Kagaku to Seibutsu 60(8): 376-378 (2022)
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生体のしなやかさを維持するタンパク質 エラスチンいかに身体のしなやかさを維持するか
Published: 2022-08-01
© 2022 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2022 公益社団法人日本農芸化学会
人は誰でも年齢とともに身体が硬くなるばかりでなく,血管も硬くなり血圧が高くなる,しわも増えるなどエイジングを自覚する.精神的にも不活発となり,日常生活に支障をきたすようになる.つまり健康と若さを維持することは,「いかに身体のしなやかさを維持するか」ともいえる.そこで本稿では生体にしなやかさをもたらすタンパク質,エラスチンについて最近の話題を提供する.
生体は細胞と細胞外マトリックス(ECM: Extracellular matrix)から構成されており,ECMの主成分は水,タンパク質および多糖類で,これらが様々な割合で結合することにより,組織・臓器に硬さや柔らかさを与えている.組織の種類によってECMは異なる組成を持っており,各細胞は自身のECM受容体を介してECMと接着している.このため細胞とその隙間を埋めるECMによって複雑なネットワークが形成され,その集合体として生体組織や臓器となる.このようにECMは細胞の物理的な足場としてのみならず,細胞の移動や接着,分化・増殖など活動の場として重要であり,組織や臓器だけでなく生体の恒常性維持にも積極的な役割を果たしている(図1図1■細胞外マトリックス).
ECMの主な線維状タンパク質として,コラーゲン,エラスチン,フィブロネクチン,ラミニンがあげられる.また多糖類のプロテオグリカンは組織中で水和ゲルの状態となり,細胞外間質の隙間を埋める役割を担っている(1)1) A. D. Theocharis, S. S. Skandalis, C. Gialeli & N. K. Karamanos: Adv. Drug Deliv. Rev., 97, 4 (2016)..ECMのうち生体に最も豊富に含まれているものはコラーゲンであり,生体のタンパク質のほぼ1/4を占めている.次に弾性線維の主成分であるエラスチンが多く含まれている.コラーゲンはグリシン,プロリン,ヒドロキシプロリンに富む分子量約10万のタンパク質で,3本のポリペプチド鎖が右巻きのらせん構造を形成して強い張力に耐える剛性を有している.一方,エラスチンは,可溶性前駆体として分子量約7万のトロポエラスチン単量体として生合成される.その後,細胞外においてリシルオキシターゼによりリシン間でデスモシン架橋が形成されて不溶性エラスチンとなる.さらにフィブリリンと結合して弾性線維を形成する(図2図2■エラスチンとコラーゲンの相互作用).エラスチンには,アラニン,グリシン,バリン,プロリンなどの疎水性アミノ酸が80%以上を占めている上に,デスモシンやイソデスモシンというエラスチンに特有の架橋アミノ酸が含まれている.これによりエラスチン特有の三次元構造が形成され,組織の弾力性・伸縮性・柔軟性に寄与している(2)2) S. M. Mithieux & A. S. Weiss: Adv. Protein Chem., 70, 437 (2005)..エラスチンはこのような他のタンパク質にはない特有の性質を持つため,三次元構造を維持したままで通常の組織から抽出することが困難であり,生化学や分子生物学における構造や機能の研究や生体力学の分野での特性研究がコラーゲンに比べて大きく遅れている.
エラスチンは靭帯,肺,皮膚,動脈などの伸展性に富んだ組織に多く存在し,特有のゴム状弾性により当該諸臓器の機能に重要な役割を有しており,その伸展性と弾力性はエラスチン線維の質と量に依存する.エラスチンが変性・分解を受けると,肺では肺気腫注1注1 肺胞の破壊と拡張により,息切れを起こす病気をはじめとする慢性閉塞性肺疾や肺線維症注2注2 肺に線維組織が増殖し,肺全体の伸縮が困難になり呼吸困難に陥る病気,皮膚ではしわやたるみ(3)3) A. C. Weihermann, M. Lorencini, C. A. Brohem & C. M. de Carvalho: Int. J. Cosmet. Sci., 39, 241 (2017).,血管では動脈硬化や動脈瘤など(4)4) A. Wahart, T. Hocine, C. Albrecht, A. Henry, T. Sarazin, L. Martiny, H. El Btaouri, P. Maurice, A. Bennasroune, B. Romier-Crouzet et al.: FEBS J., 286, 2980 (2019).様々な加齢性の変性や疾患が惹き起こされる.変性エラスチンはmatrix metalloproteaseによる分解を受けるものの,ターンオーバーは極めて遅い.このためエラスチンの組織内での再生はほとんど認められていない(5)5) S. R. Van Doren: Matrix Biol., 44–46, 224 (2015)..そこで,外因性エラスチンペプチドによる組織の修復,あるいは分解の遅延に関する研究が試みられている.
