Kagaku to Seibutsu 60(7): 334-345 (2022)
解説
生乳由来乳酸菌に関する研究日本オリジナルのヨーグルトはこれまでのヨーグルトとは何が違う?
Study on Lactic Acid Bacteria (LAB) Isolated from Raw Milk in Japan: What is the Difference Between Yogurt Made with LAB Derived from Raw Milk in Japan and Conventional Yogurt Starter?
Published: 2022-07-01
ヨーグルトは発酵乳の一種で乳を乳酸菌や酵母で発酵した食品である.その起源は紀元前に遡る.世界各地には様々な伝統的発酵乳製品が存在し,その風味と乳酸菌に関する研究が多数報告されている.一方,我が国では1950年以降にヨーグルトの本格的な工業生産が始まり,2000年以降機能性ヨーグルトの登場によって機能性研究が主流となったが,その風味と乳酸菌に関する研究はほとんどない.
我々は,発酵乳に新規な風味を付与する乳酸菌として国産生乳由来の乳酸菌に着目し,その多角的な研究を通して十勝産生乳由来のスターター「十勝ミルク乳酸菌TM96」と,それを使った発酵乳を開発した.本稿ではその一端について紹介する.
Key words: 生乳由来乳酸菌; Lactobacillus delbrueckii; Multilocus Sequence Analysis(MLSA); メタボローム解析; ヨーグルト(発酵乳)
© 2022 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2022 公益社団法人日本農芸化学会
食品の国際規格(Codex規格)(1)1) CODEX STANDARD FOR FERMENTED MILKS, CODEX STAN 243–2003.において,ヨーグルトとは「Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus(ブルガリア菌)とStreptococcus thermophilus(サーモフィラス菌)の共発酵品」と定義されている.ヨーグルト製造に使われる乳酸菌をヨーグルトスターター(種菌)と言うが,一般にこの2菌種を指す(図1図1■ヨーグルト発酵における乳酸菌の共生関係).
さらにCodex規格ではブルガリア菌以外のLactobacillus属乳酸菌を用いた場合には,ヨーグルトではなく「カルチャー代替ヨーグルト(Alternate Culture Yoghurt)」と定義されている.
日本では牛乳や乳製品などについての成分規格や製造基準などを定める「乳及び乳製品の成分規格等に関する省令(通称:乳等省令)」(2)2) 乳及び乳製品の成分規格等に関する省令,昭和26年12月27日厚生省令第52号.において,ヨーグルトとカルチャー代替ヨーグルトの区別はなく,いずれも「発酵乳」として扱われている.
ヨーグルトとは,乳に乳酸菌を添加して発酵させた食品である.より具体的に表すと,乳中で乳酸菌が増殖する際,乳糖を分解して乳酸を産生(乳酸発酵)し,この乳酸によって乳たんぱく質が凝固したものと言える.
L. delbrueckii subsp. bulgaricus(ブルガリア菌)とS. thermophilus(サーモフィラス菌)はそれぞれ単菌でも発酵を進めることが出来るが,発酵終了までに長い時間(菌株によるが十数時間以上)を要する.一方,両菌種を一緒に植えると,お互いに生育に必要な栄養素を提供し合うことで両菌種の増殖性が向上し,単菌発酵時よりも短時間でヨーグルトの発酵が完了する.このような発酵促進作用はブルガリア菌とサーモフィラス菌の共生関係に起因し,ブルガリア菌からサーモフィラス菌に提供されるペプチドと,サーモフィラス菌からブルガリア菌に提供されるギ酸が,主要な共生因子であることが見いだされている(図1図1■ヨーグルト発酵における乳酸菌の共生関係).このブルガリア菌とサーモフィラス菌の共生関係のおかげで,数時間という短時間でヨーグルトを作ることができるのである.
人類が羊や牛といった動物を家畜化したのは,羊はイラクにおいて紀元前8800年,牛はアナトリア(黒海,エーゲ海,地中海に囲まれた半島)で紀元前7000年頃と考えられている.同時期のアナトリアの土器に乳脂肪由来成分が付着していたことから,このころから牛の家畜化と共に乳を採取していたと考えられている.
