書評

日本光合成学会(編)『光合成』(朝倉書店,2021年)

石崎 公庸

神戸大学大学院理学研究科

Published: 2022-07-01

光合成は太陽からの光エネルギーを地球上のあらゆる生命が利用可能な化学エネルギーに変換するプロセスである.光合成の基礎知識を習得することは生物学,化学,農学,生命に関する工学を学び研究する上で必須であり,多くの生物学や生化学の教科書で光合成は1章程度をあてて解説されている.しかし植物科学を専門とする筆者自身も,光合成は難しくて理解しにくいと感じることがしばしばある.教科書レベルから一歩踏み込んだ光合成の理解には,色素による光の吸収という物理学分野や酸化と還元といった化学分野など,多岐にわたる分野の基礎知識を必要とする.また,地球環境におけるエネルギー収支の観点から生態学的な研究も展開されており,光合成が関連する研究分野の裾野はとてつもなく広い.本書は光合成(研究)の幅広くて奥深い魅力を網羅した良書である.

本書は4部32章からなる.まず第1部ではシアノバクテリアや光合成細菌から陸上植物まで光合成をする生き物の多様性と進化について紹介される.葉の葉肉細胞以外で行われる光合成の紹介など,目からウロコの事実が満載である.第2部では19章をあて様々な観点から光合成の仕組みが体系的に記載されている.光化学系I,光化学系II,電子伝達系,還元的ペントースリン酸回路(カルビン−ベンソン回路)といった基本的な内容は豊富なカラーの図とともに最新の知見も含めて分かりやすく詳細に説明されている.また光呼吸・C4光合成・CAM型光合成はもちろん,葉の構造と光合成についての生理学的観点からの解説や植物群落としてのマクロな光合成についての生態学的観点からの解説,藻類や光合成細菌における光合成の解説など多様な生物が行う様々な光合成の仕組みについてミクロ・マクロの観点から充実した内容が展開されている.第3部は光合成の環境応答について光やレドックスといった外的および内的環境による光合成の調節について最新の知見を交えて解説されており,光合成研究の拡がりが感じられる.終盤の第4部ではモデル生物や光合成の測定法,タンパク質の構造解析など現在と未来の光合成研究を支える最新技術について,その歴史や原理と今後の研究の方向性が紹介されている.上記の4部32章に加えてCOLUMN欄には光合成に関する新たな視点や見落としがちなトピックが紹介されている.この一冊で光合成に関する幅広い分野の基本的な内容を網羅するとともに光合成研究の現在の立ち位置と今後の展望までも俯瞰できる内容になっている.

本書は日本光合成学会に所属し光合成の各分野を牽引する専門家によって執筆され,各分野の知識が有機的かつ体系的にカバーされるように編まれている.カラーで図も豊富であり文章は分かりやすく,光合成に関する学術論文を読む上での基礎知識の習得に大きな助けになることは間違いない.生物学および植物科学に興味をもつ学部生や植物科学を研究対象とする大学院生,そして植物科学に限らず広く生物学や化学,農学や工学など様々な分野を専門とする研究者にとっても光合成の面白さと奥深さを味わえる最適の書といえるだろう.本学会員の皆様にも是非手にとっていただきたい一冊である.