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概日時計の分子機構をケミカルバイオロジーで紐解く生命科学と合成化学の異分野融合による時計調節化合物の開発

Tomohiro Matsuda

松田 智宏

名古屋大学大学院理学研究科生命理学専攻

Tsuyoshi Hirota

廣田

名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所

名古屋大学大学院理学研究科生命理学専攻

Published: 2022-05-01

概日時計は体内時計とも呼ばれ,光合成細菌であるシアノバクテリアからヒトに至るまで生物普遍的に備わっている内在的な時計機構である.睡眠・覚醒サイクルだけでなく,ホルモン分泌,体温,代謝などといったさまざまな生理現象に見られる一日周期のリズムを制御している.概日時計の基本骨格は,時計遺伝子(Per, Cry, Clock, Bmal1)の転写翻訳を介したフィードバックループによって構成されており,一日に一周することで概日リズムが生み出される(図1図1■概日時計の転写翻訳ループ(左)と光薬理学を応用した概日時計調節化合物(中央,右)左).このループは数十兆個におよぶわれわれの全身の細胞の一つ一つに存在しており,体内から取り出して培養した組織や細胞においても時計遺伝子の一日周期の発現リズムを観察することが出来る.概日時計がどのようにして一日周期のリズムを生み出すのか,全身の生理機能を制御するのか,疾患に関連するのかなど,概日時計システムの全貌を明らかにするためには,概日時計の機能を調節する化合物を開発し,時計機能を操作することが重要である.これまでに,概日時計の一日周期や時刻を変化させるいくつかの化合物がケミカルバイオロジーの手法を用いて発見されている(1)1) 廣田 毅,松田智宏:MEDCHEM NEWS, 31, 62 (2021).

図1■概日時計の転写翻訳ループ(左)と光薬理学を応用した概日時計調節化合物(中央,右)

筆者らは,ルシフェラーゼレポーターを用いて時計遺伝子の発現リズムを細胞レベルで検出し,そのリズムに影響を与える化合物を表現型スクリーニングによって同定してきた.12万種類の化合物のスクリーニングから,用量に依存して概日リズムの一日周期を2倍にまで延長する新規化合物を見いだし,Longdaysinと名付けた(2)2) T. Hirota, J. W. Lee, W. G. Lewis, E. E. Zhang, G. Breton, X. Liu, M. Garcia, E. C. Peters, J. Etchegaray, D. Traver et al.: PLoS Biol., 8, e1000559 (2010)..有機合成によるアフィニティープローブの開発から,Longdaysinの標的タンパク質はカゼインキナーゼI(CKI)であることが判明した.CKIは概日リズムの周期を調節する重要な因子であり,リン酸化によって時計タンパク質PERの分解を促進する(図1図1■概日時計の転写翻訳ループ(左)と光薬理学を応用した概日時計調節化合物(中央,右)左).LongdaysinはCKIを阻害することでPERを安定化し,概日リズムの周期を延長することが明らかになった(2)2) T. Hirota, J. W. Lee, W. G. Lewis, E. E. Zhang, G. Breton, X. Liu, M. Garcia, E. C. Peters, J. Etchegaray, D. Traver et al.: PLoS Biol., 8, e1000559 (2010)..一方,KL001と名付けた新規の周期延長化合物は概日時計ループを構成する時計タンパク質のCRYに直接的に相互作用する初めての合成化合物である(図1図1■概日時計の転写翻訳ループ(左)と光薬理学を応用した概日時計調節化合物(中央,右)左)(3)3) T. Hirota, J. W. Lee, P. C. S. John, M. Sawa, K. Iwaisako, T. Noguchi, P. Y. Pongsawakul, T. Sonntag, D. K. Welsh, D. A. Brenner et al.: Science, 337, 1094 (2012)..KL001はCRYのユビキチン化を介した分解を抑制する.CRYのアイソフォームであるCRY1とCRY2は共通する働きに加えて,異なる役割を持つことが明らかになっている.たとえば, CRY2は細胞増殖において重要な役割を果たすc-MYCのユビキチン化による分解を促進するが,CRY1はこの働きを持たない(4)4) A. Huber, S. J. Papp, A. B. Chan, E. Henriksson, S. D. Jordan, A. Kriebs, M. Nguyen, M. Wallace, Z. Li, C. M. Metallo et al.: Mol. Cell, 64, 774 (2016)..CRY1とCRY2の相違の理解には,アイソフォーム選択的な操作が必要である.しかしKL001は両者に作用することから,アイソフォーム選択的な化合物の開発が望まれていた.表現型スクリーニングから見いだした新規の周期延長化合物であるKL101とTH301は,作用メカニズムの解析から,それぞれCRY1とCRY2に対して選択的に作用する初めての化合物であることが明らかになった(5)5) S. Miller, Y. L. Son, Y. Aikawa, E. Makino, Y. Nagai, A. Srivastava, T. Oshima, A. Sugiyama, A. Hara, K. Abe et al.: Nat. Chem. Biol., 16, 676 (2020)..さらにCRY1およびCRY2と代謝疾患の関係に注目した研究から,KL101とTH301はともに褐色脂肪細胞の分化を促進することを見いだした.褐色脂肪は熱を産生してエネルギー消費を促すことから,概日時計に基づく新たな肥満治療法を開発する出発点となる可能性を秘めている(5)5) S. Miller, Y. L. Son, Y. Aikawa, E. Makino, Y. Nagai, A. Srivastava, T. Oshima, A. Sugiyama, A. Hara, K. Abe et al.: Nat. Chem. Biol., 16, 676 (2020).

