Kagaku to Seibutsu 60(7): 352-360 (2022)
セミナー室
植物の低窒素環境における生存戦略窒素不足に適応する巧妙な仕組み
Published: 2022-07-01
© 2022 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2022 公益社団法人日本農芸化学会
窒素は植物の必須元素の一つであり,二酸化炭素と水から容易に得られる炭素・酸素・水素を除くと植物中に最も多く含まれ,タンパク質,核酸,クロロフィルなど多量に必要とされる生体高分子等の構成成分となっている.したがって窒素は植物が量的に最も多く必要とする栄養素であり,その供給量は植物の生育や生産性を決定する重要なファクターである(1)1)杉本敏男:植物栄養学第2版,間藤 徹,馬 建鋒,藤原 徹(編),文永堂出版,2010, p. 64..根粒菌との共生により窒素固定を行うマメ科植物や食虫植物などの特殊な例を除けば,植物は土壌から供給される窒素源を根で吸収する必要がある.植物は硝酸イオン(NO3−)とアンモニウムイオン(NH4+)の無機態と,アミノ酸,ペプチド,尿素などの有機態を吸収することができるが,一般的に畑土壌のような好気的な環境ではNO3−が,水田のような嫌気的な環境ではNH4+が量的に主要であり,有機態はマイナーである.しかし,それらの供給量は土壌の化学・物理性,降雨などによる流出,微生物の活動,他の植物との競合などにより,低下しやすいだけでなく時空間的に不均一になりやすいため,植物は常に十分量を吸収できるとは限らない(2)2) A. J. Miller, X. Fan, M. Orsel, S. J. Smith & D. M. Wells: J. Exp. Bot., 58, 2297 (2007)..近代農業では窒素施肥によりこの問題を回避し,高い生産性を達成している.しかし農作物は投入された肥料の半分も利用できず,残りの大部分が環境中に排出されてしまうため,施肥量がこの50年で地球の窒素サイクルの25%程度を占めるまでに増加したことも相まって(3)3) X. Zhang, B. B. Ward & D. M. Sigman: Chem. Rev., 120, 5308 (2020).,河川や海洋の水質汚染,温暖化ガス(N2O等)の発生,土壌の酸性化,生物多様性の減少などの環境問題が地球規模の広がりを見せている(4)4) G. Billen, J. Garnier & L. Lassaletta: Philos. Trans. R. Soc. B Biol. Sci., 368, 20130123 (2013)..窒素肥料の生産には大量の化石燃料が必要であることからも,窒素肥料使用量の削減が国際社会の喫緊の課題となっている(5)5) UNEP: Frontiers 2018/2019: Emerging issues of environmental concern. https://www.unenvironment.org/resources/frontiers-201819-emerging-issues-environmentalconcern (2019)..この課題解決に向けた植物科学的アプローチとして,窒素肥料の量を減らしても生産性が低下しない農作物の開発が期待されているが,そのためには植物が窒素を効率的に吸収・利用する仕組みの深い理解が必要である.
農耕地と違い,自然土壌の窒素供給量は概して低く不均一である(6)6) J. J. Elser, M. E. S. Bracken, E. E. Cleland, D. S. Gruner, W. S. Harpole, H. Hillebrand, J. T. Ngai, E. W. Seabloom, J. B. Shurin & J. E. Smith: Ecol. Lett., 10, 1135 (2007)..そのような環境で一生を送らなくてはならない植物は,窒素不足に対応するため,窒素を効率的に吸収・利用するための高度な仕組みをもともと備えているはずである.実際に,窒素不足に陥った植物は,窒素同化系,二次代謝物の生合成,光合成,老化,根圏構造や地上部と地下部のバイオマス比を変化させるなど,代謝から形態に及ぶドラスティックな応答を示すが(7)7) T. Kiba & A. Krapp: Plant Cell Physiol., 57, 707 (2016).,これらは大別すると,「土壌中の窒素を効率的に吸収するための応答」と「体内の窒素を効率的に利用するための応答」であると言える.近年の研究により,これらの応答とその制御の仕組みについての知見が蓄積し,植物の低窒素環境適応戦略の理解が進みつつある.本稿ではこの戦略について,シロイヌナズナで得られた知見を中心に概説する.
