによるDNA・RNAの大量配列解析技術を駆使した研究から,病害抑止に関与する微生物の種類や,それら微生物の機能が次第に明らかとなってきた.これまでの研究から,いずれの発病抑止土壌も普通土壌とは微生物叢の群集構造が大きく異なることが判明している.さらに,発病抑止土壌の微生物叢では,強力な抗菌作用や植物免疫賦活化作用をもつ特定の微生物(以下,拮抗微生物)が優占している場合が多いこともわかってきた(6, 13, 14)6) J.-Y. Cha, S. Han, H.-J. Hong, H. Cho, D. Kim, Y. Kwon, S.-K. Kwon, M. Crüsemann, Y. Bok Lee, J. F. Kim et al.: ISME J., 10, 119 (2016).13) R. Mendes, M. Kruijt, I. De Bruijn, E. Dekkers, M. Van Der Voort, J. H. M. Schneider, Y. M. Piceno, T. Z. DeSantis, G. L. Andersen, P. A. H. M. Bakker et al.: Science, 332, 1097 (2011).14) P. A. H. M. Bakker, R. F. Doornbos, C. Zamioudis, R. L. Berendsen & C. M. J. Pieterse: Plant Pathol. J., 29, 136 (2013)..発病抑止土壌に優占する拮抗微生物としては,抗菌性の2, 4-ジアセチルフロログルシノール(2,4-Diacetylphloroglucinol;以下DAPG)やピロールニトリンを産生するPseudomonas属細菌や,抗菌性チオペプチドを産生するStreptomyces属放線菌などが知られている.後述するように,このような拮抗微生物を利用すれば,土壌病害を効果的に防除することができる.一方で,発病抑止土壌は,気候や土壌の理化学性,栽培履歴などさまざまな要因が複雑に相互作用した結果として形成されるため,残念ながら,現状の技術では自然発生の発病抑止土壌の微生物叢を普通の農耕地で再現することは極めて難しい.

拮抗微生物の投入による土壌病害の防除

発病抑止土壌のように拮抗微生物が豊富に存在し,病害抑止力の強い土壌を作る最も一般的な方法は,自然界から分離した拮抗微生物を大量培養し,土壌に投入するというものである.この方法は,我われが健康維持・増進のために善玉菌と呼ばれる乳酸菌やビフィズス菌を含む発酵食品や整腸剤を摂取するのとほぼ同じアプローチであり,実に100年近く前から研究されている.これまでに,Pseudomonas属やBurkholderia属,Streptomyces属,Bacillus属などの細菌やTrichoderma属やFusarium属などの真菌といった広範な微生物群の中から,土壌病害を抑制する能力をもつ優れた拮抗微生物株が数多く発見されている(14~19)14) P. A. H. M. Bakker, R. F. Doornbos, C. Zamioudis, R. L. Berendsen & C. M. J. Pieterse: Plant Pathol. J., 29, 136 (2013).15) Z. Xu, M. Wang, J. Du, T. Huang, J. Liu, T. Dong & Y. Chen: Front. Microbiol., 11, 605152 (2020).16) P. Singh, J. Xie, Y. Qi, Q. Qin, C. Jin, B. Wang & W. Fang: Mar. Drugs, 19, 516 (2021).17) C. W. Li, R. Q. Song, L. Bin Yang & X. Deng: J. Microbiol. Biotechnol., 25, 1257 (2015).18) C. M. Ryu, M. A. Farag, C. H. Hu, M. S. Reddy, J. W. Kloepper & P. W. Paré: Plant Physiol., 134, 1017 (2004).19) S. Abbasi, N. Safaie, A. Sadeghi & M. Shamsbakhsh: Front. Microbiol., 10, 1505 (2019)..特に,化学農薬に対する規制強化が進む欧州連合(EU)では,環境負荷の大きい土壌くん蒸消毒(土壌内に有毒ガスを充満させて微生物を死滅される防除法)に代わる土壌病害防除法として,拮抗微生物を有効成分とする微生物農薬に大きな期待が寄せられており,拮抗微生物株の探索が近年猛烈な勢いで進められている(20)20) 清水将文:土づくりとエコ農業,52, 2 (2020)..わが国でも,ブドウ根頭がんしゅ病(病原菌:Rhizobium vitis(Ti))を抑制する拮抗細菌R. vitis ARK-1株が発見され,現在,実用化検討が行われている(21)21) A. Kawaguchi: Microbes Environ., 28, 306 (2013)..また,筆者らも最近,トマトの最重要病害のひとつである青枯病(病原菌:Ralstonia pseudosolanacearum)に対して顕著な防除効果を示すRalstonia sp. TCR112株とMitsuaria sp. TWR114株という拮抗細菌株を発見し,実用化に向けた実証試験を進めている(図2図2■Mitsuaria sp. TWR114株のトマト青枯病抑制効果(22)22) M. Marian, T. Nishioka, H. Koyama, H. Suga & M. Shimizu: Appl. Soil Ecol., 128, 71 (2018).