乳は常温で放置すると環境から混入した微生物の働きによって自然に発酵する.汚染菌の場合は腐敗するが,乳酸菌が混入した場合,数時間でヨーグルトのようになるため,この時期ヨーグルトの原型は自然発生的に誕生したのではないかと考えられている.
世界には様々な発酵乳が存在し,それぞれの国の名前で呼ばれている.現在,広く一般に使われているヨーグルトという言葉は,トルコ語起源説とバルカン半島東部に暮らしていた古代トラキア人が使っていたトラキア語起源説がある.前者はトルコ語でヨーグルトを表すYoğurt(ヨールト)に由来し,後者はトラキア語のyog(ヨぐ:硬い)とurt(ウルト:ミルク)の複合語であるとされ,トルコ起源説が有力と考えられている.
世界中には400種類もの発酵乳が存在していると考えられているが,ここでは,筆者が論文調査によって,ヨーグルトスターターであるL. delbrueckii subsp. bulgaricus(ブルガリア菌)とS. thermophilus(サーモフィラス菌)の分離報告例を認めた発酵乳を紹介する.
レバノンの伝統的発酵乳であるLaban(ラバン)とは後述するDahi(ダヒ),Yoghurt(ヨーグルト)と並ぶ世界の三大発酵乳の1つと言われている.ラバンは乳を1分間沸かした後50°Cまで冷まし,前回作った発酵乳を接種し,数時間発酵させて作る.
トルコの伝統的発酵乳であるYoğurt(ヨールト)は沸騰させた乳を40°C前後に冷まし,前日に作った発酵乳の残りを加え3~4時間発酵することにより作られる.Ayran(アイラン)は発酵乳から脂肪分を除き,等量の食塩水(およそ1%)と混ぜて作る国民的発酵乳飲料である.アイランからはヨーグルトスターターの他,Lactobacillus属,Bacillus属,Enterococcus属といった乳酸菌や酵母が分離されている(7)7) F. Baruzzi, L. Quintieri, L. Caputo, P. Cocconcelli, M. Borcakli, L. Owczarek, U. T. Jasińska, S. Skąpska & M. Morea: Food Microbiol., 60, 92 (2016)..
ブルガリア語では生乳をmlyako(ムリャコ),酸っぱくなったミルクをkiselo myako(キセロ・ムリャコ)と言う.ブルガリアではヨーグルトを作ることが日常的な行為であることから,「ヨーグルトを作る」という意味の動詞kvasya(クヴァスヤ)という言葉があり,手作りヨーグルトはkvaseno mlyako(クヴァセノ・ムリャコ)という(5)5) マリアヨトヴァ:“ヨーグルトとブルガリア—生成された言説とその展開”,東方出版,2012, p. 65–95..キセロ・ムリャコは布で濾してごみを取った生乳を大鍋で加熱し40°Cまで冷ます.前回の残りの発酵乳を加えてよくかき混ぜ,蓋をして布で覆って保温し3~4時間発酵させて作る.
エジプトの家庭でよく作られる伝統的発酵乳Zabady(ザバディ/ツァバディ)は水牛の乳を30分間沸騰して40°C前後まで冷まし,前日の発酵乳を加え容器に移して発酵する.ザバディはヨーグルトスターターのほか,Lactococcus属,Leuconostoc属といった乳酸菌が含まれていることが報告されている(8)8) G. El-Baradei, A. Delacroix-Buchet & J. C. Ogier: Int. J. Food Microbiol., 121, 295 (2008)..
インドの発酵乳であるDahi(ダヒ)は生乳を沸騰させ体温まで冷却し,前回の発酵乳の残りをスターターとして添加後,8~16時間発酵して作られる.そのままあるいは甘味や塩味,スパイスを加えて食される.ダヒをかき混ぜて浮いたバターを取り除いたものが「ラッシー」である.
