解説

カンキツ果実におけるカロテノイドの調節機構カロテノイドを蓄積させるための様々な要因とは

Regulatory Mechanism of Carotenoid Accumulation in Citrus Fruit:Various Factors to Accumulate Carotenoids

Masaya Kato

加藤 雅也

静岡大学農学部

Gang Ma

静岡大学農学部

Lancui Zhang

嵐翠

静岡大学農学部

Published: 2022-08-01

カンキツ果実は,果皮や果肉にカロテノイドを豊富に蓄積し,鮮やかなオレンジ色を示す.このカロテノイドの含量と組成はカンキツ品種間において多様であり,果実の市場価値を決める重要な指標である(1)1) N. Tatmala, G. Ma, L. Zhang, M. Kato & S. Kaewsuksaeng: Hortic. J., 89, 237 (2020)..化学構造に酸素原子を含むカロテノイドのキサントフィルは,ほとんどのカンキツ品種の果実に蓄積されている(2)2) G. Ma, L. Zhang, W. Yungyuen, I. Tsukamoto, N. Iijima, M. Oikawa, K. Yamawaki, M. Yahata & M. Kato: BMC Plant Biol., 16, 148 (2016)..ウンシュウミカンに多く含まれる機能性成分のβ-クリプトキサンチンもキサントフィルの一種である.カンキツ果実の成熟過程におけるカロテノイドの蓄積は,生合成遺伝子,代謝分解遺伝子および転写因子によって調節されている.本稿では,カロテノイド蓄積の調節に関する最近の研究について紹介する.

Key words: カロテノイド; カンキツ; 果実成熟; 植物ホルモン; 色素

自然界におけるカロテノイド

カロテノイドは,自然界に広く分布しているテトラテルペン色素である.現在までに,自然界において850種類以上のカロテノイドが発見され,分子構造が決定されている(3)3) T. Maoka: J. Nat. Med., 74, 1 (2020)..また,カンキツでも約115種類のカロテノイドがこれまでに単離されている(4)4) T. Endo, H. Fujii, A. Sugiyama, M. Nakano, N. Nkajima, Y. Ikoma, M. Omura & T. Shimada: Plant Sci., 243, 35 (2016)..これらの化合物が蓄積することにより,花や果実は黄色,オレンジ色および赤色を呈する.カロテノイドは,色素としてのはたらきだけでなく,植物の生長と発達を調節する上でも重要な役割を果たしている.例えば,カロテノイドは光合成にも関与しており,光エネルギーの吸収,過剰な光エネルギーからの光保護および光合成器官の安定化に不可欠である.また,9-cis-ビオラキサンチンおよび9′-cis-ネオキサンチンは植物ホルモンのアブシシン酸(ABA)の前駆体となり,β-カロテンはストリゴラクトンの前駆体となる(5)5) A. Ohmiya, M. Kato, T. Shimada, K. Nashima, S. Kishimoto & M. Nagata: Hortic. J., 88, 135 (2019)..一方,カロテノイドはヒトの健康に対しても重要な役割を担う.食物として摂取されたβ-カロテン等の一部のカロテノイドは,体内で代謝されてビタミンAに変換される.また,抗酸化作用を有することから,発がん抑制作用や生活習慣病の予防が期待され,機能性成分としても注目されている.特に,ウンシュウミカンに多く蓄積するβ-クリプトキサンチンは,骨粗しょう症の予防に効果があるとされており,ウンシュウミカンはβ-クリプトキサンチン含量を保証した上で機能性表示食品として認められている(6)6) 杉浦 実:日本家政学会誌,70, 169 (2019).

カロテノイド生合成メカニズム

カンキツにおけるカロテノイド生合成経路を図1図1■カンキツにおけるカロテノイド生合成および代謝分解経路に示す.カロテノイド生合成経路には複数のステップがあり,不飽和化,環化,ヒドロキシ化およびエポキシ化が行われる(7, 8)7) F. X. Cunningham Jr. & E. Gantt: Annu. Rev. Plant Physiol. Plant Mol. Biol., 49, 557 (1998).8) M. Kato, Y. Ikoma, H. Matsumoto, M. Sugiura, H. Hyodo & M. Yano: Plant Physiol., 134, 824 (2004)..これまでカンキツではカロテノイド代謝に関わる主要な酵素が単離され,それらの機能が明らかにされている(図1図1■カンキツにおけるカロテノイド生合成および代謝分解経路).これまでの研究から,カンキツ果実におけるカロテノイド生合成ではフィトエンシンターゼ(PSY),リコペンβ-シクラーゼ(LCYb)およびβ-リングヒドロキシラーゼ(HYb)が,カロテノイド含量を調節する重要な酵素であることが分かっている.

図1■カンキツにおけるカロテノイド生合成および代謝分解経路

果肉にSiam Red Rubyはリコペンを蓄積,西南のひかりと宮川早生はβ-クリプトキサンチンを蓄積,バレンシアオレンジはビオラキサンチンをそれぞれ蓄積する.果皮に山下紅早生は,β-シトラウリンを蓄積する.

