Kagaku to Seibutsu 60(4): 189-198 (2022)
セミナー室
腸内細菌のトリプトファン代謝物の腸管への影響芳香族炭化水素受容体を介した作用
Published: 2022-04-01
© 2022 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2022 公益社団法人日本農芸化学会
腸内細菌が宿主の健康や疾患に関係しているかについては古くから研究が行われてきたが,最近の腸内細菌叢の解析技術の進展によって,腸内細菌が炎症性腸疾患,アトピー性喘息,肥満,循環器疾患,神経性疾患などと深くかかわっていることが明確になってきた(1)1) J. Durack & S. V. Lynch: J. Exp. Med., 216, 20 (2019)..そして,腸内細菌研究における最近のトピックは,腸内細菌の何がどのような機序により宿主の生理機能に影響を与えているかを明らかにすることに移ってきている.腸内細菌と宿主の相互作用は細胞間の直接的な相互作用だけでなく,腸内細菌が産生する代謝物質によっても媒介される.腸内細菌叢は仮想的な内分泌器官と捉えることができ,それらが産生する代謝物の中には腸管局所だけでなく,肝臓や脳などの臓器で反応を引き起こすものもある(2)2) L. S. Zhang & S. S. Davies: Genome Med., 8, 46 (2016)..本稿では,これらの中でも最近よく研究されている微生物トリプトファン代謝物について,芳香族炭化水素受容体(AhR)を介した腸管への作用を中心に紹介する.
AhRは全身の細胞に広範に発現するリガンド活性化転写因子であり,シトクロムP450 1A1(Cyp1A1)などの解毒酵素を強く誘導することで有害物質の代謝において重要な役割をはたしている.AhRは当初,2,3,7,8-テトラクロロジベンゾ-p-ダイオキシン(TCDD)結合タンパク質として同定されこともあり(3)3) A. Poland, E. Glover & A. S. Kende: J. Biol. Chem., 251, 4936 (1976).,歴史的にはダイオキシン類や多環芳香族炭化水素などの毒性との関係が注目されてきた.しかしその後の研究により,AhRはダイオキシン類だけでなく宿主由来,食物由来,そして微生物由来の多くの芳香族化合物をリガンドとすることが明らかになっている(4)4) V. Rothhammer & F. J. Quintana: Nat. Rev. Immunol., 19, 184 (2019)..また,AhRを欠損するマウスを用いた研究などから,AhRは免疫応答制御を始めとする多様な生理的役割を有していることが明らかになってきており,AhRは現在では,健康や疾患における免疫反応を統合する環境センサーとして働いていると考えられている(4)4) V. Rothhammer & F. J. Quintana: Nat. Rev. Immunol., 19, 184 (2019)..
非活性化状態のAhRは細胞質に存在し,分子シャペロンであるHeat shock protein 90(Hsp90)やp23, hepatitis B virus X-associated protein(XAP2)と複合体を形成している(図1A図1■AhRシグナル伝達).これらのタンパク質はAhRの初期フォールディングやリガンドと結合可能なコンフォメーションの維持に寄与するとともに,AhRの細胞質での局在を高めている(5)5) J. R. Petrulis & G. H. Perdew: Chem. Biol. Interact., 141, 25 (2002)..また,AhRはこれらのタンパク質に加え,Srcキナーゼと複合体を形成していることも示唆されている(6)6) L. Larigot, L. Juricek, J. Dairou & X. Coumoul: Biochim Open, 7, 1 (2018)..AhRの標準的なシグナル伝達はダイオキシン応答領域(DRE)をターゲットにしている(7)7) J. D. Graves, Y. Gotoh, K. E. Draves, D. Ambrose, D. K. Han, M. Wright, J. Chernoff, E. A. Clark & E. G. Krebs: EMBO J., 17, 2224 (1998)..AhRはリガンドを認識すると核内移行し,AhR nuclear tranlocator(ARNT)とヘテロ2量体を形成後,DREに結合して下流のインターロイキン(IL)-22やCyp1A1, AhR repressor(AhRR)などの遺伝子発現を誘導する(図1A図1■AhRシグナル伝達).一方で,このようなAhRシグナル伝達に対しては,①AhRのプロテアソームによる分解,②Cyp1A1などの解毒酵素によるAhRリガンドの分解,③AhRRによるAhRの転写活性の阻害,の3つの異なる制御機構が存在する(図1A図1■AhRシグナル伝達).AhRの活性化により誘導されるCyp1A1などの解毒酵素はAhRリガンドを分解することで,AhRの活性化を短期間に留める.一方で,解毒酵素による分解を受けにくいダイオキシン類などではAhRの活性化が長期化すると考えられている.AhRRは核内においてARNTと2量体を形成することでAhRの転写活性を阻害する.Cyp1A1などによるAhRリガンドの分解やAhRRによるAhRの転写活性の阻害は,AhRシグナル伝達のネガティブフィードバック機構として機能していると考えられている.
AhRにはDREをターゲットとしない非標準的なシグナル伝達機構が存在する(8)8) E. J. Wright, K. P. De Castro, A. D. Joshi & C. J. Elferink: Curr. Opin. Toxicol., 2, 87 (2017).(図1B図1■AhRシグナル伝達).このうちの1つはAhRと他の転写因子の相互作用による転写調節機構である(図1B図1■AhRシグナル伝達④).たとえばAhRはnuclear factor-kappa B(NF-κB)のサブユニットであるRelAやRelBと相互作用し,これらの転写活性を修飾する(9)9) C. F. Vogel & F. Matsumura: Biochem. Pharmacol., 77, 734 (2009)..また,AhRはKruppel like transcription factor 6(KLF6)と相互作用し,DREとは別のDNA領域(non-consensus DRE)に結合することで下流の遺伝子発現を誘導することが明らかにされている(8)8) E. J. Wright, K. P. De Castro, A. D. Joshi & C. J. Elferink: Curr. Opin. Toxicol., 2, 87 (2017).(図1B図1■AhRシグナル伝達⑤).この他,AhRにはSrcキナーゼの活性化を介した非ゲノムレベルのシグナル伝達経路が存在する(6)6) L. Larigot, L. Juricek, J. Dairou & X. Coumoul: Biochim Open, 7, 1 (2018).(図1B図1■AhRシグナル伝達⑥).AhRに関連するSrcキナーゼはStat3のリン酸化を通じてマクロファージのIL-10発現を誘導することが報告されている(10)10) J. Zhu, L. Luo, L. Tian, S. Yin, X. Ma, S. Cheng, W. Tang, J. Yu, W. Ma, X. Zhou et al.: Front. Immunol., 9, 2033 (2018)..