ダヒからはヨーグルトスターター以外に,Streptococcus属,Lactobacillus属,Leuconostoc属,Lactococcus属,Enterococcus属,Pediococcus属といった乳酸菌が含まれていることが報告されている(9)9) M. H. Rashid, K. Togo, M. Ueda & T. Miyamoto: World J. Microbiol. Biotechnol., 23, 125 (2007)..さらにL. delbrueckii subsp. bulgaricus(ブルガリア菌)の同種異亜種のL. delbrueckii subsp. indicusの分離報告例がある(10)10) F. Dellaglio, G. E. Felis, A. Castioni, S. Torriani & J. E. Germond: Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 55, 401 (2005)..
モンゴル伝統的発酵乳のTarag(タラグ)は,牛,ヤク,ヤギといった家畜の乳を加熱冷却してできた乳皮とクリーム層を取り除いたものに,前回の発酵乳の残りをスターターとして接種し,40~45°Cで発酵したものである.このほか,Koumiss(クーミス:世界最古の遊牧民である中央アジアのアーリア人が紀元前2000年から飲用してきたと言われている馬乳酒)に似た馬乳酒Airag(アイラグ)は,国民的飲料として人気がある.タラグからはL. delbrueckii subsp. bulgaricus(ブルガリア菌)が分離されているのに対してアイラグからはなく,同種異亜種のL. delbrueckii subsp. lactisが分離されている(11)11) 渡辺幸一:日本乳酸菌学会誌,22, 153 (2011)..
日本での乳利用は飛鳥時代に朝鮮半島からの渡来人が孝徳天皇(645~654年)に牛乳を献上したことに端を発し,牛乳を加工した「酪」, 「蘇」, 「醍醐」などの乳製品が作られるようになった.これら牛乳・乳製品は平安時代まで貴族中心に利用されてきたが,鎌倉時代に入って律令制度の崩壊とともに,乳文化は消滅した.
日本で再び乳製品が復活するのは1894年(明治27年)で,ある牛乳販売店が牛乳の販路拡大および余剰乳処理の手段として「凝乳」と称したヨーグルトを整腸剤という触れ込みで発売した.ちなみに,ヨーグルトという言葉が初めて使用されたのは大正時代と言われている.
その後,1919年にモンゴルの酸乳にヒントを得た「カルピス」が,1935年は「ヤクルト」が発売された.1950年(昭和25年),日本初の本格的なヨーグルト「明治ハネーヨーグルト」の工場生産が始まった.ハネーヨーグルトは甘味を加えて寒天で固めたハードヨーグルトと呼ばれるものであり,このヨーグルトの登場以降,ヨーグルトを半固形状にしてフルーツなどを加えたソフトヨーグルト(1969年),甘味がついていないプレーンヨーグルト(1971年),ヨーグルトを液状にしたドリンクヨーグルト(1977年),冷凍してアイス状にしたフローズンヨーグルト(1979年)と,様々なタイプのヨーグルトが作られ食卓に広がっていった.
乳酸菌とは,グラム陽性,桿菌あるいは球菌,カタラーゼ陰性で,糖を消費して著量の乳酸を作る菌の総称であり,分類学的にはLactobacillales目5科67属(14)14) LPSN - List of Prokaryotic names with Standing in Nomenclature: https://lpsn.dsmz.de/, 2021.に分類される種が該当する(2021年12月現在).その数は500種以上であり,植物(花,果実),動物(腸管),食品(発酵食品,生乳)など我々の身近に広く生息している.