PSYは,カンキツ果実におけるカロテノイド生合成および蓄積の律速酵素であり,ゲラニルゲラニル二リン酸(GGPP)から無色のカロテノイドであるフィトエンへの反応を触媒する.クレメンティンというカンキツ品種のPSYには4つの対立遺伝子があり,scaffold 6上にあるCiclev10011841m.g遺伝子座は,果肉におけるカロテノイド生合成に関与する(9)9) H. Fujii, K. Nonaka, M. F. Minamikawa, T. Endo, A. Sugiyama, K. Hamazaki, H. Iwata, M. Omura & T. Shimada: PLoS One, 16, e0246468 (2021)..カンキツ果実では,カロテノイド生合成はPSYの対立遺伝子によって制御される.263品種・系統におけるPSY対立遺伝子とカロテノイド組成のベイズ統計分析より,PSY-a対立遺伝子は果肉におけるβ-クリプトキサンチン,ビオラキサンチンおよび総カロテノイド含量の増大に関与することが示唆された(9)9) H. Fujii, K. Nonaka, M. F. Minamikawa, T. Endo, A. Sugiyama, K. Hamazaki, H. Iwata, M. Omura & T. Shimada: PLoS One, 16, e0246468 (2021)..カンキツ果実の成熟に伴い,果皮および果肉におけるPSYの発現は急速に上昇する.PSYの発現レベルの上昇は,成熟した果実においてカロテノイドが多量に蓄積する原因となる.

カロテノイド生合成経路では,図1図1■カンキツにおけるカロテノイド生合成および代謝分解経路のようにリコペン以降,2種類の環化酵素(LCYbおよびLCYe)のはたらきにより,経路はα-カロテン,ルテイン等のβ,ε-カロテノイドとβ-カロテン,β-クリプトキサンチン等のβ,β-カロテノイドに分岐する.β,ε-カロテノイド生合成経路では,リコペンがリコペンε-シクラーゼ(LCYe)とリコペンβ-シクラーゼ(LCYb)によってα-カロテンへと転換され,さらにε-リングヒドロキシラーゼ(HYe)とβ-リングヒドロキシラーゼ(HYb)によってルテインが生合成される.もう一方のβ,β-カロテノイド生合成経路では,リコペンがLCYbによってβ-カロテンへと転換され,HYbによってβ-クリプトキサンチン,ゼアキサンチンが生合成される.さらにゼアキサンチンからゼアキサンチンエポキシダーゼ(ZEP)によりビオラキサンチンが生合成される(図1図1■カンキツにおけるカロテノイド生合成および代謝分解経路).カンキツ果実の果皮では,果実が未熟で緑色の時期から果実が成熟しオレンジ色へと変化する時期に移行すると,CitLCYeの遺伝子発現レベルが減少することにより,カロテノイド生合成経路はβ,ε-カロテノイド生合成からβ,β-カロテノイド生合成に移行し,成熟した果実ではβ,β-キサントフィルが多く蓄積される(8, 10)8) M. Kato, Y. Ikoma, H. Matsumoto, M. Sugiura, H. Hyodo & M. Yano: Plant Physiol., 134, 824 (2004).10) K. Inoue, K. J. Furbee, S. Uratsu, M. Kato, A. M. Dandekar & Y. Ikoma: Physiol. Plant., 127, 561 (2006)..これまで,カンキツ果実から2種類のLCYb遺伝子(CitLCYb1およびCitLCYb2)が単離されている(11)11) L. Zhang, G. Ma, Y. Shirai, M. Kato, K. Yamawaki, Y. Ikoma & H. Matsumoto: Planta, 236, 1315 (2012).LCYb遺伝子の機能解析では,リコペンを生成する大腸菌にCitLCYb1またはCitLCYb2を導入したところ,いずれも大腸菌内にてβ-カロテンの蓄積が認められた(11)11) L. Zhang, G. Ma, Y. Shirai, M. Kato, K. Yamawaki, Y. Ikoma & H. Matsumoto: Planta, 236, 1315 (2012)..さらに,CitLCYb1またはCitLCYb2CitLCYeを共発現させたところ,大腸菌内でα-カロテンが生成された.カンキツ果実の成熟過程で,CitLCYb1の発現は低レベルを維持したが,CitLCYb2はクロモプラストにおいて特異的に発現し,発現レベルは果皮と果肉の両方で顕著に上昇した.このCitLCYb2の発現レベルの上昇は,β,β-カロテノイドの蓄積傾向と一致することから,CitLCYb2がカンキツ果実におけるカロテノイドの組成を決定する重要な遺伝子であることが示唆された.

