Kagaku to Seibutsu 60(7): 319-326 (2022)
解説
多種の菌類の共存が木材の分解を遅らせる?菌類の多様性と分解機能
Does Coexistence of Diverse Fungi Retard Wood Decomposition?: Fungal Diversity–decomposition Relationship
Published: 2022-07-01
地球規模で生物の多様性の減少が危惧される現在,生物の多様性と生態系機能の関係を理解することは,私たちが享受できる生態系サービスを保全していく上で非常に重要である.樹木などの植物の光合成による炭素の固定と,菌類などの微生物による有機物分解は,地球上の炭素循環を駆動する2大プロセスだが,植物の多様性と炭素固定能力の関係に比べ,菌類の多様性と分解力の関係は理解が進んでいない.枯死木は生態系において炭素の巨大な貯蔵庫であり,その分解過程は地球上の炭素循環に影響する.本稿では,枯死木を分解する菌類の多様性と木材分解力の関係について,最新の知見を解説する.
Key words: 木材; 分解; 菌類; 多様性; 競争コスト
© 2022 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2022 公益社団法人日本農芸化学会
木材の細胞壁は,骨格となるセルロースとヘミセルロース(合わせてホロセルロースと呼ばれる)と,それを取り囲んで保護する難分解性のリグニンからなる(図1図1■木材腐朽菌の腐朽型).セルロースやヘミセルロースは糖の分子が鎖状に重合したものなので,分解すれば糖として吸収してエネルギー源に利用できる.一方,リグニンはフェノール化合物が複雑に重合してできており,分解してもそれをエネルギー源として利用することは難しいと考えられている.しかし,リグニンをなんとかしなければ,ホロセルロースを利用できない.このため菌類は,リグニンを分解・除去してホロセルロースを利用する方法と,リグニンに亀裂を入れてそこからホロセルロース分解酵素を染み込ませて低分子化して吸収する方法を進化させてきた.前者のグループを白色腐朽菌(white-rot fungi),後者を褐色腐朽菌(brown-rot fungi)と呼ぶ.これは,リグニンが褐色の物質なため,それが分解・除去されると腐朽材が白色化するのに対し,除去されず蓄積すると腐朽材が褐色化することに由来する.リグニンとホロセルロースの分解比率は,菌種や系統によって異なり,その違いは連続的だが,白色腐朽菌と褐色腐朽菌の境界は,材の重量減少率に対するリグニンの重量減少率の比が0.8付近だとされている(1)1) J. S. Schilling, J. T. Kaffenberger, B. W. Held, R. Ortiz & R. A. Blanchette: Front. Microbiol., 11, 1288 (2020)..
褐色腐朽菌はリグニンを分解せず内部のセルロースを利用するため,リグニンが土壌有機物として蓄積する.白色腐朽菌はリグニンを分解・除去してセルロースを利用するので,リグニンは水溶性・低分子量のフェノール性物質へと分解され,溶存有機炭素となる.
褐色腐朽菌による材分解では,リグニンが分解されず地表面に蓄積するので,白色腐朽菌による材分解に比べ森林生態系への炭素固定効果が高いと予想される.ただ,白色腐朽菌も,リグニンを完全に無機物まで分解するわけではなく,低分子量のフェノール性物質まで分解する場合が多いと思われる(リグニンを除去するにはこれで十分だ).フェノール性物質は水溶性なので,土壌に染み込んで地表からは無くなるが,溶存有機炭素(DOC)として土壌中に長期的に蓄積される可能性もある.森林生態系への炭素貯留における白色腐朽菌と褐色腐朽菌の重要性を比較した研究例はまだ少ない.炭素安定同位体13Cで標識したポプラ(Populus tremuloides)材に白色腐朽菌ヤケイロタケ(Bjerkandera adusta)と褐色腐朽菌キカイガラタケ(Gloeophyllum sepiarium)を接種して2年間野外で分解させた実験では,土壌からのCO2放出量は白色腐朽菌と褐色腐朽菌を接種した区で差がなかったが,土壌中の溶存有機炭素の量は白色腐朽菌の処理区で大きかった(2)2) S. L. Mosier, E. S. Kane, D. L. Richter, E. A. Lilleskov, M. F. Jurgensen, A. J. Burton & S. C. Resh: Soil Biol. Biochem., 115, 297 (2017)..一方,地表の有機物蓄積量は褐色腐朽菌が優占する場所で白色腐朽菌が優占する場所よりも多くなる(3)3) M. T. L. Bonner, D. Castro, A. N. Schneider, G. Sundström, V. Hurry, N. R. Street & T. Näsholm: Soil Biol. Biochem., 137, 107570 (2019)..
