解説

タンパク質栄養状態の悪化によって稼働する肝脂質蓄積機構タンパク質・アミノ酸欠乏によって形成される脂肪肝

The Mechanism Underlying the Development of Fatty Liver Under Protein Malnutrition: Protein and Amino Acid Deprivation Induces Fatty Liver

Yuka Toyoshima

豊島 由香

宇都宮大学農学部

Published: 2022-08-01

動物は,栄養状態の変化に応じて,体内の物質代謝を調節して,恒常性を維持している.この恒常性が破綻すると,生活習慣病が発症する.生活習慣病の発症リスクを高める要因の一つとして,脂肪肝がある.一般的に,脂肪肝は,過栄養による肥満や2型糖尿病を患っている動物の肝臓で形成されると考えられているのではないだろうか.しかし,実際には,肥満を伴わない脂肪肝の症例数も少なくなく,その原因の一つは,必要な栄養素を十分に摂取できていない低栄養である.低栄養は,食糧不足に苦しむ発展途上国だけの問題ではなく,わが国を含めて先進諸国においても,若年者の過度な食事制限や高齢者のタンパク質やエネルギーの摂取不足など解決すべき問題である.本稿では,タンパク質やアミノ酸を十分に摂取できない場合の低栄養が,どのような機序で脂肪肝を形成させるかに関する知見を紹介する.

Key words: タンパク質; アミノ酸; 肝臓; 中性脂肪; インスリン

タンパク質栄養状態の悪化と脂肪肝

「タンパク質栄養状態の悪化」とは,タンパク質の必要量を満たす十分な「量」や全ての必須アミノ酸の要求量を満たす「質」の良いタンパク質・アミノ酸を摂取できていない状態のことである.古くから,タンパク質栄養状態が悪化すると,肝臓に過剰な中性脂肪が蓄積して,脂肪肝が形成されることが知られている(1~3)1) J. F. Brock: Ann. N. Y. Acad. Sci., 57, 696 (1954).2) V. Kumar, M. G. Deo & V. Ramalingaswami: Gastroenterology, 62, 445 (1972).3) K. Madi, H. R. Jervis, P. R. Anderson & M. R. Zimmerman: Arch. Pathol., 89, 38 (1970)..脂肪肝の形成は,肝臓への脂肪酸取り込みの増加,肝臓での脂肪酸酸化の抑制や脂肪合成の促進,肝臓からの中性脂肪の分泌抑制などのいずれか,もしくはこれらの組み合わせによって起こる.これまで,タンパク質栄養状態の悪化による脂肪肝の形成は,肝臓からの中性脂肪の分泌が抑制されるために起こると考えられていた(4, 5)4) A. S. Truswell, J. D. Hansen, C. E. Watson & P. Wannenburg: Am. J. Clin. Nutr., 22, 568 (1969).5) H. Flores, N. Pak, A. Maccioni & F. Monckeberg: Br. J. Nutr., 24, 1005 (1970)..しかし,近年,この形成には,肝臓におけるインスリンの細胞内シグナルの変化やそれを介した物質代謝の変化が関与することがわかってきた.また,摂取する全てのアミノ酸の不足と,ある特定のアミノ酸のみの不足とでは,異なる機構で肝臓に過剰な脂質を蓄積させることもわかってきた.そこで,近年明らかにされた,タンパク質栄養状態の悪化による肝脂質蓄積機構について述べる.

