Kagaku to Seibutsu 60(8): 393-401 (2022)
解説
真核生物の多様性系統ゲノミクス,ミトコンドリア,色素体から
Diversity of Eukaryotes: Phylogenomics, Mitochondria, and Plastids
Published: 2022-08-01
真核生物とは,我々ヒトのように,細胞内に核と呼ばれる膜で囲まれたDNAを含む構造が存在する生物である.核にはDNAに加え,DNAが染色体構造を取るためのタンパク質や,遺伝子発現・複製に関わるタンパク質が局在している.さらに教科書的には,酸素依存的なATP合成に関わるミトコンドリアやタンパク質の修飾・濃縮・分泌に関わる小胞体やゴルジ体など,核以外にも多彩な膜で囲まれた構造が細胞内に存在する.一方で,このような膜で囲まれ,DNAが局在する構造である核やミトコンドリアが存在しない生物は原核生物と総称される.原核生物と真核生物は,すなわち上述のように細胞内構造から支持されるグループ分けである.このように,「なぜ分けるべきか」という理由を視覚的に極めて理解しやすいグループ分けが真核生物と原核生物である.しかし,この真核生物・原核生物という分け方は,現在受け入れられている進化の道筋には一致しない.原核生物は,系統樹上で真正細菌および古細菌と呼ばれるグループにさらに分けられ,それらは互いに細胞を構成する膜の脂質などに違いが見られる.近年,真核生物は古細菌の中でも特にアスガルド古細菌に最も近縁であり,真核生物は古細菌の多様性の中から誕生したことが分かってきた(図1図1■真核生物系統樹とミトコンドリアおよび色素体の分布)(1)1) L. Eme, A. Spang, J. Lombard, C. W. Stairs & T. J. G. Ettema: Nat. Rev. Microbiol., 15, 711 (2017)..後に真核生物の共通祖先につながる生物(FECA, first eukaryotic common ancestor: 図1灰色星印)が他の古細菌から分岐して以降,現存する全ての真核生物の最後の共通祖先(LECA, last eukaryotic common ancestor: 図1黒星印)に至るどこかのタイミングで,そしていずれかの順番で核,小胞体,ゴルジ体,ミトコンドリアが獲得されていった(2)2) A. J. Roger, E. Susko & M. M. Leger: Curr. Biol., 31, R186 (2021)..LECAの誕生は15億年以上前と言われているが(3)3) H. C. Betts, M. N. Puttick, J. W. Clark, T. A. Williams, P. C. J. Donoghue & D. Pisani: Nat. Ecol. Evol., 2, 1556 (2018).,この15億年の間に真核生物はどれほど多様化したのだろうか.本解説記事では真核生物の多様性について,「系統」,「色素体」,「ミトコンドリア」の3点から概説してみたい.
Key words: ミトコンドリア; ミトコンドリア関連オルガネラ; 色素体; スーパーグループ; 生命の樹
© 2022 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2022 公益社団法人日本農芸化学会
我々が日常生活でイメージする真核生物の多様性とはおそらく動物や植物,そしてキノコなど目に見えるものについての多様性であろう.一方で,真核生物の系統(スーパーグループなどと呼ばれる)は大きく分けて8程度知られるが,そのほとんどが単細胞の真核生物から形成される(図1図1■真核生物系統樹とミトコンドリアおよび色素体の分布).すなわち真核生物の多様性と進化を考える場合,我々は単細胞の真核生物について認識を深めなければいけない.真核生物の多様性と系統関係(eTol: the eukaryotic tree of life)は,ヘッケルが彼の主観的そして直観的な生命の樹を描いた1800年代から,1900年代後半のホイタッカーの五界説を通じ,現在も改変と追記は繰り返され続けている.
光合成性色素体の数字は進化的由来を示す:一次共生(1),二次共生(2),不明(?).アーケプラスチダの色素体(紅藻,灰色藻,緑藻+陸上植物)はそれぞれ赤丸,青丸,緑丸で表した.アーケプラスチダ以外に分布する緑丸および赤丸はそれぞれ緑藻由来および紅藻由来色素体が存在するグループであることを示す.渦鞭毛藻(アルベオラータ)は紅藻由来色素体に加え,ハプト藻由来色素体,珪藻由来色素体,緑藻由来色素体を有する種が存在する.非光合成性色素体欄の赤丸は,そのグループ内に紅藻または紅藻由来色素体の光合成能を喪失した種が存在することを示し,また緑丸は,そのグループ内に緑藻+陸上植物または緑藻由来色素体の光合成能を喪失した種が存在することを示す.色素体喪失種を含むグループは灰色丸で示した.紫丸は,ミトコンドリア関連オルガネラ(MRO)のうち,いずれかのクラスのMROをもつ種がそのグループに存在することを示す.黒星:LECA, 白星:FECA. 生物の絵は,各系統に属する種のうちごく一部を示したもの.
