Kagaku to Seibutsu 60(5): 251-257 (2022)
セミナー室
動物種と腸内細菌叢腸内細菌叢研究においてマウス・ラットをヒトのモデルとする時に注意したいこと
Published: 2022-05-01
© 2022 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2022 公益社団法人日本農芸化学会
2010年頃の次世代シーケンサーを使った解析技術の導入以降,世界中で腸内細菌叢に関する研究が活発に行われている.数々の研究から腸内細菌叢が我々ヒトの健康維持・疾病予防,さらには疾病治療に関わる薬の効果(薬効)などにも深く関わることが明らかになっている(1)1) E. Z. Gomaa: Antonie van Leeuwenhoek, 113, 2019 (2020)..腸内細菌叢の重要性はヒトばかりではなく,産業動物でも認知されはじめており,例えば養豚分野では常在細菌叢が母豚の繁殖成績や肉豚の生育成績などの生産性に関わっていることが近年次々に報告されている(2)2) G. E. Gardiner, B. U. Metzler-Zebeli & P. G. Lawlor: Microorganisms, 8, 1886 (2020)..なお,養豚分野では世界的に抗菌剤の使用制限が強化されているため,「良好な腸内細菌叢」をより意識した,抗菌剤に頼らない生産体系の模索が始まっている.
産業に資する動物という意味では,実験動物もこれに該当するが,マウスやラットが実験動物として腸内細菌叢研究に使われることも多い.もちろん,これらの研究はマウスやラットの健康や疾病に関するためのものではなく,ヒトのモデルとして利用される場合がほとんどである.では,マウスやラットの腸内細菌叢はどれくらいヒトの腸内細菌叢に近いのだろうか.図1図1■ヒト,ラット,ブタの消化管の模式図に示すように,動物種によって消化管の構造は大きく異なっている.腸内細菌の主な棲息部位である大腸をみても,マウスやラット,ブタでは顕著な盲腸がみられ,盲腸で腸内細菌による発酵が起こっていることが容易にわかるが,ヒトでは盲腸はかなり小さく,発酵部位としてはほとんど機能していないと推し量ることができる.また,ブタでは結腸の長さが小腸の1/5程度とヒトとほぼ同等の比率であり,結腸でも腸内細菌による発酵が起こっていることが伺えるが,ラットの結腸の長さは小腸の1/14とかなり短く,結腸では腸内細菌の発酵はあまり起こっていないとみることができる(3)3) Q. Sciascia, G. Daş & C. C. Metges: J. Anim. Sci., 94(suppl_3), 441 (2016)..さらに,同じ雑食といいつつも動物性タンパク質を多く摂取するヒトと,原則として飼育用飼料のみを摂取しているマウスやラット,ブタでは食べているものも異なっている.そのため,ヒトとマウスやラット,ブタの腸内細菌叢が全く同じだと考える人は少ないだろうが,例えばブタとマウスを比べるとどちらがヒトに近いのかといった動物種間の腸内細菌叢の違いに着目して腸内細菌叢を議論する機会はそれほど多くない.本稿では,ヒト,マウス,ラットに加え,ブタ,ゾウ,ウマ,マーモセットといった7種の単胃動物の腸内細菌叢を比較した筆者らの既報(4)4) R. Kobayashi, K. Nagaoka, N. Nishimura, S. Koike, E. Takahashi, K. Niimi, H. Murase, T. Kinjo, T. Tsukahara & R. Inoue: Anim. Sci. J., 91, e13366 (2020).を基に,動物種間の腸内細菌叢の類似点・相違点を概説し,腸内細菌叢研究においてマウスやラットをヒトのモデルとして使用する際の注意点に言及したい.