植物は低窒素環境における効率のよい吸収のため,主に2つの応答を示す.窒素源の吸収を担う輸送体の制御による吸収能の向上と,根の生長や分岐などの調節による根系構造の変化である.植物は,根がおかれた窒素環境(種類や濃度)と植物体全体の窒素栄養状態に応じて,これらの応答を統御し,吸収を最適化すると考えられているが,ここでは均一な低窒素環境に対する応答と不均一な窒素環境に対する応答について紹介する.均一な低窒素環境と不均一な窒素環境とは,それぞれ,根の周りの窒素源の濃度が満遍なく低い環境と,根のほとんどは低窒素におかれているが,一部だけが高窒素に接する状況を指す.
植物の根における窒素源の吸収は,細胞膜上に存在する輸送体により行われる.通常植物の主要な窒素源はNO3−とNH4+であり,それぞれの吸収を担う輸送体が複数同定されている(8)8) 木羽隆敏,小西美稲子,柳澤修一:日本土壌肥料学雑誌,92,2(2021)..根から吸収されたNO3−は,その場で,または道管に積み込まれて様々な組織に分配された後に同化されるが,NH4+は多くが根で同化される.NO3−の吸収は,主にNRT1/NPFファミリーとNRT2ファミリーの輸送体により行われるが,前者は主に低親和性輸送体(NO3−に対する親和性は低いが輸送能は大きい)として働き,後者は高親和性輸送体(親和性は高いが輸送能は小さい)として機能する.一般的に,低親和性輸送体は基質濃度が高い時に,高親和性輸送体は基質濃度が低いときに効率よく働く.なお,NRT1.1/NPF6.3は例外であり,低親和性と高親和性の切り替えが可能な両親和性輸送体であることが知られている.一方,NH4+吸収においては,高親和性のAMT輸送体ファミリーが中心的役割を果たす(8)8) 木羽隆敏,小西美稲子,柳澤修一:日本土壌肥料学雑誌,92,2(2021)..通常の好気的な土壌条件下では窒素栄養の多くはNO3−として存在するため,本稿ではNO3−の吸収に焦点を当てて説明する.
低窒素環境におかれた植物の根におけるNO3−吸収では,高親和性輸送体の働きが重要である.シロイヌナズナにおいてはNRT2.1, NRT2.2, NRT2.4, NRT2.5, NRT1.1の5輸送体が高親和性吸収の99%を担う(Kiba et al.未発表).NRT2.1, NRT2.2, NRT2.4, NRT2.5は低窒素に応答して発現誘導される.NRT1.1はNO3−誘導性であるが,タンパク質は低窒素に応答して蓄積する(9)9) E. Bouguyon, F. Perrine-Walker, M. Pervent, J. Rochette, C. Cuesta, E. Benkova, A. Martinière, L. Bach, G. Krouk, A. Gojon et al.: Plant Physiol., 172, 1237 (2016)..発現組織は,NRT2.1が根の古い部分の表皮細胞とその一層内側の皮層細胞(10)10) J. Wirth, F. Chopin, V. Santoni, L. Lejay, F. Daniel-Vedele & A. Gojon: J. Biol. Chem., 282, 23541 (2007).,NRT2.4が幼植物の根の新しい部分の表皮細胞,NRT2.5が成熟植物の根の新しい部分の表皮細胞,NRT1.1が根端の表皮細胞,とそれぞれ異なる(7)7) T. Kiba & A. Krapp: Plant Cell Physiol., 57, 707 (2016)..これらの結果から,5輸送体は重複した働きをしているわけではなく,相補的に働くことで,低濃度NO3−の効率的な吸収を担っていると考えられる(図1図1■均一な低窒素環境における吸収を担う硝酸イオン輸送体の発現パターンの模式図).例えば幼植物では,根の新しい部分の表層をNRT1.1とNRT2.4が,根の古い部分の表層をNRT2.1が覆う.根の古い部分では,表皮細胞が脱落したり,正常に機能しなくなることもあるが,NRT2.1が皮層細胞でも発現していることで,表層を覆い続けることができる.このように根の表面を複数の輸送体で覆い尽くすことで,吸収面積を最大化しているのであろう.NH4+の吸収についても,複数の輸送体の協働により吸収能を向上させる仕組みがあることがわかっている(11)11) L. Yuan, D. Loque, S. Kojima, S. Rauch, K. Ishiyama, E. Inoue, H. Takahashi & N. Wiren: Plant Cell, 19, 2636 (2007)..