白色腐朽菌や褐色腐朽菌といった,材の構造化合物を分解する菌類以外にも,もっと低分子の糖などを利用するグループの菌類もおり,糖依存菌(sugar fungi)と呼ばれる.リグニンとホロセルロースを主成分とする木材も,樹木が枯死した直後には師部や形成層には糖分が豊富に含まれており,糖依存菌はこれらの糖分を素早く利用する.この素早さは,菌糸生長に特化した生活史戦略とも関係している.この点については次節で詳しく述べる.一方,糖依存菌は,もっと分解が進んだ段階でも登場する.この段階では,低分子の糖分はすでに使い果たされているはずだが,なぜだろう? これには,細胞外に分解酵素を分泌して環境中の有機物を分解・低分子化してから吸収するという,菌類に特徴的な栄養摂取方法が関係している.つまり,糖依存菌は,他の菌類がホロセルロースを分解して生じた糖分を横から掠め取っていると考えられている.こういった糖依存菌による糖吸収は,ホロセルロースなどの構造化合物を分解できる菌類の材分解力にも影響する.この点については,次々節で詳しく述べる.
枯死木分解のプロセスの中でどの菌類がどの段階で優占するかはどのように決まっているのだろうか? これは,菌種による生活史戦略の違いから説明されている.生活史戦略とは,環境条件に応じて生物の種が生存・繁殖のために示す特性を指す.動物の場合には個体数の内的自然増加率(r,その生物が潜在的に持っている最大の繁殖増加率)に特化した戦略(r戦略)と,初期増殖率よりも個体数が上限に達した時の環境収容力(K,ある環境で,そこに継続的に存在できる生物の個体数の最大値)を大きくしようとする戦略(K戦略)の間のトレードオフ(二律背反)が有名である(4)4) R. McArthur & E. O. Wilson: “The Theory of Island Biogeography”, Princeton University Press, 1967..
植物においては,環境収容力(K)を最大化する特性として,さらに競争力(C)とストレス耐性(S)を定義し,C-S-Rモデルが提唱された(5)5) J. P. Grime: Am. Nat., 111, 1169 (1977)..C-S-RのうちRはrに似ているが内的自然増加率のことではなく,ruderal(荒地に生える)の頭文字だが,撹乱跡地に急速に増殖するという特性を指すので,意味合いとしては動物の場合のr戦略と似たものと考えて良いだろう.C-S-Rモデルの考え方は,植物と似た体制(固着性・モジュール性)を持つ菌類にも適用されている(6)6) R. C. Cooke & A. D. M. Rayner: “Ecology of Saprotrophic Fungi”, Longman, 1984.(図2a図2■菌類の生活史戦略のC-S-Rモデル(深澤2017(30)を改変)).
(a)競争依存種(C),ストレス耐性種(S),攪乱依存種(R)を3つの頂点とした3角形の内部にあらゆる菌種の生活史戦略を位置づけて考える.(b)枯れ木の中の木材腐朽菌群集の発達(遷移)過程の模式図.上から下に向けて,まだ菌類の定着を受けていない枯死直後の枯れ木(未発達)から,全ての材が菌類による定着を受けた状態(発達済),ぼろぼろになった枯れ木が土壌動物による破壊(攪乱)を受ける段階(衰退)まで3段階に分け,各段階に優占する菌類の生活史戦略を模式的に示している.群集の変化を促す要因は斜体にしてある.群集の変化の方向を矢印で示している.