タンパク質の摂取不足によって起こる肝臓のインスリンシグナル増強と脂質蓄積

1. タンパク質不足は肝臓のインスリン感受性を上昇させる

筆者が大学院生の時に所属した研究室では,タンパク質栄養状態に応答した体タンパク質代謝の調節に,インスリン様成長因子(Insulin-like Growth Factor: IGF)-Iというペプチドホルモンの活性制御が重要であることが見出され,その調節機構を解明するために精力的な研究活動が行われていた(6~9)6) S. Takahashi, M. Kajikawa, T. Umezawa, S. Takahashi, H. Kato, Y. Miura, T. J. Nam, T. Noguchi & H. Naito: Br. J. Nutr., 63, 521 (1990).7) T. J. Nam, T. Noguchi, R. Funabiki, H. Kato, Y. Miura & H. Naito: Br. J. Nutr., 63, 515 (1990).8) A. Takenaka, N. Oki, S. I. Takahashi & T. Noguchi: J. Nutr., 130, 2910 (2000).9) Y. Miura, H. Kato & T. Noguchi: Br. J. Nutr., 67, 257 (1992)..IGF-Iはプロインスリンと構造の類似したペプチドホルモンであり,細胞増殖やタンパク質合成の促進といったタンパク質代謝調節に強い活性を示す.一方で,インスリンはタンパク質合成を促進する働きも持っているが,グリコーゲンや中性脂肪の合成促進といった糖・脂質代謝調節に強い活性を示す.このように,IGF-Iとインスリンの生理作用は異なるが,これらの作用を発揮するために重要な細胞内シグナル伝達経路の差異は明白になっていない.また,タンパク質栄養状態が悪化すると,IGF-Iの活性低下を介して体タンパク質合成が抑制されることは明らかになっていたが,インスリンによって調節される糖・脂質代謝はどのように変動するかは不明な点が多く残されていた.そこで我々は,タンパク質栄養状態が悪化すると,IGF-Iと同様の細胞内シグナル伝達経路を利用して発揮されるインスリンの活性も,IGF-I場合と同様に低下するのではないかと仮説をたて,タンパク質栄養状態の悪化が動物体内における糖・脂質代謝やインスリンシグナルに及ぼす影響について解析を行った.

まず,タンパク質の摂取不足が血糖値や血中インスリン濃度の変化に与える影響を調べるために,一日のタンパク質必要量に満たない低タンパク質食を与えたラットを用いて,耐糖能試験を行った.その結果,低タンパク質食を摂取したラットでは,グルコースに応答した膵臓からのインスリン分泌が抑えられる一方で,血糖値は正常に維持されていた(10, 11)10) Y. Toyoshima, R. Tokita, Y. Ohne, F. Hakuno, T. Noguchi, S. Minami, H. Kato & S. Takahashi: J. Mol. Endocrinol., 45, 329 (2010).11) Y. Toyoshima, R. Tokita, Y. Taguchi, N. Akiyama-Akanishi, A. Takenaka, H. Kato, K. Chida, F. Hakuno, S. Minami & S. Takahashi: Endocr. J., 61, 499 (2014)..また,インスリン負荷試験を行ったところ,対照食摂取ラットと比べて,低タンパク質食摂取ラットでは,インスリンに応答した血糖値の低下が著しかった(12)12) T. Yagi, Y. Toyoshima, R. Tokita, Y. Taguchi, Y. Okamoto, S. I. Takahashi, H. Kato & S. Minami: Biosci. Biotechnol. Biochem., 83, 1774 (2019)..以上の結果から,摂取するタンパク質が不足すると,インスリン感受性が上昇することが明らかとなった.したがって,タンパク質の摂取不足はインスリン分泌を抑制するが,インスリン感受性を上昇させることによって血糖値を正常に維持していると考えられた.