乳酸菌は古くから様々な発酵食品,特に発酵乳製品の製造において重要な役割を果たしており,製造適性に加え風味形成において特に優れた一部の菌種(菌株)はスターター(種菌)として世界中で利用されている.スターターの利用により一定品質のものを安定して作ることが可能となったが,工業的に製造された乳製品は,一般に伝統製法で製造されたものに比べ風味が弱いことが多い.これは殺菌乳の使用と製品中の乳酸菌の多様性の低さによると考えられている.伝統的発酵乳製品では非殺菌乳を使用するため,製品中には生乳由来の多種多様な乳酸菌が存在し,これらが風味醸成に大きな影響を与えることが知られている.これに対して工業製品は殺菌乳を使うため,製品中にはスターター由来の乳酸菌しか存在しない.このような工業製品の風味の弱さを解決する方法の一つとして,風味強化を目的としたアジャンクトスターターの利用が知られている(15)15) P. McSweeney, P. Fox, P. Cotter & D. Everett: “Cheese: Chemistry, Physics and Microbiology Fourth Edition”, by Academic Press, 2017, p. 201..海外では伝統的発酵乳製品に関する研究に加えて生乳由来乳酸菌に関する研究も多数報告されており,風味形成において優れたアジャンクトスターターの特徴解明に貢献している(16)16) J. T. M. Wouters, E. H. E. Ayad, J. Hugenholtz & G. Smit: Int. Dairy J., 12, 91 (2002)..一方,日本には様々な伝統的発酵食品が存在するが,乳を用いたものは我々が知る限り存在せず,日本国内の生乳由来乳酸菌に関する知見もほとんどない.また,乳酸菌には多種多様な菌種が存在するが,それらがどのような風味特徴を有するかについて体系的になされた研究はない.
そこで我々は独自の発酵乳製品スターターの開発を目的として,生乳由来の乳酸菌に注目し,国産生乳から多種多様な乳酸菌を分離・同定を行った.図2図2■北海道産生乳由来乳酸菌の内訳に,2009年~2015年にかけて北海道産生乳から分離した1475株の乳酸菌の属の内訳を示した.2020年4月にLactobacillus属が新規23属を含む25属に分割再編されたが(17)17) J. Zheng, S. Wittouck, E. Salvetti, C. M. A. P. Franz, H. M. B. Harris, P. Mattarelli, P. W. O’Toole, B. Pot, P. Vandamme, J. Walter et al.: Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 70, 2782 (2020).,本稿では断りがない限り検討を行った当時の旧分類名で表記する.MRS培地などLactobacillus属の生育に有利な分離条件であったこともあり,Lactobacillus属が全体の60%以上を占めている.表1表1■北海道産生乳由来Lactobacillus属の内訳には分離されたLactobacillus属968株の菌種の内訳を示すが,ここでは新分類名も併記した.種名を同定できなかったもの(Lactobacillus sp.)を除き,32菌種955株が分離され,生乳には多種多様な菌種が生息していることが示唆された.
旧菌種名 | 新菌種名 | 株数 |
---|---|---|
Lactobacillus farciminis | Campanilactobacillus farciminis | 4 |
Lactobacillus casei | Lacticaseibacillus casei | 34 |
Lactobacillus paracasei | Lacticaseibacillus paracasei | 246 |
Lactobacillus rhamnosus | Lacticaseibacillus rhamnosus | 84 |
Lactobacillus paraplantarum | Lactiplantibacillus paraplantarum | 1 |
Lactobacillus pentosus | Lactiplantibacillus pentosus | 17 |
Lactobacillus plantarum | Lactiplantibacillus plantarum | 66 |
Lactobacillus plantarum subsp. argentoratensis | Lactiplantibacillus plantarum subsp. argentoratensis | 1 |
Lactobacillus amylovorus | Lactobacillus amylovorus | 2 |
Lactobacillus crispatus | Lactobacillus crispatus | 1 |
Lactobacillus delbrueckii | Lactobacillus delbrueckii | 226 |
Lactobacillus gasseri | Lactobacillus gasseri | 15 |
Lactobacillus helveticus | Lactobacillus helveticus | 95 |
Lactobacillus johnsonii | Lactobacillus johnsonii | 3 |
Lactobacillus kefiranofaciens | Lactobacillus kefiranofaciens | 5 |