低窒素環境に応答したNRT2の発現誘導には,少なくとも2つの仕組みが存在すると考えられている.体内の窒素プールが減少することによる脱抑制と窒素不足による誘導である.これらの仕組みに関わる因子は複数同定されている(NIGT1s, LBD37/38/39, CBL7, BT1/BT2, NFYA)(7)7) T. Kiba & A. Krapp: Plant Cell Physiol., 57, 707 (2016)..例えば,GARPタイプの転写因子NIGT1sは脱抑制に関わる因子である.NIGT1sは窒素充足条件ではNRT2のプロモーターに直接結合して発現を抑制するが,窒素不足条件では発現が低下するため,抑制が解除される(12)12) T. Kiba, J. Inaba, T. Kudo, N. Ueda, M. Konishi, N. Mitsuda, Y. Takiguchi, Y. Kondou, T. Yoshizumi, M. Ohme-Takagi et al.: Plant Cell, 30, 925 (2018)..このように個別の因子の解析は進んでいるが,それらがどのような制御ネットワークを構成しているのかについて,体系的な理解は進んでいない.
自然界における土壌中のNO3−の分布は,肥料の施与や死骸・糞尿の分解によって高濃度となるエリアと,他の植物体による吸収や雨水による流出によって低濃度となるエリアが混在している.植物はあらゆる方向に根を伸ばしているものの,周囲にNO3−が高濃度で存在する根とそうではない根に分かれてしまう.このとき植物は,一部の根が土壌中のNO3−欠乏を感知すると,NO3−が周囲に高濃度で存在する根での吸収能を向上させ,個体全体として生育に必要な窒素量を維持する仕組みを進化させてきた.神経を持たない植物が獲得したこの仕組みは,“全身的窒素要求シグナリング”と呼ばれており,1970年代に最初に報告されて以降,多くの植物窒素栄養分野の研究者たちの興味を集めてきた(13)13) M. C. Drew, L. R. Saker & T. W. Ashley: J. Exp. Bot., 24, 1189 (1973)..しかしながら,土壌中のNO3−欠乏を感知した根が,一体どのようにして離れた他の根でNO3−の吸収能を高めるよう指示を出すのかは長年に渡って未解明のままだった.このような背景の中,ここ数年でこのシグナル伝達に関わる主要なシグナル分子群が相次いで発見され,メカニズムの理解が大きく進んだ.
土壌のNO3−欠乏を感知した根ではペプチドホルモンのCEPが作られる.CEPは15アミノ酸からなる小さいペプチドで,蒸散流にのって道管を通って地上部まで長距離輸送される.葉では気孔は裏側に多いので,葉の道管から裏側方向に滲み出たCEPは,蒸散で濃縮されながら道管のすぐ下(裏側方向)にある師管に到達する.葉の師管にはCEP受容体が存在しており,CEPが受容体に認識されると,師管内で二次シグナルCEPDが産生される.CEPDは約100アミノ酸からなるペプチドであり,師管を通って根へと長距離移行し,根のより外側の細胞層へと拡散していく.その後CEPDは,NO3−輸送体NRT2.1の発現を誘導し,根におけるNO3−吸収量を増加させている(図2A図2■窒素環境の変動を全身に伝達する長距離移行ペプチド群)(14~16)14) K. Ohyama, M. Ogawa & Y. Matsubayashi: Plant J., 55, 152 (2008).15) R. Tabata, K. Sumida, T. Yoshii, K. Ohyama, H. Shinohara & Y. Matsubayashi: Science, 346, 343 (2014).16) Y. Ohkubo, M. Tanaka, R. Tabata, M. Ogawa-Ohnishi & Y. Matsubayashi: Nat. Plants, 3, 17029 (2017)..ここで注目しておきたいのは,CEPD自体は周囲のNO3−の有無に関わらずどの根にも等しく移行するが,NO3−輸送体の発現量が増えるのは周囲にNO3−が高濃度で存在する根のみということである.無駄なエネルギーを消費しないように,周囲にNO3−がない根ではNO3−輸送体の量は増えないようになっている.つまり,根は土壌中にNO3−が存在するか否かと,地上部からCEPDが送られてきたかどうかを複合的に判断し,NO3−輸送体の量を調節しているようである.なお,土壌中のNO3−の有無を根がどのように感知しているかについては,残念ながらまだはっきりとした仕組みは分かっていない.
