Kagaku to Seibutsu 60(4): 182-188 (2022)
解説
土壌病害防除のための微生物叢改変技術土壌病害に強い微生物叢をつくる
Manipulation of Microbiota to Control Soil-borne Diseases: Buildup of Microbiota-mediated Soil Suppressiveness Toward Soil-borne Diseases
Published: 2022-04-01
植物病害による農業損失を防止しつつ,化学農薬によるヒトや環境への負の影響を低減することは,持続可能な食料システムを構築する上で重要な課題となっている.現在,世界では,化学農薬の補完・代替技術として,微生物叢の改変による病害防除法の研究が精力的に進められている.本稿では,土壌病害の防除を目的とした微生物叢改変技術に関する研究の動向と知見を,筆者らの研究を交えながら紹介する.
Key words: 土壌病害防除; 微生物叢改変; 拮抗微生物;
© 2022 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2022 公益社団法人日本農芸化学会
動物や植物には多種多様な微生物が数多く共生しており,独特のコミュニティー(微生物叢)を形成している.植物では,葉や根の表面および内部の微生物叢が植物の健康状態や生育に強い影響を及ぼしていることが明らかになってきた(1, 2)1) M. Morelli, O. Bahar, K. K. Papadopoulou, D. L. Hopkins & A. Obradović: Front. Plant Sci., 11, 1312 (2020).2) C. Yin, J. M. Casa Vargas, D. C. Schlatter, C. H. Hagerty, S. H. Hulbert & T. C. Paulitz: Microbiome, 9, 86 (2021)..また,植物は地面に根を張って生活しているため,生育場所の土壌微生物叢も植物の生育に間接的に影響を及ぼす(3)3) U. De Corato: Chem. Biol. Technol. Agric., 7, 17 (2020)..そこで近年では,植物共生微生物叢や土壌微生物叢を人為的に改変・制御することで,農作物の生産性を向上させようとする研究が世界中で行われている.たとえば,アメリカ植物病理学会は,2015年に“Phytobiome initiative”を立ち上げ,植物と植物を取り巻く微生物叢との相互作用などに関する基礎研究を加速させるとともに,研究成果を農業生産に応用・展開する取り組みを産業界と協力して精力的に進めている.この計画には現在,米国だけでなく,仏国や英国といった欧州諸国も参画しており,世界規模で活発に研究が展開されている.
農作物を育てる上で避けては通れない問題が植物病原体による被害である.病害による潜在的な世界の収量損失は最大16%にも達すると試算されている(4)4) A. Ficke, C. Cowger, G. Bergstrom & G. Brodal: Plant Dis., 102, 696 (2018)..とりわけ,全身的な萎れや根腐れ等の重篤な症状を引き起こす土壌伝染性の病原菌による病気(土壌病害と呼ぶ)(図1図1■農作物に発生する土壌病害の例)は,その多くが化学農薬でも防ぐことができないため,非常に大きな問題となっている.
図1■農作物に発生する土壌病害の例
土壌病害の多くが作物に激しい萎れや根腐れを引き起こし,最終的には枯死させてしまう.有効な農薬が開発されていない病害も多いため,農作物を栽培する際には土壌病害を発生させないことが肝心である.