カンキツ果実にはキサントフィルが多量に蓄積され,これは総カロテノイドの90%を占める(2)2) G. Ma, L. Zhang, W. Yungyuen, I. Tsukamoto, N. Iijima, M. Oikawa, K. Yamawaki, M. Yahata & M. Kato: BMC Plant Biol., 16, 148 (2016)..植物では,非ヘム鉄とヘム鉄含有Cytochrome P450の2種類の異なるタイプのカロテノイドヒドロキシラーゼがキサントフィル生合成に関与する.カンキツ果実では,これまで4種類のカロテンヒドロキシラーゼ遺伝子(CitHYb, CitCYP97A, CitCYP97BおよびCitCYP97C)が同定された(2)2) G. Ma, L. Zhang, W. Yungyuen, I. Tsukamoto, N. Iijima, M. Oikawa, K. Yamawaki, M. Yahata & M. Kato: BMC Plant Biol., 16, 148 (2016)..推定されるアミノ酸配列から,CitHYbは非ヘム鉄カロテノイドヒドロキシラーゼであり,CitCYP97A, CitCYP97BおよびCitCYP97Cはヘム鉄含有Cytochrome P450カロテノイドヒドロキシラーゼである.CitHYbはカンキツ果実においてキサントフィル生合成の重要な酵素遺伝子である.β-カロテンまたはα-カロテンを生成する大腸菌にCitHYbを導入したところ,大腸菌内にてCitHYbはゼアキサンチンへの転換あるいはα-カロテンのβ環のヒドロキシ化を触媒することが明らかになった(2)2) G. Ma, L. Zhang, W. Yungyuen, I. Tsukamoto, N. Iijima, M. Oikawa, K. Yamawaki, M. Yahata & M. Kato: BMC Plant Biol., 16, 148 (2016)..さらに,CitHYbCitCYP97Cと共発現させたところ,α-カロテンのβ環とε環が順次ヒドロキシ化されルテインが生成された.カンキツ果実の成熟過程において,CitHYbの発現レベルは急速に増大し,その結果β,β-キサントフィルは果皮および果肉に多量に蓄積されたと考えられた(図1図1■カンキツにおけるカロテノイド生合成および代謝分解経路).

カロテノイドの代謝分解メカニズム

カロテノイドは長鎖の共役二重結合をもち,特定の部位が酸化的に切断される.カロテノイドの酸化開裂により,カロテノイドの蓄積が調節されるだけではなく,アポカロテノイドが生合成される.Carotenoid cleavage dioxygenase(CCD)はこの酸化開裂反応を触媒する.これまで,カンキツでは4種類のCCD遺伝子(CitCCD1, CitCCD4, CitNCED2およびCitNCED3)が同定されている(12, 13)12) M. Kato, H. Matsumoto, Y. Ikoma, H. Okuda & M. Yano: J. Exp. Bot., 57, 2153 (2006).13) G. Ma, L. Zhang, A. Matsuta, K. Matsutani, K. Yamawaki, M. Yahata, A. Wahyudi, R. Motohashi & M. Kato: Plant Physiol., 163, 682 (2013)..CitCCD1はβ-クリプトキサンチン,ゼアキサンチン,All-trans-ビオラキサンチンなど直鎖のカロテノイドの9, 10位と9′, 10′位の二重結合および9-cis-ビオラキサンチンの9′, 10′位の二重結合を切断する(12)12) M. Kato, H. Matsumoto, Y. Ikoma, H. Okuda & M. Yano: J. Exp. Bot., 57, 2153 (2006)..CitNCED2とCitNCED3は9-cis-ビオラキサンチンの11, 12位の二重結合を切断し,ABAの前駆体であるキサントキシンを生成する.CitCCD4はβ-クリプトキサンチンとゼアキサンチンの7, 8位または7′, 8′位の二重結合を切断し,赤色のアポカロテノイドであるβ-シトラウリンを生成する(図1図1■カンキツにおけるカロテノイド生合成および代謝分解経路(13)13) G. Ma, L. Zhang, A. Matsuta, K. Matsutani, K. Yamawaki, M. Yahata, A. Wahyudi, R. Motohashi & M. Kato: Plant Physiol., 163, 682 (2013)..カンキツ果実において,CitCCD4は「山下紅早生」などの特定の品種にのみ発現が認められる.果皮におけるCitCCD4の高い発現レベルはβ-シトラウリンの蓄積に繋がり,果実に鮮やかな赤色を与える.また,カンキツでは多くのキサントフィルが脂肪酸とエステル体を形成している.脂肪酸とエステル化していないβ-クリプトキサンチンはCitCCD1およびCitCCD4によって二重結合が切断されたが,脂肪酸と結合したエステル体では分解されなかった.これらの結果から,脂肪酸によるβ-クリプトキサンチンのエステル化は,β-クリプトキサンチンがカンキツ果実中に安定して高蓄積するために必要であることが示唆された(14)14) G. Ma, L. Zhang, K. Iida, Y. Madono, W. Yungyuen, M. Yahata, K. Yamawaki & M. Kato: Food Chem., 234, 356 (2017).図1図1■カンキツにおけるカロテノイド生合成および代謝分解経路).