いまだにeTolが定まらない理由には,1)近年新たに真核生物系統がeTolに追加され続けており,2)eTolの構築方法に変遷があるという2点が挙げられる(4)4) F. Burki, A. J. Roger, M. W. Brown & A. G. B. Simpson: Trends Ecol. Evol., 35, 43 (2020)..1)においては言うまでもなく,毎年のように単細胞真核生物の新種の発見が報告されている.そのうちのいくつかは新たに綱以上の分類群を設立する根拠となる生物である場合(5)5) M. Kawachi, T. Nakayama, M. Kayama, M. Nomura, H. Miyashita, O. Bojo, L. Rhodes, S. Sym, R. N. Pienaar, I. Probert et al.: Curr. Biol., 31, 2395 (2021).や,それどころか既知の真核生物系統のいずれとも近縁性が認められない生物であることもある(6)6) G. Lax, Y. Eglit, L. Eme, E. M. Bertrand, A. J. Roger & A. G. B. Simpson: Nature, 564, 410 (2018)..加えて,2)では形態や生態情報に依存した系統の認識から,rRNA遺伝子などの単一遺伝子解析を経て,ゲノムレベルの分子情報をもとにした系統ゲノミクスが用いられるようになった.特に近年では,安価で汎用性の高い次世代シーケンサーの開発,それに伴うゲノム・トランスクリプトームデータの増加,またアミノ酸配列の進化モデルやそれを実装した汎用性の高い解析プログラムの開発など系統ゲノミクスための手段,材料,手法が向上してきたため,eTolは少なくとも2000年代に入ってからの20年でも大きく変更された.現在のeTolでは図1図1■真核生物系統樹とミトコンドリアおよび色素体の分布のようなスーパーグループが知られている(4)4) F. Burki, A. J. Roger, M. W. Brown & A. G. B. Simpson: Trends Ecol. Evol., 35, 43 (2020)..陸上植物を含む“アーケプラスチダ”,コンブやゾウリムシ,星の砂として身近な有孔虫を含む“TSAR”(テロネミア+ストラメノパイル+アルベオラータ+リザリア),真核生物間細胞内共生のモデル生物クリプト藻を含む“クリプチスタ”,海洋ブルーム形成ハプト藻を含む“ハプチスタ”,ミドリムシで有名なユーグレナ藻を含む“ディスコバ”,嫌気性種のみから構成される“メタモナーダ”,ヒトや真菌を含む“アモルフェア”(アメーボゾア,オピストコンタ,それらに近縁な単細胞真核生物),2018年に設立された“クルムス”などである(4, 7, 8)4) F. Burki, A. J. Roger, M. W. Brown & A. G. B. Simpson: Trends Ecol. Evol., 35, 43 (2020).7) M. W. Brown, A. A. Heiss, R. Kamikawa, Y. Inagaki, A. Yabuki, A. K. Tice, T. Shiratori, K. Ishida, T. Hashimoto, A. G. B. Simpson et al.: Genome Biol. Evol., 10, 427 (2018).8) M. E. Schön, V. V. Zlatogursky, R. P. Singh, C. Poirier, S. Wilken, V. Mathur, J. F. H. Strassert, J. Pinhassi, A. Z. Worden, P. J. Keeling et al.: Nat. Commun., 12, 6651 (2021)..もちろん,これらに属さない可能性のある,系統学的位置不明の真核生物も未だ多く存在する(9)9) S. M. Adl, D. Bass, C. E. Lane, J. Lukeš, C. L. Schoch, A. Smirnov, S. Agatha, C. Berney, M. W. Brown, F. Burki et al.: J. Eukaryot. Microbiol., 66, 4 (2019)..今後,培養ができない真核生物の単細胞ゲノミクスや単細胞トランスクリプトミクスによるデータ蓄積,そして新たに確立された培養株の解析によって,eTolはさらに変遷を遂げていくだろう.