Boddy & Hiscox(7)7) L. Boddy & J. Hiscox: Microbiol. Spectr., 4, FUNK-0019-2016 (2016).は枯死木内部の菌類群集の発達をC-S-Rモデルで説明している(図2b図2■菌類の生活史戦略のC-S-Rモデル(深澤2017(30)を改変)).まず,樹木が枯死した直後,師管液など易分解性の資源が豊富だが,枯死という「撹乱」直後で競争相手があまりいない状況では,易分解性の資源を利用して素早く生長できるR戦略の種類が優占する.ただし,R戦略種の天下は一瞬だ.このグループは競争力が弱いため,後から定着してきた競争力の強い種(C戦略種)が次第に置き換わっていく.時間が経つにつれ,より競争力の強い種が定着してくるというわけだ.それだけなら話は単純なのだが,ここで問題になる二つのファクターがある.環境条件と資源の質だ.
環境条件が厳しく,ストレスが強いとストレス耐性のある種(S戦略種)しか生育できない.特に重要な環境ストレスとして,温度,水分,他の生物による摂食などが挙げられる.高温条件下では熱ショックタンパク質などを生産して細胞を保護する必要があるし,低温条件下でもトレハロースなどのポリオール(分子内にOH基を2個以上持つアルコール)を溶質として生産するなどして細胞内の水分の凍結を防ぐ必要がある.乾燥条件下で水分の喪失を防ぐためにも,ポリオールの生産が行われる.他の生物による摂食を避けるためには,防御物質(忌避物質,消化阻害物質,毒などの二次代謝物質)を生産する必要がある.つまり,ストレス環境での生存には,余計にコストがかかる.面白いことに,環境ストレスがあるとストレスのない条件と比べ,菌種間の競争力の強弱が逆転することもある.すなわち,競争力というのは菌種ごとに一義的に決まっているわけではなく,環境条件に応じて相対的に変化するものなのだ.
コストがかかるということは,それに投資できるエネルギーがなければ話にならない.ここで重要になるのが,資源としての枯死木の質だ.枯死木の質は,分解の進行に伴い劇的に変化する.先に述べた通り,樹木の枯死直後には,易分解性の資源が含まれているが,それはすぐに枯渇し,リグニンに保護されたホロセルロースという,利用するためには分解酵素の生産という高い投資が必要な資源に変化する.ただ,白色腐朽菌によるリグニン分解を受けてホロセルロースが露出すると,リグニン分解力がない菌類でもホロセルロース分解力さえあれば利用できるようになる.一方,褐色腐朽菌によってホロセルロースのみが分解され,リグニンが蓄積すると,それを利用できる菌類は限られる.
一言で言い換えると,易分解性の資源が豊富にある場合は,リグニンやホロセルロースの分解力がある種もない種も対等にわたりあえるが,リグニンやホロセルロースを分解しないとエネルギーが得られない場合は,これらを分解できない種はそもそも戦いにエントリーすらできない.つまり,枯死木内部の菌類の「競争力」は,その菌類の枯死木分解力と枯死木の状態(もっと具体的に言えばリグニンの除去率)に強く依存する.
この考え方は,菌類群集の形成においてよく見られる「先住効果(priority effect)」もうまく説明できる.リグニンやホロセルロースを分解できないが,糖を素早く吸収してそれを使って強力な抗菌物質を生産できるような菌種がいたとしよう.そのような菌種は,すでに糖が使い果たされてリグニンやホロセルロースを分解しないとならないような木材には定着すらできないが,もし一番乗りでやってきて糖を利用し,コロニーを広げて抗菌物質で防御してしまったとしたら,他の菌がいくらリグニンやホロセルロースを分解できる能力があったとしても,その木材には定着することができない.このように,定着の順番で群集発達が影響を受けることを先住効果と呼ぶ.抗菌物質は,一度作ってしまえばそれを維持するコストはかからないので,長期間残存して他種の菌類の定着を妨げる.このような状態になった木材は長期間分解されないまま残存することになるだろう.これはまさに,生物学的な木材防腐技術の基盤となるメカニズムである.実際には,自分が利用できない資源をそこまでコストをかけて防御することには生物学的に利益がないので,易分解性の資源しか利用できない種は抗菌物質よりも胞子生産に投資し,さっさと新しい資源へ移動する戦略を取る場合が多いだろう.