薬理学的な手法は一般的に,薬理効果が全身におよぶため,時間的・空間的に制御することは困難であった.これに対して,化合物の効果を光によって操作する光薬理学的な手法が注目されている.概日時計の研究においても,全身の細胞に存在する概日時計の相互作用や役割を明らかにするため,特定の細胞や組織に対して時間的・空間的かつ低侵襲に時計機能を制御できるツールの開発が望まれていた.筆者らは最先端の合成化学を行う伊丹研究室(名古屋大学)およびFeringa研究室(オランダGroningen大学)との異分野共同研究により,光薬理学を概日時計の制御に応用することに取り組んでいる.アゾベンゼンは光によって構造を変える光異性化の性質をもち,光スイッチとして広く用いられている.熱的に安定なトランス体に紫外光を照射することでシス体へと形を変え,シス体に白色光を照射することでトランス体へと戻る.概日リズムのような長期間にわたる生命現象の制御に応用するためには,トランス体とシス体のそれぞれが安定である必要がある.しかし,シス体は水溶液中において不安定で,光に依存せずに素早くトランス体に戻ることが多く,応用は困難だと考えられた.

筆者らの共同研究グループはまず,Longdaysinを用いて光化学および生物活性に優れた光スイッチ化合物の開発を目指した.試行錯誤の末,Longdaysinのベンジルアミン基をアゾベンゼンに置換したさまざまな誘導体から,シス体の安定性が非常に高い化合物7を見いだした.CKIに対する作用を解析した結果,トランス体がシス体よりも強い阻害効果を持つことが明らかになった(6)6) D. Kolarski, C. M. Vinyals, A. Sugiyama, A. Srivastava, D. Ono, Y. Nagai, M. Iida, K. Itami, F. Tama, W. Szymanski et al.: Nat. Commun., 12, 3164 (2021)..さらに,ヒト細胞を用いた概日リズム測定において,紫外光を当てた不活性型のシス体は,活性型のトランス体よりも弱い周期延長効果を示した.ここで細胞に白色光を当てることにより,トランス体に戻して周期延長効果を回復させることに成功した.しかしながら紫外光は細胞毒性が強いため,概日リズムを可逆的に制御するためには,可視光でのスイッチングが必要である.テトラフルオロアゾベンゼンを用いた化合物9は,緑色光によって不活性型のシス体に,紫色光によって活性型のトランス体に構造変化した(図1図1■概日時計の転写翻訳ループ(左)と光薬理学を応用した概日時計調節化合物(中央,右)中央).この化合物9を用いることで,概日リズムの周期を細胞レベルで可逆的に変化させるだけでなく,時刻の調節にも成功した(6)6) D. Kolarski, C. M. Vinyals, A. Sugiyama, A. Srivastava, D. Ono, Y. Nagai, M. Iida, K. Itami, F. Tama, W. Szymanski et al.: Nat. Commun., 12, 3164 (2021).