AhRを欠損するマウスやAhRリガンドを用いた研究から,AhRは腸管上皮や腸管免疫の恒常性維持に働き,免疫反応の制御を介して腸管バリア機能を保護する役割を担っていることが明らかになっている(11)11) B. Stockinger, K. Shah & E. Wincent: Nat. Rev. Gastroenterol. Hepatol., 18, 559 (2021).(図2図2■腸管におけるAhRの役割).ここでは腸管上皮や腸管免疫におけるAhRの役割について簡単に紹介する.
腸管の粘膜上皮は単層の腸管上皮細胞からなり,細胞間をタイトジャンクションで密接に繋ぐことで,外界にあたる管腔と内部の粘膜固有層を隔てている.腸管上皮は,栄養や水分の吸収を行う吸収上皮細胞,粘液を産生するゴブレット細胞,消化管ホルモンを産生する内分泌細胞,抗菌物質を産生するパネート細胞などの分化細胞と,陰窩に存在する幹細胞などの未分化な細胞からなる.腸管上皮は幹細胞の活発な増殖とその後の分化により数日で入れ代わるが,この増殖と分化が適切に制御されることでその恒常性が保たれている.AhRは直接的な作用と間接的な作用により腸管上皮の恒常性の維持に働いていることがわかっている.直接的な作用は腸管上皮細胞特異的にAhRを欠損するマウスの解析から明らかにされており,AhRは幹細胞の増殖・維持に重要なWNT/β-cateninシグナルを制御することで腸管上皮幹細胞の異常な増殖を抑制し,腸管上皮の分化を促進することが示されている(12)12) A. Metidji, S. Omenetti, S. Crotta, Y. Li, E. Nye, E. Ross, V. Li, M. R. Maradana, C. Schiering & B. Stockinger: Immunity, 49, 353 (2018)..間接的な作用としてはIL-22とIL-10を介した作用などが知られている.AhR依存的に腸管の免疫細胞から産生されるIL-22は,腸管上皮細胞の抗菌ペプチドや粘液の産生などを介して腸管バリア機能の維持に働く(13)13) M. Keir, Y. Yi, T. Lu & N. Ghilardi: J. Exp. Med., 217, e20192195 (2020)..また,AhRリガンドの投与は腸管上皮におけるIL-10受容体の発現を誘導し(14, 15)14) J. M. Lanis, E. E. Alexeev, V. F. Curtis, D. A. Kitzenberg, D. J. Kao, K. D. Battista, M. E. Gerich, L. E. Glover, D. J. Kominsky & S. P. Colgan: Mucosal Immunol., 10, 1133 (2017).15) S. A. Scott, J. Fu & P. V. Chang: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 117, 19376 (2020).,IL-10依存的に腸管上皮の増殖とゴブレット細胞分化を促進することが報告されている(16)16) D. N. Powell, A. Swimm, R. Sonowal, A. Bretin, A. T. Gewirtz, R. M. Jones & D. Kalman: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 117, 21519 (2020)..これらに加えて樹状細胞特異的にAhRを欠損するマウスでは小腸絨毛の短縮が認められており,AhRは樹状細胞を介して腸管上皮の恒常性に影響を与えることも明らかになっている(17)17) S. H. Chng, P. Kundu, C. Dominguez-Brauer, W. L. Teo, K. Kawajiri, Y. Fujii-Kuriyama, T. W. Mak & S. Pettersson: Sci. Rep., 6, 23820 (2016)..また,AhRは腸管上皮におけるタイトジャンクションの形成にも影響することがわかっており,AhRリガンドの投与はタイトジャンクションの維持を介して腸管のバリア機能の保護に働くことが示されている(15, 18)15) S. A. Scott, J. Fu & P. V. Chang: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 117, 19376 (2020).18) M. Yu, Q. Wang, Y. Ma, L. Li, K. Yu, Z. Zhang, G. Chen, X. Li, W. Xiao, P. Xu et al.: Int. J. Biol. Sci., 14, 69 (2018)..
IELは腸管上皮細胞の間に挟まるように存在しており,腸管粘膜のバリア機能にかかわっている(19)19) D. Olivares-Villagomez & L. Van Kaer: Trends Immunol., 39, 264 (2018)..AhRはIELの発達や生存において重要な役割をはたしており,AhRを欠損するマウスではIELに特徴的な細胞集団であるγδ+ T細胞やCD8αα+ T細胞が消失する(20)20) Y. Li, S. Innocentin, D. R. Withers, N. A. Roberts, A. R. Gallagher, E. F. Grigorieva, C. Wilhelm & M. Veldhoen: Cell, 147, 629 (2011)..また,IELには抗炎症性の細胞であるCD4+ CD8αα+ T細胞が存在するが(21)21) T. Sujino, M. London, D. P. Hoytema van Konijnenburg, T. Rendon, T. Buch, H. M. Silva, J. J. Lafaille, B. S. Reis & D. Mucida: Science, 352, 1581 (2016).,この細胞の発達にAhRが関与することがわかっている(22)22) L. Cervantes-Barragan, J. N. Chai, M. D. Tianero, B. Di Luccia, P. P. Ahern, J. Merriman, V. S. Cortez, M. G. Caparon, M. S. Donia, S. Gilfillan et al.: Science, 357, 806 (2017)..加えて,AhRリガンドの投与は大腸炎を誘導したマウスのIELに対して抗炎症性のサイトカインであるIL-10を誘導する(23)23) W. Chen, A. Pu, B. Sheng, Z. Zhang, L. Li, Z. Liu, Q. Wang, X. Li, Y. Ma, M. Yu et al.: Biomed. Pharmacother., 87, 127 (2017)..これらのことからAhRは,IELの発達や免疫応答の制御を介して炎症によるダメージから腸管を保護する役割をはたしている可能性がある.