ところで,菌類の「競争力」がこのように相対的な,資源の状態に左右される指標である限り,枯死木の菌類群集発達のC-S-Rモデルは定性的なものにならざるを得ず,菌類群集や木材分解の予測には弱い.もっと絶対的な指標で定量的なモデルが作れないだろうか.
モデルについて考える前に,菌種間相互作用と木材分解の関係について,もう少し考えてみたい.枯死木の中で異種の菌類や同種でも他個体の菌類のコロニーが出会うと,自分のコロニーを守るための防御物質の生産や,相手コロニーを攻撃するための酵素の生産などが,コロニー同士の境界部分で起こる(7)7) L. Boddy & J. Hiscox: Microbiol. Spectr., 4, FUNK-0019-2016 (2016)..つまり,枯死木の内部で見られる菌種間相互作用の多くは空間をめぐる競争関係であり,それにはエネルギーコストがかかる.
このコストは,木材分解にどう影響するだろうか? 競争への投資にエネルギーが取られ,分解酵素の生産に回すエネルギーが減るために分解が阻害される可能性(8)8) S. Woodward & L. Boddy: Interactions between saprotrophic fungi. In L. Boddy, J. C. Frankland & P. van West (eds.) “Ecology of Saprotrophic Basidiomycetes”, Academic Press, 2008.や,競争に必要なエネルギーを補填するために分解が促進される可能性(9)9) J. Hiscox, M. Savoury, I. P. Vaughan, C. T. Müller & L. Boddy: Fungal Ecol., 14, 24 (2015).が考えられる.どちらになるかは,各コロニーが持っているエネルギー量によって変わるだろう.エネルギーを豊富に持っているコロニーでは,競争にコストがかかったとしても分解酵素の生産量がそれほど影響を受けるとは考えにくい.一方,あまりエネルギーを持っていないコロニーでは,防衛にエネルギーを回すと分解酵素の生産ができなくなるか,あるいはエネルギー補填のために分解酵素の生産を活発化させるだろう.いずれにせよ,あまりエネルギーを持っていないコロニーで競争の影響が出やすいと予想できる.
そこで,手持ちの資源量が異なるコロニー同士を戦わせる培養実験を行った(10)10) Y. Fukasawa, E. C. Gilmartin, M. Savoury & L. Boddy: Fungal Ecol., 45, 100938 (2021)..菌類を定着させた2×2×2 cmの角材を用意し,異なる菌類が定着した角材同士を隣り合わせることで,木材をめぐる戦いをセッティングした(図3a図3■角材の分解実験).この時,使う角材の数の割合を変えることで,コロニー同士が接する面積は一定(4 cm2)のままで手持ちの資源量(角材)の体積を変えることができる.この実験の結果,手持ちの角材の数が少ないほど,材の密度減少率が大きくなることがわかった.つまり,手持ちの資源量が少ないほど,菌種間の戦いに必要なエネルギー量が相対的に多く必要で,そのエネルギーを確保するために分解が促進されると考えられる.
この実験でわかったもう一つの面白いことは,コロニーの内部でも場所によって分解活性が異なるらしいということだ.角材を3つつなげた大きなコロニーでは,菌種間の相互作用が起こっている角材において,相互作用部位から離れた角材に比べ材分解が遅くなっていた.つまり,野外の枯死材の内部でも,各菌類のコロニーの周辺部では菌種間競争のために分解が阻害され,コロニーの中心部では競争のエネルギーを確保するために分解が促進されているのかもしれない.小さいコロニーほど分解が促進されるが,小さいコロニーは大きいコロニーに比べ表面積の割合が大きいので,枯死木の中に小さいコロニーがたくさんあってお互い競争している場合,枯死木全体としては分解が阻害されるかもしれない.