腸内細菌叢研究の分野では,実験群間や個体間で腸内細菌叢を比較する時に,α多様性とβ多様性を指標にすることが多い.α多様性とは,個体内の腸内細菌叢の多様性を指しており,例えば後述のChao1指数は腸内細菌叢を構成する細菌種の多さ(種の豊富さ)を表す指数である.つまり,α多様性の指標であるChao1指数が高い実験群・個体の方が,より多くの細菌種で構成された腸内細菌叢を保持しているということになる.一方,β多様性は個体間の腸内細菌叢の多様性を表す指標だが,要は個体間の腸内細菌叢の類似度を表すと考えて良い.β多様性は,実験群・個体間の類似度を距離として表すことが多い指標であり,β多様性が低い,すなわち距離が近いほど実験群・個体間の腸内細菌叢が「類似している」ということになる.ここではまず,β多様性に着目して動物種間の腸内細菌叢を比較するが,β多様性を距離で議論すると,数値が小さいほど類似度が高いという直感的にはわかりにくい議論になってしまう.そこで,より直感的に理解しやすいようβ多様性の距離から算出した,類似度(=高ければ腸内細菌叢が似ている)を使って比較を行うことにする.
これまでに動物種間の腸内細菌叢を比較した研究が複数報告されているが,腸内細菌叢をより広く深く解析できる技術である次世代シーケンサーを使った研究としては,O’Donellら(5)5) M. M. O’Donnell, H. M. B. Harris, R. P. Ross & P. W. O’Toole: MicrobiologyOpen, 6, e00509 (2017).,Nagpalら(6)6) R. Nagpal, S. Wang, L. C. Solberg Woods, O. Seshie, S. T. Chung, C. A. Shively, T. C. Register, S. Craft, D. A. McClain & H. Yadav: Front. Microbiol., 9, 2897 (2018).,Kawasakiら(7)7) K. Kawasaki, K. Ohya, T. Omatsu, Y. Katayama, Y. Takashima, T. Kinoshita, J. O. Odoi, K. Sawai, H. Fukushi, H. Ogawa et al.: Microorganisms, 8, 265 (2020).,そして筆者らの既報(4)4) R. Kobayashi, K. Nagaoka, N. Nishimura, S. Koike, E. Takahashi, K. Niimi, H. Murase, T. Kinjo, T. Tsukahara & R. Inoue: Anim. Sci. J., 91, e13366 (2020).が挙げられる.このうち,O’Donellら(5)5) M. M. O’Donnell, H. M. B. Harris, R. P. Ross & P. W. O’Toole: MicrobiologyOpen, 6, e00509 (2017).とKawasakiら(7)7) K. Kawasaki, K. Ohya, T. Omatsu, Y. Katayama, Y. Takashima, T. Kinoshita, J. O. Odoi, K. Sawai, H. Fukushi, H. Ogawa et al.: Microorganisms, 8, 265 (2020).の研究は草食動物に特化しており,ヒトやマウス・ラットを含む雑食性の動物種を比較したものはNagpalら(6)6) R. Nagpal, S. Wang, L. C. Solberg Woods, O. Seshie, S. T. Chung, C. A. Shively, T. C. Register, S. Craft, D. A. McClain & H. Yadav: Front. Microbiol., 9, 2897 (2018).と筆者らの既報である.Nagpalら(6)6) R. Nagpal, S. Wang, L. C. Solberg Woods, O. Seshie, S. T. Chung, C. A. Shively, T. C. Register, S. Craft, D. A. McClain & H. Yadav: Front. Microbiol., 9, 2897 (2018).ではヒト,マカク,ラット,マウスの腸内細菌叢を比較しており,筆者らの既報(4)4) R. Kobayashi, K. Nagaoka, N. Nishimura, S. Koike, E. Takahashi, K. Niimi, H. Murase, T. Kinjo, T. Tsukahara & R. Inoue: Anim. Sci. J., 91, e13366 (2020).ではヒト,マーモセット,ブタ,ラット,マウスを雑食性動物種として,さらに草食性動物種としてゾウとウマの腸内細菌叢を比較している.Nagpalら(6)6) R. Nagpal, S. Wang, L. C. Solberg Woods, O. Seshie, S. T. Chung, C. A. Shively, T. C. Register, S. Craft, D. A. McClain & H. Yadav: Front. Microbiol., 9, 2897 (2018).と筆者らの既報(4)4) R. Kobayashi, K. Nagaoka, N. Nishimura, S. Koike, E. Takahashi, K. Niimi, H. Murase, T. Kinjo, T. Tsukahara & R. Inoue: Anim. Sci. J., 91, e13366 (2020).で共通して見いだされた特徴は,「雑食性の動物種の腸内細菌叢はそれぞれ固有である」ということである(図2図2■7種の単胃動物の腸内細菌叢の類似度).つまり,ヒトもマウスもラットも固有の腸内細菌叢を保有しているのである.