植物は土壌中の不均一な窒素環境に適応する一方で,植物自身が生育に必要とする窒素量も常にモニタリングしている.これは葉が大きく生長する時期には窒素要求量が増加し,根からより多くのNO3−を吸収する必要があるためである.植物の地上部が生長するために必要な窒素量が不足すると,葉の師管ではCEPD-like2(CEPDL2)と呼ばれるペプチドが産生される(17)17) R. Ota, Y. Ohkubo, Y. Yamashita, M. Ogawa-Ohnishi & Y. Matsubayashi: Nat. Commun., 11, 641 (2020)..名前の通り,このCEPDL2は前述したCEPDのホモログとして見出されたペプチドである.CEPDL2はCEPDと同様に葉の師管で特異的に作られ,師管を通って根へ長距離輸送され,根でNO3−輸送体の発現を誘導する(図2B図2■窒素環境の変動を全身に伝達する長距離移行ペプチド群).しかし,CEPDと大きく異なるのは,土壌の窒素欠乏にはまったく反応しないという点である.土壌の窒素欠乏時にはCEP-CEP受容体-CEPDシステムが,地上部の窒素不足時にはCEPDL2システムが根におけるNO3−吸収を制御しており,これらによって植物は変動する外的・内的な窒素環境に適応している.
植物の根では,土壌中に窒素栄養が豊富に存在するとサイトカイニンを合成し,道管を介して地上部へと輸送するため,葉を含む地上部は土壌中の窒素栄養量を根から輸送されたサイトカイニン量によって把握している.そして,このサイトカイニンを地上部へ輸送できない変異体植物では,窒素不足状態でもCEPDやCEPDL2の産生が抑制されることが分かってきた.土壌に窒素栄養が存在するという情報は,サイトカイニンを介して地上部へと伝達し,その情報を踏まえて窒素要求シグナルCEPD/CEPDL2の産生量を決定していると考えられる.土壌中のどこにも窒素栄養がなければそもそも吸収することはできないため,無駄にCEPD/CEPDL2を合成しないようサイトカイニンで調整しているとすれば,とても合理的なシステムだといえる.
これまでに分かっているCEPD/CEPDL2システムの主な役割は,根においてNO3−輸送体の転写を活性化することである.しかし,これは植物がまだ軽度の窒素不足状態であり,NO3−輸送体を新規合成するために必要なアミノ酸が残っているからこそ可能な制御である.重度の窒素不足に陥った植物ではこのアミノ酸のストックが枯渇し,新規のタンパク質合成が大きく抑制されるが,このとき一体どのようにNO3−吸収を促進するのだろうか.
最新の研究によって,重度の窒素不足時において,CEPD/CEPDL2システムはNO3−輸送体よりも脱リン酸化酵素CEPHの産生を優先することが明らかとなった.CEPHは窒素不足時にCEPD/CEPDL2依存的に根で産生される脱リン酸化酵素として見出され,当初はその機能やターゲットとなるタンパク質は未解明であった.しかし,CEPH欠損株の解析によって根における高親和性のNO3−吸収活性が低下していることが判明し,その基質がNO3−吸収に関与する可能性が浮上した.そこで15N代謝標識を用いた定量比較リン酸化プロテオミクスによってCEPHの基質を網羅的に探索したところ(18)18) C. J. Nelson, E. L. Huttlin, A. D. Hegeman, A. C. Harms & M. R. Sussman: Proteomics, 7, 1279 (2007).,CEPHはNRT2.1の501番目のセリンを直接脱リン酸化していることが判明した.ほぼ同時期にフランスの研究グループによって,NRT2.1の501番目のセリンがリン酸化されるとNRT2.1は不活性型となり,NO3−吸収活性が大幅に低下すると報告されていた(19)19) A. Jacquot, V. Chaput, A. Mauries, Z. Li, P. Tillard, C. Fizames, P. Bonillo, F. Bellegarde, E. Laugier, V. Santoni et al.: New Phytol., 228, 1038 (2020)..この報告と合わせて考えると,CEPHはNRT2.1の501番目のセリンを脱リン酸化することでNRT2.1を活性型へと切り替える働きを持つことが明らかとなった(図3図3■脱リン酸化酵素CEPHによるNO3−輸送体の活性化).すなわち,CEPD/CEPDL2はNO3−輸送体の転写を活性化するだけでなく,CEPHを介してタンパク質レベルでの活性化によってもNO3−吸収を促進しているのである(20)20) Y. Ohkubo, K. Kuwata & Y. Matsubayashi: Nat. Plants, 7, 310 (2021)..