この実験では,手持ちの資源量や競争相手との相互作用部位となるコロニーの表面積が,菌種間相互作用と分解の関係に影響しそうだということはわかった.しかし,コロニーが大きくなると表面積も増えてしまう(表面積:体積比は減る)ため,資源量と表面積のどちらの影響が大きいのかはわからなかった.そこで,体積(資源量)は同じだが表面積が異なる2種類の角材を用意して実験してみることにした(Fukasawa and Kaga unpublished)(図3b図3■角材の分解実験).用意した角材は,2×2×2 cmと4×4×0.5 cmのアカマツ材である.どちらも体積は8 cm3だが,表面積は前者が24 cm2なのに対し後者は40 cm2と,約1.7倍である.前者をcube,後者をflatと名付けた.それぞれの角材に菌類を1種ずつ接種して定着させたのち,他の菌類のコロニーが広がっている寒天培地の上において培養した.つまり,角材の中にいる菌類と培地にいる菌類の相互作用が角材の表面で起こるように仕向けた.培地の菌類が角材に上ってくれば角材表面全体で相互作用が起こる.上ってこなくても,角材と寒天培地が接している角材の下面で相互作用が起こる.ちなみに,培地との接触面積は,flatはcubeの4倍だ.予想では,相互作用面積の大きいflatの角材で,菌種間相互作用の影響が大きく,分解が阻害されると考えた.結果,確かに菌種間相互作用の影響はflatでcubeよりも強く現れた.ただ,分解はむしろ相互作用で促進されたのだ.出会った2個体の菌類が木材分解において相補的に働く場合は,分解が促進される可能性が確かにある.例えば,菌Aによるリグニン分解が菌Bによる木材の利用可能性を増加させる場合や,菌Aによる分解産物を菌Bが横から利用することにより,分解産物の蓄積による分解への負のフィードバックがかからず,結果として分解が促進されることなどが考えられる.これは相補性効果と呼ばれる.「菌類による材分解の多様性」で紹介した糖依存菌による分解促進効果がこれにあたる.相補性効果は,競争と相反する概念ではなく,例え二つのコロニー同士が競争関係にあったとしても起こりうる.
菌種間相互作用の分解への影響が,促進になるか阻害になるかは,おそらくその相互作用にかかわる菌類の特性や組み合わせによるのだろう.そこに何か一般性はあるのだろうか? 分解によって得た炭素は菌種間相互作用にもフィードバックするので,この2つを分けて考えることはできない.逆に,うまくいけば菌種間相互作用と材分解を統一的に説明するモデルが作れるかもしれない.次節では,3種以上の菌類が相互作用する場合について研究例を紹介しながら,菌種間相互作用や菌類の多様性と分解の関係について考えてみよう.
菌種間相互作用が2種から3種になると,途端に菌種間の関係性が複雑になる.2種間の関係性が,第3種の存在によって変化するためだ.例えば,前節で紹介したような角材を使った実験を3菌種で行い,3種の並び順3通りで菌種間競争の勝敗を比較すると,ある並び順では最弱だった種が別の並び順では最強になることもある(11)11) J. Hiscox, M. Savoury, S. Toledo, J. Kingscott-Edmunds, A. Bettridge, N. Al Waili & L. Boddy: FEMS Microbiol. Ecol., 93, fix014 (2017)..このように種数が増えるほど,群集発達の予測は難しいのだが,一つ言えることは,多種と競争するということは,競争のコストも増えるだろうということだ.菌類は,種ごとに多種多様な揮発性・浸透性の二次代謝物質を生産して他種に対する攻撃・防御を行う(7, 12)7) L. Boddy & J. Hiscox: Microbiol. Spectr., 4, FUNK-0019-2016 (2016).12) J. Hiscox, J. O’Leary & L. Boddy: Stud. Mycol., 90, 117 (2018)..他種と競争するには,これらを無効化する酵素や防御物質を生産しなくてはならない.メタボローム解析により,菌類が生産する酵素や二次代謝物質を網羅的に調べた論文によれば,2種の競争の時に比べ3種の競争の時には,1種の菌が生産する酵素や揮発性物質の種類が飛躍的に増加することがわかっている(13)13) J. O’Leary, K. L. Journeaux, K. Houthuijs, J. Engel, U. Sommer, M. R. Viant, D. C. Eastwood, C. Müller & L. Boddy: ISME J., 15, 720 (2021)..