土壌病原菌の主たる生活の場は土壌であるので,その活動や生存は他の土壌微生物の影響を強く受ける.肥沃な土壌には,1 gあたり数億~数十億もの細菌や真菌(カビ)が生息している.さらに,土壌病原菌の感染の場である植物の根の近傍(根圏土壌)には,周囲の土壌よりも数百~数千倍も高い密度で微生物が棲みついており,限られた栄養源や生息場所をめぐって激しい争いを連綿と繰り広げている.通常は,そういった微生物間の相互作用によりもたらされる微生物的緩衝力によって土壌病原菌の菌量や活動が著しく高まることはなく,土壌病害は発生しない.この微生物的緩衝力には,土壌微生物叢の多様性やバランスが重要であることが明らかになっている(5~7)5) J. D. Van Elsas, M. Chiurazzi, C. A. Mallon, D. Elhottova, V. Krištůfek & J. F. Salles: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 1159 (2012).6) J.-Y. Cha, S. Han, H.-J. Hong, H. Cho, D. Kim, Y. Kwon, S.-K. Kwon, M. Crüsemann, Y. Bok Lee, J. F. Kim et al.: ISME J., 10, 119 (2016).7) A. Ambrosini, R. de Souza & L. M. P. Passaglia: Plant Soil, 400, 193 (2016)..土壌病害の多くは宿主となる作物を連作すると多発するが,これは連作による土壌微生物叢の多様性の低下やバランスの崩壊に起因するものと考えられている(8, 9)8) L. Chen, X. Yang, W. Raza, J. Li, Y. Liu, M. Qiu, F. Zhang & Q. Shen: Appl. Microbiol. Biotechnol., 89, 1653 (2011).9) W. Xiong, Q. Zhao, J. Zhao, W. Xun, R. Li, R. Zhang, H. Wu & Q. Shen: Microb. Ecol., 70, 209 (2015)..また,殺菌剤や化学肥料の施用によっても土壌微生物叢が乱れ,土壌病害の発生が助長されることがある(10, 11)10) E. R. Lapsansky, A. M. Milroy, M. J. Andales & J. M. Vivanco: Curr. Opin. Biotechnol., 38, 137 (2016).11) X. Deng, N. Zhang, Z. Shen, C. Zhu, H. Liu, Z. Xu, R. Li, Q. Shen & J. F. Salles: NPJ Biofilms Microbiomes, 7, 33 (2021)..このようなことから,土壌病害を予防するために,土壌の微生物的緩衝力を健全な状態に維持する,あるいは向上させることが重要と考えられる.
微生物的緩衝力が強く,土壌病害が発生しにくい理想的な土壌とは一体どのようなものだろうか? その好例として,多くの研究者が古くから研究しているのが“発病抑止土壌”と呼ばれる土壌である.発病抑止土壌とは,農薬散布や有機物施用といった特別な病害対策をしていないにもかかわらず,発病好適条件下でも土壌病害が発生しない,または非常に発生が少ない特異な土壌のことである.1892年にワタ萎凋病に対する発病抑止土壌が米国で初めて報告されて以来,コムギ立枯病やナス科野菜青枯病,アブラナ科野菜根こぶ病などさまざまな土壌病害に対する発病抑止土壌が世界各地で発見されている(12)12) R. G. Expósito, I. de Bruijn, J. Postma & J. M. Raaijmakers: Front. Microbiol., 8, 2529 (2017)..
発病抑止土壌のもつ病害抑止性は,多くの場合,土壌微生物に起因することが昔からわかっていたが,その詳細な仕組みはほとんど解明されていなかった.しかし,近年登場した次世代シーケンサーによるDNA・RNAの大量配列解析技術を駆使した研究から,病害抑止に関与する微生物の種類や,それら微生物の機能が次第に明らかとなってきた.これまでの研究から,いずれの発病抑止土壌も普通土壌とは微生物叢の群集構造が大きく異なることが判明している.さらに,発病抑止土壌の微生物叢では,強力な抗菌作用や植物免疫賦活化作用をもつ特定の微生物(以下,拮抗微生物)が優占している場合が多いこともわかってきた(6, 13, 14)6) J.-Y. Cha, S. Han, H.-J. Hong, H. Cho, D. Kim, Y. Kwon, S.-K. Kwon, M. Crüsemann, Y. Bok Lee, J. F. Kim et al.: ISME J., 10, 119 (2016).13) R. Mendes, M. Kruijt, I. De Bruijn, E. Dekkers, M. Van Der Voort, J. H. M. Schneider, Y. M. Piceno, T. Z. DeSantis, G. L. Andersen, P. A. H. M. Bakker et al.: Science, 332, 1097 (2011).14) P. A. H. M. Bakker, R. F. Doornbos, C. Zamioudis, R. L. Berendsen & C. M. J. Pieterse: Plant Pathol. J., 29, 136 (2013)..発病抑止土壌に優占する拮抗微生物としては,抗菌性の2, 4-ジアセチルフロログルシノール(2,4-Diacetylphloroglucinol;以下DAPG)やピロールニトリンを産生するPseudomonas属細菌や,抗菌性チオペプチドを産生するStreptomyces属放線菌などが知られている.後述するように,このような拮抗微生物を利用すれば,土壌病害を効果的に防除することができる.一方で,発病抑止土壌は,気候や土壌の理化学性,栽培履歴などさまざまな要因が複雑に相互作用した結果として形成されるため,残念ながら,現状の技術では自然発生の発病抑止土壌の微生物叢を普通の農耕地で再現することは極めて難しい.
