巻頭言

女性研究者今昔

Miyako Ueguchi-Tanaka

上口(田中) 美弥子

名古屋大学生物機能開発利用研究センター

Published: 2022-08-01

日本の国立大学の教員に占める女性教員の割合は低い.これに対して,国立大学協会は,女性教員比率を2025年までに24%以上にすることを達成目標とし,またこれを受けて各大学でもインセンティブや,ペナルティを設け目標達成に向けての努力が続けられている.これは大変重要なことであると思う.私が現在ボランティアで関わっている障がい者の就労支援でも言えることであるが,様々なダイバーシティ政策にとって最も効果があるのは数値目標である.

振り返って,自分の理系への興味はどこから始まったのかと思う.私は小学生の頃,足の病気になったために1年ほど学校に行けなかった.その中で,私は顕微鏡や生物・化学の実験に魅せられていった.私の部屋の押し入れはアベナテストをするための暗室に変わっていったし,ベッドの下には走性を実験するためのゾウリムシが,「峠の釜飯」の釜の稲藁の煮出汁中で飼われていた.このようなことを自由にさせてくれた母,また本格的な微生物プレパラート作りを教えてくれた隣家の基礎医学の教授の存在など,病気で家から出られない少女にとって最高の環境であったかと思う.

日は巡り,私は縁あって名古屋大学生物機能開発利用研究センターのポスドクとなり,今度はジベレリン(GA)非感受性極矮性変異体イネgid1に夢中になった.息子は,まだ小学生にもなっていなかったからそれなりの時間に帰らなければならなかった.夜息子が寝てから,毎日紙とペンで書く,丸(タンパク因子)と矢印(促進)とT字(抑制).このタンパク質は何をやっているのだろうか? 類推しては仮定を否定する日々であったが,その仮説は,少しずつ実験結果を説明できるようになっていくようで本当に楽しかった.国際学会での様々な幸運もあり,この変異体の原因遺伝子がGA受容体をコードしていることが解ったことは何より嬉しかった.けれど,もし毎日夜中まで実験をし,仮説を考えることを蔑ろにしていたら,当時の発見には至らなかったと思う.研究には強制的に考えされられる時間が必要で,子育ては最適な時間である.

私が学生の時には,結婚するのか結婚せずに研究を続けるのか,どちらかを選択することが女子学生には無意識下で課せられていたように思う.私は,自らの経験からも,子育てしながらの研究はプラスであっても決してマイナスにならないと思っている.そういう意味で,研究とライフイベントの両立支援をする特別研究員-RPD制度は優れていると思う.

もう一点最近よく思うことがある.私達が学生の時には,「女性が研究を続けるなら大学に残ることだ,企業に行けば子育てしながらの研究は難しい」という先輩方のサジェスチョンがあった.多くの優秀な女性研究者が長くポスドクを続けながら,もしくは無給の助手として大学で研究を続けていたように思う.今は,随分と事情が変わった.私の研究室を卒業した女子学生さんも,企業の研究部門で働きながら,結婚,子育て,研究をし,趣味も決して犠牲にせず生き生きと働いている.これに対して,大学の研究者は,果たして楽しく研究できているのだろうか?

最初に述べたように,女性の研究者,特に教授,総長等の職階の上の女性研究者を増やすためのインセンティブやペナルティは,もちろん最大限に重要である.けれどもまた,大学が,男女問わずより魅力的な研究の場を取り戻すことが,今まさに必要なことではないだろうか.