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胎盤とウイルス胎盤とウイルスの意外な関係

Hanako Bai

花子

北海道大学大学院農学研究院

Manabu Kawahara

川原

北海道大学大学院農学研究院

Masashi Takahashi

高橋 昌志

北海道大学大学院農学研究院

Published: 2022-06-01

胎盤は胎子を育むためにつくられる器官で,胎子のための物質(栄養,ガス)交換機能,妊娠を維持するための内分泌機能,母体と胎子の代謝調節機能などの役割を担う.どの動物の胎盤も「子を育む」という共通の機能を持つが,動物によりその由来や形態,構成細胞は様々である.哺乳類は大きく3つのグループからなり,単孔類,有袋類,真獣類である.最も原始的な哺乳類である単孔類(カモノハシやハリモグラ)は母乳で子を育てるため哺乳類に分類されるが,卵生である.ほとんどの有袋類は,卵黄嚢から発達した卵黄嚢胎盤を持つ.ただしこの胎盤は低機能で,子宮内で胎子を大きく育てることができないため,未熟に生まれた子を育児嚢(袋)で育てる.カンガルーがおなかの袋に子を入れているのは有名だろう.哺乳類ではないが,サメなどの軟骨魚類の一部は卵黄嚢胎盤を持つ.特にサメの繁殖様式は面白く,卵生と胎生が存在するが,胎生のうち胎盤を持つものでは,1年程度とヒトと同等の妊娠期間を持つものもいる.ヒトやマウスなど,その他の哺乳類(真獣類)が持つ胎盤は漿尿膜胎盤であり,これに属する動物が「有胎盤類」とよばれる.ここでは漿尿膜胎盤について述べる.

漿尿膜胎盤は,その形態により大きく4つに分類される(図1図1■形態による胎盤の分類).胎盤は母体の子宮の細胞と胎子の栄養膜細胞(胚の最外層の細胞)の両方からつくられる.栄養膜細胞は絨毛を構成し,その分布の違いにより,絨毛が膜のほぼ全面に散在する散在性胎盤,絨毛が宮阜とよばれる多数の小葉を形成する宮阜(きゅうふ)性胎盤(多胎盤,子葉状胎盤ともよばれる),絨毛が帯状に発達する帯状胎盤,絨毛が円盤状につくられる盤状胎盤がある.この分類は大まかなもので,詳細はさらに複雑である.ブタとウマは同じ散在性胎盤を持つが,ウマでは膜の全てに絨毛が散在する完全散在性胎盤,ブタでは両端の絨毛を欠く不完全散在性胎盤となる.反芻動物は宮阜性胎盤を持つが,宮阜の数は動物により異なる.ウシやヒツジは80~120個ほどの宮阜を持つが,シカは4~6個ほどと少なくキリンでは150個にも及ぶ.

図1■形態による胎盤の分類

胎子側の栄養膜細胞が母体の子宮内膜にどのくらい深く入り込むか,解剖学的な構造により胎盤を分類することもできる.ヒトの胎盤では栄養膜細胞の浸潤度が最も高く,子宮内膜の深くまで入り込み,直接母体血液と接する血絨毛性胎盤をつくる.物質交換の効率が良く,胎子は母体からの免疫(IgG抗体)を受け取ることができる.一方で,分娩時の母体のダメージは大きい.ブタやウマは最も栄養膜細胞の浸潤度が低い上皮絨毛性胎盤を持つ.胎子側の細胞は子宮内膜上皮細胞と接するのみであり,物質交換の効率は良くないとされるが,分娩時のダメージは少ない.イヌやネコのような食肉類の多くは中程度の浸潤度の内皮絨毛性胎盤を持つ.これらは一概にどの胎盤が優れているといえるものではなく,なぜこのように多様な形態を持つのかは明らかではない.私たちヒトでは栄養膜細胞の浸潤度が高い胎盤を持つことから,胎盤は浸潤度の低いものから高いものへと進化したという考え方をされたこともある.しかし,これらの分類は進化系統樹とは必ずしも一致しない.げっ歯類の多くはヒトと同様に血絨毛性胎盤を持つ.イヌやネコと同じ食肉類であるハイエナも形態はイヌやネコと同様に帯状を示すが,血絨毛性胎盤を持つ.すなわち形態や組織学的な分類は便利ではあるが,完全には胎盤を分類できない.なぜこのような多様性が生じたのだろう.その答えの一部は,以降で述べる内在性レトロウイルスにあるかもしれない.

胎盤の発達には内在性レトロウイルスとよばれるウイルス由来の配列が重要な役割を果たしたと考えられている(1)1) T. Kaneko-Ishino & F. Ishino: Proc. Jpn. Acad., Ser. B, Phys. Biol. Sci., 91, 511 (2015)..内在性レトロウイルスは進化の過程で感染したレトロウイルス由来の配列が宿主のゲノム内に入り内在化したものであり,哺乳類のゲノムにはこうした配列が8~10%も含まれる.ウイルス由来の配列で胎盤の発達や機能獲得に寄与したとされているのが,Peg10およびPeg11/Rtl1とよばれる遺伝子である.哺乳類のうち有袋類と真獣類のグループのみがPeg10遺伝子を持つ.さらにPeg11/Rtl1は真獣類のみが持つ.つまりPeg10の獲得が哺乳類の胎盤の獲得に,Peg11/Rtl1の獲得が胎生の発達に寄与したことが示唆される.Peg10遺伝子を欠損させたマウスは正常に胎盤を形成できずに致死となる.Peg11/Rtl1の遺伝子を欠損させたマウスは半数が胎生致死,残り半数も出生1日で致死となる.

