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植物の乳液成分を手掛かりに新規な抗昆虫タンパク質を探す抗昆虫タンパク質ATS3およびPLATとカイワレ大根スプラウトの一過的発現系

Sakihito Kitajima

北島 佐紀人

京都工芸繊維大学応用生物学系

Published: 2022-06-01

植物の乳液は,乳管細胞と呼ばれる特殊な細胞の内容物で,植物を傷つけると乳管細胞が損傷して体外に漏出してくる(図1図1■イチジクの幹を傷つけると乳液が漏出する).パラゴムノキ(トウダイグサ科)の乳液は天然ゴムの,ケシ(ケシ科)の乳液はモルヒネの原料としてよく知られている.植物自身にとって乳液の主たる役割は,微生物や昆虫あるいは動物に対する生体防御である.例えば,イチジク(クワ科)の乳液に最も多く含まれるタンパク質は,抗昆虫タンパク質として知られるシステインプロテアーゼとトリプシンインヒビターで,同じくクワ科のクワの乳液においては抗菌性キチナーゼあるいは抗昆虫性のキチナーゼ様タンパク質が最も多く含まれる.抗菌性のPathogenesis-related(PR)タンパク質と呼ばれるタンパク質グループやレクチン,また,毒性の代謝物も乳液には大量に含まれる.詳細に調べると,植物の種間,さらには同一種の器官間においても乳液のプロテオームとトランスクリプトームは極めて多様性に富み,既知の毒性タンパク質だけでなく機能未知のタンパク質あるいは転写物が多く含まれることに気づく.それらもまた,防御に関与するのかもしれない.多様な植物種と器官の乳液を調べることにより,多くの新規な防御タンパク質の発見が期待できる.

図1■イチジクの幹を傷つけると乳液が漏出する

ミドリサンゴ(トウダイグサ科)の乳液のATS3タンパク質とイチジク乳液のPLATは,そのような発想に基づいて筆者らが発見した抗昆虫タンパク質である.アグロインフィルトレーション法によりそれらを一過的に植物で生産させてハスモンヨトウ(鱗翅目ヤガ科)の幼虫に給餌すると,幼虫の成育が抑制された.両タンパク質はともに約20 kDaの比較的小型のタンパク質である.主要部分はともにβシートより構成されるPLATドメイン(ATS3タンパク質の場合にはATS3ドメインとも)と呼ばれるドメインで,それ以外に知られたドメインを有さない(AlfaFoldプログラムによるアラビドプシスホモログの推定構造をGraphical abstractに示した).このPLAT遺伝子ファミリーは植物界に広く存在する.他の植物のPLATおよびATS3タンパク質ホモログもまた同様の活性を有し,特にアラビドプシスの2つのATS3ホモログは幼虫の成育抑制だけでなく殺虫活性も示した(1)1) E. H. Savadogo, Y. Shiomi, J. Yasuda, T. Akino, M. Yamaguchi, H. Yoshida, T. Umegawachi, R. Tanaka, D. N. A. Suong, K. Miura et al.: Planta, 253, 1 (2021). https://doi.org/10.1007/s00425-020-03530-y.PLATあるいはATS3タンパク質がなぜそのような抗昆虫活性を示すのかは不明である.昆虫に直接的に作用する可能性だけでなく,植物の防御系を誘導するという間接的作用の可能性も示唆されている.PLATドメインは他のタンパク質にもしばしば見られるドメインで,動物のポリシスチンに存在するPLATドメインはCa2+イオンを介して細胞膜のリン脂質に結合する(2)2) Y. Xu, A. J. Streets, A. M. Hounslow, U. Tran, F. Jean-Alphonse, A. J. Needham, J. P. Vilardaga, O. Wessely, M. P. Williamson & A. C. Ong: J. Am. Soc. Nephrol., 27, 1159 (2016). https://doi.org/10.1681/ASN.2014111074.しかし,Ca2+イオンの結合に必要とされるアミノ酸残基は,植物のPLATあるいはATS3タンパク質には保存されていないようである.アラビドプシスのリポキシナーゼLOX4はα-リノレン酸を基質とする酸化酵素で,触媒ドメインのN末端側にPLATドメインが連結している.この酵素のPLATドメインの表面に露出している,Cys203は,α-リノレン酸代謝系の中間物質(15Z)-12-Oxophyto-10,15-dienoic acid(12-OPDA)と結合するとLOX4の触媒ドメインの活性を抑制する可能性が提案されている(3)3) D. Maynard, K. Chibani, S. Schmidtpott, T. Seidel, J. Spross, A. Viehhauser & K. J. Dietz: Int. J. Mol. Sci., 22, 10237 (2021). https://doi.org/10.3390/ijms221910237.このCys残基はATS3タンパク質には保存されていないが,代わりに他の複数のCys残基がPLATおよびATS3タンパク質でよく保存されていて,AlphaFoldによる予測構造を見ると,それらの残基はPLATドメイン表面に露出している.これらのCys残基の機能解析がPLATおよびATS3タンパク質の抗昆虫作用を理解する手掛かりになるかもしれない.乳液研究を足掛かりにして,今後も新規な抗微生物・抗昆虫タンパク質を発見できるであろう.