ILCは腸管粘膜固有層に存在し,炎症反応や感染防御において重要な役割をはたしている(24)24) S. K. Panda & M. Colonna: Front. Immunol., 10, 861 (2019)..ILCは近年新たに同定された細胞集団であり,Th1細胞やTh2細胞,Th17細胞といったヘルパーT細胞に対して写し鏡のように,これら細胞と同様の転写因子やサイトカインを発現する集団が存在する.AhRはILCの中でも特に,Th17細胞に対応するgroup 3 ILC(ILC3)の維持と機能の制御にかかわっている(25)25) S. Li, J. W. Bostick & L. Zhou: Front. Immunol., 8, 1909 (2017)..AhRによるILC3の機能制御において特に重要なのがIL-22の発現誘導である.IL-22は腸管上皮の恒常性維持において重要な因子であり,腸管上皮細胞の増殖や透過性の調節,抗菌ペプチドやムチン産生を誘導することで粘膜バリア機能のさまざまな面に関与している(13)13) M. Keir, Y. Yi, T. Lu & N. Ghilardi: J. Exp. Med., 217, e20192195 (2020)..AhRを欠損するマウスではこのIL-22を産生するILC3の数が減少し,腸粘膜肥厚症菌Citrobacter rodentiumに対する感染防御機構が破綻することが報告されている(26)26) J. Qiu, J. J. Heller, X. Guo, Z. M. Chen, K. Fish, Y. X. Fu & L. Zhou: Immunity, 36, 92 (2012)..
AhRはT細胞の分化に影響を与え,獲得免疫系をコントロールしていることがわかっている(27)27) C. Gutierrez-Vazquez & F. J. Quintana: Immunity, 48, 19 (2018)..T細胞にはTh1細胞,Th2細胞,Forkhead boxprotein P3(Foxp3)を発現する制御性T細胞(Treg細胞),Foxp3陰性でIL-10を産生する制御性T細胞(Tr1細胞),IL-17を産生するTh17細胞などの種類があるが,このうちAhRはTreg細胞,Tr1細胞,Th17細胞に発現しており,これらの細胞に対するAhRの影響がよく調べられている.
Treg細胞は免疫応答の抑制に働く細胞であり,腸管の恒常性維持において重要な細胞である(28)28) J. L. Coombes, N. J. Robinson, K. J. Maloy, H. H. Uhlig & F. Powrie: Immunol. Rev., 204, 184 (2005)..Treg細胞におけるAhRの発現は,Treg細胞の腸管へのホーミングにかかわるとともに,腸管炎症を抑制する作用に必要であることが示されている(29)29) J. Ye, J. Qiu, J. W. Bostick, A. Ueda, H. Schjerven, S. Li, C. Jobin, Z. E. Chen & L. Zhou: Cell Rep., 21, 2277 (2017)..TCDDはTreg細胞分化を促進することがわかっているが,この作用はAhRリガンドの種類によって異なることが知られている(30)30) F. J. Quintana, A. S. Basso, A. H. Iglesias, T. Korn, M. F. Farez, E. Bettelli, M. Caccamo, M. Oukka & H. L. Weiner: Nature, 453, 65 (2008)..TCDDおよび非毒性のAhRリガンド2-(1′H-indole-3′-carbonyl)-thiazole-4-carboxylic acid methyl ester(ITE)の投与は腸管粘膜固有層におけるTreg細胞を増加させ,腸管炎症を抑制することが報告されている(31, 32)31) J. A. Goettel, R. Gandhi, J. E. Kenison, A. Yeste, G. Murugaiyan, S. Sambanthamoorthy, A. E. Griffith, B. Patel, D. S. Shouval, H. L. Weiner et al.: Cell Rep., 17, 1318 (2016).32) J. M. Benson & D. M. Shepherd: Toxicol. Sci., 120, 68 (2011)..
Tr1細胞はIL-10産生を特徴とする制御性のT細胞であり免疫反応の抑制にかかわっている(33)33) M. G. Roncarolo, S. Gregori, R. Bacchetta, M. Battaglia & N. Gagliani: Immunity, 49, 1004 (2018)..AhRはTr1細胞分化に重要な役割を果たしており,c-Mafと相乗的に働いてIL-10産生を促進するとともに,CD39の発現誘導を介してTr1細胞分化を促進する(34, 35)34) L. Apetoh, F. J. Quintana, C. Pot, N. Joller, S. Xiao, D. Kumar, E. J. Burns, D. H. Sherr, H. L. Weiner & V. K. Kuchroo: Nat. Immunol., 11, 854 (2010).35) I. D. Mascanfroni, M. C. Takenaka, A. Yeste, B. Patel, Y. Wu, J. E. Kenison, S. Siddiqui, A. S. Basso, L. E. Otterbein, D. M. Pardoll et al.: Nat. Med., 21, 638 (2015)..CD39によるTr1細胞分化の促進には細胞外ATPが関与している.細胞外ATPはHypoxia Inducible Factor 1 Subunit Alpha(HIF1α)の活性化を介してAhR依存的なTr1細胞分化を抑制するが,CD39はこの細胞外ATPを分解することでTr1細胞分化を促進する(35)35) I. D. Mascanfroni, M. C. Takenaka, A. Yeste, B. Patel, Y. Wu, J. E. Kenison, S. Siddiqui, A. S. Basso, L. E. Otterbein, D. M. Pardoll et al.: Nat. Med., 21, 638 (2015)..また,AhRの活性化はTr1細胞の腸管へのホーミングを促進することもわかっている(36)36) A. K. Ehrlich, J. M. Pennington, S. Tilton, X. Wang, N. B. Marshall, D. Rohlman, C. Funatake, S. Punj, E. O’Donnell, Z. Yu et al.: Eur. J. Immunol., 47, 1989 (2017)..