興味深いことに,草食性の動物種は雑食性に比べると腸内細菌叢の類似度が高く,筆者らの既報ではゾウとウマの腸内細菌叢類似度は平均で約83%と雑食性動物間で最高の類似度を示したブタとマウスの平均59%よりも遥かに高い(4)4) R. Kobayashi, K. Nagaoka, N. Nishimura, S. Koike, E. Takahashi, K. Niimi, H. Murase, T. Kinjo, T. Tsukahara & R. Inoue: Anim. Sci. J., 91, e13366 (2020)..ちなみに,ヒトとマウスの腸内細菌叢の類似度は平均26%,ヒトとラットでは平均22%であった.なお,草食性動物の腸内細菌叢を比較したO’donellら(5)5) M. M. O’Donnell, H. M. B. Harris, R. P. Ross & P. W. O’Toole: MicrobiologyOpen, 6, e00509 (2017).やKawasakiら(7)7) K. Kawasaki, K. Ohya, T. Omatsu, Y. Katayama, Y. Takashima, T. Kinoshita, J. O. Odoi, K. Sawai, H. Fukushi, H. Ogawa et al.: Microorganisms, 8, 265 (2020).でも,反芻動物種と単胃動物種間では違いがみられているものの,動物種間で高い類似性が確認されている.
また,我々の既報では,ブタの腸内細菌叢は他の雑食性動物よりも草食性動物であるウマやゾウの腸内細菌叢に対して,より高い類似性を示していること(4)4) R. Kobayashi, K. Nagaoka, N. Nishimura, S. Koike, E. Takahashi, K. Niimi, H. Murase, T. Kinjo, T. Tsukahara & R. Inoue: Anim. Sci. J., 91, e13366 (2020).も特筆すべき点である(図2図2■7種の単胃動物の腸内細菌叢の類似度).O’donellら(5)5) M. M. O’Donnell, H. M. B. Harris, R. P. Ross & P. W. O’Toole: MicrobiologyOpen, 6, e00509 (2017).の研究では,ブタは他の草食動物種と明確に異なる腸内細菌叢を持つ動物種の典型例(アウトグループ)として使われているが,彼らの研究でも(アウトグループのためN=3のみだが),ブタはロバやポニーと類似した腸内細菌叢を示している.ブタの腸内細菌は,ヒトのそれよりもセルロース分解能が高いことや(8)8) G. D. Sunvold, H. S. Hussein, G. C. Fahey Jr., N. R. Merchen & G. A. Reinhart: J. Anim. Sci., 73, 3639 (1995).,ブタの腸内細菌叢においてセルロース分解菌であるFibrobacter属の細菌が検出されていること(9)9) V. H. Varel: J. Anim. Sci., 65, 488 (1987).から,ブタは雑食性動物でありながら,一部,草食性動物の腸内細菌叢の特徴を有すると考えられる.