Lactobacillus dextrinicus | Lapidilactobacillus dextrinicus | 2 |
Lactobacillus curvatus | Latilactobacillus curvatus | 3 |
Lactobacillus buchneri | Lentilactobacillus buchneri | 1 |
Lactobacillus diolivorans | Lentilactobacillus diolivorans | 2 |
Lactobacillus hilgardii | Lentilactobacillus hilgardii | 1 |
Lactobacillus parabuchneri | Lentilactobacillus parabuchneri | 58 |
Lactobacillus brevis | Levilactobacillus brevis | 39 |
Lactobacillus namurensis | Levilactobacillus namurensis | 2 |
Lactobacillus acidipiscis | Ligilactobacillus acidipiscis | 2 |
Lactobacillus salivarius | Ligilactobacillus salivarius | 8 |
Lactobacillus fermentum | Limosilactobacillus fermentum | 19 |
Lactobacillus mucosae | Limosilactobacillus mucosae | 2 |
Lactobacillus panis | Limosilactobacillus panis | 1 |
Lactobacillus pontis | Limosilactobacillus pontis | 1 |
Lactobacillus vaginalis | Limosilactobacillus vaginalis | 8 |
Lactobacillus coryniformis | Loigolactobacillus coryniformis | 1 |
Lactobacillus harbinensis | Schleiferilactobacillus harbinensis | 5 |
Lactobacillus sp. | 13 | |
Total | 968 |
現在までにこの生乳由来乳酸菌のいくつかの株はチーズをはじめとする発酵乳製品用のスターターとして開発され,製品に応用されている(18, 19)18) 土橋英恵,市川愛弓,古市圭介,木村勝紀:日本乳酸菌学会2013年度大会講演要旨集,14 (2013).19) 土橋英恵,市川愛弓,斎藤瑞恵,小森素晴,城ノ下兼一,木村勝紀:平成26年日本酪農科学シンポジウム要旨,20 (2014)..
前項で述べたとおり,乳酸菌には多種多様な菌種が存在するが,それらがどのような風味特徴を有するかについて体系的になされた研究はないため,乳中で乳酸菌が産生する代謝産物プロファイルを調べた.
生乳から高頻度で分離される菌種を中心にLactobacillus属,Lactococcus属,Leuconostoc属,Pediococcus属,Streptococcus属から成る18種143株について,発酵乳中の香気成分および有機酸を分析した.検出された香気成分44種,有機酸10種について主成分分析を行った結果,アルコールを産生する絶対ヘテロ乳酸発酵型の乳酸菌(以下,絶対ヘテロと略)とLactococcus属,その他菌種で大きく3つのクラスターに分かれた(図3(a)図3■香気成分の主成分得点散布図).絶対ヘテロとLactococcus属の特徴が際立っていたため,それ以外の菌種についてはその特徴を読み取ることができなかった.そこでLactobacillus属11種98株を対象に主成分分析したところ,発酵型(絶対ホモ,通性ヘテロ,絶対ヘテロ)によって3つに大別された(図3(b)図3■香気成分の主成分得点散布図).さらに,発酵型別に解析すると菌種別に分かれたことから,菌種別に特徴的な香気成分プロファイルの存在が示唆された(図3(c),(d),(e)図3■香気成分の主成分得点散布図).
特徴的な香気プロファイルを示した6種47株の乳酸菌(L. delbrueckii, Lactobacillus paracasei, Lactobacillus fermentum, S. thermophilus, Lactococcus lactis, Lactococcus cremoris)に対象を限定し,香気成分分析および有機酸分析に加えてCE-TOFMS分析による水溶性成分分析を実施した.機器分析により有機酸8種,香気成分44種,水溶性成分234種(ペプチド不含)が検出された.6菌種の香気成分について主成分分析した結果,L. fermentum(絶対ヘテロ),Lactococcus属およびL. paracasei,その他菌種の3つに分かれ,前項の結果(図3(a)図3■香気成分の主成分得点散布図)と同様の結果が得られた(図4(a)図4■6種47株を対象とした(a)香気成分および(b)水溶性成分の主成分得点散布図).水溶性成分について解析した結果,供試した6菌種のうち5菌種すべてが分かれ(図4(b)図4■6種47株を対象とした(a)香気成分および(b)水溶性成分の主成分得点散布図),水溶性成分の方が香気成分よりも菌種毎の特徴を明確に反映する結果となった.これは香気成分に比べ水溶性成分の成分数が多いことに起因する.以上の結果から,菌種毎に特徴的な水溶性成分プロファイルが存在することが示唆された.
