Kagaku to Seibutsu 60(5): 232-239 (2022)
解説
細菌のPersisterの特性とその制御ResistanceとPersistenceは似て非なるもの
Characteristics of Bacterial Persister and Its Control: Resistance and Persistence, Similar but Clearly Different Behavior
Published: 2022-05-01
細菌感染に苦しめられてきた人類の救世主として抗生物質が発見され,その黄金時代が幕を開けたその瞬間から,細菌たちはその効果を打ち消す術をすでに見つけていた.病原菌たちが耐性遺伝子の獲得,突然変異によって抗生物質を克服し,人類はまた新たな抗生物質を発見,開発して対抗する,というイタチごっこを続けてきたが,新たな抗生物質の発見,開発が追いついておらず,人類は今,劣勢に立たされている.この薬剤耐性菌問題はよく知られていることであるが,遺伝子変異による耐性菌とは似て非なる“もう一つの耐性菌”,“Persister”についてはあまり知られていない.本解説では,このPersisterについて薬剤耐性菌と比較しながら紹介したい.
Key words: 薬剤耐性菌; Persister; Toxin-Antitoxin
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1928年にアレクサンダーフレミングが最初の抗生物質であるペニシリンを発見し,1941年にその臨床効果が証明され,翌年に実用化されたことで,梅毒や破傷風などの感染症に対する治療が劇的に改善された.しかし,喜びもほんの束の間であった.臨床効果が確認される前年の1940年にはすでにラボレベルにおいて耐性遺伝子の存在が確認されており,40年代後半には臨床現場からのペニシリン耐性菌の報告が相次いだ.以降,人類と薬剤耐性菌は,病原菌の耐性遺伝子の獲得と人類の新たな抗生物質の開発による,終わりなきイタチごっこを続けてきたが,近年では新しい抗生物質の開発が追い付いておらず,人類は苦境に立たされている(1)1) K. Hede: Nature, 509, S2 (2014)..2019年,国連は「2019年時点で薬剤耐性菌による死亡者数は年70万人に及ぶが,このまま薬剤耐性菌に対して対策を講じなければ,2050年までに年に1000万人が死亡し,がんの死亡者数を超え,リーマンショックによる金融危機に匹敵するようなダメージをもたらし得る」という,非常にショッキングな報告をしている(2)2) Interagency Coordination Group on Antimicrobial Resistance: No time to wait: SECURING THE FUTURE FROM DRUG-RESISTANT INFECTIONS. Rep. to Secr. United Nations (2019)..また,ここ数年,ワンヘルスという言葉を耳にすることが多くなっているが,これは大雑把に言えば「人の健康を守るためには,家畜などの動物や我々が生きる環境についても注意を払わなければならない」という概念である.このワンヘルスという考え方は当然,薬剤耐性菌問題においても重要であり,ヒトにおける抗生物質の利用だけでなく,家畜への不適切な使用による耐性菌の出現,その堆肥などからの環境中への抗生物質および耐性菌の流出などがヒトにおける耐性菌の問題に繋がってしまうことが考えられる.日本においても薬剤耐性ワンヘルス動向調査を毎年行っており,薬剤耐性菌を抑え込む努力を続けている(3)3) 薬剤耐性ワンヘルス動向調査検討会:薬剤耐性ワンヘルス動向調査年次報告書,資料1, 2020..
