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スルフィド類の多彩な生理機能とその分子メカニズムポリスルフィドやシステインパースルフィドによる細胞機能調節

Takashi Hosono

細野

日本大学生物資源科学部生命化学科

Taiichiro Seki

 泰一郎

日本大学生物資源科学部生命化学科

Published: 2022-07-01

タマネギやニンニク,ニラは独特の匂いを持つ香味野菜である.これは独特の匂いを有する含硫化合物やその前駆体が植物体に含まれていることに起因する.ニンニクには無臭のアミノ酸誘導体のアリインが含まれている.ニンニクを刻んだり,傷つけたりすると維管束鞘細胞に含まれる酵素アリイナーゼと葉肉貯蔵細胞に含まれる基質アリインが反応し,化学的に不安定なアリシンが生成する.アリシンは直ちにジアリルジスルフィドやジアリルトリスルフィド(DATS)といった複数の硫黄がつながったポリスルフィドに変換され,これらがニンニク特有の匂いの正体である.一方でニンニクを傷つけずに蒸したり電子レンジで加熱したりすることでアリイナーゼを不活性化すると,ニンニクの匂いに関与するスルフィドは生成されない.ニンニクを摂取することで得られる健康機能性の多くは,酵素反応によって生成されるポリスルフィドによるものと考えられている.近年,ニンニクに由来するポリスルフィドと類似の複数の硫黄がタンパク質のシステイン残基につながった構造を持つ,システインパースルフィドが生体内に多く存在し,活性硫黄分子として生体内で多彩な生理機能を発揮することが報告された.今回は,生体内に存在するシステインパースルフィドやニンニクに含まれるポリスルフィドの細胞機能調節機構について概説し,それらの相互作用が健康機能発現に寄与する可能性について紹介する.

生体内には硫黄を含有するアミノ酸のメチオニンやシステイン,還元作用を有する分子のグルタチオン,補酵素のコエンザイムAなど,多くの硫黄を含む分子が存在する.タンパク質分子中のシステイン残基はジスルフィド結合を形成することで立体構造の安定化に寄与するだけではなく,細胞内の酸化・還元状態のセンサー分子として働き,酸化ストレスに対する生体防御システムの活性化にも関与することが知られている(1)1) C. E. Paulsen & K. S. Carroll: Chem. Rev., 113, 4633 (2013)..通常,これらの化合物中の硫黄元素は1つないしは2つが連結したもの(ジスルフィド結合)であるが,近年,哺乳動物の生体内にも複数の硫黄が結合したスルフィド(システインパースルフィド)がタンパク質のシステイン残基上に豊富に存在することが報告されている(2)2) S. Fujii, T. Sawa, H. Motohashi & T. Akaike: Br. J. Pharmacol., 176, 607 (2018)..システインパースルフィドは,翻訳時にシステインをtRNAに結合させるシステイニルtRNA合成酵素(cysteinyl tRNA synthetase, CARS)によって形成されること,ミトコンドリアに局在するCARS2を欠損した細胞では,システインパースルフィドが減少し,ミトコンドリアの膜電位形成が著しく損なわれることが報告されている.これはシステインパースルフィドがミトコンドリアにおける電子伝達系の最終的な電子受容体として機能し,硫化水素が発生することでミトコンドリア膜電位が形成されることを示唆している(3)3) T. Akaike, T. Ida, F. Y. Wei, M. Nishida, Y. Kumagai, M. M. Alam, H. Ihara, T. Sawa, T. Matsunaga, S. Kasamatsu et al.: Nat. Commun., 8, 1177 (2017)..一般的な「呼吸」では酸素が電子受容体として機能し,水(H2O)を生成するが,システインパースルフィドが電子受容体として機能すると硫化水素(H2S)が生成する.この現象は,「硫黄呼吸」として注目されている(3)3) T. Akaike, T. Ida, F. Y. Wei, M. Nishida, Y. Kumagai, M. M. Alam, H. Ihara, T. Sawa, T. Matsunaga, S. Kasamatsu et al.: Nat. Commun., 8, 1177 (2017)..実際,CRISPR/Cas9システムを用いて硫黄代謝に関与する酵素をノックアウトし,硫黄の酸化代謝系が損なわれたマウスでは,野生型マウスに比べて成長が著しく遅延したことから,硫黄呼吸は哺乳動物の成長やエネルギー代謝に重要な役割を果たしていると考えられる(3)3) T. Akaike, T. Ida, F. Y. Wei, M. Nishida, Y. Kumagai, M. M. Alam, H. Ihara, T. Sawa, T. Matsunaga, S. Kasamatsu et al.: Nat. Commun., 8, 1177 (2017).