Th17細胞は腸管粘膜においては感染防御を担っている(37)37) A. Peck & E. D. Mellins: Infect. Immun., 78, 32 (2010)..AhRはTh17細胞の分化に対してさまざまな形で影響する.AhRはTh17細胞の分化に必須ではないが,Aiolosの誘導やSignal Transducers and Activator of Transcription(STAT)1の活性化の阻害を介してTh17細胞分化を促進する(38, 39)38) A. Kimura, T. Naka, K. Nohara, Y. Fujii-Kuriyama & T. Kishimoto: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 9721 (2008).39) F. J. Quintana, H. Jin, E. J. Burns, M. Nadeau, A. Yeste, D. Kumar, M. Rangachari, C. Zhu, S. Xiao, J. Seavitt et al.: Nat. Immunol., 13, 770 (2012)..興味深いことに,AhRはtransforming growth factor(TGF)-β存在下でTh17細胞を可塑的にTr1細胞に分化させる(40)40) N. Gagliani, M. C. Amezcua Vesely, A. Iseppon, L. Brockmann, H. Xu, N. W. Palm, M. R. de Zoete, P. Licona-Limon, R. S. Paiva & T. Ching: Nature, 523, 221 (2015)..このように誘導されるTr1細胞は腸管炎症を抑制する作用を有することがわかっている(40)40) N. Gagliani, M. C. Amezcua Vesely, A. Iseppon, L. Brockmann, H. Xu, N. W. Palm, M. R. de Zoete, P. Licona-Limon, R. S. Paiva & T. Ching: Nature, 523, 221 (2015)..加えて,AhRはTh17細胞におけるIL-22産生の誘導にもかかわっている(41)41) M. Veldhoen, K. Hirota, A. M. Westendorf, J. Buer, L. Dumoutier, J. C. Renauld & B. Stockinger: Nature, 453, 106 (2008)..AhRはTh17細胞だけでなく,腸管粘膜における感染防御にかかわるTh22細胞に対してIL-22の産生を誘導する重要な因子であり,Citrobacter rodentiumに対する感染防御に寄与することもわかっている(42)42) R. Basu, D. B. O’Quinn, D. J. Silberger, T. R. Schoeb, L. Fouser, W. Ouyang, R. D. Hatton & C. T. Weaver: Immunity, 37, 1061 (2012)..
樹状細胞は抗原提示細胞の一つであり,抗原特異的なT細胞の活性化および分化を誘導する.AhRは単球からの樹状細胞の誘導において重要な役割をはたしていることがわかっている(43)43) C. Goudot, A. Coillard, A. C. Villani, P. Gueguen, A. Cros, S. Sarkizova, T. L. Tang-Huau, M. Bohec, S. Baulande, N. Hacohen et al.: Immunity, 47, 582 (2017)..また,AhRを樹状細胞特異的に欠損するマウスを用いた解析から,樹状細胞のAhRが腸管炎症に対して保護的に働いていることが示されている(17)17) S. H. Chng, P. Kundu, C. Dominguez-Brauer, W. L. Teo, K. Kawajiri, Y. Fujii-Kuriyama, T. W. Mak & S. Pettersson: Sci. Rep., 6, 23820 (2016)..腸管の樹状細胞は定常的に腸間膜リンパ節に移動していることが知られているが,AhRを樹状細胞特異的に欠損するマウスでは腸間膜リンパ節において免疫寛容にかかわるCD103+樹状細胞が減少する(17)17) S. H. Chng, P. Kundu, C. Dominguez-Brauer, W. L. Teo, K. Kawajiri, Y. Fujii-Kuriyama, T. W. Mak & S. Pettersson: Sci. Rep., 6, 23820 (2016)..また,TCDDの投与は腸間膜リンパ節においてCD103+樹状細胞を増加させることが報告されていることから(32)32) J. M. Benson & D. M. Shepherd: Toxicol. Sci., 120, 68 (2011).,AhRは免疫寛容性のCD103+樹状細胞の誘導にかかわっている可能性がある.