ミトコンドリアは二重膜に囲まれたオルガネラであり,内膜の内側をマトリクス,外膜と内膜の間を膜間領域と呼ぶ.内膜はマトリクス内にくびれた構造をとり,これはクリステと呼ばれる.クリステ構造をとる内膜には電子伝達に関わる種々のタンパク質やタンパク質複合体が局在し,酸素を最終電子受容体とした電子伝達を行い,電子伝達に伴って生じる膜間領域へのプロトンの汲み出しによって形成されたプロトン駆動力を利用したATP合成が行われる(10)10) A. J. Roger, S. A. Muñoz-Gómez & R. Kamikawa: Curr. Biol., 27, R1177 (2017)..電子伝達のための電子供与体は還元型ニコチンアミドジヌクレオチド(NADH)かコハク酸であり,解糖系で生成されたピルビン酸がアセチル補酵素A(アセチルCoA)を経てクエン酸回路によって酸化される過程でNADHやコハク酸は産生される.アセチルCoAやピルビン酸は解糖系からだけでなく脂肪酸β酸化やアミノ酸の代謝によっても生じる.NADHやATPの合成に関わるタンパク質が機能するには鉄硫黄クラスターやヘムといった補因子,そしてユビキノンや脂質の一種であるカルディオリピンも必要である.これらの物質もミトコンドリアで合成される.このようにミトコンドリアとはATP合成のためのオルガネラであり,ATP合成に直接的にまたは間接的に関わる代謝経路が局在している(10)10) A. J. Roger, S. A. Muñoz-Gómez & R. Kamikawa: Curr. Biol., 27, R1177 (2017)..これらのミトコンドリア局在タンパク質のうち,電子伝達系,転写・翻訳と,タンパク質の輸送に関わる一部のタンパク質のみがミトコンドリアDNAにコードされており,その他の数百~千にも及ぶと言われるミトコンドリア局在タンパク質は核DNAにコードされている.細胞質で翻訳された核DNAコードのミトコンドリアタンパク質は,ミトコンドリアを取り囲む二重膜に局在するトランスロコンを中心としたタンパク質輸送装置によってミトコンドリア内膜,膜間領域,ミトコンドリアマトリクス内に局在する.
ミトコンドリアは真正細菌を起源とする細胞内共生由来オルガネラである.現在知られる真核生物すべてがミトコンドリアや後述するミトコンドリアから派生したオルガネラをもつ祖先から進化したことが知られていることから,LECAにはすでにミトコンドリアが存在したと考えられている(10)10) A. J. Roger, S. A. Muñoz-Gómez & R. Kamikawa: Curr. Biol., 27, R1177 (2017)..系統ゲノミクスにより,ミトコンドリアは真正細菌αプロテオバクテリアの細胞内共生に由来するオルガネラであることが分かっている.しかし,αプロテオバクテリアは酸素を発生させない光合成を行う紅色非硫黄細菌や,根粒菌のように窒素固定を介して植物と共生する種,偏性細胞内寄生性種,自由生活性種など,その生態は多岐にわたる.そのため,αプロテオバクテリアの中の特にどの系統に近縁なのかはミトコンドリアの起源生物の詳細を知る上で重要であるが,現在までに答えは出ていない(10, 11)10) A. J. Roger, S. A. Muñoz-Gómez & R. Kamikawa: Curr. Biol., 27, R1177 (2017).11) S. A. Muñoz-Gómez, E. Susko, K. Williamson, L. Eme, C. H. Slamovits, D. Moreira, P. López-García & A. J. Roger: Nat. Ecol. Evol., 6, 253 (2022)..
上述のようにミトコンドリアは真核生物のエネルギー代謝の中心であり,また酸素呼吸を行う我々に必須なオルガネラである.しかし,水圏堆積物中,成層化した水圏環境の深層,ヒトも含めた動物の消化管内など,極めて身近なところに貧酸素環境や嫌気環境が存在する(以下では低酸素環境と総称する).低酸素環境に生息する真核生物は,酸素を利用しないミトコンドリアやミトコンドリアから進化したオルガネラを有している(図1図1■真核生物系統樹とミトコンドリアおよび色素体の分布).このようなオルガネラを上述の好気的なミトコンドリアと合わせてミトコンドリア関連オルガネラ(Mitochondrion-related organellesまたはMRO)と総称する.MROはそのエネルギー代謝から基本的に5つのクラスに分けられ,その系統樹上での位置から低酸素環境に適応した真核生物が独立に複数回進化したことが分かる(図1図1■真核生物系統樹とミトコンドリアおよび色素体の分布,図2図2■ミトコンドリア多様性におけるエネルギー代謝経路)(10, 12)10) A. J. Roger, S. A. Muñoz-Gómez & R. Kamikawa: Curr. Biol., 27, R1177 (2017).12) M. Müller, M. Mentel, J. J. van Hellemond, K. Henze, C. Woehle, S. B. Gould, R.-Y. Yu, M. van der Giezen, A. G. M. Tielens & W. F. Martin: Microbiol. Mol. Biol. Rev., 76, 444 (2012)..