カロテノイド生合成を調節する遺伝子

近年,カロテノイド生合成を調節する転写因子および新規カロテノイド生合成関連遺伝子が単離され,植物におけるカロテノイド蓄積のメカニズムについてより深く理解することが可能となった.これまでにカロテノイド代謝の調節に関与する4種類の転写因子(CubHLH, CrMYB68, CsMADS6およびFcrNAC22)が報告されている(図1図1■カンキツにおけるカロテノイド生合成および代謝分解経路).これらの転写因子がカロテノイド代謝を調節する分子メカニズムは,大きく異なる.ウンシュウミカンから単離されたCubHLHはArabidopsisのAIF遺伝子(Arabidopsis activation-tagged bri1 suppressor 1(ATBS1)interacting factor)のホモログである.トマトを用いた組み換え実験では,CubHLHを過剰発現させることにより,リコペン代謝に関わる遺伝子のSlHYbおよびSlCCD1の発現を誘導する.その結果,トマト果実中のリコペンがカロテノイド生合成経路の下流へと代謝され,その含量が減少する(4)4) T. Endo, H. Fujii, A. Sugiyama, M. Nakano, N. Nkajima, Y. Ikoma, M. Omura & T. Shimada: Plant Sci., 243, 35 (2016)..Green Ougan(Citrus reticulata cv. Suavissima)から単離されたR2R3-MYB転写因子であるCrMYB68は,CrBCH2およびCrNCED5の発現を抑制することにより,β,ε-カロテノイドとβ,β-カロテノイドの蓄積を直接調節する(15)15) F. Zhu, T. Luo, C. Liu, Y. Wang, H. Yang, W. Yang, L. Zheng, X. Xiao, M. Zhang, R. Xu et al.: New Phytol., 216, 178 (2017)..オレンジから単離されたCsMADS6は,CsPSY, CsPDS, CsLCYb1およびCsCCD1遺伝子のプロモーターとの相互作用を通じて,これらの遺伝子の発現を調節する.CsMADS6の過剰発現は組織のクロロプラストからクロモプラストへの転換を誘導し,カロテノイドの蓄積を促進する(16)16) S. W. Lu, Y. Zhang, K. J. Zhu, W. Yang, J. L. Ye, L. J. Chai, Q. Xu & X. X. Deng: Plant Physiol., 176, 2657 (2018)..キンカンから単離されたFcrNAC22はNAC(NAM/ATAF/CUC)タイプの転写遺伝子であり,赤色光により誘導される.FcrNAC22FcrLCYb1, FcrHYbおよびFcrNCED5のプロモーターと直接結合することにより,カロテノイドの蓄積を誘導する.トマトおよびカンキツのカルスを用いた実験では,FcrNAC22の過剰発現は組織のクロロプラストからクロモプラストへの転換を誘導し,カロテノイドの蓄積を促進する(17)17) J. L. Gong, Y. L. Zeng, Q. N. Meng, Y. J. Guan, C. Y. Li, H. B. Yang, Y. Z. Zhang, C. Ampomah-Dwamena, P. Liu, C. W. Chen et al.: J. Exp. Bot., 72, 6274 (2021).

最新の研究では,以上の転写因子に加えて,キサントフィルエステル遺伝子PYPとOr遺伝子も植物のカロテノイド蓄積を調節することが報告されている.カンキツ果実では,5つのPYP遺伝子と1つのOr遺伝子が同定されている.果実の成熟過程においてCitPYP1, CitPYP2, CitPYP6およびCitOrの遺伝子発現レベルは,果皮および果肉におけるカロテノイドの蓄積に伴い,徐々に増大した(18, 19)18) J. Zacarías-García, P. E. Lux, R. Carle, R. M. Schweiggert, C. B. Steingass, L. Zacarías & M. J. Rodrigo: Food Chem., 342, 128322 (2021).19) G. Lana, J. Zacarías-García, G. Distefano, A. Gentile, M. J. Rodrigo & L. Zacarías: Genes (Basel), 11, 1294 (2020)..これらのことから,CitPYPおよびCitOrがカンキツ果実におけるカロテノイドの蓄積を調節する重要な遺伝子であることが示唆された.しかし,カンキツ果実のカロテノイド蓄積においてCitPYPおよびCitOrがどのようにカロテノイド蓄積を調節しているのか,そのメカニズムは未だに解明されていない(図1図1■カンキツにおけるカロテノイド生合成および代謝分解経路).

品種間におけるカロテノイドの特異的な蓄積

カンキツ果実では,品種によりカロテノイドの含量および組成が大きく異なる.カンキツ果実は,果肉におけるカロテノイド組成により,ウンシュウミカン等のβ-クリプトキサンチン高含有品種,バレンシアオレンジ等のビオラキサンチン高含有品種およびグレープフルーツの中でも果肉が赤みを帯びた「スタールビー」等のリコペン高含有品種の3つのグループに分けることができる.カロテノイド含量および組成の品種間差は,カロテノイド生合成に関わる遺伝子の発現パターンの違いによることが分かっている.

