Kagaku to Seibutsu 60(5): 258-261 (2022)
プロダクトイノベーション
新規機能性を有するプロバイオティクス製品の開発L. パラカゼイ・シロタ株によるストレス緩和および睡眠の質改善作用
Published: 2022-05-01
© 2022 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2022 公益社団法人日本農芸化学会
今や国内外を問わず一般的な用語として用いられつつある“プロバイオティクス”であるが,共生を意味するプロバイオシス(probiosis)がその語源とされ,しばしば抗生物質(antibiotics)に対比される.学術的にはFullerによる1989年の定義「腸内細菌叢のバランスを改善することにより人に有益な作用をもたらす生きた微生物」が長年にわたり広く受け入れられている(1)1) C. Hill, F. Guarner, G. Reid, G. R. Gibson, D. J. Merenstein, B. Pot, L. Morelli, R. B. Canani, H. J. Flint, S. Salminen et al.: Nat. Rev. Gastroenterol. Hepatol., 11, 506 (2014)..これまでに,プロバイオティクスとして乳酸菌やビフィズス菌をはじめとする様々な微生物種の有益作用が数多く報告されており,それらの代表的な効果として,腸のはたらきを整える,腸内環境を改善する,免疫機能を回復させるといったものがよく知られている.一方で,腸と脳は自律神経系や液性因子(ホルモンやサイトカインなど)を介して双方向に情報を伝達しており,この関係は脳腸軸と呼ばれるが,近年の研究の進展により,腸内細菌叢に関わる情報が脳腸軸を介して中枢に伝達され脳機能に影響することが明らかとなってきた(2)2) J. F. Cryan & S. M. O’Mahony: Neurogastroenterol. Motil., 23, 187 (2011)..その例として,九州大学の須藤ら(3)3) N. Sudo, Y. Chida, Y. Aiba, J. Sonoda, N. Oyama, X.-N. Yu, C. Kubo & Y. Koga: J. Physiol., 558, 263 (2004).は,腸内細菌叢を消失させた動物ではストレスに対する反応性が亢進することを認め,常在細菌叢が視床下部-下垂体-副腎軸の発達や成熟に関与していることを明らかにした.これとは別に,抗菌剤の投与がその種類によって睡眠構造に変化を生むことを認めた研究(4)4) K. Nonaka, Y. Nakazawa & T. Kotorii: Brain Res., 288, 253 (1983).や,腸内細菌叢の多様性や代謝物がストレス応答や睡眠と関連するとの知見(5)5) R. S. Thompson, F. Vargas, P. C. Dorrestein, M. Chichlowski, B. M. Berg & M. Fleshner: Sci. Rep., 10, 3848 (2020).なども報告されている.このような背景から,腸内環境の改善に寄与するプロバイオティクスに対して,脳腸軸への作用を介した新たな機能性への期待が高まっている.