上述のようにAhRは腸管の恒常性維持やバリア機能の保護において重要な役割をはたしているが,腸管のAhRは何によって活性化されるのだろうか? これまでに食物や宿主に由来するAhRリガンドが複数見いだされているが,最近の研究では腸内細菌が産生するトリプトファン代謝物に注目が集まっている.腸内細菌のトリプトファン代謝物がAhRを介して消化管の感染防御機構を高めることを明確に示したのはZelanteらのグループである.Zelanteらは,トリプトファンのインドール環を開環するIndoleamine 2,3-dioxygenase-1(IDO1)を欠損するマウスを用いて病原性真菌Candida albicansの感染実験を行い,このマウスの消化管でIL-22を産生するILC3が多いこと,これによる高いIL-22産生がC. albicans感染に対して防御的に働くことを明らかにした(44)44) T. Zelante, R. G. Iannitti, C. Cunha, A. De Luca, G. Giovannini, G. Pieraccini, R. Zecchi, C. D’Angelo, C. Massi-Benedetti, F. Fallarino et al.: Immunity, 39, 372 (2013)..そして,このマウスの消化管では乳酸桿菌Lactobacillus reuteriが増加し,トリプトファンを代謝してAhRリガンドとして働くインドール-3-アルデヒドを高産生することを見いだした(44)44) T. Zelante, R. G. Iannitti, C. Cunha, A. De Luca, G. Giovannini, G. Pieraccini, R. Zecchi, C. D’Angelo, C. Massi-Benedetti, F. Fallarino et al.: Immunity, 39, 372 (2013)..ZelanteらはL. reuteriを定着させたマウスでは抗真菌性が認められること,その効果にインドール-3-アルデヒドの産生にかかわる芳香族アミノ酸アミノトランスフェラーゼが必要であることを示すとともに,宿主のAhRおよびIL-22が関与していることを明らかにした(44)44) T. Zelante, R. G. Iannitti, C. Cunha, A. De Luca, G. Giovannini, G. Pieraccini, R. Zecchi, C. D’Angelo, C. Massi-Benedetti, F. Fallarino et al.: Immunity, 39, 372 (2013)..そしてインドール-3-アルデヒドがAhRを介して抗真菌性を示すことを投与実験により確認した(44)44) T. Zelante, R. G. Iannitti, C. Cunha, A. De Luca, G. Giovannini, G. Pieraccini, R. Zecchi, C. D’Angelo, C. Massi-Benedetti, F. Fallarino et al.: Immunity, 39, 372 (2013)..この研究は腸内細菌のトリプトファン代謝物がAhR-IL-22を介して感染防御に働くことを示した非常に重要な発見である.続いてCervantes-Barraganらは,腸管のIELのCD4+ CD8αα+ T細胞がL. reueriによって誘導されること示すとともに,L. reueriがトリプトファンを代謝して産生するインドール-3-乳酸が,インドール-3-アルデヒドと同様にAhRを活性化し,CD4+ CD8αα+ T細胞を誘導できることを示した(22)22) L. Cervantes-Barragan, J. N. Chai, M. D. Tianero, B. Di Luccia, P. P. Ahern, J. Merriman, V. S. Cortez, M. G. Caparon, M. S. Donia, S. Gilfillan et al.: Science, 357, 806 (2017)..
腸内細菌のトリプトファン代謝と腸管炎症の症状の関係についても興味深い関係が明らかになっている.Lamasらは,トリプトファンをインドール-3-酢酸などのAhRリガンドに変換する能力を喪失した腸内細菌をもつマウスは,腸管炎症が悪化しやすいことを示し,さらに,炎症性腸疾患の患者は健常人に比べて糞便のAhR活性化能が低下していること,糞便中のインドール-3-酢酸の量が低下していることを報告した(45)45) B. Lamas, M. L. Richard, V. Leducq, H. P. Pham, M. L. Michel, G. Da Costa, C. Bridonneau, S. Jegou, T. W. Hoffmann, J. M. Natividad et al.: Nat. Med., 22, 598 (2016)..また,Scottらはトリプトファンに腸管炎症を抑制する作用があることに注目し,この作用に腸内細菌のトリプトファン代謝物が関与していることを明らかにした.Scottらは,トリプトファンを高含有する飼料の摂取による腸管炎症の抑制が,抗生物質の投与によって解除されることを示すとともに,腸内細菌がトリプトファンを代謝して産生するインドール-3-アルデヒド,インドール-3-ピルビン酸およびインドール-3-エタノールに,AhRを介した腸管バリア機能の保護作用があることを示した(15)15) S. A. Scott, J. Fu & P. V. Chang: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 117, 19376 (2020)..
腸内細菌が産生するトリプトファン代謝物がAhRを介して宿主の腸管免疫の恒常性や腸管バリア機能に影響していることが明確になってきているが,最近の研究により,トリプトファン代謝物の中ではインドール,2-オキシンドール,キヌレン酸,およびインドール-3-酢酸がマウス盲腸内容物およびヒト糞便中における主要なAhR活性化物質であることが明らかにされている(46)46) F. Dong, F. Hao, I. A. Murray, P. B. Smith, I. Koo, A. M. Tindall, P. M. Kris-Etherton, K. Gowda, S. G. Amin & A. D. Patterson: Gut Microbes, 12, 1 (2020)..また,腸内細菌のトリプトファン代謝には複数の経路が知られておりさまざまな代謝物が存在するが(47)47) H. M. Roager & T. R. Licht: Nat. Commun., 9, 3294 (2018).,その多くがヒトAhRに対して低効力のリガンドとなることがわかっている(48)48) B. Vyhlídalová, K. Krasulová, P. Pečinková, A. Marcalíková, R. Vrzal, L. Zemánková, J. Vančo, Z. Trávníček, J. Vondráček, M. Karasová et al.: Int. J. Mol. Sci., 21, 2614 (2020)..ここでは消化管内のトリプトファン代謝物と考えられるもので,かつ,AhRのリガンドと報告されているものについて(図3図3■AhRリガンドとして報告のある消化管内のトリプトファン代謝物),最近の知見を中心に紹介する.
トリプトファンの腸内細菌による代謝経路として古くから知られているのがインドールの産生であり,腸内細菌が産生するもっとも主要なトリプトファン代謝物である.インドールはトリプトファナーゼによる反応によって生成する(図3図3■AhRリガンドとして報告のある消化管内のトリプトファン代謝物).Eschelichia coliを始め,Vibrio, Clostridium, Bacteroides, Fusobacterium, Proteus, Peptostreptococcusなどに属する非常に多くの細菌がインドール産生能を有していることがわかっている(49)49) J. H. Lee & J. Lee: FEMS Microbiol. Rev., 34, 426 (2010)..インドールは腸管から吸収後に生体内で尿毒症物質の一つに挙げられるインドキシル硫酸に変換されることから,腸内腐敗物質の一つとして注目されている.インドールはマウスAhRよりヒトAhRで親和性の高いリガンドである(50)50) T. D. Hubbard, I. A. Murray, W. H. Bisson, T. S. Lahoti, K. Gowda, S. G. Amin, A. D. Patterson & G. H. Perdew: Sci. Rep., 5, 12689 (2015)..AhRが関与しているかどうかは不明であるものの,インドールはヒト腸管上皮細胞の炎症応答を抑制し,バリア機能を高めることがわかっている(51)51) T. Bansal, R. C. Alaniz, T. K. Wood & A. Jayaraman: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 228 (2010)..また,マウスへのインドールの投与は,インドメタシンにより誘導される腸管障害を抑制することが報告されている(52)52) C. M. Whitfield-Cargile, N. D. Cohen, R. S. Chapkin, B. R. Weeks, L. A. Davidson, J. S. Goldsby, C. L. Hunt, S. H. Steinmeyer, R. Menon, J. S. Suchodolski et al.: Gut Microbes, 7, 246 (2016)..