抗生物質は,ターゲットとする細菌の代謝活性等によってグループ分けされるが,薬剤耐性も抗生物質の作用機構に対応しており,大きく分けて,1)抗生物質の排出機構,2)副経路の作成,3)抗生物質の標的改変,4)抗生物質の不活性化の4つに分けられる(図1図1■抗生物質の標的と耐性機構(WIKIMEDIA COMMONSより改変転載))(4)4) WIKIMEDIA COMMONS: Antibiotic resistance mechanisms. https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Antibiotic_resistance_mechanisms.jpg 2010..これらは,耐性遺伝子の獲得や,標的となるタンパクの遺伝子配列の改変などによって引き起こされ,遺伝子変異は次の世代へと受け継がれていく.このような耐性菌は,抗生物質存在化においても生育,増殖を行うことができるという点が重要である.この遺伝子変異によって耐性を獲得した薬剤耐性菌に対して,遺伝子変異によらない形のもう一つの耐性機構が近年注目を集めている.この耐性機構は,英語で「存続する,生き残る」といった意味を持つPersistからとって,Persisterと呼ばれている(5–7)5) N. Q. Balaban et al.: Nat. Rev. Microbiol., (2019).6) B. Gollan, G. Grabe, C. Michaux & S. Helaine: Annu. Rev. Microbiol., (2019).7) B. van den Bergh, M. Fauvart & J. Michiels: FEMS Microbiol. Rev., 41, 219 (2017)..
Persisterという言葉が世に最初に出たのは1944年,抗生物質が世に出て間も無く,耐性菌の出現と同じようなタイミングである.名付け親はJoseph Biggerという科学者で,当時イギリスにてペニシリンの研究を行っていた.Biggerは,ペニシリンで黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)を処理した際,完全に溶菌した状態の培養液をプレート上に塗抹してもコロニー形成が見られることに疑問を持った.また,このコロニーから培養した菌はペニシリンに対して耐性を持っておらず,試験管内で再び溶菌されるということを発見した.この現象は試験管内でのペニシリン処理,コロニー形成を繰り返しても何代にもわたってみられ,Biggerはこのような現象を「Antibiotic Persistence」と定義し,何らかの形で生き残ってしまう極小集団のことをPersisterと名づけた(8)8) J. W. Bigger: Lancet, 244, 497 (1944)..薬剤耐性菌に関する研究に比べ,Persisterについての研究の歩みは非常に遅いものであった.実際,Biggerが最初に定義してから39年後の1983年,初めてPersister関連遺伝子であるhipAについての報告がなされた(9)9) H. S. Moyed & K. P. Bertrand: J. Bacteriol., 155, 768 (1983)..Persisterの形成機構などについてもそこから現在に至るまで多くのことが明らかとなってきている(5, 7, 10)5) N. Q. Balaban et al.: Nat. Rev. Microbiol., (2019).7) B. van den Bergh, M. Fauvart & J. Michiels: FEMS Microbiol. Rev., 41, 219 (2017).10) M. Huemer, S. Mairpady Shambat, S. D. Brugger & A. S. Zinkernagel: EMBO Rep., 21, 1 (2020)..
Persisterの定義としては,自身の代謝や細胞活性を低下させ休眠状態のようになることで抗生物質などのストレスに耐性を示す細菌細胞である.そのため,遺伝子変異による耐性菌と違って抗生物質存在下では増殖することはなく,じっと耐えている.Persisterの特徴として,細菌の死滅曲線をとったときに,2段階のカーブを描くことが言える(図2図2■Persisterが存在するときの死滅曲線)(5)5) N. Q. Balaban et al.: Nat. Rev. Microbiol., (2019)..一般的に,同一遺伝子を持つクローン集団であっても,集団中には様々な細胞形態が存在しており,細菌集団が抗生物質に晒されると,集団の大部分を占める正常な菌体は死滅し,一部のPersisterが生き残る.生残したPersisterは,抗生物質が取り除かれ適当な栄養源を与えられると,代謝活性を回復させ,正常細胞となって増殖を再開する(図3図3■抗生物質処理に対する薬剤耐性菌とPersisterの違い(文献7より改変転載))(7)7) B. van den Bergh, M. Fauvart & J. Michiels: FEMS Microbiol. Rev., 41, 219 (2017)..さらに,再び抗生物質に晒されると,大部分を占める正常な菌体は死滅するが,やはり一部のPersisterは生き残ってしまい,抗生物質への曝露が繰り返され,その繰り返しの中で細菌集団中に遺伝子変異を蓄積させ,薬剤耐性菌の出現に寄与してしまう.