発病抑止土壌のように拮抗微生物が豊富に存在し,病害抑止力の強い土壌を作る最も一般的な方法は,自然界から分離した拮抗微生物を大量培養し,土壌に投入するというものである.この方法は,我われが健康維持・増進のために善玉菌と呼ばれる乳酸菌やビフィズス菌を含む発酵食品や整腸剤を摂取するのとほぼ同じアプローチであり,実に100年近く前から研究されている.これまでに,Pseudomonas属やBurkholderia属,Streptomyces属,Bacillus属などの細菌やTrichoderma属やFusarium属などの真菌といった広範な微生物群の中から,土壌病害を抑制する能力をもつ優れた拮抗微生物株が数多く発見されている(14~19)14) P. A. H. M. Bakker, R. F. Doornbos, C. Zamioudis, R. L. Berendsen & C. M. J. Pieterse: Plant Pathol. J., 29, 136 (2013).15) Z. Xu, M. Wang, J. Du, T. Huang, J. Liu, T. Dong & Y. Chen: Front. Microbiol., 11, 605152 (2020).16) P. Singh, J. Xie, Y. Qi, Q. Qin, C. Jin, B. Wang & W. Fang: Mar. Drugs, 19, 516 (2021).17) C. W. Li, R. Q. Song, L. Bin Yang & X. Deng: J. Microbiol. Biotechnol., 25, 1257 (2015).18) C. M. Ryu, M. A. Farag, C. H. Hu, M. S. Reddy, J. W. Kloepper & P. W. Paré: Plant Physiol., 134, 1017 (2004).19) S. Abbasi, N. Safaie, A. Sadeghi & M. Shamsbakhsh: Front. Microbiol., 10, 1505 (2019)..特に,化学農薬に対する規制強化が進む欧州連合(EU)では,環境負荷の大きい土壌くん蒸消毒(土壌内に有毒ガスを充満させて微生物を死滅される防除法)に代わる土壌病害防除法として,拮抗微生物を有効成分とする微生物農薬に大きな期待が寄せられており,拮抗微生物株の探索が近年猛烈な勢いで進められている(20)20) 清水将文:土づくりとエコ農業,52, 2 (2020)..わが国でも,ブドウ根頭がんしゅ病(病原菌:Rhizobium vitis(Ti))を抑制する拮抗細菌R. vitis ARK-1株が発見され,現在,実用化検討が行われている(21)21) A. Kawaguchi: Microbes Environ., 28, 306 (2013)..また,筆者らも最近,トマトの最重要病害のひとつである青枯病(病原菌:Ralstonia pseudosolanacearum)に対して顕著な防除効果を示すRalstonia sp. TCR112株とMitsuaria sp. TWR114株という拮抗細菌株を発見し,実用化に向けた実証試験を進めている(図2図2■Mitsuaria sp. TWR114株のトマト青枯病抑制効果)(22)22) M. Marian, T. Nishioka, H. Koyama, H. Suga & M. Shimizu: Appl. Soil Ecol., 128, 71 (2018)..