次に,体内のどの臓器でインスリン感受性が上昇するかを明らかにするために,無タンパク質食もしくは低タンパク質食摂取ラットのインスリンの標的臓器における細胞内シグナルの変化を検討した.一般に,インスリンが細胞膜上の受容体に結合すると,受容体が活性化される.これによってインスリン受容体基質(IRS)がチロシンリン酸化される.IRSには,少なくとも4つのアイソフォームがあり,なかでもIRS-1とIRS-2は相同性が高く,様々な組織に発現していることが知られている.続いて,チロシンリン酸化されたIRSにホスファチジルイノシトール3(PI3)キナーゼのp85調節サブユニットが結合することでPI3キナーゼ経路が活性化され,インスリン特有の生理作用を発揮する(図1図1■インスリンの細胞内シグナル伝達経路の概略図).検討の結果,肝臓において,無タンパク質食や低タンパク質食を摂取したラットでは,対照食摂取ラットと比べて,IRS-1およびIRS-2の量が増加し,インスリン刺激や摂食に応答したこれらのチロシンリン酸化およびPI3キナーゼのp85調節サブユニットとの結合量が増加していた(10, 11)10) Y. Toyoshima, R. Tokita, Y. Ohne, F. Hakuno, T. Noguchi, S. Minami, H. Kato & S. Takahashi: J. Mol. Endocrinol., 45, 329 (2010).11) Y. Toyoshima, R. Tokita, Y. Taguchi, N. Akiyama-Akanishi, A. Takenaka, H. Kato, K. Chida, F. Hakuno, S. Minami & S. Takahashi: Endocr. J., 61, 499 (2014)..特に,IRS-2のチロシンリン酸化およびPI3キナーゼp85調節サブユニットとの結合量は,インスリン無刺激時の定常状態においても増加していた.また,PI3キナーゼの下流に存在するラパマイシン標的タンパク質複合体1(mechanistic target of rapamycin complex 1: mTORC1)経路の活性レベルも,無タンパク質食や低タンパク質食を摂取したラットで上昇していた(10, 11)10) Y. Toyoshima, R. Tokita, Y. Ohne, F. Hakuno, T. Noguchi, S. Minami, H. Kato & S. Takahashi: J. Mol. Endocrinol., 45, 329 (2010).11) Y. Toyoshima, R. Tokita, Y. Taguchi, N. Akiyama-Akanishi, A. Takenaka, H. Kato, K. Chida, F. Hakuno, S. Minami & S. Takahashi: Endocr. J., 61, 499 (2014)..さらに,低タンパク質食摂取ラットの肝臓から単離した肝細胞においても,同様の結果が得られた(13)13) Y. Taguchi, Y. Toyoshima, R. Tokita, H. Kato, S. I. Takahashi & S. Minami: Biochem. Biophys. Res. Commun., 490, 800 (2017)..これらの結果から,摂取するタンパク質が不足すると,肝臓のインスリンシグナルが増強することが明らかとなった.

図1■インスリンの細胞内シグナル伝達経路の概略図

2. タンパク質不足は肝臓の脂質合成を促進させる

肝臓におけるインスリンの主な作用は,糖新生の抑制と脂質合成の促進である.タンパク質摂取不足によって肝臓のインスリンシグナルが増強することがわかったので,これらのインスリン作用も亢進しているのではないかと考えられた.そこで,まず,全身における糖新生の状態を,ピルビン酸負荷試験で調べた.その結果,無タンパク質食や低タンパク質食を摂取したラットでは,ピルビン酸投与による血糖値の上昇が抑えられており,糖新生が抑制されていることがわかった(10)10) Y. Toyoshima, R. Tokita, Y. Ohne, F. Hakuno, T. Noguchi, S. Minami, H. Kato & S. Takahashi: J. Mol. Endocrinol., 45, 329 (2010)..また,肝臓において,糖新生の律速酵素の1つであるホスホエノールピルビン酸カルボキシキナーゼのmRNA量も減少していた(10)10) Y. Toyoshima, R. Tokita, Y. Ohne, F. Hakuno, T. Noguchi, S. Minami, H. Kato & S. Takahashi: J. Mol. Endocrinol., 45, 329 (2010)..これらの結果から,摂取するタンパク質が不足すると,肝臓インスリンシグナルの増強を介して,肝糖新生が抑制されると考えられた.