キサントフィルのβ-クリプトキサンチンは,片方のβ環にのみヒドロキシ基(-OH)を有する.自然界において,β-クリプトキサンチンの蓄積は珍しく,パパイヤ,カキ,カンキツ,グアバ等の一部の果実にのみ蓄積される.カンキツでは,ウンシュウミカン,ポンカン,クレメンティンなどのマンダリンおよびそれらの交雑種の果肉に多量のβ-クリプトキサンチンが蓄積される(図1図1■カンキツにおけるカロテノイド生合成および代謝分解経路(20)20) Y. Ikoma, H. Matsumoto & M. Kato: Breed. Sci., 66, 139 (2016)..これらの果実の果肉では,β-クリプトキサンチン生合成経路上流の遺伝子(CitPSY, CitPDS, CitZDSおよびCitLCYb)の発現レベルが高く,下流の遺伝子(CitHYbおよびCitZEP)の発現レベルが低いため,β-クリプトキサンチンが多量に蓄積されると考えられる(8, 21)8) M. Kato, Y. Ikoma, H. Matsumoto, M. Sugiura, H. Hyodo & M. Yano: Plant Physiol., 134, 824 (2004).21) 加藤雅也:化学と生物,49,843(2011)..また,β-クリプトキサンチンの蓄積は,交雑育種によって向上することが報告されている.農研機構果樹茶業研究部門では果肉にβ-クリプトキサンチン高含有品種の「西南のひかり」を育成した.「西南のひかり」は,100 gあたりのβ-クリプトキサンチン含量は約2.8 mgであり,他のカンキツ品種よりもはるかに多いことが報告された(22)22) 吉岡照高,松本亮司,國賀 武,山本雅史,高原利雄,吉永勝一,山田彬雄,三谷宣仁,奥代直巳,稗圃直史,池宮秀和,今井 篤,深町 浩,内原 茂,野中圭介:果樹研報,19, 11 (2015)..このようにβ-クリプトキサンチン含量が高いことから,「西南のひかり」の果肉は濃いオレンジ色を示し,高い市場価値が期待されている(23)23) G. Ma, L. Zhang, W. Yungyuen, Y. Sato, T. Furuya, M. Yahata, K. Yamawaki & M. Kato: Plant Physiol. Biochem., 129, 349 (2018).図1図1■カンキツにおけるカロテノイド生合成および代謝分解経路).

ビオラキサンチンは,ゼアキサンチンがエポキシ化されたオレンジ色のキサントフィルである.カンキツ果実では,バレンシアオレンジやネーブルオレンジなどのオレンジの果肉に蓄積される.成熟したオレンジの果肉では,All-trans-ビオラキサンチンと9-cis-ビオラキサンチンの2種類の異性体が存在し,そのうち9-cis-ビオラキサンチンが主要なカロテノイドとして蓄積されている(図1図1■カンキツにおけるカロテノイド生合成および代謝分解経路).バレンシアオレンジの果肉には,2.4 µg·g−1のAll-trans-ビオラキサンチンと9.6 µg·g−1の9-cis-ビオラキサンチンが蓄積され,ビオラキサンチンの含量は総カロテノイド含量の65%を占める.一方,β-クリプトキサンチンの含量は低く,総カロテノイド含量の15%しか含まれない.ウンシュウミカンと比較すると,バレンシアオレンジの果肉ではβ-クリプトキサンチンからビオラキサンチンへの生合成に関与するCitHYbCitZEPの発現レベルは高い値を示した.また,9-cis-ビオラキサンチンの分解に関与するCitNCED2CitNCED3の発現レベルは低い値を示し,ウンシュウミカンと比較してABA含量も非常に低かった.したがって,これらの遺伝子発現レベルの特徴から,バレンシアオレンジはビオラキサンチンを多く蓄積する品種であることが明らかとなった(8, 12)8) M. Kato, Y. Ikoma, H. Matsumoto, M. Sugiura, H. Hyodo & M. Yano: Plant Physiol., 134, 824 (2004).12) M. Kato, H. Matsumoto, Y. Ikoma, H. Okuda & M. Yano: J. Exp. Bot., 57, 2153 (2006).

リコペンは直鎖の不飽和カロテノイドであり,トマトやスイカをはじめ,多くの野菜や果物に含まれる赤い色素である.カンキツ果実には,カロテノイドが多く含まれているが,リコペンが特異的に蓄積される品種は稀である.リコペンが主要なカロテノイドとして蓄積される品種として,グレープフルーツの赤肉種の「スタールビー」や「カラカラオレンジ」が挙げられる.これらの品種にはリコペンが蓄積するため,果肉は鮮やかな赤色を呈する(図1図1■カンキツにおけるカロテノイド生合成および代謝分解経路).リコペンを蓄積する品種では,総カロテノイド含量がマンダリンやオレンジよりはるかに低く,リコペン以外のカロテノイドとしてフィトエン,フィトフルエンおよびζ-カロテンも蓄積が認められる.これまでの研究では,リコペンを果肉に蓄積するタイの大型果実のポメロである「Siam Red Ruby」は,トマトの果実成熟のように,果実の成熟過程においてリコペンの生合成に至るまでの上流遺伝子(PSYPDSなど)の発現レベルが上昇する一方で,リコペンを次のステップに代謝する下流遺伝子(LCYeおよびLCYbなど)の発現レベルが低下することが重要な要因であることが分かっている(1)1) N. Tatmala, G. Ma, L. Zhang, M. Kato & S. Kaewsuksaeng: Hortic. J., 89, 237 (2020).