国産生乳から分離された乳酸菌のうち,ヨーグルトスターターとして重要な菌種であるL. delbrueckiiとS. thermophilusに着目し,それぞれの特性を調べた.
現在,L. delbrueckiiには6つの亜種;L. delbrueckii susbp. delbrueckii, L. delbrueckii subsp. bulgaricus, L. delbrueckii subsp. lactis(20)20) N. Weiss, U. Schillinger & O. Kandler: Syst. Appl. Microbiol., 4, 552 (1983).,L. delbrueckii subsp. indicus(10)10) F. Dellaglio, G. E. Felis, A. Castioni, S. Torriani & J. E. Germond: Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 55, 401 (2005).,L. delbrueckii subsp. sunkii(21)21) Y. Kudo, K. Oki & K. Watanabe: Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 62, 2643 (2012).,L. delbrueckii subsp. jakobsenii(22)22) D. B. Adimpong, D. S. Nielsen, K. I. Sorensen, F. K. Vogensen, H. Sawadogo-Lingani, P. M. Derkx & L. Jespersen: Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 63, 3720 (2013).が報告されており,ヨーグルトスターターとして知られているブルガリア菌(L. delbrueckii subsp. bulgaricus)はL. delbrueckiiの6亜種のうちの1亜種である.
L. delbrueckiiの亜種は,7種のハウスキーピング遺伝子(fusA, gyrB, hsp60, ileS, pyrG, recA, recG)を対象としたMultilocus Sequence Analysisを用いて分類する方法(MLSA法)が2011年にTanigawaらによって報告されている(23)23) K. Tanigawa & K. Watanabe: Microbiol, 157, 727 (2011)..この方法は,複数のハウスキーピング遺伝子を全て繋いだ連結配列をクラスター解析し,対象菌株がどのクラスターに含まれたかによって亜種を決めるものである.TanigawaらはMLSA法によってL. delbrueckiiが5つのクラスター(MLSAクラスターと呼称)に分かれ,うち4つのクラスターが当時報告されていた4つの亜種に相当することを示した(1:lactis, 2: delbrueckii, 3: none, 4: bulgaricus, 5: indicus).クラスター3は2つのサブクラスター3a, 3bに分かれ,当時いずれも対応する亜種が存在しなかったが,翌年2012年にKudoら(21)21) Y. Kudo, K. Oki & K. Watanabe: Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 62, 2643 (2012).によってクラスター3aを新亜種sunkiiとする論文が発表された.このときクラスター3bに分類された菌株はsunkiiに含められなかったことから,クラスター3bの菌株には亜種名がつかないままとなった(表2表2■L. delbrueckii亜種分類結果の比較,サブクラスター3bを本稿ではsunkii近縁種と呼称する).さらに,2013年にAdimpongら(22)22) D. B. Adimpong, D. S. Nielsen, K. I. Sorensen, F. K. Vogensen, H. Sawadogo-Lingani, P. M. Derkx & L. Jespersen: Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 63, 3720 (2013).がlactisクラスターであるクラスター1に属する1菌株を新亜種jakobseniiとする論文を発表したことにより,その後クラスター1に分類された菌株の亜種名をlactisあるいはjakobseniiいずれにも決定できなくなった.このようにL. delbrueckii亜種の分類には分類学上の課題が存在することから,我々は亜種名ではなくクラスター名を用いている.