このようにアゾベンゼンの目的化合物への導入はデザインが難しく,多様な化合物を合成して選抜する必要があった.筆者らの共同研究グループは,ベンゾフェノンがアゾベンゼン導入のプラットフォームになることを見いだした.すなわち,表現型スクリーニングから見いだした新規の周期延長化合物TH303とKL101誘導体のTH129はともにベンゾフェノンを持ち,CRY1に選択的に作用することが判明した(7)7) D. Kolarski, S. Miller, T. Oshima, Y. Nagai, Y. Aoki, P. Kobauri, A. Srivastava, A. Sugiyama, K. Amaike, A. Sato et al.: J. Am. Chem. Soc., 143, 2078 (2021)..X線結晶構造解析から,TH303とTH129のベンゾフェノンがCRY1のループ領域に存在するフェニルアラニンと相互作用し,これが化合物の効果に必要であることが明らかになった.さらに,ベンゾフェノンの3次元構造がアゾベンゼンのシス体と類似していることを見いだした.そこでTH129のベンゾフェノンをアゾベンゼンに置換した化合物GO1323を合成したところ,紫外光と白色光によってスイッチし,シス体の安定性が非常に高いことが判明した.機能解析の結果,狙い通りトランス体はCRY1との相互作用が弱い不活性型であるのに対し,紫外光を照射したシス体はTH129と同様にCRY1に強く相互作用する活性型であることが明らかになった.これを反映して,GO1323のトランス体はヒト細胞の概日リズムの周期にほとんど影響を与えず,紫外光照射したシス体は周期を延長し,さらに白色光を照射することでトランス体に戻って周期延長効果が消失した.その上,テトラフルオロアゾベンゼンを導入したGO1423を用いて可視光でのスイッチングを実現した(7)7) D. Kolarski, S. Miller, T. Oshima, Y. Nagai, Y. Aoki, P. Kobauri, A. Srivastava, A. Sugiyama, K. Amaike, A. Sato et al.: J. Am. Chem. Soc., 143, 2078 (2021)..すなわち,トランス体のGO1423は概日リズムの周期に影響せず,細胞への緑色光照射によって活性型のシス体となって周期を延長し,さらに紫色光の照射によって不活性型のトランス体となり周期延長効果が消失した(図1図1■概日時計の転写翻訳ループ(左)と光薬理学を応用した概日時計調節化合物(中央,右)右).この変化は,緑色光によって不活性型となる化合物9とは逆向きである.本研究により,時計タンパク質CRY1を介した概日リズムの可逆的な操作が可能になっただけでなく,アゾベンゼン誘導体をデザインして合成するための手掛かりが得られた.

概日時計は全身の細胞に存在しており,細胞同士が複雑なネットワークを形成して個体としての概日リズムを生み出していると考えられる.本稿で紹介した,光薬理学を応用した時計調節化合物を用いることにより,将来的には光によって狙った細胞や組織の概日リズムを自在に制御することが可能になると期待される.これは概日時計システムの理解と部位特異的な機能操作に向けた重要なツールとなるに違いない.異分野融合による最先端の研究から,概日時計を制御する画期的なツールがさらに開発されることに期待したい.

Reference

1) 廣田 毅,松田智宏:MEDCHEM NEWS, 31, 62 (2021).

2) T. Hirota, J. W. Lee, W. G. Lewis, E. E. Zhang, G. Breton, X. Liu, M. Garcia, E. C. Peters, J. Etchegaray, D. Traver et al.: PLoS Biol., 8, e1000559 (2010).

3) T. Hirota, J. W. Lee, P. C. S. John, M. Sawa, K. Iwaisako, T. Noguchi, P. Y. Pongsawakul, T. Sonntag, D. K. Welsh, D. A. Brenner et al.: Science, 337, 1094 (2012).

4) A. Huber, S. J. Papp, A. B. Chan, E. Henriksson, S. D. Jordan, A. Kriebs, M. Nguyen, M. Wallace, Z. Li, C. M. Metallo et al.: Mol. Cell, 64, 774 (2016).

5) S. Miller, Y. L. Son, Y. Aikawa, E. Makino, Y. Nagai, A. Srivastava, T. Oshima, A. Sugiyama, A. Hara, K. Abe et al.: Nat. Chem. Biol., 16, 676 (2020).

6) D. Kolarski, C. M. Vinyals, A. Sugiyama, A. Srivastava, D. Ono, Y. Nagai, M. Iida, K. Itami, F. Tama, W. Szymanski et al.: Nat. Commun., 12, 3164 (2021).

7) D. Kolarski, S. Miller, T. Oshima, Y. Nagai, Y. Aoki, P. Kobauri, A. Srivastava, A. Sugiyama, K. Amaike, A. Sato et al.: J. Am. Chem. Soc., 143, 2078 (2021).