カロテノイド蓄積を調節する環境条件

カンキツ果実におけるカロテノイドの蓄積は,品種の遺伝的要因だけではなく,光や温度といった環境条件や植物ホルモンにも大きく影響され,これらに調節されている.私たちの研究室では,収穫後の果実だけではなく,カンキツの果肉(砂じょう)を培養し,どのような要因がカロテノイド蓄積に関わるか調査している(24)24) L. Zhang, G. Ma, M. Kato, K. Yamawaki, T. Takagi, Y. Kiriiwa, Y. Ikoma, H. Matsumoto, H. Nesumi & T. Yoshioka: J. Exp. Bot., 63, 871 (2012).図2図2■ウンシュウミカンとバレンシアオレンジの砂じょう (果肉部分) の培養に伴う外観変化).培養した砂じょうは,樹上の果実と同様にカロテノイドを蓄積する.砂じょうを培養することにより,光や温度等の環境を容易に設定することが可能である.また,植物ホルモンを培地に添加できることから,植物ホルモンのカロテノイド蓄積への影響も調査することができる.これまでの研究から,カンキツ果実のカロテノイド生合成における最適な環境条件や植物ホルモンが特定されてきており,これらの処理よりカロテノイドの蓄積が促進され,果実では着色も向上する.

図2■ウンシュウミカンとバレンシアオレンジの砂じょう (果肉部分) の培養に伴う外観変化

光はカンキツ果実のカロテノイド蓄積を調節する重要な環境条件である(図3図3■環境要因および植物ホルモンがカンキツ果実のカロテノイド蓄積に及ぼす影響).実際にカンキツの樹冠外果は樹冠内果と比較して,着色歩合が高い果実の割合が高くなり,カロテノイドの含量は高く,果実は濃い色を呈する.日照を遮蔽する物のない樹は,日照を遮蔽する物がある樹と比較して,着色歩合が高くなる.また,カンキツの樹上果実を黒色ポリエチレンフィルム果実袋で袋掛すると,光照強度が減少され,カロテノイドの蓄積が大幅に減少する.カンキツ果実におけるカロテノイドの蓄積は,光の強度だけでなく,光の色(波長)にも影響される.培養した砂じょうを用いた実験から,青色LED光がカロテノイド生合成遺伝子の発現を誘導し,カロテノイド蓄積を促進することが示唆された(24)24) L. Zhang, G. Ma, M. Kato, K. Yamawaki, T. Takagi, Y. Kiriiwa, Y. Ikoma, H. Matsumoto, H. Nesumi & T. Yoshioka: J. Exp. Bot., 63, 871 (2012)..さらに,青色光の強度の上昇に伴い,カロテノイド含量も増大した.一方,収穫後のウンシュウミカン果実では,赤色LED光が果皮のカロテノイド蓄積を促進し,収穫後の果実の着色を向上することが確認された(25)25) G. Ma, L. Zhang, M. Kato, K. Yamawaki, Y. Kiriiwa, M. Yahata, Y. Ikoma & H. Matsumoto: J. Agric. Food Chem., 60, 197 (2012).

図3■環境要因および植物ホルモンがカンキツ果実のカロテノイド蓄積に及ぼす影響

温度もカンキツ果実のカロテノイド蓄積を調節する重要な環境条件である(図3図3■環境要因および植物ホルモンがカンキツ果実のカロテノイド蓄積に及ぼす影響).カンキツでは成熟期の温度が果実の着色に影響を及ぼすことが知られている.一般的に,カンキツ果実におけるカロテノイド生合成には,成熟過程において夜間に低温にさらされる必要がある.一方,果実成熟過程での高温は,クロロフィルの分解とカロテノイドの蓄積を抑制する.したがって,我が国のような温帯で栽培された果実はカロテノイドを多量に蓄積し,鮮やかなオレンジ色を呈するのに対し,熱帯で栽培されたカンキツの果実はオレンジ色は呈さず,薄緑色を呈する.異なる温度における培養砂じょうの実験では,10°Cの低温においてカロテノイド生合成に関わる遺伝子の発現レベルは顕著に上昇し,β-クリプトキサンチン含量が増大した(26)26) W. Yungyuen, G. Ma, L. Zhang, M. Futamura, M. Tabuchi, K. Yamawaki, M. Yahata, S. Ohta, T. Yoshioka & M. Kato: Sci. Hortic. (Amsterdam), 238, 384 (2018)..一方,30°Cの高温ではカロテノイド生合成に関わる遺伝子の発現レベルは減少し,β-クリプトキサンチン含量も減少した.

