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植物二次代謝産物のリサイクル経路を発見防御物質グルコシノレートは硫黄の栄養源として再利用される

Ryosuke Sugiyama

杉山 龍介

シンガポール国立大学理学部薬学科

Masami Y. Hirai

平井 優美

理化学研究所環境資源科学研究センター代謝システム研究チーム

Published: 2022-06-01

自ら動くことのできない植物は,二次(特化)代謝産物と呼ばれるさまざまな化合物を合成し,植食昆虫や病原菌から身を守っている.これらは人間に対しても有益な効果を示すことがあり,疾病治療や健康増進などへの利用法が幅広く研究されてきた.二次代謝産物は植物の生存率を向上させる一方で,その合成には多くのエネルギーと材料を投入する必要がある.そのため,例えば栄養源が限られた状況では,成長や生殖に直接関わる成分の供給,すなわち一次代謝とのバランス調節が不可欠である.このような観点から,「植物は二次代謝産物を栄養源として分解・再利用できるのではないか」という疑問が長年議論されてきたが(1)1) M. Erb & D. J. Kliebenstein: Plant Physiol., 184, 39 (2020).,二次代謝産物のリサイクルが実際に植物の生存に役立つことを明確に示した例はこれまで報告がなかった.

リサイクル反応の存在が予想されている二次代謝産物として,主にアブラナ科植物に含まれるグルコシノレートが知られる.グルコシノレートはからし油配糖体とも呼ばれ,糖加水分解酵素によって破壊されると,防虫効果や発がん抑制作用を持つイソチオシアネート(からし油)などの揮発性物質に変換される.そのため,グルコシノレートの主な役割は外敵に対する化学的防御であると考えられている.一方で,アブラナ科植物は多量のグルコシノレートを体内に蓄積する.分子中に複数の硫黄原子(S)を含むことから,グルコシノレートは硫黄貯蔵物質としての働きもあるのではないかという仮説が生まれ,15年以上に渡り議論されてきた(2, 3)2) M. Y. Hirai & K. Saito: J. Exp. Bot., 55, 1871 (2004).3) A. Maruyama-Nakashita: Curr. Opin. Plant Biol., 39, 144 (2017)..最新の研究により,グルコシノレートから硫黄が回収される分子メカニズムとその生理学的意義がついに明らかとなった(4~6)4) R. Sugiyama, R. Li, A. Kuwahara, R. Nakabayashi, N. Sotta, T. Mori, T. Ito, N. Ohkama-Ohtsu, T. Fujiwara, K. Saito et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 118, e20178901182021 (2021).5) 理化学研究所プレスリリース:植物が硫黄栄養をリサイクルする経路を解明—防御物質グルコシノレートは栄養の予備タンクにもなる—,https://www.riken.jp/press/2021/20210525_2/index.html, 2021.6) L. Zhang, R. Kawaguchi, T. Morikawa-Ichinose, A. Allahham, S.-J. Kim & A. Maruyama-Nakashita: Plant Cell Physiol., 61, 803 (2020)..以下,主要な発見を3点紹介する.

・グルコシノレートは硫黄源として植物の成長を助ける

硫黄は植物にとって必須多量元素の1つであり,主に硫酸イオン(SO42−)として土壌から吸収される.アブラナ科植物は特に硫黄の要求量が多く,例えばシロイヌナズナは,硫酸イオンを除いた栄養条件で栽培すると顕著な生育不良を示す.ここにグルコシノレートを一定量加えて栽培すると,シロイヌナズナは通常の栄養条件と同様に成長した.この結果は,グルコシノレートの添加により硫黄が補われたことを示す.

続いて,分子中の硫黄原子の1つを安定同位体34Sで置き換えた合成グルコシノレートをシロイヌナズナに与え,植物中の成分を質量分析装置を用いて解析した.その結果,植物体を構成するアミノ酸であるシステイン,メチオニン中の硫黄原子のうち,30–40%がグルコシノレート由来の34Sに置換されていた.以上より,シロイヌナズナはグルコシノレートを硫黄源として活用できることが証明された.