株式会社ヤクルト本社では,長年にわたりL.パラカゼイ・シロタ株[Lacticaseibacillus paracasei(旧名称はLactobacillus casei)strain Shirota,以下LcS]の研究に取り組んでおり,これまでに本プロバイオティクス株が腸内環境改善作用や免疫調節機能を有することを明らかにしてきた.腸内環境改善作用としては,LcS含有飲料の摂取に伴って腸内のビフィズス菌や乳酸菌が増加し,その結果として腸内細菌叢の乱れが是正されることが様々な集団において確認されている(6~8)6) K. Matsumoto, T. Takada, K. Shimizu, Y. Kado, K. Kawakami, I. Makino, Y. Yamaoka, K. Hirano, A. Nishimura, O. Kajimoto et al.: Biosci. Microflora, 25, 39 (2006).7) K. Matsumoto, T. Takada, K. Shimizu, K. Moriyama, K. Kawakami, K. Hirano, O. Kajimoto & K. Nomoto: J. Biosci. Bioeng., 10, 547 (2010).8) S. Nagata, T. Asahara, C. Wang, Y. Suyama, O. Chonan, K. Takano, M. Daibou, T. Takahashi, K. Nomoto & Y. Yamashiro: Ann. Nutr. Metab., 68, 51 (2016)..また免疫調節機能の研究では,LcSによる生体防御機能の活性化を介したがん予防効果(9~11)9) Y. Ohashi, S. Nakai, T. Tsukamoto, N. Masumori, H. Akaza, N. Miyanaga, T. Kitamura, K. Kawabe, T. Kotake, M. Kuroda et al.: Urol. Int., 68, 273 (2002).10) H. Ishikawa, I. Akedo, T. Otani, T. Suzuki, T. Nakamura, I. Takeyama, S. Ishiguro, E. Miyaoka, T. Sobue & T. Kakizoe: Int. J. Cancer, 116, 762 (2005).11) M. Toi, S. Hirota, A. Tomotaki, N. Sato, Y. Hozumi, K. Anan, T. Nagashima, Y. Tokuda, N. Masuda, S. Ohsumi et al.: Curr. Nutr. Food Sci., 9, 194 (2013).や感染防御効果(12)12) K. Shida, T. Sato, R. Iizuka, R. Hoshi, O. Watanabe, T. Igarashi, K. Miyazaki, M. Nanno & F. Ishikawa: Eur. J. Nutr., 56, 45 (2017).が実証されるとともに,近年では当菌株が宿主の過剰な免疫反応を抑制して炎症性腸疾患,アレルギー,自己免疫疾患に対しても有効である可能性が示されている(13)13) K. Shida, M. Nanno & S. Nagata: Gut Microbes, 2, 109 (2011)..このように種々の作用を発揮して宿主の生体恒常性に寄与するLcSであるが,そのような特性が脳腸軸を介して脳機能にも有益な作用を及ぼす可能性を期待して,我々は当プロバイオティクス株の新たな機能性の探索に着手した.
LcSの脳腸軸に対する作用を理解するために行った基礎研究を通じて,当菌株はストレス負荷に伴うストレスホルモンの過分泌を抑制するとともに,脳におけるストレス応答(視床下部室傍核に存在するコルチコトロピン放出因子含有細胞の興奮)を減弱することが確認された(14)14) M. Takada, K. Nishida, A. Kataoka-Kato, Y. Gondo, H. Ishikawa, K. Suda, M. Kawai, R. Hoshi, O. Watanabe, T. Igarashi et al.: Neurogastroenterol. Motil., 28, 1027 (2016)..また,自律神経活動に対する影響を調べたところ,当菌株の摂取によりストレス性の交感神経活動の亢進が抑制されることも認められた(15)15) M. Tanida, M. Takada, A. Kato-Kataoka, M. Kawai, K. Miyazaki & T. Shibamoto: Neurosci. Lett., 619, 114 (2016)..さらに,当菌株の摂取後にその刺激が迷走神経胃枝の求心路を介して脳に投射されることが認められ,これを起点としてストレス応答の緩和作用が発揮される可能性が示唆された(14)14) M. Takada, K. Nishida, A. Kataoka-Kato, Y. Gondo, H. Ishikawa, K. Suda, M. Kawai, R. Hoshi, O. Watanabe, T. Igarashi et al.: Neurogastroenterol. Motil., 28, 1027 (2016)..このLcSによる神経刺激作用は菌の密度依存的に高まる結果が認められたため,我々は,当菌株の脳腸軸を介する機能を最大限に引き出すためには高菌数かつ高密度化した製品の開発が必須であると考えた.使用原料や培養条件など多方面からLcSの培養技術の改良に取り組み,1本100 mLあたり当菌株を1000億個含む製品の完成に至った.