次に,α多様性の指標であるChao1指数を基に,動物種間の腸内細菌の種類の多さを比較してみる.なお,このChao1指数だが,腸内細菌叢を解析する方法の違いによって変わり得るため,残念ながら,別々の研究間でこの値を比較することに意味はない.余談ではあるが,腸内細菌叢解析では,Chao1指数に限らず,細菌属の占有率など多くの結果が,糞便保存液利用の有無や,細菌DNAの抽出方法の違いによって変わり得る(10)10) Y. Kawada, Y. Naito, A. Andoh, M. Ozeki & R. Inoue: J. Clin. Biochem. Nutr., 64, 106 (2019)..そのため,同じ手法で解析された場合を除き,研究間で腸内細菌叢解析の結果を正確に比較することはできないと考えた方が良い.ただし,筆者の経験上,解析手法が違ったからといって真逆の結果が出るようなことはまずない.別の手法で解析された腸内細菌叢の結果を参照する時は,結果の「数値」ではなく,実験群・個体間の「違い」を意識すると良いだろう.例えば,ある研究で,物質Xを摂取させた摂取群ではLactobacillus属の占有率が平均10%,対照群では平均3%で実験群間に統計的に有意な差がみられているとしよう.その研究が自身の解析手法とは別の手法を使っている場合,参照すべきは2つの群のLactobacillus属の占有率10%または3%という「数値」ではなく,物質Xを摂取した群では対照群よりもLactobacillus属の占有率が高いという「違い」である.もし自身の研究で同じように物質Xをマウスに摂取させたとして,解析手法が異なれば摂取群では平均4%,対照群では平均1%といった具合に「数値」が別の研究と異なることもあり得るので「数値」の違いを過度に気にする必要はない.一方,摂取群の方が対照よりもLactobacillus属の占有率が高いという「違い」が異なった場合,この違いの背景には解析手法とは別の理由があると考えるべきである.
話を動物種間のChao1指数の比較に戻すが,上述の動物種間の腸内細菌叢を比較した4つの研究報告をみると,動物種間でChao1指数が異なり得ることがわかる.しかしながら,Nagpalら(6)6) R. Nagpal, S. Wang, L. C. Solberg Woods, O. Seshie, S. T. Chung, C. A. Shively, T. C. Register, S. Craft, D. A. McClain & H. Yadav: Front. Microbiol., 9, 2897 (2018).ではヒトがラットやマウスよりも統計的有意に高い数値となっており,筆者らの既報(4)4) R. Kobayashi, K. Nagaoka, N. Nishimura, S. Koike, E. Takahashi, K. Niimi, H. Murase, T. Kinjo, T. Tsukahara & R. Inoue: Anim. Sci. J., 91, e13366 (2020).ではヒトのChao1指数はラットより有意に高値を示したものの,マウスとは統計的な差はみられていない(図3図3■7種の単胃動物の腸内細菌叢のChao1指数).Chao1指数は食事や周囲の環境の影響を受けて変動し得るものであるため,これら2つの研究からだけではヒトとマウス・ラットのChao1指数,すなわち腸内細菌の種類の多さの違いを結論づけるのは難しいというのが現状である.
一方で,筆者らの既報(4)4) R. Kobayashi, K. Nagaoka, N. Nishimura, S. Koike, E. Takahashi, K. Niimi, H. Murase, T. Kinjo, T. Tsukahara & R. Inoue: Anim. Sci. J., 91, e13366 (2020).では,ヒトやマウス・ラットよりも遥かに高いChao1指数が草食性動物であるウマやゾウで確認されている(図3図3■7種の単胃動物の腸内細菌叢のChao1指数).O’donellらの研究(5)5) M. M. O’Donnell, H. M. B. Harris, R. P. Ross & P. W. O’Toole: MicrobiologyOpen, 6, e00509 (2017).でも,動物種間の統計比較は成されていないものの,示されているChao1指数は雑食性のブタよりも,草食性の動物の方が高い.つまり,草食性の動物は雑食性の動物よりも多くの腸内細菌種を有していると考えられる.草食性動物の腸内では,セルロースやヘミセルロースといった,動物の消化酵素では分解できない食物を利用可能な形に分解・変換するために,多くの腸内細菌が協調して働いていることが伺える.