ところで,筆者らがPLATおよびATS3タンパク質の抗昆虫活性の検証に使用した一過的発現技術は,本学会会員にも有用な情報だと思うので,ついでに本稿で紹介したい.アグロインフィルトレーション法はよく知られた,植物の一過的発現技術で,発現プラスミドを保有するアグロバクテリウムを植物に感染させてタンパク質を生産する.感染効率が良いことから,ベンサミアナタバコ(ナス科)が宿主として広く用いられる.しかしベンサミアナタバコにおいては,種子を播いてから十分なサイズに育つまでに約一か月もかかる上に,葉が水平方向に展開するために,広い栽培スペースが必要である.筆者らは,いくつかの植物種と栽培条件を検討した結果,食材としてお馴染みのカイワレ大根スプラウトが多数の遺伝子の同時解析に適した,極めて効率性と経済性に優れた宿主であることを見出した(4)4) S. Kitajima, K. Miura & J. Yasuda: Plant Biotechnol., 19, 1216 (2020). https://doi.org/10.5511/plantbiotechnology.19.1216a図2図2■カイワレ大根のスプラウトをアグロバクテリウム懸濁液に浸して真空浸潤すると異種タンパク質を子葉で生産できるの栽培スケジュールに示すように,種子を吸水させた日から数えて僅か5日後にアグロバクテリウムを感染させ,その3日後には十分なタンパク質が子葉に蓄積している.このスプラウトは,密集栽培が可能で,植物栽培用の特殊な装置を必要としない.筑波大学の三浦謙治らが開発した高発現ベクター(つくばシステム(5)5) T. Yamamoto, K. Hoshikawa, K. Ezura, R. Okazawa, S. Fujita, M. Takaoka et al.: Sci. Rep., 8, 1 (2018). https://doi.org/10.1038/s41598-018-23024-y)を併用すれば,EGFPを生産させた場合には,その生産量は内在タンパク質のRubisCOに匹敵する(図2図2■カイワレ大根のスプラウトをアグロバクテリウム懸濁液に浸して真空浸潤すると異種タンパク質を子葉で生産できる).植物工場のような施設でタンパク質性医薬品の生産にこの技術を使えば,1パック50円にも満たない栽培コストのカイワレ大根スプラウトが大きな商業的価値を生み出すはずである.

図2■カイワレ大根のスプラウトをアグロバクテリウム懸濁液に浸して真空浸潤すると異種タンパク質を子葉で生産できる

右はEGFPを発現させた子葉のSDS-PAGE. LSUとSSUはそれぞれRubisco大および小サブユニット.

Reference

1) E. H. Savadogo, Y. Shiomi, J. Yasuda, T. Akino, M. Yamaguchi, H. Yoshida, T. Umegawachi, R. Tanaka, D. N. A. Suong, K. Miura et al.: Planta, 253, 1 (2021). https://doi.org/10.1007/s00425-020-03530-y

2) Y. Xu, A. J. Streets, A. M. Hounslow, U. Tran, F. Jean-Alphonse, A. J. Needham, J. P. Vilardaga, O. Wessely, M. P. Williamson & A. C. Ong: J. Am. Soc. Nephrol., 27, 1159 (2016). https://doi.org/10.1681/ASN.2014111074

3) D. Maynard, K. Chibani, S. Schmidtpott, T. Seidel, J. Spross, A. Viehhauser & K. J. Dietz: Int. J. Mol. Sci., 22, 10237 (2021). https://doi.org/10.3390/ijms221910237

4) S. Kitajima, K. Miura & J. Yasuda: Plant Biotechnol., 19, 1216 (2020). https://doi.org/10.5511/plantbiotechnology.19.1216a

5) T. Yamamoto, K. Hoshikawa, K. Ezura, R. Okazawa, S. Fujita, M. Takaoka et al.: Sci. Rep., 8, 1 (2018). https://doi.org/10.1038/s41598-018-23024-y