開発した製品の有効性を検証するために,進級のための全国共通学術試験(以下,学術試験)を受験する健康な医学部生を対象として,プラセボ対照二重盲検並行群間比較試験を実施した.被験飲料にはLcSを1000億個含む飲料(LcS飲料)を,対照飲料にはそれと風味および外観が同等なプラセボ飲料を用いた.それらのいずれかを学術試験の8週間前から1日1本(100 mL)ずつ被験者に飲用させ,視覚的アナログ尺度(VAS: Visual Analogue Scale)を用いた質問調査によるストレス体感の変化を調べた.その結果,被験者自身が主観的に評価したストレス体感の度合いは学術試験が近づくにつれて次第に増加したが,LcS飲料群ではプラセボ飲料群に比べて,その度合いが飲用期間を通じて有意に低く推移した(図1A図1■LcS摂取が学術試験ストレス下のストレス体感および唾液コルチゾールに与える影響)(16)16) A. Kato-Kataoka, K. Nishida, M. Takada, M. Kawai, H. Kikuchi-Hayakawa, K. Suda, H. Ishikawa, Y. Gondo, K. Shimizu, T. Matsuki et al.: Appl. Environ. Microbiol., 82, 3649 (2016)..同様の試験を入学年度の異なる学生を対象に繰り返し実施し,3年度分を合算した140名の被験者データに基づいて,生理的および身体的ストレス応答に対する当菌株の効果を検証した.生理的なストレス指標である唾液中コルチゾールは,学術試験に向けてプラセボ飲料群で増加したのに対して,LcS飲料群では学術試験直前の時点でその増加が有意に抑制された(図1B図1■LcS摂取が学術試験ストレス下のストレス体感および唾液コルチゾールに与える影響)(14)14) M. Takada, K. Nishida, A. Kataoka-Kato, Y. Gondo, H. Ishikawa, K. Suda, M. Kawai, R. Hoshi, O. Watanabe, T. Igarashi et al.: Neurogastroenterol. Motil., 28, 1027 (2016)..また,学術試験が近づくにつれて風邪様症状や腹部症状を訴える学生の割合が増加したが,LcS飲料群ではそれらの割合がプラセボ飲料群よりも有意に低かった(14)14) M. Takada, K. Nishida, A. Kataoka-Kato, Y. Gondo, H. Ishikawa, K. Suda, M. Kawai, R. Hoshi, O. Watanabe, T. Igarashi et al.: Neurogastroenterol. Motil., 28, 1027 (2016)..以上の結果から,LcSを高菌数・高密度に含む乳製品乳酸菌飲料の継続摂取は,ストレス状況下にある健常者において,心理的および生理的なストレス応答を軽減するとともに,ストレスの増大に伴う体調不良を予防する可能性が認められた.
過剰なストレスは睡眠の質の低下を引き起こすことが知られている.そこで,次に我々は,ストレス緩和作用を示すLcSの摂取が睡眠悪化の軽減に繋がる可能性を検証することにした.先の試験と同じく,学術試験を控えた健康な医学部生を対象にプラセボ対照二重盲検並行群間比較試験を実施し,今回は学術試験受験日の8週前からその3週後までを飲用期間に設定した.同様の試験を2か年にわたり繰り返し実施し,計94名の被験者に対して,OSA睡眠調査票(MA版)(17)17) 山本由華吏,田中秀樹,高瀬美紀,山崎勝男,阿住一雄,白川修一郎:脳と精神の医学,10, 401 (1999).を用いて主観的な睡眠感を調査するとともに,小型脳波計・スリープスコープ(スリープウェル株式会社製)を用いて睡眠時脳波の計測を行った.OSA睡眠調査票の5因子(起床時眠気,入眠と睡眠維持,夢み,疲労回復,睡眠時間)の合計スコアは,両群ともに学術試験前日に有意に低下し,同試験の終了後に回復する動きを示したが,これらの動きはストレスに起因する睡眠の質の変化を反映したものであると考えられた.