図2■Mitsuaria sp. TWR114株のトマト青枯病抑制効果

無処理のトマト苗は青枯病菌を土壌に接種して1週間程度で全ての株が枯死するが,TWR114株を予め接種したトマト苗は青枯病をほとんど発症しない.TWR114株は抗菌作用と養分競合により根圏での青枯病菌の増殖を抑制するとともに,トマトの免疫を活性化することで感染を抑制する.

図3■ネギ混植によるキュウリつる割病抑制効果

つる割病菌を接種した土壌にキュウリだけを植えたポット(左)ではキュウリ苗が激しく発病して枯死しているが,キュウリとネギを混植したポット(右)では発病が見られない.

ひとくちに拮抗微生物といっても,その病害抑制作用のメカニズムはさまざまである.優れた病害抑制力をもつ拮抗細菌の代表格であるPseudomonas protegensは,前述のDAPGやピロールニトリンと呼ばれる強力な抗生物質で土壌中の病原菌を攻撃し,病害発生を抑制する(23)23) A. Ramette, M. Frapolli, M. F.-L. Saux, C. Gruffaz, J.-M. Meyer, G. Défago, L. Sutra & Y. Moënne-Loccoz: Syst. Appl. Microbiol., 34, 180 (2011)..これ以外にも,Bacillus属細菌が産生するイツリンやフェンギシン,Burkholderia属細菌が産生するフェナジン-1-カルボン酸やピロールニトリンなどさまざまな抗菌性物質が病害抑制作用に関与することが知られている(15, 24, 25)15) Z. Xu, M. Wang, J. Du, T. Huang, J. Liu, T. Dong & Y. Chen: Front. Microbiol., 11, 605152 (2020).24) Y. Cao, H. Pi, P. Chandrangsu, Y. Li, Y. Wang, H. Zhou, H. Xiong, J. D. Helmann & Y. Cai: Sci. Rep., 8, 4360 (2018).25) J. Hwang, W. Chilton & D. Benson: Biol. Control, 25, 56 (2002)..その他,寄生作用で病原菌を直接的に抑制する拮抗微生物も存在する.たとえば,微生物農薬(微生物を有効成分とする農薬)として数多く実用化されているTrichoderma属菌は,病原真菌の菌糸や耐久生存器官に寄生し,死滅させる能力をもつものが多い(26)26) M. Mukherjee, P. K. Mukherjee, B. A. Horwitz, C. Zachow, G. Berg & S. Zeilinger: Indian J. Microbiol., 52, 522 (2012)..また,栄養源の競合による間接的な病原菌の増殖抑制も重要な作用メカニズムと考えられている.有名な例としては,必須元素である鉄の競合が挙げられる.Pseudomonas属菌やBacillus属菌,Trichoderma属菌など多くの拮抗微生物がシデロフォアと呼ばれる鉄キレート物質を産生し,鉄を効率良く獲得するシステムをもっている(27, 28)27) N. Ghazy & S. El-Nahrawy: Arch. Microbiol., 203, 1195 (2021).28) F. Vinale, M. Nigro, K. Sivasithamparam, G. Flematti, E. L. Ghisalberti, M. Ruocco, R. Varlese, R. Marra, S. Lanzuise, A. Eid et al.: FEMS Microbiol. Lett., 347, 123 (2013)..