では,多種の競争によるコストの増加は,分解にはどう影響するのだろうか.これまで行われた培養実験では,材分解にかかわる菌種数が増えるほど分解は遅くなることが報告されている(14~16)14) Y. K. Toljander, B. D. Lindahl, L. Holmer & N. O. S. Hogberg: Oecologia, 148, 625 (2006).15) T. Fukami, I. A. Dickie, J. P. Wilkie, B. C. Paulus, D. Park, A. Roberts, P. K. Buchanan & R. B. Allen: Ecol. Lett., 13, 675 (2010).16) Y. Fukasawa & K. Matsukura: Sci. Rep., 11, 8972 (2021)..また,最近は野外の倒木内部に生息する菌類群集をDNA解析を使って網羅的に検出できるようになったことから,野外のリアルな菌類群集の多様性と材分解の関係を直接調べた研究もいくつか出てきている.Yang et al.(17)17) C. Yang, D. A. Schaefer, W. Liu, V. D. Popescu, C. Yang, X. Wang, C. Wu & D. W. Yu: Sci. Rep., 6, 31066 (2016).は中国雲南省の熱帯雨林で,自然に分解している途中の広葉樹倒木の菌類群集と,瞬間的な分解の指標としてCO2放出量を測定し,それらの間に負の相関関係があることを報告している.また,Smith & Peay(18)18) G. R. Smith & K. G. Peay: Ecol. Lett., 24, 1352 (2021).は室内と野外でマツ材の分解実験を行い,菌類の多様性と重量減少率の間に負の相関関係があることを報告した.どうやら菌類による材分解においては,種が多様なほど分解は遅くなる傾向があるようだ.
ただ,前節の実験結果(Fukasawa & Kaga unpublished)を含め,木材における2菌種間の相互作用ではCO2放出や分解が促進されるという実験結果も多い(9, 12, 19~22)9) J. Hiscox, M. Savoury, I. P. Vaughan, C. T. Müller & L. Boddy: Fungal Ecol., 14, 24 (2015).12) J. Hiscox, J. O’Leary & L. Boddy: Stud. Mycol., 90, 117 (2018).19) L. Boddy, E. M. Owens & I. H. Chapela: FEMS Microbiol. Ecol., 62, 173 (1989).20) L. Boddy & S. H. M. Abdalla: FEMS Microbiol. Ecol., 25, 257 (1998).21) J. Wells & L. Boddy: Funct. Ecol., 16, 153 (2002).22) J. O’Leary, J. Hiscox, D. C. Eastwood, M. Savoury, A. Langley, S. W. McDowell, H. J. Rogers, L. Boddy & C. T. Müller: Fungal Ecol., 39, 336 (2019)..菌類の多様性が高いと材分解が促進されることはないのだろうか?
実は,野外の枯死木で菌類の多様性と分解の関係を調べた研究で,正の相関関係がみられた例もわずかだがある.Van del Wal et al.(23)23) A. van der Wal, E. Ottosson & W. de Boer: Ecology, 96, 124 (2015).は,ヨーロッパナラ(Quercus robur)の切り株の菌類群集と分解に正の相関関係があることを報告している.この研究の面白い点は,伐倒後2年しか経っていない切り株ではこの相関関係は見られなかったのに対し,伐倒後5年経った切り株で正の相関関係が見られたことだ.この結果は,分解に伴い変化する材の質あるいは菌類群集の種組成が,菌類の多様性と分解の関係性に影響することを示唆している.これを受けてFukasawa & Matsukura(16)16) Y. Fukasawa & K. Matsukura: Sci. Rep., 11, 8972 (2021).は,未分解から腐朽の進んだものまで,分解段階の異なるアカマツ材を分解基質とし,室内培養実験を行った.その結果,確かに材の質が菌類の多様性と分解の関係に影響していることがわかった.ただ,結果はVan der Wal et al.の論文(23)23) A. van der Wal, E. Ottosson & W. de Boer: Ecology, 96, 124 (2015).から予想されるものとは異なり,分解の進んだ材で多様性と分解の負の関係性が顕著に現れた.一方で,木材と異なり難分解性のリグニン含量が低い稲わらや,リグニンを全く含まない純粋なセルロースなど易分解性の基質を使った培養実験では,菌類の種数が多いほど分解が促進されるという結果が多く得られている(24~27)24) J. K. Dobranic & J. C. Zac: Mycologia, 91, 756 (1999).25) F. Bärlocher & M. Corkum: Oikos, 101, 247 (2003).26) H. Setälä & M. A. McLean: Oecologia, 139, 98 (2004).27) A. V. Tiunov & S. Sheu: Ecol. Lett., 8, 618 (2005)..このように,資源の質は確実に多様性と分解機能の関係に影響していると考えられるが,結果を一般化するにはさらに研究が必要である.
