今日の話題

塩味受容に関わるクロライドチャネルの同定TMC4を介した塩味の受容

Masataka Narukawa

成川 真隆

京都女子大学家政学部食物栄養学科

Yoichi Kasahara

笠原 洋一

東京大学大学院農学生命科学研究科

Tomiko Asakura

朝倉 富子

東京大学大学院農学生命科学研究科

Published: 2022-07-01

日本人の食事摂取基準は,五年に一度改定され,現状における日本人の健康と栄養を考える上で最も重要な事項に力点が置かれる.2020年の改訂では,健康長寿社会の実現に向けての提言が行われ,中でも食塩の摂取量を減じることの必要性が論じられている.日本人の食塩摂取量は世界的にみても高い.世界保健機関(WHO)は1日の摂取量を5 g未満にすることを推奨しているが,我が国の食塩摂取量はこの目標値のおよそ2倍である.食塩の過剰摂取は高血圧や循環器疾患など様々な疾病との関わりがあることから,如何に減塩を促進させるかが我が国の喫緊の課題といえる.

広く利用されている減塩法として,少しずつ食塩量を減らし,薄味に慣れさせる,あるいは他の味(うま味,辛味)を加えることで食品全体の呈味性を維持させるといった方法が知られている.しかし,これらの方法の効果は限界に近づいており,さらに減塩すると“美味しくない”食品となり,食事の摂取量までが減少してしまう.そのため,塩味増強物質のような呈味性を維持したまま減塩を促進するための画期的な解決策が切望されている.このような現状を踏まえ,筆者らは「塩味を感じるメカニズム」からこの問題に取り組もうと考えた.

口腔内に入った味物質は味蕾によって受容される.味蕾は数十個の味細胞から構成され,その先端部に味を感じるセンサーである味覚受容体が存在する.食べ物の味は5つの基本味(甘味,うま味,苦味,酸味,塩味)に分類されるが,各基本味を受容する味覚受容体が同定されている(1)1) 成川真隆,三坂 巧:日老医誌,57, 1 (2020)..甘味,うま味,苦味受容体として,それぞれT1R2+T1R3, T1R1+T1R3とT2Rsが,酸味受容体としてOTOP1が機能する.一方,塩味受容体については議論が続いている.

塩味の受容は,利尿剤アミロライドに対する感受性の違いから,アミロライド感受性(Amiloride Sensitive: AS)と,アミロライド非感受性(Amiloride Insensitive: AI)経路に分けられる.塩味に対する嗜好性は濃度により分かれ,低濃度の食塩溶液は嗜好される一方で,高濃度の食塩溶液は忌避される.このうち,ASが低濃度,AIが高濃度の塩応答に関与すると考えられる.アミロライドは上皮性ナトリウムチャネルENaCの阻害剤であることから,AS経路はENaCによって媒介されると考えられている.実際,ENaC欠損マウスではAS塩応答が消失する(2)2) J. Chandrashekar, C. Kuhn, Y. Oka, D. A. Yarmolinsky, E. Hummler, N. J. Ryba & C. S. Zuker: Nature, 464, 297 (2010)..しかし一方で,AI経路に関わる分子は不明である.興味深いことに,ヒトの塩味感覚ではASよりもAIの占める割合が高い.つまり,AIを媒介する分子の同定は塩味受容メカニズムを解明する上で鍵になると考えられる.そこで,筆者らはAI受容に関わる分子の同定を進め,最近膜タンパク質Transmembrane channel-like 4(TMC4)がAI受容に関わる電位依存性クロライドチャネルであることを見いだした(3)3) Y. Kasahara, M. Narukawa, Y. Ishimaru, S. Kanda, C. Umatani, Y. Takayama, M. Tominaga, Y. Oka, K. Kondo, T. Kondo et al.: J. Physiol. Sci., 71, 23 (2021).

まず,新規な塩味受容分子を同定するため,味蕾に発現する遺伝子の網羅的な解析を実施した.得られた結果を発現量と推定される機能の点からスクリーニングし,TMC familyを抽出した.哺乳類でTMC familyはTMC1~8の8種が知られている.これら分子の味蕾における発現解析を行ったところ,Tmc4 mRNAの味蕾特異的な発現を観察した.味蕾は舌上で茸状乳頭と葉状,有郭乳頭に局在し,それぞれ鼓索神経と舌咽神経という異なる味覚神経によって支配されている.AS受容には茸状乳頭-鼓索神経が関与する一方,AI受容には葉状・有郭乳頭-舌咽神経が関与することが知られている.Tmc4 mRNAの発現はこのうち葉状,有郭乳頭味蕾で強く観察された(図1A図1■Transmembrane channel like 4 (TMC4)は塩味受容に関与する).

