Kagaku to Seibutsu 60(5): 211 (2022)
巻頭言
『北の海 よみがえる絶景』をご覧になりましたか?
Published: 2022-05-01
© 2022 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2022 公益社団法人日本農芸化学会
皆様は表題のNHK放送をご覧になりましたでしょうか? 北海道,札幌では2022年1月9日(日曜),21 : 00~のNHKスペシャルとして放送されました.登場するのは,すべて海の幸に関連し,資源の枯渇がKey wordでした.とにかく,最近の撮影技術の進歩で,大変色合い鮮やかな映像で圧巻でした.また,それぞれ3部の話題の構成コンセプトが一貫しており,『幻の絶景を撮影するまでの苦難』,『幻の絶景とはなにか』,『絶景を作り出す仕組み』と,『復活に至った科学的調査』で構成されています.
第一部の『群来』,ご存知の方は非常に少ないと思います.私は北海道出身,それ相応の年齢ですので辛うじて聞き覚えがあるくらいで,再現は将来的に望めないだろうとの認識でした.絶景の撮影については,北海道の2月の極寒の海に潜水,撮影機材の設置と,ただひたすら『あっぱれ』の感に包まれました.しかも,時化による機材の破損を想定し,毎日,設置,撤去の繰り替えし,いつ現れるかも確証のない中,夜間を徹しての観察です.『群来』とはニシンが大集団で沿岸に押し寄せ,産卵,卵に精子をふりかけるので海が真っ白になる現象で,番組では『海が白くなってるぞ~』の掛け声で,白い海の撮影が開始されるという流れでした.巨万の富をもたらしたニシンですが,乱獲のため漁獲量が激減,『群来』の消滅でしたが,25年前からの稚魚の放流,漁網の網目を荒くするなどの努力で復活と相成りましたが,生態学的に『海が白くなる』生物現象の詳細は解き明かされていなかったそうです.そこで,巨大な水槽に産卵時期のニシン,擬似藻を投入して検証し,一匹のオスがメスを独占するような形式ではなく,『大集団による産卵の共同作業』と解き明かされるものでした.
第二部は『春、海原に突如現れる謎の大渦』です.蝦夷っ子の私でも『謎の大渦』は聞いたことがなく,大変興味あるものでした.その撮影ですが,沿岸をどこともなく船で探し回るとともに,ドローンの投入,陸上からの観察と大がかりのもので,陸海空の大捜索に『あっぱれ』の感でした.こちらは『嗅いだこともないような異臭』が漂い,帆先を向けてみると大渦に出くわす設定でした.多種多様な機材を投じ,明らかになった渦の正体は大集団のホッケの立ち泳ぎでした.渦を作ることで,海表面のプランクトンを渦中心へ集め餌にしようとする集団狩猟で,栄養豊かな海がもたらす造詣です.実はここ最近,『庶民の魚』としておなじみだったホッケが近いうちには高級魚になるとの新聞記事があり,資源の枯渇が身近に感じ取れた事象でした.産卵場所の科学的調査,ナマコ漁との折衝で資源が回復,大渦の再現が報道されたもので,この大渦現象が確認されているのは世界広しと言えども北海道のみ.
第三部は『知床ホタテ30万匹大行進』です.水産物の輸出額で,8年連続日本一を誇るホタテですが,科学的調査に基づく漁協の組織的な資源管理がKey wordです.とにかく海底が一面ホタテで埋め尽くされ,しかも皆同じ方向へ向けての大移動です.集結場所は地形的にプランクトンが集まる場所で,集結場所では跳ね回り海底に貯まった栄養を巻き上げ,さらにプランクトンを増やす作戦です.最終段階では集団産卵が敢行され,次世代に命をつなげるというものです.こちらも特殊機材の投入,その観察期間の長さ,ホタテに埋め尽くされた海底に『あっぱれ』でした.
久方ぶりにワクワクする放送に出会えたと感じましたが,この3部作を総じて,1)撮影する方を含め,携わった方々が興味津々で眼が輝いていたこと,2)よくぞまあ,予算を投じ,損得勘定はそっちのけで放送を企画したこと,3)撮影に失敗するかもと恐れを抱きながらも『確証のない自信』にかけた人々のロマンに感動を覚えたのだと思いました.ここで,私ははたと感じました.私自身研究者として眼が輝いているか? 天真爛漫に真理を探究しているか? 確証のない自信は当たり前として,大きな目標を立てているか? 私はこのNHKスペシャルで思い知らされましたが,この駄文がこれからを担う若い方々のチェックポイントになれば幸甚です.