次に,インスリンの脂質合成促進作用について検討した.先述の通り,タンパク質栄養状態が悪化すると,脂肪肝が形成される.我々が実験で用いた無タンパク質食や低タンパク質食を摂取したラットでも,肝中性脂肪量は,対照食摂取ラットと比べて,増加していた(11)11) Y. Toyoshima, R. Tokita, Y. Taguchi, N. Akiyama-Akanishi, A. Takenaka, H. Kato, K. Chida, F. Hakuno, S. Minami & S. Takahashi: Endocr. J., 61, 499 (2014)..このことから,摂取するタンパク質が不足すると,肝臓インスリンシグナルの増強を介して脂質合成が促進されて,肝臓に過剰な脂質を蓄積すると考えられた.そこで,低タンパク質食摂取ラットから単離した肝細胞を用いて,インスリン刺激に応答した脂質合成活性の変化を調べた.まず,脂肪酸合成調節酵素であるアセチルCoAカルボキシラーゼ1(ACC1)や脂肪酸合成酵素(FAS)のmRNA量を測定した.これらのmRNA量は,インスリン刺激によって増加することが知られている.検討の結果,対照食摂取ラットと低タンパク質食摂取ラットのいずれの肝細胞においても,ACC1とFASのmRNA量は,インスリン刺激依存的に増加した.しかし,これらのmRNA量は,インスリン刺激の有無に関わらず,両食餌群間で差は観察されなかった.また,これらのタンパク質量は,対照食摂取ラットの肝細胞に比べて,低タンパク質食摂取ラットの肝細胞で増加したが,両群ともにインスリン刺激によって増加しなかった.さらに,単位時間当たりの中性脂肪合成量を測定したところ,対照食摂取ラットの肝細胞に比べて,低タンパク質食摂取ラットの肝細胞で,単位時間当たりの中性脂肪合成量は多かった.しかし,この量は,両食餌群ともに,インスリン刺激によって,増加しなかった.これらの結果から,低タンパク質食摂食ラットの肝臓では,インスリン刺激の有無に関わらず,脂質合成が促進することが明らかとなった(13)13) Y. Taguchi, Y. Toyoshima, R. Tokita, H. Kato, S. I. Takahashi & S. Minami: Biochem. Biophys. Res. Commun., 490, 800 (2017)..したがって,摂取するタンパク質が不足すると,急性的なインスリン刺激の有無に関わらず,慢性的な肝臓インスリンシグナルの増強を介した中性脂肪合成の促進が起こって,肝臓に脂質が蓄積すると考えられた(図2図2■タンパク質の摂取不足に応答して稼働する肝脂質蓄積機構).また,タンパク質摂取不足によって起こる肝臓インスリンシグナルの増強は,糖新生の抑制と中性脂肪合成の促進を同時に引き起こすことが示唆された.

図2■タンパク質の摂取不足に応答して稼働する肝脂質蓄積機構

このように,タンパク質の摂取不足による低栄養が脂肪肝を形成させるメカニズムには,肝臓におけるインスリン感受性の上昇が関与することがわかってきた.これに対して,過栄養による肥満や2型糖尿病を伴った脂肪肝形成機序については,インスリンが十分量あるにも関わらずその作用が発揮されない「インスリン抵抗性」との関連が指摘されている.特に,過栄養によって肥満や2型糖尿病を発症した肝臓では,インスリンの脂肪合成促進作用は増強する一方で,糖新生抑制作用は減弱している「選択的インスリン抵抗性」状態にあり,この状態が脂肪肝の発症を誘導すると考えられている(14)14) M. S. Brown & J. L. Goldstein: Cell. Metab., 7, 95 (2008)..タンパク質不足による低栄養では,過栄養と同様に,インスリンの脂肪合成促進作用が増強して脂肪肝を形成するが,それと同時に,インスリンの糖新生抑制作用も亢進している.このように,過栄養とタンパク質の摂取不足による低栄養とでは,インスリンの糖代謝と脂質代謝に対する活性制御が異なることが示唆された.したがって,それぞれの栄養状態に応答した脂肪肝の形成機序の詳細を明らかにすることができれば,肝臓でのインスリンによる糖代謝と脂質代謝の調節メカニズムの違いを解明できると期待される.