カツオ動脈球由来のエラスチンペプチドを高血圧自然発症ラットに投与すると,大動脈内皮細胞の傷害の軽減が観察される.また,エラスチンペプチドの消化吸収により血中で増加するProlylglycine(PG)を静脈内に投与したラットにおいても内皮細胞の保護作用が認められ,且つ動脈壁の伸展性が改善されることから,有効成分はPGであることが明らかにされている(6)6) K. Takemori, E. Yamamoto, H. Ito & T. Kometani: Life Sci., 120, 48 (2015)..最近,脳卒中易発症性高血圧自然発症ラットを用いた研究で,エラスチンペプチドは,血圧には影響を及ぼさないものの,白血球と内皮細胞の接着抑制を介して高血圧性腎血管壊死を抑制する作用を有することが報告されている(7)7) 竹森久美子.Medical Science Digest, 47, 34 (2021)..血管保護作用以外にも,創傷治癒中の皮膚の伸展性を維持および改善するためのエラスチン成分を含む医薬品や再生医療材料の研究が進んでいる.実際,弾性率が皮膚と類似しているエラスチンベースの材料が開発され,創傷部位との癒合が速やかになることが明らかにされている.したがってエラスチン成分を含む材料は,皮膚の損傷を効果的に修復する再生医療に有用となる可能性がある(8)8) E. Yamamoto & Y. Kawamura: J. Photopolym. Sci. Technol., 33, 235 (2020)..
エラスチンとそのペプチドは血管内皮細胞,平滑筋細胞,線維芽細胞あるいは表皮細胞などに対して,エラスチンレセプターを介してあるいは直接細胞膜に作用し,膜安定化作用・タンパク質合成作用・生理活性物質の発現制御などに影響を及ぼすと考えられるが,そのメカニズムはまだ解明されていない.今後エラスチン成分による弾性線維の分解阻害や弾性維持のメカニズムを解明できれば,生体のしなやかさを維持する道筋が見えてくる.年齢とともにやってくる身体的硬化のみならず,理解力が低下し頑固になるなどの精神的硬化を緩和・軽減するアンチエイジング効果のある機能性成分として,作用メカニズムを迅速に明らかにすることが求められている.また,これまで外因性エラスチンの供給源として,牛,豚の動脈,腱,項靭帯などが用いられてきたが(9)9) E. Shiratsuchi, M. Ura, M. Nakaba, I. Maeda & K. Okamoto: J. Pept. Sci., 16, 652 (2010).,感染症や宗教上の理由で敬遠されるケースも生じている.そこで,日本人の食生活に馴染み深く,食習慣のある魚類由来のエラスチンが注目されている.魚類由来エラスチンの供給源は普段利用されることの少ない皮や動脈球注3注3 魚の心臓から血管に移る動脈のことで,大動脈壁の一部が発達したもの (10)10) M. Nakaba, K. Ogawa, M. Seiki & M. Kunimoto: Fish. Sci., 72, 1322 (2006).から利用することができるので,持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals; SDGs)を意識した未利用資源の活用という観点からもより一層の活用が期待される.
Reference
2) S. M. Mithieux & A. S. Weiss: Adv. Protein Chem., 70, 437 (2005).
5) S. R. Van Doren: Matrix Biol., 44–46, 224 (2015).
6) K. Takemori, E. Yamamoto, H. Ito & T. Kometani: Life Sci., 120, 48 (2015).
7) 竹森久美子.Medical Science Digest, 47, 34 (2021).
8) E. Yamamoto & Y. Kawamura: J. Photopolym. Sci. Technol., 33, 235 (2020).
9) E. Shiratsuchi, M. Ura, M. Nakaba, I. Maeda & K. Okamoto: J. Pept. Sci., 16, 652 (2010).
10) M. Nakaba, K. Ogawa, M. Seiki & M. Kunimoto: Fish. Sci., 72, 1322 (2006).
注1 注1 肺胞の破壊と拡張により,息切れを起こす病気
注2 注2 肺に線維組織が増殖し,肺全体の伸縮が困難になり呼吸困難に陥る病気
注3 注3 魚の心臓から血管に移る動脈のことで,大動脈壁の一部が発達したもの