なお,筆者らの既報(4)4) R. Kobayashi, K. Nagaoka, N. Nishimura, S. Koike, E. Takahashi, K. Niimi, H. Murase, T. Kinjo, T. Tsukahara & R. Inoue: Anim. Sci. J., 91, e13366 (2020).ではChao1指数においてもブタで興味深い値が得られている.ブタのChao1指数はウマよりは有意に低いものの,ゾウと同等であり他の雑食性動物よりも遥かに高値であった(図3図3■7種の単胃動物の腸内細菌叢のChao1指数).上述でO’donellら(5)5) M. M. O’Donnell, H. M. B. Harris, R. P. Ross & P. W. O’Toole: MicrobiologyOpen, 6, e00509 (2017).ではブタは草食性動物よりもChao1指数が低値であったと記したため,ブタのChao1指数とゾウのChao1指数が同等というのはこの記述に矛盾するようにもみえるが,O’donellらの研究(5)5) M. M. O’Donnell, H. M. B. Harris, R. P. Ross & P. W. O’Toole: MicrobiologyOpen, 6, e00509 (2017).ではゾウは扱われておらず,ウマと同じく後腸発酵(草の分解を大腸の細菌に頼る動物)であるロバやポニーのChao1指数と比べるとブタのそれは低値であるため,筆者らの既報(4)4) R. Kobayashi, K. Nagaoka, N. Nishimura, S. Koike, E. Takahashi, K. Niimi, H. Murase, T. Kinjo, T. Tsukahara & R. Inoue: Anim. Sci. J., 91, e13366 (2020).とO’donellらの報告(5)5) M. M. O’Donnell, H. M. B. Harris, R. P. Ross & P. W. O’Toole: MicrobiologyOpen, 6, e00509 (2017).は矛盾するものではない.ブタの腸内細菌叢においてChao1指数が草食性動物並に高いということと,上述の「ブタの腸内細菌叢が草食性動物と類似度が高い」ということを考慮すると,ブタの腸内細菌叢でも協調してセルロースやヘミセルロースを分解し,動物が利用できる形,すなわち短鎖脂肪酸に変換することができる可能性が高いといえる.
ここまで,腸内細菌叢の類似度(β多様性)と種類の豊富さ(α多様性)に着目して動物種間の腸内細菌叢を比較したが,次に,腸内細菌叢を構成する細菌の種類(細菌門や細菌属)に着目して,もう少し詳しい比較を行ってみたい.細菌の門レベルでみると,ヒトの腸内細菌叢はActiobacteria門,Bacteroidetes門,Firmicutes門を主要3細菌門として,これにProteobacteria門,Akkermancia属が含まれるVerrucomicrobia門を加えた5種類で大半が構成されていることが知られている(11)11) L. Crovesy, D. Masterson & E. L. Rosado: Eur. J. Clin. Nutr., 74, 1251 (2020)..筆者らの既報(4)4) R. Kobayashi, K. Nagaoka, N. Nishimura, S. Koike, E. Takahashi, K. Niimi, H. Murase, T. Kinjo, T. Tsukahara & R. Inoue: Anim. Sci. J., 91, e13366 (2020).をみると,占有率の違いはあれ,調べた動物種全ての腸内細菌叢において,この5種類の細菌門が大半を占めていることがわかる(図4図4■7種の単胃動物の腸内細菌叢における細菌門の分布).そのため,それぞれの占有率は異なるものの,細菌の門レベルでみると腸内細菌叢を構成している細菌の種類には差がないということになる.しかしながら,門はかなり上位の分類単位であり,より詳しい分類には少なくとも細菌属レベルでの比較が必要になる.筆者らの既報(4)4) R. Kobayashi, K. Nagaoka, N. Nishimura, S. Koike, E. Takahashi, K. Niimi, H. Murase, T. Kinjo, T. Tsukahara & R. Inoue: Anim. Sci. J., 91, e13366 (2020).では,Bacteroides属やClostridium属といった腸内細菌の主要細菌属(1)1) E. Z. Gomaa: Antonie van Leeuwenhoek, 113, 2019 (2020).は評価した全ての動物種でみられている.一方,健康の維持に重要な役割を果たす短鎖脂肪酸の一つである酪酸を産生するという理由で,腸内細菌叢と疾病や食事との関係を研究する際にしばしば焦点を当てられる細菌属(酪酸産生菌)(12)12) A. Riviere, M. Selak, D. Lantin, F. Leroy & L. De Vuyst: Front. Microbiol., 7, 979 (2016).となると動物種間で異なる様相がみられる(表1表1■7種の単胃動物の腸内細菌叢における主要な酪酸産生菌,乳酸産生菌の占有率(文献4より改変)).