それらの拮抗微生物は,常に鉄欠乏状態にある土壌中でシデロフォアを用いて鉄を優先的に取り込み,病原菌を鉄不足にして生育を阻害する.一方で,上記のような拮抗作用による病原菌の抑制だけでなく,病原菌に対する植物の抵抗力を高めることで病原菌感染を抑制する拮抗微生物も存在する.植物は,病原菌や害虫の攻撃から身を護るための複雑な免疫システムを備えている.それらの免疫システムはサリチル酸やジャスモン酸,エチレンなどのシグナル分子を介したシグナル伝達により高度に制御されているが,一部の拮抗微生物は免疫誘導シグナル伝達系を刺激し,免疫を活性化させる能力をもっている.免疫が活性化された植物体内では,抗菌性のタンパク質や二次代謝産物の合成,細胞壁の強化などの防御反応が誘導され,病原菌の感染が抑制される(29)29) Z. Li, X. Bai, S. Jiao, Y. Li, P. Li, Y. Yang, H. Zhang & G. Wei: Microbiome, 9, 217 (2021)..活性化する免疫誘導シグナル伝達系は拮抗微生物の種類あるいは菌株ごとに異なり,P. protegens CHA0株はジャスモン酸やエチレンシグナル伝達系,Trichoderma harzianum T-78株はジャスモン酸やサリチル酸,アブシシン酸シグナル伝達系を活性化させることが知られている(30, 31)30) A. Iavicoli, E. Boutet, A. Buchala & J. P. Métraux: Mol. Plant Microbe Interact., 16, 851 (2003).31) A. Martínez-Medina, I. Fernández, M. J. Sánchez-Guzmán, S. C. Jung, J. A. Pascual & M. J. Pozo: Front. Plant Sci., 4, 206 (2013)..拮抗微生物による免疫活性化の仕組みは複雑で,いまだ解明されていない部分も多いが,拮抗微生物が産生する二次代謝産物(DAPGやシデロフォア,バイオサーファクタント,2,3-ブタンジオールなど)や菌体構成成分(リポ多糖や鞭毛タンパク質など)などが免疫活性化にかかわる因子として同定されている(14, 18)14) P. A. H. M. Bakker, R. F. Doornbos, C. Zamioudis, R. L. Berendsen & C. M. J. Pieterse: Plant Pathol. J., 29, 136 (2013).18) C. M. Ryu, M. A. Farag, C. H. Hu, M. S. Reddy, J. W. Kloepper & P. W. Paré: Plant Physiol., 134, 1017 (2004).

優れた拮抗微生物株は,上述の作用メカニズムを複数働かせることで病害を抑制しているケースが多い.実際,我われが発見したRalstonia sp. TCR112株とMitsuaria sp. TWR114株の青枯病抑制作用には,抗菌性物質と養分競合,植物免疫活性化という少なくとも3つのメカニズムが関与しているようである(22)22) M. Marian, T. Nishioka, H. Koyama, H. Suga & M. Shimizu: Appl. Soil Ecol., 128, 71 (2018)..また,本稿で紹介した拮抗微生物の主要な病害抑制メカニズム以外にも,我われの想像を超えるさまざまなメカニズムが存在している.