亜種 | Tanigawaら(23)23) K. Tanigawa & K. Watanabe: Microbiol, 157, 727 (2011). | Tsuchihashiら(24)24) H. Tsuchihashi, A. Ichikawa, M. Takeda, A. Koizumi, C. Mizoguchi, T. Ishida & K. Kimura: J. Dairy Sci., 105, 2082 (2022). | |||
---|---|---|---|---|---|
MLSAクラスター | MLSAクラスター | hsp60グループ | hsp60アレル番号*1(株数)*2 | 検出株数(%) | |
lactis/jakobsenii | 1 | I | 1 | 1, 2, 3, 4 (5), 10, 13 or 14 (1),15 (3), 16, 17, 18 (6), 19 (1),20 (1), 22 (1), 26 (1), 27 (1), 28 | 199 (88.1) |
delbrueckii | 2 | II | 1 | 1 | 0 (0) |
sunkii | 3a | III-A | 3 | 7, 11 (3), 24 (1), 25 | 26 (11.5) |
sunkii近縁種 | 3b | III-B | |||
bulgaricus | 4 | IV | 2 | 5, 6, 8 | 0 (0) |
indicus | 5 | V | 4 | 9, 12, 21 (1), 23 | 1 (0.4) |
*1: 太字は生乳由来L. delbrueckii 226株から検出されたアレル番号. *2: カッコ内はMLSA法に供した菌株数. |
また,筆者ら(24)24) H. Tsuchihashi, A. Ichikawa, M. Takeda, A. Koizumi, C. Mizoguchi, T. Ishida & K. Kimura: J. Dairy Sci., 105, 2082 (2022).はMLSA法を用いて多数のL. delbrueckiiの亜種の同定を行う過程で,hsp60遺伝子のアレル型を分類すると4つのグループ(1~4)に分かれること,各グループがMLSAのクラスターすなわち各亜種に対応することを見出し,この方法がL. delbrueckii亜種の簡易分類法として実用に足ることを確認している(表2表2■L. delbrueckii亜種分類結果の比較).なお,hsp60とは真核生物での名称であり,原核生物ではgroELと称するのが正しいが,本研究では参考論文の表記に倣い,hsp60と記載する.
生乳由来L. delbrueckiiの亜種の分布を推定することを目的として,北海道産生乳由来226株についてhsp60遺伝子配列を解析した.その結果,226株のhsp60遺伝子は新規8種(No. 18以降)を含む14種(表2表2■L. delbrueckii亜種分類結果の比較,太字表記)のアレル型に分類された.これらアレル型の種類とそれぞれの検出数から,226株中のMLSAクラスターの分布を導き出すとクラスターI(lactisあるいはjakobsenii)が226株中199株と最も多く,88.1%占めていた.それ以外は,クラスターIII(sunkiiあるいはsunkii近縁種)が26株で全体の11.5%,推定indicusが1株検出され,クラスターII(delbrueckii)およびクラスターIV(bulgaricus)は検出されなかった(表2表2■L. delbrueckii亜種分類結果の比較).14種類のアレル型のうち,No. 18(126株,55.8%)が最も多く,次いでNo. 4(50株,22.1%)が多いことが明らかになった(図5図5■生乳由来L. delbrueckii 226株のhsp60アレル型の分布).
次に,代表的なhsp60アレル型を持つ26株を対象にMLSA法で亜種を同定したところ,簡易分類と同じMLSAクラスターに分類されることを確認した.さらに,これまでに報告のないサブクラスターI-B1が形成され(図6図6■北海道産生乳由来L. delbrueckii 26株のMLSA解析結果),このサブクラスターはhsp60アレル型No. 18, 26, 27を有する全ての株とNo. 4を有する一部の株(5株中3株,60%)で構成されていた.生乳由来L. delbrueckii 226株中のhsp60アレル型の分布から,サブクラスターI-B1に属する菌株(I-B1菌群)は7割近くを占めると推定され,生乳由来L. delbrueckiiの最優勢菌群である可能性が示唆された.