A. 好気性ミトコンドリア,B. Ascaris嫌気性ミトコンドリア,C. Blastocystis水素生成型ミトコンドリア,D. Trichomonasハイドロジェノソーム,E. マイトソーム.脂肪酸β酸化や種々のアミノ酸代謝もエネルギー生産に関与し,マイトソーム以外のMROで機能しているがここでは割愛する.Bの灰色線は好気環境では機能しているが,低酸素環境では機能しない経路を示し,Cの点線は一部のみ機能していることを示す.
一つ目は我々ヒトも有する好気的なミトコンドリアである(図2A図2■ミトコンドリア多様性におけるエネルギー代謝経路).これについては先述の通りである.2つ目は嫌気的ミトコンドリアと呼ばれるクラスである(図2B図2■ミトコンドリア多様性におけるエネルギー代謝経路).嫌気的ミトコンドリアは,好気環境では好気的ミトコンドリアと同様に酸素を用いたATP合成を行う.しかし,例えば消化管寄生虫であるAscaris(線虫の一種で脊椎動物に近縁)など生活環の一部として低酸素環境に生息する場合,一時的に酸素に依存しないエネルギー合成を行う.低酸素環境では,NADHから供与される電子は酸素ではなく,TCA回路の中間代謝物であるフマル酸に伝達され,コハク酸が合成される.この過程で生じたプロトン駆動力を利用してATPを合成できる.加えて,コハク酸はコハク酸CoA合成の基質として用いられ,最終的にコハク酸CoAを用いた基質レベルのリン酸化によってATPが合成される.このような一時的なミトコンドリアの機能改変は,潮間帯に生息する二枚貝などでも報告されている.
3つ目のクラスは水素生成型ミトコンドリアと呼ばれる(図2C図2■ミトコンドリア多様性におけるエネルギー代謝経路).水素生成型ミトコンドリアは,ミトコンドリアDNAを保持しているが,電子伝達に関わる一部の遺伝子やATP合成酵素複合体遺伝子を喪失している.そのためこのクラスは酸素を最終電子受容体とした電子伝達は常に行わない.この「常に」という点において,本クラスは一時的な適応である嫌気的ミトコンドリアと大きく違う.もう一つ違う点を挙げるとすると,水素生成を伴うピルビン酸の酸化である.簡単に説明すると,酸素感受性酵素であるピルビン酸:フェレドキシン酸化還元酵素は嫌気環境でピルビン酸をアセチルCoAに酸化し同時にフェレドキシンを還元する.還元されたフェレドキシンとNADHは,プロトンから水素を生成するヒドロゲナーゼの触媒反応に電子供与体として用いられる.また,アセチルCoAはコハク酸CoAに変換され,先に述べた基質レベルのリン酸化によってATPを合成する.このクラスのMROは牛のルーメンに生息するせん毛虫Nyctocerus(アルベオラータ,TSAR)やヒトの腸管に生息するBlastocystis(ストラメノパイル,TSAR)などに見られる.
4つ目のクラスはハイドロジェノソームと呼ばれる(図2D図2■ミトコンドリア多様性におけるエネルギー代謝経路).水素生成型ミトコンドリアと同様に水素生成を伴う基質レベルのリン酸化を行う.その一方で,水素生成型ミトコンドリアと異なりミトコンドリアDNAを完全に喪失し,電子伝達系を欠く.性感染症原因生物Trichomonas属(パラバサリア,メタモナーダ)で最初に報告され,以降は様々な自由生活性真核生物で報告されている.
5つ目のクラスはマイトソームと呼ばれる,水素生成もATP合成も行なわないMROである(図2E図2■ミトコンドリア多様性におけるエネルギー代謝経路).ヒトなどの腸管寄生性種Giardia属(フォルニカータ,メタモナーダ),真菌に近縁な細胞内寄生性微胞子虫(アモルフェア),そしてヒトなどの腸管寄生性アメーボゾアEntamoeba属(アモルフェア)などでマイトソームが知られている.