種組成の影響については,Maynard et al.(28)28) D. S. Maynard, T. W. Crowther & M. A. Bradford: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 114, 11464 (2017).が面白い報告をしている.それによると,競争的な種を集めた群集と,競争的でない種を集めた群集とで,多様性と菌糸の活性の関係が逆転するようだ.この研究では,易分解性の炭素源である麦芽エキス(マルトースやグルコースが主成分)を入れた寒天培地で菌類の種数を変えて培養し,分解活性の指標としてCO2放出量を測定している.そして培養後の菌糸体重量も測定し,これをCO2放出量で割って炭素利用効率(単位呼吸量あたりに生産されたバイオマス量)を計算している.この炭素利用効率と菌類の種数の関係が,競争的な群集では負に,競争的でない群集では正になる.炭素利用効率が低いということは,菌糸生長をあまりしないわりに呼吸として放出される炭素量が多いということなので,競争的な群集では種数の増加とともに分解は促進されるのかもしれない.ただ,この実験は易分解性の麦芽エキスを炭素源としているので,木材の場合とは状況が異なる.おそらく,前段落で紹介した易分解性基質で多様性と分解の関係が正になる状況を表しているのだろう.
アカマツの木材を分解基質として用いたFukasawa & Matsukura(16)16) Y. Fukasawa & K. Matsukura: Sci. Rep., 11, 8972 (2021).は,接種する菌類群集も分解過程の初期に現れる群集と後期に現れる群集に分けて行った.分解に伴う菌類群集の遷移は,競争力の弱い種から強い種へと進む傾向があるので(7)7) L. Boddy & J. Hiscox: Microbiol. Spectr., 4, FUNK-0019-2016 (2016).,後期の群集ほど競争的な種が多く含まれていると考えられる.培養実験の結果,初期の群集より後期の群集で菌類の種数と材分解に顕著な負の関係が見られた.競争力のような菌種の形質が多様性と分解機能の関係にどう影響するかは,木材を分解基質とした実験がさらに必要だろう.Maynardらはアメリカハナノキ(Acer rubrum)の角材を分解基質として野外に2年間放置した実験結果も報告している(29)29) D. S. Maynard, K. R. Covey, T. W. Crowther, N. W. Sokol, E. W. Morrison, S. D. Frey, L. T. A. van Diepen & M. A. Bradford: Ecology, 99, 801 (2018)..それによれば,種の均等度が高い(群集に含まれる種の生物量が種間であまり違わない)群集では種数と分解速度に正の相関,均等度が低い群集では負の相関が見られた.
このように,菌類の多様性と材分解機能の関係は,今まさに様々な方向から研究が進められているところである.
本稿では,木材を分解する菌類の種による分解力や生活史戦略の違い,種間相互作用が材分解に与える影響,菌類の種多様性と分解機能の関係について解説した.菌種間相互作用は,分解を促進する場合と阻害する場合があり,菌類の多様性と分解機能の関係も,正と負の相関関係が見られる場合がある.菌類群集を構成する種の競争力や均等度といった特性で,関係性の違いが説明できるとする報告がなされている一方で,分解基質の影響も指摘されており,一般化には環境条件の影響などまだまだ多くの検討が必要である.現在私たちのチームは,初めに述べた菌種による生活史戦略や資源利用の違いをパラメーターとして組み込んだシミュレーションモデルの開発を進めている(Fukasawa, Miura, Kimura unpublished)(図4図4■菌種間相互作用のシミュレーションモデル(Fukasawa, Miura, Kimura umpublished)).このモデルでは,菌種の特性をパラメーターとして自由に設定でき,それらの菌種が相互作用した際の資源利用や二酸化炭素放出量をシミュレートできる.モデルに入れる種数を増やすことで,菌類の多様性と分解機能の関係についても包括的な推定が可能になると期待している.
Reference
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