2-オキシンドールは神経衰弱を引き起こすトリプトファン代謝物であり,急性肝障害に伴う神経症状に重要な役割を果たしている可能性が示唆されている(53)53) R. Carpenedo, G. Mannaioni & F. Moroni: J. Neurochem., 70, 1998 (1998)..2-オキシンドールは宿主シトクロムP450によるインドールの酸化により生成すると考えられるが,消化管内での生成機構の詳細は不明である.
キヌレン酸は宿主トリプトファン代謝物の一つであり,宿主ではキヌレニン経路を経由して生合成される(54)54) F. Dong & G. H. Perdew: Gut Microbes, 12, 1859812 (2020)..また,インドール-3-ピルビン酸から非酵素的にキヌレン酸が生成することも報告されている(55)55) V. Politi, M. V. Lavaggi, G. Di Stazio & A. Margonelli: Adv. Exp. Med. Biol., 294, 515 (1991)..消化管内でのキヌレン酸の生成に腸内細菌がかかわっているかどうかは不明であるが,ビフィズス菌Bifidobacterium infantisの投与によりラット血中のキヌレン酸が増加するという興味深い報告がある(56)56) L. Desbonnet, L. Garrett, G. Clarke, J. Bienenstock & T. G. Dinan: J. Psychiatr. Res., 43, 164 (2008)..キヌレン酸はAhRのリガンドであるだけでなく,G protein-coupled receptor 35(GPR35)のリガンドでもある(57)57) E. Wirthgen, A. Hoeflich, A. Rebl & J. Gunther: Front. Immunol., 8, 1957 (2017)..GPR35は腸管バリア機能や免疫応答に重要な役割をはたしていることから(58)58) S. M. Farooq, Y. Hou, H. Li, M. O’Meara, Y. Wang, C. Li & J. M. Wang: Dig. Dis. Sci., 63, 2910 (2018).,キヌレン酸はこれら2つの受容体を介して腸管免疫を修飾している可能性がある.
インドール-3-酢酸はマウス盲腸内容物およびヒト糞便における主要なAhRリガンドの一つである(46)46) F. Dong, F. Hao, I. A. Murray, P. B. Smith, I. Koo, A. M. Tindall, P. M. Kris-Etherton, K. Gowda, S. G. Amin & A. D. Patterson: Gut Microbes, 12, 1 (2020)..Eschelichia coliをはじめ,Bifidobacterium,Bacteroides, Clostridium,Parabacteroides, Eubacteriumなどに属する細菌がインドール-3-酢酸を産生することがわかっている(47)47) H. M. Roager & T. R. Licht: Nat. Commun., 9, 3294 (2018)..炎症性腸疾患の患者では健康なヒトに比べて糞便中のインドール-3-酢酸の量が減少していることが報告されているほか(45)45) B. Lamas, M. L. Richard, V. Leducq, H. P. Pham, M. L. Michel, G. Da Costa, C. Bridonneau, S. Jegou, T. W. Hoffmann, J. M. Natividad et al.: Nat. Med., 22, 598 (2016).,アルコール性肝炎の患者の糞便中でも減少が報告されている(59)59) T. Hendrikx, Y. Duan, Y. Wang, J. H. Oh, L. M. Alexander, W. Huang, P. Starkel, S. B. Ho, B. Gao, O. Fiehn et al.: Gut, 68, 1504 (2019)..インドール-3-酢酸の投与はIL-22の腸内発現を誘導し,細菌の肝臓への移行を防ぐことで,エタノール誘発性脂肪性肝炎からマウスを保護することが示されている(59)59) T. Hendrikx, Y. Duan, Y. Wang, J. H. Oh, L. M. Alexander, W. Huang, P. Starkel, S. B. Ho, B. Gao, O. Fiehn et al.: Gut, 68, 1504 (2019)..
インドール-3-ピルビン酸はトリプトファンから芳香族アミノ酸アミノトランスフェラーゼによる脱アミノ反応により生成する.この物質を経由してインドール-3-酢酸,インドール-3-アルデヒド,インドール-3-乳酸,インドール-3-プロピオン酸などが生成する(図3図3■AhRリガンドとして報告のある消化管内のトリプトファン代謝物).インドール-3-ピルビン酸は非常に反応性が高く,溶液中で反応して非酵素的に多数のAhRリガンドを生成することが知られている(60)60) M. A. Bittinger, L. P. Nguyen & C. A. Bradfield: Mol. Pharmacol., 64, 550 (2003)..インドール-3-ピルビン酸は通常ではマウス糞便中にほとんど検出できないが,トリプトファンを高含有する飼料の投与により含量が大きく増加する(15)15) S. A. Scott, J. Fu & P. V. Chang: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 117, 19376 (2020)..また,Clostridium sporogenesのみを定着させたマウスでは血中に高濃度のインドール-3-ピルビン酸が検出される(61)61) D. Dodd, M. H. Spitzer, W. Van Treuren, B. D. Merrill, A. J. Hryckowian, S. K. Higginbottom, A. Le, T. M. Cowan, G. P. Nolan, M. A. Fischbach et al.: Nature, 551, 648 (2017)..インドール-3-ピルビン酸の投与はAhRを介してマウスの腸管炎症を抑制するほか,腸間膜リンパ節において抗炎症性のCD103+ CD11b−樹状細胞を増加させ,Th1細胞を減少させることがわかっている(62)62) R. Aoki, A. Aoki-Yoshida, C. Suzuki & Y. Takayama: J. Immunol., 201, 3683 (2018)..インドール-3-ピルビン酸はヒトの細胞においてもAhRを活性化する作用がある(48, 62)48) B. Vyhlídalová, K. Krasulová, P. Pečinková, A. Marcalíková, R. Vrzal, L. Zemánková, J. Vančo, Z. Trávníček, J. Vondráček, M. Karasová et al.: Int. J. Mol. Sci., 21, 2614 (2020).62) R. Aoki, A. Aoki-Yoshida, C. Suzuki & Y. Takayama: J. Immunol., 201, 3683 (2018)..