図1■Transmembrane channel like 4 (TMC4)は塩味受容に関与する

(A)各味覚乳頭におけるTmc4 mRNAの発現.(B)TMC4のチャネル特性.(C)Tmc4欠損マウスの舌咽神経におけるNaCl応答.

同時に培養細胞を用いてTMC4の電気生理学的特性を調べた(図1B図1■Transmembrane channel like 4 (TMC4)は塩味受容に関与する).TMC4が媒介する電流は電位依存的に変化し,クロライドチャネル阻害剤NPPBによりその応答が顕著に抑制された.一方,細胞内外液に含まれる陽イオン,正電荷を有する高分子NMDGやENaC阻害剤アミロライドによる影響は受けなかった.これらのことからTMC4が電位依存性クロライドチャネルであることがわかった.

次いで,味受容におけるTMC4の役割について検討をするために,Tmc4欠損マウスにおける味覚神経応答を記録した.AS受容に関与する鼓索神経では塩味溶液に対する応答で野生型と欠損マウス間に有意な差は認められなかった.しかし一方で,AI受容に関与する舌咽神経では高濃度の塩味溶液に対する応答がTmc4欠損マウスで有意に低下していた(図1C図1■Transmembrane channel like 4 (TMC4)は塩味受容に関与する).これらの結果は,TMC4がAI受容で機能するクロライドチャネルであることを示唆する.

さらに,TMC4の電気生理学的特徴は食塩に対するヒト官能上の特徴と一致した.例えば,ヒトは体温付近で最も塩味を強く感じる一方で,pHの低下により塩味は抑制される.つまり,塩味は温度やpHに影響を受ける.この官能上の特徴と同様に,TMC4の活性は体温付近で最も活性化した一方で,pHの低下により抑制された(4)4) Y. Kasahara, M. Narukawa, S. Kanda, M. Tominaga, K. Abe, T. Misaka & T. Asakura: Biosci. Biotechnol. Biochem., 85, 2295 (2021)..また,非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)がヒトの塩味感受性に影響することが知られていることから,NSAIDsのENaCとTMC4の塩応答に与える影響を調べた.その結果,NSAIDsはENaCの食塩応答には影響しなかったが,TMC4の食塩応答を大きく抑制した(5)5) Y. Kasahara, M. Narukawa, T. Nakagita, K. Abe, T. Misaka & T. Asakura: Biochem. Biophys. Res. Commun., 573, 76 (2021)..これらの結果はTMC4がヒトの塩味受容で主要な役割を果たす可能性を示すと共に,TMC4活性を修飾する化合物は塩味修飾作用を持つことを意味する.そこで現在,TMC4活性化の有無を指標に,塩味増強物質の探索を行っている.この系を利用することで,実際に既知の塩味増強物質の類縁体から官能的にも効果が認められる塩味増強物質の取得に成功している.

ヒトが純粋な塩味を感じるためには,塩化ナトリウムのようにNaとClの両者の存在が必須である.現状,官能レベルで有効な塩味増強物質はほとんどない.この理由の一つとして,これまでの検討ではNa受容の側面から塩味増強物質の探索が行われてきたことがある.今回筆者らはAI受容に関わるクロライドチャネルの同定に成功し,塩味受容におけるClの重要性を改めて示すことができた.今後,TMC4を塩味増強物質開発に利用することで,効果的な物質の同定に繋がると期待される.なお,ここで紹介した動物実験は2017年以前に実施したものである.

Reference

1) 成川真隆,三坂 巧:日老医誌,57, 1 (2020).

2) J. Chandrashekar, C. Kuhn, Y. Oka, D. A. Yarmolinsky, E. Hummler, N. J. Ryba & C. S. Zuker: Nature, 464, 297 (2010).

3) Y. Kasahara, M. Narukawa, Y. Ishimaru, S. Kanda, C. Umatani, Y. Takayama, M. Tominaga, Y. Oka, K. Kondo, T. Kondo et al.: J. Physiol. Sci., 71, 23 (2021).

4) Y. Kasahara, M. Narukawa, S. Kanda, M. Tominaga, K. Abe, T. Misaka & T. Asakura: Biosci. Biotechnol. Biochem., 85, 2295 (2021).

5) Y. Kasahara, M. Narukawa, T. Nakagita, K. Abe, T. Misaka & T. Asakura: Biochem. Biophys. Res. Commun., 573, 76 (2021).