土着微生物叢の病害抑止力の向上

1. 有機質資材・有機質肥料の投入

土壌の病害抑止力を高めるふたつ目の方法が,堆厩肥や緑肥といった有機質資材・肥料の投入である.有機質資材・肥料は,化学肥料の普及に伴いあまり使われなくなっていたが,最近,その有益効果が再認識されはじめている.有機質資材・肥料の中には,土壌微生物の多様性を高めたり,特定の拮抗微生物の増殖を促したりすることで土壌病害を効果的に抑制する効能をもつものがあることがわかってきた(32)32) C. Vida, A. Vicente & F. M. Cazorla: Ann. Appl. Biol., 176, 1 (2020)..その一番の成功例がカニ殻・エビ殻やキチン質資材の施用である(33, 34)33) E. W. Buxton, O. Khalifa & V. Ward: Ann. Appl. Biol., 55, 83 (1965).34) G. M. E. Escuadra & Y. Amemiya: J. Gen. Plant Pathol., 74, 267 (2008)..カニやエビなどの甲殻類の殻の主成分は,難分解性の不溶性多糖のキチンである.そのため,カニ殻やエビ殻,またはそれらから作られるキチン質資材を土壌に鋤き込むと,土壌中でキチンを分解・利用するStreptomyces属放線菌や,Chitinophagaceae科,Oxalobacteraceae科細菌などの微生物が特異的に増殖する(35~37)35) P. Inderbitzin, J. Ward, A. Barbella, N. Solares, D. Izyumin, P. Burman, D. O. Chellemi & K. V. Subbarao: Phytopathology, 108, 31 (2018).36) T. E. Randall, J. D. Fernandez-Bayo, D. R. Harrold, Y. Achmon, K. V. Hestmark, T. R. Gordon, J. J. Stapleton, C. W. Simmons & J. S. VanderGheynst: PLoS One, 15, e0232662 (2020).37) M. S. Cretoiu, G. W. Korthals, J. H. M. Visser & J. D. van Elsas: Appl. Environ. Microbiol., 79, 5291 (2013)..キチンは病原真菌の細胞壁の主要構成成分でもあるため,それらのキチン分解微生物が増えることで病原真菌の細胞壁が分解され,土壌病害の発生が軽減される.

2. 植物由来のシグナル物質の利用

最近の研究から,植物は自身に有益に働く拮抗微生物を根圏に選択的に誘引・集積させるさまざまなシグナル物質を根から放出していることが明らかとなってきた(38, 39)38) J. Yuan, J. Zhao, T. Wen, M. Zhao, R. Li, P. Goossens, Q. Huang, Y. Bai, J. M. Vivanco, G. A. Kowalchuk et al.: Microbiome, 6, 156 (2018).39) A. L. Neal, S. Ahmad, R. Gordon-Weeks & J. Ton: PLoS One, 7, e35498 (2012)..たとえばシロイヌナズナは,病原菌の攻撃を受けると長鎖有機酸(ペンタデカン酸やパルミチン酸など)やアミノ酸(イソロイシンやメチオナインなど)を根から放出し,免疫活性化作用などの植物保護能力をもつ拮抗微生物群を根圏に集積させることがわかっている(38)38) J. Yuan, J. Zhao, T. Wen, M. Zhao, R. Li, P. Goossens, Q. Huang, Y. Bai, J. M. Vivanco, G. A. Kowalchuk et al.: Microbiome, 6, 156 (2018)..一方,トウモロコシは,2,4-ジヒドロキシ-7-メトキシ-1,4-ベンゾオキサジン-3-オンなどのベンゾキサジノイド系化合物を分泌し,やはり免疫活性化作用をもつPseudomonas属菌を根圏に選択的に集積することが報告されている(39)39) A. L. Neal, S. Ahmad, R. Gordon-Weeks & J. Ton: PLoS One, 7, e35498 (2012)..トウモロコシのベンゾキサジノイド系化合物には抗菌作用があり,土壌病原菌から身を護るための防御物質として根から分泌されているが,一部の拮抗性Pseudomonas属菌はこれらの化合物を分解・資化する能力をもっており,トウモロコシの根圏で増殖することができる.今のところ,これらのシグナル物質の投与で土壌病害を抑制できるかは検討されてはいないが,根圏微生物叢制御による土壌病害防除という新しい技術への応用が期待される.