インドール-3-アルデヒドはL. reuteriやL. acidophilusが産生することが報告されている.前述のようにインドール-3-アルデヒドのマウスへの投与はAhRを介したIL-22の誘導によりC. albicansの感染を抑えることや,腸管のバリア機能を高めることがわかっている(15, 44)15) S. A. Scott, J. Fu & P. V. Chang: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 117, 19376 (2020).44) T. Zelante, R. G. Iannitti, C. Cunha, A. De Luca, G. Giovannini, G. Pieraccini, R. Zecchi, C. D’Angelo, C. Massi-Benedetti, F. Fallarino et al.: Immunity, 39, 372 (2013)..また,インドール-3-アルデヒドの投与はAhRおよびIL-10を介してマウス腸管上皮の増殖とゴブレット細胞分化を促進することが報告されている(16)16) D. N. Powell, A. Swimm, R. Sonowal, A. Bretin, A. T. Gewirtz, R. M. Jones & D. Kalman: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 117, 21519 (2020)..
前述のようにインドール-3-乳酸がAhRを介してIELのCD4+ CD8αα+ T細胞を誘導することが報告されていたが,最近では,乳児の腸内におけるB. infantisのインドール-3-乳酸産生に着目した研究が行われている.乳児糞便内でB. infantisの占有率が高い集団では低い集団に比べ,糞便中に含まれるインドール-3-乳酸量が19倍も高いことが報告されている(63)63) A. M. Ehrlich, A. R. Pacheco, B. M. Henrick, D. Taft, G. Xu, M. N. Huda, D. Mishchuk, M. L. Goodson, C. Slupsky, D. Barile et al.: BMC Microbiol., 20, 357 (2020)..また,インドール-3-乳酸は高濃度(0.1–10 mM)でヒト腸管上皮に対して抗炎症作用を示すが,この作用にはAhRだけでなくnuclear factor erythroid 2–related factor 2(Nrf2)が関与することが示されている(63)63) A. M. Ehrlich, A. R. Pacheco, B. M. Henrick, D. Taft, G. Xu, M. N. Huda, D. Mishchuk, M. L. Goodson, C. Slupsky, D. Barile et al.: BMC Microbiol., 20, 357 (2020)..また,インドール-3-乳酸は低濃度(1–5 μM)では成熟した腸管上皮に対して抗炎症作用を示さないが,胎児由来の未熟な腸管上皮に対してはAhRを介して抗炎症作用を示すことも報告されている(64)64) D. Meng, E. Sommella, E. Salviati, P. Campiglia, K. Ganguli, K. Djebali, W. Zhu & W. A. Walker: Pediatr. Res., 88, 209 (2020)..このことから,未熟な腸をもつ未熟児に起きやすい壊死性腸炎の予防にインドール-3-乳酸が利用できる可能性が示唆されている(64)64) D. Meng, E. Sommella, E. Salviati, P. Campiglia, K. Ganguli, K. Djebali, W. Zhu & W. A. Walker: Pediatr. Res., 88, 209 (2020)..
Cl. sporogenesはインドール-3-乳酸からインドール-3-プロピオン酸を産生する(61)61) D. Dodd, M. H. Spitzer, W. Van Treuren, B. D. Merrill, A. J. Hryckowian, S. K. Higginbottom, A. Le, T. M. Cowan, G. P. Nolan, M. A. Fischbach et al.: Nature, 551, 648 (2017)..また,Peptostreptococcus russelliiやP. anaerobiusはインドール-3-乳酸からインドール-3-アクリル酸およびインドール-3-プロピオン酸を産生する(65)65) M. Wlodarska, C. Luo, R. Kolde, E. d’Hennezel, J. W. Annand, C. E. Heim, P. Krastel, E. K. Schmitt, A. S. Omar, E. A. Creasey et al.: Cell Host Microbe, 22, 25 (2017)..インドール-3-プロピオン酸はpregnane X receptor(PXR)のリガンドでもあり,PXRを介して腸管のバリア機能を高めることがわかっているがAhR活性化能は高くない(48, 66)48) B. Vyhlídalová, K. Krasulová, P. Pečinková, A. Marcalíková, R. Vrzal, L. Zemánková, J. Vančo, Z. Trávníček, J. Vondráček, M. Karasová et al.: Int. J. Mol. Sci., 21, 2614 (2020).66) M. Venkatesh, S. Mukherjee, H. Wang, H. Li, K. Sun, A. P. Benechet, Z. Qiu, L. Maher, M. R. Redinbo, R. S. Phillips et al.: Immunity, 41, 296 (2014)..Cl. sporogenesのみを定着させたマウスでは血中に高濃度のインドール-3-プロピオン酸が検出されるが,このマウスはインドール-3-プロピオン酸を作れないCl. sporogenesを定着させたマウスより,腸管のバリア機能が高いことが示されている(61)61) D. Dodd, M. H. Spitzer, W. Van Treuren, B. D. Merrill, A. J. Hryckowian, S. K. Higginbottom, A. Le, T. M. Cowan, G. P. Nolan, M. A. Fischbach et al.: Nature, 551, 648 (2017)..一方,インドール-3-アクリル酸はマウスおよびヒトの細胞でAhRを活性化することがわかっている(48, 65)48) B. Vyhlídalová, K. Krasulová, P. Pečinková, A. Marcalíková, R. Vrzal, L. Zemánková, J. Vančo, Z. Trávníček, J. Vondráček, M. Karasová et al.: Int. J. Mol. Sci., 21, 2614 (2020).65) M. Wlodarska, C. Luo, R. Kolde, E. d’Hennezel, J. W. Annand, C. E. Heim, P. Krastel, E. K. Schmitt, A. S. Omar, E. A. Creasey et al.: Cell Host Microbe, 22, 25 (2017)..P. russelliiの投与によりマウス腸管上皮のゴブレット細胞分化が促進され,腸管バリア機能が強化されるが,これにインドール-3-アクリル酸が関与している可能性が示唆されている(65)65) M. Wlodarska, C. Luo, R. Kolde, E. d’Hennezel, J. W. Annand, C. E. Heim, P. Krastel, E. K. Schmitt, A. S. Omar, E. A. Creasey et al.: Cell Host Microbe, 22, 25 (2017)..