NO3−吸収を促進するために転写活性化とタンパク質レベルでの活性化の二重の制御方法をもつことは一見無駄なように思われる.しかし,これこそが植物が窒素不足時に抱えるパラドックスを解決する手段だと考えられる.植物は重度の窒素不足になってからNO3−輸送体を大量に新規合成することはできないため,窒素があるうちに余分にNO3−輸送体を不活性型で準備しておき,重度の窒素不足時には触媒量で済むCEPHを合成して予備のNO3−輸送体を活性化する方針に切り替えているのである.このように,植物は土壌の窒素環境と自身の窒素要求量を常にモニタリングし,維管束組織を使って長距離移行するCEPやCEPD/CEPDL2によって根と葉のあいだで窒素情報をやりとりしている.さらに自身の窒素不足レベルに応じて,NO3−輸送体の転写活性化とCEPHを介した脱リン酸化による活性化を切り替えるという緻密な制御によって,不均一な窒素環境下でも個体全体での窒素恒常性の維持を可能としている.
根系構造とは根が土壌中に発達させる三次元構造のことである.根系構造は,マクロな視点からは,主に根の生長,分岐,角度によって決まる根系が分布する土壌空間を,ミクロな視点からは,根毛の発達も寄与する表面積を決定するものであり,養分の吸収と密接な関係がある.植物の根系は,一般的には,主根型とひげ根型の2つに分けられる.主根型はシロイヌナズナを含む双子葉植物に見られるもので,幼根から発達した主根とそこから発生する側根から構成される.単子葉植物は主にひげ根型であり,幼根から発達した種子根と茎から発生する節根,そしてそれらから発生する側根が根系を形成する.しかし,根系型が違っても同じ土壌環境条件では類似した根系構造を示すため,根系構造決定の基本的な仕組みは共通していると考えられている(21)21) E. D. Rogers & P. N. Benfy: Curr. Opin. Biotechnol., 32, 93 (2015)..
均一な低窒素環境に対して,植物の根系構造は2段階の応答を示す(図4図4■低窒素環境に対する根系構造の変化の模式図)(22)22) Z. Jia & N. von Wiren: J. Exp. Bot., 71, 4393 (2020)..軽度の窒素不足では,主根と側根の生長と側根の出現が促進される.これにより,より広い範囲から吸収するだけでなく,濃度が高い領域を探索することも可能になる.一方,重度の窒素不足では,根の生長と側根の出現が抑制される.根の生長にかかるコストが,吸収で得られるベネフィットを上回るため,生存を優先しているのであろう.また根毛は,外界の窒素濃度が低下するほど長くなることが報告されている(23)23) T. Vatter, B. Neuhauser, M. Stetter & U. Ludewig: J. Plant Res., 128, 839 (2015)..
(A)均一な低窒素環境に対する根系構造の変化,(B)不均一な窒素環境に対する根系構造の変化.ABA, アブシシン酸;BR, ブラシノステロイド;CLE, CLEペプチド.Created with BioRender.com.