・グルコシノレートは植物体内で分解されて分子中の硫黄を放出する

グルコシノレートは分子中に少なくとも2個の硫黄原子を含む(図1図1■グルコシノレートの硫黄原子がシステインに取り込まれる経路).そこで次に,これらの硫黄原子がどのような経路を辿ってシステインなどに取り込まれたのか,その行方を追った.ここでは一部の水素を重水素(2H)で置き換えたグルコシノレートをシロイヌナズナに与え,その成分の総体(メタボローム)を経時的に解析することで,グルコシノレートが変換されていく過程を追跡した.その結果,グルコシノレートの加水分解によって生じたイソチオシアネートが,植物体内に豊富に存在するグルタチオンと結合し,数段階の反応を経てラファヌサム酸に変換されることが分かった(図1図1■グルコシノレートの硫黄原子がシステインに取り込まれる経路).ラファヌサム酸は硫黄原子を1つ放出してシステインへと再生され,グルタチオン生合成に再利用されていた.つまり,シロイヌナズナはグルタチオンの分解と再構築を繰り返すことで,グルコシノレート1分子からシステインを少なくとも2分子獲得できることが示された.

図1■グルコシノレートの硫黄原子がシステインに取り込まれる経路

・特定の糖加水分解酵素によってグルコシノレートから硫黄が放出される

シロイヌナズナが貯蔵している内在グルコシノレートの分解に必要な遺伝子についても新たな知見が得られた.硫黄欠乏条件で発現量が上昇するβ-グルコシダーゼであるBGLU28とBGLU30は以前より注目されていたが(2)2) M. Y. Hirai & K. Saito: J. Exp. Bot., 55, 1871 (2004).,最近,BGLU28が確かにグルコシノレートを分解する酵素活性を持つことが確認された(4)4) R. Sugiyama, R. Li, A. Kuwahara, R. Nakabayashi, N. Sotta, T. Mori, T. Ito, N. Ohkama-Ohtsu, T. Fujiwara, K. Saito et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 118, e20178901182021 (2021)..これらのBGLU遺伝子が機能しない変異体は,硫黄欠乏条件での生育がさらに低下した.硫黄欠乏条件で栽培したBGLU変異体中の成分を分析したところ,体内に貯蔵されたグルコシノレートの多くが分解されずに残っていた.つまり,これらの糖加水分解酵素が働かないと,植物体中に貯蔵されたグルコシノレートから硫黄を十分に回収できなくなり,硫黄欠乏への適応力が下がったと考えられる.これらの結果はZhangらの最近の報告(6)6) L. Zhang, R. Kawaguchi, T. Morikawa-Ichinose, A. Allahham, S.-J. Kim & A. Maruyama-Nakashita: Plant Cell Physiol., 61, 803 (2020).ともよく一致しており,これらBGLU遺伝子の硫黄欠乏条件における発現誘導がシロイヌナズナの生存戦略として重要であることが示された.

今回明らかになったグルコシノレートの分解経路は,ブロッコリーなどのアブラナ科野菜にも共通と考えられる.グルコシノレートは発がん抑制活性などの健康増進機能が知られるため,分解経路の抑制はグルコシノレートを多く含む野菜の開発技術などへと応用が期待できる.

植物は,さまざまな化学構造の二次代謝産物を自ら分解することができるかもしれない(1)1) M. Erb & D. J. Kliebenstein: Plant Physiol., 184, 39 (2020)..植物中の有効成分の生産量を調節する試みに対し,これまでは生合成という「作る経路」に多くの目が向けられてきた.本研究により「壊す経路」の存在が証明されたことで,物質生産制御に向けた多面的なアプローチの発展が期待される.

Reference

1) M. Erb & D. J. Kliebenstein: Plant Physiol., 184, 39 (2020).

2) M. Y. Hirai & K. Saito: J. Exp. Bot., 55, 1871 (2004).

3) A. Maruyama-Nakashita: Curr. Opin. Plant Biol., 39, 144 (2017).

4) R. Sugiyama, R. Li, A. Kuwahara, R. Nakabayashi, N. Sotta, T. Mori, T. Ito, N. Ohkama-Ohtsu, T. Fujiwara, K. Saito et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 118, e20178901182021 (2021).

5) 理化学研究所プレスリリース:植物が硫黄栄養をリサイクルする経路を解明—防御物質グルコシノレートは栄養の予備タンクにもなる—,https://www.riken.jp/press/2021/20210525_2/index.html, 2021.

6) L. Zhang, R. Kawaguchi, T. Morikawa-Ichinose, A. Allahham, S.-J. Kim & A. Maruyama-Nakashita: Plant Cell Physiol., 61, 803 (2020).