上記の結果は,タンパク質のシステイン残基に内因的にシステインパースルフィドが形成され,細胞機能の調節に関与するものである.これに対し,われわれはニンニクに由来する匂い成分であるDATSの生理機能について研究を行う過程で,タンパク質のシステイン残基とDATSが酸化的に結合することで細胞機能を調節することを報告してきた.細胞骨格タンパク質のチューブリンは,GTPの加水分解エネルギーを利用し,重合と脱重合を繰り返す.細胞分裂時には紡錘体の構成タンパク質であるチューブリンは染色体分配に関与する.DATSはβ-チューブリンの12番目と354番目のシステイン残基をS-allyl修飾することでチューブリンの重合を阻害する(図1図1■スルフィドによる細胞機能の調節—大腸がん細胞に対する機能).その結果,大腸がん細胞の紡錘体形成が阻害され,細胞周期がM期で停止することを報告している(4)4) T. Hosono, T. Fukao, J. Ogihara, Y. Ito, H. Shiba, T. Seki & T. Ariga: J. Biol. Chem., 280, 41487 (2005)..また,DATSは血小板凝集を阻害する活性も有しており,スルフィドの側鎖に二重結合を有するDATSは二重結合を持たないジプロピルトリスルフィドよりもSH基との反応性が高く,血小板凝集阻害活性も強いことを見出している(5)5) T. Hosono, A. Sato, N. Nakaguchi, Y. Ozaki-Masuzawa & T. Seki: J. Agric. Food Chem., 68, 1571 (2020)..DATSは赤血球中に多く含まれるグルタチオンと反応することで,硫化水素を生成し,血管拡張に関与することも報告されている(6)6) G. A. Benavides, G. L. Squadrito, R. W. Mills, H. D. Patel, T. S. Isbell, R. P. Patel, V. M. Darley-Usmar, J. E. Doeller & D. W. Kraus: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104, 17977 (2007)..したがって,摂取したポリスルフィドが生体内のグルタチオンやタンパク質のシステイン残基だけではなく,システインパースルフィドと反応し,細胞機能を調節している可能性は高い.

細胞内の酸化還元状態によってシステインはその形状が多彩に変化することから,生体内でのシステインパースルフィドの分子変化を追跡することは困難であった.しかし,スルフィドを検出する新しいタイプのプローブや検出方法が開発され,タンパク質SH基の状態が評価できるようになってきた.硫黄は,酸素と同じ第16族元素に属し,すべての生物にとって必須元素である.ヒトは食品を介して体内に硫黄を取り込み,生体を構成する成分として利用している.現在のところ,摂取したポリスルフィドと生体内に存在するシステインパースルフィドの相互作用については解明されておらず,今後の研究の進展が期待される.

図1■スルフィドによる細胞機能の調節—大腸がん細胞に対する機能

βチューブリンの12番目のシステイン残基の硫黄原子にDATSがS-allyl結合すると,GDPが結合できなくなり,細胞骨格タンパク質の機能が阻害される.

Reference

1) C. E. Paulsen & K. S. Carroll: Chem. Rev., 113, 4633 (2013).

2) S. Fujii, T. Sawa, H. Motohashi & T. Akaike: Br. J. Pharmacol., 176, 607 (2018).

3) T. Akaike, T. Ida, F. Y. Wei, M. Nishida, Y. Kumagai, M. M. Alam, H. Ihara, T. Sawa, T. Matsunaga, S. Kasamatsu et al.: Nat. Commun., 8, 1177 (2017).

4) T. Hosono, T. Fukao, J. Ogihara, Y. Ito, H. Shiba, T. Seki & T. Ariga: J. Biol. Chem., 280, 41487 (2005).

5) T. Hosono, A. Sato, N. Nakaguchi, Y. Ozaki-Masuzawa & T. Seki: J. Agric. Food Chem., 68, 1571 (2020).

6) G. A. Benavides, G. L. Squadrito, R. W. Mills, H. D. Patel, T. S. Isbell, R. P. Patel, V. M. Darley-Usmar, J. E. Doeller & D. W. Kraus: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104, 17977 (2007).