軽度の窒素不足に対する応答には,オーキシンとブラシノステロイドが関わることが判明している.主要なオーキシン生合成経路の初発ステップを触媒する酵素の遺伝子TAR2は,窒素不足に応答して発現し,オーキシンの合成を増加させることにより,側根出現を促進する(24)24) W. Ma, J. Li, B. Qu, X. He, X. Zhao, B. Li, X. Fu & Y. Tong: Plant J., 78, 70 (2014)..またブラシノステロイドのコレセプターであるBAK1の機能欠損変異体では,窒素不足に応答した主根と側根の生長促進が弱まることから,ブラシノステロイドは根の生長に促進的に働くことが示唆されている(25)25) Z. Jia, R. F. H. Giehl, R. C. Meyer, T. Altmann & V. von Wiren: Nat. Commun., 10, 2378 (2019)..
重度の窒素不足に応じた側根の出現制御の仕組みには,ペプチドホルモン(CLE)と側根原基のオーキシン量の低下が関わる.CLEは窒素不足に応じて発現誘導され,その受容体であるCLV1を介して側根の出現を抑制する(26)26) T. Araya, M. Miyamoto, J. Wibowo, A. Suzuki, S. Kojima, Y. N. Tsuchiya, S. Sawa, H. Fukuda, N. von Wieren & H. Takahashi: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, 2029 (2014)..側根原基のオーキシン量の低下は,オーキシンの合成抑制と排出の2つの機構によって引き起こされる.合成抑制は,MADSボックス転写因子AGL21によってオーキシン生合成系遺伝子が発現抑制を受けるためであることが示唆されている(27)27) L. Yu, Z. Miao, G. Qi, X. Cai, J. Mao & C. Xian: Mol. Plant, 7, 1653 (2014)..オーキシンの排出は,NRT1.1によるオーキシン輸送の結果である(28)28) W. Wang, B. Hu, A. Li & C. Chu: J. Exp. Bot., 71, 4373 (2020)..NRT1.1はNO3−輸送体であると同時に,NO3−がないときに活性化されるオーキシン輸送体でもあり,重度の窒素不足状況では,活性化されて側根原基からオーキシンを排出する.主根の生長抑制にも,NRT1.1によるオーキシン量の低下が関わると考えられている(28)28) W. Wang, B. Hu, A. Li & C. Chu: J. Exp. Bot., 71, 4373 (2020)..また最近,主根の生長抑制にアブシシン酸が関与することが報告されたが,詳しい仕組みは不明である(29)29) H. Su, T. Wang, C. Ju, J. Demg, T. Zhang, M. Li, H. Tian & C. Wang: J. Integr. Plant Biol., 63, 597 (2020)..
不均一な窒素環境に遭遇した植物は,高窒素に接する根の増殖を促進し,逆に,低窒素におかれた方の増殖は抑制する(図4図4■低窒素環境に対する根系構造の変化の模式図).増殖促進のパターンは窒素源により異なり,NO3−の場合は側根が長くなり,NH4+の場合は側根形成が増加して分岐が多くなる(30)30) J. E. Lima, S. Kojima, H. Takahashi & N. von Wiren: Plant Cell, 22, 3621 (2010)..これは土壌中の窒素源の動態に応じたものであると理解されている.
NO3−に対する応答には,局所シグナルと全身シグナルによる制御が関わることが明らかにされている.NO3−は局所シグナルとして働き,NRT1.1によるオーキシン輸送を介して,高窒素側では側根の伸長促進を,低窒素側では伸長抑制を引き起こす(31)31) E. Mounier, M. Pervent, K. Ljung, A. Gojon & P. Nacry: Plant Cell Environ., 37, 162 (2014)..全身シグナルとしてサイトカイニンが,全身シグナルの統御に関わる因子として転写因子TCP20などが報告されている(32)32) P. Gautrat, C. Laffont, F. Frugier & S. Ruffel: Trends Plant Sci., 26, 392 (2020)..またCEP-CEP受容体-CEPDシステムの関与も十分考えられる.全身シグナルによる制御の基本的な枠組みは,吸収能の調節と同じであると想定されるが,まだ実証されていない.
