今日の話題

抗酸化物質ヒドロキシチロソールの発酵生産オリーブ抽出から発酵生産への転換

Yasuharu Satoh

佐藤 康治

北海道大学大学院工学研究院応用化学部門

Published: 2022-08-01

世界的に食されるオリーブ油には,様々な健康効果が認められている.その成分の1つで天然ポリフェノールのヒドロキシチロソール(HT)は,高い抗酸化活性をもち,抗ガンや抗炎症作用,動脈硬化や血栓形成の予防効果などが知られている(1, 2)1) L. Martínez-Zamora, R. Peñalver, G. Ros & G. Nieto: Foods, 10, 2611 (2021).2) S. H. Omar: Sci. Pharm., 78, 133 (2010)..また,その美白効果から化粧品に配合されている.この他に抗ウイルス活性も知られ,近年パンデミックを引き起こしている新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の予防の観点からも注目されている(3)3) S. Paolacci, M. C. Ergoren, D. De Forni, E. Manara, B. Poddesu, G. Cugia, K. Dhuli, G. Camilleri, G. Tuncel, H. Kaya Suer et al.: Eur. Rev. Med. Pharmacol. Sci., 25(Suppl), 81 (2021).

我々はHTを食事から摂取しているが摂取源は限定的で,また含有量も低いため,十分な効果が得られておらず,近年の健康志向の高まりもあり食品添加物やサプリメントとしての利用が拡大している.現在はHTを含むオリーブ葉エキス濃縮物が市販されているが,含有量は比較的高いが多くの不純物を含むため,特に食品や化粧品への配合には高純度品が望まれる.高純度品として,オリーブ葉抽出物やオリーブ油製造時に発生する廃水からの精製が試みられているが,回収率が低い,精製工程に時間を要するなど課題がある.

チロソールやジヒドロキシベンズアルデヒドからの化学合成法も報告されてはいるが,原料が比較的に高価で,保護・脱保護工程を含むため全収量が低い.また,有害な有機溶媒の使用や大量のエネルギーを消費する高温条件下での反応は,環境負荷低減の観点からも敬遠される.これに対し,有機溶媒の代わりに水を用い,常温常圧下で反応を行う酵素を活用した合成プロセスも報告されている.例えば,メラニン色素合成に関与するチロシナーゼの利用がある(4)4) J. C. Espín, C. Soler-Rivas, E. Cantos, F. A. Tomás-Barberán & H. J. Wichers: J. Agric. Food Chem., 49, 1187 (2001)..本酵素は,酸素を酸化剤としてタンパク質アミノ酸であるチロシン(Tyr)を水酸化するジヒドロキシフェニルアラニン(ドーパ)合成反応を触媒する.キノコ由来チロシナーゼは,Tyrと同じくフェノール構造をもつチロソールも水酸化できるため,HT合成に利用された(図1A図1■HT合成経路青矢印).しかし,本酵素はジオキシゲナーゼであり,水酸化反応に加えてキノン体への過剰な酸化反応も触媒するため,アスコルビン酸による還元プロセスが必要である.この他に,フラビン依存性ヒドロキシフェニル酢酸(HPA)水酸化酵素を用いる変換プロセスも報告されている(5)5) P. P. Liebgott, A. Amouric, A. Comte, J. L. Tholozan & J. Lorquin: Res. Microbiol., 160, 757 (2009).図1A図1■HT合成経路赤矢印).このような化学および酵素合成法はいずれも化学合成された原料を用いるため,持続可能な開発目標SDGsの達成の観点から改善が求められる.

図1■HT合成経路

A: 酵素合成経路,B: オリーブにおける推定生合成経路,C: 発酵生産経路 HT: ヒドロキシチロソール,HPP: ヒドロキシフェニルピルビン酸,HPAA: ヒドロキシフェニルアセトアルデヒド,DHPAA: ジヒドロキシフェニルアセトアルデヒド

このような背景から,再生可能で安定供給が可能なバイオマスを原料に,常温・常圧下で物質生産が可能な微生物による発酵生産が新たな供給ルートとして注目されている.これまでにHT高生産菌の報告はなかったため,我々はHT生合成経路を実装した遺伝子組換え大腸菌による発酵生産について検討した.大腸菌はゲノム情報や遺伝子機能に関する知見などが充実し,さらにプラスミドベクターや遺伝子ライブラリーなどの遺伝子工学ツールが豊富,遺伝子導入や破壊が容易など,他の宿主微生物よりも非常に扱い易いという利点があり,物質生産に広く用いられている.はじめに,導入するHT生合成経路を検討した.オリーブから得られるHTは,オレウロペインの加水分解によって生成される(図1B図1■HT合成経路).オレウロペインはチロソールを部分構造にもつリグストロシドの水酸化によって生合成されると予想されているが(2)2) S. H. Omar: Sci. Pharm., 78, 133 (2010).,その酵素は同定されておらず,新たな経路をデザインすることとした.