タンパク質の摂取不足によって起こる肝臓の4E-BP1量増加と脂質蓄積

タンパク質摂取不足が肝臓のインスリンシグナルに及ぼす影響を解析する過程で,無タンパク質食や低タンパク質食を与えたラットの肝臓において,先述したIRSに加えて,翻訳抑制因子4E-BP1(eukaryotic translation initiation factor 4E-binding protein 1)の量も増加することを見出した(10, 11)10) Y. Toyoshima, R. Tokita, Y. Ohne, F. Hakuno, T. Noguchi, S. Minami, H. Kato & S. Takahashi: J. Mol. Endocrinol., 45, 329 (2010).11) Y. Toyoshima, R. Tokita, Y. Taguchi, N. Akiyama-Akanishi, A. Takenaka, H. Kato, K. Chida, F. Hakuno, S. Minami & S. Takahashi: Endocr. J., 61, 499 (2014)..一般的に,4E-BP1は,翻訳開始因子eIF4E(eukaryotic translation initiation factor 4E)と複合体を形成し,翻訳を抑制する.また,4E-BP1はmTORC1の基質であり,活性化されたmTORC1によってリン酸化されると,eIF4Eから解離して,翻訳を活性化する.つまり,mTORC1-4E-BP1経路はタンパク質合成の翻訳開始段階を調節する(15)15) X. M. Ma & J. Blenis: Nat. Rev. Mol. Cell. Biol., 10, 307 (2009)..ところが,近年,4E-BP1を含めたmTORC1経路が,タンパク質代謝だけでなく,脂質代謝を調節することが注目されてきた.例えば,肝臓におけるmTORC1の活性化が,脂質合成調節酵素の遺伝子発現に重要な転写因子であるSREBP-1c(sterol regulatory element-binding protein -1c)の発現および活性化を誘導し,脂質合成を促進することが報告されている(16)16) S. J. Ricoult & B. D. Manning: EMBO Rep., 14, 242 (2013)..また,4E-BP1自身に関しても,脂質代謝への関与がいくつか報告されている.全身で4E-BP1をノックアウトしたマウスでは,野生型と比べて,エネルギー消費量が増加し,脂肪組織量が減少していた(17)17) K. Tsukiyama-Kohara, F. Poulin, M. Kohara, C. T. DeMaria, A. Cheng, Z. Wu, A. C. Gingras, A. Katsume, M. Elchebly, B. M. Spiegelman et al.: Nat. Med., 7, 1128 (2001)..また,ショウジョウバエの4E-BP欠失変異体では,野生型と比べて,飢餓に応答した脂肪分解が促進していた(18)18) A. A. Teleman, Y. W. Chen & S. M. Cohen: Genes. Dev., 19, 1844 (2005)..これらの結果から,4E-BP1は体内に脂肪を蓄積するのに重要な役割を果たすと考えられた.