上述したMROのクラスはエネルギー代謝を基軸として大まかに分けられたものである.そのため,各クラスに区分されるMROにおけるエネルギー代謝以外の機能は驚くほど多様である.例えば,我々のミトコンドリアと同様に多くのハイドロジェノソームはグリシン分解系を有しており,NADHの生成を伴って本アミノ酸を二酸化炭素とアンモニアまで分解する(13)13) M. M. Leger, M. Kolisko, R. Kamikawa, C. W. Stairs, K. Kume, I. Čepička, J. D. Silberman, J. O. Andersson, F. Xu, A. Yabuki et al.: Nat. Ecol. Evol., 1, 92 (2017)..しかしハイドロジェノソーム研究のモデルとなっているパラバサリアTrichomonas vaginalisでは本経路は一部のタンパク質のみが保持され,それらはハイドロジェノソーム内の過酸化物の還元による分解を担っている(10)10) A. J. Roger, S. A. Muñoz-Gómez & R. Kamikawa: Curr. Biol., 27, R1177 (2017)..またマイトソームでも,Giardiaと微胞子虫では鉄硫黄クラスター合成を行い,特定のタンパク質に重要な金属補因子を提供する.一方でEntamoebaのマイトソームはMROの中でも鉄硫黄クラスター合成を行わない唯一の例外である.E. histolyticaは,γプロテオバクテリアから遺伝子水平移動により獲得された鉄硫黄クラスター合成遺伝子をもち,本反応を細胞質で行う稀有ないくつかの例の一つである.本アメーバのマイトソームは硫酸活性化経路の場として機能し,脂質など様々な対象にスルホ基を転移させる基質を合成する(14)14) F. Mi-ichi, M. A. Yousuf, K. Nakada-Tsukui & T. Nozaki: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106, 21731 (2006)..
さらに,2つのクラスの中間的特徴を備えたMROも近年報告されている.例えば淡水低酸素環境に生息するBrevimastigomonas motovehiculus(リザリア,TSAR)は水素発生型ミトコンドリアをもつが,本種のMROはミトコンドリアDNAをもち酸化的リン酸化も行うため嫌気的ミトコンドリアの性質も有する(15)15) R. M. R. Gawryluk, R. Kamikawa, C. W. Stairs, J. D. Silberman, M. W. Brown & A. J. Roger: Curr. Biol., 26, 2729 (2016)..また,沿岸低酸素環境から発見されたDysnectes brevis(フォルニカータ,メタモナーダ)はミトコンドリアDNAを欠き,水素生成は行うものの基質レベルのリン酸化は行わないと考えられている.これは水素生成を行うハイドロジェノソームでありつつATP合成を行わないマイトソームの性質をもつMROと考えられる(13)13) M. M. Leger, M. Kolisko, R. Kamikawa, C. W. Stairs, K. Kume, I. Čepička, J. D. Silberman, J. O. Andersson, F. Xu, A. Yabuki et al.: Nat. Ecol. Evol., 1, 92 (2017)..MROをエネルギー代謝に着目して5つのクラスに大まかに分けるというのは多様性を概観し理解する上で極めて有用である.一方で,エネルギー代謝やそれ以外の機能的多様性を細かく見ていくとMROとは極めて連続的な存在であり,明確かつ正確なMROのクラス分けというのは困難であることが良く分かる.
我々が好気的ミトコンドリアによって酸素呼吸ができるのは,酸素発生型光合成性生物が存在するおかげである.彼らは光エネルギーを利用して酸素から引き抜いた電子を用いて還元力を得ることに加え,電子伝達の過程でプロトン駆動力を形成しATPを合成する.このような酸素発生型光合成の誕生は24億年より以前に起きていたと考えられる(3)3) H. C. Betts, M. N. Puttick, J. W. Clark, T. A. Williams, P. C. J. Donoghue & D. Pisani: Nat. Ecol. Evol., 2, 1556 (2018)..最初の酸素発生型光合成は,真正細菌であるシアノバクテリアの中でも特にOxyphotobacteriaと呼ばれるグループの共通祖先で既に行われていた.Oxyphotobacteriaの祖先が,24億年以前ではほとんど酸素が存在しなかった地球に大量の酸素を発生させたと言われている.一方で,最初の酸素発生型光合成性真核生物の誕生は真核生物における最初の色素体獲得と同義であり,これは10数億年前に生じたと考えられている(3)3) H. C. Betts, M. N. Puttick, J. W. Clark, T. A. Williams, P. C. J. Donoghue & D. Pisani: Nat. Ecol. Evol., 2, 1556 (2018)..色素体は二~四重膜で囲まれたオルガネラであり,最内膜の内側はストロマと呼ばれる.ストロマにはチラコイドと呼ばれる一重膜の袋状構造が存在し,チラコイド膜上で光エネルギーから化学的エネルギーへの変換が行われる.酸素発生型光合成を行う色素体では,ATPや還元力の産生に加え,これら化学的エネルギーを用いた種々の生合成が行われる(図3A図3■色素体機能の多様性).一般に,光合成関連タンパク質の機能に重要な鉄硫黄クラスターやヘムなどの補因子や,細胞の増殖に必要なアミノ酸合成,脂肪酸合成,脂質合成,そして二酸化炭素の固定による糖リン酸の合成などがストロマで機能している.ストロマには色素体DNAが存在し,光合成電子伝達に関わる光化学系I,光化学系II,シトクロムb6/f複合体,ATP合成酵素複合体,そしてこれらの発現に必要な転写や翻訳に関わるリボソームタンパク質やRNAポリメラーゼなどがコードされる.その他1,000を超える色素体タンパク質は,核DNAにコードされ,細胞質で翻訳された後に色素体包膜のタンパク質輸送装置を介して色素体内に輸送される.