低窒素環境では根からの吸収により得られる量は限られるため,体内の窒素を効率的に利用することが必要である.これには老化によるリサイクルが重要な役割を果たす.実際様々な植物において,窒素不足による老化の加速と,それに伴う窒素のリサイクル促進が報告されている(33)33) W. Schulze, E. D. Schilze, J. Stadler, H. Heilmeier, M. Stitt & H. A. Mooney: Plant Cell Environ., 17, 795 (1997)..植物における老化は一種のプログラム細胞死であり,タンパク質や核酸などの様々な生体高分子が秩序正しく分解され,新しい器官や貯蔵器官に再分配(転流)される.通常最も多くの窒素が投資されている葉が,植物にとっての主要な転流窒素源である.イネやトウモロコシでは,品種によって差はあるが,種子の窒素の50から90%が葉由来であることが知られている(34)34) B. Hirel, J. Le Gouis, B. Ney & A. Gallais: J. Exp. Bot., 58, 2369 (2007)..近年オートファジーが,老化による窒素のリサイクルに関わることが明らかになった.オートファジーは真核生物に普遍的な細胞内分解システムであり,植物で最もよく研究されているマクロオートファジーでは,まず細胞質成分が二重膜によって取り囲まれた構造体であるオートファゴソームが形成される.オートファゴソームの外膜が液胞膜と融合すると,内膜と内容物が液胞内に放出され,そこで各種の分解酵素による消化が行われる(35)35) Q. Chen, D. Shinozaki, J. Luo, M. Pottier, M. Have, A. Marmagne, M. Reisdorf-Cren, F. Chardon, S. Thomine, K. Yoshimoto et al.: Cells, 8, 1426 (2019)..出芽酵母において同定されたオートファジーに必須な遺伝子ATG(Autophagy-related)のホモログの研究から(36)36) 水島 昇,吉森 保(編):オートファジー—生命を支える細胞の自己分解システム,化学同人,2012.,植物におけるオートファジーも基本的には他の生物と同様の分子メカニズムで作動していると考えられている(37)37) C. Yang, M. Luo, X. Zhuang, F. Li & C. Gao: Trends Genet., 36, 676 (2020)..窒素不足の植物においては,多くのATG遺伝子の発現誘導と,オートファゴソーム形成の促進が観察される.またATGの機能欠損変異体では,窒素のリサイクルが顕著に減少し,低窒素耐性が低下する(38)38) C. Yang, W. Shen, L. Yang, Y. Sun, X. Li, M. Lai, J. Wei, C. Wang, Y. Xu, F. Li et al.: Mol. Plant, 13, 515 (2020)..一方ATG遺伝子を過剰発現すると,低窒素耐性が上昇することが報告されている(39)39) A. Guiboileau, K. Yoshimoto, F. Soulay, M. P. Bataille, J. C. Avice & C. Masclaux-Daubresse: New Phytol., 194, 732 (2012)..葉の窒素の最大80%は葉緑体に分配されているため,葉の窒素のリサイクルでは葉緑体の分解が重要となる.そのメカニズムについては,オートファジーが一部寄与することが示されているが(40)40) 石田宏幸:化学と生物,52,610(2014).,寄与の度合いや詳しい仕組みは未解明である.
本稿では植物の低窒素応答とその制御メカニズムについて,土壌中の窒素を効率的に吸収するための応答と体内の窒素を効率的に利用するための応答の観点から解説した.シロイヌナズナを用いた分子遺伝学的研究により,これら応答の分子機構と不均一な窒素環境における吸収制御のメカニズムの理解は大きく進展した.それ以外の応答制御に関しても,植物ホルモン,転写因子,情報伝達因子など,重要な要素は明らかになりつつあるが,これらが構成する情報伝達系の全体像は捉えどころのないままである.特に,窒素充足・不足シグナルやそのセンサーの実態については全く不明であり,これからの研究の進展が期待される.またリサイクル・根系構造・吸収の応答は独立しておきているわけではなく,時空間的に変動する外的な窒素情報(高濃度/低濃度,均一/不均一,窒素源の種類など)と内的な窒素栄養情報(地上部/地下部,充足/不足など)に応じて,最適なバランスになるように統御されているはずである.この統御のメカニズムの解明は,植物が進化の過程で獲得してきた優れた環境適応システムの本質と窒素肥料の量を減らしても生産性が低下しない農作物の開発につながる,今後の重要な課題であろう.
Reference
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