インドール-3-エタノールはトリプトファンを高含有する飼料の投与で糞便中に大きく増加し,AhRを介してマウスの腸管のバリア機能を高めることがわかっている(15)15) S. A. Scott, J. Fu & P. V. Chang: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 117, 19376 (2020)..
トリプタミンはトリプトファンから脱炭酸反応により生成する代謝物であり(図3図3■AhRリガンドとして報告のある消化管内のトリプトファン代謝物),Cl. sporogenesやRuminococcus gnavusが代謝酵素を有しているとの報告がある(67)67) B. B. Williams, A. H. Van Benschoten, P. Cimermancic, M. S. Donia, M. Zimmermann, M. Taketani, A. Ishihara, P. C. Kashyap, J. S. Fraser & M. A. Fischbach: Cell Host Microbe, 16, 495 (2014)..トリプタミンはセロトニンと構造が類似したモノアミンであり,セロトニン受容体を介して消化管通過を促進する(68)68) Y. Bhattarai, B. B. Williams, E. J. Battaglioli, W. R. Whitaker, L. Till, M. Grover, D. R. Linden, Y. Akiba, K. K. Kandimalla, N. C. Zachos et al.: Cell Host Microbe, 23, 775 (2018)..インドール-3-アセトアミドはトリプトファンモノオキシゲナーゼの反応によりトリプトファンから生成する(図3図3■AhRリガンドとして報告のある消化管内のトリプトファン代謝物).これらの代謝物はヒトおよびマウスの細胞の両方でAhRを活性化することが報告されている(48)48) B. Vyhlídalová, K. Krasulová, P. Pečinková, A. Marcalíková, R. Vrzal, L. Zemánková, J. Vančo, Z. Trávníček, J. Vondráček, M. Karasová et al.: Int. J. Mol. Sci., 21, 2614 (2020)..
スカトールはインドール-3-酢酸から脱炭酸反応により生成する(図3図3■AhRリガンドとして報告のある消化管内のトリプトファン代謝物).LactobacillusやClostridium, Bacteroidesなどに属する細菌がスカトールを生成することがわかっている(47)47) H. M. Roager & T. R. Licht: Nat. Commun., 9, 3294 (2018)..スカトールはヒトAhRのリガンドであるが(50)50) T. D. Hubbard, I. A. Murray, W. H. Bisson, T. S. Lahoti, K. Gowda, S. G. Amin, A. D. Patterson & G. H. Perdew: Sci. Rep., 5, 12689 (2015).,AhRの活性化を一部介して腸管上皮細胞にアポトーシスを誘導することが報告されており(69)69) K. Kurata, H. Kawahara, K. Nishimura, M. Jisaka, K. Yokota & H. Shimizu: Biochem. Biophys. Res. Commun., 510, 649 (2019).,腸管上皮に対して逆にダメージを与える可能性が示唆されている.
本稿では,腸管におけるAhRの役割と腸内細菌のトリプトファン代謝物について最近の研究を中心に紹介した.腸内細菌のトリプトファン代謝物の中にはAhRを活性化するだけでなく,PXRを介して腸管バリア機能を高めるものもあり,腸管の恒常性維持において重要な役割をはたしていることが明白になってきている.L. reuteriやB. infantisなどの腸内細菌や,本稿で取り上げた腸内細菌のトリプトファン代謝物のいくつかは,乳児期の腸管の発達や炎症性腸疾患の治療,病原菌に対する感染防御などに利用できるかもしれない.
本稿では腸管に焦点を当てたため取り上げなかったが,腸内細菌のトリプトファン代謝物の中には腸内細菌-腸-脳軸にかかわる可能性が高いものが多く含まれており,いくつかの興味深い研究が行われている(70~73)70) G. Z. Wei, K. A. Martin, P. Y. Xing, R. Agrawal, L. Whiley, T. K. Wood, S. Hejndorf, Y. Z. Ng, J. Z. Y. Low & J. Rossant et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 118, e2021091118 (2021).71) M. Jaglin, M. Rhimi, C. Philippe, N. Pons, A. Bruneau, B. Goustard, V. Dauge, E. Maguin, L. Naudon & S. Rabot: Front. Neurosci., 12, 216 (2018).72) M. Karbowska, J. M. Hermanowicz, A. Tankiewicz-Kwedlo, B. Kalaska, T. W. Kaminski, K. Nosek, R. J. Wisniewska & D. Pawlak: Sci. Rep., 10, 9483 (2020).73) V. Rothhammer, I. D. Mascanfroni, L. Bunse, M. C. Takenaka, J. E. Kenison, L. Mayo, C. C. Chao, B. Patel, R. Yan, M. Blain et al.: Nat. Med., 22, 586 (2016)..腸内細菌によるトリプトファン代謝は今後ますます注目される研究分野になると期待されるが,本稿がその理解を助ける一助になれば幸いである.
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