ヒトの腸内細菌で酪酸を産生する細菌属としては,Coprococcus属,Faecalibacterium属,Roseburia属などが挙げられる(13)13) S. H. Duncan, A. Barcenilla, C. S. Stewart, S. E. Pryde & H. J. Flint: Appl. Environ. Microbiol., 68, 5186 (2002)..筆者らの既報(4)4) R. Kobayashi, K. Nagaoka, N. Nishimura, S. Koike, E. Takahashi, K. Niimi, H. Murase, T. Kinjo, T. Tsukahara & R. Inoue: Anim. Sci. J., 91, e13366 (2020).で調べた4種(マーモセット,ブタ,マウス,ラット)の雑食性動物の腸内細菌叢をみると,Coprococcus属については,占有率は1%にも満たないが,マウスとラット両方の腸内細菌叢で検出されている(ヒトでは3.7%).一方,Faecalibacterium属,Roseburia属は,4種の動物種全てでほぼ検出されていない.なお,マーモセットではMegasphaera属が,ブタやマウスではOscillospira属が最も多い酪酸産生細菌属として検出されている.この2細菌属ともにヒトでも検出されているが,上述の3細菌属に比べるとその占有率は1/3程度であった.
酪酸に関しては,同じ細菌属でも酪酸を大量に産生する細菌種と,ほとんど作らない細菌種がいることがあるが(12)12) A. Riviere, M. Selak, D. Lantin, F. Leroy & L. De Vuyst: Front. Microbiol., 7, 979 (2016).,上述の比較には酪酸産生細菌種と非産生細菌種が混在する細菌属,例えばClostridium属などは含めていない.そのため,この比較については,腸内細菌叢の酪酸産生能力そのものの動物種間比較にはなってはいないことを念頭におく必要があるが,少なくとも酪酸産生細菌の種類がヒトとマウス・ラットはもちろん動物種間で大きく異なっていることは間違いないといえる.なお,草食性動物ではゾウでCoprococcus属,Roseburia属が平均占有率で1%強,ウマではOscillospira属が約2%検出されているが,それら以外に平均占有率1%を超える酪酸産生細菌属は検出されなかった.草食性動物の糞便中には検出可能な濃度で酪酸が存在することから(14)14) G. Breves & K. Stuck: “Physiological and Clinical Aspects of Short-Chain Fatty Acids”, J. H. Cummings, J. L Rombeau, T. Sakata, eds, Cambridge University Press, 1995, p. 73.,上述したとおり,これらの草食性動物種の腸内には細菌属単位ではなく,細菌種の単位で酪酸を作る細菌が一定数存在するものと思われる.
次に,酪酸を産生する細菌と同様に健康の維持に重要だとされ,疾病や食事と腸内細菌叢との関係を研究する際には焦点を当てられる,乳酸菌(Lactic acid bacteria)の動物種間比較をしてみたい(表1表1■7種の単胃動物の腸内細菌叢における主要な酪酸産生菌,乳酸産生菌の占有率(文献4より改変)).腸内細菌叢において優勢となる乳酸菌が動物種によって異なることは古くから知られており,Bifdobacterium属が優勢となる動物とLactobacillus属が優勢となる動物がいるとされてきた(15)15) M. Tomotari: Bifidobact. Microflora, 3, 11 (1984)..このことは筆者らの既報(4)4) R. Kobayashi, K. Nagaoka, N. Nishimura, S. Koike, E. Takahashi, K. Niimi, H. Murase, T. Kinjo, T. Tsukahara & R. Inoue: Anim. Sci. J., 91, e13366 (2020).でも確認されており,ヒトはBifidobacterium属の占有率が7.1%に対し,Lactobacillus属の占有率は0.1%程度と明らかにBifidobacterium属が優勢であった.ヒトと同じ霊長類であるマーモセットはBifidobacterium属の占有率が15.4%と高く,Lactobacillus属についてはヒトと同じく0.1%以下でありBifidobacterium属優勢の動物だといえる.しかしながら,Nagpalらの研究(6)6) R. Nagpal, S. Wang, L. C. Solberg Woods, O. Seshie, S. T. Chung, C. A. Shively, T. C. Register, S. Craft, D. A. McClain & H. Yadav: Front. Microbiol., 9, 2897 (2018).