Kagaku to Seibutsu 60(7): 366 (2022)
書評
新井克彦,服部俊治(編著)『細胞外マトリックス実験法―コラーゲンの基礎研究から再生医療への応用まで』(丸善出版,2021年)
Published: 2022-07-01
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© 2022 公益社団法人日本農芸化学会
細胞外マトリックスとは,文字通り細胞の外側に存在する化学物質群のことを意味する.コラーゲンなどの構造タンパク質や多糖などで構成されており,組織構造の維持・細胞の増殖や分化の制御など重要な機能をもつ.脊椎動物では個体全体の2割から3割程度を占め,物質量として豊富な生物資源となる.このため,細胞外マトリックスは産業利用の面からも注目されてきた.近年は,コラーゲンを加水分解したペプチド混合物をはじめとして,様々な機能性食品の素材として大変注目されている.
細胞の中と外では塩類組成をはじめとして,環境が大きく異なる.従って,生体分子の化学的な性質も細胞内外で大きく異なる.これまでに発刊されている多くの実験書は細胞内タンパク質等の解析を主としたものであるため,細胞外マトリックス成分を解析する場合には特段の注意を払う必要がある.特に新たに細胞外マトリックスの研究を始める研究者にとっては,専門書の参照は必須である.
今回紹介する書籍は,細胞外マトリックス成分の解析法の指南書としてバイブル的な存在であった「細胞外マトリックス研究法」(コラーゲン技術研修会,1999年)の後継書として,新たに編纂されたものである.現在,技術研修会編纂の書は入手困難となっている.また編者も冒頭で触れているように,細胞外マトリックスの解析法や利用法をまとめた成書は他にない.そのため,本書は大変貴重な実験書であると言える.
今回の刊行にあたり,ほぼすべての項目について内容が刷新されており最新の実験手法が記述されている.コラーゲンやグリコサミノグリカンなど,マトリックス主要成分の基本的な調製法や解析法に関しては,糖化産物の解析法,コラーゲン加水分解物の調製法やその体内代謝動態の追跡法などが拡充されている.これらはいずれも近年,健康・保健分野で重要となっている領域である.また,近年コラーゲンの原料として利用が盛んになってきている海産動物からの調製方法などの記載も充実している.培養細胞の分離法や解析法の記述も豊富である.特に細胞外マトリックス成分との接着機構の解析法がより詳細になるとともに,3次元培養皮膚モデルの作製法も加えられている.近年の動物実験の制限に対応する形で,培養細胞を用いた人工組織の作製と利用は創薬やドラックデリバリー研究の面からも重要度をかなり増している.この点からも,本書は時代の要請に応じた内容となっている.さらに,ラミニン断片を用いたiPS細胞の培養法の記述も加えられている.各種幹細胞の培養法の確立と利用は,再生医療の中核をなすものである.しかし,幹細胞の足場依存性には高い選択性があるため,多くの場合幹細胞の培養は依然として容易ではない.また,医療応用のためには,フィーダー細胞を用いない培養法の確立が必須となる.この場合,細胞外マトリックス成分の多様性が培養法確立のための大きな障壁となる.本書に例示されているiPS細胞の培養法の記述は一つの参考事例として大変貴重である.
以上,本書では,細胞外マトリックス成分の基礎的な解析法をベースとして,基礎研究から医療応用の基盤となる技術が記載されている.基礎研究者のみならず,産業レベルで細胞外マトリックスの利用や応用を必要とする者にとって,必読の書であると言える.