A. 光合成性色素体,B. 非光合成性珪藻(Nitzschia)色素体,C. マラリア原虫色素体(アピコプラスト),D. 非光合成性ディクチオカ藻(Pteridomonas)色素体,E. 非光合成性黄金色藻(Paraphysomonas)色素体.
Oxyphotobacteriaの一種Gloeomargarita lithophoraに近縁な生物が従属栄養性真核生物に細胞内共生し,色素体へと進化したと考えられている(16)16) R. I. Ponce-Toledo, P. Deschamps, P. López-García, Y. Zivanovic, K. Benzerara & D. Moreira: Curr. Biol., 27, 386 (2017)..この細胞内共生イベントを一次共生と呼び,一次共生はアーケプラスチダの共通祖先で生じたと考えられている.図1図1■真核生物系統樹とミトコンドリアおよび色素体の分布に示されているように,色素体はアーケプラスチダに留まらず,互いに系統的に離れた複数の真核生物に存在する.このような光合成能の分布は真核生物間の細胞内共生によって形成された.緑藻の一種が従属栄養性真核生物に細胞内共生し,色素体となったのがクロララクニオン藻(リザリア,TSAR)やユーグレナ藻(ユーグレノゾア,ディスコバ)などの色素体である.また,紅藻が細胞内共生して色素体となったのがクリプト藻(クリプチスタ)の色素体である.アーケプラスチダに属する生物と従属栄養性真核生物との間の細胞内共生を二次共生と呼ぶ.一方で,ハプト藻や不等毛藻,渦鞭毛藻など,他にも紅藻由来の色素体をもつ真核生物が存在するが,これらがどのような進化的ルートで色素体を獲得したのか現在のところ不明である(17)17) 神川龍馬:光合成研究, 31, 37 (2021)..文献によってはハプト藻や不等毛藻の色素体も紅藻の二次共生由来と記述されている場合もあるが,本当に二次共生由来であることを示す証拠はなく,例えば二次共生藻のクリプト藻を細胞内共生させた三次共生由来である可能性もある(18)18) J. M. Archibald: Curr. Biol., 19, R81 (2009)..
色素体の獲得とそれに伴う光合成能の獲得は,従属栄養性真核生物に独立栄養性をもたらすため利点があるように想像される.一方,このような想像に反し,光合成能を二次的に喪失した真核生物が多数存在する(図1図1■真核生物系統樹とミトコンドリアおよび色素体の分布).二次的に光合成能を喪失した真核生物は,アーケプラスチダ,クリプト藻,不等毛藻,アルベオラータ,ユーグレノゾアで見られ,それぞれの系統内でも複数回独立に喪失が起きている(17)17) 神川龍馬:光合成研究, 31, 37 (2021)..
光合成能を喪失するということは,光の捕集・光エネルギーによる水からの電子の引き抜き・電子伝達という一連の反応を行わないことである.光合成能を喪失した色素体を有する生物では,色素体DNAから電子伝達に関わる遺伝子が欠失しており,また核コードの光合成関連遺伝子も検出されない.数例の例外を除き,二酸化炭素の固定に関わるルビスコも色素体DNAおよび核DNAから欠失している.一方で,光合成能を喪失しても色素体内の生合成経路の多くは保持されている種も存在する.例えば光合成能を喪失した珪藻(不等毛藻類,ストラメノパイル)では,鉄硫黄クラスターやヘム,芳香族および分枝鎖アミノ酸,脂肪酸,脂質,リボフラビンなどの合成能を保持している(19, 20)19) R. Kamikawa, D. Moog, S. Zauner, G. Tanifuji, K. Ishida, H. Miyashita, S. Mayama, T. Hashimoto, U. G. Maier, J. M. Archibald et al.: Mol. Biol. Evol., 34, 2355 (2017).20) R. Kamikawa, T. Mochizuki, M. Sakamoto, Y. Tanizawa, T. Nakayama, R. Onuma, U. Cenci, D. Moog, S. Speak, K. Sarkozi et al.: Sci. Adv., 8, eabi5075 (2022).(図3B図3■色素体機能の多様性).これらの代謝における基質の一つである糖リン酸は,色素体包膜に局在するトランスポーターで細胞質から輸送されると考えられる(21)21) D. Moog, A. Nozawa, Y. Tozawa & R. Kamikawa: Sci. Rep., 10, 1167 (2020)..ただし,非光合成性色素体内の代謝能の保持・喪失はどの系統においても同じレベルで生じるのではなく,上述の珪藻と異なり機能縮退が著しいパターンも存在する.