我々はTyrを原料に,脱炭酸とそれに続くアミノ基の酸化,生成したアルデヒド基の還元反応を経てチロソールへ変換する植物および微生物由来酵素を用いた人工的な代謝経路を設計し,合成生物学的アプローチで大腸菌へ実装することに成功していた(6)6) Y. Satoh, K. Tajima, M. Munekata, J. D. Keasling & T. S. Lee: J. Agric. Food Chem., 60, 979 (2012).図1C図1■HT合成経路青矢印).この成果に基づき,Tyrに代えてドーパを出発化合物とすることでHT合成が可能になると考え検証した(7)7) Y. Satoh, K. Tajima, M. Munekata, J. D. Keasling & T. S. Lee: Metab. Eng., 14, 603 (2012).図1C図1■HT合成経路赤矢印).その結果,大腸菌内に存在するTyrを基質としないドーパ特異的脱炭酸酵素の利用によってHTが選択的に合成できることがわかった.

続いて大腸菌でのドーパ合成を検討した.ドーパ合成酵素として前述のチロシナーゼがあるが,ドーパは中間体である.他に,動物で神経伝達物質ドパミン等の生合成に関与するTyr水酸化酵素が知られていたが,本酵素は動物に特異的な補酵素テトラヒドロビオプテリン(BH4)を要求するため,微生物による物質生産には利用されていなかった.我々は種々の検討から,大腸菌に内在するテトラヒドロモナプテリン(MH4)で代替できることやBH4再生系の導入が効率的な反応の進行に必須であることを明らかにし,ドーパ供給系を確立した.最終的に,全ての遺伝子を導入した大腸菌でグルコースを炭素源としたHT発酵生産に成功した.

最近,チロソール生合成経路を実装した大腸菌へのHPA水酸化酵素の導入によるHT発酵生産が試みられた(8)8) X. Li, Z. Chen, Y. Wu, Y. Yan, X. Sun & Q. Yuan: ACS Synth. Biol., 7, 647 (2018)..酵母はEhrlich経路でTyrをチロソールに変換する(図1C図1■HT合成経路黒矢印).大腸菌はヒドロキシフェニルピルビン酸(HPP)脱炭酸酵素をもたないため,Liらは酵母由来酵素の導入によりEhrlich経路を再構築した.さらにHPAA還元酵素とHPA水酸化酵素の導入によりHT合成に成功した.また,HTは宿主に毒性を示すことや培養中に酸化されることを明らかにし,その改善により高生産法を確立した.他方,Bisquertらは酵母自身のもつチロソール合成能の強化とHPA水酸化酵素の導入によるHT発酵生産を報告した(9)9) R. Bisquert, A. Planells-Cárcel, E. Valera-García, J. M. Guillamón & S. Muñiz-Calvo: Microb. Biotechnol., 15, 1499 (2022)..これらの更なる最適化により実用的な発酵生産法が確立され,発酵生産HTが市場に登場する日も近い!?

Reference

1) L. Martínez-Zamora, R. Peñalver, G. Ros & G. Nieto: Foods, 10, 2611 (2021).

2) S. H. Omar: Sci. Pharm., 78, 133 (2010).

3) S. Paolacci, M. C. Ergoren, D. De Forni, E. Manara, B. Poddesu, G. Cugia, K. Dhuli, G. Camilleri, G. Tuncel, H. Kaya Suer et al.: Eur. Rev. Med. Pharmacol. Sci., 25(Suppl), 81 (2021).

4) J. C. Espín, C. Soler-Rivas, E. Cantos, F. A. Tomás-Barberán & H. J. Wichers: J. Agric. Food Chem., 49, 1187 (2001).

5) P. P. Liebgott, A. Amouric, A. Comte, J. L. Tholozan & J. Lorquin: Res. Microbiol., 160, 757 (2009).

6) Y. Satoh, K. Tajima, M. Munekata, J. D. Keasling & T. S. Lee: J. Agric. Food Chem., 60, 979 (2012).

7) Y. Satoh, K. Tajima, M. Munekata, J. D. Keasling & T. S. Lee: Metab. Eng., 14, 603 (2012).

8) X. Li, Z. Chen, Y. Wu, Y. Yan, X. Sun & Q. Yuan: ACS Synth. Biol., 7, 647 (2018).

9) R. Bisquert, A. Planells-Cárcel, E. Valera-García, J. M. Guillamón & S. Muñiz-Calvo: Microb. Biotechnol., 15, 1499 (2022).