そこで,摂取するタンパク質が不足した際に起こる肝脂質蓄積に,肝臓の4E-BP1量の増加が関係しているのではないかと仮説をたて,検討を行った.まず,低タンパク質食に応答した肝臓の4E-BP1量と中性脂肪量の経日変化を観察したところ,4E-BP1量の増加はラットに低タンパク質食を1日与えただけで観察され,肝中性脂肪量の増加はその2~3日後に顕著となることがわかった.この結果から,低タンパク質食摂取による肝4E-BP1量の増加が肝中性脂肪量増加を引き起こす可能性が考えられた.次に,低タンパク質食摂取ラットの肝臓で起こる4E-BP1量の増加が,肝中性脂肪量の増加に直接的に関与しているか調べるために,4e-bp1に対するshRNAを発現するアデノウイルスを作製し,これを尾静脈から投与して,肝臓の4E-BP1をノックダウンしたラットを用意した.そして,このラットに低タンパク質食を与えた際の肝中性脂肪量の変化を検討した.その結果,肝4E-BP1をノックダウンしたラットでは,正常ラットと比べて,低タンパク質食摂取によって起こる肝中性脂肪量の増加が抑えられた.したがって,摂取するタンパク質が不足した際に起こる肝脂質蓄積には,肝4E-BP1量の増加が必要であることが明らかとなった(19)19) Y. Toyoshima, F. Yoshizawa, R. Tokita, Y. Taguchi, S. I. Takahashi, H. Kato & S. Minami: Am. J. Physiol. Endocrinol. Metab., 318, E636 (2020)..また,この4E-BP1を介した肝脂質蓄積機構に,どのような脂質代謝調節因子が関わっているか検討した.その結果,脂肪酸酸化の調節酵素であるCPT1A(carnitine palmitoyltransferase 1A)量が,低タンパク質食を与えた正常ラットと比べて,低タンパク質食を与えた肝4E-BP1ノックダウンラットの肝臓で増加していた.そして,この増加はmRNAレベルではなく,タンパク質レベルで起こっていた.これらの結果から,摂取するタンパク質が不足すると,肝臓で脂肪酸酸化が抑制されること,そのメカニズムには4E-BP1による翻訳調節が関与することが考えられた(図2図2■タンパク質の摂取不足に応答して稼働する肝脂質蓄積機構(19)19) Y. Toyoshima, F. Yoshizawa, R. Tokita, Y. Taguchi, S. I. Takahashi, H. Kato & S. Minami: Am. J. Physiol. Endocrinol. Metab., 318, E636 (2020)..タンパク質摂取不足による4E-BP1量の増加はどのような機構で起こるのか,CPT1A以外にも4E-BP1によって翻訳調節される脂質代謝調節因子はあるのか,そして4E-BP1を介した脂質蓄積機構に他の翻訳開始調節因子は関与するのかは,今後の課題である.また,4E-BP1を介した肝脂質蓄積機構は,mTORC1経路の活性化を含む肝インスリンシグナルの増強を介した機構とは独立して働くのかについても検討する必要がある.

最近,4E-BP1に加えて,eIF4Eも,自身のもつ翻訳開始調節作用を利用して,脂質代謝を変動させることを示した報告がなされた.全身でeIF4E量が減少しているeIF4Eヘテロ欠損マウスに高脂肪食を与えても,肥満が誘導されなかった.このことは,eIF4E量の減少に伴って,肝臓におけるリポタンパク質の形成,脂肪滴の形成ならびに脂肪酸の不飽和化に関わるタンパク質の翻訳が抑制され,これらのタンパク質量が減少した結果,肝脂肪酸酸化が促進されて,エネルギー消費量が増加したために起こると示唆された(20)20) C. S. Conn, H. Yang, H. J. Tom, K. Ikeda, J. A. Oses-Prieto, H. Vu, Y. Oguri, S. Nair, R. M. Gill, S. Kajimura et al.: Nat. Metab, 3, 244 (2021).

このように,様々な遺伝子改変動物を用いた研究によって,翻訳開始調節因子が脂質代謝を調節することがわかってきた.しかし,我々が着目したタンパク質不足のような生理的条件の変化によって,翻訳開始調節因子の量や活性が変動して,脂質代謝が調節されることを示した報告は少ない.今後,遺伝子改変のような人為的な条件の変化だけでなく,生理的な条件の変化に応答して稼働する翻訳開始調節因子を介した脂質代謝調節機構の詳細が明らかにされることが期待される.

特定のアミノ酸の摂取不足によって起こる肝臓の脂質蓄積

これまで,タンパク質摂取不足,すなわち,摂取する全てのアミノ酸の量が必要量に達していない場合に誘導される肝脂質蓄積について述べてきた.ここでは,ある特定のアミノ酸が必要量に達していないような場合でも肝臓への過剰な脂質蓄積が誘導されること,そしてその機構はタンパク質の摂取不足によって稼働する機構とは異なることを示した研究成果を紹介する.