例えば最も有名なのがヒトマラリア熱の原因生物Plasmodium falciparum(アピコンプレクサ,アルベオラータ)である.本種はアピコプラストと呼ばれるDNAを含む非光合成性色素体をもつ(17)17) 神川龍馬:光合成研究, 31, 37 (2021)..アピコプラストではイソプレノイド合成や鉄硫黄クラスター合成,ヘム合成経路の一部,脂肪酸合成が機能しているが,アミノ酸合成経路などは存在しない(図3C図3■色素体機能の多様性).さらに非光合成性ディクチオカ藻(不等毛藻,ストラメノパイル)では,ヘム合成が色素体の主要機能になっていると考えられ,色素体DNAも転写と翻訳に関わる遺伝子のみが保持されている(図3D図3■色素体機能の多様性).この色素体DNAは,ヘム合成の基質であるグルタミン酸tRNAを転写するために存在していると考えられている(22)22) M. Kayama, K. Maciszewski, A. Yabuki, H. Miyashita, A. Karnkowska & R. Kamikawa: Front. Plant Sci., 11, 602455 (2020)..ただし一部の非光合成性藻類や陸上植物は色素体を保持しつつ色素体DNAを喪失しており,必ずしも色素体の保持は色素体DNAの保持とセットではない(23)23) R. G. Dorrell, T. Azuma, M. Nomura, G. Audren de Kerdrel, L. Paoli, S. Yang, C. Bowler, K. Ishii, H. Miyashita, G. H. Gile et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 116, 6914 (2019).(図3E図3■色素体機能の多様性).
非常に興味深いことに,珪藻のような吸収栄養性種では色素体機能が多く保持され(図3B図3■色素体機能の多様性),一方で寄生性種や捕食性種(図3C図3■色素体機能の多様性~3E)では色素体機能の多くは検出されない(17, 19, 23)17) 神川龍馬:光合成研究, 31, 37 (2021).19) R. Kamikawa, D. Moog, S. Zauner, G. Tanifuji, K. Ishida, H. Miyashita, S. Mayama, T. Hashimoto, U. G. Maier, J. M. Archibald et al.: Mol. Biol. Evol., 34, 2355 (2017).23) R. G. Dorrell, T. Azuma, M. Nomura, G. Audren de Kerdrel, L. Paoli, S. Yang, C. Bowler, K. Ishii, H. Miyashita, G. H. Gile et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 116, 6914 (2019)..寄生性種や捕食性種は宿主や餌生物から色素体で合成される代謝物を得ることができると考えられるので,吸収栄養性種よりも色素体機能に依存しておらず色素体機能保持への制約が緩いのかもしれない(17, 19, 23)17) 神川龍馬:光合成研究, 31, 37 (2021).19) R. Kamikawa, D. Moog, S. Zauner, G. Tanifuji, K. Ishida, H. Miyashita, S. Mayama, T. Hashimoto, U. G. Maier, J. M. Archibald et al.: Mol. Biol. Evol., 34, 2355 (2017).23) R. G. Dorrell, T. Azuma, M. Nomura, G. Audren de Kerdrel, L. Paoli, S. Yang, C. Bowler, K. Ishii, H. Miyashita, G. H. Gile et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 116, 6914 (2019)..この傾向がまだ研究事例が少ないためにそう見えているだけであるのか,もしくは色素体代謝物への依存度を左右する生態学的特性が光合成能喪失後の色素体進化の方向と行く末を決めるのか,今後の研究が証明してくれるはずである.
それぞれの主要機能と言われる酸素呼吸能や光合成能を喪失したミトコンドリアや色素体の機能的な多様性に加えて,真核生物にはこれらのオルガネラそのものを喪失した例が知られている.