水分ストレスもカンキツ果実のカロテノイド蓄積を調節する重要な環境条件である(図3図3■環境要因および植物ホルモンがカンキツ果実のカロテノイド蓄積に及ぼす影響).砂じょうを培養した実験では,培地にスクロースや糖アルコールのマンニトールを添加して培養すると,カロテノイド生合成に関わる遺伝子の発現レベルの上昇に伴い,β-クリプトキサンチン含量が増大した(24)24) L. Zhang, G. Ma, M. Kato, K. Yamawaki, T. Takagi, Y. Kiriiwa, Y. Ikoma, H. Matsumoto, H. Nesumi & T. Yoshioka: J. Exp. Bot., 63, 871 (2012)..これらの水分ストレス処理では,培地のスクロースやマンニトールの濃度が高くなるほど,β-クリプトキサンチン含量も増大していた.ウンシュウミカンの栽培においても,水分ストレスによりβ-クリプトキサンチン含量が増大することが報告されている(27)27) 濵﨑 櫻,山家一哲,古屋拓真,久高 凜,瀬岡真緒,馬 剛,張 嵐翠,加藤雅也:園芸学研究,19, 293 (2020)..8月頃から収穫期まで,ウンシュウミカンの樹冠の下全面を白色透湿防水シートで被覆し,樹に水分ストレスを与えるマルチ栽培で収穫した果実は,防水シートを被覆していない樹から収穫した果実と比較して,果肉のβ-クリプトキサンチン含量および糖度が高い値を示した.果肉におけるカロテノイド生合成に関わる遺伝子の発現レベルについても,マルチ栽培を行った果実の方が高い値を示した.

カロテノイド蓄積を調節する植物ホルモン

植物ホルモンは,カンキツ果実におけるカロテノイド蓄積において非常に重要な役割を担う.カンキツ果実におけるカロテノイド蓄積を調節するために,収穫前あるいは収穫後の植物ホルモン処理は実用されている.ここでは,カロテノイド蓄積の調節における植物ホルモンの役割に関する研究について紹介する.

植物では,カロテノイドの生合成は植物ホルモンであるジベレリン(GA)の生合成と密接に関連している.図3図3■環境要因および植物ホルモンがカンキツ果実のカロテノイド蓄積に及ぼす影響のようにカロテノイドとGAは前駆体のGGPPを共有している.そのため,カロテノイドの生合成は量的にも質的にも厳密に制御されている.具体的には,カロテノイド生合成の最初の基質であるGGPPはCopalyl diphosphate synthase(CPS)の基質でもあり,CPSとent-kaurene synthase(KS)が連携してGAへの生合成へ導く.カンキツ果実では,GAは果皮と果肉におけるカロテノイド蓄積の負の調節因子である.未熟なグリーンステージ(9月)のウンシュウミカン果実はGAの樹上散布処理による着色遅延が発生し,β,ε-カロテノイドからβ,β-カロテノイドへの転換が遅れる(28)28) G. Ma, L. Zhang, R. Kudaka, H. Inaba, T. Furuya, M. Kitamura, Y. Kitaya, R. Yamamoto, M. Yahata, H. Matsumoto et al.: Cells, 10, 308 (2021)..その結果,ルテインが高含量のまま維持され,キサントフィルの蓄積が抑制されることが分かっている.また,培養した砂じょうを用いた実験から,GA処理がカロテノイド生合成遺伝子(CitLCYb1およびCitLCYb2)の発現をダウンレギュレートし,カロテノイドの蓄積を抑制することが示されている(24)24) L. Zhang, G. Ma, M. Kato, K. Yamawaki, T. Takagi, Y. Kiriiwa, Y. Ikoma, H. Matsumoto, H. Nesumi & T. Yoshioka: J. Exp. Bot., 63, 871 (2012).

GAと同様に,アブシシン酸(ABA)もカロテノイドの生合成と密接に関連している(図3図3■環境要因および植物ホルモンがカンキツ果実のカロテノイド蓄積に及ぼす影響).ABAの生合成経路は,カロテノイド生合成経路の下流から始まる.ABAは,キサントフィルの9-cis-ビオラキサンチンまたは9′-cis-ネオキサンチンの酸化的開裂により生合成される.カンキツ果実では成熟過程においてカロテノイドの蓄積に伴い,ABA含量が増大する.ウンシュウミカンおよびリスボンレモンの培養砂じょうでは,ABAを処理することにより,カロテノイド生合成(CitPSY, CitPDS, CitZDS, CitLCYb1, CitLCYb2, CitHYbおよびCitZEP)と代謝分解遺伝子(CitNCED2およびCitNCED3)の発現がアップレギュレートされており,転写レベルでABA生合成が誘導されたと考えられた(24)24) L. Zhang, G. Ma, M. Kato, K. Yamawaki, T. Takagi, Y. Kiriiwa, Y. Ikoma, H. Matsumoto, H. Nesumi & T. Yoshioka: J. Exp. Bot., 63, 871 (2012)..さらに,樹上のウンシュウミカン果実におけるABA散布処理により,ルテイン含量が減少し,成熟した果実に含まれるβ,β-キサントフィル(β-クリプトキサンチン,All-trans-ビオラキサンチンおよび9-cis-ビオラキサンチン)の蓄積が誘導され,果実着色が促進した(28)28) G. Ma, L. Zhang, R. Kudaka, H. Inaba, T. Furuya, M. Kitamura, Y. Kitaya, R. Yamamoto, M. Yahata, H. Matsumoto et al.: Cells, 10, 308 (2021).