胎盤形成の過程で多様性を生む要因のひとつが栄養膜細胞の融合である.栄養膜細胞どうしは融合して,合胞体性栄養膜細胞(多核の細胞層)をつくる.この細胞層は母体と胎子との物質交換,ホルモン産生,免疫寛容など妊娠に必要な過程で重要となる.この細胞融合に役割を担うのが内在性レトロウイルス由来のシンシチンというタンパク質である(2)2) A. Dupressoir, C. Lavialle & T. Heidmann: Placenta, 33, 663 (2012)..ヒト胎盤を構成する栄養膜細胞で発現していること,細胞融合能を持つことが示されている.シンシチンにはシンシチン1およびシンシチン2があり,ともにウイルスのエンベロープタンパク質に由来する.エンベロープタンパク質は,ウイルスが宿主の細胞に侵入するとき,ウイルスの膜と宿主の細胞膜を融合させる働きを持つ.マウスでも細胞融合能を持つタンパク質が見つかり,シンシチンA,シンシチンBとされた.シンシチンAを欠損させたマウスは栄養膜合胞体層を形成できずに胎子は致死となる.シンシチンBを欠損させたマウスは栄養膜細胞や血管に異常がみられ,産子数の減少や成長の遅れがみられる.また,ウサギ,イヌおよびネコ,テンレックやオポッサム,ジリスなど様々な動物でシンシチン様の配列が見つかっている(3)3) K. Imakawa, S. Nakagawa & T. Miyazawa: Genes Cells, 20, 771 (2015).

反芻動物の胎盤形成時の細胞融合は特に興味深い.胎子の栄養膜細胞は子宮上皮細胞とも融合して胎子と母体のハイブリッド細胞となる.ウシでは栄養膜細胞が融合して2核細胞をつくり,その後子宮上皮細胞と融合して3核細胞となる.同じ反芻動物でも,ヒツジやヤギでは複数の2核細胞が子宮上皮細胞と細胞融合を繰り返して多核細胞をつくる.反芻動物でも多くの内在性レトロウイルス由来の配列が見つかっている.ヒツジのゲノムには内在性ヤーグジークテヒツジレトロウイルス(endogenous Jaagsiekte sheep retrovirus, enJSRV)エンベロープ遺伝子が存在する(4)4) T. E. Spencer & M. Palmarini: J. Reprod. Dev., 58, 33 (2012)..その発現は子宮上皮細胞や栄養膜細胞で確認されており,特に2核細胞で顕著である.ヒツジで子宮内enJSRV発現を抑制すると,胚では栄養膜細胞の成長や,2核細胞への分化も阻害される.これはヒツジの妊娠においても内在性レトロウイルスの働きが重要であることを示している.ウシでも複数の内在性レトロウイルス由来の配列が見つかっている(5, 6)5) S. Nakagawa, H. Bai, T. Sakurai, Y. Nakaya, T. Konno, T. Miyazawa, T. Gojobori & K. Imakawa: Genome Biol. Evol., 5, 296 (2013).6) Y. Nakaya & T. Miyazawa: Viruses, 7, 2928 (2015)..特にBERV-K1とシンシチン-Rum1で細胞融合能が確認されている.BERV-K1は胎子と母体の細胞融合による3核細胞形成を担うことからFematrin-1(Fetomaternal trinucleate cell inducer 1)と名付けられた.興味深いことに,これは反芻動物の中でもウシ亜科にのみ存在し,ヤギ亜科には存在しないことも報告されている.この遺伝子の獲得の有無により胎盤の形態,進化の違いを説明できる可能性もあり,今後の展開に期待が持たれる.

このように動物は固有の内在性レトロウイルス由来配列を持ち,この違いが胎盤の形態の多様性や機能の進化に関わってきたことが示唆される.こうしたウイルスに感染した当時,宿主にどのような影響があったのかは明らかではないが,私たちは長い歴史の中で多くのウイルスと対面し,克服や共存あるいは活用して現在に至る.現在のパンデミックも乗り越えていけることと信じたい.

Reference

1) T. Kaneko-Ishino & F. Ishino: Proc. Jpn. Acad., Ser. B, Phys. Biol. Sci., 91, 511 (2015).

2) A. Dupressoir, C. Lavialle & T. Heidmann: Placenta, 33, 663 (2012).

3) K. Imakawa, S. Nakagawa & T. Miyazawa: Genes Cells, 20, 771 (2015).

4) T. E. Spencer & M. Palmarini: J. Reprod. Dev., 58, 33 (2012).

5) S. Nakagawa, H. Bai, T. Sakurai, Y. Nakaya, T. Konno, T. Miyazawa, T. Gojobori & K. Imakawa: Genome Biol. Evol., 5, 296 (2013).

6) Y. Nakaya & T. Miyazawa: Viruses, 7, 2928 (2015).