をみると,数値が記されていないため正確な値は不明だが,ヒトやマーモットと同じ霊長類であるマカクではBifidobacterium属はほとんど検出されていないが,Lactobacillus属は占有率1%程度だが検出されている.占有率が1%では優勢とはいえないが,霊長類だからといって必ずしもBifidobacterium属が優勢となるというわけではなさそうである.筆者らの既報(4)4) R. Kobayashi, K. Nagaoka, N. Nishimura, S. Koike, E. Takahashi, K. Niimi, H. Murase, T. Kinjo, T. Tsukahara & R. Inoue: Anim. Sci. J., 91, e13366 (2020).で調べたその他の雑食性動物の腸内細菌叢をみると,ブタ,マウス,ラット全てにおいてLactobacillus属がBifidobacterium属よりも5倍以上高い平均占有率を示しており,これらの雑食性動物はLactobacillus属が優勢な動物種であると考えられる.筆者らの既報(4)4) R. Kobayashi, K. Nagaoka, N. Nishimura, S. Koike, E. Takahashi, K. Niimi, H. Murase, T. Kinjo, T. Tsukahara & R. Inoue: Anim. Sci. J., 91, e13366 (2020).では,マウスの腸内細菌叢にはBifidobacterium属は検出されていないが,マウスはブリーダーによって腸内細菌叢が異なることが知られており(16)16) Y. Ohashi, M. Hiraguchi & K. Ushida: Biosci. Biotechnol. Biochem., 70, 3031 (2006).,ブリーダーによってはBifidobacterium属が検出される個体もいることは補足しておきたい.ただし,このようなマウスであっても通常のマウス用飼料を摂取している限りにおいて,Bifidobacterium属がLactobacillus属よりも優勢となることは稀である.
ゾウ | ウマ | ヒト | マーモセット | マウス | ブタ | ラット | |
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酪酸産生菌 | |||||||
Coprococcus | 1.3±0.2 | 0.7±0.4 | 3.7±2.8 | <0.1 | 0.9±0.8 | 1.0±0.3 | 0.6±0.4 |
Faecalibacterium | <0.1 | <0.1 | 8.0±3.2 | <0.1 | <0.1 | 0.6±0.5 | 0.2±0.1 |
Roseburia | 1.4±0.3 | 1.0±0.3 | 3.1±1.7 | <0.1 | <0.1 | 0.6±0.5 | <0.1 |
乳酸産生菌 | |||||||
Bifidobacterium | <0.1 | <0.1 | 7.1±2.4 | 15.4±11.0 | <0.1 | 0.8±0.8 | 2.4±5.9 |
Lactobacillus | <0.1 | 0.6±0.7 | 0.1±0.1 | <0.1 | 8.3±4.2 | 3.5±2.3 | 12.6±5.6 |
なお,筆者らの既報(4)4) R. Kobayashi, K. Nagaoka, N. Nishimura, S. Koike, E. Takahashi, K. Niimi, H. Murase, T. Kinjo, T. Tsukahara & R. Inoue: Anim. Sci. J., 91, e13366 (2020).で調べた草食性動物の腸内細菌叢で平均占有率1%を超える乳酸産生細菌属は検出されなかった.
これまでに紹介した動物種間の腸内細菌叢の比較から,ヒトとマウス・ラットでは酪酸産生菌や乳酸菌産生菌を始め,腸内細菌叢を構成する細菌の種類が異なっており,それぞれの動物種が固有の腸内細菌叢を保有していることは明確である.では,腸内細菌叢研究においてマウス・ラットはヒトモデルとして使えないのか,というと,そうではないと筆者は考える.腸内細菌叢はマウスにおいても免疫や代謝に重要な役割を果たしていることは明確であり(17)17) Y. Umesaki & H. Setoyama: Microbes Infect., 2, 1343 (2000).,腸内細菌叢と宿主の関係を理解するうえでは有用なモデルであるといえる.しかしながら,腸内細菌叢に明確な違いがある以上,この違いを正しく理解しておかないと,ともするとヒトのモデルではなく,マウス・ラットという動物種の研究になりかねない.