一方で,筆者らは上記の研究とは異なる発想に基づく研究から,土着拮抗細菌を選択的に土壌へ集積させる化合物をごく最近発見したので,ここで紹介したい.中国や日本の一部地域では,ウリ科野菜(キュウリやカンピョウ,スイカなど)をネギ類(ネギやタマネギ,ニラなど)と輪作や混植(それらの植物を一緒に植える)する風習が古くから伝承されている.このような栽培方法がどのようにして考案されたのかは不明であるが,ネギ類の混植については2000年以上前の中国ですでに行われていたようである.ウリ科野菜は,連作するとつる割病(病原菌:Fusarium oxysporum)という土壌病害が多発するが,面白いことに,ネギ類を輪作・混植するとその発生が抑えられる(図3図3■ネギ混植によるキュウリつる割病抑制効果).約35年前に行われた研究(40)40) 木嶋利男,有江 力,木村 栄:栃木県農業試験場研究報告,35, 95 (1988).から,このネギ類の輪作・混植のつる割病抑制効果は,ネギ類の根圏に生息する拮抗細菌によるものではないかと言われてきた.筆者らは,この説が正しいならば,ネギ類は土着の拮抗細菌を増殖させる何らかのユニークな化合物を産生している可能性があると考えた.そこでまず,ネギ類の輪作・混植のつる割病抑制効果と拮抗細菌の関連性を調査した.その結果,ネギ類を栽培すると土壌中でFlavobacterium属やPseudomonas属といった拮抗細菌群が顕著に増え,それらが病原菌の増殖と感染を阻害する(図4図4■普通土壌とネギ栽培土壌に接種したキュウリつる割病菌の様子)ことで,つる割病の発症を抑制していることが明らかとなった(41, 42)41) T. Nishioka, M. Marian, I. Kobayashi, Y. Kobayashi, K. Yamamoto, H. Tamaki, H. Suga & M. Shimizu: Sci. Rep., 9, 1715 (2019).42) T. Nishioka, Y. Suzuki, H. Suga, I. Kobayashi, Y. Kobayashi, M. Hyakumachi & M. Shimizu: IOBC WPRS Bull., 115, 107 (2016)..そこで次に,ネギ類がこれらの拮抗細菌を土壌に集積させるメカニズムについて解析した.上述のとおり,拮抗細菌の集積は,ネギ類が産生する化合物に起因すると予想されたことから,ネギ類の根から水溶性成分を抽出し,その成分分析を行うとともに,検出された成分を土壌に投与してつる割病抑止性を誘導する活性を評価した.その結果,ネギ類が特徴的に合成するペプチド化合物であるγ-グルタミル-S-アリルシステインに顕著な活性があることを発見した.また,この化合物を投与した土壌の発病抑止性は,ネギ類を栽培したときと同様の拮抗細菌の集積に起因することも確認した(論文投稿中).ちなみに,当該ペプチドは食用可能な安全性の高い化合物である.現在,このペプチド化合物をベースにした次世代型土壌病害防除剤の開発に向けて,さまざまな試験を重ねている.

図4■普通土壌とネギ栽培土壌に接種したキュウリつる割病菌の様子

普通土壌に植えたキュウリ苗の根(左の写真)には,多数のキュウリつる割病菌の菌糸(緑色に蛍光)が感染しているが,ネギを栽培した後の土壌内(右の写真)では,集積した拮抗細菌の作用により同病原菌がほとんど増殖・感染していない.

おわりに

持続可能な農業の実現に向け,化学農薬の使用量削減が世界共通の課題となっている.なかでも,土壌病害防除対策の要となってきた土壌くん蒸剤は,環境負荷も大きくヒトに対する毒性も強いため,特に重要な削減対象と考えられている.本稿で紹介した土壌・根圏微生物叢の改変・制御による土壌病害防除法は,この土壌くん蒸剤の削減に貢献できる有用な技術になり得ると期待される.また,本稿の冒頭で軽く言及したように,植物の体表や体内の共生微生物叢も植物の健康状態,特に,免疫に大きな影響を及ぼす.したがって,植物共生微生物叢をうまくコントロールすることで,さまざまな病害虫,さらには環境ストレスに対する植物の抵抗力を向上させることができると期待されている.本稿で紹介したようなさまざまな研究をさらに深化させることで,土壌・植物共生微生物叢の人為的制御で病害虫や気候変動による農業被害を回避できる技術が近い将来開発できるものと確信している.

Reference

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