カンキツ類は成熟過程でほとんどエチレンを生成しない非クライマクテリック果実であるが,エチレンはカンキツ果実においてカロテノイド蓄積を調節する重要な要因となる(29, 30)29) M. J. Rodrigo & L. Zacarías: Postharvest Biol. Technol., 43, 14 (2007).30) K. J. Zhu, Q. Sun, H. Y. Chen, X. H. Mei, S. W. Lu, J. L. Ye, L. J. Chai, Q. Xu & X. X. Deng: J. Exp. Bot., 72, 3137 (2021)..これまで,収穫後のカンキツ果実におけるエチレン処理は果実の脱緑(クロロフィルを分解し,果実の見た目を良くする方法)のために広く利用されてきている.このエチレン処理により,カンキツ果実ではクロロフィルの分解だけではなく,カロテノイド生合成遺伝子の発現が誘導され,カロテノイドの蓄積も促進される(29, 31, 32)29) M. J. Rodrigo & L. Zacarías: Postharvest Biol. Technol., 43, 14 (2007).31) G. Ma, L. Zhang, M. Kato, K. Yamawaki, Y. Kiriiwa, M. Yahata, Y. Ikoma & H. Matsumoto: Postharvest Biol. Technol., 99, 99 (2015).32) H. Matsumoto, Y. Ikoma, M. Kato, N. Nakajima & Y. Hasegawa: J. Agric. Food Chem., 57, 4724 (2009)..さらに,収穫後のウンシュウミカン果実にエチレン処理と赤色LEDを用いた光照射の併用処理を行うことにより,果皮のルテインおよびβ-クリプトキサンチンの蓄積が促進され,貯蔵中の果実の着色が向上した(31)31) G. Ma, L. Zhang, M. Kato, K. Yamawaki, Y. Kiriiwa, M. Yahata, Y. Ikoma & H. Matsumoto: Postharvest Biol. Technol., 99, 99 (2015).

オーキシンは,植物の成長および発達に関与する植物ホルモンである.カンキツ類では,オーキシンが果樹の成長の促進,結実数の増加および果実の品質の改善などに効果があることが報告されている(33, 34)33) J. Greenberg, I. Kaplan, M. Fainzack, Y. Egozi & B. Giladi: Acta Hortic., 249 (2006).34) J. Greenberg, S. Holtzman, M. Fainzack, Y. Egozi, B. Giladi, Y. Oren & I. Kaplan: Acta Hortic., 273 (2010)..しかし,これまでオーキシンのカンキツ果実におけるカロテノイド蓄積に及ぼす影響は研究されてこなかった.そこで私たちの研究グループで調査を行ったところ,オーキシンはカンキツ果実におけるカロテノイド生合成の重要な正の調節因子であることが明らかとなった(28)28) G. Ma, L. Zhang, R. Kudaka, H. Inaba, T. Furuya, M. Kitamura, Y. Kitaya, R. Yamamoto, M. Yahata, H. Matsumoto et al.: Cells, 10, 308 (2021).図3図3■環境要因および植物ホルモンがカンキツ果実のカロテノイド蓄積に及ぼす影響).オーキシンのNAAを樹上の果実および収穫後の果実への処理したところ,NAAはカロテノイド生合成遺伝子の発現を誘導し,果皮および果肉のカロテノイド含量を増大させることが分かった(図4図4■樹上のウンシュウミカン果実におけるNAA散布処理後の着色の促進効果).これらのオーキシンを用いた収穫後の処理により,カンキツ果実はエチレンを生成していたことから,オーキシンはエチレン生合成を誘導し,生成されたエチレンが果皮および果肉におけるカロテノイドの蓄積を促進することが明らかとなった(28)28) G. Ma, L. Zhang, R. Kudaka, H. Inaba, T. Furuya, M. Kitamura, Y. Kitaya, R. Yamamoto, M. Yahata, H. Matsumoto et al.: Cells, 10, 308 (2021).

図4■樹上のウンシュウミカン果実におけるNAA散布処理後の着色の促進効果

おわりに

本稿では,カンキツ果実におけるカロテノイド蓄積における調節メカニズムについて解説した.カンキツ果実のカロテノイド蓄積は,遺伝的な要因だけではなく,温度や光などの環境要因や植物ホルモンによっても調節されることを示した.カンキツは果皮および果肉にカロテノイドを蓄積することから,果皮では果実の見た目に関わり,果肉では機能性成分のβ-クリプトキサンチンの蓄積に関わる.したがって,カンキツの栽培から収穫後の貯蔵に至るカロテノイド蓄積を調節することは,今後の地球環境の変化を考えても重要である.カンキツ果実の収穫時期は限られるため,高品質なカンキツ果実を消費者に,より長い期間に渡り届けるためには,筆者らが取り組んでいる研究も農業分野への一助となることを期待する.

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