同調査票の各因子のスコアを解析した結果,LcS飲料群では学術試験終了後の起床時眠気(第1因子)の回復がより顕著であった(図2A図2■LcS摂取が学術試験ストレス下の主観的睡眠感および睡眠時脳波に与える影響)(18)18) M. Takada, K. Nishida, Y. Gondo, H. Kikuchi-Hayakawa, H. Ishikawa, K. Suda, M. Kawai, R. Hoshi, Y. Kuwano, K. Miyazaki et al.: Benef. Microbes, 8, 153 (2017)..また,睡眠時脳波の解析の結果,深い眠りの時間(熟眠時間)として算出したノンレム睡眠ステージ3が睡眠時間に占める割合は,学術試験が近づくにつれてプラセボ飲料群では減少したが,LcS飲料群では飲用期間を通して維持された(図2B図2■LcS摂取が学術試験ストレス下の主観的睡眠感および睡眠時脳波に与える影響)(18)18) M. Takada, K. Nishida, Y. Gondo, H. Kikuchi-Hayakawa, H. Ishikawa, K. Suda, M. Kawai, R. Hoshi, Y. Kuwano, K. Miyazaki et al.: Benef. Microbes, 8, 153 (2017)..さらに,入眠後最初に見られる深い眠りの質(熟眠度)として算出した第一睡眠周期のデルタパワー値に関しては,飲用期間を通じてLcS飲料群の方がプラセボ飲料群よりも有意に高い値を示した(図2C図2■LcS摂取が学術試験ストレス下の主観的睡眠感および睡眠時脳波に与える影響図2■LcS摂取が学術試験ストレス下の主観的睡眠感および睡眠時脳波に与える影響)(18)18) M. Takada, K. Nishida, Y. Gondo, H. Kikuchi-Hayakawa, H. Ishikawa, K. Suda, M. Kawai, R. Hoshi, Y. Kuwano, K. Miyazaki et al.: Benef. Microbes, 8, 153 (2017)..LcSの摂取により被験者が体感した睡眠改善(起床時眠気の減少)には,睡眠時脳波の解析で見られたこれらの変化,すなわち熟眠時間の維持と熟眠度の向上が関与していると考えられた.以上の結果から,LcSを高菌数・高密度に含む乳製品乳酸菌飲料の継続摂取は,ストレス状況下にある健常者において,睡眠の質を向上させることで起床時の目覚めを良好に保つことが示された.
以上のように,プロバイオティクスの脳腸軸を介した脳機能への作用を調べた基礎的知見に着想を得て,LcSを高菌数・高密度に含む乳製品乳酸菌飲料の開発に取り組んだ.学術試験ストレス下にある医学部生を対象に繰り返し行った臨床試験を通じて,当製品の継続飲用がストレス応答を緩和するとともに,ストレスにより低下する睡眠の質を維持または向上することを見出した.それらエビデンスをもとに本製品を機能性表示食品として消費者庁に届出を行い,一時的な精神的ストレスがかかる状況での「ストレス緩和」および「睡眠の質向上」に関する表示が受理された.現代はストレス社会と呼ばれるが,過度なストレスに慢性的に晒されるとメンタルヘルスに不調を来たすのみならず,身体面での様々な疾患にまで至ることも報告されている.また,昨今の研究により,腸内細菌叢の異常(ディスバイオーシス)がうつ病に代表される精神疾患やアルツハイマー病やパーキンソン病に代表される神経疾患の発症に関与していることが明らかにされつつある.今後の脳腸相関研究の進展により,心身の健康を維持する観点から,プロバイオティクスの新たな機能性や活用法が開拓されることが期待される.
Reference
2) J. F. Cryan & S. M. O’Mahony: Neurogastroenterol. Motil., 23, 187 (2011).
4) K. Nonaka, Y. Nakazawa & T. Kotorii: Brain Res., 288, 253 (1983).
13) K. Shida, M. Nanno & S. Nagata: Gut Microbes, 2, 109 (2011).
17) 山本由華吏,田中秀樹,高瀬美紀,山崎勝男,阿住一雄,白川修一郎:脳と精神の医学,10, 401 (1999).