我々は,個々のアミノ酸の含量を低下させた食餌を20種類のアミノ酸全てについて調製し,これらの食餌をラットに与えて肝中性脂肪量を測定した.その結果,低アミノ酸食(全てのアミノ酸を低タンパク質食と同等レベルに不足させた食餌)を摂取させた場合と同様に,アルギニンだけが不足した低アルギニン食を摂取させた場合にも,肝中性脂肪量が増加することがわかった(21)21) H. Nishi, D. Yamanaka, H. Kamei, Y. Goda, M. Kumano, Y. Toyoshima, A. Takenaka, M. Masuda, Y. Nakabayashi, R. Shioya et al.: Sci. Rep., 8, 5461 (2018)..次に,低アミノ酸食と低アルギニン食によって起こる肝臓のインスリンシグナルや脂質代謝の変化を比較した.その結果,低アミノ酸食摂取ラットの肝臓では,先述のように,IRS-2や4E-BP1の量が増加し,脂肪酸合成が促進されていたが,低アルギニン食摂取ラットの肝臓では,これらの変化は観察されなかった.一方,低アミノ酸食摂取ラットでは変化のなかった,単位時間当たりの肝臓からの中性脂肪分泌量が,低アルギニン食摂取ラットでは減少していた.これらの結果から,低タンパク質(低アミノ酸)食摂取による肝脂質蓄積は,肝臓でのインスリンシグナルの増強を介した脂肪合成の促進が一因となって起こるが,低アルギニン酸食摂取よる肝脂質蓄積は,そのような機構を介さず,肝臓からの中性脂肪分泌の抑制が一因となって起こることがわかった(図3図3■全アミノ酸の不足とアルギニンのみの不足による肝脂質蓄積機構の差異(22)22) L. Otani, H. Nishi, A. Koyama, Y. Akasaka, Y. Taguchi, Y. Toyoshima, D. Yamanaka, F. Hakuno, H. Jia, S. I. Takahashi et al.: Nutr. Metab. (Lond.), 17, 60 (2020).

図3■全アミノ酸の不足とアルギニンのみの不足による肝脂質蓄積機構の差異

このようなタンパク質不足とある特定のアミノ酸不足によって稼働する肝脂質蓄積機構の違いは,インスリンシグナルを介するか介さないかによって生じると考えられる.また,近年,アミノ酸自体がシグナルとなって肝臓の脂質代謝を調節することがわかってきた(21)21) H. Nishi, D. Yamanaka, H. Kamei, Y. Goda, M. Kumano, Y. Toyoshima, A. Takenaka, M. Masuda, Y. Nakabayashi, R. Shioya et al.: Sci. Rep., 8, 5461 (2018)..したがって,先述のような肝脂質蓄積機構の差異は,個々のアミノ酸特異的な脂質代謝調節によっても生じると考えられる.それぞれのアミノ酸が,インスリンシグナルを介さないで,どのように脂質代謝を調節するのか,個々のアミノ酸によって脂質代謝の調節メカニズムは異なるのかなど,今後明らかとなることが期待される.

おわりに

本稿では,タンパク質栄養状態の悪化によって起こる肝脂質蓄積機構の一部について紹介した.低栄養は,現代の我が国の健康問題の一つであり,特に高齢者の間で問題となっている.過栄養に加えて,タンパク質栄養状態が悪化した場合のような,低栄養による脂肪肝の形成機構に関する知見が増えれば,生活習慣病の治療法・予防法の確立に貢献するだけでなく,超高齢化社会における健康寿命延伸にも役立つと考える.

Acknowledgments

最後に,本稿で紹介した研究成果は,加藤久典博士(東京大学大学院農学生命科学研究科),髙橋伸一郎博士(東京大学大学院農学生命科学研究科),竹中麻子博士(明治大学農学部),吉澤史昭博士(宇都宮大学農学部),伯野史彦博士(東京大学大学院農学生命科学研究科)との共同研究によるものです.深く御礼申し上げます.

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