例えば,ある薬品や食品が何らかの疾病・不調を緩和するという現象を探索する時に,「この薬品や食品の当該効果が腸内細菌叢を介しているか」を調べるという目的であればマウス・ラットをヒトのモデルとして活用できると筆者は考える.当該効果に腸内細菌叢のどういった代謝産物が関わっているかを調べるにもマウス・ラットをモデルとして活用することができるだろう.一方で,この薬品や食品の当該効果に腸内細菌叢が介在していることがわかったとして,「どの細菌属・種」が当該効果に深く関与しているかを調べる時にマウス・ラットモデルを利用する時は,あまり深追いは避けた方が良い.なぜなら,これまでに紹介したとおり,動物種により保有している腸内細菌の種類が大きく異なっているからである.例えば,マウスモデルで,当該効果においてLactobacillus murinusという腸内細菌が鍵を握る細菌だと明らかになったとしても,上述のとおりヒト腸内細菌叢ではLactobacillusは極めて占有率が低い細菌種であり,さらにL.murinusはげっ歯類特有(18)18) D. Hemme, P. Raibaud, R. Ducluzeau, J. V. Galpin, P. Sicard & J. Van Heijenoort: Ann. Microbiol. (Paris), 131, 297 (1980).でヒト腸内細菌叢にはまず存在しない.そのため,ヒトで鍵を握る腸内細菌を再度探索しなければならなくなるのである.L.murinusがマウス腸内で関わる代謝や産生する乳酸が当該効果に関わる可能性は高いため,それまでの知見は無駄にはならないが,L.murinusの特定に費やした時間と研究費によっては手放しで喜べる事実とはいえないだろう.深追いは避けた方が良いというのは,つまりマウスモデルを使って得られた事象の機序を特定する際にかける時間と費用をよく考えて研究を実施して欲しいという意味である.
保有している腸内細菌が異なるという意味では,ヒト腸内細菌叢を無菌マウスに定着させたノトバイオートマウスの利用は有効な解決手段の一つである.ただし,このノトバイオートはLactobacillus属に対してBifidobacterium属が優勢になるなどヒトの特徴を有した腸内細菌叢をマウスに保有させることができる一方,盲腸内容物中に酪酸が検出されないことがあるといった報告がある(19)19) A. Imaoka, H. Setoyama, A. Takagi, S. Matsumoto & Y. Umesaki: J. Appl. Microbiol., 96, 656 (2004)..つまり定着はしているものの腸内細菌叢が正しく代謝活動を行っていない可能性もあるため,利用には十分な知識と経験が必要だろう.
本稿では動物種によって腸内細菌叢が大きく異なること,そして腸内細菌叢研究においてマウス・ラットをヒトのモデルとする時には十分な知識と注意が必要なことを概説した.マウス・ラットといったモデル動物は研究を進めるうえで有益なツールであり,腸内細菌叢の違いを理解していれば,腸内細菌叢研究においても間違いなく利用可能である.ただし,筆者の経験上,マウスの腸内細菌叢ではみられた現象がヒトの腸内細菌叢では再現できなかったという例が少なからずある.
上述のとおり,マウス・ラットモデルで深く追い過ぎるのは控え,必要に応じてマウス・ラット以外のモデル動物(マーモセットなど)で検討する,または,例えば食経験の十分ある食品成分の腸内細菌叢への影響の検討など,侵襲性や被験物質の人体へのリスクが極めて低い場合は,実際の対象であるヒトで知見を得るなど,広い選択肢をもって腸内細菌叢研究に取り組んでもらいたい.
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17) Y. Umesaki & H. Setoyama: Microbes Infect., 2, 1343 (2000).
18) D. Hemme, P. Raibaud, R. Ducluzeau, J. V. Galpin, P. Sicard & J. Van Heijenoort: Ann. Microbiol. (Paris), 131, 297 (1980).