ミトコンドリアの喪失は,動物腸管内という低酸素環境に生息するMonocercomonoides exilis 1例のみ知られている(図1図1■真核生物系統樹とミトコンドリアおよび色素体の分布)(10)10) A. J. Roger, S. A. Muñoz-Gómez & R. Kamikawa: Curr. Biol., 27, R1177 (2017)..本種の細胞にミトコンドリア様構造が存在しないというだけではなく,核ゲノムにもミトコンドリアの構造や機能に関与するすべての遺伝子が存在しない.本種におけるミトコンドリアの喪失は,細胞質局在の鉄硫黄クラスター合成系SUFシステムの獲得がカギであったとされている.ほぼすべてのMROで共通して保存されている機能が鉄硫黄クラスターの合成系ISCシステムである(10)10) A. J. Roger, S. A. Muñoz-Gómez & R. Kamikawa: Curr. Biol., 27, R1177 (2017)..そのため,ISCはMROを必須オルガネラとする機能の一つとされる(10)10) A. J. Roger, S. A. Muñoz-Gómez & R. Kamikawa: Curr. Biol., 27, R1177 (2017).が,M. exilisは真正細菌からの遺伝子水平移動由来である細胞質局在型SUFシステムを有している.ミトコンドリアISCシステムの変わりとなる経路があればミトコンドリアやMRO保持の制約が少なくとも一つ外れるということなのかもしれない.ただし,M. exilisの場合はそのように考えるのが妥当であると思われるが,あくまで一例についてのみの研究であることに注意が必要である.
色素体そのものの喪失もミトコンドリアと同様に知られている(図1図1■真核生物系統樹とミトコンドリアおよび色素体の分布)が事情は少々複雑である.2020年までに報告された色素体喪失は3例あり,そのうちのすべてがアルベオラータ(TSAR)に属する寄生性種であった.これら寄生性種では色素体で合成される物質を宿主から得られるために色素体そのものの喪失が可能であったと考えられている.逆に言うと,自由生活種では色素体喪失は生じないと考えられていた.しかし2021年のピコモナス(ピコゾア)の研究により,この仮説が覆される可能性が出てきた.ピコモナスとは色素体をもたない自由生活性の海洋従属栄養性種であり,有機物顆粒を捕食すると考えられている.ピコモナスのゲノムデータを含めた系統ゲノミクスの結果,本種はアーケプラスチダに属し,特に紅藻に近縁であるということが示唆された(8)8) M. E. Schön, V. V. Zlatogursky, R. P. Singh, C. Poirier, S. Wilken, V. Mathur, J. F. H. Strassert, J. Pinhassi, A. Z. Worden, P. J. Keeling et al.: Nat. Commun., 12, 6651 (2021)..つまり,アーケプラスチダの共通祖先で色素体獲得が起きたのであれば,ピコモナスは自由生活性でありながら色素体を喪失させたということになる.ピコモナスの他にも色素体を完全喪失した可能性がある自由生活種が報告されており(24)24) T. Azuma, T. Pánek, A. K. Tice, M. Kayama, M. Kobayashi, H. Miyashita, T. Suzaki, A. Yabuki, M. W. Brown & R. Kamikawa: Mol. Biol. Evol., 39, msac065 (2022).,寄生性という生活様式のみが色素体喪失のカギというわけではないことが分かってきている.
ミトコンドリアにしろ色素体にしろ,今後より多くの喪失例が見出されてくると,その共通項や相違から喪失や保持における進化的制約が解明できるようになるかもしれない.加えて,喪失や保持における進化的制約が明らかになることで,ミトコンドリアや色素体が獲得される過程に働いた選択圧が明らかになる可能性も同時に秘めている.
本解説記事では,系統と細菌由来オルガネラという側面から真核生物の多様性について紹介した.ここでは触れていないが,光合成性色素体や好気性ミトコンドリア等,いわゆる「一般的な」色素体と「一般的な」ミトコンドリアのそれぞれにおいても機能的に,そして構造的に多様性がある(例:チラコイド構造やクリステ構造).また,細菌由来でないオルガネラであるペルオキシソームも必ずしも過酸化物の分解だけではなく,解糖系やヌクレオチド代謝の場として機能するなど,真核生物の種間でその役割は異なっている.いずれにしても,教科書的に描かれるような「動物細胞」や「植物細胞」のようなシンプルな分け方では真核生物細胞を描くことはできない.真核生物にはLECA誕生から15億年以上続く進化と多様化の歴史に裏打ちされた,それぞれの生物種が置かれた環境や生態系によって選択された機能や構造が存在するのである.
Reference
2) A. J. Roger, E. Susko & M. M. Leger: Curr. Biol., 31, R186 (2021).
4) F. Burki, A. J. Roger, M. W. Brown & A. G. B. Simpson: Trends Ecol. Evol., 35, 43 (2020).
10) A. J. Roger, S. A. Muñoz-Gómez & R. Kamikawa: Curr. Biol., 27, R1177 (2017).
17) 神川龍馬:光合成研究, 31, 37 (2021).
18) J. M. Archibald: Curr. Biol., 19, R81 (2009).
21) D. Moog, A. Nozawa, Y. Tozawa & R. Kamikawa: Sci. Rep., 10, 1167 (2020).